判例速報

※この記事は、2006-07-18にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,被告診療所で出生した原告らの子である亡Aが,産婦
人科医である被告の不適切な診療行為によって分娩の過程で低酸
素性虚血性脳症を発症したとして損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H18.3.15 東京地方裁判所平成14年(ワ)10365号損害賠償請求 

■当事者

原告側:原告らは亡A(平成16年死亡)の両親。原告Bは,平
成12年にAを出産
被告側:産科・婦人科・麻酔科の診療所を経営

■診療経過

・原告Bは,平成11年12月10日から,被告の経営する産科,
婦人科,麻酔科の診療所に通院し,被告の診療を受けながら出産
に向けて準備をしていた。出産予定日は平成12年8月2日。

・原告Bは,7月に4回被告医院を受診したが,この間も,格別
の異常はなかった。被告は,同月15日には,超音波検査を行っ
て,胎児の体重を3276gと推定し,原告Bに対しその旨を説
明した。原告Bは,8月2日にも受診した。同日,ノンストレス
・テスト(妊娠末期の妊婦に分娩監視装置を装着し,何も負荷し
ない自然の状態で記録された胎児心拍陣痛図(CTG)の所見か
ら,胎児の健康状態を評価する胎児・胎盤機能検査)を受けたが,
異常は認められなかった。

・原告Bは,8月4日深夜と翌5日に破水のような現象が起きた
ため,被告医院に連絡し,その指示により同月5日午後6時ころ
入院。被告が診断したところ,弱い子宮収縮があり,肉眼的に水
溶性分泌物(混濁なし)が認められ,ROMチェックにより破水
が確認された。子宮口は4cm開大し,児頭はほぼ固定していた。
被告がドップラー装置で胎児心拍数を5秒ずつ3回測定(以下,
胎児心拍数の測定はすべて同様の方法によった。被告医院には分
娩監視装置が設置されていたが,本件分娩当日は使用されなかっ
た)した結果各12回(144回/分)と正常であった。被告は,
微弱陣痛であると判断し,陣痛促進剤であるプロスタグランジン
E2を投与することにし,まず1錠を原告Bに服用させた。

・午後6時20分,子宮口開大を目的としてネオメトロを挿入し
た午後7時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心
拍数は,11回が2回,10回が1回(128回/分),陣痛の
周歇(陣痛と陣痛の間隔)は10分,発作(陣痛の継続時間)は
20秒。

・午後8時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心
拍数は各11回(132回/分),陣痛の周歇は8ないし9分。

・午後8時40分に内診。子宮口開大が5ないし6cm,子宮頚部
の展退度が70ないし80%,児頭は,ネオメトロのためやや可
動で,SP(ステーションポイント)は−2であった。この時点
で,ネオメトロを抜去した。胎児心拍数は12回が2回,13回
が1回(148回/分),陣痛の周歇は5分。

・午後9時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。胎児心
拍数は各12回(144回/分),陣痛の周歇は4ないし5分で
あった。午後10時,プロスタグランジンE2を1錠服用させた。
陣痛の発作は25ないし30秒,周歇は3ないし5分。

・午後10時20分,陣痛が増強したので,分娩室に入室・内診。
その結果,子宮口が柔軟になっており,8cm開大,展退度が70
ないし80%,児頭は固定し,SP±0と児頭の下降も良好であっ
た。午後10時21分,250 ml の5%ブドウ糖液の点滴投与
を開始した。胎児心拍数は11回が2回,10回が1回(128
回/分)であった。午後10時22分から,アトニン5単位を点
滴に加え,投与開始。アトニンは,1分間に60滴で1ml投与す
るマイクロドリップで投与したが,その速度としては,2ないし
3m単位/分から始め,以後,速度を少し上げ下げし,最大時で
は,1分間に12,3滴(4ないし4.3m単位/分)まで増や
した。

・午後10時45分,胎児心拍数は10回が2回,9回が1回
(116回/分。軽度徐脈)であった。午後11時,胎児心拍数
は各9回(108回/分。軽度徐脈)であった。

・被告は,胎児心拍数が低下傾向にあると判断し,会陰切開の上,
吸引分娩に着手し,午後11時8分,Aを娩出させた。出生時の
体重は3725g(出生直後の呼吸数40回/分,心拍数110
回/分)。

・午後11時11分ころ,Aは初めて啼泣したが,弱いものであっ
た。Aに呼吸停止,心停止はなく,アプガースコア自体もさほど
低くはなかったが,自発呼吸がやや弱いと感じられたため,ジャ
クソンリースにより酸素投与を開始した。午後11時25分,胎
盤を娩出したが,特に異常は認められなかった。

・午後11時35分,Aの呼吸数は60回/分,心拍数は140
回/分と多呼吸になった。被告は,ジャクソンリースによる酸素
投与を引き続き行い,経過観察をしたが,呼吸数の低下がみられ
なかったため,NICUへの転送を考え,市民病院に連絡したが,
O−157による病棟閉鎖のため断られた。そこで,被告は,共
済病院に連絡し,受入れの内諾を得,翌8月6日午前0時37分,
救急車の出動を要請したところ,0時40分ころ救急車が到着。
被告は,救急車に同乗して,自ら酸素投与を行いながら,Aを共
済病院に搬送し,0時46分,共済病院に到着。その時点におけ
るAの動脈血酸素分圧は99.5と正常値を示していた。

・共済病院のD医師は,8月9日までに,潜在性仮死による低酸
素性虚血性脳症と診断をした。Aは,同月9日,大学病院の新生
児集中治療室(NICU)に転院し,9月24日退院した。同セ
ンターでは,同月10日,新生児仮死,低酸素性虚血性脳症,新
生児のけいれんと診断されている。

・Aは,その後も,大学病院に入通院を繰り返した。平成13年
1月17日には,「新生児仮死による低酸素性脳障害,それによ
る知能障害,脳性麻痺,症候性点頭てんかん」と診断された。ま
た,平成14年5月9日には,診断名として,「重度精神遅滞,
脳性麻痺,てんかん」とされ,強い剛直症状の筋緊張を示し,寝
返り,座位保持は不能,咽頭筋麻痺のため嚥下ができず経鼻経管
補給を行うことを要する,てんかんは難治である旨診断された。

・平成16年8月12日,急性脳死により死亡。

■帝王切開を選択しなかった過失の有無について

「原告Bは,Aを出生した当時,身長151cm,26歳であり・
・・,CPDのリスク因子としての低身長,高年初産婦には直ち
には該当しない。また,Aは,出生体重4000g以上ではなく,
巨大児にも該当しない(原告は,この点については,積極的に争っ
ていない。)。さらに,本件では原告Bに入院の前日深夜に破水
のような現象が起きているが,入院時にはそれから24時間を経
過しておらず,羊水過少症候群を具体的に疑う状況でもなかった。
こうした事実に徴すれば,被告がCPDの存否を判断するために
積極的に検査をしなかったことについて,過失があったとはいえ
ない」

「また,原告らは,被告には,帝王切開の準備もしておいて,自
然分娩がスムーズに行かず児の状態が危ぶまれるときには,直ち
に帝王切開に切り替えるべき注意義務があった旨主張する」

「確かに,原告Bは身長が150cm に近い小柄であり,被告は,
原告Bが入院時に破水していることを確認しているのであるから,
分娩が順調に進まないことも考慮して,帝王切開の準備もしてお
くことが望ましかったということができる。そして,この点につ
いては,被告本人尋問の結果によれば,被告医院においては,消
毒済みの器具を用意しており,助手となるべき医師についても,
連絡して1時間半以内に児を帝王切開により娩出させることが可
能な体制になっていたことが認められ,このような準備状況の適
否が一応問題になる」

「しかしながら・・・,被告は,胎児心拍数について軽度徐脈が
あると判断して吸引分娩を開始し,その後10分足らずの間にA
を娩出しているのであるから,本件においては,帝王切開の準備
状況の適否は,Aの症状に何らの影響も及ぼしていないことが明
らかである。してみると,原告らの上記主張は,採用の限りでな
い」

■陣痛促進剤の投与に関する過失の有無について

「原告らは,被告には,陣痛促進剤を投与するに際し,分娩監視
装置を使用しなかった過失又はそれに相応する監視をしなかった
過失,陣痛促進剤の使用方法を誤った過失がある旨主張する。そ
こで,以下この点について検討する」

「本件で投与された陣痛促進剤アトニン−O5単位(一般名オキ
シトシン)の添付文書には,その冒頭の赤枠の『警告』欄に,分
娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用するに当たっては,過強陣
痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死等が起こることがあり,母
体あるいは児が重篤な転帰に至った症例が報告されているとして,
次の4点を遵守し慎重に行うべき旨が記載されていた」

「すなわち,第1点は,患者及び胎児の状態を十分観察して,同
薬剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適応を判断する
ことである」

「第2点は,分娩監視装置等を用いて,胎児の心音,子宮収縮の
状態を十分に監視することである」

「第3点は,同薬剤の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣
痛になる症例も報告されているので,ごく少量の点滴から開始し,
陣痛の状況により徐々に増減すること,また,精密持続点滴装置
を用いて投与することが望ましいことである」

「第4点は,プロスタグランジン製剤との同時併用は行わないこ
と,また,前後して投与する場合も,過強陣痛を起こすおそれが
あるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与することである。
なお,この点について,添付文書の『禁忌(次の患者には投与し
ないこと)』欄では,本件で投与したプロスタグランジンE2を
投与中の患者も挙げている。また,その『使用上の注意』の『相
互作用』欄では,プロスタグランジンE2を,『併用禁忌(併用
しないこと)』及び『併用注意(併用に注意すること)』として
挙げている。その理由について,同時併用により過強陣痛を起こ
しやすい旨,また,両剤を前後して使用する場合には過強陣痛を
起こすおそれがある旨,そして,その機序・危険因子について,
『本剤及びこれらの薬剤の有する子宮収縮作用が併用により増強
される』旨記載されていた」

「また,上記アトニン−Oに先だって投与されたプロスタグラン
ジンE2(一般名ジノプロストン)錠の添付文書には,その冒頭
の『警告』欄に,過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児仮死等
が起こることがあり,慎重に投与を行うべきであるとして,次の
3点が明記されていた。すなわち,(1)患者及び胎児の状態を十分
観察して,同薬剤の有益性及び危険性を考慮した上で,慎重に適
応を判断すること。(2)同薬剤は点滴注射剤に比べ調節性に欠ける
ので,分娩監視装置等を用いて胎児の心音,子宮収縮の状態を十
分に監視出来る状態で使用すること。(3)オキシトシン等との同時
併用は行わないこと,また,前後して使用する場合も,過強陣痛
を起こすおそれがあるので,十分な分娩監視を行い,慎重に投与
することである。そして,その添付文書の『使用上の注意』の
『重要な基本的注意』欄にも,同趣旨の記載がされていた」


「その使用方法については,より具体的に,(1)添付文書の『用法
・用量』欄に,通常1回1錠を1時間毎に6回,1日総量6錠を
1クールとし,経口投与する旨や,体重,症状及び経過に応じ適
宜増減し,その投与開始後,陣痛誘発,分娩進行効果を認めたと
き,その投与を中止する旨等が,また,(2)『使用上の注意』の
『相互作用』欄に,オキシトシン製剤について,類似の作用を持
つ薬剤を使用することにより作用を増強するとの機序により過強
陣痛を起こしやすいとして,『併用禁忌(同時併用しないこと)』
及び『併用注意(前後して使用する場合は注意すること)」であ
る旨及び後者の『併用注意』の場合の措置方法として投与間隔を
保ち十分な分娩監視を行い,慎重に投与すべき旨が記載されてい
る」

「こうした添付文書上の記載に加え・・・,陣痛促進剤の適正使
用の推進に向けた厚生省,日本母性保護産婦人科学会等の動き等
を総合的に検討すると,陣痛促進剤はそれぞれ単独で投与しても,
過強陣痛や胎児仮死を引き起こす危険があることから,被告は,
プロスタグランジンE2に引き続いてアトニンを投与するに当たっ
ては,本件当時の開業医の医療水準として,まず,アトニンの有
益性及び危険性を考慮して適応の有無を慎重に判断の上,分娩監
視装置等を用いて胎児の心音や子宮収縮(陣痛)の状態を十分に
監視しつつ,慎重に投与するようにすべき注意義務が課せられて
いたものというべき」

「被告は,原告Bに対し,8月5日午後6時から午後10時まで,
1時間おきにプロスタグランジンE2を1錠ずつ投与した上で,
午後10時22分から,アトニン5単位を250mlの5%ブドウ
糖液に加えて点滴投与を開始し,当初は,2ないし3m単位/分
で投与し,以後,速度を上げ下げして,最大時では4ないし4.
3m単位/分まで増やして投与した」

「そして,この間の被告医院における分娩監視の状況は,次のと
おりであった。すなわち,(ア)胎児心拍数については,ドップラー
装置により5秒ずつ3回測定する方法によって,同日午後6時,
午後7時,午後8時,午後8時40分,午後9時,午後10時2
1分,午後10時45分,午後11時に測定した。また,(イ)陣
痛の周歇や発作については,原告Bの腹部に手を当てる方法によっ
て,同日午後7時(周歇及び発作),午後8時(周歇のみ),午
後8時40分(周歇のみ),午後9時(周歇のみ),午後10時
(周歇及び発作)に測定した。被告医院には分娩監視装置が設置
されていたが,本件分娩当日は,それを使用することなく,上記
方法によった」

「なお,被告は,分娩監視の状況について,その本人尋問におい
て,上記に止まらず,胎児心拍数については,分娩室に入ってか
らは5分以内の間隔でドップラー装置により聴取していた,また,
陣痛についても,原告Bの腹を触ってみたり,原告Bの状況を観
察していた,しかし,格別の異常は生じていなかった旨を供述し
ている」

「もとより,被告は,原告Bの分娩の担当医師として,胎児の心
拍数や原告Bの陣痛の状況を観察しながら,その分娩に立ち会っ
ていたものと推認されるが,その具体的な内容については,上記
認定事実以上には,それを客観的に明らかにする証拠がない。そ
して,記録化されているデータの把握の方法が上記認定の如くで
ある以上,仮に被告が上記認定の頻度を超えて胎児心拍数及び陣
痛の状況を確認していたとしても,その方法は,上記認定と同様
のものであったと推認される」

「・・・アトニンについては,本件当時の添付文書上,プロスタ
グランジン製剤との同時併用は行わないこと,また,前後して投
与する場合も,過強陣痛を起こすおそれがあるので,十分な分娩
監視を行い,慎重に投与すべき旨が警告されていた。そして,そ
の理由,機序等についても,添付文書の『使用上の注意』の『相
互作用』欄に,両剤を前後して使用する場合には過強陣痛を起こ
すおそれがある旨及び『本剤及びこれらの薬剤の有する子宮収縮
作用が併用により増強される』旨明記されていた」

「これを本件についてみると,被告は,午後10時にプロスタグ
ランジンE2を1錠投与した上で,その22分後の午後10時2
2分からアトニンの点滴投与を開始したのであるから,被告は,
その分娩監視に当たっては,より慎重を期す必要があったという
べきである」

「また,アトニンの投与開始時点の速度について,その添付文書
には,同薬剤の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛にな
る症例も報告されているので,ごく少量の点滴から開始し,陣痛
の状況により徐々に増減すべきこととされ,具体的には,『点滴
速度を1〜2ミリ単位/分から開始し,陣痛発来状況及び胎児心
拍等を観察しながら適宜増減する』旨が記載されていた」

「しかるに,被告は,アトニンの点滴投与を2ないし3m単位/
分の速度で開始したのであるから,この点からしても,被告は,
その分娩監視に当たって,より慎重を期す必要があったというべ
きである」

「なお,被告の上記投与開始時点での速度については,添付文書
上の上記記載との関係で問題になり得るが,投与開始時の速度に
ついては3m単位/分までは許容範囲であるとする文献もみられ
ることに徴すると,それ自体をもって過量投与であると認めるこ
とはできない」

「・・・日本母性保護医協会が昭和56年に発行した『周産期胎
児管理のチェックポイント』・・・によると,胎児仮死の診断に
おいては,胎児心拍数の経時的な変化,子宮収縮の状況及びその
両者の関係が重要な要素になるので,陣痛促進剤の投与に当たっ
ては,これらの点を的確に把握することが不可欠になるというべ
き」

「ところで,分娩監視装置は,胎児心拍数を計測する胎児心拍計,
子宮収縮及び胎動を検出する陣痛計並びに両者から得られる情報
を連続的に同時記録する装置の3つが一体となった機器である。
記録紙の上段に胎児心拍図が,下段に陣痛図が記録されるので,
この両者に記録されている様々な情報を判読することにより,胎
児の健康状態の主要な指標の一つである胎児血の酸素化の良否,
陣痛の状態が客観的に,しかもリアルタイムに,かなり正確に評
価することが可能となるので,現在では,周産期の母児管理に欠
かせないものとなっている」

「上記分娩監視装置の機能等のほか,上記認定の胎児仮死の判断
基準にかんがみると,陣痛促進剤の投与に伴う過強陣痛等により
胎児仮死等が生ずることを回避するための分娩監視としては,分
娩監視装置が設置されている医療機関においては,それを用いて
行うことが,その趣旨・目的に最も良く適った適切な方法である
と判断される」

「そして,このことは,本件投与の翌年の平成13年12月に,
過強陣痛等の分娩時異常を避けるためには,分娩監視装置を装着
し,異常を的確に把握することが必要不可欠と考えられるとして,
上記両剤の添付文書の『警告』欄等の『分娩監視装置等』との記
載から『等』が削除され,分娩監視装置を用いるべきこととされ
たことからも,基礎付けられるというべきである」

「・・・被告が本件投与に当たって行った分娩監視の状況につい
て検討すると,そのような分娩監視では,胎児心拍数,子宮収縮
の状況についての数値が,相互に関連づけられないまま,断片的
に収集されるのみであり,分娩監視装置による継続的監視に比較
して,極めて不十分なものとなっていたといわざるを得ない」

「そして,本件においては・・・,被告は,プロスタグランジン
E2を投与した22分後に,しかも,2ないし3m単位/分の速
度で,アトニンの点滴投与を開始したのであるから,その分娩監
視に当たってはより一層慎重を期す必要があったこと,しかも,
被告医院には分娩監視装置が設置されていたことをも併せ考慮す
ると,もとより,本件投与がされた平成12年8月当時,アトニ
ンの添付文書上分娩監視の方法が同装置の装着に限定されていた
訳ではないが,被告は,本件アトニンの点滴投与に当たり,胎児
の心音や子宮収縮の状態を的確に把握するために,分娩監視装置
を装着して分娩監視をし,又はそれに匹敵する内容・程度の分娩
監視をすべき注意義務を負っていたにもかかわらず,その義務を
尽くさなかったものというべき」

■クリステレル圧出法を多数回行った過失の有無について

「原告らは,被告が,原告Bの子宮口が全開に至らず,会陰切開
もする前から,腹部をクリステレル圧出法により強く圧迫し始め,
以後娩出に至るまで圧迫し続けた旨主張する」

「・・・この点について,原告B作成の陳述書中には,点滴開始
後,原告Bがいきみ始めて間もなく,被告が同原告の左側から,
腹部の上部を思い切り押し始め,10分ほどして,被告の母親が
これに代わった,その後,児頭が見えてきたが,その後も娩出が
進まなかったので,被告の母が,原告Bの腹が張るたびにこれを
押し,それがAの娩出まで続いた旨の記載がある。他方,原告B
の本人尋問における供述は,原告Bがいきみ始めて間もなく,被
告が陣痛のたびにみぞおちを両腕で力強く押してきた,いきみ始
めてから娩出までの時間のうち4割くらいに達したところで児頭
が見えてきたが,なお娩出に至らないため,腹部圧迫を被告の母
と交替したというものである」

「以上の・・・記載と,本人尋問における供述とを比較すると,
被告の母が原告Bの腹部を圧迫し始めたのと児頭が表れたのとの
どちらが先であったかという基本的な事実関係について変遷して
いる。また,被告やその母親がした動作についても,単に原告の
腹部を『力強く押した』と供述等するものであり,上記認定のク
リステレル圧出法の方法と基本的な点において異なる内容となっ
ている」

「以上の説示に加え,被告の本人尋問における供述,さらには,
A出生後,原告Bの腹部には,内出血も含め,異常はみられなかっ
たことに徴すると,被告やその母親がAを娩出させるために,ク
リステレル圧出法により,原告Bの腹部を強く圧迫をしたことを
認めることはできない。したがって,原告らの上記主張は採用で
きない」

■出生直後のAに対する措置に関する過失について

「原告らは,本件分娩がスムーズにいかないおそれがあった,こ
のような場合には,生まれた児の状態が悪いこともあり得るから,
被告には,直ちに小児科医による治療が受けられるように準備す
べき注意義務があった旨主張する」


「しかしながら,原告Bについては・・・,妊娠中には異常がみ
られなかった。また,CPD等を理由とする帝王切開を選択しな
かった過失に関する原告らの主張に理由がない・・・さらに,原
告Bには,8月4日深夜と翌5日に破水のような現象が起きたも
のの,分娩の過程で危険が生じることを具体的に予想させるほど
の羊水の流出等があったことを認めるに足りる証拠はない」

「そして,他に,Aが娩出される前の段階で,原告ら主張に係る
上記注意義務があったことを基礎付ける具体的な事情を証する的
確な証拠はないので,原告らの上記主張は採用できない」

「そこで,進んで,Aの出生後について検討する」

「この点に関する原告らの主張は,要するに,A出生後,直ちに
小児科医による治療を受けられるようにすべき注意義務に違反し
た,また,Aに対し適切な蘇生措置を行うべき注意義務に違反し
たというものである」

「本件分娩においては,アトニンを投与した後の8月5日午後1
0時45分になって胎児心拍数上軽度徐脈が認められるに至った
が,それまでの間については,被告は,原告Bについても,胎児
についても,格別異常を認めていなかった。同日午後11時,被
告は,胎児心拍数が低下傾向にあると判断して,吸引分娩を開始
し,午後11時8分,Aを娩出させた。出生直後の呼吸数は40
回/分,心拍数は110回/分であった」

「Aは,午後11時11分ころ初めて啼泣したが,弱いものであっ
た。呼吸停止,心停止はなく,出生後間もなくの間のAのアプガー
スコア自体はさほど低くなかった(この点に関し,原告C作成の
陳述書・・・中には,普通の赤ちゃんのようには泣かなかったが,
見た目には色つやも良かった旨の記載がある。)が,自発呼吸が
やや弱いと感じられたため,ジャクソンリースにより酸素投与を
開始した」

「午後11時35分,Aの呼吸数は60回/分,心拍数は140
回/分と多呼吸になった。被告は,ジャクソンリースによる酸素
投与を引き続き行い,経過観察をしたが,呼吸数の低下がみられ
なかったため,転医を考え,市民病院に連絡したが,O−157
による病棟閉鎖のため断られた。そこで,被告は,共済病院に連
絡し,受入れの内諾を得,翌8月6日零時37分救急車の出動を
要請し,零時40分ころ到着した救急車に同乗して,車中でも自
ら酸素投与を行いながら,Aを共済病院に搬送した。零時46分,
共済病院に到着したが,その時点におけるAの動脈血酸素分圧は
99.5と正常値を示していた」

「ところで,被告は,当時,医師免許取得後23年余りの経験を
有し,その間,A医科大学において麻酔科及び救命救急センター
に勤務して,その業務に従事したり,B病院の産婦人科に勤務し
たりした経験も積んでいた」

「本件が深夜帯の出来事であったこと,さらには,共済病院に搬
送された時点におけるAの動脈血酸素分圧が99.5と正常値を
示していたこと等を総合的に考察すると,被告について,(ア) 小
児科医による治療を受けさせることが遅れたとの注意義務違反が
あること,(イ) Aに対し適切な蘇生措置を行うべき注意義務違反
があること(具体的には,十分な酸素供給を行わず,また,気管
挿管も行わなかったこと)を基礎付ける具体的な事情を認めるこ
とはできないというべき」

「してみると・・・,原告らの主張は,いずれも採用できない」

■被告の過失とAの脳障害との間の因果関係の有無について

「Aは,8月6日零時46分に共済病院に搬送された時点で,ミ
オクローヌス及び易刺激性が認められ,新生児であれば持ってい
るべき原始反射がほぼ消失し,上肢の筋緊張が低下していた。ま
た,いわゆる逸脱酵素の測定値も高かった。胸部レントゲン,心
エコー,頭部超音波の各検査の結果,いずれも異常がなく,先天
性の心疾患や脳疾患は認められなかった。Aを診察したD医師は,
上記のような多彩な神経学的症状及び逸脱酵素の上昇等から低酸
素性虚血性脳症を疑った。翌7日の頭部CT検査の結果脳浮腫が
認められた」

「そして,同月9日転院した大学病院では,当初,ミオクローヌ
ス,易刺激性,上肢緊張低下,高ビルビリン血症,脳蓋内圧亢進,
低ナトリウム血症,原因不明のアシドーシス等を呈しており,全
身のけいれんも認められた。翌10日,担当医は,アプガースコ
アは低くなかったが,新生児仮死があったと考えられる旨判断し,
また,Aが呈している全身のけいれんの原因について,(1)低酸素
性虚血性脳症,(2)脳梗塞,(3)低ナトリウム,(4)頭蓋内出血を疑
い,(1)及び(2)については状態が落ち着いた段階でMRI検査を
し,(4)については頭部エコー検査により経過を観察することにし
た」

「同月30日にMRI検査を実施した結果,視床レンズ核,側脳
室周囲及び中心溝付近にT1短縮を認め,担当医は,これらすべ
てが低酸素性虚血性脳症の所見と合致すると診断した。また,9
月12日,それまでの診療経過に基づいて,大学病院母子医療セ
ンターの医師は,『新生児仮死,低酸素性虚血性脳症』と診断し
た」

「そして,Aは,同月24日,けいれん発作がみられず,自律哺
乳も確立したことから,大学病院を退院した」

「平成13年1月17日,大学病院小児科・F医師は,『新生児
仮死による低酸素性脳障害,それによる知能障害,脳性麻痺,症
候性点頭てんかん』と診断した。なお,同医師は,その診断書の
中で,前年8月30日のMRI検査の結果について,『大脳基底
核と視床の萎縮と信号異常を示す。大脳運動野を中心とした皮質
の一部にも萎縮と信号異常を認める。これらは新生児仮死などに
よる重篤な低酸素性脳障害に特徴的な画像所見である』旨記載し
ている」

「・・・診療経過を総合すれば,Aがその出生後呈していた脳障
害は,後医である共済病院及び大学病院の医師らが診断したよう
に,低酸素性虚血性脳症であると推認するのが相当である」

「そして,その低酸素性虚血性脳症の発症原因は,Aの分娩の過
程にあるものと認められる。その理由は,次のとおり」

「・・・8月6日にAについて実施された胸部レントゲン,心エ
コー,頭部超音波の各検査の結果,いずれも異常がなく,先天性
の心疾患や脳疾患は認められなかった。また,前記前提となる事
実摘示の原告Bの妊娠中の経過に照らすと,原告Bが,被告医院
に通院し診療を受ける過程において,特に胎児の先天性の異常を
疑わせるような症状は認められていなかったことが明らか」

「また,逸脱酵素の一つであるCKの値(標準は200程度)は,
仮死が全身臓器に及ぼした影響を反映しており,原因事実が生じ
た後ピークに達するのに1日程度はかかるところ,Aについては,
共済病院に転医当初から高値を示しており(入院時981,同日
朝4914),ピークに達したのは翌8月7日朝(36867)
であった。なお,上記8月7日の検査に関するリボ蛋白分画検査
報告書によれば,CPKアイソザイムにおいて,脳障害等で典型
的に上昇する分画であるBBの占める比率が0%であり,他のM
Bが9%,MMが91%となっているため,上記検査結果が直ち
に脳障害を示唆するものとはいえないが,少なくとも,全身臓器
に対する影響の程度を示しているものと認められる」

「ところで・・・,被告医院における分娩の経過によれば,8月
5日午後10時22分にアトニンの投与を開始し,その後午後1
0時45分に胎児心拍数が116回/分(軽度徐脈)に低下し,
午後11時には更に108回/分(軽度徐脈)に低下したので,
被告が,胎児心拍数が低下傾向にあると判断して,吸引分娩に着
手し,午後11時8分に娩出するに至ったことが明らかである。
本件分娩の過程では,これ以外には格別の異常は認められていな
い」

「そして,アトニンについては,添付文書上,プロスタグランジ
ン製剤と前後して投与する場合に過強陣痛を起こすおそれがある
ことが警告されていた。その理由,機序等に関しては,両剤を前
後して使用する場合には,両剤の有する子宮収縮作用が併用によ
り増強されるため,過強陣痛を起こすおそれがある旨及び同薬剤
の感受性は個人差が大きく,少量でも過強陣痛になる症例も報告
されているので,ごく少量の点滴から開始し,陣痛の状況により
徐々に増減すべき旨が,添付文書上明記されていた。そして,証
拠によれば,プロスタグランジン製剤を投与した後,一定時間後
にオキシトシン製剤を投与すると,子宮収縮は,その追加量で起
こる薬剤以上の収縮増強を示すことが電気生理学的にも証明され
ており,この現象は,プロスタグランジン製剤が細胞内にとどま
り,潜在的収縮促進作用を持ち続けるためであると考えられてい
ることが認められる」

「しかるに,被告が,当日,5錠目のプロスタグランジンE2を
午後10時に投与した後に,午後10時22分からアトニン5単
位の点滴投与を開始し,しかも,当初,2ないし3m単位/分の
速度で投与したこと,そして,それにもかかわらず被告が適切に
分娩監視をしなかったことについて過失が認められる・・・」

「以上の認定説示を総合的に検討すると,Aに生じた低酸素性虚
血性脳症の原因事実は,その分娩の過程,特に,上記認定のアト
ニンの投与にあるものと推認するのが相当」

■損害額

「以上認定・説示したところによれば,被告は,適切な医療行為
を受けていたならば上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の
可能性を侵害されたことによってAが被った損害を賠償すべき」
であり,その損害額は300万円が相当
・原告らは,この2分の1である150万円ずつを相続により取得
・弁護士費用は20万円が相当

■判決主文

1 被告は,原告らに対し,各金170万円及びこれに対する平成
12年8月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
<以下略>