判例速報

※この記事は、2006-04-05にメール配信されたものと同じ記事です。
今回は、老人性眼瞼下垂症に対する上眼瞼切除術を受けた原告が、担当医師から
事前に十分な説明を受けなかったために症状改善の効果がより大きくなるように
、より大きな幅での切除を受けることができなかったなどと主張して損害賠償請
求した事案です。

■年月日・裁判所
H17.11.21 東京地方裁判所 平成17年(ワ)第9975号 損害賠償請求事件

■診療経過
・原告は、加齢により両目の上眼瞼が垂れ下がって視界を遮るようになっていた
ことから、平成14年7月29日、被告の設置する「東京警察病院」形成外科を
受診して、その勤務医のC医師及びD医師の診察を受け、老人性眼瞼下垂症と診
断されて、被告との間で、同疾患に対する診療を目的とする診療契約を締結した
上、同年8月10日、被告病院において、D医師の執刀により上眼瞼切除術を受
けた。
・C医師は、原告に対し、美容整形を行う診療所において自費診療で手術を受け
ることを勧めたが、原告がこれを拒否したため、上眼瞼の手術を専門とするD医
師に引き継ぎ、これを受けて、D医師が、原告を診察した上、被告病院で上眼瞼
切除術を行うことに決めた。
・原告は、本件手術前において、被告病院医師から次の点については説明を受け
ていなかった。
(1)眉毛挙上術の具体的内容及びこれに要する費用
(2)本件手術において実際に切除する予定の皮膚の幅が約4mmであること
(3)上眼瞼切除術において皮膚の切除幅等の手術の方法に応じてどのように顔
貌が変化するのかについての具体的な相関関係
・本件手術で、上眼瞼の皮膚が約4mmの幅で切除された。なお、本件手術によ
って原告の顔貌にはほとんど変化が生じなかった。

・原告は、本件手術後、眼瞼下垂の改善による視界の改善の程度について不満を
抱いていたところ、平成17年2月、眼瞼弛緩症であった韓国の大統領が眼瞼切
除術によって視界が改善された旨の新聞記事を読み、本件手術の際に切除幅をよ
り大きくすれば症状の改善はより大きかったのではないかと考えて、2月26日
、被告病院を受診し、当日はD医師が在院しなかったことから、E医師の説明を
受けた後、同医師の紹介により、D医師が院長を務める「F」を訪れて、同医師
に対し、本件手術が十分なものでなかったことを主張して、再手術を求めた。
・3月4日、原告が被告病院を受診して、原告と被告病院側との間で再手術の施
行について話し合われたが、原告が失敗した手術のやり直しとして被告病院の費
用負担で行うべきと主張したのに対し、被告病院側は原告の費用負担で行うべき
と主張したため、再手術は行われなかった。
・原告は、本件手術当時、顔貌の変化については、少なくともまぶたが二重にな
る程度の変化については、そのことによって症状の改善が図られるのであれば、
これを許容する考えを有しており、また、眼瞼下垂の改善のための費用としては
、本件手術に実際に要した4万数千円に二、三万円を上乗せする範囲でしか支出
するつもりはなく、100万円も要するような手術を受ける意思は全くなく、現
在もその意思はない。 
・本件手術における約4mmの切除幅は、原告の顔貌を変化させない範囲で最大
限の幅ではあるが、原告の眼瞼下垂による視界障害を大きく改善するものではな
かった。
・平成17年、原告がD医師と再手術について話した時、D医師は、少なくとも
、まぶたが二重になる程度の幅での切除を行うつもりであった。原告の眼瞼下垂
は、そのような手術を行えば、少なくとも本件手術後の状態よりは大きな症状改
善の効果が期待できた。

■ 説明義務違反
「本件のような老人性眼瞼下垂症に対して上眼瞼切除術を行う場合、症状改善の
効果を大きくするために切除幅を大きくすると顔貌の変化が生じ、顔貌の変化が
生じないようにするために切除幅を小さくすると症状改善の効果が小さくなると
いう関係にあり、原告の場合、仮にまぶたが一重から二重になってもよいことを
前提とすると、本件手術におけるよりも、大きな幅で切除することによって、症
状改善の効果が大きくなるといえる」
「被告病院の医師としては、本件手術を行うに際して、原告に対し、上記のよう
な切除幅と症状改善の程度、顔貌変化の程度との相関関係をできる限り具体的に
説明した上、症状改善を重視してある程度の顔貌変化は許容するのかどうか、特
に、まぶたが一重から二重になる程度の顔貌変化は許容するのかどうかについて
質問し、そのような顔貌変化が生じても症状改善の効果がより大きい方をよしと
するのか、それとも、症状改善の効果がより小さくても顔貌変化のより小さい方
をよしとするのかの選択の機会を与えるべき診療上の義務ないし注意義務を負っ
ていたというべき」
「しかるに、前提事実等に証拠を併せると、被告病院医師(具体的にはD医師)
は、本件手術を行うに際して・・・まぶたが一重から二重になるような顔貌変化
は原則として生じさせるべきでないと考えており、また、原告にもそのような顔
貌変化を許容する意思はないであろうと考えていたため、症状改善を重視してま
ぶたが一重から二重になる程度の顔貌変化は許容するのかどうかといったような
説明ないし質問はしなかったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はな
い」
「被告病院医師には、上記のような説明ないし質問をしなかった点において、診
療上の義務違反(債務不履行)ないし注意義務違反(過失)があるというべき」

「したがって、被告は、原告に対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に
基づいて、上記説明義務違反により生じた損害を賠償すべき義務がある」

■ 因果関係及び損害
「・・・原告は、被告病院医師の上記のような説明義務違反がなければ、すなわ
ち、被告病院医師から、上記のように症状改善を重視してまぶたが一重から二重
になる程度の顔貌変化は許容するのかどうかといったような説明ないし質問を受
けていれば、まぶたが一重から二重になる程度の顔貌変化が生じても症状改善の
効果がより大きい方がよいとして、本件手術におけるよりも大きな幅での切除を
希望し、実際にそのような切除術を受けて、より大きな症状改善の効果を享受で
きたものと推認される」
「また、・・・原告は、本件手術後、平成17年2月に韓国大統領に関する新聞
記事に接するまで、保険診療の範囲内では本件手術による程度の症状改善しか得
られないものと思っていたことが認められる」
「そして、前記のとおり、原告は、現在、より大きな症状改善の効果を得るため
に、より大きな切除幅での上眼瞼切除術を受ける予定である」
「以上によれば、原告は、上記説明義務違反があったために、もう一度本件手術
と同様の上眼瞼切除術を受けざるを得ず、また、本件手術後の平成17年2月2
6日と同年3月4日に被告病院を受診せざるを得なかったといえる」
「したがって、本件手術に要した費用及び上記受診に要した費用は、上記説明義
務違反によって生じた損害とみることができる」
「・・・本件手術に要した費用は4万4310円、上記受診に要した費用は44
0円であると認められる(合計4万4750円)」
「原告は、上記説明義務違反によって、より小さな症状改善の効果しか得られず
、もう一度同様の手術を受けざるを得ないといえるし、本件手術後平成17年2
月までの約2年半、保険診療の範囲内ではより大きな症状改善の効果を得る方法
はないものと思っていた(そのために、もう一度同様の手術を受ける時期が遅れ
た。)といえるのであり、これらによって精神的苦痛を受けたことが推察される
」
「これらの点のほか本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、上記精神的苦痛
に対する慰謝料は30万円をもって相当と認める」

■判決主文
1 被告は、原告に対し、金34万4750円を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
<以下略>