判例評釈

No.77「市立病院看護師の点滴後、泌尿器科受診患者に右橈骨神経不全麻痺が発生。市に損害賠償を命ずる判決」

名古屋地方裁判所平成14年3月15日判決(判例時報1796号133頁)

(争点)

  1. 本件注射と右橈骨神経不全麻痺との因果関係
  2. 市(Y病院)の責任原因(過失)
  3. 損害額

(事案)

 患者Xは、昭和25年5月23日生まれの男性で、腎結石のため、平成2年末ころから、Y市が開設するY市民病院(以下「Y病院」という。)の泌尿器科に通院して治療をうけていた。
 Xは、平成4年4月4日、Y病院泌尿器科を受診してK医師の診察を受けた。Xの疼痛の原因として尿路結石が疑われたため、K医師は、自排石を促すためにソリタT3(500ミリリットル)の点滴を行い、痛みに対してはボルタレン坐薬を処方することにし、また、単純CT検査も行うことにした。
 Y病院の看護師が、上記ソリタT3の点滴をするために注射器をXの右腕の肘関節上部外側に刺入(以下、本件注射という)したところ、Xは、注射針の刺入部位付近から右腕の指先にかけて鋭い痛みを感じたが、その後は痛みも治まり、途中で部屋を移動し、点滴が続けられた。
 Xは、上記の点滴を行う前は右手に異常を感じたことはなかったが、点滴終了直後、手足の先が痺れたような感覚や頭がぼうっとした感じを覚え、翌日には右手の肘部が腫れ上がり、手に力が入らず、食事中に箸を落としたり、字も書けない状態となった。
 その後XはY病院や他院を受診した。
 Xは、同年12月17日、他院の脳神経外科を受診し、同年4月4日のY病院での点滴後、右腕の痛みや脱力感が生じたこと等を説明し、右肘部分の痛みや頭痛を訴えた。同年12月17日のXの握力は、右15キログラム、左24キログラムであった。診察にあたったO医師は、Xに右橈骨神経支配領域の皮膚知覚の鈍麻、右手指伸展障害、右手関節背屈障害、右握力低下が認められたこと等から、右橈骨神経不全麻痺であると診断した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額 2297万5723円
(内訳:慰謝料250万円+逸失利益1847万5723円+弁護士費用200万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額 330万円
(内訳:慰謝料300万円+弁護士費用30万円)

(裁判所の判断)

本件注射と右橈骨神経不全麻痺との因果関係
 裁判所は、まず、Xの右手等の異常は右橈骨神経不全麻痺によるものと認定しました。
 次に、本件注射後まもなくXの右腕に生じた諸症状は橈骨神経不全麻痺の症状と矛 盾しないこと、本件注射の際、看護師が注射針を刺入した部位は、Xの右腕の肘関節上部外側であり、この付近を橈骨神経が走行していること、Xの障害は注射部位よりも末梢に認められることなどを指摘しました。
 そして、これらのことから、本件注射行為によってXの右橈骨神経不全麻痺を来したもの(点滴のための注射針自体が橈骨神経を損傷したのかあるいは点滴液が橈骨神経に悪影響を与えたかのいずれかであると考えられ、両者が競合した可能性も否定できない。)と推認することができると判示して、本件注射と右橈骨神経不全麻痺との因果関係を肯定しました。
Y市(Y病院)の責任原因(過失)
 裁判所は、まず、橈骨神経は、肘関節部外側では静脈の付近を走行しているから、看護師は、橈骨神経走行部位付近である肘関節上部外側の部位に点滴(静脈注射)をする場合には、付近の橈骨神経走行部位等不適切な部分に注射針を刺入することのないように十分に注意する義務があるというべきであると判示しました。
 そして、本件において、Xの右橈骨神経不全麻痺が本件注射行為によって生じたものと推認できることは前記のとおり。そうすると、平成4年4月4日にXに対する点滴を担当したY病院の看護師(Y病院の被用者であり、履行補助者の関係にもある。)は、上記の注意義務を怠って、本来注射針を刺入してはいけない橈骨神経走行部位に点滴のための注射針を刺入した過失があることは否定できないと判断して、Y市(Y病院)の損害賠償責任を認めました。
損害額
 Xは、後遺障害による逸失利益の主張をしましたが、裁判所は、Xが本件注射後も公立中学校の教員として勤務を継続しており、本件注射による後遺障害によってXの収入が現実に減少した証拠はなく、また今後の収入減少も予想し難いと判示しました。 また将来定年退職後の再就職に際してXが不利益を被る可能性は否定できないものの、その時点までXの症状が継続しているかどうかは予測し難いとも判示し、結局、後遺障害による具体的な逸失利益の算定はできないと判断しました。
 そして、慰謝料については、Xの後遺障害の症状等に係る事情、Xが本件注射後に発生した症状の診察のために種々の病院での診察を余儀なくされたことその他諸般の事情を総合考慮して、300万円と認定しました。