判例速報
※この記事は、2006-07-03にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,患者がE病院への入院後に十二指腸潰瘍穿孔による穿 孔性腹膜炎を発症し,その後,転院先の病院において呼吸不全, 胸水貯留,播種性血管内凝固症候群を併発し多臓器不全により死 亡したことについて,患者の相続人である原告らが,E病院を設 置経営する被告に対し,損害賠償請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H18.2.23 青森地方裁判所平成14年(ワ)第43号損害賠償請求事件 ■当事者 ・原告Aは亡Dの夫,原告B及び原告Cはいずれも亡Dの子であ り,原告らは,亡Dの権利義務を相続 ・被告はE病院を設置経営 ■診療経過 ・亡D(当時62歳)は,約3年間にわたって寝たきりで入退院 を繰り返していた義母を介護していたが,その義母が約1週間前 に死去したことなどから疲労を感じており,8月3日,咽頭痛と 発熱により食事をとることができなくなった。 ・亡Dは8月4日に自宅近くのF診療所を受診したところ,化膿 性扁桃炎と診断され,E病院を紹介された。 ・8月4日,亡DはE病院を受診し,咽頭痛,発熱があり,経口 摂取が不能であったため,午後零時20分,E病院に入院した。 入院後,主治医のH医師は,血液検査,胸部X線写真撮影,心電 図検査及び咽頭培養を行い,抗生剤を点滴投与。午後2時ころ, 解熱鎮痛薬であるメチロンの静脈注射。午後7時ころ,39.1 度の発熱がみられていたため,解熱鎮痛薬であるボルタレン座薬 50mgを処方。午後8時ころ,多量の発汗があり,午後9時ころ には37.7度まで体温が低下。 ・8月5日午前7時ころ,亡Dは咽頭痛,顎下部の膨張,疼痛が 続いており,体温が38.3度と発熱もあったため,ボルタレン 座薬50mgを処方。その後も咽頭痛,顎下部の腫脹,発熱等の症 状が継続していたが,午後9時30分ころ,亡Dは背部苦を訴え るとともに,看護師に対して黒色便があった旨の報告をした。ま た,午後10時30分ころには全身痛を訴えたため,ボルタレン 座薬50mgを処方。体温37.0度。 ・8月6日午前5時ころ,亡Dは背部苦を訴え,更に午前6時3 0分ころには差し込むような腹痛を訴えたため,鎮痙薬であるブ スコパン1アンプルを筋肉注射。しかし,腹痛は続き,午前7時 ころには下腹部全体にジリジリとした痛みがあり,亡Dから「腹 折れる」と激しい腹痛の訴えがあったため,H医師は鎮痛薬であ るソセゴン15mgを筋肉注射。なお,午前8時ころ,亡Dに皮膚 湿潤があったが,腹痛は自制できる範囲内となった。午前10時 ころ,亡Dには腹痛,心窩部圧痛があり,看護師に対して黒っぽ い便が2回あった旨報告。昼ころ,H医師は亡Dの腹痛の原因を 調べるため,立位及び臥位の腹部単純X線写真を撮影したが,消 化管穿孔を示す所見は認められなかった。なお,この時,H医師 は亡Dに消化性潰瘍の疑いがあったため消化性潰瘍治療薬のマー ズレンS顆粒を処方するとともに,午後6時ころにはガスター1 アンプルを投与。午後も亡Dは発熱,顎下部膨張が続いており, 全身痛を訴えるなどしていたが,午後7時ころに多量の発汗があ り,午後7時15分ころ,再び腹痛を訴えたため,H医師はソセ ゴン15mgを静脈注射。午後8時ころには亡Dは腹痛,背部痛 に加えて息苦しさも訴え,血中酸素飽和度が83%にまで低下し たため,酸素投与が行われたところ,午後8時15分ころ呼吸は 穏やかになった。 ・8月7日午前7時ころ,亡Dには心窩部痛,全身の皮膚湿潤が 認められるも,腹部緊満は認められなかった。午前8時30分こ ろから,腹部超音波検査,腹部及び胸部X線検査及び腹部CT検 査を実施したところ,腹腔内遊離ガスを認めたことから,穿孔部 位を特定することはできなかったものの,上部消化管穿孔を確認 した。そこで,H医師は,穿孔性腹膜炎によるものと診断し,午 前11時ころ,原告Aに対し,病状の説明を行うとともに,穿孔 部位特定のための内視鏡検査及び手術が必要であるとの説明をし たが,原告Aの希望により,G病院に転院。 ・G病院転院後,亡Dに対する上部消化管内視鏡検査等が行われ た結果,十二指腸潰瘍穿孔による急性汎発性腹膜炎であると診断 された。午後3時40分ころから,担当のI医師が緊急開腹手術 を行ったところ,腹腔内全体に汚染が拡大しているなどその症状 は重篤であり,十二指腸前壁には直径1.5cmの穿孔があること が確認されたが,胃及び十二指腸壁の浮腫が著明であって切除術 の適応にはならなかったため,穿孔部を塞ぐ大網充填術(穿孔部 分に胃から下がる大網を詰めて固定する手術法)を行った。なお, 緊急開腹手術の際,I医師は,亡Dに生じた十二指腸穿孔が発症 後1,2時間程度の新鮮穿孔例ではないものと判断。 ・緊急手術後,亡Dは集中治療室において治療を受けたが,8月 8日には膿胸の所見が認められた。8月13日には緊急手術を行っ た部位の縫合不全が明らかとなり,創感染症の合併症が発現。 ・その後も亡Dの病状は回復せず,9月16日には肝不全と診断 されるなど,徐々に悪化。 ・10月14日,多臓器不全により死亡。 ■ 穿孔性腹膜炎の診断の遅滞の主張について 「原告らは,『担当医師は8月6日の時点における亡Dの症状か ら消化管穿孔を強く意識し,胸部X線撮影などの検査を行うべき であり,これを怠ったため穿孔性腹膜炎の診断が遅れた。』旨主 張する」 「しかしながら,・・・認定のとおり,H医師は8月6日昼ころ には消化性潰瘍や穿孔以外の疾患をも考慮する必要があったこと から立位及び臥位の腹部X線撮影を行ったが,消化管穿孔があれ ば通常は遊離ガス像が写るはずの部位である横隔膜下部にも横隔 膜下遊離ガス像が認められなかった。また,H医師は,同日午後 8時50分ころに腹部超音波検査を実施しているが,やはり消化 管穿孔を示す所見を認めなかった。さらに,その際,H医師は, 亡Dに対して上部内視鏡検査を行うことを勧めており,結果的に は咽頭痛が強かった亡Dの希望により同検査を実施することがで きなかったものの,H医師としては適切な検査を順次行うことに 努めていた。加えて,H医師は,その際に直腸診も行い,便潜血 反応を認めたものの,穿孔を疑わせるほどの出血の所見までは得 られなかった。また,それまで亡Dには穿孔性腹膜炎の発症時に おいて顕著にみられるはずの筋性防御といった腹膜刺激症状が認 められていなかった。そして,消化性潰瘍のすべてが消化性穿孔 を招くものではないものであることを認めることができる。これ らの治療経過及び事情からすると,8月6日夜までの段階におい て胸部X線検査を実施すべき義務がH医師にあったということは できず,H医師が穿孔性腹膜炎の診断を遅滞したものということ はできない」 ■ 治療が不適切であったとの主張について 「原告らは,『仮に穿孔性腹膜炎の診断の遅滞がなかったという のならば,8月5日の時点において消化性潰瘍の治療を開始すべ きであった。』旨主張する」 「確かに,亡Dは8月5日午後9時30分ころ,看護師に対して 背部苦を訴えるとともに,黒色便があったとの消化性潰瘍を示唆 する報告をしているところ,その後の午後10時30分ころには 消化性潰瘍を悪化させるおそれのあるボルタレン座薬(疼痛軽減 薬)が処方されている」 「しかしながら,8月5日午前10時ころに亡Dから看護師に対 して黒色便の訴えがされたといっても,医師や看護師がその黒色 便を直接確認したわけではなく,その状態が不明確であった上, 出血の原因は消化性潰瘍以外にも考えられるから,その時点で直 ちに消化性潰瘍の治療を開始すべき義務がH医師にあったという ことはできない」 「そして,翌8月6日午前7時過ぎころには看護師から上記黒色 便についての引継ぎを受けたH医師が亡Dを診察しており,同日 昼ころには腹痛の原因を調べるために腹部X線写真撮影を実施す るとともに,消化性潰瘍の確定診断には至らない段階において消 化性潰瘍の可能性を考慮して速やかに消化性潰瘍治療薬であるガ スター及びマーズレンS顆粒を投与するなどしており,その後は ボルタレン座薬を使用していなかったことからすると,消化管潰 瘍に対する治療についてH医師に不適切な点があったということ もできない」 ■判決主文 (請求棄却)