判例速報
※この記事は、2005-07-25にメール配信されたものと同じ記事です。今回は、被告開設の眼科において三度の近視矯正手術(LASIK手術)を受け た原告が、第二回目の手術及び第三回目の手術の際に手術手技上の過失及び説明 義務違反の過失があり、これによって右眼に視力障害を生じたとして、損害賠償 請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H17. 3. 4 東京地方裁判所 平成15年(ワ)第14522号 損害賠償請求 ■ 当事者 ・原告は、昭和52年生まれの男性である。 ・被告は、東京や大阪などにおいて「A眼科」の名称で眼科医療を行う医療法人 であり、東京都港区において「A眼科・東京院」を、札幌市において「A眼科・ 札幌院」をそれぞれ経営するなど、全国6か所で眼科診療所をしている。被告代 表者は、被告の理事長であるとともに、眼科医師として診療を行っている。B医 師及びC医師は、被告病院の医師として原告の診療に携わっていた者である。 ■診療経過等 ・原告は、昭和52年生まれの男性であり、12歳の頃から近視であることが分 かり、眼鏡を使用し、20歳の頃からはコンタクトレンズを使用していた。しか し、ソフトコンタクトレンズを使い続けることは角膜に悪いとの不安があり、プ ールで泳げないなどの煩わしさもあり、できればソフトコンタクトレンズを使用 しないで生活できないだろうかと考え、平成13年6月頃、原告は、札幌市のE 病院でレーザーを使った近視や乱視を矯正する手術を行っていることを知り、同 年7月6日、同病院を受診し、矯正手術について相談を行った。 ・原告は、検査が終了した段階で30分程度の患者の説明用のビデオを見た後、 B医師から「初診検査3」と題する書面を示され、視力矯正のメカニズムや原告 の眼には直乱視が生じていることなどの説明を受け、合併症については被告のパ ンフレット「屈折治療のガイダンス」を使って説明を受け、同パンフレット及び 被告代表者の著書である「詳説近視レーザー手術」、「近視レーザー治療レーシ ック」を受け取った(被告病院では一般的に患者に対して被告代表者の著書を交 付している)。 ・平成13年8月10日、原告は被告札幌院において、B医師の執刀により、両 眼の近視矯正手術を受けた(第一回手術)。 ・原告は、本件第一回手術後1週間ぐらいは右眼、左眼ともほとんどぼやけて見 えない状態であったが、特に、本件第一回手術の翌日から右眼の違和感を訴え、 左眼の方は徐々に見えるようになってきたが、右眼がずっとぼんやりした状態で あったので、B医師及び被告病院の職員らに対し、電子メールなどを通じて右眼 が見えないと訴え、再手術を強く希望した。これに対しB医師は、同年9月3日 、左右の角膜における水分の違いで、レーザー照射後の結果に相違が出たのでは ないかと思われるが、慌てず、もう少し時間が経って3ヶ月後、6ヶ月後の経過 を見て必要があれば再手術を行うことを説明した。 ・同月5日、B医師は、原告に対し「再手術の件」と題する電子メールを送信し 、当初はセントラルアイランドだと考えていたが、トポグラフィーを見るとセン トラルアイランドとは異なる形で、きれいな乱視の形となっている、詳しくは次 回来院の日に説明する、残りの乱視については追加で治療すれば治るからがっか りする必要はない、再手術の日程を検討して欲しいと説明した。 ・原告は、他の眼科で再手術の時期について聞いたところ、すぐ再手術せず、角 膜が安定するまで待つのが普通の眼科医であるという話を聞いていたので、再手 術が可能になる時期を待ち、平成14年8月、自ら被告病院に対し再手術の予約 の電話をかけた。 ・平成14年8月25日、原告は被告札幌院において、被告代表者の執刀により 、右眼の近視矯正手術を受けた(第二回手術)。 ・本件第二回手術後、原告は、右眼がほとんど見えなくなったと感じ、眼鏡やコ ンタクトレンズを使用しても変わりがなかったので、被告代表者ら被告病院の医 師らに対し、度々、どうして見えないのかと詰め寄ったり、セントラルアイラン ドですかと尋ねたりするなどして、視力が良くならない理由について尋ねた。 ・同年11月18日、原告は原告の祖父を同伴して被告札幌院を受診し検査を受 けた。 ・同月25日、原告は被告あてに電子メールを送信し、「本などを見て普通のレ ーシックと比べ不正乱視やコマ収差の矯正が出来るのは分かったのですが、手術 後の結果としては何が違うのですか?見え方が違ったりするのですか?」と、ウ ェーブ・フロント・レーシック手術の手術後の結果について質問した。 ・同年12月8日、原告は被告代表者あてに「D先生へ」と題する電子メールを 送信し、その中で、「よくよく考えると色々疑問がわきます。2日間も時間をと られ、遠い東京まで行って再々手術をするとか。だったらこないだの再手術はな んだったのですか?」「こないだ診察の時に質問したら東京で話すって、それじ ゃ遅いんじゃないですか?」と記載している。 ・同月11日、原告は被告札幌院に電話をかけ、札幌(千歳)から東京(羽田) までの航空券を送るよう求め、被告札幌院は12月19日11時00分千歳発羽 田行きの航空券及び12月20日20時05分羽田発千歳行きの航空券を原告あ てに郵送した。 ・被告代表者は、上記検査時には被告東京院におらず、同日、検査が終了して原 告が被告東京院を出た後に同院に戻って、原告に電話をかけ、同日の検査結果、 翌日の手術内容、合併症・副作用等について説明を行った。 ・同年12月20日、原告は被告東京院において、被告代表者の執刀により、右 眼の近視矯正手術を受けた(本件第三回手術)。 ・平成15年8月22日、原告は、Hクリニックを受診し、同年11月26日及 び平成16年6月2日、同クリニックでPRK手術を受けた。同クリニック初診 時の原告の視力検査の結果は、右眼裸眼視力0.2、同矯正視力0.3、左眼裸 眼視力1.2、同矯正視力1.2であった。同クリニックのカルテには、「右眼 はセントラルアイランド様の角膜不正乱視のため眼鏡矯正視力不良を認めます。 角膜厚395ミクロンのためレーザーによる矯正はエクタジア等のリスクが伴う ことをお話ししましたが、角膜移植が必要になる可能性があっても手術的な矯正 を希望されております。」「フラップ下の角膜厚250ミクロン以下と思われま す」などと記載されている。 【争点に対する裁判所の判断】 ■本件第二回手術における説明義務違反の有無 「もとより医師が患者に対し合併症の危険性について説明するに当たっては、そ れが発生する頻度に応じた説明を行うべきであることは当然である。・・・平成 14年の時点においても、セントラルアイランドの発生原因として依然明確な回 答は得られておらず、LASIK手術によってはほとんど生じない合併症である とされており、発生率の報告も様々であることが認められる。かかる医学的知見 に照らした場合、・・・セントラルアイランドについての記載は、本件当時にお けるセントラルアイランドの実情を説明したものとして誤りではないというべき である」 「なお、「近視治療のガイダンス」と題するパンフレットには、「セントラルア イランドが発生したことはありません」と記載されているところ、これはいささ か誇張した宣伝であるといわざるを得ない。しかしながら、原告が被告病院医師 から同パンフレットのみを示され、セントラルアイランドが生じないという内容 の説明を受けたのであれば格別、・・・通常一般人としては被告の説明によって セントラルアイランドが発生する危険性が皆無ではないことを優に理解し得るも のと認められるから、同パンフレットの記載は上記判断を覆すものではない」 ■本件第二回手術における適正手術義務違反の有無について 「本件第二回手術の結果、球面度数及び乱視度数の明らかな低下は認められず、 トポグラフィー上も、本件第二回手術の前後でセントラルアイランドが増強した のか否かは判断することが難しいことが認められるのであるから、かかる結果か らレトロスペクティブに見ても、本件第二回手術に手技上の過失があったという ことは困難であり、この点に関する原告の主張は、既にその前提を欠くものであ る」 ■本件第三回手術における説明義務違反について 「原告は本件第二回手術の結果に強い不満を抱くとともに再度の手術を希望して おり、被告から交付されたウェーブ・フロント・レーシック手術に関する書籍を 読み、その内容等について自ら積極的に電子メールで質問していること、手術の 前日にもウェーブ・フロント・レーシック手術の特性について電話で専門的かつ 複雑な説明を受けている。原告はこの際の電話の記録について、その内容が不自 然で証拠価値がないと主張するが、原告は自らはっきりと応対しており、合併症 の説明を受ける際にも積極的に質問したり、「じゃあ、1回目の初めて手術する 時の副作用と変わりはない」「はい、覚えてます。」などと自らの理解度を示す 発言をし、しかも、同手術の術式は厚生労働省の認可を受けておらず、その成否 はコンピューターの解析結果が適正かどうかによるものであり医師の関与すると ころはほとんどなく、コンピューターを信頼して行わざるを得ないことの説明を 受けながら、むしろ「(再手術の時期について)今度4ヵ月でどうですかね?僕 の方がリスクを承知で受けたいと言ったら、受けることは出来るでしょうか?」 と手術に積極的な姿勢を示していることなどからすると、原告はこの電話の際に 被告代表者の説明を十分に理解して自らの意思でウェーブ・フロント・レーシッ ク手術を受ける意向を示していたものと認められ、上記電話記録の信用性に疑問 を差しはさむ余地はない」 「以上の事情によれば、被告は、ウェーブ・フロント・レーシック手術の特徴・ 効能のみならず合併症、同手術が先駆的治療法であり、コンピューターの解析に 頼る治療法であることなど、原告がそのメリットとリスクを理解判断するために 必要十分な情報を提供していたものであり、原告はこれに対し、自らの意思に基 づいて「屈折矯正手術の同意書」に署名押印し、本件第三回手術を受けるという 決断を行ったというべきであるから、この点に関する被告の説明義務違反は認め られないし、上記認定に反する原告の陳述ないし供述は採用することができない」 ■本件第三回手術における適正手術義務違反の有無について 「原告は、本件第三回手術の際に、乱視の軸及び角膜の切除深度の設定を誤った 過失があると主張するので、以下検討する」 「まず乱視の軸の設定については、・・・機械に任せざるを得ないものであり、 原告自身も、このようなウェーブ・フロント・レーシック手術の特性について説 明を受け、納得の上でウェーブ・フロント・レーシック手術の施行を受けている こと、術前検査結果の値もウェーブフロント・レーザー照射には影響しないこと 、ウェーブ・フロント・レーシック手術は微小な角膜や水晶体の歪み(不正乱視 )をコンピューターで解析するものであって、乱視の軸の適否のみを問題とする こと自体がその原理上困難かつ無意味であると思われることなどからすると、カ ルテ上に記載された術前検査結果との比較のみをもって、本件第三回手術の乱視 の軸の設定が誤りであるということはできず、他に原告の主張を認めるに足りる 的確な証拠はない」 「次に角膜の切除深度については、・・・照射記録の角膜厚は安全係数を掛けた 値であり、実際の本件第三回手術前の右眼の角膜厚は約438ミクロンであった のだから、原告の主張及びB医師の陳述はその前提を欠くものといわなければな らない」 「そもそも原告は、乱視の軸及び手術深度の設定が、セントラルアイランドの発 生その他原告の右眼の視力異常に結びついたことを示す事実を何ら主張しておら ず、本件全証拠によってもそのような事実を認めることはできないため、かかる 観点からしても、この点に関する原告の主張は採用できない」 「原告は、合併症の発生を避けながら、セントラルアイランドを矯正できる知見 はなかったにもかかわらず、ウエーブ・フロント・レーシック手術を施行した過 失があると主張する」 「本件第三回手術当時、セントラルアイランド後のレーザー再照射の方法、時期 等について医学的知見が確立していたとは認め難い。さらに、ウェーブ・フロン ト・レーシック手術についても、・・・ウェーブフロント・レーザーによる屈折 矯正手術は、平成14年12月の時点において厚生労働省の認可を得ておらず、 被告病院においても初めて導入されたのは平成13年であるのだから、ウェーブ ・フロント・レーシック手術が本件第三回手術当時、近視矯正治療の医療水準と して確立していたとは認め難い」 「原告は本件第二回手術後、手術の結果が自らが思い描いていたものと大きく異 なったことについて満足することができず、その原因について被告病院から何度 となく説明を受けても納得することができず、家族と一緒に被告病院及び被告代 表者に対する不信感を募らせる一方で、被告病院の有する治療技術についての信 頼は失われておらず、被告病院による再度の手術により良好な視力が得られるも のと強く期待し、1年を待たないうちに再度の手術を受けることを強く希望して いたことが認められる」 「そして、セントラルアイランド後のレーザー再照射が困難であることについて は、原告は既に本件第二回手術前に説明を受けていたのであるし、・・・原告は 、被告から、ウェーブ・フロント・レーシック手術に関する十分な情報提供を受 け、同手術による危険も十分認識しながら、自ら「屈折矯正手術の同意書」に署 名押印し、本件第三回手術の実施を決断したものである」 「このように、患者である原告が、手術による視力回復を強く希望し、被告病院 から再手術の危険性に関する情報についても十分に与えられており、この情報に 基づき手術の実施について判断するに当たっての能力的な支障も特には見当たら ない中、本件第三回手術の実施について同意したという本件事情の下では、本件 第三回手術が医療水準として未確立の術式であって、仮に同手術によって原告の 右眼の視力低下が生じたのだとしても、本件第三回手術の実施が違法であると評 価することはできない」 ■結論 請求棄却