判例速報

※この記事は、2006-07-28にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,腹部大動脈瘤破裂で死亡したA(仕事を休むわけには
いかないと入院に難色を示した等の経緯あり)の弟で唯一の相続
人である原告が,医師において転医義務違反があったとして損害
賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所

H18.03.24 さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)第1621号損害賠償請
求事件

■当事者

・Aは,昭和22年生まれの男性であり,平成14年2月8日死
亡。原告はAの弟。Aには,原告のほか,B・C・Dの兄妹がい
た。B,C及びDは,平成14年6月26日,さいたま家庭裁判
所に対し,相続放棄の申述をしており,原告がAの唯一の相続人
である。

・被告は,埼玉県川口市において,被告病院を開設。被告病院は,
腹部大動脈瘤の手術を行う設備及び人員を有していない。Xは,
平成5年3月に川崎医科大学を卒業後,東京女子医科大学附属病
院救急救命センター救急医学講座に入局し,以降,牛久愛和総合
病院や室蘭太平洋病院などへの出向も含め,平成11年7月まで
救急医療に携わった。その後,整形外科に転科し,平成13年3
月から平成15年10月まで被告病院に出向していた。Xは日本
救急医学会専門医のほか,日本外科学会認定医,日本医師会産業
医の認定を受けている。


■診療経過

・2月3日,A,被告病院を受診。当直のY医師に対し,昼ころ
から右腰痛があると訴えた。Y医師は,一応筋肉痛と診断したが,
日曜日で時間外であったため,Y医師は,痛み止め(オムゼン,
ソレルモン,リンゲリーズ)と湿布薬(インテナース)を投与し,
明日整形外科で正式に診察を受けるように指示。

・2月4日夕方,Aは,診療時刻終了間際になって,被告病院を
受診。Xは,腰痛の検査として行ったMRI検査の際,腹部大動
脈瘤を発見。急遽,造影剤を投与して,CT検査を実施。検査の
結果,Aの腹部大動脈瘤の径の大きさが約7センチメートルであ
ること,造影剤が腹部大動脈瘤から腹腔内に漏れだしていないこ
とが認められた。Xは,このCT検査の結果から,腹部大動脈瘤
の切迫破裂のおそれはなく,緊急手術の必要はないものと判断。

・Xは,入院するよう勧めたが,Aは,仕事を休むわけにはいか
ないと入院に難色。Xは,腹部大動脈瘤の径の大きさが約7セン
チメートルであり,手術適応であるとともに万一運転中に破裂し
た場合にはタクシー運転手という職業柄自動車の運転には危険が
伴うことなどを説明して,入院するよう説得し,A承諾。その際,
Xは,被告病院には腹部大動脈瘤の手術のための設備も人員も備
わっていないため,これを備えている東京女子医大病院への転医
が必要であると考えており,Aに対し,その旨説明。Aは,自分
だけでは決められないと述べた。Xは,症状が進行的ではなく,
2,3週間は手術を猶予してもよいと判断し,これ以上の説明を
しなかった。Xは,Aに対し,禁煙をするよう指示したほか,療
養方法の指示は行わず,投薬もしなかった。Aは,午後7時の入
院時,血圧が159/83で,右大腿から膝にかけて自制できる
程度の疼痛を訴えていた。Aは,独りでふらつくことなく歩いて,
病室に入った。

・2月5日,Aは,午前6時ころ,午後1時ころ,午後8時ころ
にそれぞれ看護師に対し,右大腿部痛があると述べた。胸部レン
トゲン検査,腹部レントゲン検査及び胸部CT検査を実施。Xは,
Aを東京女子医大病院血管外科へ転医させることを考え,紹介状
を作成する予定とした。午後7時30分ころ,Xは原告・C及び
Dに,転医の必要があると説明。東京女子医大,川口市立医療セ
ンターなど複数の候補を挙げた。原告らは,ちょっと待ってくだ
さいと述べ,転医先を決めなかった。Xは,緊急手術の必要はな
いと考えており,原告らの意向を待って,転医先を決めることに
した。原告,C及びDは,被告病院を出た後,Aの転医先につい
て話し合い,Aの身の回りの世話を考えて,住居に近い川口市立
医療センターへの転医を申し出ることとし,午後8時30分ころ,
被告病院に電話し,川口市立医療センターに転医させるよう依頼
した。

・2月6日水曜日,Aは,午前6時ころに看護師に対し,右大腿
部痛を訴え,夜間眠れなかったと述べた。Aは,午前8時ころ,
看護師に対し,自制できない右大腿部痛を訴えた。看護師は,Z
医師から指示を受けて,消炎鎮痛剤であるインダシン50ミリグ
ラム坐薬1個を手渡し,使用させた。Aは,その後,インダシン
坐薬の副作用で,血圧が低下するなどショック状態に陥ったが,
処置によって回復した。なお,インダシン50ミリグラム坐薬の
通常の使用量は1個である。被告病院循環器内科のV医師は,同
日,Aを診察し,大動脈瘤切迫破裂のおそれはないと診断した。
Aは,その後,午後1時ころ及び午後8時ころの2回にわたり,
右大腿部痛を訴えたが,いずれも自制できる範囲内であった。こ
の日,Bは,Z医師と面談した。Bは,Z医師に対し,虎の門病
院を受診させたい,明日,Xと相談して決めると話した。

・2月7日午前5時ころ,看護師に対し,左足の疼痛を訴えた。
鎮静剤であるアタラックスPが2分の1アンプル投与された。A
は,Xに対し,腰痛はあるが変化はない,夜間眠りたいと述べた。
右大腿部の症状は,しびれがあったりなかったりで,はっきりし
なかった。

・午前11時ころ,自制できない右大腿部痛を訴えた。鎮静剤で
あるセルシン2分の1アンプルが投与された。

・午後2時にも疼痛を訴え,鎮痛剤であるレペタンが1アンプル,
鎮静剤であるアタラックスPが1アンプル投与された。できるだ
け安静にするように指示。

・Aは,午後8時に右大腿部痛を訴え,寝る前に注射してほしい
と訴えた。Aは,午後9時,自制できない大腿部痛を訴えた。レ
ペタンが1アンプル,アタラックスPが1アンプル投与された。
なお,鎮痛剤であるレペタンの通常の使用量は1アンプルである。

・2月8日,Aは,午前5時5分ころ,ナースコールし,ベッド
から下りたところ,腹痛が現れたと訴えた。Aは,冷や汗があり,
顔色が悪く,血圧は,上が70から80,下は測定不能であった。
医師は,川口市立医療センターの担当医が処置中で受入れができ
ないため,東京女子医大第2病院に連絡をとり,Aを搬送するこ
とにした。

・Aは,午前5時30分ころ,被告病院を救急車で出発し,午前
6時ころ,東京女子医大第2病院に到着した。Aに対し,開胸心
臓マッサージ,大動脈遮断などの処置がされたが,午前7時38
分に死亡確認。死亡原因は腹部大動脈瘤破裂。

■転医義務違反について

「Aの腹部大動脈瘤は径7センチメートル大で手術適応があり,
かつ,コンテインド・ラプチャーの形態で以前破裂したことがあっ
たこと,Aのようなコンテインド・ラプチャーの場合,いずれ再
破裂する危険性があり,その時期を予測する方法は確立されてい
ないこと,腹部大動脈瘤が破裂した場合の死亡率が非常に高い
(80パーセント以上)のに対し,破裂前の手術死亡率は格段に
低いこと(5パーセント未満),したがって,速やかに手術を行
うべきとされていることが認められる」

「また,同様に,腹部大動脈瘤の手術を行うには所要の検査を事
前に行う必要があり,その検査には早くとも3,4日を要するこ
と,仮に腹部大動脈瘤が破裂した場合には,(1)急性期の内科的治
療,(2)造影CT検査,胸部レントゲン撮影,心電図検査及び各種
超音波検査など必要な検査,(3)手術の準備の3点を迅速に行うこ
とが必要であること,被告病院は,上記のような腹部大動脈瘤破
裂の治療を行う設備及び人員を有していないことが認められる」

「以上によれば,2月4日にXがAを診察した時点において,A
に緊急手術の必要がないとしても,できるだけ速やかに手術を受
けさせる必要があり,手術に備えて前記に必要な諸検査を行うと
ともに,また,腹部大動脈瘤が破裂した場合に備えて必要な処置
を迅速にとることができる体制を整えておく必要があったものと
認められる。したがって,被告病院において,これらの手術及び
これを前提とする医療措置を行うことができない以上,Xとして
は,腹部大動脈瘤の手術を行うことができ,Aを受け入れること
のできる医療機関を自ら探すとともに,A及びその親族に対し,
早期の転医があることを説明して,承諾を得るよう努め,Aをで
きる限り速やかに転医させるべき義務があったというべき」

「次に,Xの転医義務違反の有無につき,検討する」

「・・・Xは2月4日の時点において東京女子医大病院への転医
を考慮したこと,Xは,2月5日夜,原告C及び原告Dと面談し
た際,転医先の候補を挙げて,原告らにおいて転医先を選択する
よう述べたこと,Cは,同日,被告病院に電話でAを川口市立医
療センターに転医させるよう依頼したこと,Bは,2月6日のZ
医師との面談の際,Aを虎の門病院に入院させてほしいととれる
発言をしたこと,Xは,2月7日,川口市立医療センターに連絡
を取り,Aを受け入れるよう依頼したことが認められる」

「以上によれば,Xは,Aの腹部大動脈瘤の手術につき,2,3
週間猶予してもよいと判断しており,A及びその親族に対し,速
やかに転医するよう説明をしたとは認められず,Aをしてできる
限り速やかに転医させる措置を講じたとは認め難く,上記転医義
務を尽くしたものとはいえない」

「なお,上記認定のとおり,Aの兄妹において,Aの転医先につ
いての意見が必ずしも一致していない事実も認められ,これがA
の転医が遅れる一因となったことも否定できない。しかし,早期
に転医させる必要がある以上,Xにおいて,Aに速やかな転医が
必要な具体的な事情を説明するとともに,転医先として候補先の
病院を選定した上,速やかに転医するよう説明すべきであり,こ
のような説明がされたことが主張・立証されていない以上,転医
の遅れをA側の落ち度と見ることはできない」

「よって,その余の点について判断するまでもなく,Xにおいて,
2月4日の時点で,Aを腹部大動脈瘤の手術が可能な医療機関に
できる限り速やかに転医させる義務があり,Xにはこれを怠った
過失がある」

■因果関係について

「・・・腹部大動脈瘤の患者に,腹痛,腰痛,悪心,嘔吐その他
の腹部圧排症状が現れ,これらの症状が,腹部超音波検査又はC
T検査などにより,腹部大動脈瘤によるものと認められる場合に
は,緊急手術の適応とされているから,Aにそのような生じたか
否かについて検討する」

「・・・Aは,被告病院に入院後一貫して,腹痛を訴えており,
そのほか大腿部痛を訴えていたこと,2月6日午前8時には自制
できない大腿部痛を訴え,鎮痛剤であるインダシンの投与を受け,
翌7日にも,午前5時,午前11時,午後2時,午後9時に自制
できない大腿部痛を訴え,それぞれ,鎮静剤,鎮痛剤が重ねて投
与されていたことが認められ,これら一連の経緯に照らせば,A
の訴える痛みは次第に憎悪していたものと認められる」

「被告は,原告のこれらの痛みがあいまいなものであったと主張
し,その根拠として,医師の診察の際に痛みがはっきりしない旨
述べていたことを挙げている。しかし,腹部大動脈瘤による場合,
痛みが強まったり,弱まったりすることは,証人Gの証言からも,
ありうることであり,自制できない痛みがあったこととは矛盾し
ない」

「そこで,これらの症状と腹部大動脈瘤との関連性について検討
するに,上記痛みの程度に加え,前記認定のとおり,Aの腹部大
動脈瘤が,コンテインド・ラプチャーであること,コンテインド
・ラプチャーにおいては,腰痛及び大腿部痛に注意すべきであり,
これらが憎悪したときは手術を考慮すべき場合があり得ることを
考えると,これらの症状は腹部大動脈瘤に起因するものであった
と認められる。以上によれば,Aが腹部大動脈瘤の手術が可能な
医療機関に転医していれば,Aの腹部大動脈瘤は,遅くとも7日
午後9時までには緊急手術の適応として,手術を行う判断がされ
たものと認められる」

「以上のとおり,Aが腹部大動脈瘤の手術が可能な医療機関に転
医していれば,腹部大動脈瘤の緊急手術が行われ,Aが救命され
た高度の蓋然性が認められる」


■損害額
(1)逸失利益 2212万2490円
・基礎収入471万0170円
・労働可能年数13年(死亡時54歳,67歳まで)→ライプニッ
ツ係数9.3935
・生活費控除50パーセント
471 万0170 円×(1 − 0.5)× 9.3935 = 2212 万2490 円
(2) 慰謝料2000万円
(3) 弁護士費用350万円

■過失相殺について

「・・・A及びAの兄妹が転医先を速やかに決定しなかったのは,
Xから,早期の転医の必要性について具体的な事情を踏まえて説
明を受けなかったことによると認められ,これによれば,A側が
転医先を明確に指示しなかったことについて,過失相殺の前提と
なる過失があるとは認め難い」


■判決主文

1 被告は,原告に対し,4562万2490円及びこれに対する
平成15年8月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
<以下略>