判例評釈

No.99「急性喉頭蓋炎の患者が低酸素脳症から重度後遺症。最初に診療した個人経営の病院及び転送先の県立病院に対して、定期金賠償を含む損害賠償の支払いを命じた判決」

平成16年1月21日大阪地裁判決(判例時報1907号85頁)

(争点)

  1. 最初に入院したY1病院の当直医であるK医師に経過観察義務違反があったか
  2. 転送先の医大病院のN医師による緊急気道確保のための手技に過失があったか
  3. 損害

(事案)

 X(当時32歳の男性)は、平成11年8月13日午後6時30分ころ、身体の震え、咽頭部痛等を訴えてY1(個人)が開設するY1胃腸肛門病院(Y1病院)を受診し、B医師は感冒、咽頭炎、扁桃炎と診断して、抗生物質及び補液の点滴と解熱剤の投与をした。Xはいったん帰宅したものの、呼吸困難を覚えて同日午後9時20分ころ再度Y1病院を受診し、当直医のK医師の診察を受けた。K医師は、両側の扁桃腺腫大により呼吸困難であると判断し、経過観察のためにXを入院させた。入院後ステロイド剤を3回投与したにもかかわらず、入院後8時間経過した8月14日午前6時の時点においてもXの呼吸状態には改善がみられず、ヒューヒューという狭窄様の呼吸音を伴う強い呼吸困難と咽頭痛が継続していた。
 同年同月14日午前8時35分ころ、Y1病院のT医師は、Y2県が設置管理する県立医科大学附属病院(医大病院)に扁桃炎で呼吸困難の患者がいるので受け入れてほしい旨電話で要請し、同日午前9時20分ころ、Xは救急車で医大病院に到着し、直ちに救急処置室に搬入されて、救急外来の当直医であったD医師が診察をしてマスク酸素吸入を開始した。
 同日午前9時40分ころ、医大病院の耳鼻咽喉科N医師がXを診察し、喉頭病変を疑い、午前9時45分ころ喉頭ファイバーで喉頭を観察して急性喉頭蓋炎(*)と診断した。
 そして、午前10時6分ころから午前10時13分ころにかけて、胸部・腹部単純レントゲン撮影及び頚部正面・側面レントゲン撮影が行われ、午前10時15分ころ、N医師によるミニトラック?セルジンガーキット(ミニトラックキット)を用いた緊急気道確保の施術(**)が開始された。ただし、N医師が穿刺したのは輪状甲状間膜ではなく、第二、第三気管輪間であった。
 しかし、この施術中、カニューレを挿入しようとしたときにXの体動が激しくなってガイドワイヤーを自己抜去し、その後は呼吸困難が増悪し、体動が一層激しくなった。一方、自己抜去後、ミニトラック穿刺がなされていた箇所から出血が始まり、気管内挿管を試みるうちにXは呼吸停止及び心停止となった。
 そしてXに蘇生薬投与や心マッサージをしながら午前10時35分気管内挿管が成功し、Xの心拍動が再開し、心肺ともに蘇生した。
 しかし、低酸素脳症のためXは極めて重度の後遺障害に陥った。
 X及びXの両親が、Y1病院の開設者であるY1及び医大病院の設置管理者であるY2県を被告として損害賠償請求を提起した。

*急性喉頭蓋炎
 最近感染による喉頭蓋に限局した急性化膿性炎症。披裂部や披裂喉頭蓋ひだに発赤や腫脹が及んでいる場合には、呼吸困難を生じやすいとされており、その進行も早く死に至ることもある一方で、早期に診断できて適切な治療を施せば治療可能の疾患である。
 症状としては激しい咽頭痛・嚥下痛・嚥下困難・悪寒戦慄などがみられる。さらに炎症が披裂喉頭蓋ひだから声門方向に広がった場合には、ゆっくりした弱々しい短時間の発声しかできなくなったり、喘鳴、呼吸困難によるチアノーゼがみられることがある。

**ミニトラックキットを用いた気道確保のうち、キットの添付文書に記載された輪状甲状間膜を穿刺する手技
  ミニトラックキットに含まれている穿刺針(シリンジを付けたもの)を触診して探した輪状甲状間膜に通して挿入する。それからシリンジを外し、ガイドワイヤーを、穿刺針を通して気管内に挿入する。穿刺針を抜き取った後、ダイレーター(穿刺孔を拡大するもの)をガイドワイヤーに沿って輪状甲状間膜に挿入する。その後ガイドワイヤーはそのままにしてダイレーターを抜き取り、カニューレをはめたイントロジューサーをガイドワイヤーに沿って進め気管内部まで挿入する。最後にイントロジューサーとガイドワイヤーを一緒に抜き取る。

(損害賠償請求額)

患者及び両親の請求額
1 患者につき金1億6970万6237円
 (内訳:既払治療費80万9900円+入院中の看護費用537万6000円+自宅療養中の介護費用1303万5000円+入院及び介護雑費359万0450円+自宅改造費645万8980円+交通費等168万9340円+文書料2万8035円+後遺障害による逸失利益8659万8811円+慰謝料3000万円+弁護士費用2213万5596円。合計金額不一致)

2 患者が死亡するまで毎月88万5000円
 (内訳:治療関係費月額24万円+付添看護費及び付添介護費月額60万円+入院雑費月額4万5000円)

3 患者両親2名につきそれぞれ862万5000円
 (内訳:慰謝料750万円+弁護士費用112万5000円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額(患者及び両親合計)
1 患者につき金1億4431万8175円
 (内訳:治療費関係80万9900円+入院中の看護費用及び入院関連雑費766万2950円+自宅療養中の介護費用及び介護雑費868万円+自宅改造費645万8980円+交通費等157万8970円+文書料2万8035円+逸失利益8659万9340円+慰謝料2500万円+弁護士費用750万円)

2 患者が死亡するまで毎月30万円
 (自宅介護費用及び介護雑費月額として)

3 患者両親2名につきそれぞれ275万円
 (内訳:慰謝料250万円+弁護士費用25万円)

(裁判所の判断)

最初に入院したY1病院の当直医であるK医師に経過観察義務違反があったか
 裁判所はこの点につき、K医師は、8月13日午後9時20分ころから午後10時ころまでの時点で、Xの呼吸困難の原因が扁桃腺の腫大によるものではない可能性を視野に入れつつ、Xを看護する看護師に対してXの呼吸状態等について厳重に経過観察し、もしXの呼吸困難の程度が進行したのであれば、速やかに詳細をK医師に報告するように指示すべきであり、さらには、遅くとも同月14日午前6時の時点までには、Xを自ら診察し、Xの呼吸困難はY1病院で対応できるような通常の口蓋扁桃炎によるものではないと診断して、気道確保の準備を整えるか、あるいは呼吸困難の鑑別、Xの呼吸状態の改善及び気道確保等を目的として、耳鼻咽喉科の専門医がいる医大病院への搬送を実施すべきであったと判示しました。
 そして、K医師が、看護師からの報告を受けたにもかかわらず、自ら診察することを怠った結果、その判断を誤り、Xを専門医がいる医大病院等へ搬送するなどしなかったのであり、また、その原因が看護師からの報告が不十分であったことにあるとすれば、それは、看護師に対する指示が不十分であった結果であって、いずれにしてもK医師に過失があると判断しました。
転送先の医大病院のN医師による緊急気道確保のための手技に過失があったか
 この点につき、裁判所は、N医師には、緊急気道確保のために、ミニトラックを輪状甲状間膜に穿刺すべき注意義務があるところ、特段の合理的理由がないにもかかわらず 第二、第三気管輪間へ穿刺し、しかもその手技は不適切であるから、過失があると判断しました。
損害
 裁判所は、Xの逸失利益を算定するにあたって、原告側の所得推計と被告Y2県側の所得推計の両方ともに正確性を欠くと判示して、賃金センサスによる高卒男子労働者全年齢平均年収528万8800円を基礎として算定するのが相当であると判断しました。
 また、将来の治療関係費・付添看護費及び付添介護費・入院雑費については、Xの入院は、被告からの損害賠償金の受領が前提となることなどから、入院時期を確定することができないので、自宅介護を前提とした定期金として1ヶ月あたり30万円を認めるのが相当と判示しました。
 また、Y1の不法行為とY2の不法行為が客観的に関連共同してXの後遺症という不可分一個の結果を招来しているから、民法719条の共同不法行為にあたり、Y1とY2は損害の全額について連帯責任を負うと判断しました。
 そして、上記裁判所の認容額のとおりの支払いを命じました。