判例速報

※この記事は、2006-08-07にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,平成11年11月27日被告医療法人C産婦人科にお
いて死産となった男児の両親である原告らが,同病院の理事長で
あると同時に同病院に雇用されて勤務する医師である被告Dの診
療上の過失を主張して損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所

H18.5.23 松山地方裁判所平成13年(ワ)第134号損害賠償請求事件

■当事者

・原告Bは平成11年11月27日,被告病院において夫の原告
Aとの間の子である男児を出産(死産)。

・被告医療法人C産婦人科はC産婦人科を開設する医療法人であ
り,被告Dは同病院の理事長であると同時に同病院に雇用されて
勤務する医師。


■診療経過

・原告B(昭和44年日生)は,4月14日に被告病院で妊娠と
診断された当時,29歳の初産婦であり,分娩予定日が12月1
0日と診断され,それ以降被告病院に通院して被告医師の診察を
受けた。9月28日,10月21日の来院時には骨盤位となって
いたが,10月27日以降は頭位となっており,ほかに異常はな
かった。

・11月19日,午後10時50分,原告Bは腹部緊迫(陣痛で
あるか否か争いがある。以下の腹部緊迫につき同様)を訴えて被
告病院を訪れ,この際には出血も認められた。被告医師による内
診では,子宮口は未開大(閉鎖)であったが,原告Bはそのまま
入院することとなった。また,この際,ボルタレン坐薬1個が使
用された。

・11月20日,午後3時45分の内診で,子宮口は1センチメー
トル開大していた。また,外来での超音波検査で本件胎児の推定
体重は約3000グラムと予想された。

・11月23日,出血は治まり,多少の腹部緊迫はあったが,子
宮口が硬いため,頸管熟化剤であるレボスパ200ミリグラムを
朝,昼,夕と静注した。午後3時30分の内診では,子宮口は3
センチメートル開大していた。

・11月24日,午前1時ころ,E看護婦が巡回した。午前3時
ころ,原告Bはボルタレン坐薬1個を使用した。原告Bは,朝,
F看護助手から陣痛誘発剤であるプロスタE錠を渡され,以降,
1時間ごとに6回服用した。また,骨盤2方向のレントゲン検査
が行われ,CPD(児頭骨盤不均衡)の疑いはなく,被告医師は
胎児は通過できるものと判断した。午後7時50分ころ,被告病
院婦長(助産婦)が内診し,子宮口は3ないし4センチメートル
開大していた。また,午後10時30分,原告Bはこの日2個目
のボルタレン坐薬を使用した。

・11月25日,朝,昼,夕の3回,レボスパ200ミリグラム
が原告Bに静注された。午後9時ころにはG看護婦の巡回があっ
た(この際,原告Bが同看護婦に対して破水したようである旨を
申し出たか否かには争いがある)。午後10時15分には原告B
はボルタレン坐薬1個を使用した。

・11月26日,朝,昼,夕の3回,レボスパ200ミリグラム
が原告Bに静注された。午前10時45分,原告Bはボルタレン
坐薬1個を使用した。午後5時ころ,被告医師の内診があり,子
宮口は4センチメートル開大していた。また,被告医師は,原告
Bに対し,おりものが多いので洗浄・消毒すると言った。

・午後6ないし7時ころ,原告Bが看護婦詰め所を訪れて看護婦
らと話をしたが,その際,帝王切開に関する話題が出た(原告B
が帝王切開をしてほしい旨申し出たか否かには争いがある)。

・午後7時ころ,原告Bはボルタレン坐薬を使用した。また,午
後9時30分ころから10時ころにはNST(分娩監視装置によ
る検査)施行。

・11月27日,午前5時55分ころ,原告Bは腹部緊迫が5分
間隔になったことを当直のH看護婦にナースコールした。午前6
時25分ころ,被告医師が原告Bの内診を行ったところ,子宮口
は4センチメートル開大していた。また,体温も38度4分あっ
たことから,被告医師は子宮内感染防止及び他の感染症治療のた
め抗生剤であるケニセフ1グラムを朝,夕,静注の指示を出した。

・午前6時30分ころから午前7時20分ころまで,NSTを施
行したが,この際,H看護婦は,ドップラーを使って児心音を探
して分娩監視装置を装着した(なお,このころ被告病院には,も
う一人の出産予定患者が来院していた。午前8時26分ころ,被
告医師が指示を出していたケニセフ1グラム,レボスパ200ミ
リグラムが静注された)。

・午前9時30分,被告医師が内診したところ,子宮口は4ない
し5センチメートル開大し,陣痛間隔は2ないし3分であった。
午前10時30分ころ,NSTを施行したが,児心音を確認する
ことができなかったため,報告を受けた被告医師が超音波検査を
したところ,胎児の心臓が停止していることが確認された。また,
内診の結果,子宮口は6センチメートル開大していた。

・午後零時ころ,分娩室に移り,午後2時31分,本件胎児を経
膣的に分娩したが死産であった。

・本件胎児は,体重3834グラム,身長54センチメートルで,
所見は前胸部,前腕部に皮膚剥離が認められ,羊水がやや混濁し
ていたが,胎便の混入は認められなかった。また,腹部がやや膨
満していた。被告医師は,同日,原告Aの両親,兄,原告Bの両
親に対し,本件胎児の死亡原因としては,未知の感染症か,内臓
の異常が考えられると説明した。

■本件胎児の死亡原因

「・・・11月24日までは本件胎児に特段の異常所見は認めら
れなかったにもかかわらず,同月26日になって本件胎児に,低
酸素状態に陥った異常所見とされる一過性徐脈ないしその疑いが
出現し,同月27日午前10時30分ころに本件胎児の心停止が
確認されていること,原告Bは,被告病院に入院した11月19
日午後10時50分にボルタレン50ミリグラムの投与を受けた
ほか,同月24日午前3時及び午後10時30分,同月25日午
後10時15分,同月26日午前10時45分及び午後7時にも
それぞれボルタレン50ミリグラムの投与を受けていること,原
告Bの出産予定日は12月10日とされており,上記各ボルタレ
ン投与はいずれも原告Bの妊娠後期にされたものであること,ボ
ルタレンは,本件胎児の動脈管を収縮・閉鎖させる作用を有して
いて,妊娠中の投与には胎児の動脈管閉鎖による胎児死亡の危険
性が存し,特に妊娠後期にはその危険性が増大するとされている
こと,平成11年11月に改訂されたボルタレンの添付文書には,
妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には禁忌であり,妊娠中
の投与により胎児に動脈管収縮・閉鎖,徐脈,羊水過少が起きた
との報告や胎児が死亡した例があるとの報告がされている旨が記
載されるとともに,成人に対しては通常1回25ないし50ミリ
グラムを1日1ないし2回投与するが,年齢・症状に応じて低用
量投与が望ましい旨が記載されていることが認められる。これら
の各事実によると,11月24日までは本件胎児に特段の異常所
見がなかったにもかかわらず,同月24日から同月26日にかけ
て,妊娠後期の妊婦であった原告Bに対し,前記のような作用と
危険性を有し妊婦には禁忌とされているボルタレンが,連続的に,
しかも,通常使用の範囲内であるとはいえ,その上限とされる量
が投与され,連続的投与の開始の翌日から前記ボルタレンの薬理
作用に符合する一過性徐脈ないしその疑いが胎児に出現するとと
もに,最終投与からわずか15時間余り後に胎児が心停止に至っ
ているということができる。以上の点に,鑑定人Iが,本件胎児
の死亡原因が明らかでないとしながらも,ボルタレンの投与が本
件胎児の死亡原因となった可能性がある旨を指摘していること,
他に本件胎児の死亡原因となりうる具体的事情が見当たらないこ
とを併せ考慮すると,本件胎児の死亡原因は,被告医師によるボ
ルタレン投与であると推認するのが相当」

■ボルタレン坐薬を不適切に使用した過失の有無

「平成10年7月改訂のボルタレンの添付文書には,妊娠中の投
与に関する安全性は確立していないので,妊婦又は妊娠している
可能性のある婦人には,治療上の有益性が危険性を上回ると判断
される場合にのみ投与すること,妊娠末期に投与したところ,胎
児循環持続症(PFC)が起きたとの報告があるので,妊娠末期
には投与しないことが望ましいこと,妊娠末期のラットに投与し
た実験で,胎児の動脈管収縮が報告されていること,子宮収縮を
抑制することがあること,腰痛症などの鎮痛・消炎や緊急解熱と
いった効能があることの記載がある」

「また,平成11年11月当時,産婦人科医の間では,ボルタレ
ンは妊娠末期にはできるだけ使用を控えようとされており,例え
ば,妊婦の39度を超えるような高熱により胎児が危険な状態に
あり,これを回避するために使用する場合のような,有益性が危
険性を上回る場合にのみ使用すべきであり,その場合でも,胎児
動脈管閉鎖の可能性を念頭に置いて連用は避けるべきであるし,
使用する場合には超音波で動脈管の径を測りながら使用をするの
が望ましいとされていた」

「被告医師は,平成11年11月当時,ボルタレンは妊娠末期に
は使用しないことが望ましいということについて認識はしていた
が,妊婦が強い腰痛や関節痛を訴える場合には使用し続けていた。
そして,原告Bに対しても,同人が強い腰痛を訴えたことから,
痛み止めとしてボルタレンを・・・のとおり6回使用した」

「被告医師は産婦人科医として原告Bの診療に当たっていた者で
あるところ,平成11年11月当時に被告医師が認識し得た医学
的知見を基礎として,医薬品の処方,投与については,副作用に
よる悪い結果を防止するため,医療上の知見に従い,副作用の発
現に留意しつつ行うべき注意義務を負っていたものである。そし
て,原告Bは妊娠末期であり,平成10年7月改訂のボルタレン
の添付文書によると投与しないことが望ましいとされている者に
該当すること,妊娠末期の原告Bに投与すると胎児動脈管閉鎖に
より胎児が死亡する危険性があり,他方,ボルタレンの投与によ
る有益性は原告Bの腰痛が緩和されるというものにすぎず,妊婦
の腰痛の緩和が胎児死亡の回避を上回る有益性を有するというこ
とはできないことなどに鑑みると・・・,平成11年11月当時
に被告医師が知り得たと認められる医学的知見を前提としても,
被告医師には・・・,原告Bに対してボルタレンの使用を避ける
か,少なくとも,胎児動脈管閉鎖を念頭に置いて連続投与を避け
るべき注意義務があったということができる。それにもかかわら
ず,被告医師は・・・,原告Bに対して漫然とボルタレンを連続
投与したものであり,上記注意義務に違反したというべき」

「よって,(引用注:原告主張の他の争点について)検討するま
でもなく,被告医師には過失があったと認められる」


■損害額

「本件胎児は,原告らにとって,初めての子供であり,出産直前
まで健全に成長してきたのであるから,原告Aは父親として,原
告Bは母親として,本件胎児の出産に対する期待が高まっていた
状態にあったと推認することができる。そうだとすると,原告ら
は,本件胎児の死亡によって,新生児が死亡した場合にも比肩す
る精神的損害を被ったものと認定するのが相当である。さらに,
妊婦である原告Bは,妊娠,分娩における苦労や苦痛があったこ
とにかんがみれば,その被った精神的苦痛は,原告Aの被った精
神的苦痛と比べて大きいものと認めるのが相当である。そして,
被告医師の注意義務違反の態様,程度その他諸般の事情をも総合
考慮すると,原告らに対する慰謝料の額は,原告Aにつき250
万円,原告Bにつき500万円とするのが相当」

「本件と相当因果関係のある弁護士費用の額は,原告Aにつき2
5万円,原告Bにつき50万円と認めるのが相当」

■判決主文

1 被告らは,原告Aに対し,連帯して,金275万円及びこれに
対する平成11年11月27日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。

2 被告らは,原告Bに対し,連帯して,金550万円及びこれに
対する平成11年11月27日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。

3 原告らのその余の請求を棄却する。
<以下略>