判例速報

※この記事は、2006-07-10にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


今回は、原告A・Bの子であるCが、被告の開設する診療所にお
いて出生した後、脳室内出血後水頭症により死亡したことに関し
て、原告らが、被告の代表者であり、被告医院に在籍するD医師
には、Cの重度仮死、脳室内出血の症状を見逃し放置した過失が
あると主張して、損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H18.2.24 さいたま地裁 平成15(ワ)29号 損害賠償請求事件

■当事者

・Cは、平成12年7月5日午後2時38分ころ、被告医院にお
いて、原告ら夫婦の長男として出生。なお、原告らは、Cの死亡
後である平成14年11月5日に離婚。

・被告は、さいたま市内に被告医院を開設する医療法人である。
D医師は、同医院に在籍する産婦人科医師であり、被告の代表者
を務めている。D医師は、昭和58年3月に群馬大学医学部を卒
業し、同年5月医師国家試験に合格した後、同大学医学部産婦人
科に入局。その後、昭和60年4月からは同大学医学部大学院に
入学し、昭和62年9月から平成元年9月までの間米国に留学し
た後、平成2年10月に上記大学院を卒業し、医学博士号を取得
するとともに、産婦人科認定医の資格を取得した。平成4年6月
から、同大学医学部産婦人科助手を務めた後、平成9年5月に同
科を退局し、翌平成10年4月には、被告医院を開設して現在ま
で同医院の院長を務めている。

■診療経過

・原告Bは、平成11年に妊娠が明らかになった後、平成12年
3月3日に被告医院を訪れ、D医師の診察を受けた。

・原告Bは、その後も月に数回、妊婦健診のために被告医院に通
院し、その間、クラミジア感染の治療のために抗生剤を処方され
たり、胎児が一時的に骨盤位(逆子)になったり、分娩予定日で
ある6月26日を過ぎても児頭の下降が悪かったなどのことがあっ
たが、それ以外に原告B及びその胎児に重大な問題を生じさせる
ような異常は認められず、妊娠の進行はおおむね良好であった。

・平成12年7月4日(妊娠41週1日)、原告Bは誘発分娩目
的で被告医院に入院。D医師は、原告Bに対し、同日の午後7時、
8時、9時に、分娩誘発剤である「プロスタグランジンE2」錠
を各1錠ずつ経口投与した。翌5日の朝から、原告Bに、分娩誘
発剤である「アトニンO」1アンプル(5単位)が点滴投与され
た結果、同日午前10時ころ、原告Bの陣痛が開始し、午前10
時15分ころには自然破水、午前11時50分ころには子宮口が
4センチメートルに開大した。

・その後、原告Bは、午後1時50分ころに子宮口が全開大となっ
て、分娩室に移動し、午後2時38分ころに男児Cを正常分娩に
て娩出した。

・原告Bは、朝から分娩監視装置を装着し、その子宮収縮の強度
と胎児の心拍数とが記録されていたところ、分娩が進行した同日
午後2時過ぎころから娩出に至るまでの間に、胎児に軽度の変動
一過性徐脈が認められたが、分娩監視記録上は、それ以外に特段
の異常は認められなかった(しかし、客観的には、分娩が終了し
Cが娩出された時点までに、Cの脳内の血管が何らかの原因で破
綻し、Cは脳室内に出血を来していた)。

・D医師が出生直後のCに刺激を与えたところ、Cは出生から1
分もしないころに泣き声を上げた。出生時から数分後くらいまで
の間のCの様子は、通常の新生児に比べて、外見上やや活気がな
く、泣き声が弱かったほか、筋緊張が強く、振戦があり、このほ
か、少なくとも出生1分後ころには四肢(末梢)にチアノーゼ
(皮膚が暗紫色を呈する状態)が認められ、出生5分後ころには
軽度の陥没呼吸(吸気時に肋間や胸骨上窩、剣状突起下の陥没を
伴うもの)も認められた。また、そのころ、看護師が、Cの口を
原告Bの乳首に近づけて、哺乳させようとしたが、Cはその乳首
をくわえず、哺乳することができなかった。もっとも、Cの出生
に立ち会っていたD医師や看護師が、そのようなCの出生直後の
状態を異常と感じたり、緊急の処置を取ったりするようなことは
なかった。

・一方、原告Aは、分娩室に入室して、Cの出生に立ち会ってお
り、出生5分余り後から、所携のビデオカメラで、Cの様子を1
分40秒間程度撮影した。

・そのころ、原告Bと原告Aは上記のようなCの状態に不安を感
じていたが、D医師は原告らに対し、泣いたから大丈夫です、新
生児にはこんなこともたまにあるので心配ないなどと発言し、看
護師も、こういう子もいるので大丈夫ですなどと述べた。

・その後、D医師は、Cの動脈血中の酸素飽和度を測定するため
に、パルスオキシメーター(サチュレーションモニター)を装着
した上、Cを保育器に収容した。

・D医師は、Cを保育器に収容した後、Cの振戦から低血糖を疑
い、通常は出生2時間後に行う血糖値の測定を、出生の約1時間
後である7月5日午後3時30分ころに実施したところ、その測
定結果は58mg/dlと正常であった。D医師は、その後も同
日午後8時15分ころと翌6日午前1時20分ころにも血糖値測
定を実施し、それぞれ38mg/dl、62mg/dlと正常な
結果を得た。そのほか、D医師は、Cの感染症も疑い、CRP値
(感染徴候などを示す値、正常値は0.5mg/dl以下)の検
査を、7月5日午後3時59分ころと同日午後9時16分ころに
実施したが、その検査結果はそれぞれ0.0mg/dlと0.2
mg/dlであり、いずれも正常であった。

・D医師は、Cがけいれんを起こしているとか、脳室内出血を生
じているとは疑わなかったものの、Cが7月5日午後10時20
分ころと翌6日午前0時10分ころにいずれも糖水を飲まなかっ
たことから、開口不良によって経口哺乳が不可能であると考え、
また、同日午前1時20分ころまでにCの振戦が増強し、酸素飽
和度が時々低下していたことも考慮して、Cを高度な医療施設に
転院させることを決め、7月6日午前2時ころ、被告医院に入院
していた原告Bと同室で同原告に付き添っていた原告Aに対し、
Cを転送することになった旨を告げた。D医師は、Cを小児医療
センターに転送するために、午前2時14分ころに、救急隊に搬
送を依頼した。Cは、同日午前2時29分ころ、保育器に収容さ
れたまま、D医師に付き添われて、救急車で被告医院を出発し、
午前2時45分ころに小児医療センターに到着した。この搬送の
間に測定されたCの酸素飽和度は97パーセント程度であった。

・Cは、小児医療センターに到着した後、7月6日午前2時50
分ころ、同センターの未熟児新生児科病棟に入院し、そのままN
ICUに搬入された。その入院の際にCの診察に当たったF医師
は、Cに、全身色不良、末梢の軽度のチアノーゼ、筋緊張の亢進、
硬直、振戦、眼球固定、対光反射減弱などの症状を認めて、けい
れんと診断し、その治療のために、「セルシン」と「ワコビター
ル」を処方した。しかし、それでもCの振戦や硬直が治まらなかっ
たため、その後さらに「ドルミカム」や「キシロカイン」などの
鎮静剤や麻酔剤が処方された。入院時のCの酸素飽和度は96パー
セントであり、その後87パーセント、95パーセントと変動し
たが、上記「セルシン」と「ワコビタール」の投与によって入眠
すると同時に無呼吸の症状を呈し、その酸素飽和度が低下したた
め、午前3時30分ころ、気管内挿管の処置を受けた。午前4時
ころ施行されたエコー検査により脳室内出血を疑われ、午前9時
30分ころから施行されたCT検査によって、両側脳室内出血
(重症度III度以上)と脳室拡大が確認された。

・その後、Cの脳室内出血による脳室の拡大に対しては腰椎穿刺
やウロキナーゼ療法が繰り返し行われたが、それでも脳室の拡大
が進行したため、7月27日には、Cに対して、脳室と腹腔を管
(チューブ)で結ぶVPシャント術が施行された。

・8月14日に一旦小児医療センターを退院したが、脳性麻痺の
後遺障害を負い、同センターに引き続き通院するとともに、何度
か入退院を繰り返した。その間、Cは、平成13年7月31日に
埼玉県知事から身体障害1級の認定を受けた。

・平成14年4月24日、Cは、脳室内出血後水頭症により、1
歳9か月で死亡。

■Cの出生直後にCを高度新生児施設に転送すべき注意義務があっ
たか否かについて

「原告らは,本件ビデオテープによって認められるCの出生から
約5分後のアプガースコアが6点以下であり,出生直後のスコア
はこれよりもさらに低かったはずであると主張する」

「この点につき,埼玉協同病院産婦人科科長であるG医師の意見
書(G意見書)は,本件ビデオテープによってCのアプガースコ
アを評価すると,皮膚色については足底の部分の皮膚色が悪いこ
と,反射については足底や背部への刺激に対する反応に減弱があ
ること,筋緊張については全身の緊張が過度に強く,強直ともと
れること,呼吸については泣き声が弱く連続していないこと,を
それぞれ理由としていずれも1点と評価し,心拍数についてはビ
デオテープの映像では不明であるが,仮にそれを2点としても,
それらを合計したアプガースコアは6点であるとの記載がある」

「なお,本件ビデオテープの録画時間は1分40秒程度にすぎず,
かつ,ビデオカメラとビデオテープを用いた録画及び再生によっ
ても,元の被写体や音源を完全には再現し得ないことは経験則上
明らかであるから,本件ビデオテープを再生して得られた短時間
の映像と音声によって,当時のCの状態を正確に把握し,適切に
評価し得るかどうかについては,疑問が残るといわざるを得ない
のであって,本件ビデオテープに基づくCのアプガースコアの評
価については,その正確性に一定の留保を付さざるを得ない。こ
の点は,後記E医師の供述,H医師の意見書についても同様であ
る」

「他方,D医師は,本件ビデオテープが録画された時期とほぼ同
時期である,Cの出生から5分後及び10分後のアプガースコア
をいずれも10点と評価しているところ,D医師の産婦人科医と
しての経歴に照らして,かかるD医師のアプガースコアについて
の評価は相応の知識経験に基づいたものと推認されるのであって,
それが全く信用性に欠けるものであるとはいい難い」

「また,E医師は,証人尋問において,本件ビデオテープを視聴
した上で,呼吸については声を上げて泣いているので2点,筋緊
張については屈曲位を取っているので2点,反射については足の
裏をいじるのに反応しているので2点,皮膚色については体幹の
色はいいが,末梢の色は光の加減で評価しにくいので1点以上,
心拍数については泣いている以上心拍がないはずはない(1点以
上)とそれぞれ評価し,合計のアプガースコアは8点以上である
と供述する」

「さらに,埼玉社会保険病院産婦人科部長であるH医師の意見書
(H意見書)には,H医師を含む4名の産婦人科又は小児科の医
師が,本件ビデオテープを視聴した上で,それが鮮明に記録され
ており,そのビデオテープによって再現された色と音が実際のも
のと同様であると仮定して,Cのアプガースコアを評価したとこ
ろ,4名の医師のうち2名が皮膚色と筋緊張を1点,その余を各
2点と評価し,他の2名が皮膚色と呼吸を1点,その余を各2点
と評価したため,4名とも合計点が8点になったとの記載がある」

「なお,本件ビデオテープによってもCの心拍数を把握すること
はできないものの・・・,Cの出生時の心拍数が138回/分で
あったことのほか,その後も,本件ビデオテープが撮影された時
期も含め,本件転送までの間にCの心拍数が100回/分未満に
なったことはなかったことが推認できるから,本件ビデオテープ
が撮影された当時のCの心拍数のスコアは2点(100回/分以
上)と評価すべきものであったと認められる」

「・・・G意見書に,本件ビデオテープによって,その撮影当時
のCのアプガースコアが6点以下と評価できる旨の記載があるか
らといって,それだけで,Cの出生5分後のアプガースコアが6
点以下であったとの事実を認めることには躊躇を覚えざるを得ず,
したがってCの出生直後のアプガースコアがさらに低値であった
との事実を認めることもできない」

「このほか,小児医療センターの神経科医師であるI医師が平成
13年6月20日に作成したCについての身体障害者診断書・意
見書(I診断書)には,Cの生後の経過等についての記載欄に
『新生児仮死あり』との記載がある。しかし,同センターの医師
であるI医師が,D医師から同センターに提供された本件診療情
報提供書以外から,Cの出生時の状態についての正確な情報を入
手することができたとは考えにくく,また,上記I診断書を除け
ば,同センターの診療記録中に,Cについて新生児仮死とする記
載は見当たらない。そうであれば,I診断書の上記記載部分は,
その根拠が明らかでないといわざるを得ず(D医師が代表者尋問
で述べるとおり,I医師が,Cの身体障害者の認定手続を早く進
ませてあげたいという心情に基づいて記載したものであるとも考
えられる。),同記載部分によって,Cが出生時に新生児仮死の
状態にあった(低アプガースコアの状態にあった)ものと直ちに
認めることはできない」

「原告らは,Cに出生直前に一過性徐脈が発現していたことから,
Cが,分娩時に低酸素状態におかれ,出生時に低酸素性虚血性脳
症に陥っていたことが認められると主張する」

「・・・Cの分娩に際して記録された分娩監視記録には,上記定
義に該当する遅発一過性徐脈の発現を示すような所見は認められ
ず(原告らの提出に係るG意見書にも,分娩監視記録上に認めら
れる一過性徐脈が異常なものとは直ちに判断できない旨のG医師
の意見を記載した部分がある。),他にCに遅発一過性徐脈が発
現したことを認めるに足りる証拠はない」

「もっとも,分娩が進行した7月5日午後2時過ぎころから娩出
に至るまでの間に,胎児Cに軽度の変動一過性徐脈が認められた
・・・。しかしながら,変動一過性徐脈の発現が,遅発一過性徐
脈の場合と同様に,胎児の低酸素状態の発症を示すものであるこ
とを認めるに足りる証拠はない」

「そうすると,Cは,上記のとおり,出生直前に軽度の変動一過
性徐脈が発現していたが,そうであるからといって,出生時に低
酸素性虚血性脳症に陥っていたことが認められるということはで
きない」

「次に,小児医療センターの入院診療録中には,脳神経外科のJ
医師からの神経科に対する診察依頼に対し,神経科のI医師が平
成12年8月3日に作成して回答した書面が含まれているところ,
同回答書には,I医師がCの症状をけいれん性四肢麻痺及び高度
精神遅滞と診断した旨の記載とともに,その原因について「hy
poxia(注,低酸素症),脳室内出血でしょうか!」との記
載があることが認められる」

「しかしながら,同センターの神経科の外来診療録には,本件回
答書作成日と同日の8月3日の診療の欄に,Cの症状につき『け
いれん性四肢麻痺,MR severe(注,高度精神遅滞)』と
した上で,『原因はIVH(注,脳室内出血)?』と記載されて
いるが,低酸素症については何ら記載がなく,このことに・・・,
本件回答書の低酸素症についての記載が疑問形で記載されている
ことを併せ考えると,I医師が,本件回答書を作成するに当たっ
て,Cの神経症状の原因を低酸素症(hipoxia)又は低酸
素性虚血性脳症と確定的に診断したものとは考え難く,そうする
と・・・,出生時のCが低酸素性虚血性脳症に陥っていたものと
直ちに認めることはできない」

「原告らは,出生直後のCにけいれんが生じていたと主張すると
ころ,確かに,Cの出生時に振戦があったことは・・・,本件ビ
デオテープによっても,Cの手足が時折震えている様子が容易に
看取される」

「しかしながら,本件ビデオテープを視聴したD医師とE医師は,
それぞれ被告代表者尋問及び証人尋問において,その震えが生理
的な振戦の範囲内である旨,あるいはけいれんとは判断できない
旨供述している。また,G医師の意見書には,本件ビデオテープ
やその他の記録からCが中枢神経異常であると断定することはで
きないが,保育器収容後の振戦の増大傾向から,けいれんや何ら
かの脳内変化があるものと考えて,対応が求められていたとの記
載があり,この記載に照らせば,G医師も,少なくとも本件ビデ
オテープに記録されているCの状態がけいれんであるとは考えて
いないものと推認される。このほか,京都大学医学部附属病院N
ICU河合昌彦編著の『NICU厳選!50症例の診断と治療』
と題する書籍によれば,けいれんは刺激などの誘因なく発症し,
屈曲などの抑止でも停止しないことが認められるところ,本件ビ
デオテープによれば,看護師がCの手足に触れたり,Cを抱えた
りしているときは,Cの手足の震えが停止していることが窺われ,
また・・・,出生20数分後である午後3時ころには,Cに刺激
を与えたときのみ振戦があったのであるから,遡って出生直後の
Cの振戦もけいれん性のものでなかった可能性が高い」

「そうであるとすると,出産直後のCに振戦があったからといっ
て,それがけいれん性のものであったと認めることはできず,他
に,出生直後のCがけいれんを発症していたことを認めるに足り
る証拠はない」

「出生後のCには陥没呼吸が認められるものの・・・,Cに鼻翼
呼吸(吸気に一致して鼻腔が広がる症状)の所見があったことを
認めるに足りる証拠はない」

「また・・・,Cには,少なくとも出生1分後に末梢(四肢)の
チアノーゼが認められたほか,本件ビデオテープ,H意見書及び
証人Eの証言によれば,出生5分後ころにおいても,Cには末梢
のチアノーゼがあった可能性が高いものと考えられるが,それ以
上に,Cに,原告らが主張するような中心性チアノーゼがあった
ことまでを認めるに足りる証拠はない」

「そして,小川雄之亮ほか編著の『新生児学第2版』と題する書
籍によれば,陥没呼吸は,肺コンプライアンスが低下したり,上
気道の通過障害あるために胸腔内に生じる陰圧の程度が大きくなっ
た結果生ずるものであることが認められるから,上記呼吸器系の
障害の結果,陥没呼吸の症状とともに,児が低酸素状態に陥るこ
とがあり得るとしても,陥没呼吸自体が低酸素状態を示すもので
はないと考えられ,また,武谷雄二総編集の『新女性医学大系3
1新生児とその異常』と題する書籍(甲第17号証)によれば,
中心性チアノーゼは動脈血酸素飽和度の低下を反映するが,末梢
チアノーゼは,動脈血酸素飽和度は正常であるのに,末梢での組
織の血行が悪くなったために起こるものであると認められる。そ
うであれば・・・,Cに軽度の陥没呼吸や末梢のチアノーゼがあっ
たからといって,直ちにCが呼吸障害による低酸素状態に陥って
いたということはできない」

「他方・・・,呼吸数の正常値は40〜50回/分で,60回/
分以上が多呼吸とされており,酸素飽和度の正常値は証拠上必ず
しも明らかでないものの,被告代表者尋問の結果に,95パーセ
ントあれば十分といわれているとのD医師の供述部分があること,
前掲甲第17号証の書籍には,新生児への酸素投与の際,酸素飽
和度が93〜98パーセントになるよう投与量を設定するとの記
載部分があること,田村正徳執筆の『ハイリスク新生児小児科医
と産科医のための当直マニュアル』と題する書籍には,新生児の
酸素飽和度が90パーセント未満の場合は高度異常に該当する旨
の記載部分があることからすれば,酸素飽和度が93パーセント
以上の場合には正常といい得るものと推認されるが,そうである
とすると・・・,出生直後のCの呼吸数と酸素飽和度はいずれも
正常であったと認めることができるのであり,これに加えて,そ
の後のCの呼吸数と酸素飽和度が正常ないしそれに近い値を維持
しており,一時的に正常の範囲を外れることがあっても,気道吸
引やタッピングなどの処置により,ほぼ正常の範囲に回復してい
たことをも併せて考慮すると,出生直後のCに上記のとおり軽度
の陥没呼吸や末梢のチアノーゼがあったことを前提としても,そ
の当時のCが気管内挿管や酸素投与などの処置を要するような低
酸素状態に陥っていたものとは認めることができず,その他これ
を認めるに足りる証拠はない」

「なお,上掲田村正徳執筆の『ハイリスク新生児小児科医と産科
医のための当直マニュアル』と題する書籍には,陥没呼吸がある
新生児が高度異常児に該当し,直ちにNICUなどへの搬送が必
要であるとする記載がある。しかし,同書籍は,新生児の多様な
リスク要素を列挙した上,そのリスクの程度に応じて,高度異常
児(直ちにNICUなどへの搬送が必要な児),中等異常児(小
児科医による検査や治療が必要な児),要経過観察児(モニター
や反復検査で異常が認められれば,小児科医への紹介が必要な児)
の3群に分類したものであって,その記載の内容からして,各リ
スク要素の摘示やその分類は,一般的かつ典型的な症状の発現を
前提とするものと考えられるのであるから,同書籍において,陥
没呼吸が高度異常児(直ちにNICUなどへの搬送が必要な児)
に分類されるリスク要素に挙げられているからといって,上記の
とおり軽度の陥没呼吸の症状を呈していたにすぎないCを,直ち
にNICUに搬送すべきであったとまで認めることはできない」

「原告らは,出生直後のCにバビンスキー反射が消失していたこ
とが,Cの中枢神経の異常を認識すべき症状の一つである旨主張
するところ,鈴木正二発行の『南山堂医学大辞典』によれば,バ
ビンスキー反射とは,足底の外側部を針やハンマーの柄などでか
かとから足指の方へこすり上げた時に生じる,足母指が背屈し,
しばしば他の足指が扇を広げた時のように開く反射をいうのであっ
て,神経発育の未熟な乳児期にはこの反射が正常に見られること
が認められる」

「しかるところ,本件ビデオテープ,証人Eの証言及び被告代表
者尋問の結果によれば,被告医院においてD医師や看護師らが,
Cの呼吸の安定を図るために,その足底に刺激を与えていたこと
は認められるものの,その刺激の与え方が,バビンスキー反射を
生じさせ得るようなものであったことを認めるに足りる証拠はな
く,そうであれば,本件ビデオテープ中のCの様子に,バビンス
キー反射が生じた時と同様の反応(足母指の背屈や,他の足指が
扇状に開くなどの反応)が認められないとしても,そのことをもっ
て,Cにつきバビンスキー反射が消失していたということはでき
ないから,上記原告らの主張は,その前提を欠くものといわざる
を得ない」

「そうすると・・・,客観的には,Cは,出生時までに脳室内出
血を起こしていたものとしても,出生時又は出生直後のCの状態
に関して,D医師がCに脳室内出血その他の脳疾患が生じている
ことを疑うべき根拠があったということはできないから,D医師
に,直ちに,Cを,NICUを有する高度新生児施設に転送すべ
き注意義務があったと認めることはできない」

■Cを保育器に収容した後、より早い時点でCを高度新生児施設に
転送すべき注意義務があったか

「原告らは,Cが仮に出生直後にけいれんでなかったとしても,
その後,Cの振戦が持続し,増強していった時点でけいれんと判
断でき,脳室内出血などの脳疾患の存在を疑うこともできたと主
張しているところ,確かに,脳室内出血の病態からすれば,出生
直後のCにけいれんが生じていなくとも,脳室内出血の進行と悪
化に伴って,本件転送の時期よりも前に,Cにけいれんと判断し
得る,あるいはそう疑い得る症状が現れていた可能性も直ちには
排除できない」

「被告医院において,Cには7月5日午後2時38分の出生の直
後に振戦があったほか,同日午後3時ころと午後5時ころの各時
点でも振戦が認められ,その後,翌6日午前1時20分ころには,
振戦が増大していることが認められ・・・,Cには,出生直後か
ら本件転送の時期まで,振戦が発現する状態が継続していたこと
が認められる」

「しかるところ,原告らは,生理的な振戦は数十分で落ち着くも
のであり,それ以上に継続し,増強してきたCの振戦は,単なる
生理的な振戦ではなく,けいれんと考えるべきであったと主張し
ており,G医師の意見書には,生理的な振戦は数十分から数時間
程度であり,それ以上に持続する振戦は異常である旨,原告らの
主張に沿う記載がある。しかしながら,G医師の上記意見を裏付
ける文献等の的確な証拠はなく,却って,清水正樹及び大野勉に
よる『新生児脳障害』と題する論文に,四肢の振戦は,基礎疾患
がないことが確認されれば経過観察をするとの記載があり,また,
上掲田村正徳執筆の『ハイリスク新生児小児科医と産科医のため
の当直マニュアル』と題する書籍においても,振戦のある新生児
が要経過観察児に当たるとされ,モニターや反復検査で異常が認
められた場合に小児科医への紹介が必要であるとされているに止
まることと,証人Eの証言中に,新生児の振戦が正常でも24時
間ないし48時間続く場合もあるとの供述部分があることとを併
せ考えれば,新生児の振戦が数時間以上継続しても,直ちに異常
なこととはいえないものと認められる」

「加えて・・・,けいれんは刺激などの誘因なく発症することが
認められるが,少なくとも,上記7月5日午後3時ころの振戦に
関しては,刺激を与えたときのみに生ずるとされ,さらに,同日
午後5時ころ及び翌6日午前1時20分ころの振戦についても,
タッピングや気道吸引の処置又は血糖値測定の実施と同時に生じ
・・・,Cの振戦が何らの刺激がない状態で継続していたもので
あるとも認め難い」

「そうすると,Cに,出生直後から本件転送の時点まで,振戦が
発現する状態が継続していたからといって,D医師が,そのこと
から,Cにけいれんが生じ,又はそれを疑うべき異常な状態にあ
ると判断すべきであったということはできない」

「原告らは,被告医院において,Cの振戦が増強していったので
あるから,その振戦が増強した時点で,D医師が,Cの振戦をけ
いれんと判断できるようになったと主張するところ,確かに・・
・,7月6日午前1時20分ころには,Cの振戦が増大している
ことが認められている」

「しかしながら,本件新生児看護記録には,被告医院において,
Cに,7月5日の午後2時38分の出生直後に振戦があったこと,
同日午後3時ころ及び午後5時ころの各時点にも振戦が認められ
たこと,翌6日午前1時20分ころに振戦が増大していたことを
示す記載はあるものの,Cの振戦が経時的に増強していったこと
を示す記載はなく,却って,本件新生児看護記録の7月5日の午
後6時45分,午後7時10分,午後8時15分,午後21時,
午後22時20分,午後23時05分,翌6日午前0時10分の
欄に,Cの振戦に関する記載が全くないことからすれば,その間,
特にCの振戦が増大していなかったと考えるのが自然であり,被
告代表者尋問におけるD医師の,Cの振戦が強まってきたのは7
月6日午前1時ころからであるとする供述は,これを裏付けるも
のということができる」

「加えて,証人Eの証言によれば,新生児の脳室内出血では,無
症状の時間が長くて,あるとき突然症状が現れるのが特徴である
ことが認められ,この事実と上記本件新生児看護記録の記載とを
併せ考えれば,Cの出生直後から翌6日午前1時ころまでの間は,
Cの振戦が特に増強していなかった可能性が高いというべきであっ
て,Cの振戦が経時的に増強していったことを前提とする原告ら
の主張は,その前提を欠くものといわざるを得ない」

「保育器に収容された後のCに,7月5日午後5時ころから喘鳴
が認められ,また,Cの酸素飽和度は,同日午後5時ころに92
パーセント,午後7時10分ころには86パーセント台に低下し,
その後も,同日午後9時ころには73パーセント,同日午後11
時05分ころには88パーセントとそれぞれ低下が認められ・・
・,さらに,Cは,小児医療センターに入院した後の7月6日午
前3時30分ころ,無呼吸の症状を呈し,酸素飽和度が低下した
ため,気管内挿管の処置を受けた」

「K内科医院のK医師が作成した2通の意見書及びG意見書には,
これらのCの症状から,Cのけいれんあるいは脳室内出血などの
脳内の異常を疑い,Cを早期に転送すべきであったとの趣旨の記
載部分がある」

「しかしながら,まず,喘鳴については,被告代表者尋問の結果
によれば,気道に分泌物が溜まるなどの気道の障害によって生ず
るものであることが認められ,けいれんや脳室内出血の症状とし
て喘鳴が生ずることが記載された文献等も見当たらないことに照
らし,けいれんや脳室内出血によって直接に喘鳴が生ずるものと
は認め難い」

「次に,酸素飽和度の低下については,上掲小川雄之亮ほか編著
の『新生児学第2版』と題する書籍及び武谷雄二総編集の『新女
性医学大系31新生児とその異常』と題する書籍によれば,けい
れんや脳室内出血の中枢神経症状として呼吸抑制や無呼吸が生じ
得ることが認められるから,その中枢神経症状の結果として,児
の酸素飽和度が低下する可能性が考えられなくはない」

「しかしながら・・・,Cの酸素飽和度は,出生以後同日午後3
時ころまでは正常値を示していたが,午後5時ころ,午後7時1
0分ころ,午後9時ころ,午後11時05分ころにそれぞれ正常
値以下に低下していたこと,他方,Cの喘鳴が生じ始めたのも午
後5時ころであり,酸素飽和度の低下が認められた上記各時刻に
おいては,いずれも同時に喘鳴が認められているのみならず,C
に対し気道吸引やタッピングなどの気道内の分泌物を取り除く処
置を施行することによって,酸素飽和度もほぼ正常の範囲に回復
していること,翌6日午前0時10分ころと午前1時20分ころ
にはいずれも喘鳴がなく,酸素飽和度は99パーセントであった
ことが認められる。このように,Cの酸素飽和度の低下と喘鳴の
発現とが,相関関係を有していることは明らかであるところ,こ
のことと,上記のとおり,7月6日午前0時10分ころと午前1
時20分ころ(Cが被告医院にいた間では,その脳室内出血が最
も進展していたはずの時期である。)の酸素飽和度が99パーセ
ントであったこととを併せ考えれば,被告医院におけるCの酸素
飽和度の低下は,けいれんや脳室内出血による中枢神経症状の結
果として生じていたものではなく,喘鳴を伴う気道の障害によっ
て生じていたものと考えるのが相当である」

「そうであるとすれば,D医師が,Cの喘鳴や酸素飽和度の低下
の症状から,直ちにけいれんや脳室内出血を疑わず,タッピング
や気道吸引を実施して,酸素飽和度の回復を図ったに止まったか
らといって,そのことが医師としての注意義務に反したものであっ
たということはできない」

「D医師が,出生後のCの状態から,低血糖や感染症の可能性を
疑い,Cの出生後の7月5日午後3時30分ころから本件転送前
の7月6日午前1時20分ころまでの間に,3回の血糖値測定と
2回のCRP検査を実施したが,いずれも正常値であった・・・
そして,けいれんの主な原因には,脳室内出血や低血糖,感染症
などが挙げられているところ,D医師は,Cの状態から低血糖や
感染症を疑って検査を実施し,その検査の結果により低血糖や感
染症の可能性が除外されたのであるから,その時点で,D医師は,
Cの脳室内出血の存在を疑うことができたのではないかという疑
問が生じないでもない」

「しかしながら,本件転送以前にCにけいれんが生じていたと認
め得ない・・・そして・・・,けいれんのみならず,けいれん性
でない振戦であっても,低血糖や感染症がその原因となることが,
また,被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,D医師
が,Cの低血糖や感染症を疑ったのは,Cにけいれん性でない振
戦があると判断したためであることが,それぞれ認められる。そ
うであれば,脳室内出血が,低血糖や感染症と並んで,けいれん
の主な原因として挙げられており,かつ,低血糖と感染症の可能
性が除外されたからといって,それが,D医師がCの脳室内出血
を疑うべき理由となるものではない」

「また,原寿郎編集の『看護のための最新医学講座14 新生児・
小児科疾患』と題する書籍には,新生児の低血糖で見られる症状
は,頭蓋内出血の場合にも同様に見られるとの記載があり,これ
によれば,Cの低血糖を疑ったD医師は,同様に頭蓋内出血をも
疑うべきであったのではないかという疑問が生じないでもない。
しかしながら,・・・低血糖の症状として『特異的なものではな
く,中枢神経から循環不全症状まで多彩であり』と記載されてい
るのみであって,低血糖と頭蓋内出血の共通の症状が何ら特定摘
示されているわけではなく,このことを併せ考えると,上記のよ
うな場合に,D医師が頭蓋内出血をも疑うべきであったとするこ
とは,畢竟,非特異的かつ多彩な症状の一端から低血糖を疑い得
る場合には,常に同時に脳室内出血をも疑わなければならないと
することを意味し,相当ということはできない」

「Cが,7月5日の出生直後に,原告Bの乳首をくわえず,哺乳
することができなかったこと,同日午後10時20分ころと翌6
日午前0時10分ころに,糖水を飲まなかった・・・しかしなが
ら,証人Eの証言及び弁論の全趣旨によれば,哺乳障害は重篤な
神経障害の存在の可能性を示す徴候の一つであり,他の症状の出
現と併せて,新生児の障害の存否を検討する要素ではあるが,出
生直後の児が哺乳できないこと自体は珍しいことではないから,
それが哺乳障害であるのかどうかを見極めることが必要であるこ
とが認められる」

「そして,D医師が認識し得たCが哺乳できない時間は,最大で
もその出生から本件転送までの12時間足らずにすぎないから,
その間に,Cに哺乳障害があるとD医師が判断し得るとは到底考
えられず,したがって,D医師が,Cの哺乳障害を理由として,
Cを高度新生児施設に転送する義務があったとまでいうことはで
きない」

「Cが小児医療センターに入院した際,Cを診察したF医師は,
Cに,全身色不良,末梢の軽度のチアノーゼ,筋緊張の亢進,硬
直,振戦,眼球固定,対光反射減弱などの症状を認めて,けいれ
んと診断した・・・ところ,原告らは,このように,Cが小児医
療センターに入院した時点でけいれんと診断されたのであるから,
被告医院においてもけいれんが発現していたはずであると主張す
る」

「しかしながら,脳室内出血は,重症度I度又はII度の軽度の出
血では無症状のことが多いが,出血が多量のときは,けいれん等
の症状が見られ・・・,このことに,上掲原寿郎編集の『看護の
ための最新医学講座14 新生児・小児科疾患』と題する書籍に,
新生児けいれんの病因による好発時期として,成熟児の脳室内出
血によるものが出生後24時間以内,脳室内出血によるものが出
生後24時間から72時間までの間とする記載があること,証人
Eの証言中に,新生児の脳室内出血では,無症状の時間が長くて,
あるとき突然症状が現れるのが特徴であるとする供述があること
を併せ考えると,出生時あるいはその後のある時点までけいれん
を発症していなかった新生児が,その後,脳室内出血の進展とと
もに,少なくとも出生後72時間までの間に新たにけいれんを発
症することも十分にあり得るものと推認される」

「そうであるとすれば,小児医療センターに入院した時点で,C
がその振戦などの症状からけいれんと診断されたからといって,
本件転送よりも早い時期に遡り,Cが,被告医院においてけいれ
んと診断し得るような症状を呈していたものと即断することはで
きないのであって,この点でD医師の注意義務違反を認めること
はできない」

「なお,本件転送の際・・・,D医師は,被告代表者尋問におい
て,被告医院にいた時点と小児医療センターに到着した時点とで,
Cの状態が大きく変化したようには見えなかった旨供述する。そ
して,このようなD医師の供述を前提とする限り,振戦の増強が
認められた7月6日午前1時ころのCの状態,あるいは少なくと
も本件転送直前のCの状態が,客観的にはけいれんと判断され得
る程度のものであったと考える余地がないわけではなく,そうで
あるとすれば,その時点でCのけいれんを疑わなかったD医師に
は,医師としての注意義務に反する過失があったとの疑いも全く
ないわけではない」

「しかしながら,仮に,Cのけいれんの症状を見逃したことにつ
き,D医師に過失があったとしても,その時点は,振戦の増強が
認められた7月6日午前1時ころ以前には遡らないというべきで
あり,D医師による本件転送の決定より精々1時間早い程度にす
ぎない。このことに,脳室内出血は,その出血を緊急に止める手
だてがなく,数時間の転送時期の違いが児の予後に影響すること
は考えにくいとの証人Eの証言をも併せ考慮すれば,Cの転送が
本件転送より1時間程度早かったからといって,Cがその死亡の
時点においてなお生存していたとの高度の蓋然性がないことはも
とより,相当程度の可能性があったとも認めることはできないの
であって,そうである以上,本件における因果関係の存在や可能
性侵害を主張する原告らの主張はいずれも失当である(最高裁平
成17年(受)第715号同年12月8日第一小法廷判決・裁判所
時報第1401号参照)」

■判決主文
(請求棄却)