判例速報
※この記事は、2006-06-01にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,胎児であった原告がIUGR(子宮内発育遅延)と診断 され被告病院において経膣分べんによる出産後,精神遅滞等の後遺 症が生じたことにつき,被告病院の医師に高度医療機関に転送すべ き義務があったのにこれを怠った過失を認定した上で(後遺症との 間に因果関係は認められないが)後遺症が生じなかった相当程度の 可能性を侵害したとして原告の請求の一部を認容した事案です。 ■年月日・裁判所 H18.1.25 横浜地方裁判所 平成13(ワ)531 損害賠償請求事件 ■当事者 原告:太郎と花子の長男として,平成6年5月4日,被告病院で 出生した。 被告:病院及び老人保健施設を経営する医療法人社団 ■診療経過 ・原告の母である花子は,平成5年当時32歳,非妊娠時の身長は1 54cm,体重は48.5kg。 ・平成5年8月22日午後1時15分,花子は被告病院の産婦人科 を受診したところ,妊娠7週1日と診断されたが,切迫流産のおそれ があり安静が必要であったので,同病院に同年9月12日まで入院 した。花子は,同病院の医師に最終月経日を同年7月3日と申告し, 分べん予定日は平成6年4月9日であると診断された。 ・9月12日の退院に際しての診断では,胎児の胎児頭殿長(CR L)18mm,8週5日相当,胎児心音ありで,外来フォローアップが 必要であるとされた。その後は,特に問題もなく推移し,被告病院に て定期的に診察を受けた。 ・9月28日,花子は被告病院でA医師の診察を受けたところ,妊娠 12週3日,異常所見なし,CRL(胎児頭殿長)39mm,妊娠11 週2日相当,胎児心拍あり,性器出血なしとの診断であった。 ・10月27日,胎児のCRLは93mmであった。 ・11月29日,花子は貧血の疑いがあると診断された。A医師は, CBC(全血液計測)を行い,同人に対して補中益気湯を3包/3 ×14TDの割合で処方した。 ・12月27日,太郎が風しんにり患したため,花子についても風し んが疑われた。なお,花子に対する風疹赤血球凝縮阻止抗体検査の 結果は,64倍との数値が出た。 ・平成6年1月25日,B医師は花子に対しブドウ糖負荷試験(G TT)を実施した。花子の血算は12.4g/dlであり,クラミジ ア反応は陰性であった。B医師は,花子の尿から糖が検出されたこ とから,糖尿病を疑った。後日,糖尿病自体にはり患しておらず問題 のないことが判明した。 ・2月22日,花子の体重が60.7kgに増加したため,被告病院の B医師らは同人の体重増加に注意した。 ・3月11日,A医師は,花子の胎児の推定体重が妊娠週数に比して 軽いことから,妊娠週数の違いであるか又は胎児がIUGRではな いかと疑った。この点につき,同医師は同月16日の診断の際に確 認し,花子の胎児がIUGRであると確定診断をするに至ったが,同 医師は,花子に対して胎児の発育が遅れているとの指摘をしたにと どまった。 ・4月7日,B医師は,花子に対してノンストレステスト(NST) を実施したところ,反応型(reactive pattern)の所見を示した。同 日,同医師はマイリス200急及び5%ブドウ糖(GLO)20急 を花子に投与した。この診断の際に,頸管熟化や児頭の下降がみら れなかったため記録の再検討がされ,上記NSTの結果が反応型で あったことから週数の補正をして様子を見ることとし,推定妊娠週 数が39週5日から38週4日に,同年4月9日の出産予定日が,同 月17日に補正された。 ・4月30日,A医師は,内診の際に,花子に対して卵膜剥離の処置 を行い,頸管を広がりやすくし,陣痛の発来が容易になるような処置 を行った。花子は,平成6年4月に数回の診察を被告病院で受けた が,予定日を過ぎても出産の兆候がなかったため,心配となり,診察 したB医師に質問したところ,同医師は「大丈夫心配ない。」「予 定日に生まれる方が少ないのだから。」などと述べた。 また,前記のとおり,花子に対して,子供が生まれやすくなる ようにとマイリス(妊娠末期子宮頸管熟化不全における熟化促進剤) が数回にわたり注射されたが,それでも出産の兆候が生じなかった。 ・5月2日午後7時ころ,花子には不規則に陣痛があり,その後10 分間欠,5分間欠の陣痛が始まり,午後11時50ころ,同人は被告 病院に5分間隔の陣痛が発来した旨電話で連絡し,花子の母親が運 転する車で被告病院に到着した。花子は,翌3日午前0時10分こ ろから被告病院に独歩して入院し,分べん準備室に入り,その後花子 に対し浣腸が行われた。この時点において,子宮口は,2cm開大して いた。 ・5月3日午前1時ころ,胎児心拍数モニターを装着したところ,反 応型の所見を示した。午前9時15分ころ,花子に対しプロスタグ ランジンE1錠が挿入された。午前11時ころ,CTGによる,モニ タリングが開始された。午後0時40分,A医師は,内診を行い花子 の子宮口が4cmに開大したことを確認し,花子に対しマイリス60 0mgを静脈注射した。午後0時50分ころ,CTGによるモニタリ ングにより,心拍心音が一時的に80bpm以下に変動する変動一 過性徐脈が確認された。その時点において,花子に陣痛は認められ なかった。午後1時30分ころ,CTGによるモニタリングより一 過性頻脈が認められ,反応型(reactive pattern)の所見を示した。 同日午後2時30分,花子は不規則な陣痛があると訴えたが,分娩監 視装置上,ほとんどはりは認められなかった。午後4時,約5時間に 及ぶモニタリングにより,反応型であることが確認されたので,CT Gによるモニタリングを終了した。A医師は内診を行った上,CT G上異常所見がみられず,陣痛の増強もなかったので微弱陣痛と判 断して,花子をいったん帰宅させた。 ・5月4日午前2時ころ,再び約5分おきに陣痛が始まったので,花 子は太郎の運転する車で被告病院に到着し再入院した。なお,この 時点における花子の妊娠週数は42週3日であり,いわゆる過産期 となっていた。再入院後の午前2時20分ころ,花子に対しCTG によるモニタリングが開始され,内診により,陣痛は不規則かつやや 弱めであること,花子の子宮口が4cmに開大していることが確認さ れた。この時点から同日午前7時10分までの間に花子は破水し, 早期破水であると診断された。午前3時40分の内診でも,花子の 子宮口が4cmに開大していることが確認され,陣痛は微弱,不規則で あり様子を見る必要があるとされた。 ・午前8時10分ころ,花子の子宮口がほぼ全開大(8cm)となっ たが,CTGによるモニタリングにより約10分間にわたって胎児 心拍数が60から80bpmまでに低下する遅発性徐脈が認められた。 午前8時30分ころ,CTGによるモニタリングにより変動一過性 徐脈が認められた。午前8時50分,D助産師は,上記午前8時10 分に徐脈が認められたこと及び当日が休日であったためあらかじめ 小児科医を優先的に確保しておいた方がよいと判断し,小児科のG 医師にドクターコールを行った。 ・午前9時ころ,花子の子宮口は全開大(10cm)となり,A医師は 内診を行ったが,羊水流出はほとんどなく,かつ混濁は認められなか った。A医師は,花子の体位を側臥位へと体位変換させ,午前9時1 0分ころ,子宮口が全開大であったことから分べんを早めるためア トニンを希釈し花子に点滴した。 ・午前9時20分ころ,担当医師がA医師から,非常勤で花子とは初 対面のC医師に交替した。A医師は,引継ぎに際し,胎児がIUGR であり小さめであること,午前8時10分の時点で心拍が一度落ち ているが酸素を投与したことで回復していること,遅発性徐脈は時 々みられるがもうすぐ正常に戻ると思われること,子宮口が全開大 となっているからこのまま経膣分べんでいいのではないかと判断さ れること,子宮口は全開大であるが陣痛が弱かったことからアトニ ンを使うつもりであること,その用量等を申し送った。その後,C医 師が内診を行ったが,C医師は花子に対して,子宮口は全開には開い ていないこと,胎児が降りてこないことを述べた。午前9時45分, D助産師はC医師にドクターコールを行い,9時50分,C医師は, 花子が過換気(過呼吸)となっていたため,同人に対する酸素投与 を中止した。過換気とは,心因性,身体的ストレスによる情動反応に より,呼吸性アルカローシスに至るものであり,酸素投与を中止して, 二酸化炭素濃度の上昇を図る必要があり,上記処置により花子の状 態も落ち着き,酸素投与中止後の胎児の状態も安定していた。さら に,同医師は,D助産師に指示し,フルマリン1gと生理食塩水10 0急を注入した。 ・午前10時ころ,花子に怒責感が軽度に出現したので,同10時4 0分ころ同人を分べん室に移し怒責をかけた。D助産師は,花子の そばにあって,モニターを確認しながら,「もっと力を入れて。」 「もっといきんで。」等といきみ方を指導した。なお,D助産師は, 同10時ころ,C医師に対し,アトニンの増量の指示を仰ぎ,同医師 は,アトニンの投与を毎分30滴に増量し,さらに同10時40分こ ろ,アトニンの投与を毎分35滴に増量した。そのころ,陣痛の発作 が短く,花子は怒責がうまくできない状態であった。 ・午前11時00分,CTGによるモニタリングにより変動一過性 徐脈とも遅発一過性徐脈ともとれる徐脈の出現が認められた。 この徐脈の最下限はいずれも110bpm以上のものであり,その後す ぐに130〜140bpmに回復した。また,胎児に産瘤が軽度に認め られた。D助産師は直ちにドクターコールを行い,C医師の診断を 仰いだところ,同医師は,徐脈は認められるものの,児頭の下降も進 んでいたことから,帝王切開によるよりは,経膣分べんによりべん出 を急ぐべきであると判断して,経膣分べんを継続した。 ・午前11時05分,胎児の産瘤はやや増強し,C医師は,アトニン の投与を毎分40滴に増量したところ,同15分に花子の怒責は強 くなり,同19分に,花子は経膣分べんにて原告を分べんした。原告 の出生時の体重は2126gで,泣き声を上げることがなく,全体が 暗紫色で,手足もぐったりとしていて,全身チアノーゼの症状を呈し ており,心音微弱,自発呼吸がない状態であった。あらかじめ待機し ていた小児科のG医師によって,吸引,アンビューバックによる酸素 投与等の救急そ生術がされたが,アプガースコアは1分値1点,5分 値4点という新生児仮死状態であり,アプガースコア10点となる までに出生後59分を要した。 ・原告には,陥没呼吸及び神経症状である落陽現象が継続し,児の活 動が弱いため,午後0時30分に被告病院を救急車で出発して,午後 0時50分に医大病院のNICUに搬送された。G医師は,太郎及 び花子に対し,児が小さく出生時の状況があまり良くなく,出生前に 早期破水しており感染症の可能性が考えられることから,大学病院 で管理をした方がよいだろうと病状を説明した。 ・原告は,医大病院への前記搬送後,搬送用クベースに入室したが, 顔色やや不良で,多呼吸であり,酸素の吸引が弱く,ゼクレートが多 量であった。SpO2値80台からさらに70台に下降したため,原告 に対して酸素吸入を開始したところ,SpO2は90台へと回復した。 前述のように,原告には,けいれんはなかったが著明に落陽現象が認 められ,レントゲン写真上,肺野がかなりの程度に胎便により汚染さ れており,吸引を頻回に行ったが,胎便吸引症候群の所見が認められ た。検査データでは,CK,LDH,GOTの値が高値であり,仮死徴 候にあったことを裏付ける所見が認められた。 ・5月5日(生後1日),レントゲン撮影で原告の肺野はほぼ清明 なことが確認され,多呼吸も徐々に消失したので,同月8日に酸素投 与は中止された。CRP値も最高3.3まで上昇したが,同月8日 には陰性となったため原告に対する抗生剤の投与は中止された。同 日,原告の黄疸が総ビリルビン値8と増強したため,同日より光線療 法が開始された。翌日総ビリルビン値7.3に下降していたため, 光線照射は中止された。 ・5月7日より,原告に心雑音が出現した。レントゲン上は,正常範 囲内であったが,心電図では陽性T波が出現し,右心室肥大(RVH) の所見が認められた。その後,原告の心雑音は増強し,聴診では同人 の胸骨左縁IIからIII肋間に収縮期駆出性雑音を聴取した。 ・5月10日,原告に対し心エコーを施行したところ,エコーにてA SD(2次口欠損タイプ),VSD(膜欠損)が確認された。 原告の尿量も少なかったためイノバン(ドパミン)及びドブトレッ クス(ドブタミン)を各2γずつ投与して様子を見ることとしたが, 原告の体重増加及び尿量が少ないため,ラシックス,アルダクトンを 使用したところ改善傾向になった。 ・5月13日,シゴシンの投与を0.01mg/kg/day割合にて開始 し,イノバン(ドパミン)及びドブトレックス(ドブタミン)の投 与を次第に減少していった。 ・5月16日の原告の血中濃度は1.21と比較的良好で有効域に あると認められ,ジギタリゼーションにて,経過を見ることとされた。 なおこれらの疾患は,投薬の後8か月して自然治癒した。 ・5月13日,原告に38度の発熱が認められ,何らかの感染症が考 えられたので,咽頭血液培養が施行された。医師らは,この時期の疾 病で一番考えられるものとして,MRSA感染をメインに考え,硫酸 アルベカシンの投与を行った。翌日,原告は37から38℃の発熱 が続いていたが,CRP値も徐々に低下し,5月18日には陰性化し た。咽頭培養によりMRSA感染が検出された。 ・6月19日の退院後,原告は医大病院の心臓外来にて,シゴシン及 び利尿剤P.O.の投薬を受けながら,経過観察されることとなっ た。退院時の原告の体重は3070g,身長50cm,頭囲35cm,胸 囲32.5cmとなっており,原告のほ乳力は良好で,泣き声及び自発 運動はいずれも良好であった。 ・6月24日,経過観察のために原告に頭部CTを施行したところ, 前回の出血部位はほぼ吸引されて小さくなっており,落陽現象はか なり少なくなっていたが,依然として散見された。なお,けいれん等 は全くみられなかった。 ・6月30日,原告の左右の前頭部に一致してスパイクが認められ, 原告は月齢に比して活動性が弱かった。退院当時,原告の状態は安 定していたものの,原告の新生児仮死が重篤なものであったことか ら,今後成長,発達に影響が現れる可能性も大きく,外来にて神経学 的チェックなど,退院後も経過観察が必要であるとされた。 ・原告は元来溢乳しやすかったが,7月11日,ほ乳後噴水状の嘔吐 がみられたので,7月14日,医大病院に再度入院した。入院後の検 査により,幽門部にオリーブの実大の腫瘤が触知されたことから,肥 厚性幽門狭窄症と診断され,肥厚した幽門部の横断像の輪状筋が5mm 以上,縦断像で約20mmであり,腹部レントゲン撮影にて胃拡張,小 腸ガスの減少が認められた。入院後,輸液管理を行い,原告の状態を 整えた後,7月20日,原告に対し,ラムステット幽門筋切開術が施 行された。翌21日,腹部レントゲン撮影にて胃拡張のないことを 確認した後,原告に対して授乳を再開し,経過が順調であったことか ら,7月27日に,同人を退院させた。 ・11月16日,医大病院おいて,原告に対し,X線診断が行われ,同 診断の結果,原告は扁平頭蓋であり,脳室系は軽度拡大しているが, 脳実質では明らかな局所の異常は認められなかった。 脳白質のT1強調画像において高信号として観察される髄鞘化はほ ぼ満足できるものである。しかしながら,原告の脳梁は少し薄いも のであることが認められる。全体としての原告の脳の印象は,軽度 に薄い脳梁であり,大脳容積は頭蓋より小さく,頭蓋と脳の不具合又 は脳実質の軽度発達遅延であるとされた。 ・平成7年1月25日,医大病院において,原告の粗大運動の1,2 か月の遅れが指摘され,発達評価の経過観察が指示された。 ・2月6日,原告は,医大病院リハビリテーション部において,リハ ビリを開始した。診察中のリハビリでは,原告は,高這いは可能であ るが坐位の姿勢を完全にはとることができず,花子からはできてい る旨の報告があった物の持ち替えもできなかった。しかし,仰臥位 となったときに,寝返り後直接高這いまでは行うことができた。診 断の結果,原告には,運動発達に2か月程度の遅れがあり,また腹筋 等体幹前屈筋力低下がみられ,坐位の保持が不完全であることが指 摘された。また,原告の下肢には筋緊張の軽度亢進が認められるの で,花子に対し,下肢ストレッチ,坐位での引起しを訓練するように 指導がされた。さらに,原告の認知が遅れている可能性が大きいた め経過観察に付された。 ・2月13日,医大病院リハビリテーション部を受診したところ,原 告の坐位バランスは向上し腹筋訓練も上昇したが,同病院の医師よ り,両親の原告に対する話しかけが少ないので,話しかけを多くする ようにとの指導がされた。 ・3月11日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。 その際花子は,同部の医師に対して,原告の様子について,言葉はま だはっきりとせず「アー,アー」「マー,マー」などとしか発せず, 高い視線を好む様子がある旨述べている。津守式乳幼児精神発達質 問紙を実施,診断の結果,原告の坐位時間及びバランスは向上してお り,動作から考慮すると腹筋等,体幹筋の固持収縮は向上しているこ とが認められ,また原告本人も高い視線を好むという興味が出現し ている。徐々に立位での動作が多くなってきたが,まだ立位バラン スが不安定で,つかまっている状態が多かった。訓練としては,立位 での耐久性の向上,体幹回転の頻度を多くすること,また四つんばい ハイハイ等を加える指導が行われた。また,この当時原告は生後1 0か月となっているが,母子関係をみてみると花子に2児めが生ま れてくることもあり,花子と原告との接触機会が少なくなっている ことが予想されるため,早期に療育施設等へ結びつけて,ほかの母親 たちとの交流を深めることも大切かと思われるとの指摘がされた。 ・4月22日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。 その際,花子は,同部の医師に対して,原告の様子について,午前中ず っと寝ていて夜になると指しゃぶりばかりしていること,呼んでも 振り向いたりせず原告の反応が鈍い旨述べ,原告の祖母も,花子の遊 ばせ方が下手で原告に何もやらせない旨を述べた。 診療中のリハビリでは,原告はつかまり立ちから,つたい歩きは(±) であったが,その際左右への移動ができるようになってきており,積 み木打ちもできるようになった。このときの診断では,原告の運動 機能面は徐々に向上してきていることが認められるが,花子との接 触関係が少ないこともあり,今後1か月の母子関係について確認す る必要があることが指摘された。 ・4月26日,原告に対して精神発達検査が行われ,同検査の結果, 原告は満年齢11.5月に対して精神年齢8月で2.5月の遅れが 認められ,精神発達指数(DQ)は70であった。同検査における 総合所見によれば,原告は,呼んでも余り反応がなく,コミュニケー ションをとろうとしない。よく笑うが,マイナスの表情は余り見せ ず,例えばぶつける,物をとられるなどの痛みへの反応がない。親指 と人差し指で積み木を扱うことがいまひとつ習得できず,中指が入 ってしまう。右から左へ物を持ち替えることはできるものの,物を 握ったり扱ったりする興味より,指先に触れ,手のひらの感触を楽し む段階である。つかまり立ちはできるが,足がしっかり床に着かず, つま先立ちになってしまうことが多い。余り立ち上がらないが,か と言って,はうことも好きでない様子である。座ったままで,手の届 く範囲の物を触れて満足しているところがある。おもちゃは音の出 る物にとても興味を示し,母のことは「マーマー」と言って探すよ うであると診断された。 ・5月17日,医大病院において,原告に対し,X線診断が行われ,診 断の結果,原告の脳室系の大きさは正常であり,脳白質の髄鞘の変化 はT1イメージでは満足すべきものがあった。T2イメージでも脳 鞘の変化が脳白質において認められ,これも満足すべき所見であっ た。頭蓋の前後径は小さく,偏平頭蓋が疑われるものの,全体の印象 としては,原告の脳白質の髄鞘はほぼ満足すべきものであり,脳MR Iはほぼ正常と判断された。 ・5月27日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。 その際,花子は同部の医師に対し,原告の様子について,呼びかけに 反応するようになり,少し歩くそぶりを見せるようになったこと,夜 も眠るし昼寝も十分にすること,いつも口を開けて舌を出している こと等を述べた。 ・6月24日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。 その際,花子は,同部の医師に対して,原告の活動性が向上してきた こと,原告が自分の足を持ち上げて足で遊ぶようになったことなど を述べた。診察中のリハビリでは,可動領域は正常範囲内であり,筋 緊張も正常であったことが認められ,遅れてはいるものの徐々に運 動発達機能は向上していると診断された。 ・11月15日,医大病院において,原告に対して精神発達検査が行 われた。同検査によれば,原告は満1歳6か月の実年齢に対して,精 神年齢は8か月と遅れが認められ,精神発達指数(DQ)は44で あった。 ・11月25日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。 その際,花子は,同部の医師に対して,原告が10歩くらい歩き出し たこと,原告の情緒が不安定な気がすること,座っていても後方へ倒 れてしまうこと等を述べた。診察中のリハビリでは,原告の歩行 には上肢緊張が増強し,尖側傾向がみられたが(尖足はアキレス腱 の拘縮により足関節が底屈位を示す変形で,他動的な背屈ができな い状態である。),歩行自体は5,6歩可能となっていた。 ・11月29日,医大病院耳鼻科において,原告に対し簡易聴力検査 (ABR)が行われ,同検査の結果右域値40db,同潜時延長,左域 値20db,同潜時正常であると認められ,聴力的には言語発育は問題 ないと考えられたが,聴力に左右差があり,今後とも定期的な検査が 必要であり,1年後にもABRの再検査を要するとされた。 ・平成8年1月26日,原告に対して,医大病院において,津守式検 査が行われ,運動発達についてはやや遅れがあるものの順調であり, 社会性,精神面が主として問題となるとされた。 ・平成8年2月1日午後6時ころ,原告は食事中に,眼球が上転した 状態で固定し,両手を屈曲させ,両下肢はつっぱったままの状態とな り,その状態が2,3分間にわたって継続した。顔面はチアノーゼの 症状を呈しており,呼吸が止まったように見受けられたので,医大病 院の救急センターに搬送された。その結果,てんかん発作として原 告は経過観察されることとなった。 ・平成8年12月26日,原告は市より総合判定で障害の程度A1 との認定を受けた。 ・平成13年8月17日,原告に対し,医大病院の小児科において脳 波検査が行われた。脳波の所見は,中等から高振幅が緩やかに認め られ,速波が混入していおり,右側に優位な棘徐波があると認められ, 判定としては異常があると認められた。 ・平成13年10月1日,原告は再度てんかん発作を起こした。 ・平成14年3月6日,戊地域療育センターにおいて,原告は,運動 発達遅滞,協調運動障害,精神遅滞と診断された。 ■ 診療契約の主体について 「被告は,平成5年8月22日,花子との間で,分べん管理を行う ことを内容とする診療契約を締結したのであり,契約当事者でない 原告が診療契約に基づく債務不履行責任を追求できる根拠が明らか でなく,かつ,診療契約当時,原告は胎児であり権利能力を有して いないのであるから,受益者たる地位を有しない旨主張し,債務不 履行責任の根拠を否定する」 「しかしながら・・・,花子は,平成5年8月22日,被告病院に おいて同病院の医師から診察を受け,切迫流産のおそれがあるとい うことで入院して治療を受けたが,その際,妊娠7週1日であり, 分べん日予定日は平成6年4月9日であると告げられたことが認め られる」 「これにより,花子と被告との間においては,原告の出生を条件と して,同人の安全な分べんの確保等を内容とする準委任契約(第三 者のためにする契約)が成立した(第三者である原告の意思表示は, 原告の出生の時点で同人の法定代理人親権者である花子及び太郎に より黙示的にされたというべきである。)ものと認められるから, 原告は被告に対して債務不履行責任を追及することが可能な契約当 事者であるというべき」 ■ 分べん予定日の診断に関する注意義務違反について 「原告は,妊娠週数及び分べん予定日は,IUGRを早期に診断し, 適切な管理を行うためには,妊娠初期において正確に診断されるべ きものであるところ,A医師らは,当初から妊娠週数,分べん日の 診断を誤っただけでなく,その誤りを妊娠初期の段階で修正するこ とを怠り,また,IUGRを早期に診断すべきでありながら,IU GRを疑いつつ,IUGRの確定診断をせず,その結果IUGRに 対応した胎児の適切な管理を行わなければならないという,医師と しての基本的な注意義務に違反したものであると主張している」 「確かに,正しい妊娠週数の診断が必要とされるのは,一般的に, 妊娠週数の診断の誤りにより間違った分べん予定日が算出され,そ の結果,過期妊娠と診断される危険が増大するからであるが・・・, IUGRの診断にも妊娠週数の正確な評価が前提となり,IUGR の胎児の分べん管理においても適切な妊娠週数の把握は重要である」 「しかしながら,証拠によれば,妊娠週数の診断に際しては,最終 月経の日付や月経周期も念頭に置く必要があるが,それ自体不確定 要素があるのみならず,超音波断層法による妊娠週数の診断には画 像の鮮明さの度合いにより1週間程度の誤差が生じざるを得ないこ と及び被告病院では,妊娠35週6日に当たる平成6年3月11日 になっても,上記妊娠週数と対比すると胎児の推定体重が小さめで あったことから,A医師は妊娠週数の違いかIUGRを疑ったとこ ろ,その後妊娠週数39週5日に当たる同年4月7日において,B 医師がノンストレステストを実施した結果,リアクティブで問題な かったことから,妊娠週数に違いがあるとして,上記の誤差を考慮 して補正していることが認められる」 「また,最終月経日を特定できない場合であっても,超音波検査で 妊娠8週から12週の胎児頭殿長(CRL)などをもとに妊娠週数 の確定を行うことが必要であるところ,被告病院においても平成5 年9月12日(CRL18mm),及び同年10月27日(CRL9 3mm)の2回にわたり,CRLの検査が行われていることは・・・ 認定したとおりである。そうすると,上記のとおり,CRL検査に よっても1週間程度の誤差はあり得るとされ,正確な在胎週数は, CRLの測定値と最終月経から算出した妊娠週数を総合的に比較考 慮して算出される性質のものであるから,被告病院において,同年 9月28日に12週3日と診断したことが直ちに重大な誤りとはい えず,その後の経過を考慮して,平成6年4月7日に補正を行った ことについて,分べん以前の管理義務違反があるとまではいえない」 「したがって,A医師らの妊娠週数,分べん予定日の診断につき医 師としての基本的注意義務に違反した過失があるとの原告の主張は 採用することができない」 ■ 尿中エストリオールが低値であったことによる帝王切開施行 の要否 「原告は,尿中エストリオール値の異常低値が出現するなどの異常 兆候が顕著にあったものであり,妊娠38週前後から遅くとも40 週までの間に,CST等により胎児ウエルビーイングを正確に評価 し,適切な分べん時機を選択すべきであったと主張している」 「これを裏付けるものとして,胎児−胎盤機能検査法として尿中エ ストリオール値が最も胎児の生育能力(viability)を反映してい るものであって,尿中エストリオール値が5(*注:引用注単位は 「ng/ml」と思われるが公表された判決文からは読み取れない)急 以下の場合は胎児胎盤機能不全であり,胎児仮死若しくは近く胎児 仮死に陥る危険性が大きいと判断でき,NST,CST検査とあわ せて診断し,急速分べんなどの産科的処置が必要となるとする医学 的見解がある」 「そして・・・,平成6年4月16日の尿検査の結果によれば,花 子の尿中エストリオールの値は5(上記*注参照)と低値であったこ とが認められる」 「しかしながら,上記医学的見解自体が,尿中エストリオール検査 法も胎児の予後を診断する上でそれ自体絶対的価値を有するもので はないとしており,NST,CST検査とあわせて診断する必要が あるとしているのであり,さらに,証拠によれば,尿中エストリオー ルはIUGRの場合は低値を示すことが多いが,NSTで反応型の 所見があれば問題は少ないと考えられるとする医学的見解もあり, 最近では尿中エストリオールの値よりもNSTの検査結果を重視す る方向になっている医療機関も存することが認められる」 「本件においては・・・,尿中エストリオールの値が5(上記*注参 照)と低値を示した後の4月21日に行われたNSTの検査結果は 反応型の所見を示していることに加えて,上記の医学的見解を総合 しても,尿中エストリオールの値が5(上記*注参照)以下の低値で ある場合には,それだけで直ちに帝王切開などの急速分べんなどの 産科的措置をとるべきであるとの医学的知見が一般に確立していた ものとすることもできない」 「したがって,尿中エストリオールが低値を示していた事実があっ たとしても,それだけでは被告病院において,花子に対し,帝王切 開を施行しなかったことにつき分べん前の管理義務を怠った過失が あると認めることはできない」 「原告は,IUGRには,それ自体を治療する決定的な治療方法は なく,胎盤機能検査,胎児ウエルビーイング,頭部発育の評価によ る胎児べん出の時機及び方法の検討が最重視されるべきであり,胎 児がウエルビーイング(健康)であるかどうかは,前述の妊婦尿中 エストリオール測定の他に,ノンストレステスト(NST),コン トラクションストレステスト(CST)などのほかに胎児心拍数モ ニタリング(FHR)あるいは胎児バイオフィジカルプロフィール スコア(BPS),羊水量の測定などを度々行い,それらの検査結 果を総合して,いつ分べんするかという胎児べん出の時機を決める ことが必要不可欠であり,被告病院はこれらIUGR児の分べん管 理に必要な検査を実施しなかった過失が認められる旨主張している」 「・・・IUGR児の適切な分べん前管理には,胎児のウエルビー イングの状態を把握することが必要であり,この胎児ウエルビーイ ングを判断するには,一般的にはNSTが検査の主体となるが,I UGRの場合にはNSTの検査だけで胎児の一般状態が悪化してい るとは確実に診断できず,その確実な評価をするためにはバックアッ プテストといわれる検査が必要であること,バックアップテストと して○1羊水量及び羊水の性状のチェック○2胎児血流計測(パルス ドプラー),○3BPS,○4臍帯血ガス分析などの検査法があるが, 上記○2○3○4の実行は一般産科の医療施設では実施が可能ではな く,周産期センター又は大学病院レベルの医療施設でなくては実施 が可能でなかったことが認められるから,これらのバックアップテ スト検査義務が,本件当時一般の医療施設における医療水準を形成 していたものとみることはできない」 「・・・被告病院においては,胎児をIUGRであると確定診断し た平成6年3月16日以降,同年4月7日及び同月21日の2回に わたり花子に対してNSTを実施していたが,上記のバックアップ テストはいずれも実施されていなかったことが認められる」 「しかしながら・・・,これらのバックアップテストは妊婦の診察 を行っている施設のすべてで実施することが可能であるというわけ ではなく,血流診断,BPS,臍帯血ガス分析などは周産期センター 又は大学病院レベルの医療施設でなければ実施が可能でなく,これ らのバックアップテストを実施することは被告病院では可能ではな かったと考えられるのであり,これらのバックアップテストの検査 義務が,本件当時の一般の医療機関における医療水準として確立さ れていなかったことからすると,被告病院の医師としては,上記バッ クアップテストを自ら実施する義務はなかったものといえる」 「したがって,被告病院の医師に分べん管理に必要な上記検査をし なかった過失があるとする原告の主張は採用することができない」 ■ 40週以前の帝王切開の要否 「原告は,妊娠38週前後から,遅くとも40週までの間に,CS T等により,胎児ウエルビーイングを正確に評価し,適切な分べん 時機を選択すべきであったのであり,べん出方法も,分べん誘発を 試み,それができないときには,帝王切開を選択し,実行すべきで あった旨主張している」 「これを裏付けるものとして,妊娠中の管理と分べんのタイミング についての基本方針としては,母体合併症のないIUGRでは満期 (term)でのべん出を試み,合併症例では,NST,CSTの胎児 心拍数モニタリング所見で胎児仮死が発見されれば満期以前にべん 出する方針により,それらの所見がなければ,38週までもたせて べん出すべきであるが,IUGRの胎児は40週までもたせず帝王 切開を行った方がよいとする医学的見解がある。しかし,他方で, 証拠によれば,IUGRの胎児の分べんに際し,経膣分べんか帝王 切開かという選択を行うのは難しい問題であるが,胎児の体重を考 慮して分べん様式が決定されるべきであること,胎児の体重が50 1〜1500gの骨盤位では帝王切開の方が予後はよく,1501〜 2501gでは帝王切開と経膣分べんのとの間に胎児仮死等の発生 につき有意差はないとの報告があること,IUGR児の分べん計画 を立てるに当たっては,妊娠週数,連続して記録された胎児心拍数 モニター,胎児胎盤機能,児の成熟度,子宮頸管の熟化傾向を基本 として考慮すべきであること,32週以上又は児体重1500g以 上で児は成熟していると考えられるから経膣分べん(試験分べん) を試みるべきであり,経膣での試験分べんを行わずに予定帝王切開 術の適応とするものとしては,重症のIUGRで児体重1000g 未満のもの,体重1500g未満の骨盤位が挙げられること,IU GRだからといって直ちに帝王切開を施行しようとする考え方は妥 当ではなく,妊娠32週以上を経過している場合は一応,経膣分べ んを試みるべきであること,以上のとおりとする医学的見解のある ことが認められる」 「・・・IUGRである場合には妊娠40週までもたせずに帝王切 開を行うべきであるとする医学的見解に対しては,他方で反対の医 学的見解も存在していたものであり,これらの事情にかんがみると, IUGRの胎児は,38週までもたせてべん出すべきであるが,4 0週までもたせないで帝王切開を行った方がよいとする医学的見解 が,本件当時の当該臨床医学の実践における医療水準として確立さ れたものであると認定することは困難」 「したがって,本件において,被告病院の医師が,妊娠40週以前 に帝王切開の施行を選択しなかったからといって,その分べん前の 管理に過失があったとすることはできない」 ■ 分べん時のダブルセットアップ義務について 「原告は,IUGRの胎児のべん出を経膣分べんにて行うにしても, 分べん中の急性胎児仮死は必発と考えて,人工羊水投与の対策や分 べん中にいつでも帝王切開が可能なように準備(ダブルセットアッ プ)をしておく必要があり,被告はこれを怠った過失があると主張 する」 「・・・IUGRは,子宮内環境の悪化のために発症している発育 遅延なので,分べん中には,低酸素状態,すなわち胎児性仮死の状 態になりやすいのであって,胎児に負担をかけないために,IUG Rである場合には帝王切開の適応となることが多いこと,また,I UGRの胎児の場合には,分べん中に緊急な帝王切開が必要となる 低酸素状態による胎児仮死が発生しやすいのであるから,IUGR の胎児の経膣分べんを実施する場合には,帝王切開術施行の決定か ら30分以内に児をべん出できるように準備するいわゆるダブルセッ トアップで実施する必要があるとする医学的見解が認められる」 「他方で,被告病院では,帝王切開を決定してから施行までに1時 間以内を要する態勢であったことが認められる」 「しかし・・・,花子の分べんの際に,平成6年5月4日午前11 時00分,変動一過性徐脈とも遅発一過性徐脈ともとれる徐脈の出 現が認められたこと,D助産師は直ちに,C医師の診断を仰いだと ころ,同医師は徐脈は認められるものの,児頭の下降も進んでいた ことから帝王切開によるよりは,経膣分べんによりべん出を急ぐべ きであると判断して,経膣分べんを継続したこと,その結果,同日 午前11時15分に,花子の怒責は強くなり,同日午前11時19 分に花子は原告をべん出したことが認められるのであり,上記分べ んの経過に照らせば,上記徐脈の出現した午前11時00分から1 9分経過後には経膣分べんにて原告がべん出されているのであるか ら,本件において,被告病院の医師には,帝王切開が必要な場合に, 30分以内に施行できるように,ダブルセットアップを準備してお くべき義務があったと認めることはできない」 「したがって,被告病院の医師がダブルセットアップをすることを 怠った過失があるとの原告の主張を採用することはできない」 ■ 5月4日午前9時ころまでに子宮緊縮の低減をはかり帝王切開 に移行すべきであったかについて 「原告は,同日午前8時10分ころ胎児の心拍数が60bpm以下に 達し,約10分間持続する遷延徐脈が出現し,続いて子宮収縮のた びに変動一過性徐脈が頻回認められ,しかも,それは子宮収縮間欠 期に頻脈を伴って発生しており,非典型的波形の遅発一過性徐脈と して評価すべきものであるところ,このように,同日午前8時半か ら9時の間には,変動一過性及び遅発一過性徐脈が頻発しているが, これは胎児予備能の限界を示すものであり,分べん第2期に入る以 前の同日午前9時00分ころまでに子宮緊縮の低減をはかり,帝王 切開にこの時点で移行すべきであったと主張している」 「・・・,徐脈が発生した場合には第一次的措置として体位変換と 酸素投与をするのが一般的であり,体位変換及び酸素投与の結果児 の状態が回復していることからすると,被告病院の医師には,上記 の時点において直ちに帝王切開術に移行すべき義務があったと認め ることはできない」 「したがって,平成6年5月4日午前9時00分ころまでに,帝王 切開術に移行すべきであったとの原告の主張は採用することができ ない」 ■ 子宮収縮剤の投与について 「原告は,平成6年5月4日午前9時ころからの子宮収縮剤の投与 は,仮死徴候がある場合に胎児の急性仮死をさらに悪化させる処置 であり禁忌とされているから,それ自体医療過誤であると主張する」 「・・・子宮収縮剤の投与に当たっては,児頭骨盤不均衡及び胎児 性仮死を伴うものについては投与禁忌とされ,胎児性仮死の疑いの あるものについては慎重投与が必要であるとされていることが認め られる。前記第3,3(2)の認定のとおり,花子は平成6年3月2 5日の診察の際に,ザイツ法により児頭胎盤不均衡の所見が認めら れたため,グットマン検査が指示されたが,その後必要がないと判 断されて,同検査は行われなかったのであり,児頭骨盤不均衡が解 消されていたと認められること,子宮収縮剤を投与した時点におい て胎児性仮死と判断できる所見は認められていなかったこと,花子 は同日午前11時19分原告を経膣分べんによりべん出しているこ とからすれば,本件分べん中における子宮収縮剤の投与が医療過誤 であるとはいえず,この点について被告病院の医師又は助産師に過 失があると認めるに足りる証拠はない」 「したがって,子宮収縮剤の投与がそれ自体医療過誤であるとする 原告の主張は採用することができない」 「以上によれば,本件においては,分べん時以前及び分べん時のい ずれにおいても被告病院の医師又は助産師に過失が認められないこ とから・・・上記過失を前提とする原告の損害賠償請求には理由が ないというべきで」 ■ 高度医療機関への転送義務違反について 「原告は,本件外来管理時より,本件出産がハイリスク妊娠である ことは産科医であれば容易に判断できたものであるにもかかわらず, 被告の担当医らは,自施設での管理,処置の技術的限界の判断を誤 り,より高度の医療機関への適切な転院,紹介又は転送をする義務 を怠ったものである旨主張している」 「・・・IUGR児の分べん前管理においては胎児がウエルビーイ ングであるか否かを常時監視する必要があるが,そのためにはNS T検査のみならず,これを補佐するバックアップテストを実施する 必要があること,そして,これらのバックアップテストは妊婦の診 察を行っている施設のすべてで実施することが可能であるというわ けではなく,血流診断,BPS,臍帯血ガス分析などは周産期セン ター又は大学病院レベルの施設でなければ実施が可能でなく,これ らのバックアップテストを実施することは被告病院では不可能であ ったことが認められる」 「医師は診療契約に基づき又はその業務の内容に照らし,当該診療 につき最善の注意義務を尽くすことが求められるところ,患者の疾 患につき,自己の診療施設においてこれを診療する人的,物的態勢 が整っていないか不十分であり,他方,患者の疾患に対してより適 切な診断又は治療方法が存在し,患者の疾患が当該診断及び治療法 の適応状況にあり,かつ,必要とされる診療行為が当時の医療水準 上是認され,適切な転医先が存在するなどの場合には,漫然と自己 のできる治療,検査を実施しているだけでは足りず,医師としての 業務又は診療契約に基づいて,その症例に応じた適切な規模,施設, 設備,技術レベルを備えているより高度の医療機関に患者を転送し, より適切な医療を受けさせるべき注意義務があるというべき」 「・・・IUGRはハイリスク妊娠であり,このようなリスクを避 けて児に後遺症が残らないように適切な分べん管理をすべき義務が あるが,被告病院ではノンストレステストの外のバックアップテス トを実施することが不可能であり,緊急時に1時間も帝王切開の準 備に時間を要する態勢にあったこと,これらの検査手技や緊急時に 30分以内に帝王切開施行することは周産期センター又は大学病院 レベルの医療機関においては実施が可能であり医療水準として確立 していたこと,被告病院が所在する神奈川県においては当時におい ても緊急時以外にも母体搬送を受け入れる産科緊急システムが確立 されていて,被告病院においても同システムの利用が可能であり, かつ,同システムによればバックアップテスト等の実施が可能な被 告病院より上位の周産期センター又は大学病院レベルの医療機関に 搬送されるがい然性が高く,かつ,その搬送も容易であったのであ るから,被告病院の医師は,IUGRを管理する適切な人的,物的 態勢を備えている周産期センター又は大学病院などのより高度の医 療機関に花子を転送し,より適切な医療を受けさせるべき義務があ ったいうべき」 「そして・・・,被告病院のA医師は,分べん前の平成6年3月1 1日の時点で原告がIUGRの胎児であることを疑い,同月16日 にIUGRであると確定診断したのであり,花子の転送を妨げる事 情も本件全証拠からはうかがわれないことからすれば,被告病院の 医師としては,IUGRと確定診断後,本件分べん前に花子を速や かに周産期センター又は大学病院レベルの高度の医療機関に転送し より適切な医療を受けさせるべき注意義務があったのにもかかわら ず,これを怠った過失があると認められる」 ■ 高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等との因 果関係 「原告は,被告が転送義務を怠り,IUGRの胎児管理により高度 な対応が可能な高度医療機関(周産期センター又は大学病院レベル の医療機関)において,適切な胎児管理,検査,診療等の医療行為 を受けることができなかったことにより重大な後遺症を残すに至っ た旨主張する」 「・・・原告についてIUGRと診断された平成6年3月16日に 高度の医療機関に転送されており,その結果適切なべん出時期を決 定し,早期の胎児べん出に至ったとしても,後遺症の精神発達遅滞 等が残存しなかったと断定することはできないというべきであるか ら,原告を高度医療機関に転送していたとしても,本件における当 該重大な後遺症が残らなかったことを高度のがい然性をもって推認 することはできず,被告の高度医療機関への転送義務違反と原告の 後遺症との間に因果関係を認めることはできない」 ■ 重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の侵害について 「原告は予備的に,転送義務が履行されていたならば原告に重大な 障害が残らなかった相当程度の可能性を侵害されたことによる損害 を主張している」 「医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかった場合に は,その医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明され ないが,上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点にお いてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合に は,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによってこうむっ た損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである(最 高裁平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号257 4頁参照)。患者の診療に当たった医師に患者を適時に適切な医療 機関へ転送すべき義務の違反があり,本件のように重大な後遺症が 患者に残った場合においても,同様に解すべきである。すなわち, 患者の診療に当たった医師が,過失により患者を適時に適切な医療 機関へ転送すべき義務を怠った場合において,その転送義務に違反 した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在 は証明されなくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同 医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたなら ば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存 在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたこ とによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解さ れ(最高裁平成15年11月11日第三小法廷判決・民集57巻1 0号1466頁参照),このことは診療契約上の債務不履行責任の 場合にも妥当すると解される(最高裁平成16年1月15日第一小 法廷判決・裁判集民事213号229頁参照)」 「そこで,被告病院の医師が花子を,高度の医療機関に転送した場 合において,原告に精神発達遅滞等の後遺症が生じなかった相当程 度の可能性の有無について検討する」 「・・・本件の原告である胎児のIUGRは,いわゆるTypeのI対 称性IUGRであり,その発症原因については,先天異常のためで はないことは生後の画像診断で明らかになっていること,すなわち, 生後の画像診断では,脳の先天異常,各種感染症,先天性代謝異常 など今日実施可能なものはすべて検査し,いずれも否定されている こと,この症例では,TypeIのIUGRではあるものの,先天異常 児ではないので,胎児管理,分べん管理状態の良い状態で出生して いたら,予後は一般的に良好であるとされること,したがって,本 件において適切な時機に高度医療機関に転送していれば,少なくと も精神発達遅滞等の程度が軽減された可能性はあったこと,以上の とおり認められる」 「そうすると,本件において,被告病院の医師が平成6年3月16 日に胎児をIUGRであると確定診断した後,速やかに花子を周産 期センター又は大学病院レベルの高度医療機関に転送した場合には, 高度の医療機関がバックアップテスト等を行いつつ胎児の頭囲の発 育状況を厳重に観察しながら,適切な時機に児のべん出を図り胎外 治療に移行することにより,原告の精神発達遅滞等が軽減された相 当程度の可能性が認められるというべき」 ■ 損害額 ・被告の高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等と の間には因果関係なし→損害なし。 ・高度医療機関への転送義務違反の過失により,原告に対し,重大 な後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害したことに対する 精神的慰謝料:500万円が相当。 ・弁護士費用:50万円が相当 ■判決主文 1 被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成13年 3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 <以下略>