判例評釈

No.185「自転車運転中に転倒・骨折し、救急搬送された患者が、入院中に骨折部位からの出血による血腫の増大により窒息死。医師の検査義務違反、経過観察義務違反を認め、遺族の請求を認めた地裁判決」

前橋地方裁判所平成22年4月30日判決 判例時報2083号122頁

(争点)

  1. 医師に注意義務(過失)はあったか

(事案)

 A(当時72歳の男性)は、平成17年(以下、同年については省略)4月9日午後2時40分ころ、自転車運転中の転倒事故により、左鎖骨骨折、左肋骨骨折等の傷害を負い、救急車でY社団法人が開設・経営するY病院に搬送され、B医師の診察を受けた。その際にAは、左肩痛を訴え、Aの左頚部、鎖骨周辺には膨張があり、鎖骨の骨折が疑われた。
 同日午後3時40分ころ、Aに対しレントゲン検査が行われた。撮影されたレントゲン写真によれば、Aの鎖骨は骨折しており、第三骨折(骨折によって骨の一部分が剥離して、遊離骨片となったもの)が生じていた。また、同日午後4時58分ころ、Aに対し、胸部のCT検査が行われた。
 Y病院の外科担当のB医師は、上記レントゲン検査、CT検査の結果、Aの症状を、左鎖骨骨折、左第五肋骨骨折、左肺挫傷、左血気胸と診断し、AはY病院に入院した。Aは疼痛を訴えていたが、B医師は、鎖骨と肋骨が折れているから仕方ないと言い、Aにボルタレン(痛み止めの坐薬)を投与した。
 同日午後6時、Aは、診察室から入院病棟に移ったが、Aには左鎖骨から胸にかけて軽度の膨張があった。Aは疼痛を訴え、うなり声を上げていた。同日午後8時30分、左鎖骨から側胸部痛が増強したため、B医師の指示に基づき、看護師はAに対しペンタジン(鎮痛剤)15mgを投与した。
 4月10日午前0時30分、B医師は看護師に指示し、Aに対し、レンドルミン(睡眠薬)を投与した。
 同日午前1時40分ころ、C看護師がペンライトでAの様子を照らすと、Aの首の周りがひどく腫れ、紫色に内出血していた。X2(Aの子)が、痛み止めが効かないので再度痛み止めを頼むと、看護師は投薬を確認するためナースセンターに戻り、さっきのは睡眠薬だったからとAに対しボルタレンを投与した。
 同日午前4時30分、Aは疼痛(背部痛)を訴え、ベッド上に座っていた。また、そのころ、Aは、起き上がっているとめまいがすると話し、気分不良を訴え、嘔吐した。嘔吐後、気分不快が落ち着いたようであり、C看護師は経過観察とした。
 同日午前4時45分、Aは背部痛を訴えたため、C看護師はAに対し、ペンタジンを投与した。その後も、Aは嘔吐したり、何度か痰がからんだりした。
 同日午前6時ころ、Aの体温は35度6分と低く、血圧も低かった。Aは、身体の置き場がない様子で、起き上がる動作があり、バストバンド、クラビクルバンドを外そうとする動作が見られた。
 同日午前6時40分ころ、Aは、心肺停止、呼吸停止に陥り、Y病院の医師、看護師は、Aに対し心臓マッサージなどを続けた後、AをICUに移動させた。その後、蘇生措置により一時Aの心拍が再開し、ICUで治療を受けていたが、同日午後10時ころ、心肺停止となり、死亡が確認された。Aの死因は、左鎖骨骨折部位からの持続的な出血による血腫の増大により、気管が圧迫されて窒息し、心肺停止、呼吸停止に陥った窒息死であった。
 医学的知見によれば、第三骨折が生ずるような激しい骨折は、周囲の軟部組織の高度な損傷を伴うことが多く、その損傷が動脈であった場合には、出血は持続的となり、出血性ショックに陥る可能性があること、骨折が鎖骨であった場合には、鎖骨下部に存在する鎖骨下動脈の損傷の可能性も疑われ、気管の構造の特殊性から、持続的な出血に伴う血腫の気管圧迫によって、呼吸困難が生ずる可能性があるとされている。
 その後、Aの遺族であるXらは、B医師、C看護師の過失によりAは死亡したと主張し、使用者であるY社団法人に対し、損害賠償を求めて訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

遺族(妻と3人の子供)の請求額:7412万1223円
(内訳:逸失利益1581万6170円+患者の慰謝料2800万円+葬儀費用390万5053円+遺族固有の慰謝料計2000万円(各500万円)+弁護士費用計640万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:4029万7452円(妻と3人の子供の合計)
(内訳:年金収入分373万1588円+逸失利益756万5864円+患者の慰謝料2000万円+葬儀費用150万円+遺族固有の慰謝料計400万円(各100万円)+弁護士費用計350万円)

(裁判所の判断)

医師に注意義務(過失)はあったか
 この点について裁判所は、医学的知見や、鎖骨の直下は危険な箇所であるから血腫が存在すれば、大きな血管の破綻による出血の危険性を予見し、さらに気管の偏位を知れば、持続的な出血に伴う血腫の気管圧迫により呼吸困難が生ずる可能性を予見すべきであるといった鑑定意見を踏まえ、Aが、4月9日の外来診察の時点で、左肩痛を訴え、Aの左頚部、鎖骨周辺には腫脹があり、鎖骨の骨折が疑われ、同日午後3時40分ころ撮影されたAのレントゲン写真には、Aの鎖骨が骨折し、第三骨片が生じている様子が映し出されるとともに、Aの気管が左から右へ、少なくとも1cm以上偏位している様子が映し出され、同日午後4時58分ころに行われたAの胸部CT検査の画像には、Aの首の左側に大きな(数百グラム以上の)血腫があり、この血腫によって、気管が左から右へと圧迫され、大きく偏位している様子が映し出されていたのであるから、B医師は、Aを診察した際、Aが持続的な出血により出血性ショックに陥る可能性や、血腫が気管を圧迫することによりAが呼吸困難に陥る可能性を予見できたし、予見すべきであった、と判示しました。
 そして、B医師は、Aが出血性ショックに陥る可能性や、血腫が気管を圧迫することによりAが呼吸困難に陥る可能性を予見できたのであるから、これらを防ぐために、自ら、あるいは看護師をして、血液成分・尿量・動脈ガス分析による呼吸機能などの基本となる検査を行い、それらの変化、生命兆候の変化、訴えや局所症状の変化について、継続的に経過観察を行うとともに、呼吸状態が悪化した場合には直ちに挿管等ができるように用意するなど、危険を回避する措置を適切に採ることができるようにしておくべきであり、現に危険が生じた場合には、危険を回避する適切な措置を採らなければならない注意義務があったということができる、と判示しました。
 しかし、B医師は、4月10日午前6時40分ころに、Aが心肺停止となるまで、Aの呼吸状態について、胸部の視診、触診、聴診による観察を行うに止まり、Aに対し、貧血・呼吸機能(酸素飽和度の観察を含む)・尿量・血液ガス分析などの検査を行わなかった上、B医師は、Aが入院してから、4月10日午前6時40分ころに心肺停止、呼吸停止に陥るまで、自らAの診察に訪れることもなく、看護師に対し、出血性ショックや呼吸困難を懸念した検査や経過観察の指示も行わなかった過失が認められる、と判断しました。
 そして、遅くとも、4月10日午前4時30分の時点で、Aの状態を生理学的検査によって把握し、気管内挿管による気道の確保を行い、出血性ショックに対する一般的な治療を行っていれば、Aを救命できた蓋然性が極めて高かったものと認められる、と判示して救命可能性を肯定し、B医師の過失とAの死亡との間の因果関係を認めました。

 以上から、裁判所は、B医師の過失に関する遺族の主張を認め、C看護師の過失の有無については審理するまでもないとして、上記【裁判所の認容額】記載の損害賠償をY社団法人に命じました。その後、判決は確定しました。