判例速報

※この記事は、2006-08-18にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,亡A(大正2年生)の相続人である原告らが,Aが大
動脈解離で死亡したのは,被告の開設するB病院の医師が,大動
脈解離であると確定診断する注意義務又は専門医の診断にゆだね
る等の措置を採るべき注意義務に違反したためであるとし,仮に
死因が大動脈解離ではなかったとしても,病態を明らかにするた
めの検査を行う注意義務があるにもかかわらずこれを怠ったため
であるなどと主張して,損害賠償を求めた事案です。


■年月日・裁判所

H18.3.29 名古屋地裁 平成15年(ワ)第1156号 損害賠償請求事件
(医療過誤)

■当事者

・原告C・E・F・Gは,Aの子。Aの死亡により,4分の1ず
つ相続した。

・被告は,Aの入院当時,被告病院を設置及び管理。

■診療経過

・Aは,被告病院に入院する以前,原告Gと同居し,Gから介護
を受けていたが,Gが入院することになったため,被告病院に介
護目的で入院することになった。

・10月16日,A(当時87歳)は被告病院に入院。Aは,当
時通院治療を受けていた中川診療所において,高血圧症,虚血性
心疾患及び高尿酸血症と診断され,かつ,老人性痴呆も認められ
ており,身体障害者4級及び要介護2度の認定を受けていた。

・10月17日,血液検査。結果は,白血球数6990/μl,
CRP値が0.13mg/dl,尿素窒素値が30.1mg/dl,
クレアチニン値が1.8mg/dlであった。

・10月20日,胸部レントゲン検査実施(レントゲン写真(1))。

・11月5日,朝食を食べずに薬を内服させようとすると,Aは
それを拒否し,水を飲むように勧めても,いらないと拒否して,
検温も拒否した。午後9時,検査をしようとすると,「助けてー」
と叫びだし,検温等はできなかった。

・11月7日,Aは,大勢の人がやってきて私を風呂に入れてや
ると言ってくるなどと述べ,入浴を拒否した。被告代表者は,A
の意思を尊重し,入浴はしばらく勧めず,できるだけA自身にベッ
ドで身体を拭かせるよう指示した。同日,原告C及び同Eと被告
代表者が面談した。被告代表者は,原告CらにAの現状を説明し,
病室の変更も考えている旨話し,一方,原告Cらは入院継続を希
望。

・11月8日午前5時,「助けて,助けて,殺される。助けて,
助けて,誰か。私たちは真っ暗の中で虜にされている。」と叫ぶ
等したため,Aに対し,精神安定剤であるコンスタン及びケセラ
ンを投与し,それ以外の投薬を中止した。被告代表者は,原告ら
に相談した上で,Aを原告C宅で外泊させることを決め,外泊の
状況を見て,被告病院に帰院させるか判断することとした。外泊
中,原告らから,被告代表者に対し,今後自宅療養するとしても,
原告G宅で療養することは困難との話があり,11月13日,A
は被告病院に再び入院。

・11月14日午前5時,Aは,看護師に対し,背中が痛いので
先生に言っておいてほしい旨述べた。

・11月28日午前10時,腰痛が見られたことから,被告代表
者は,被告病院外科医師に相談。

・12月1日,胸部レントゲン検査実施(レントゲン写真(2))。

・12月8日午後5時,看護師が腰の痛みは良くなったか尋ねる
と,Aは,腰はまだ痛いと答えた。

・12月10日午後6時,背中が痛い旨述べたため,看護師は,
湿布2枚を貼って対処した。同日,Aは昼食にバナナを1本食べ
たのみであり,夕食はとらなかった。

・12月11日,昼食は半分も食べず,夕食は未摂取であったた
め,点滴を行った。また,活気も見られなかった。発熱が見られ,
インフルエンザの予防及び治療薬を投与。

・12月12日午前6時,下肢に力が入らず,立つことができな
くなっていた。また,水を飲むことを勧めても飲みたがらなかっ
た。血液検査,尿検査,胸部レントゲン検査を行い(レントゲン
写真(3)),その後,抗生剤であるセフマゾンを点滴。

・被告代表者は,原告C及び同Fに対し,12月9日からAの食
欲が低下して活気がなくなったこと,12月10日にはぼんやり
してきたこと,12月11日から熱が出たので解熱剤を用い,イ
ンフルエンザであると生命に関わるのでインフルエンザの治療も
開始したこと及び同月12日の胸部レントゲン検査の結果では異
状はないが,血液検査の結果次第では,被告が運営し,急性期治
療が可能であるH病院又はI病院等へ転院してもらう必要がある
ことを説明。一方,原告Cらは,原告Gは既に退院しているが,
Aの世話をすることは困難な状況である旨話した。被告代表者は,
原告Fとも話をしたが,同人が興奮し,話がまとまらなかったた
め,12月13日に原告C及び同Fは,被告代表者と再度面談す
ることとなった。

・午後2時前ころ,Aが,胸などがえらい旨述べたことから,高
血圧症及び狭心症剤であるニトロールの点滴を行った。しかし,
その後,Aが点滴の針を自分で抜いてしまった。

・被告代表者は,原告Cに対し電話で,血液検査の結果,炎症反
応が見られたため,12日から点滴を開始したが,Aが自分で針
を抜いてしまう状況なので,13日朝までで点滴を中止し,内服
に変更したこと,摂食不良時には点滴を行うこと,貧血があるの
で同日から治療を開始したこと,Aに少し活気が出てきて,コミュ
ニケーションもとれること及び被告病院にて診療を続けることを
説明。

・12月16日午前6時,「なんだか体がだるい。」旨話し,倦
怠感が見られた。午前8時20分,血圧が高値を維持していると
いうことから,高血圧症及び狭心症剤であるノルバスクが投与さ
れた。昼食では主菜を10割,副菜を8割摂取し,夕食では主菜
を10割,副菜を9割摂取。

・12月17日,朝食では主菜を8割,副菜を7割,昼食では7
割摂取したが,夕食には手をつけなかった。午後8時に看護師が
病室を訪れると,Aは眠っており,午後11時においてもベッド
で横になり眠っていた。

・12月18日午前1時18分,看護師が病室を訪れると,Aが,
ベッドから離れた窓際の床に仰向けに倒れていた。既に呼吸及び
心臓は停止しており,死亡が確認された。

■Aの死因について

「レントゲン写真(1)ないし(3)においては,大動脈弓部において,
何層にも重なった石灰化像が見られ,一見して著明な動脈硬化が
認められる。レントゲン写真(1)と(2)の画像を比較した場合,大
動脈弓部の石灰化像は,基本的に変化していない。すなわち,レ
ントゲン写真(1)及び(2)の撮影当時,Aは大動脈解離を発症して
いなかったものと認められる」

「レントゲン写真(3)上,大動脈の石灰化部の外側に淡い陰影の増
強が見られる。また,肺野全体に鬱血が,左下肺野には肺炎像と
胸水が見られる。さらに,縦隔側では局所の無気肺が認められる」

「そして,死亡直前の状態が明らかではないが,Aには,高血圧
症,高尿酸血症,虚血性心疾患の既往症があり,胸部大動脈には
著明な動脈硬化も認められたこと,死亡の約2時間前である12
月17日午後11時の時点でベッドの上で眠っており,特に苦し
んでいた様子が認められないこと及びAが入院中に頭痛を訴えて
いた事実が認められないことなど前記認定の諸事情を考え併せる
と,Aの死因として最も考えられるのは,心筋梗塞等による急性
心臓死であるということができる」

■被告病院医師が大動脈解離の確定診断をすべき注意義務につい
て

「この点につき原告らは,レントゲン写真(3),臨床症状及び理学
所見から,大動脈解離と確定診断すべきであったと主張する」

「Aが大動脈解離に罹患していたことは認められず,また,肺炎
に罹患していたことが認められ,上記所見は肺炎によって生じた
可能性が高いと考えるのが相当であることから,被告病院医師が,
肺炎を疑い,大動脈解離について確定診断を行わなかったとして
も,特に落ち度はなかったと考えるのが相当」

「そして,他に大動脈解離を疑わせる所見があると認めるに足る
証拠はないから,被告病院医師が,大動脈解離の確定診断のため
の検査等をせず,自ら確定診断をしなかったからといって,過失
は認められないと考えるのが相当」

■専門医に対し相談をすべき注意義務について

「・・・12月12日の時点で,被告病院医師が大動脈解離を疑
うべきであったとは認められない。したがって・・・,被告病院
医師に専門医へ相談すべき義務はなく,被告病院医師に過失は認
められない」

■ 検査をして病態を明らかにすべき注意義務について

「この点,被告は,原告らが転院に賛同せず,かつ転院による弊
害も大きかったので,転院しなかったため,検査をしてもそれに
続く治療ができなかったこと及びAの入院は,治療目的というよ
りも,介護目的の入院であったことから,検査を行う義務はなかっ
たと主張する」

「・・・Aは12月12日当時,肺炎に罹患していたが,被告代
表者は,同日,原告らに対し,レントゲン写真(3)は異常なしと説
明したこと,Aに対し,抗生剤であるセフマゾンが点滴され,同
月13日には抗生剤であるケフラールが投与されたことが認めら
れる。さらに,同月12日のレントゲン検査及び血液検査は,呼
吸器感染症も含めた何らかの感染症があるのではないか,心臓が
弱っているのではないかということも考えて実施したこと,同日
の検査実施後,Aに対し血圧測定以外の検査を行わず,同日以降
の具体的な検査内容についての検討をしていなかったことが認め
られる」

「そして,肺炎の治療については,原因の微生物を把握しなけれ
ばならないところ,上記のとおり,被告病院医師は原因微生物特
定のための喀痰,レントゲン及び血液の各検査を行った事実は認
められない。また,12月12日当時,被告代表者が感染症及び
心臓疾患の可能性を考えていたことから,検査を実施していれば,
Aの肺炎の具体的な状態や原因菌,心臓及び周囲の血管の状態に
ついて明らかになった可能性は十分考えられる。この点,J鑑定
人も,『12日の発熱,肺炎像,血液検査を見て,二,三日後の
再検査,確認などを施行していれば,病態がもう少し明らかになっ
ていたことは想像できる。』と指摘し,これについて被告代表者
も,『もっともなことだというように思います』と供述している」

「また,原告Cは,Aの病状を深刻なものとは考えていなかった
ようであり,病態が明らかになって,転院しなければ生命に関わ
るということになれば原告らも転院を承諾していたと考えられ,
病態によっては,被告病院においても治療ができた可能性もあっ
た」

「さらに,入院の目的が介護目的であったとしても,被告病院が
入院に応じていた以上,何らかの疾患を疑う状況になれば検査を
行うべき義務があることに変わりはない」

「したがって,被告病院医師には,病態を明らかにするために検
査をすべき義務が認められ,12月12日以降血圧測定以外の検
査を行わず,Aの病態が明らかになっていたとはいえないことか
ら,上記義務に違反したといわざるを得ず,被告病院医師には過
失が認められる。そして,これを覆すに足る証拠はない」

■過失と死亡との間の因果関係について

「・・・被告病院医師に,病態を明らかにすべき過失は認められ
るが,Aの死因は急性心臓死であったと考えられるのであるから,
胸部レントゲン検査及び血液検査といった検査を実施していたと
しても,Aを救命できた蓋然性が高いとはいえない。したがって
・・・,死亡との間の因果関係は認められないといわざるを得な
い」

「しかし,胸部レントゲン検査及び血液検査等の結果から,Aの
病態が明らかになっていれば,血圧測定の結果と併せて検討した
上で,高血圧症及び狭心症剤等を十分に投与するなどして,心臓
及び周囲の動脈への負担を軽減していれば,死亡した12月18
日以降もAが生存していた相当程度の可能性は認められると考え
るのが相当」

■損害額

・慰謝料180万円が相当(Aの精神状態が不安定で,点滴及び
検査等を拒む態度を見せたこと,設備のより充実した病院に転院
可能であったのに原告らが被告病院での治療継続を求めたこと及
び被告病院への入院が介護目的であった等の事情も考慮)

・弁護士費用は20万円が相当

■判決主文

1 被告は,原告らに対し,それぞれ50万円及びこれらに対する
平成12年12月18日から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。

2 原告らのその余の請求を棄却する。

<以下略>