判例速報
※この記事は、2006-06-09にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,前立腺肥大症の治療のために経尿道的前立腺切除術を受 けるため入院したAが退院する際に本来交付されるべき薬である 「グリチロン」ではなく「グリミクロン」が交付され,グリミクロ ンを服用後,低血糖性昏睡となり,被告病院に入院し,退院後,会 社で転倒して被告病院に再度入院した後,更に病院内で転倒し被告 病院において死亡したことにつき,Aの相続人である原告らが損害 賠償請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H18.1.26 名古屋地方裁判所 平成14年(ワ)第5603号 損害 賠償請求事件 ■当事者 ・原告D及び原告Cは,A及びE(平成16年死亡)夫婦の実子。 原告Fは,原告Cの実子であるが,平成5年,A及びEの養子となっ た。原告D・C・Fはそれぞれ,EとともにAを相続し,更にEを 相続した。 ・被告は,B病院を開設。 ■診療経過 ・Aは,平成10年11月12日から,前立腺肥大症の治療のため 被告病院に入院。11月19日に手術施行。12月2日,被告病院 を退院。 ・その際,被告病院担当医師は,Aに対し,前立腺肥大症に対する 治療薬である「グリチロン」を投薬する必要があるとして,処方箋 に「グリチロン」と記載したところ,薬剤師は,誤って糖尿病の治 療薬である血糖降下剤の「グリミクロン」を交付した。 ・Aは,12月5日午後6時45分,意識障害のため救急車で被告 病院救急外来に搬送され,同病院を受診した。Aは,血液検査の結 果,低血糖性昏睡であると診断された。G医師はEから,Aには脳 卒中,心筋梗塞,狭心症及び糖尿病はなく,降圧剤は飲んでいるが, 糖尿の薬は飲んでいないことを聴取した。Aの服用している薬につ いては持参していないということでG医師は確認することができな かった。同日,G医師は,Aの頭部CT及び心電図の検査を施行し たが,明らかな異常を認めず,バイタルサインも一貫して安定して いた。50%ブドウ糖液を静脈注射及び点滴したところ,Aの状態 は改善した。G医師がAに対し,家に帰れるか尋ねると,Aは帰れ ますと言ったが,その時点でAの足取りはややよろけていた。同日 の時点では,Aが低血糖性昏睡となった原因は判明せず,G医師は, 低血糖の原因が不明であるから月曜日に内分泌内科を必ず受診する よう指示した。 ・12月6日午前11時,再び低血糖性昏睡により救急車で被告病 院に搬送され,そのまま被告病院に入院した。入院後,上記のとお り,グリチロンを交付すべきところ,実際にはグリミクロンが交付 されていたことが判明した。 ・12月7日,H医師は,「意識levelが不可逆的なものになっ てしまう可能性大」と診療録に記載し,同日,I医師も,「約5日 間の低血糖状態が持続していたと考えられ,脳細胞の不可逆的な障 害が起きている可能性あり」と診療録に記載した。 ・被告病院医師は,平成10年12月8日,原告Cに対し,「12 月2日から同月6日まで遷延性低血糖があり,期間が長くグリミク ロンの作用も強力であった可能性がある。今後少しずつ意識レベル は改善していくと思われるが,最悪の場合,前と同じレベルまで戻 らない可能性はある。何らかの後遺症の残る可能性がある。」旨説 明した。同日の脳のCTの結果,脳溝は,軽度から中等度開大して いた。また,同日のMRIの結果,年齢相応程度の萎縮と軽度の小 梗塞巣を認めるのみで,低血糖によって生じ得る皮質,海馬,大脳 基底核の信号変化は認められなかった。同月9日の脳波検査でも, 基礎波は10Hz,40−50μvと良好で,全般性の徐波,三相 波,棘波等を含む低血糖の悪影響としての異常所見は認められなかっ た。長谷川式簡易知能スケールでAを検査したところ,同月9日は 30点満点中6点,同月18日は22点,同月22日には19点 (長谷川式簡易知能スケールでは,19点以下が痴呆,24〜20 点が境界)。 ・平成11年1月11日退院。 ・2月9日,Aは被告病院の神経内科を受診した。Aの主訴は,書 字がスムーズにできないこと及び,着衣動作が鈍くなったことであっ た。実際にAは誤投薬前と同程度には文字が書けなくなっており, 左手の振りが少し少なかった。その際診療に当たったT医師は,左 上肢の振戦について老年性振戦と診断し,また,着衣動作などの動 作緩慢があること及び左上肢に軽微な歯車様固縮が認められたこと から,パーキンソニズムと診断した。 ・平成12年11月16日,Aは,会社の階段で転倒し受傷したと して,被告病院救急外来に搬送され入院し,頭部,顔面部打撲挫創, 上口唇切創及び右手擦過と診断された。検査所見では,頭部単純X 線には異常なく,頭部CTによれば,上顎洞付近の出血と骨折が見 られた。当日の看護記録には,「夜間トイレ等覚醒時1人で動かれ る可能性あり。転倒や,末梢抜去おこらないよう頻回な訪室心がけ, 注意していく。」との記載がされた。 ・11月17日午前0時,Aからナースコールがあり,看護師が訪 室したところ,Aはベッドの足下側にたたずんでおり,点滴本体か らルートが抜けていた。Aは「トイレに行こうと思ってベッドから 降りた。その後でナースコールを押した。ご迷惑をおかけしました。」 と言った。看護師は,再度,トイレに行きたい等ベッドから動きた いときは体を起こす前にナースコールを押すように説明した。Aは 「転倒など何もなかった。」旨話した。 ・11月18日午前6時に至るまでの深夜帯に,Aから3回ナース コールがあり,その際,看護師は,ラジオを消してほしいと言われ たが,実際にはラジオのスイッチは入っていなかったり,また,テ レビのリモコンがない,尿器を片づけてほしいとも言われたが,実 際には尿器内には何も入っていなかった。さらに,一人でトイレに 行った様子で,閉まっていたトイレのドアが開いていたので,Aに 問うと「行っていない。」と答えた。 ・11月20日,抜糸が終了したら退院の予定となった。Aは自力 で起き上がることができない様子であった。看護師は,一人での歩 行はまだふらつきがあるため,起き上がるときはナースコールをす るよう説明した。また,Aは高血圧及び振戦と診断された。 ・11月22日午前0時ころ,看護師がAの病室を訪れると,出血 汚染が,病室のベッドサイド及び床並びに包布寝衣にあり,更に鼻 腔,両手先及び右前腕にも見られた。ソファーの上には血液のつい たタオルがあった。看護師がAに聞くと「転んではいない。転んだ ようなもの。頭は打っていない。」と答えた。この当時,Aには, 多少痴呆の症状もみられた。 ・11月23日午後11時,看護師が訪室するとAが壁にもたれて 床に座っており,左後頭部からの出血が見られ,左頚頂部に35m mほどの挫滅創があり,骨膜に達していた。床には200ml近い 血液があった。Aは,「トイレに行こうと思って。どこを打ったの か分からない。痛みとか吐き気はない。」と言った。頭部CT所見 では,両側の硬膜下水腫が存在し,11月17日と比べ増加してお り,薄いくも膜下出血の疑われる箇所もあった。11月24日午前 1時5分,看護師が訪室すると,Aは覚醒した。看護師の問いに対 し返答があった。看護師は,Aに対し,起き上がるときはナースコー ルを押すよう説明し,枕元にナースコールを置いた。 ・午前1時20分,介護員からナースコールがあり,看護師が訪室 するとベッド柵がおりており,Aがベッドサイドで床に倒れていた。 床灯台に血液が少量付着していた。Aは「飴が取りたかった。」と 話した。 ・同日,担当医師から原告Cに対し,CT上は硬膜下水腫が増加し てきており,これについては11月16日の転倒が原因と思われる こと,16日,17日,23日と徐々に硬膜下水腫が増加してきて いること及び今後慢性硬膜下血腫に移行することもあるが,現在は 様子を見るしかないことを説明した。また,頭蓋X線で骨折と思わ れる所見があったが,J医師は,今すぐ何かするという必要はなく 様子を見るしかないこと,後頭部の傷が治るのに一週間かかるとし てそれまで入院を延長することが決まったこと及び転倒などの事故 のないように注意しつつ,離床をすすめる必要があるので,来週か らリハビリを依頼することを説明した。 ・午後4時,看護師は,排泄希望時は必ずナースコールするよう説 明し,ナースコールについて説明したがAは返答のみで押す様子は なかった。午後5時40分,Aがベッドの柵を倒す動作をしていた。 Aから,トイレに行くときはどうしたらいいのだろう,と聞かれ, 看護師はナースコールについて説明し,Aは納得したが,ベッド柵 をおろす動作を繰り返した。 ・11月26日午前9時30分,Aから徘徊コールがあり,看護師 が訪室するとベッドの抑制がはずれており,柵も下がっていた。A は床に正座し前頭部から倒れていて,鼻出血がみられた。午前9時 40分の回診時には止血されていた。このまま様子を見ることとなっ た。Aは,「飴を取ろうと思った。私が勝手にやりました。すみま せん。」と話した。その後,Aを詰所へ移動させた。 ・11月28日,頭部CTの所見から,硬膜下水腫の状態であり, 手術適応はないとJ医師は判断した。左前頭葉基底部に一部吸収の 高めの所があるのでMRI検査を行うことになり,その結果脳溝内 にわずかにくも膜下出血を思わせるところがあった。夕方,Aの酸 素飽和度が低下したので,酸素吸入を経鼻で2リットル行ったが酸 素飽和度が上昇しなかった。AはICU(集中治療室)に収容され た。この時点で,胸部レントゲン上は明らかな肺炎像はなかったが, 左肋骨に骨折があった。この骨折については,入院時の胸部レント ゲンでは見られないものであった。聴診上は呼気,吸気両時期にわ たる湿性ラ音があったところ,のどの奥の痰を吸っても改善しなかっ た。 ・12月1日,呼吸音は左側で減弱していた。検査の結果,11月 28日のAの咽頭液よりMRSAの陽性反応があった。ただ,肺炎 の原因がMRSAかどうかは不明であった。 ・12月2日,熱が上昇したが意識はしっかりしていた。腹部膨満 が見られた。抗生剤はメロペンに加え,バンコマイシンの投与も開 始した。 ・12月4日,意識は傾眠傾向であった。被告病院は,当時の意識 低下は低ナトリウムが直接の原因ではないと認識していた。治療の 方針として,(1)脳病変に関して,硬膜下水腫,一部脳挫傷が意識 障害の原因と考えられるが手術の適応はないので,週1回のCTで 経過観察するとされ,(2)肺炎に関しては,痰多量で,MRSA及 び肺炎桿菌が陽性反応を示していたので,バンコマイシン,メロペ ンの投薬を続行した。 ・12月5日,Aは名を呼ぶとやっと開眼した。頭部CTにより硬 膜下水腫はやや増加しているのが認められた。K医師は,J医師及 びL医師立会いの下,原告Cに対し,転倒による硬膜下水腫がある が現在手術適応がなく,保存的に見ていく方針であり,肺炎などの 内科的管理が必要と説明した。 ・12月12日,熱が上昇した。痰は,白色から黄色になり頻回吸 引された。頭部CT画像所見は変わらなかった。胸部レントゲン画 像によれば,肺の影は拡大はないがよりはっきりしてきていた。 ・12月18日,痰が増量しており,肺炎が悪化していた。K医師 は,電話で原告Cに対し,肺炎が悪化したこと,肝臓内に病変があ り,癌や膿瘍の可能性もあること等を説明した。 ・12月25日,K医師から,原告Cに対し,肺炎が重症化してお り危篤状態で,呼吸状態がかなり悪く,昼にはそのストレスのため 重症の不整脈が一過性に出現しており急変する可能性があるとの説 明がされた。右胸水を500cc採取された。 ・12月26日,K医師から原告Cに対し,肺炎から全身状態が更 に悪化しており,肝臓,腎臓の障害が出現していて,急変する可能 性があるとの説明がなされた。 ・平成13年1月9日,痰が多く,状態はよくなかった。気管切開 がされた。 ・1月30日,尿量を維持できず,腎機能障害が進行していた。 ・2月6日,K医師は,原告Cに,Aの腎不全が進行し尿毒症状態 でピクつきが起こっており,数日以内に急変する危険性がある旨説 明。 ・2月9日午後1時23分,Aは,肺炎を直接の原因として被告病 院において死亡。 ■ 処方すべき薬の誤り(過失(1))について 「被告は,過失(1)について明らかに争わないところ,過失(1)は, Aにつき,前立腺肥大症の治療のため「グリチロン」を服用させる 必要があると判断した医師がその旨を処方箋に記載したにもかかわ らず,薬剤師が誤って血糖降下剤である「グリミクロン」を交付し たというものである。これは,処方箋に記載された薬剤名をきちん と確認すれば容易に避けることのできたものということができる。 当該薬剤師は,薬剤師に求められる最も初歩的な注意義務に違反し たものであって,注意義務違反の程度は大きいというべきである」 ■ 原因究明義務違反(過失(2))について 「・・・一般的には低血糖の原因が不明である症例においても,原 因精査と再発防止のために入院させることが必要であるとされてい る。この医学的知見に照らすと,G医師が,低血糖の原因が不明で あるにもかかわらず,Aを帰宅させたことについては,慎重さを欠 いた面があったと解される」 「しかし,Aが被告病院の救急外来に搬送されたのは,土曜日の午 後6時45分であり,搬送された後,同人は,上記のとおり,心電 図及び頭部CTの各検査を受けたが明らかな異常が認められず,ブ ドウ糖液の静脈注射等を受けるなどした後,午後8時45分ころに は症状が相当程度改善して,自力で歩行することができるようになっ たというのである。これに,Aを帰宅させるに際し,同人及びEに 対して上記のとおりの説明をしていることを考え併せると,G医師 が,Aを入院させて低血糖の原因を精査すべき注意義務に違反した とまで解するのは困難であるというべき」 ■ 付添看護義務違反(過失(3))について 「・・・Aは,平成12年11月16日(以下,3項においては, 平成12年については月日のみで表示する。)に被告病院に入院し た後,(a)11月22日午前0時前,(b)11月23日午後11時 前,(c)11月24日午前1時20分ころ及び(d)11月26日午 前9時30分前と,短期間の間に続けて転倒事故(以下,上記の被 告病院内における転倒事故を「本件転倒事故」という。)を起こし ており,上記(a)の際には病室のベッドサイド及び床並びに包布寝 衣に出血汚染が見られ,本人の鼻腔,両手先及び右前腕にも血が見 られ,(b)の際には左後頭部から出血し,左頚頂部に35mmほど の挫滅創を負い,それが骨膜に達しており,(d)の際にも鼻出血が 見られたというのである」 「被告は,本件転倒事故について,被告病院においては,家族によ る付添い及び患者負担による付添看護はいずれも原則として禁止し ており,Aに対しては排泄希望時にはナースコールをすることを繰 り返して指導し,更に午後5時から翌朝午前9時まで介護員を交代 で配置し,頻繁にAのもとに訪室させるように指示していたのであ るから被告病院の措置に過失は存せず,むしろ,上記の指導に従わ ないでナースコールをしなかったAに過失が存する旨主張する。確 かに,・・・看護師がAに対し,排泄をする場合はナースコールを するように繰り返して指導していたことが認められ,また,被告病 院では,平成12年11月ころ,Aの入院していた病棟においては, 午後5時から午前9時までの間,介護員一人が勤務し,(a)不穏患 者の監視,話相手,(b)ナースコールに対応して看護師に要件を連 絡するなどの業務についていたことが認められ,また,患者の負担 による付添看護は禁止し,家族などによる付添いも原則禁止とする 方針を採っていたことが認められる」 「被告病院においては・・・,患者の負担による付添看護は禁止し, 家族などによる付添いも原則禁止する方針を採っていたことが認め られるが,(a)病状などにより,家族などが側にいないと精神的不 安定の状態に陥り,療養の妨げになることが考えられる場合,(b) 病状が極めて重く,かつ,患者家族から付添いの許可を求められた 場合などにおいて,医師の許可を得て,患者の負担によらない付添 いを認めることがあるとし,こうした付添看護に対する基本的な考 え方と並んで,夜間の看護体制の検討も併せて十分に行い,昼夜を 問わず,どうしても補助者が要る場合は,被告病院として補助者の 確保をすることにしている。こうした方針を立てていた被告病院に おいて,原告Cの上記の希望を拒絶しつつ,Aが4回も転倒する事 態を招いたのは,看護体制の検討を十分に行っていなかったことを 示すものといわざるを得ない」 「・・・看護師は,Aに対しナースコールをするように何度も指導 していたことが認められるが,上記のAの状況,それに対する医師 及び看護師の認識に照らして検討すると,被告病院の医師及び看護 師は,ナースコールをするように指導しても,これに従わない,又 は従うことのできない理由について十分に探索した上で本件転倒事 故を防止するよう的確に対処すべきであったというべきである。そ して,Aの入院している病棟に夜間,介護員が勤務していたとして も,一人の介護員が病棟全体を担当しているのであって,当時のA の状況に照らすと,これをもって適切な措置が採られていたものと いうことはできない。上記の経過に照らすと,被告病院はAについ て付添看護の措置を講ずべきであったと解するのが相当である。そ れにもかかわらず,この措置を講ずることなく,本件転倒事故を生 起させた被告病院の医師及び看護師の責任は大きい」 「被告は,ナースコールをするように指導した以上,それに従わな かったAに過失がある旨主張するが,上記に検討したところによれ ば,到底採用することはできない」 ■ 因果関係 「上記のとおり,本件においては,被告病院には過失(1)及び同(3) が認められる。過失(3)と本件転倒事故との間に因果関係が存する ことは明らかであるというべきところ,原告は,過失(1)とAがそ の後に転倒したことについても因果関係が存する旨主張するので, この点について検討する」 「・・・低血糖症によって運動障害が残ることはまれであると解さ れるところ,Aについても,平成11年1月11日に被告病院を退 院したころには,相当程度回復しており,同年3月ないし4月ころ からは会社に出勤するようになり,平成12年11月16日の転倒 に至るまでの間,自宅又は会社において上記のような転倒を起こす おそれがあったことをうかがうことはできないのである。したがっ て,過失(1)によって生じた低血糖症によって平成12年11月1 6日の転倒及びその後の入院中における本件転倒事故が発生した高 度の蓋然性があるものと認めることはできない」 「・・・Aが最後に転倒したのは平成12年11月26日であると ころ,肺炎に罹患したのは,上記のとおり,同月30日ころである が,同日,J医師は,気管内挿管を行い,痰を十分吸引しつつ肺を ふくらませる治療をしたところ,肺の動きは急速に改善したことか ら,肺炎はひどくはなく,痰が詰まっていたのであろうと診断して いる。また,12月1日にAの状況について,(1)誤嚥性肺炎,(2) 頭部打撲後の硬膜下水腫,(3)軽度意識レベルの低下,(4)循環不全, (5)長期のベッド安静による全身衰弱,(6)貧血,(7)低たんぱく血 症,(8)低ナトリウム血症,(9)MRSA保菌者の9点にわたる問題 点が検討されている。その結果,(1)については,少量の酸素の経 鼻投与でコントロールできている,(2)については,入院後,徐々 に硬膜下腔は拡大してきているが,これが入院前の転倒によるもの か,入院後の転倒によるものかは不明である,右側の少量のくも膜 下出血は入院後の転倒によるものではないかと考えられるが,これ が意識低下の原因かどうかは不明である,(3)について,軽度意識 レベルの低下が硬膜下水腫によるものか,低ナトリウム血症による ものか,その他の原因によるものか不明であるとされている」 「そして,Aは,平成12年12月末ころから症状が悪化している とはいえ,死亡したのは平成13年2月9日であって,本件転倒事 故から2か月以上経っている」 「上記に検討したところを総合すると,本件転倒事故により死亡し たとの高度の蓋然性を認めることは困難であるといわざるを得ない。 しかしながら,本件転倒事故がなければ,肺炎に罹患することなく 早期に被告病院を退院することができたか,又は肺炎の症状が死因 になる程度まで重いものとはならなかった相当程度の可能性はある ものと解される。そうすると,被告病院に過失(3)がなかったなら ば,Aはその死亡した平成13年2月9日の時点にはなお生存して いた相当程度の可能性が認められるというべき」 ■損害額 ・慰謝料 600万円 被告病院がAに対して過失(1)(しかも初歩的なミスである)及び 過失(3)の2回にわたる過失による不法行為をしたことなどを勘案 してAの被った精神的損害に対する慰謝料としては600万円が相 当。 ・弁護士費用 本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は,60万円が相当。 ■判決主文 1 被告は,原告らに対し,それぞれ220万円及びこれらに対す る平成13年2月9日から支払済みに至るまで年5分の割合による 金員を支払え。 2 原告らのその余の請求を棄却する。 <以下略>