判例速報

※この記事は、2006-06-06にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,分娩が遷延していた原告Aの入院の際に,原告の分娩
に関して慎重な診察に基づき適切な分娩方法の選択・管理及び介
助を委任したにもかかわらず被告がこれらを怠り安易に経膣分娩
を選択した上,自己の医院における経膣分娩に固執し高次医療施
設への転送を怠ったため原告らの子供が重度仮死状態で出生し,
出生後間もなく死亡したとして損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H18.1.19 さいたま地裁 平成16(ワ)90号 損害賠償請求事件

■当事者

原告側:原告A・Bは,平成11年に出生・死亡した男児の父母
である(本件男児が出生時に既に母体内で死亡していたか,出生
後に死亡したものかについては本件訴訟の争点)

被告側:埼玉県東松山市において診療所である産婦人科である被
告医院を開設している医師

■診療経過

・Aは,平成11年4月16日,埼玉県入間市にあるE医院で診
察を受け,妊娠していることが判明。

・Aは,平成11年9月,自然分娩を希望し,それまで診察を受
けていたE医院からFへ転院。Aは,G助産婦に対し,Fへ転院
した際,注射や病院の器械の音が嫌いであり,できれば自然分娩
で出産したいとの希望を述べた。

・出産予定日は,12月18日であったが,17日に陣痛が開始
したものの,陣痛は不規則で分娩に至らず,Aは,20日,Fの
G助産婦(当時の名称による。「看護婦」「准看護婦」につき同
じ)の勧めに従い,同助産婦同行の上,被告医院を受診した。

・原告らは,被告との間で,12月20日,Aが被告医院に入院
するに際し,被告が分娩について適切な管理,診療及び介助をな
すことを内容とする診療契約を締結した。

・12月20日,Aは被告医院に入院し,午後4時20分ころ,
子宮口を薄くするためにマイリス注射が打たれ,午後4時40分
ころ,被告により人工破膜が実施され,午後4時50分ころから
午後5時30分ころまでの間,分娩監視装置が装着され,午後8
時20分ころに分娩室に移動した。被告は,午後8時30分ころ
から陣痛に合わせて子宮口の縁を押し込むような作業を開始し,
この作業を被告医院に勤務するH助産婦と交代で行った。

・20日午前10時30分,内診が行われた際,Aの性器には血
性分泌物が見られた。しかし,被告又は外来担当のK看護婦から
H助産婦に対して,出血に注意するようにとの指示又は申し送り
があったものの,常位胎盤早期剥離の疑いがあるので注意するよ
うにとの指示又は申し送りはなかった。もっとも,被告から脱水
を起こすと血栓症の危険があるので注意するようにとの指示はあっ
た。H助産婦は,本件男児の娩出後はじめて,Aが常位胎盤早期
剥離に罹患していた疑いがあると被告から聞いた。なお,被告は,
Aに対し,この内診の際,常位胎盤早期剥離,血栓症又は低血糖
といった病名について述べたことはなかった。被告医院の外来診
療室には,エコー検査の装置があった。しかし,被告は,Aが検
査を嫌っていると考えてエコー検査を実施するとの提案をしなかっ
た。

・上記内診のころ,Aには,陣痛と区別される下腹痛は見られず,
子宮緊張,子宮硬直も見られなかった。また,分娩監視装置は,
20日午後4時50分になってはじめて装着され,午後5時30
分に外された。さらに,入院時の内診のころ,血液凝固検査は行
われず,本件分娩を通じてエコー検査は実施されなかった。

・20日午後2時30分ころ,Aは,マイリス注射をあまりやり
たくない様子を示したが,H助産婦は,午後4時20分及び午後
9時19分に被告の指示に基づき,子宮口を軟らかくするため,
5パーセントTZ20ミリリットル+マイリスの注射をした。こ
の際,H助産婦は,Aに対して,注射をする前に子宮口を軟らか
くするという目的を説明し,了解を得てから行った。また,血液
検査は分娩後にはじめて行ったが,その際には,貧血はないか,
感染はないかなどを調べるために必要である旨説明し,了解を得
てから行った。さらに,本件分娩を通じて,Aが分娩監視装置の
装着を拒否したことはなかった。

・本件分娩当時,被告医院では,帝王切開の設備が整っておらず,
被告には,帝王切開を行う意思もなかった。また,被告医院では
平成5年2月の医院開設以来,帝王切開を行った事例はなかった。
さらに,H助産婦は,過去に帝王切開を含め被告医院では処置で
きないと思われる場合に,転送を進言したことがあった。

・20日午後8時55分ころ,5単位のアトニンOの点滴投与を
開始。午後11時22分には,胎児心拍数の測定において頻脈が
見られた。被告は,これらのいずれの機会にも分娩監視装置によ
る分娩監視を開始しなかった。午後11時55分ころ,Aに分娩
監視装置が装着されたが,胎児心拍数は180bpmを超え,時
には190bpmを超えるほどの高度頻脈となっていた。

・21日午前0時ころ,Aが息んでも力が入らず,手足が震え,
呼吸も困難となった。また,午前0時20分ころから吸引分娩が
開始された。午前0時20分ころ以降の胎児心拍数は,胎児心拍
数図上,線がところどころ途切れ,十分に読みとることができな
い状態となった。時々記録された部分も断続的に60bpmを下
回ったり,200bpmを上回る状態が出現し,午前1時10分
ころからは,断続的に70bpm前後と150bpm前後を記録
する状態となった。そして,午前1時20分から午前1時21分
までは140bpm前後の基線が存在したが,午前1時21分に
消滅した。

・被告は,21日午前0時20分に吸引分娩を開始し,12回以
上の吸引を試みたが,本件男児を娩出させることができず,よう
やく午前1時21分ころになって娩出させた。本件男児は体重が
3775グラム,身長が53センチメートル,頭囲が35センチ
メートルであった。娩出後の本件男児は,全身色不良で自発呼吸
及び四肢筋緊張がなく,チアノーゼが見られた。そして,被告は,
本件男児に対し,マウストゥーマウス,心マッサージ及び足底刺
激等の蘇生術を行ったが,午前1時40分ころ蘇生を断念し,そ
の後,本件男児に心臓の拍動,随意筋の運動及び呼吸は見られな
かった。なお,H助産婦及びJ准看護婦は,娩出直後,被告が本
件男児に聴診器を当てた時,弱いけれども心拍があると述べたの
を聞いた。

・平成12年1月5日,被告がI産婦人科外来担当医に宛てて作
成した紹介状には,本件男児について「死産」「Apgl1p」
「心拍のみ+ →(−)」との記載があった。


■ 常位胎盤早期剥離を疑うことが可能であった時点での転送義務
違反

「臨床症状から常位胎盤早期剥離を疑うことが可能であるものの,
重症度が軽度なため,その時点では経過観察が相当とされる場合
であっても,医師には,継続的な臨床症状の観察に加えて,エコー
検査,血液凝固検査及び分娩監視装置による胎児心拍数モニタリ
ングを実施し,これらの総合考慮から常位胎盤早期剥離の有無及
び程度を確定診断しようと努める義務があるというべき]

「・・・そして,これらの診断によって,自ら治療に当たったの
では,その物的人的な制約から帝王切開を施行できないなど,常
位胎盤早期剥離に適切に対処できないことを医師が認識し得る場
合には,適切に対処することができる高次医療施設へ妊婦を転送
し,適切な治療を受けさせる義務があるというべき」

「これを本件についてみるに・・・,Aは,本件分娩時,妊娠中
毒症に罹患しておらず,交通事故等による物理的損傷も受けてお
らず,常位胎盤早期剥離の背景となる状況は存在しなかった」

「Aには,16日午前6時及び20日午前10時30分に性器か
ら血性分泌が見られたが,その他には,入院時の内診のころに出
血は見られなかった。そして,16日及び20日の血性分泌はと
もに分泌という以上,少量の出血であったと推認され,出血に関
する重症度の分類では1度の臨床症状が見られたにすぎない。な
お,16日及び20日の出血については「異常出血」又は「凝血
を伴うボタッとした」などの形容による主張もなされているが,
重症度の分類では500ミリリットルが基準とされている以上,
いずれにせよ分泌の範囲にとどまると考えられる」

「児心音に関する重症度の分類における臨床症状については,児
心音の消失が問題となるのであるから,分娩監視装置によって継
続的に児心音を計測する胎児心拍数モニタリングを行うことが適
切である。しかし,分娩監視装置は,20日午後4時50分になっ
てはじめて装着されたのであり,入院時に内診をしたころに児心
音の消失が見られたかどうか不明であった。したがって,児心音
に関し,重症度の分類における1度の臨床症状が見られたとまで
はいえない」

「入院時の内診をしたころに子宮緊張,子宮硬直は見られなかっ
た。したがって,子宮の状態に関し,重症度の分類における1度
以上の臨床症状は見られなかったといえる」

「17日午前3時ころからAに陣痛が発来したが,その後の陣痛
は微弱であり,入院時の内診のころ,陣痛と区別される下腹痛は
見られなかった。したがって,重症度の分類における2度以上の
臨床症状は見られなかったといえる」

「以上・・・を総合考慮すると,入院時の内診のころにおいて,
常位胎盤早期剥離の背景となる状況や出血以外の臨床症状はなく,
エコー検査,血液凝固検査及び胎児心拍数モニタリングも実施さ
れていなかったのであるから,疑いの根拠となるのは,20日に
重症度1度の臨床症状のひとつである出血が少量見られたことだ
けである。そうすると,この時点では,総合的な判断としては,
重症度1度と認めることはできず,重症度0度につき軽度の疑い
を示す症状があったにすぎず,この場合には,経膣分娩を行うべ
く,経過観察をしてよいと認められる。なお,本件分娩当時,被
告医院では,その物的設備,人員の体制及び被告の意思からして,
帝王切開を行うことはできなかったが,経過観察から経膣分娩に
至ることが期待できた以上,このことはこの時点での転送義務を
肯定するに足りるものとはいえない」

「・・・以上によれば,被告は,Aに常位胎盤早期剥離が疑われ
る臨床症状が見られたにもかかわらず,エコー検査等を実施し,
常位胎盤早期剥離の有無及び程度を確定診断しようと努める義務
に違反したと認められる。これに対して,被告には,入院時の内
診結果を中心とする臨床症状等から常位胎盤早期剥離を疑うこと
が可能であった時点で帝王切開を含む急速遂娩を行うことができ
る高次医療施設にAを転送する義務があったとまでは認められな
い」


■ 羊水混濁後の監視義務

「羊水混濁は,胎児が何らかの原因で低酸素状態に陥った場合に
生じるが,低酸素状態の程度が一定範囲を超えると胎児仮死状態
へ移行し,新生児死亡を招くことがある。また,胎児仮死が生じ
た場合,分娩監視装置による連続監視記録上,様々な異常所見が
見られるが,これらは持続的な徐脈や頻脈をはじめとしていずれ
も継続的な分娩監視を実施してはじめて明らかになる所見である
といえる。もっとも,羊水混濁といっても混濁の程度は,黄色,
黄緑色及び胎便混入の順序に悪化するのであり,羊水混濁の程度
が低い場合に,常に分娩監視装置による連続監視が必要となると
まではいえない。したがって,羊水混濁が見られた場合には,混
濁の程度やその他の低酸素状態又は胎児仮死状態を疑わせるよう
な徴候を総合考慮して,胎児が低酸素状態又は胎児仮死状態に陥っ
ていることが相当程度疑われる場合には,分娩監視装置を用いて
胎児心拍数を連続監視する義務があるというべき」

「これを本件についてみるに・・・,20日午後8時46分ころ,
淡黄色の羊水混濁が見られたが,淡黄色と黄色の相違は大きいも
のではないから,この時点で軽度の羊水混濁が見られたといえる。
また,このことはH助産婦が確認したものではあるが,分娩に携
わっていた被告もこの時点で羊水混濁の事実を認識したと推認で
きる」

「20日午前10時30分の内診において血性分泌が見られたの
であるから,低酸素状態を招く常位胎盤早期剥離につき,重症度
0度の軽度の疑いがあった。その後,エコー検査及び血液凝固検
査は実施されず,午後4時50分ころから午後5時30分ころま
でを除き,分娩監視装置による連続監視がなされなかったことも
あって,常位胎盤早期剥離の存否及び進行程度がはっきりしてい
たとはいえず,午後8時46分ころ,常位胎盤早期剥離によって,
本件男児が低酸素状態又は胎児仮死状態に陥っている可能性も十
分に考えられた」

「以上・・・を総合考慮すると,被告には,淡黄色の羊水混濁が
見られた時点で,分娩監視装置による連続監視を実施し,胎児仮
死状態の有無及び程度を確定診断する義務があったといえる。と
ころが,被告は,午後11時55分まで分娩監視装置による連続
監視を実施しなかった」

「以上によれば,被告は,常位胎盤早期剥離による低酸素状態又
は胎児仮死状態の疑いがあった中で,淡黄色の羊水混濁が見られ
たのであるから,分娩監視装置による連続監視を実施すべきであっ
たのにこれをせずに,胎児仮死状態の有無及び程度を確定診断す
るべき義務に違反したものと認められる」


■ アトニンO投与における注意義務

「 まず,アトニンO投与における注意義務について検討すると,
・・・認定したとおり,常位胎盤早期剥離については,臨床症状
やエコー検査等を総合考慮して(ただし,潜伏出血の場合もある
のだから,外出血の有無のみを重視すべきではない。),重症度
が1度以上となったならば急速遂娩を行うべきであるが,その場
合,重症度が軽症(1度)又は中等度(2度)であり,子宮口が
全開大又はそれに近い状態にあるならば,吸引分娩や鉗子分娩と
いった経膣分娩を行うことが適切であり,その場合には,アトニ
ンOを投与して陣痛の促進を図ることが許される。しかし,上記
のような重症度及び子宮口開大の条件に当てはまらない場合には,
帝王切開を行うべきことになるので,経膣分娩を前提とするアト
ニンOを投与すべきではない」

「もっとも,アトニンOの投与については,常位胎盤早期剥離の
症状のみから投与の適切さが問題になるわけではない。アトニン
Oの投与により,過強陣痛又は強直性子宮収縮が生じることがあ
り,これらにより,胎児仮死(羊水混濁,胎児徐脈の出現)又は
胎児死亡が生じることがある。そうすると,常位胎盤早期剥離の
可能性だけでなく,何らかの理由により既に低酸素状態や胎児仮
死が疑われる状態にあったのかなどを総合的に考慮し,具体的事
情に即してアトニンOを投与すべきであったのか否かを判断すべ
き」

「また,アトニンOを投与することが適切であった場合において
も,アトニンOの投与開始初期(投与から20ないし40分間)
には,過強陣痛が出現することがあるほか,90秒以上にわたる
収縮である強直性子宮収縮も生じることがあり,胎児仮死はこれ
らによって生じるのであるから,アトニンOを使用する際には,
過強陣痛,強直性子宮収縮又は胎児仮死が発生していないかにつ
き,分娩監視装置を用いて,胎児の心音及び子宮収縮の状態を連
続的に監視し,異常が見られる場合には,投与の中止,酸素投与
及び急速遂娩等の適切な措置を執る義務があるというべき」

「これを本件についてみるに・・・,入院時の内診における血性
分泌から,常位胎盤早期剥離につき重症度0度の軽度の疑いがあっ
たが,その後,アトニンOの投与が中止された20日午後11時
45分に至るまで性器からの出血や子宮緊張といった臨床症状は
見られず,実施された分娩監視装置による連続監視においても児
心音の消失等の異常所見は見られなかった。そうすると,アトニ
ンO投与の時点での常位胎盤早期剥離の重症度はいくら高くとも
3度には至っていないと認められ,子宮口開大の程度がほぼ全開
大であったことも併せ考えると,アトニンOの投与が許されない
わけではないとも考えられる。しかし,潜伏出血の可能性にかん
がみると外出血がないことを絶対視することはできない上,エコー
検査及び血液凝固検査は実施されず,一時期を除き分娩監視装置
による連続監視がなされなかったことにもかんがみると,アトニ
ンO投与の時点で,常位胎盤早期剥離の存否及び進行程度は明ら
かになっていなかったといわざるをえない。したがって,常位胎
盤早期剥離の観点のみではアトニンOの投与の適切さを判断する
ことはできない」

「以上・・・を総合考慮すると,被告には,アトニンOを投与す
る際,投与前の常位胎盤早期剥離の可能性や羊水混濁の存在を踏
まえ,投与によって低酸素状態や胎児仮死状態が生じる可能性を
考慮してアトニンOを投与すべきではなかったといえる。ところ
が,被告は,20日午後8時55分から午後11時45分までア
トニンOを投与し続けた」

「以上より,被告は,常位胎盤早期剥離による低酸素状態又は胎
児仮死状態の疑いがあり,かつ,低酸素状態又は胎児仮死状態を
示す羊水混濁が存在したため,これらを導く可能性のあるアトニ
ンOを投与すべきではないという義務に違反したものと認められ
る」


■ 高度頻脈発見時以後の転送及び監視義務

「まず,高度頻脈発見時以後の転送義務について検討すると・・
・,胎児仮死状態が生じた場合には,新生児仮死,新生児死亡及
び周産期死亡に至ることがある。そして,胎児仮死状態を示す徴
候のひとつとして胎児心拍数が頻脈となることがあげられる。す
なわち・・・,常位胎盤早期剥離の重症度が進むと胎児仮死状態
が生じて胎児心拍数に頻脈が見られることがある。また・・・,
羊水混濁は,児の低酸素状態後,胎児仮死状態へ移行した場合に
見られることがあるが,この場合には胎児心拍数に160bpm
以上の頻脈が持続することがある。したがって,分娩を担当する
医師は,胎児心拍数に頻脈が見られた場合には,母児に疑われる
疾患の有無及びその程度も考慮した上で,胎児仮死状態又はその
危険を除去すべく適切に対処すべき」

「もっとも,胎児仮死といってもその程度によって様々な対処方
法が存在するのであり,母体の体位変換,酸素吸入及び陣抑制等
のほか,吸引分娩や帝王切開を施行することなどが考えられるが,
胎児仮死が疑われる程度や選択すべき方法の適応等を総合考慮し
て判断すべきである。そして,このような判断によると,自ら治
療に当たったのでは,その物的人的な制約から胎児仮死状態に適
切に対処できないことを医師が認識し得る場合には,適切に対処
することができる医療施設へ妊婦を転送しなければならなくなる
事態の発生をも予測して,あらかじめ転送先を確保するなどして,
患者に適切な治療を受けさせる義務があるというべき」

「これを本件についてみるに・・・,胎児心拍数については,2
0日午後9時40分までは160bpmを超えるような値は見ら
れず,午後9時40分には168bpm,午後10時18分には
156bpm,午後10時40分には168bpm,午後11時
22分には180bpm,午後11時34分には156bpmと
測定された。ここでは,頻脈や高度頻脈が見られたことがあるも
のの160bpmを下回ることもあり,持続的な頻脈とまではい
えなかった。しかし,午後11時55分ころに分娩監視装置によ
る連続監視を開始したところ,その記録上,胎児心拍数が180
bpmを超える状態が21日午前0時5分ころまで恒常的に見ら
れ,これは,持続的な頻脈と評価できるものであった。したがっ
て,遅くとも21日午前0時5分ころには,高度頻脈による胎児
仮死の徴候が見られたということができる」

「本件分娩では,エコー検査及び血液凝固検査の不実施や分娩監
視装置による連続監視の不足から,確定診断はできなかったもの
の,一貫して常位胎盤早期剥離の疑いがあり,その進行により,
21日午前0時5分ころの時点でも胎児仮死が生じている可能性
があった。また,羊水混濁の存在から胎児仮死の疑いがあったし,
アトニンOの投与により胎児仮死が発生している危険もあった。
そうすると,これらの諸要因から21日午前0時5分ころには本
件男児が胎児仮死状態に陥っている可能性が高かったといえる」

「上記・・・からすると,21日午前0時5分ころには,本件男
児が胎児仮死に陥っている可能性は高かったといわざるを得ず,
これに同時刻ころには子宮口全開大状態にあったこと,分娩が長
時間に及んでいること,及び,既に陣痛促進剤アトニンOを投与
していたことを併せ考えると,母体の体位変換,酸素吸入及び陣
痛抑制等の経母治療では十分でなく,急速遂娩術を施行すべきで
あったといえる。そして,急速分娩術のうち吸引分娩の適応には,
胎児仮死,羊水混濁及び常位胎盤早期剥離などがあげられ,本件
分娩はこれに当たるけれども,迅速に児娩出に至らない場合には,
すみやかに吸引分娩を中止して帝王切開に切り替えるべきであり,
その準備をしておくことも吸引分娩の適応となるのである。とこ
ろが,被告医院では,開設以来,帝王切開を行っておらず,手術
道具は錆びてしまっていたのであり,人的物的見地から帝王切開
の準備はできておらず,吸引分娩の適応になかった。なお,帝王
切開の準備が必要であり,適応になかったことは,鉗子分娩につ
いても同様であると考えられる」

「確かに,21日午前0時8分には,埼玉医科大学のNICUは
満床であるとして転送を断られたが,同時に,被告は,熊谷総合
病院であれば転送可能であることを知らされたのであり,帝王切
開を実施できる病院への転送は可能であった」

「被告は,Aにつき帝王切開を施行したら,DIC,血栓症によ
る死亡の危険があるので,帝王切開を前提とする転送を行うべき
ではなかったと主張し,これに沿う証拠もある。しかし,DIC
の治療においては,血小板数の減少が見られる場合であっても帝
王切開を行うべきであり,一般に帝王切開が血栓症のリスクファ
クターになるとしても,本件のように常位胎盤早期剥離やこれに
よる胎児仮死が疑われている場合には,そのような疑いがない場
合と異なり,帝王切開等により適切に対処する必要がある。被告
の主張は独自の見解といわざるを得ず,採用することができない」

「21日午前0時8分ころには,Aは,被告に対し,帝王切開に
してくれてもいいと述べていたのであり,転送して帝王切開が実
施されることになってもAの意思に反することはなかった」

「以上・・・を総合考慮すると,被告には,21日午前0時8分
ころには,20日午後11時55分ころから21日午前0時5分
ころまで高度頻脈が継続したことを受けて,常位胎盤早期剥離の
疑い,羊水混濁の存在及びアトニンO投与の事実を併せ考え,胎
児仮死の危険が高いことを認識し,被告医院では帝王切開を施行
することができない以上,その時点で直ちに帝王切開の適応があ
るかどうかについては別の判断があり得るとしても,帝王切開を
したこともなく,その用意もなかった被告医院にAをとどめてお
かず,熊谷総合病院など帝王切開の可能な高次医療施設にできる
限りすみやかに転送すべき義務があったといえる。また,仮にそ
の時点では遅きに失したというのであるならば,もっと早期の段
階ないし日頃から被告医院における治療では賄いきれず転送が必
要となる帝王切開等の緊急事態の発生に備えて高次医療施設に連
絡しておくなどして転送のルートといったものを確立しておくべ
きであったというべきである。にもかかわらず,被告は,転送先
の事前の確保ないし連絡も転送可能な熊谷総合病院への転送もせ
ず,かつまた帝王切開の準備をしないままに吸引分娩を続けたも
のである」

「以上によれば,被告には,転送義務違反の事実が認められる」

■ 男児の死亡時期について

「思うに,娩出後の児に心臓の拍動,随意筋の運動又は呼吸のい
ずれかひとつでも見られたならば,死産ではなく,出生したとい
うべきであり,こうした見解は,死産の届出に関する規程(昭和
21年9月30日厚生省令第42号)第2条によっても裏付けら
れるところである」

「これを本件についてみるに・・・,分娩監視記録上,本件男児
の娩出前には高度頻脈や徐脈と評価される数値が交互に出現する
などしており,トランスデューサーが正しく装着されていなかっ
た可能性も含め,そもそも胎児心拍数を正確に測定できていたの
か疑問もある。しかし,本件男児の娩出時まで胎児心拍数が記録
されていることからすると,正確さは別として本件男児の胎児心
拍数が測定されていたこと自体は認められる。そして,不安定な
がらも21日午前1時20分まで胎児心拍数が記録されているこ
と,及び,午前1時20分から午前1時21分までは正常整脈に
近い140bpmの状態が継続していたことからすると,娩出直
前まで本件男児の心臓は拍動していた可能性が高い。これに対し,
被告が主張するような娩出直前に心拍が停止していたことを示す
分娩監視記録はない」

「娩出後の本件男児は,自発呼吸及び四肢筋緊張がなく,その後
もこれは見られなかったのであるから,生産の要件である随意筋
の運動及び呼吸はなかったといえる」

「H助産婦及びJ准看護婦が娩出直後に被告が本件男児に聴診器
を当てた時,弱いけれども心拍があると述べたのを聞いたこと,
及び,被告がI産婦人科外来担当医に宛てて作成した紹介状には,
本件男児について「心拍のみ+ →(−)」との記載があったこと
からすると,娩出時には心臓の拍動が見られたと認められる。ま
た,証拠によると,被告は,多数回かつ単なる筋肉の収縮ではな
い本件男児の心臓の拍動を確認したかのような発言をしていたも
のと認められ,このことはH助産婦及びJ准看護婦が弱いけれど
も心拍があると被告が発言したのを聞いたことや上記紹介状の記
載と一致し,信用性が高いといえる。これらのことからすると,
本件男児の娩出後,多数回かつ単なる筋肉の収縮ではない心臓の
拍動があったと認めることができる」

「以上・・・を総合考慮すると,本件男児の娩出時には自発呼吸
及び四肢筋緊張こそなかったものの,心臓の拍動はあったのであ
り,この時点では死亡していなかったといえる」

「以上より,本件男児は,娩出時には生きており,その後21日
午前1時40分までの間に死亡したものと認められる」

■ 因果関係

「訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学
的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の
事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性
を証明することであり,その判定は通常人が疑いを差し挟まない
程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,
それで足りると解すべきである。そして,医師が注意義務に従っ
て行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の
因果関係は,医師が当該診療行為を行っていたならば患者がその
死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認しうる
高度の蓋然性が証明されれば肯定されるものと解すべき」(最高
裁平成11年2月25日判決,民集53巻2号235頁参照)

「これを本件についてみるに・・・,被告は,Aに常位胎盤早期
剥離が疑われる臨床症状が見られたにもかかわらず,エコー検査
等を実施し,常位胎盤早期剥離の有無及び程度を確定診断しよう
と努める義務に違反した。しかし,平成12年1月6日の病理組
織検査において,本件分娩時のAは,常位胎盤早期剥離に罹患し
ていたと診断されたが,胎盤に血管病巣や血栓は見られず,脱落
膜層に帯状の出血巣が見られ,わずかに変性脱落細胞があるとさ
れたにすぎないのであるから,エコー検査を施行しても常位胎盤
早期剥離の診断は困難であった可能性がある(常位胎盤早期剥離
が直接的死因であったかについては疑問がある。)」

「また・・・,本件分娩では入院時の内診において血性分泌が見
られたほかは,常位胎盤早期剥離の臨床症状が見られていないの
であり,常位胎盤早期剥離はあまり進行しておらず,当該義務の
履行によっても異常所見を発見できなかった可能性がある」

「さらに・・・,20日午後4時50分から午後5時30分まで
の分娩監視装置による連続監視においても異常所見は見られず,
午後11時55分までは,胎児心拍数に高度頻脈が見られたこと
があるものの,頻脈とは評価できない程度にまで戻ったりもして
いたのであるから,連続監視を施行したとしても異常所見を発見
することができなかった可能性がある(なお,常位胎盤早期剥離
における異常所見には遅発一過性徐脈等様々なものがあるが,上
記のとおり,常位胎盤早期剥離があまり進行していなかった本件
ではこれらの所見も得られなかった可能性が高い。)。そうする
と,被告がエコー検査等を実施していたならば,本件男児の異常
を発見し,適切な処置を施すことによって,本件男児の死亡時点
でなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性を認
めることはできない。したがって,当該義務違反と本件男児の死
亡の間に相当因果関係はない」

「・・・被告は,常位胎盤早期剥離による低酸素状態又は胎児仮
死状態の疑いがあった中で,淡黄色の羊水混濁が見られたにもか
かわらず,分娩監視装置による連続監視を実施し,胎児仮死状態
の有無及び程度を確定診断する義務に違反した。しかし・・・,
分娩監視装置による連続監視を施行したとしても異常所見を発見
することができなかった可能性がある。そうすると,被告が分娩
監視装置による連続監視を施行していたならば,本件男児の異常
を発見し,適切な処置を施すことによって,本件男児の死亡時点
でなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性を認
めることはできない。したがって,当該義務違反と本件男児の死
亡の間に相当因果関係はない」

「・・・被告は,常位胎盤早期剥離による低酸素状態又は胎児仮
死状態の疑いがあり,かつ,低酸素状態又は胎児仮死状態を示す
羊水混濁が存在したため,これらを導く可能性のあるアトニンO
を投与すべきではないという義務に違反した。しかし・・・,ア
トニンOの投与により,低酸素状態又は胎児仮死状態が生じる機
序は,過剰に陣痛が促進されて過強陣痛となったり,強直性子宮
収縮が生じることを通じて起こるものである。ところが,Aには
これらの症状は現れていない。そうすると,被告がアトニンOを
投与しなかったならば,本件男児の娩出後21日午前1時40分
ころまでの間に死亡したことを防ぐことができたことを是認しう
る高度の蓋然性を認めることはできない。したがって,当該義務
違反と本件男児の死亡の間に相当因果関係はない」

「・・・被告は,常位胎盤早期剥離,羊水混濁及びアトニンO投
与の諸事情に加え,分娩監視記録上,高度頻脈が見られ,熊谷総
合病院への転送が可能であることが明らかになった時点で,NI
CUの有無は別として少なくとも帝王切開可能な医療施設に直ち
に転送すべき義務に違反した。そして・・・,20日午後11時
55分ころに分娩監視装置による連続監視を開始してから頻脈や
徐脈が繰り返し出現していたものの,本件男児には娩出に至るま
で胎児心拍が見られたのであり,熊谷総合病院への転送が可能で
あったことがわかってから1時間以上の猶予があったといえ,こ
の時間を利用して転送及び転送先において適切な処置を行うこと
が可能であった。この点,常位胎盤早期剥離の疑い,羊水混濁の
存在,アトニンOの投与及び高度頻脈の発現といった当時の状況
を総合すると,熊谷総合病院においては直ちに帝王切開が施行さ
れたことが推認できる。また・・・,吸引分娩を施行する場合,
二,三回かつ20分程度の吸引によっても娩出されなければ,帝
王切開に移行すべきであるが,本件分娩では,12回以上かつ約
1時間にわたって吸引が行われたのであり,これは仮に吸引カッ
プが滑脱を繰り返していたとしてもあまりに多数回かつ長時間に
及んだといわざるを得ない。このような吸引がなされたことによ
り,胎児仮死状態が亢進した可能性は否定できない。逆に早期に
帝王切開を施行していれば,胎児仮死状態が亢進していない状態
で娩出され,直ちに,NICUは備えられてないとしても被告医
院よりもスタッフや設備が充実している同病院において本件男児
に対する治療がなされたと推認できる。そうすると,被告が直ち
に熊谷総合病院へ転送していたならば,本件男児がその死亡の時
点においてなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋
然性を認めることができる。したがって,当該義務違反と本件男
児の死亡との間には相当因果関係があるといえる」

「以上によれば,常位胎盤早期剥離,羊水混濁及びアトニンO投
与の諸事情に加え,分娩監視記録上,高度頻脈が見られ,熊谷総
合病院への転送が可能であることが明らかになった時点で,NI
CUの有無は別として少なくとも帝王切開可能な医療施設に直ち
に転送すべき義務違反と本件男児の死亡との間に相当因果関係を
認めることができる」


■ 損害

・逸失利益2122万8816円
平成11年賃金センサス第1巻第1表産業計男子労働者学歴計の
平均年収562万3900円。生活費を5割,中間利息をライプ
ニッツ方式(67年の係数19.2390から18年の係数11.
6895を控除した7.5495)で各控除。
 5,623,900 ×(1 − 0.5)× 7.5495 = 21,228,816

「なお,逸失利益については,熊谷総合病院への転送がなされた
としても,予後が良好であったといえるかについては不明な点が
ないわけではない。しかし,被告が入院当初から複数の義務違反
を重ねたこと,転送可能となった時点から死亡までは相当程度の
時間的余裕があったこと,及び,その間に被告の多数回かつ長時
間の吸引分娩という特異な手技があったことなど本件に顕れた全
事情を総合考慮すると,逸失利益額を減ずることは相当ではない」

・死亡慰謝料3000万円
(=男児固有の慰謝料2000万円+原告ら固有の慰謝料500
万円×2)

・弁護士費用各255万円

・原告ら各人の損害額2816万4408円
 (21,228,816 + 20,000,000)÷ 2 + 5,000,000 + 2,550,000 
= 28,164,408

・遅延損害金
本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による

■判決主文

1 被告は,原告らに対し,各2816万4408円及びこれらに
対する平成16年2月14日から各支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。

2 訴訟費用は,被告の負担とする。

<以下略>