判例速報
※この記事は、2006-08-25にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,原告が左足アキレス腱を負傷し,被告病院の救急外来 で診察を受けたところ,被告病院の担当医師が,原告のアキレス 腱の縫合手術をすべきであったのに保存的療法を選択したなどの 過失により,原告の左足アキレス腱が完治しなかった等主張して 損害賠償請求をした事案です。 ■年月日・裁判所 H18.3.29 岐阜地裁 平成15年(ワ)第509号 損害賠償請求事件(医療 過誤) ■当事者 ・原告は,岐阜県大垣市内において,B工業の屋号で,エアコン, 厨房の修理・工事・販売業を営む。 ・被告は,岐阜県羽島市内において被告病院を開設。 ■診療経過 ・平成14年11月3日,原告は,知人が主催した卓球大会に出 場した際,左足アキレス腱を負傷して救急車で被告病院の救急外 来に搬送され,被告病院に勤務するC医師の診察を受けた。 ・C医師は,平成14年11月3日に原告を診察した際,左足ア キレス腱の陥没部分に触れると底部で腱索様のものに触れた。ま た,原告を腹臥位の姿勢にして下腿三頭筋を握り,足関節底屈の 有無を判断するいわゆるトンプソンテストを3回行ったところ, その都度,軽度の足関節底屈及び陥没部分の消失を認めたことか ら,左足アキレス腱部分断裂と診断した。そして,C医師は,原 告の職業を聴取し,カルテに「建設業種」と記載した上,原告に 対し,「アキレス腱を糸で縫う手術という方法もありますし,手 術なしでギプス固定治療する方法もあります。手術は,入院の上 断裂したアキレス腱を糸で縫ってつなぎ,ギプス固定をする方法 で行います。」と説明したところ,原告は,手術なしでも治るの かなどと質問。 ・C医師は,アキレス腱断裂端が接触する場合はそのままの位置 でギプス固定する方法でも繋がりうること,手術の際は腰から下 の麻酔をし,手術後は傷が多少痛むこと,保存的療法を行う場合 は,現在アキレス腱はロープのほつれたような状態なので,つま 先を伸ばした状態でギプス固定すれば,新しい細胞が増殖して, 一般的には1か月半ほどでつながるので,後は気を付けてリハビ リを行えば,さらに1か月後くらいには歩けるようになる,その ころには日常生活は可能になっていることが多い,ギプス固定を してから1か月以内にギプスを切開してアキレス腱の状態をみる 必要がある,特に最初の1か月の理学療法は重要であることなど を説明。 ・原告は,「手術せずに,ギプスでも治るならそれがよい。」と 答え,保存的療法をすることに同意。 ・11月5日,本件紹介状を持って「D整形外科」へ行き,E医 師の診察を受けた。E医師は,原告に対し,手術が必要になる可 能性が大と述べたが,原告は,被告病院で保存的療法が可能であ ると言われたのでこのまま様子をみると返答。 ・E医師は,11月12日及び27日,原告のギプスの状態を確 認した上,今の状態なら巻き直す必要はないと述べた。 ・12月4日,原告のギプスを取り外して触診した上,原告に対 し,残存している陥没の大きさなどからすると,ギプス,装具等 による保存的療法は不可能であり,手術をする必要性が大きい, 一日でも早く手術をすれば普通の手術で足りるが,1,2か月経 つと再腱手術をしなければならないことなどを再三にわたり述べ た。しかし,原告は,早く仕事に復帰したいと考えていたため, いまさら手術はしたくなかったこと,また,保存的療法について 分かりやすい説明をしてくれたC医師の診断を信じたいと思って いたことから,E医師にリハビリを始めるよう依頼して,「D整 形外科」でリハビリ治療を始めた。 ・平成15年1月6日,E医師の診察を受けた際,「力が入らな い。」と述べたところ,E医師は手術をした方がよいと述べた。 ・そこで,1月8日,F病院の整形外科で診察を受けたところ, やはり手術をする必要があると言われた。 ・1月10日,被告病院でC医師とは別の医師の診察を受けたと ころ,手術をする必要があると言われた。 ・2月4日,被告病院でC医師の診察を受けた。C医師は,アキ レス腱がつながっていないため再腱手術をするように勧めたが, 原告は,仕事が忙しいため再腱手術はできないと述べた。 ■医師が保存的療法を選択した点について 「原告は,アキレス腱皮下断裂に対しては手術的療法が優先的に 選択されるべきであり,また,原告が平成14年11月3日に被 告病院に搬送された際,原告の左足アキレス腱は完全断裂の状態 であったことから,なおさら手術的療法が選択されるべきであっ たのに,C医師は,アキレス腱部分断裂と誤診し,保存的療法を 選択したと主張する」 「しかし・・・,受傷後48時間以内の新鮮なアキレス腱皮下断 裂に対する治療は,手術的療法又は保存的療法のいずれも選択可 能であり,断裂が完全断裂か部分断裂かによって一方が他方に優 先するものではないことが認められ,この認定に反する証拠はな い」 「また・・・,C医師は,平成14年11月3日に原告を診察し た際,左足アキレス腱に陥没を認め,陥没部分に触れると底部で 腱索様のものに触れたこと,いわゆるトンプソンテストを3回行っ たところ,その都度,軽度の足関節底屈を認めたこと,以上の事 実に検証及び鑑定の結果を総合すると,平成14年11月3日当 時の原告の左足アキレス腱は部分断裂の状態であったと認められ る」 「したがって,受傷当日に被告病院で診察を受けている新鮮なア キレス腱の部分断裂例である本件について,C医師が原告の同意 を得て保存的療法を選択したことに過失はなく,原告の主張は理 由がない」 「また,原告は,仮に原告の左足アキレス腱が部分断裂であった としても完全断裂に近い状態であったこと,原告がエアコン,厨 房の修理・工事・販売業を営む肉体労働に従事しており,早期に 治療を終えて仕事に復帰する希望を有していたことから,手術的 療法を選択すべきであったと主張する」 「しかし,仮に原告の左足アキレス腱が完全断裂に近い状態であっ ても,直ちに手術的療法を選択すべきであったとはいえない・・ ・そして・・・,保存的療法及び手術的療法に関し,一般的に次 の事実が認められる。 (1)治療期間について,手術的療法は,手術後4週間から6週間ギ プス固定をする必要があり,手術後5週間から8週間で全荷重歩 行を許可するに至るのに対し,保存的療法は,6週間から8週間 ギプス固定をする必要があり,ギプス除去後4週間で松葉杖なし での歩行が可能となるに至る。 (2)保存的療法のデメリットとして,手術的療法と比較して治療期 間が1か月程度長くなること及び筋力の低下が認められること, メリットとして,手術の際の合併症等の危険がないこと及び日常 生活やデスクワーク等の職場へ早期に復帰できることがある。 (3)スポーツや重労働への復帰は,手術的療法,保存的療法のいず れによる場合も6か月程度かかる。 「以上の事実を前提に検討すると,アキレス腱皮下断裂に対し, 保存的療法と手術的療法のいずれを選択するかについて,スポー ツ選手等で早期に激しいトレーニングを再開し,筋力低下を防止 する必要がある場合などには手術的療法を選択するのが望ましい ということはできる。しかし,本件において,原告は早期に激し いトレーニングを再開する必要があるスポーツ選手ではなく,ま た,原告がエアコン設備の工事等の労働に早期に復帰したいとの 希望を有していたとしても,このような労働へ復帰することがで きる程度までの回復に要する期間は,手術的療法と保存的療法で ほとんど差はないと考えられる。そうすると,原告の職業等を考 慮しても,本件において手術的療法を選択すべきであったとする 事情はないというべき」 「したがって,C医師が保存的療法を選択したことに過失がある とは認められず,原告の主張は理由がない」 ■部分断裂か完全断裂かを確認しなかった点について 「原告は,保存的療法を選択する場合でも,超音波検査を行って 部分断裂か完全断裂かを確認すべきであったと主張する」 「しかし,完全断裂か部分断裂かにより手術的療法あるいは保存 的療法のいずれかが優先して選択される関係にない・・・また, 証拠<略>によれば,保存的療法においては,足関節を底屈させ 腱断裂部裂隙を消失させた上ギプス固定することが必要であると 認められるところ,C医師は,受傷当日に原告を診察した際,左 足アキレス腱は底屈位で陥没部分が消失することを認めているこ とから,原告の左足アキレス腱断裂は,さらに超音波検査を行う までもなく,ギプス固定での癒合が可能と判断できる状態にあっ たと認められる」 「したがって,C医師において,超音波検査等により部分断裂か 完全断裂かを確認すべき義務があったとは認められず,原告の主 張は採用できない」 ■ギプス固定方法について 「原告は,底屈した状態でアキレス腱の断端がスムーズに癒合す るよう,断端のほつれを戻すなど必要な措置をしてからギプス固 定するべきであったと主張する」 「しかし,鑑定の結果によれば,手術時においては腱のほつれを ならすことができるものの,保存的療法においては断裂端の接触 を徒手的に確認するほかなく,ほつれを直すことは不可能である と認められる。また,・・・のとおり,保存的療法においては, 足関節を底屈させ腱断裂部裂隙を消失させた上ギプス固定するこ とが必要であるところ,証人C医師の証言によれば,C医師は, 原告の左足関節の底屈によりアキレス腱断裂端が十分接すること を確認した位置でギプス固定していることが認められる」 「したがって,C医師が保存的療法に必要な措置を怠って漫然と ギプス固定した過失は認められず,原告の主張は採用できない」 ■説明義務違反について 「原告は,C医師が原告に対し,保存的療法と手術的療法の長所 及び短所,ギプスの巻き直しの際に断裂端の接触が不良な場合に は手術的療法に切り替える必要があること,アキレス腱皮下断裂 の予後として再断裂の危険性があることを説明すべきであったと 主張する」 「そこで検討するに・・・,新鮮なアキレス腱皮下断裂例では手 術的療法と保存的療法のいずれも選択し得るから,医師は患者に 対し,治療方法選択の判断に影響を及ぼす重要な情報について説 明する義務があるというべき」 「しかし・・・,医師は,原告に対し,『保存的療法を行う場合 は,現在アキレス腱はロープのほつれたような状態なので,つま 先を伸ばした状態でギプス固定すれば,新しい細胞が増殖して, 一般的には1か月半ほどでつながるので,後は気を付けてリハビ リを行えば,さらに1か月後くらいには歩けるようになる,その ころには日常生活は可能になっていることが多い。』,『ギプス 固定中に再断裂することもあるので,左足に大きな負荷をかけな いように十分注意するように。』などと述べて,保存的療法を選 択した場合に予想される治療期間及び再断裂の可能性について説 明しているのであるから,上記説明義務は尽くされているという べき」 「次に,ギプスの巻き直しの際に断裂端の接触が不良な場合には, 手術的療法に切り替える必要があることについては,C医師は原 告に説明していない」 「しかし,治療行為は病状の変化に対応して進められるものであ るから,本件のように,休日に救急外来として搬送され,一度治 療を受けただけで,その後は別の医療機関で治療を受けていたと いう患者に対しては,上記の説明を行うべき法的義務はないとい うべきである。けだし,上記の説明は,ギプスの巻き直しの際に 断裂端の接触不良を確認した医師が行うべきであり,また,それ で足りると考えられるからである」 「したがって,C医師に説明義務違反があった旨の原告の前記主 張は採用できない」 ■判決主文 (請求棄却)