判例速報

※この記事は、2006-08-10にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,大学の附属病院で出産した児に,精神運動発達遅延,
脳性麻痺等の後遺障害が生じたことについて,上記後遺障害は,
同病院医師らの分娩監視体制が不十分で,帝王切開術の施行時期
を逃して病室のベッド上で分娩させ,また,分娩後の新生児に対
する適切かつ十分な措置を行わなかったなどの医療過誤があった
と主張し,児及びその両親が,同病院の設置者である被告に対し
て損害賠償を求めたが,同病院医師らに過失がなかったとして原
告らの請求を棄却した事案です。


■年月日・裁判所

H18.5.30 甲府地裁 平成11年(ワ)第236号・平成13年
(ワ)第499号医療過誤による損害賠償請求事件

■当事者

・原告Aは,原告B及び原告Cの子である。

・被告は,山梨県内において被告病院を設置,運営し,平成16
年4月1日以降国立大学法人となったものであり,被告病院開設
者としての国の地位を承継

■診療経過

・原告Cは,平成2年3月16日,被告病院産婦人科において不
妊等に関する診察を受け,諸検査の結果,機能性の原発性不妊症
と診断された。その後,被告病院は,原告Cに対し,配偶者間人
工授精法を5回施行し,平成3年4月には配偶子卵管内移植法を
施行したがいずれも妊娠するに至らなかった。さらに,被告病院
は,原告Cに対し,平成3年10月から平成4年10月までの間,
8回にわたり,排卵誘発を行ったものの妊娠に至らなかったこと
から,体外受精胚移植法を施行し,平成5年7月12日,妊娠を
確認した(同日時点で妊娠4週5日,分娩予定日平成6年3月1
6日)。

・原告Cは,被告病院において,平成5年7月19日から同年1
2月13日までの間,7回にわたり,定期的妊婦健康診査を行っ
たが,母体及び胎児(原告Aのこと。以下同じ。)の妊娠経過に
異常症状ないし徴候は認められなかった。

・原告Cは,平成5年12月20日(妊娠27週5日)及び同月
24日(妊娠28週2日),性器出血を訴えて被告病院で診察を
受け,特に同月24日は,子宮口は閉鎖していたが,分娩監視装
置(胎児の心拍数と子宮収縮の状態を経時的に記録する装置のこ
と。)による検査において,20分間に2回の子宮収縮が認めら
れた。この際,被告病院の医師は入院による治療を勧めたが,原
告Cがこれを希望しなかったため,子宮収縮抑制剤(塩酸リトド
リン)の経口薬が処方された。

・原告Cは,昭和31年生まれの女性であるところ,平成2年3
月16日,不妊を主訴として被告病院産婦人科を受診し,機能性
の原発性不妊症と診断された。被告病院において,人工授精,排
卵誘発等の不妊治療を継続していたところ,体外受精胚移植法に
よって,平成5年7月12日,妊娠が確認された(同日時点で妊
娠4週5日,分娩予定日平成6年3月16日)。

・原告Cは,平成5年7月19日,8月2日,同月23日,9月
20日,10月18日,11月15日,12月13日,被告病院
においてL医師による定期的妊婦健康診査を受け,その間,母体
及び胎児の妊娠経過に異常症状ないし徴候は認められなかった。
その後,同月20日(妊娠27週5日)に性器出血を訴え,被告
病院で診察を受け,同月24日(妊娠28週2日)にも前日から
性器出血があるとして被告病院で診察を受けた。診察の結果,子
宮口は閉鎖していたが,子宮収縮が認められ,AFI(羊水量イ
ンデックス)は8.4センチメートルで,胎児の胎動がみられた。
診察を担当したM医師は,原告Cに入院による治療を勧めたが,
原告Cは,これを希望しなかったことから,子宮収縮抑制剤(塩
酸リトドリン)の経口薬を処方され,自宅にて安静療養すること
となった。

・平成5年12月25日(妊娠28週3日),午前7時ころに破
水したとして,午前10時ころ,被告病院救急外来に来院し,前
期破水及び切迫早産との診断を受けて被告病院産科病棟に入院し
た。被告病院は,L医師を中心にM医師,N医師及びO医師らが
医療チームを組んで原告Cの処置に対応することとし,他にもP
医師,Q医師,J医師,F医師らが当直医などとして診察及び処
置に関わることがあった。

・原告Cの入院時における診察所見は,子宮口は閉鎖,展退度は
10パーセント,ステーションはマイナス3であり,分娩の進行
は認められないが,子宮収縮がみられ,分泌物は淡血性,水溶性
で中等量,AFI(羊水量インデックス)は16.6センチメー
トルであった。超音波検査によれば,胎児の推定体重は1389
グラムで,骨盤位(胎児の骨盤端が先進するもの。いわゆる逆子
の状態)と確認された。原告Cの治療方針は,子宮収縮抑制剤を
投与し,安静にして30週まで妊娠を継続することを目標とする
こと,陣痛が発来あるいは感染があれば帝王切開に切り替えるこ
ととされた。

・同日午前11時30分ころ,P医師は,原告Cと原告Bに対し,
原告Cが破水しているため,感染が起きたり陣痛が来てしまうこ
とが怖いこと,お腹の張りがみられるため陣痛が起こる可能性が
大きいこと,妊娠28週の現時点で胎児が生まれると生命の危険
があるため,お腹の張りを抑え,感染を防止するための処置を行
うこと,1週間位が山とみられ,お腹の張りが止まらないか,感
染が明らかになればお産にすること,お産になった場合,胎児が
骨盤位で小さいため経膣分娩は難しく,帝王切開をする方針であ
ること,子どもは小児科管理で,他病院に行く可能性もあり,現
時点では命に100パーセントの保障はできないことなどを説明
した。

・平成5年12月26日,原告Cには薬の副作用のため動悸がみ
られたが,触診時に腹部緊満は認められず,羊水も茶色のものが
少量付くとの訴えがなされるくらいであった。また,翌27日,
原告Cは,お腹の張りや硬さを訴えたが,触診時に下腹部緊満は
みられず,排便がないために腹部緊満が増強してくる可能性が考
えられた。茶色から褐色であった羊水が,赤い水っぽいものに変
化がみられたため注意が必要とされ,原告Cには安静が指示され
た。

・12月28日の夜から29日にかけて,原告Cの腹部緊満は3
分間隔,腹部痛は15分間隔となり,その後痛みは落ち着いたも
のの,なおも腹部緊満の増強には注意を要するとされていた。同
日午前6時28分ころから実施されたNSTによれば,子宮収縮
は,前半に3から4分毎,後半はさざ波様のものがみられ,胎児
基準心拍数は155から160bpmで,一過性頻脈が出現した
が,一過性徐脈はみられなかった。原告Cの自覚症状では,周期
的な張りはなく,疼痛もみられないなど改善がみられたが,切迫
症状の増強に対応するため,午前11時30分からは,ウテメリ
ン(塩酸リトドリン)に加え,同じく子宮収縮抑制剤であるマグ
ネゾール(硫酸マグネシウム)の投与が開始されることとなった。

・平成6年1月1日の朝にかけて,原告Cは,腰の痛みと腹部緊
満を訴えていたところ,午前6時25分ころから行われたNST
では,さざ波様の子宮収縮がみられた。午前8時から午後4時ま
での間には,赤色の羊水が多量に流出し,茶色の液体の混入も認
められた。混濁も疑われたが,その後,夕方から夜にかけて多量
の赤色の羊水があり,原告Cの訴えにも変化がなかったため,パッ
トの確認はされなかったものの,この時点での混濁はないものと
判断された。同日実施された超音波検査の結果によれば,胎盤後
血腫は認められず,カルテ上,「羊水は殆どなし羊ポ(羊水ポケッ
トのこと)1.2(センチメートル)」との記載がある。また,
午後9時ころには,原告Cの下腹部緊満感が増加し,2から3分
毎の子宮収縮が認められた。診察を担当したQ医師は,羊水の淡
血性,硫酸マグネシウムの副作用,子宮収縮の状態からして,あ
まり長期の妊娠継続は不可能との所見をカルテに示した。

・同月3日から4日にかけて,原告Cは,夜はお腹がよく張る,
張ると痛くて羊水が出るから心配であると訴え,午前1時ころに
は下腹部緊満感の増強を訴えた。同日午前0時57分ころから実
施されたNSTによれば,頻回に子宮収縮がみられ,原告Cは2
から4分毎に痛みを訴えたため,午前1時20分にはマグネゾー
ルを増量することとした。その後,痛みは3から5分毎になり,
午前2時ころにはインテバン50mgの挿入をし,その後,腹部
緊満は7分毎となるなどし,子宮収縮の間隔は次第に長くなり,
原告Cの状態も落ち着いた。

・同月5日,原告Cは妊娠30週に入った。同日はお腹の張りを
訴えることなく,午前6時30分ころから実施されたNST上も
子宮収縮が数回みられるくらいで,弱いさざ波様のものが主であっ
た。同日付けの看護計画表には,「切迫徴候増強し,内診所見も
明らかに進行している」とされ,「腹部緊満増強に注意必要」と
された。この時点で原告Cの治療方針は,安静保持にて妊娠32
週まで継続することを目標とし,切迫症状悪化の早期発見及び対
応が必要とされた。

・同月6日午前6時46分ころから実施されたNSTでは,50
分間弱の間に4から5回の子宮収縮とさざ波様のもの多数回が確
認されたが,触診では腹部緊満はみられないとされた。夕方から
夜にかけて,原告Cは,担当看護師に「夜こわいです。今日の夜
こえられますか。」と訴えた。午後7時20分ころから行われた
NSTの結果,子宮収縮が2から7分毎にみられ,午後8時ころ,
インテバン(坐薬)を挿入した。同日から翌日7日未明にかけて
の看護記録によれば,原告Cは,「お腹落ちつきました」「お腹
はる感じないです」と担当看護師に話しており,そのころの腹部
緊満はさざ波様であった。

・なお,同月6日午後9時45分ころ,Q医師が,被告病院から
長野県内の病院に対し,未熟児で生まれた場合,同病院新生児科
で引き取ってもらうことに関する打診を行った。

・平成6年1月7日,午前6時45分ころから実施されたNST
の結果によれば,子宮収縮は弱いさざ波様のものが主であった。
胎児心拍数には一過性頻脈がみられたが,胎児基準心拍数は概ね
150bpmくらいで推移した。また,午後4時ころまでの間,
原告Cは担当看護師に対し,お腹は落ち着いている旨伝えていた。

・原告Cは,同日の夕方以降,普段とは異なる腹部の強い張りを
感じ,遅くとも同日午後7時30分ころには,子宮収縮の増強に
伴う自覚症状の訴えがあったとして,当直医であったF医師にお
いて,NSTを実施し,経過観察を行うとの指示が出された。午
後7時39分ころから原告Cに分娩監視装置が装着されたところ,
これによれば,原告Cには2から3分毎の子宮収縮が認められ,
胎児心拍数にも,午後7時50分ころ(持続時間約30秒間,最
低心拍数約110bpm,午後8時ころ(持続時間約30秒間,
最低心拍数約135bpm),午後8時18分ころ(持続時間約
80秒間,最低心拍数約70bpm),それぞれ変動一過性徐脈
が認められ,午後8時47分ころにも軽度の徐脈(持続時間約2
0秒,最低心拍数約135bpm)がみられた。

・午後8時30分ころ,J医師は,胎児心拍数に上記のような一
過性徐脈がみられること,子宮収縮が増強しているとみられるこ
とをF医師に報告した。F医師は分娩進行の状態を確認するため,
内診をする方針とした。このころ,原告Cも陣痛の増強を感じ,
E助産師に医師を呼ぶよう要請した。その後,原告Cに対し,処
置室で医師の内診を行うことになったことが伝えられ,午後8時
50分ころ,分娩監視装置が外された(また,原告Cが内診のた
め処置室へ向かうこととなった午後8時51分以降の分娩監視装
置の記録は得られていないほか,午後9時39分ころ,再び分娩
監視装置の装着が試みられたが原告Cがお腹の張りや痛みを強く
訴え,装着可能な姿勢が保てないでいたため,不鮮明な記録しか
得られておらず,結局上記時間帯の胎児心拍数陣痛図の状態は不
明)。

・原告Cの分娩監視装置が外された後の平成6年1月7日午後8
時50分過ぎころ,原告Cは歩いて処置室に移動することとなっ
たが,トイレに行きたい感じがしたため,午後9時ころ病室を出
てトイレに立ち寄り大便を済ませた後,午後9時10分から15
分ころに処置室に入室した。午後9時15分,処置室においてF
医師が原告Cの内診を行った結果,子宮口は3.0センチメート
ル,展退度は100から90パーセント,ステーションはマイナ
ス2であることが確認された(なお,原告らは,同時点において
子宮口は全開であったと主張しているが,後記のとおり,これを
認めるに足りる的確な証拠はない。)。

・F医師は,原告Cの子宮収縮はこれ以上抑制できないものと判
断し,腹式深部帝王切開術を施行する旨決定し,原告Cの同意を
得た後,E助産師に方針を伝えた。F医師は,これまでの経過等
をふまえ,同日午後7時30分を陣痛発来時と判断し,午後9時
50分を手術室入室時刻とする旨決め,麻酔科医師及び手術室ス
タッフ等にその旨伝えた。

・E助産師は,手術準備のため,処置室にいた原告Cの手術部位
の剃毛を行った後,病室に移動させ,病室においてG看護師が手
伝って着替えをさせるなどした。

・同日午後9時30分ころ,F医師は,原告Bに対し,帝王切開
術を行うことの説明をした。

・原告Cが着替えを終えた後,午後9時39分ころ,G看護師が
ベッド上の原告Cに対して分娩監視装置を装着しようとしたもの
の,原告Cが陣痛の増強を訴えて四つん這いになるなど,混乱し
た状態となったため装着することができなかった。

・午後9時43分ころ,原告Cから股間に何か挟まったとの訴え
があり,G看護師が視診したところ,胎児の臀部が外陰部に下降
していることを確認した。G看護師は,状態を伝えるために医師
を呼びに病室を出たところ,F医師を見つけて報告をし,F医師
は直ちに病室に駆け付けた。F医師は,胎児の臀部が下降してい
ること,原告Cが混乱した状態であることから,帝王切開術では
なく,即時,病室において経膣分娩を行うこととし,その旨原告
Cに伝えた。

・同日午後9時45分ころ,F医師は,骨盤位娩出術(上下振子
1回)を実施し,これによって,午後9時46分,原告Cは病室
のベッド上で単臀位(骨盤位のうち,分娩時において胎児の臀部
が両下肢を上方に伸ばし,臀部のみが先進するもの)にて原告A
(1424グラム)を出産した。原告Aの出生後,F医師は,原
告Aの顔を下に向け,口腔内の羊水を出し,その後,マウス・ツー
・マウスで補助呼吸を行い,体をたたくなどの刺激を与えたとこ
ろ,原告Aは泣き声を上げた。F医師は,臍帯を結紮して切断し,
裸の状態の原告Aを抱えて第1分娩室まで走り,インファントウォ
ーマーに乗せた。なお,第1分娩室は,病室から通路沿いに,他
の病室,新生児室等を挟んだ同じフロア内にある。F医師は,第
1分娩室のインファントウォーマー上で,原告Aの気道を確保し
て酸素を投与し,気管内挿管をした。

・原告Aは,分娩1分後のアプガースコアが5点(心拍1点,呼
吸1点,筋緊張1点,反射1点,皮膚の色1点)であり,新生児
仮死の状態であった。なお,分娩5分後のアプガースコアについ
て,分娩記録には5分後8点との記載があり,小児科の入院診療
録及び母子手帳には5分後6点との記載がある。

・原告Aは,平成6年1月7日,娩出後の緊急処置が施された後,
被告病院小児科に入院した。入院時の体温は36.9℃,心拍数
は154bpm,呼吸数は40で,カルテによれば,午後10時
ころの心拍数は160bpm,呼吸数は50であった。小児科で
は,人工呼吸を開始し,新生児呼吸窮迫症候群の治療として肺表
面活性物質の投与を行うとともに,母体の破水後2週間が経って
いることから感染症予防のため抗生物質の投与を行うこととし,
緊急血液検査を実施した。同日のAPRスコア(感染症による炎
症の程度を示す指標)は0点であったほか,翌日の8日午前1時
15分に行った血液ガス検査の結果は,体温が37.0℃,H分
圧が7.363mmHg,CO2分圧が38.1mmHg,O2分
圧が149.7mmHgであった。

・ 同月8日,原告Aの血液検査の結果,総ビリルビン値(12m
g/dl),ヘマクリット(71.6パーセント)が高く,高カ
リウム血症,高ビリルビン血症,多血症が認められたことから,
部分交換輸血が施行された。その後,なおもビリルビン値が高値
のため,光線療法を施行した。同日午後10時ころの血液検査の
結果,総ビリルビン値は18.3mg/dlと上昇がみられ,高
ビリルビン血症の進行が認められたため,翌日の9日にかけて,
父親である原告Bからの交換輸血を行った。交換輸血の終了後,
約1時間が経ったころ,原告Aの上部消化管出血が認められたた
め,抗潰瘍剤の投与及び輸血が行われた。小児科のR医師は,原
告Bや原告Cに対し,部分交換輸血や光線療法について説明を行っ
た。同年1月9日ころの原告Aの問題として把握されたものは,
肺の発達の未熟性及び感染の可能性による呼吸障害等であり,治
療方針として,出血,カルシウム低下等への対応,気管支痙攣の
鎮静化,循環状態の安定を図ることが考えられた。また,看護に
当たっては,活気,呼吸状態,チアノーゼ,黄疸,出血傾向など
の有無を観察することとされた。同日,小児科のS医師は,原告
Bや原告Cに対し,原告Aは児の未熟性によりストレスに適応す
る能力が少ないこと,出生児仮死,前期破水など種々のストレス
に対応できず消化管出血を起こした可能性があり,ひとまず小康
状態であるが,容態が急変する可能性があることや,交換輸血や
光線治療等治療方針に関することなどの説明が行われたほか,原
告Bに対しては,未熟な点から将来的にも神経学的なところで後
遺症が残ることも考えられるが今は何とも言えないことなどが説
明された。なお,同日行われた頭部超音波検査の結果,右脳室拡
大を疑う所見が示された。

・その後も,原告Aは,高ビリルビン血症の処置のため光線療法
が続行され,合わせて,血液検査,血液ガス検査等を継続しつつ,
呼吸管理,循環動態の確認を行い,自発呼吸を促すための処置な
どが行われた。同月14日には,S医師から原告B及び原告Cに
対し,交換輸血の必要性や,多血症,高ビリルビン血症の及ぼす
後遺症等の危険性とその対応などにつき説明が行われた。

・原告Aは,同月27日にはミルクの注入を開始し,同年2月7
日以降は,被告病院眼科を受診し,網膜症の進行がないか約1週
間毎に継続して診察を受けることとなった。同年3月14日には,
原告Aの体重が1808グラムとなり,ミルクの経口哺乳も開始
された。

・原告Aの体重が2020グラムとなった同月24日,原告Aに
股関節開排制限の所見がみられたため,被告病院整形外科を受診
させることとした。受診の結果,両肢に軽度の開排制限,両側足
関節の底屈制限が認められたため,同科医師の指導のもと,包帯
固定などの治療を行い,以降も約2週間毎に再診を行うこととなっ
た。

・同月28日,R医師は,原告Cに対し,原告Aの下肢に痙性
(筋緊張が強く動きがにぶい状態)がみられること,周産期のス
トレスが運動発達に影響を及ぼす可能性があること,今後の運動
発達に注意しながら必要な対応をする旨説明を行った。

・その後,原告Aの状態は概ね良好で,同年4月19日,整形外
科受診の結果,両足関節底屈制限緩和がみられたため,包帯固定
をしないで様子をみることとされたほか,同月27日,体重も増
加して3062グラムとなり,眼科の診察においても外来での再
診でよいとされた。同月29日,原告Aは,体重3146グラム,
身長51.1センチメートル,頭囲36.5センチメートル,胸
囲34.0センチメートルとなり,同日退院した。

・ 原告Aは,平成6年5月11日に被告病院小児科神経外来を受
診した。この際,R医師は,原告Aの下肢の痙性,足関節の拘縮
等,音や光に反応し,笑う顔を見せることもあるが,固視がはっ
きりしないなどの症状を確認した。そこで同日,原告Cにリハビ
リテーションの受診を促すとともに,整形外科担当医に対して原
告Aのリハビリテーションに関する指導を依頼したが,そのころ,
原告Aのリハビリテーションへの受診はなかった。その後も小児
科外来において発育及び発達における定期的な経過観察に加え,
整形外科及び眼科への通院も継続された。経過観察中には,足関
節底屈制限の改善がみられたものの,下肢痙性や筋緊張の亢進が
あり,眼球の内転がみられるなどした。

・平成6年8月10日の外来診察の際,原告Aの追視に制限があ
り,眼球の急速に偏位な動きがみられることなどからリハビリテー
ションの実施を考えることとした。同年9月7日の外来診察にお
いては,原告Aに四肢の筋緊張の亢進や深部腱反射の亢進を認め
たため,脳性麻痺(混合型)の危険性ありと疑い,原告Cに説明
をし,H医療福祉センターにリハビリテーションを依頼すること
とした。原告Aは,同年10月6日から,H医療福祉センターで
のリハビリテーションを開始した。

・被告病院は,平成6年9月28日,原告Aの頭部CT検査を施
行したところ,脳萎縮と側脳室の拡大が認められた。同年10月
5日の診察において,原告Aには脳性麻痺(痙直型+アテトーゼ
型)があるとの診断がなされた。

・平成6年11月2日,原告Cは診察時に,原告Aに1か月位前
から眼球を回転させ首を前屈させる症状があり,1日4,5回み
られること,あまり笑わなくなったことなどを訴えた。同月4日
に脳波検査をし,同月9日に再診をすることとした。脳波検査の
結果,原告Aはウエスト症候群(点頭てんかん)と診断された。
原告Aにはその後も定期的に診察,治療が行われ,リハビリテー
ションや発作を抑えるための投薬が継続された。
・原告Aはその後も被告病院への入退院を繰り返しているところ,
原告Aには,精神運動発達遅延(遅滞)がみられるほか,脳性麻
痺,点頭てんかんがみられ,これらにより重度1級身体障害に当
たり,首及び腰が安定せず,座ること,寝返り,物追い,固視が
できないという状態である。

・原告Aには,精神運動発達遅延がみられるほか,脳性麻痺,点
頭てんかんとの診断がなされている。

(なお,この判決において,裁判所は,脳性麻痺については以下
のような理解を示す。「脳性麻痺とは,受胎から新生児(生後4
週以内)までの間に生じた,脳の非進行性病変に基づく,永続的
な,変化し得る運動及び姿勢の異常をいい,その症状は満2歳ま
でに発現する。出生前原因として,遺伝性(先天性),体内感染,
胎盤機能不全,胎児期の脳血管障害などが,分娩時原因として機
械的損傷や脳出血,無酸素症,低酸素症及び脳循環障害などが,
出生後原因としては,核黄疸,頭蓋内感染症,脳出血などが考え
られる。運動発達の遅れ,姿勢の異常,反射の異常,筋トーヌス
の異常などで診断を行い,てんかん発作,知能障害等を合併する
こともある。生後すぐには分からないことが普通であり,首のす
わりが悪い,物をつかめないなどの運動の遅れを発見することが
重要とされる」「点頭てんかん(ウエスト症候群)は,ヒプスア
リスミアと呼ばれる特徴的な発作間欠時脳波と前屈型発作を主徴
とするてんかんで,乳児期,特に生後4か月から8か月の間に発
現することが多いとされている。眠り始めや目覚めるときに頭部
を前屈し,両腕を振り上げ,足を屈曲する発作が数秒から数十秒
以内,繰り返す症状等がみられる。病因には,出生前病因として
脳形成異常や先天性代謝異常など,周産期病因として低酸素性虎
穴性脳症や頭蓋内出血,その他分娩前後の障害,出生後病因とし
て感染症や頭蓋内出血などが考えられるが,病因の不明なものも
多い」)

■帝王切開術の施行時期を逸し,病室のベッド上で分娩させた過
失について

「原告らは,陣痛発来以前の羊水過小や羊水混濁等,あるいは陣
痛発来後娩出時までの変動一過性徐脈の出現等,さらには胎児仮
死または胎児の状態が極めて悪化した状態であったことなど,胎
児(原告A)には種々のストレスが存在していたという事情に照
らせば,被告病院医師らには,専門性を有する大学病院の医師と
して,胎児及び原告Cの経過観察を十分に行い,また,帝王切開
術の準備を整えるなどの分娩監視体制をとった上,(1)原告Cが下
腹部緊満ないし下腹部痛を訴えた平成6年1月7日午後6時30
分ころ,(2)分娩監視装置の装着をしたカルテ上の『陣痛発来』時
である午後7時30分ころ,(3)J医師が子宮収縮の増強を診断し
た午後8時30分ころ,(4)遅くとも帝王切開術施行を決定した同
日午後9時15分ころのいずれかの時期に帝王切開術を施行し,
原告Aに過度のストレスを与えることを回避すべき注意義務が存
在したのにこれを怠ったと主張する」

「原告Cは,平成5年12月25日,妊娠28週3日の時点で,
前期破水及び切迫早産と診断されて被告病院に入院したものであっ
た。この時点における治療方針は,妊娠週や児の推定体重(13
89グラム)等から,肺の未形成など児の未熟性に対する配慮が
必要であり,かつ,子宮収縮はあるものの,分娩の進行はまだ認
められず(子宮口は閉鎖,展退度は10パーセント,ステーショ
ンはマイナス3),当時,感染を疑わせる所見もなかったことな
どの諸事情に照らし,子宮収縮抑制剤を投与し,安静にして30
週まで妊娠を継続することとし,陣痛が発来するか,あるいは,
感染が認められれば,胎児が単臀位であることから帝王切開に切
り替えることとされていた。これらは,医学文献やK鑑定等に照
らし,当時の産婦人科の医療水準に合致するものと認められる」

「そして,原告Cには,入院時以降,子宮収縮の発現が確認され
ていたが,塩酸リトドリンや硫酸マグネシウムなどの子宮収縮抑
制剤が投与された結果,子宮収縮が沈静化し,平成6年1月7日
まで妊娠が継続されてきたものであった。その間の状態の推移や
投薬の経過などからして,原告Cに子宮内感染の所見はみられな
い」

「また,胎児の状況についてみるに,胎児心拍数陣痛図の推移や
診療録等に照らすと,原告Cが入院した平成5年12月25日か
ら出産前日である平成6年1月6日までの間に,何回か一過性徐
脈が確認されたことはあったが,その後回復していることが認め
られる。分娩に至った同月7日についてみても,午後7時50分
ころから午後8時47分ころまでの間に,4回ほど一過性徐脈が
みられたものの,20秒程度から最も長いものでも80秒程度で,
その都度回復し,徐脈が反復してみられるということはなかった。
この間,基線細変動がやや減少している傾向は確認できるものの,
なおも10bpm幅の変動が確認されており,胎児仮死を疑うよ
うな基線細変動の減少や消滅があったとする所見はみられない」

「また,原告らは,羊水量の減少や羊水混濁などに照らし,胎児
に種々のストレスがかかっていたとも主張するが,原告Cの羊水
の流出が増えたために羊水量が減少したり,羊水の色が一時的に
混濁様になったことは認められても,胎児心拍数陣痛図の推移を
も合わせてみれば,胎児の状態が悪化しているとか,胎児仮死で
あったと認めるような所見があったとはみられない」

「・・・原告Cの同陣痛図は上記のとおり判読される上,他に胎
児仮死をうかがわせる所見は見当たらないというほかない」

「したがって,原告Aについて,子宮内感染や胎児仮死に対応す
るために,原告ら主張の各時期に帝王切開術の施行を決定すべき
であったとはいえない」


「次に,原告Cの分娩進行が抑制できないか,陣痛発来があった
として,帝王切開術に切り替えるべき時点がいつであったかにつ
き検討する」

「分娩開始時期については,陣痛周期が10分あるいは陣痛頻度
1時間6回になったときとされているところ,K鑑定は,原告C
の分娩開始時期について,1月7日午後7時40分ころからの胎
児心拍数陣痛図で,記録上は弱いながら3分毎の子宮収縮が認め
られ,これを『陣痛の始まり』と判断すれば,妊娠の継続をあき
らめて帝王切開の決定をしてもよかった,また,診療録で午後8
時30分に子宮収縮が増強しているとの記録がされたとき,ある
いは,その前後の午後8時18分ころの変動一過性徐脈の出現と
午後9時18分ころの内診で子宮口が3センチメートル開大を認
めたときの3つの時期のいずれかの時点で,これまでのように子
宮収縮を抑制することは不可能と判断して妊娠の継続をあきらめ
ても過剰な医療介入とはいえないとの指摘をしている」

「原告らは,原告Cは午後6時30分ころから普段とは異なるお
腹の張りを,検温等に来た看護師らに訴えたが取り上げてもらえ
ず,その後,午後7時30分ころになって分娩監視装置を装着さ
れたこと,NSTによれば,午後7時30分以降の原告Cの子宮
収縮の程度は同日の朝ころと異なり,明らかに増強していたこと,
この時点において,医師または助産師が内診し,子宮口の開大の
有無及び程度を診断していれば,分娩陣痛の発来を診断し,帝王
切開術の実施を決定することができたし,午後8時30分,J医
師が診断をし,F医師に報告をした時点で内診をしていれば,そ
の時点で帝王切開術実施を決定することができたと主張する」

「ところで,医師が患者に対し,医療行為を行うについて求めら
れる注意義務の基準は,診療当時のいわゆる臨床医学の実践にお
ける医療水準であると解される(最高裁第二小法廷平成7年6月
9日判決・民集49巻6号1499頁,最高裁第三小法廷昭和5
7年3月30日判決・裁集民135号563頁)。そして,医療
水準を考える際には,医療機関の性格や地域の医療環境の特性等
の事情を考慮すべきであり,また,医療行為の専門性にかんがみ,
医師には上記医療水準に基づく限り,医療行為に裁量性が認めら
れるというべき」

「本件については,大学病院において前期破水と診断され,医療
チームを組んで対応されてきた原告Cの診療において,F医師が
行った医療行為が医療水準に合致した裁量の範囲内にあったかど
うか,上記注意義務に反するものであったか否かが問題であるた
め,この観点から,以下検討する」

「原告Cの当時の状況は,平成6年1月3日ころ,子宮収縮が増
強し,『児下降してきているために時間の問題』であるとか,同
月5日の看護計画表にも『切迫徴候増強』『内診所見も明らかに
進行』との記載があるなど,分娩の進行,切迫症状悪化の早期発
見と対応が必要とされていたことは明らかである。一方において,
切迫早産の症例において,偽陣痛の認められることは病態の本態
であるところ,原告Cについては,子宮収縮抑制剤の投与が功を
奏し,30週になるまで妊娠が継続できた経緯があったほか,同
月5日から6日にかけては増強した子宮収縮が軽減ないし消失し
た経過も認められる」

「そして,同月7日の経過についてみると,被告病院においては,
原告Cの陣痛増強の訴えを受けた後,F医師の指示により,午後
7時40分ころから分娩監視装置を装着して子宮収縮及び胎児心
拍数の経過観察を行ったところ,午後8時30分ころにも子宮収
縮の増強がみられ,減弱する様子がなく,その旨報告を受けたF
医師において内診を実施することとし,午後9時15分,内診を
行ったものであった。内診の結果,原告Cの子宮口が3センチメー
トルに開大するなど,分娩進行の所見が認められたことから,F
医師は帝王切開の実施を決定するともに,後方視的に午後7時3
0分ころの時点を陣痛発来と認めたものである」

「分娩の進行度合いや陣痛発来の時期については,その性質上,
状況の推移をふまえつつ診断せざるを得ないものであるところ,
原告Cの場合,看護師に陣痛増強を訴えて以降,その後の診察や
分娩の経過をふまえ,事後的に,さかのぼって午後7時30分こ
ろをもって陣痛発来であったと判断することは無理からぬものと
認められる。そうしてみれば,原告らが主張するように,陣痛発
来時点とされた午後7時30分の時点において,F医師において,
即座に帝王切開術を施行する旨を決定しなかったからといって,
その判断が不適切であったということはできない」

「また,F医師は,J医師が子宮収縮増大を確認した午後8時3
0分の時点でも帝王切開術の施行を決定せず,午後9時15分に
内診を行った後に帝王切開術の施行を決め,手術開始時刻を午後
9時50分としている。K鑑定によれば,午後8時30分の時点
で帝王切開術の施行を決定することは過剰な医療介入であるとは
いえず,同時刻ころに内診を実施し,帝王切開術の施行を決定す
ることもできたとしており,F医師の上記判断に医療行為におけ
る過失があったか否かが問題である。確かに,この時点で内診を
行い,帝王切開術の施行を決定していれば,原告Cが病室のベッ
ド上で出産する事態を避けられた可能性がある。しかしながら,
F医師は,午後7時40分に分娩監視装置による観察を実施して,
胎児の状態の把握に努めていたところ,J医師から子宮収縮増大
との報告を受けた後,午後8時50分ころ看護師が分娩監視装置
を外すころまでの間に,内診の実施を決めていたことがうかがわ
れる。入院以来の原告Cの症状やこれに対する治療方針及び診療
経過,平成6年1月7日当日の経緯と分娩進行の経過等に照らせ
ば,F医師が経過観察を優先し,午後9時ころの内診の実施を決
めたこと,内診の結果,午後9時15分に帝王切開術施行を決め
たことが,当時の医療的知見に照らし,大学病院で行われる医療
行為として不適切であったとまでは認められない。また,内診に
伴う上行感染の発症の危険性を回避するために内診の回数を最小
限にとどめようとしたというF医師の診察方針には,相応の医学
的根拠も認められる」

「なお,K鑑定の鑑定結果について検討するに,K鑑定は,午後
7時30分,午後8時30分のみでなく,内診実施時である午後
9時15分ころの時点をも含めて,上記いずれかの時点において,
妊娠の継続をあきらめて帝王切開の施行を決めることが「過剰な
医療介入とは思えない」と指摘しているのであり,午後9時15
分ころF医師が帝王切開術の施行を決めたことが医療行為として
不相当である旨指摘するものではない」

「以上のとおりで,同日午後7時40分ころから午後8時50分
ころまで,分娩監視装置による経過観察を行った後に,午後9時
前ころに内診を行う旨決め,午後9時15分ころに内診を実施し,
その結果をみて,帝王切開術の施行を決定したF医師の治療方針
には,当時の医学的知見に照らして不適切というべき点があった
とは認められず,医師がその専門的知見のもとに有する裁量の範
囲内の行為であったというべき」

「・・・原告らは,F医師が帝王切開術の施行を決めた後の午後
9時38分から41分までの原告Aの胎児心拍数は120bpm
前後で,心拍数基線が150bpmであることからして持続性徐
脈の状態であり,胎児の状態が悪化している可能性がみられたの
であり,その結果として新生児仮死が起きたのは臨床的経過とし
て自然であるとも主張する」

「この点,午後8時51分から午後9時38分ころまでの胎児心
拍数は記録がなく,その後午後9時46分ころまでの胎児心拍数
の記録は不鮮明であって,原告ら指摘の胎児心拍数が直ちに持続
性徐脈を示すものとは認められない。午後8時51分ころから分
娩時までの胎児の状態は,出生後の原告Aの状態等から推測する
ほかないため,これをみるに,原告Aのアプガースコアは,出生
時において5点で,出生後5分後の数値については8点か6点か
につき争いがあり,記録上いずれをもって正確な記録であるか認
定することは困難である。しかしながら,アプガースコアは,判
断する医師により変動があり得る数値であるところ,出生直後よ
りも5分後の状態が改善されたことに変わりはなく,仮に5分後
が6点であったとしても,これは軽症仮死に分類されるものであ
る。また,K鑑定によれば,出生直前と出生直後の原告Aの状態
は記録上明らかでないと指摘しつつも,およそ3時間30分後に
行われた原告Aの血液ガスの測定値から後方視的に検討すれば,
低酸素症やアシドーシスがあったとしても軽度のものであったこ
とが示唆されるとしている。そして,医学的に新生児仮死が必ず
しも胎児仮死の臨床的経過として生じるものともいえないのであ
り,結局のところ,本件では妊娠の継続をあきらめなければなら
ないほどに胎児の状態が悪化していることを示す証拠はないとい
わざるを得ない」

「また,原告らは,帝王切開術施行前の原告Cにつき,経験の浅
いG看護師が適切な処置を行っていたことはなく,まったく対処
することができなかったという状況に等しいものであったこと,
安静との治療方針がとられていながら,原告Cの症状を正確に把
握しないまま漫然と病室から処置室まで往復歩行させて内診を受
けさせるなどしたことを問題視する。確かに,当時の原告Cの状
況を察するに,陣痛の増強による身体の痛みや精神的な不安が増
大していたものとみられるところ,処置室への歩行や原告Cの不
安を除去するために必要な医療的配慮が十分であったとはいいが
たいように思われる。しかしながら,G看護師が看護師として行
うべき配慮を欠いていたとも認められないほか,既に述べたとお
り,上記のような事実をもって医療行為自体に過失があったと認
めるに足りるものでない。結局のところ,原告らの主張は被告病
院の過失責任を問う根拠とはなり得ない」


「さらに,原告らは,被告が,原告Cの分娩進行が予想外に急速
であり,これは到底予見し得なかったものとしている点につき,
午後9時15分時点での子宮口は全開大であるとF医師が原告C
に言ったのであり,これを前提とすれば何ら急速とはいえない,
仮に午後9時15分時点での子宮口の開大が3センチメートルで
あったとしても,本件は切迫早産の症例であり,当日午後6時3
0分以降の原告Cの状態からして,分娩の進行が何時あってもお
かしくなく,十分に予測できるものであったと主張する。そして,
本件は,経膣分娩といっても墜落分娩(分娩が強い陣痛のために
急速に進行し,母胎が起立中,歩行中,排便中などに胎児が街路,
車中,便所などへ産み落とされること)であり,過強なる収縮に
よる胎盤血行障害のため仮死をきたしやすいとされるケースであっ
たところ,原告Cは激しい下腹部痛のため分娩監視装置も装着で
きない状態で分娩が進行した結果,ベッド上で分娩するに至った
のであり,胎児の臀部が外陰部まで下降していた事実等により,
臍帯圧迫あるいは過度のストレスを受けたと主張している」

「この点,午後9時15分時点における子宮口の開大について,
全開大であったか3センチメートルであったかにつき争いがある
が,診療録等の記載上3センチメートルとされていることは明ら
かであり,これを疑うべき事情は存在しない。原告Cは,内診の
際,F医師が全開大と叫んだと供述しているが,午後9時15分
の時点において全開大であると診断したにもかかわらず,F医師
が午後9時50分からの帝王切開術の施行を決めるとは考え難い
し,強い陣痛に見舞われた状態の記憶に混乱が生じることはあり
得ることといえる。したがって,午後9時15分時点における子
宮口開大は3センチメートルであったと認められる」

「・・・午後9時15分ころの内診で,子宮口開大3センチメー
トルと確認された後,F医師は帝王切開術の準備を進め,原告C
はいったん病室に戻り,着替えなど手術の準備をしていたが,そ
のころ,急激に陣痛が増強し,午後9時39分ころには分娩監視
装置を装着するのも困難な状態に陥り,午後9時45分ころには
胎児の臀部が外陰部に下降していることが確認されたというもの
である」

「この点,F医師は,平成5年12月28日にも原告Cの内診を
行ったことがあったところ,平成6年1月7日午後9時15分の
内診所見は明らかに分娩の進行が認められたことから,午後9時
50分ころから帝王切開術を行うことを決めた,通常の分娩経過
に照らすと,子宮口開大が3センチメートルであったことからし
て,分娩までには少なくとも3,4時間はかかると判断したため,
母体の合併症や術前麻酔の合併症の危険を考慮し,剃毛や麻酔前
投薬の投与など術前の準備を行った上で午後9時50分から手術
を行うこととした,その後,G看護師からすぐに病室に来るよう
言われて駆け付けたところ,原告Cは狂乱状態で四つん這いになっ
ており,子宮口は全開で,児の臀部が外陰部まで下がっている状
態であったことから,その場で経膣分娩にすることとした,骨盤
位牽出術は1回だけで,後続の児頭,上肢はスムーズに出た,経
膣分娩になったことで原告Aに生じ得る悪影響としては感染と脳
内出血であったと考えて,診療録に『ややriskは上昇』と記
載した,などと証言している」

「分娩の進行の程度は,子宮口開大度と陣痛周期などによって判
断され,通常の初産婦の場合,子宮口開大が4センチメートルか
ら9センチメートルくらいの加速期において平均して2時間,そ
の後全開大に至るまでの急速開大期も2時間くらいがかかるとさ
れているところ,本件のように,子宮口開大3センチメートルで
あった状態から,約30分後に児の娩出に至るとの事態は予見が
困難であったとみられる」

「確かに,原告Cは切迫早産,前期破水の診断で入院して以降,
1月7日当時は,切迫徴候の増強がみられたため切迫症状の早期
発見に注意しつつ,胎児の未熟性への配慮から安静保持にて妊娠
32週まで継続するとの治療目標のもと診療が行われていたので
あるから,分娩の進行の有無や分娩進行速度の予見は通常以上の
程度をもって注意をはらうべきものであったともいえる」

「しかしながら,入院当初から1月7日当日までの治療の経過,
同日午後7時40分から実施された経過観察の結果,そして,内
診所見にみられた分娩進行の経過に照らせば,午後9時45分こ
ろの胎児の娩出はあまりに急速であり,当時の医学的知見に照ら
しても,分娩を予見することは困難であったというほかない。そ
して,午後9時15分の時点をもって緊急の帝王切開術を実施し
なかったことも,同日の内診所見及び合併症等の手術に伴う危険
性などにかんがみれば,医師の判断として適切であったと認めら
れるし,手術の準備に要する時間を考慮した上,手術開始時刻を
午後9時50分としたことも不当とは認められない」

「・・・大学病院である被告病院の医師らによって行われた医療
行為は当時の医学的知見に照らして不適切であったとは認められ
ず,裁量を逸脱するような違法不当な行為があったとは認められ
ないというべきである。よって,この点に関する原告らの主張に
は理由がない」

■羊水吸引及び気道確保について

「原告らは,原告Aは,出産直後から数日間の検査結果等から,
新生児呼吸窮迫症候群,高カリウム血症,多血症及び高ビリルビ
ン症に陥っていたことは明らかであるところ,医学文献等によれ
ば多血症の原因の一つとして臍帯娩期結紮が挙げられており,原
告Aの出生後に呼吸障害が続いた理由としては胎便吸引症候群を
も併発していたとみられるなどと指摘し,被告病院医師らによる
原告Aの出生直後の処置は,吸引器や吸引カテーテルを用いての
羊水吸引を行わず,素早い気管内挿管を怠るなど適切な気道確保
を行わなかった,処置を行ったF医師は生後30秒から1分間以
内に臍帯結紮を要することを認識しておらず,他の措置を講じて
いる間に原告Cの血液が臍帯を通して原告Aに流れ込んで多血症
を発症させるに至った,原告Aを乾いた布で包むなどして保温に
努めることなく裸のまま抱えて廊下を走るなどしており体温管理
を怠ったなど,不適切なものであった旨主張する」

「平成6年1月7日午後9時46分ころ,原告Aが病室のベッド
上で出生した後の経緯は,F医師において,その場で原告Aの顔
を下に向けて口腔内の羊水を出し,マウス・ツー・マウスで補助
呼吸を行い,体をたたくなどして原告Aの泣き声を確認し,その
後臍帯を結紮して切断し,病室から廊下に出て,他の病室や新生
児室の先にある第1分娩室まで,裸のままの原告Aを抱えて走り,
第1分娩室においてインファントウォーマーに乗せ,酸素を投与
して気管内挿管を行うなどの緊急の措置を行った上,その後,同
日午後10時ころには小児科病棟へ移動させたことが認められる。
この点,羊水吸引のための吸引器は準備されたものの,これを用
いて吸引を行ったかどうかは,F医師,G看護師,E助産師とも
明確な記憶を有しておらず不明である」

「胎児の娩出後,特に新生児仮死の蘇生については,ガーゼで顔
を拭くなどし,鼻腔・口腔内をしっかりと吸引し,気道確保を行っ
て,呼吸を確立させることが必要であるなどとされている。K鑑
定によれば,その実施時期は,帝王切開分娩の場合,臍帯切断後,
児を処置台に移してから吸引処置が行われるのが普通とされるが,
通常の吸引操作で吸引できるのは,口腔内と喉頭の羊水・分泌物
であり,声帯より奥の気管・気管支などの羊水,分泌物の吸引は
できないが,かえって,喉頭への機械的刺激は,迷走神経反射を
起こし,咳嗽反射や徐脈を起こすことがある。他方,口移しなど
人工呼吸を行うことで肺胞を拡張し,できるだけ早く酸素の供給
を行うなどし,肺循環が維持されれば肺胞を満たしている羊水・
分泌物は肺胞毛細血管やリンパ管へ吸収されていくため,羊水吸
引をできる限り早期に行うことが必須の処置ではないとも指摘す
る。そして,救急的に行われる処置として,気管内挿管によらず
とも口移し人工呼吸の方法で気道確保を行うことも不適切とはい
えないとしている」

「F医師は原告Aの出生後,直ちに口の中の羊水を吐き出させ,
口移し人工呼吸を行っており,これにより原告Aは弱いながらも
泣き声を上げたことが確認されている。また,電動吸引器による
吸引が行われたかどうかは不明であるものの,第1分娩室への移
動後,気管内挿管を行って呼吸の補助が行われていることにかん
がみれば,羊水吸引や気道確保の点につき,医療行為に不適切な
点があったとは認められない。次に,臍帯の結紮,切断につき検
討する」

「上記認定事実に照らし,原告Aの場合,羊水吸引及び気道確保
をした後,分娩室へ移動するために臍帯が結紮,切断されたこと
がうかがわれる」

「臍帯の処理は,結紮または臍帯クリップを用いて行われるとこ
ろ,結紮までの時間が長いと胎盤内の血液が児に移行し,多血症
を引き起こすことがあるため,通常,生後30秒から1分を目安
として結紮するものと指摘されている」

「他方,K鑑定は,臍帯の結紮,切断は,娩出時の児の状態を評
価するために臍帯血の血液ガスを測定するようになってから臍帯
の早期結紮,切断が行われるようになったもので,それ以前は,
臍帯拍動の停止を待って行われていたものであるとする。そして,
本件の経過に照らし,臍帯の結紮,切断までに過剰な時間を要し
たとはみられないとしている。確かに,原告Aには,その後の血
液検査の結果,多血症がみられ,これに対する処置が講じられて
いるし,臍帯結紮までに要した時間も明らかではない。しかしな
がら,臍帯結紮までに過剰な時間を要したことをうかがわせる証
拠もみられないし,原告Cから血液が流入した可能性は否定でき
ないにしても,これをうかがわせる証拠は存在しない」

「そうしてみれば,臍帯の結紮,切断に不適切な措置があったと
も認められない」

■ 体温管理について

「体温管理の必要性に関しては,複数の医学文献に指摘があり,
特に新生児の蘇生処置中には体温低下が生じやすく,代謝性アシ
ドーシスや低酸素症等の二次的障害を招きやすいため,蘇生処置
は保育器内で行うべきであるとか,出生直後の体温低下は1分間
に0.3℃にもなるので気道吸引とともに暖めた乾いた布で手早
く全身の羊水を拭き取り,乾いた布でくるんで保温に努めること
などとされているほか,K鑑定も次のように指摘する。すなわち,
出生直後の児は,母体の体温で包まれていた環境から低温の環境
にさらされ,裸の状態では空気の流れによって体温が奪われ,羊
水で濡れた体からの蒸発による気化熱が奪われ,更に羊水で濡れ
たシーツが冷えることから伝導でも体温が低下する,低出生体重
児の場合も,低温刺激に反応して血管の収縮と熱産生増加によっ
て体温を維持しようとすることによって,酸素消費量が増加し,
継続する呼吸不全があると組織の酸素欠乏や神経障害をもたらす
ことがある,これを防ぐためにはできるだけ早く体温喪失を防ぐ
処置をとるべきであり,乾いたタオルで皮膚を拭いて乾かし,暖
めたタオルで包むなどして熱が奪われるのを防ぐことが望ましい
という」

「新生児,特に新生児仮死の蘇生処置に伴う体温管理の必要性は
上記のとおりであり,本件においては,出生後すぐに乾いた布や
タオル等で体を拭くなどの措置が行われていないことも明らかで
ある。そこで,F医師が行った医療行為が不適切であったかどう
かについて検討する必要がある」

「この点,K鑑定は,低出生体重児で,かつ骨盤位の場合には,
分娩の急速な進行を予測することが困難なことも多いため,病室
での分娩の可能性を避けられるわけではなく,そのような事態が
発生した場合に,適切な対応が求められると指摘する。本件にお
いても,原告Cの分娩の進行が急速に進んだ結果,原告Aは病室
のベッド上で出生することとなり,そのため,乾いた布やタオル
の準備はなく,F医師は,裸のままの原告Aを抱え,病室と通路
を介し,同じフロアにある第1分娩室まで走り,インファントウォ
ーマー上においたという。F医師は,病室から第1分娩室まで1
0秒ほどであったと証言している」

「確かに,F医師は一人で原告Aの蘇生処置を行っていたところ,
病室のベッド上での措置は体温低下をもたらす原因となり得るし,
病室から第1分娩室まで,裸の状態の原告Aを移動させるに要し
た時間も部屋の位置関係に照らして10秒というのはやや疑問が
残る」

「しかしながら,出生後の原告Aに対する処置において,特に困
難や時間を要したような事情はうかがわれず,原告Aの蘇生処置
を終え,第1分娩室のインファントウォーマー上に移動させるま
での間に,過剰な時間を要したことをうかがわせる証拠も存在し
ない。診療録によっても,原告Aは午後10時ころには小児科病
棟へ入院しているところ,入院時記録では体温は36.9℃,そ
の後のカルテの記載でも37℃であり,原告Aに低体温が生じた
ことをうかがわせるような証拠は存在しない。K鑑定も,本件で
は,分娩が急速に進行したケースにおける出生後の対応としては,
通常とられる措置が行われたとみることができるとしている」

「よって,体温管理に関する処置が不適切であったと認めること
もできない」


「原告らは,上記に加えて,被告病院には,そもそも分娩監視体
制が不十分であったことに起因して,原告Cが病室のベッド上で
の墜落産となったことから,分娩直後の新生児に対する人的,物
的体制を整えることができず,新生児に対する適切な措置をとる
べき注意義務を怠った過失がある旨主張する」

「しかしながら,原告Cの分娩が急速に進行し,分娩室における
通常の出産ができなかった点に関する被告病院の対応に過失が認
められないことは既に述べたとおりであるところ,予想外の病室
のベッド上での分娩後,新生児である原告Aに対して行った被告
病院医師による個々の措置には医療行為として不適切であったと
までいい得るものは認められないといわざるを得ない」
「よって,原告らの主張を認めることはできない」

■ 出産後の原告Aの検査・治療が不適切であった過失について

「原告らは,被告病院医師らは,新生児であった原告Aの体の状
況を把握し,早期にCT写真,MRI写真の撮影,脳波検査をす
るなどして新生児の管理を適切に行い,点頭てんかん(ウエスト
症候群),精神運動発達遅延や脳性麻痺に陥る危険性について診
断し,その治療をすべき高度の注意義務があったところ,平成6
年1月9日には頭部超音波検査を実施し,右脳室拡大の疑問を持
ち,同年3月23日には整形外科の診療により両肢について軽度
開排制限,両側足関節の底屈制限の情報を得ており,小児科医師
が同月28日に下肢の痙性を認めていたほか,原告Cから生後7
か月の段階で原告Aの体が硬く,成長が遅い旨伝えられたといっ
た事情があったにもかかわらず,同年9月28日に至って初めて
頭部CT写真を撮影して脳萎縮と側脳室の拡大を認め,同年11
月2日,点頭てんかんと診断し,上記の治療を開始したのであり,
早期の診断及び早期治療の時期を逸した過失がある旨主張する」

「そこで検討するに,点頭てんかんは,特徴的な発作間欠時脳波
と前屈型発作を主徴とするてんかんで,生後4か月から8か月の
間に発現することが多いとされている。脳性麻痺については,脳
の非進行性病変に基づく運動及び姿勢の異常をいい,その症状は
満2歳までに発現するとされ,その診断としては,運動発達の遅
れ,姿勢の異常,反射の異常などをもって行うこととされている。
そして,精神運動発達遅延は,知能の発達が遅れ社会適応行動が
障害されている状態を意味するものである」

「点頭てんかんや脳性麻痺は,脳の形態だけで診断することは困
難であり,筋肉の硬直,関節の拘縮,姿勢反射の異常等の神経学
的臨床所見も合わせ診断されるものであり,その発現時期にも相
当の幅がある」

「被告病院小児科医師らは,原告Aが小児科病棟に移った当初か
ら,未熟性に起因する神経学的な後遺症が生じるおそれを懸念し,
原告Bらにその旨説明をしていたほか,原告Aの臨床所見から脳
の成長不全を疑い,出生後2か月余りが経過したころには,原告
Aの股関節開排制限や下肢の痙性といった神経症状を認めたため,
整形外科医の指導を受けさせることとしている。また,原告Aの
退院後も,出生後約4か月が経過した平成6年5月11日の外来
通院の際,原告Aの下肢の痙性や足関節の拘縮を認めたため,原
告Cにリハビリテーションを受けるよう促し,整形外科担当医に
受診の依頼を行っていることも認められるが,結局,このころ原
告Aがリハビリテーションを受診したことはなかった。これに対
し,原告らは原告Cにリハビリテーションの開始を指導した事実
はない旨主張しているが,カルテの記載や整形外科医への依頼書
面に照らせば,原告らの主張は認めることができない」

「その後の経過をみても,出生後約8か月に当たる平成6年9月
7日の外来通院に際しては,原告Aの四肢の筋緊張等の症状から
脳性麻痺を疑い,その旨原告Cに説明をし,翌月である10月か
ら原告Aのリハビリテーションが開始されているし,同年9月2
8日には頭部CT検査を実施している。また,点頭てんかんの症
状については,同年11月2日の外来通院に際して,原告Cから
原告Aに前屈症状がみられたとの話があったため,同月4日,脳
波検査を実施するなどし,その結果,点頭てんかんと診断し,定
期的な診察とリハビリテーションや投薬治療などが続けられた」

「被告病院小児科における原告Aの診察経緯は上記のとおりであ
るところ,診察の内容や検査方法,各症状の発現時期などを総合
的に検討しても,被告病院小児科医師らが,原告Aの症状に応じ
た医療的措置を怠ったとは認められない」

「したがって,原告らの主張するように,被告病院小児科医師ら
が,早期にCT写真及びMRI写真の撮影,脳波検査を実施しな
かったことにより,早期診断及び早期治療の時期を逸したとの過
失があると認めることはできない」

■判決主文
(請求棄却)