判例速報
※この記事は、2006-10-23にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,被告病院で胃癌に対する幽門側胃切除術及び胆石症に 対する胆のう摘出術を受けた患者が,その約3か月後,腹痛で上 記病院に救急搬送されて入院し,その翌日に死亡したことに関し, その妻子である原告らが,当該死亡は,担当医師において絞扼性 イレウスと診断し,又はその疑いが強いものと判断して速やかに 開腹手術を実施すべきであったのにこれを怠ったために生じたも のであると主張して損害賠償請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H18.5.31 東京地裁 平成16年(ワ)第6618号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 ・原告AはE(昭和9年生,平成15年5月14日死亡)の妻で あり,原告B・CはEの子。原告ら以外にはEの相続人はいない。 ・被告は,東京都目黒区内において東邦大学医学部付属大橋病院 を開設している。F医師,G医師,H医師及びI医師は,いずれ も,被告病院に勤務し,本件でEの診療に関与した医師。 ■診療経過 ・Eは,平成15年2月13日,胃癌に対する幽門側胃切除術及 び胆石症に対する胆のう摘出術を受けた。 ・Eは,5月13日午後7時35分ころに救急車で被告病院に搬 送され,直ちに救急外来でF医師の診察を受けた。その際のEの 主訴は,同日午後4時ころから心窩部痛が出現して徐々に増悪し 自制が不可能であるというものであった。F医師は,午後8時4 6分ころソセゴンを投与。その後診察したH医師は,筋性防御な し,ブルンベルグ徴候なしと判断した。H医師は,腹部X線上, 大腸ガスあり,小腸ガス少量あり,立位での明らかな鏡面像なし, 横隔膜下に遊離ガスなし,腸ひだありと判断し,腹部CT上,上 腸間膜動脈は異常なく,腹水なし,拡張した小腸ありと認め,腸 管血流は保たれていると判断。また,Eには嘔吐・嘔気があった。 H医師は,以上の所見などから亜イレウスと診断し,午後10時 30分ころにEを入院させた。Eは救急外来で血液検査を受け, 同日午後9時33分ころに迅速仮報告書が出された。 ・入院時,Eは,体温が36.3度,血圧が170/88であって, 心窩部痛を訴えたところ,H医師は,腸音良好,腹部について軟 らかい,やや硬い,筋性防御なし,ブルンベルグ徴候なしと判断 し,血液検査の結果(WBC10000,CRP1.0)から軽度 炎症所見ありと認め,改めて亜イレウスと診断した。Eは,少な くとも13日午後11時ころと14日午前4時30分ころに自制 不可能の腹痛を訴え,14日午前3時ころには,便秘を訴え,著 明な発汗があった。14日,H医師は,便秘に対し,午前3時こ ろにレシカルボン座薬の投与を,午前4時10分ころにグリセリ ン浣腸をそれぞれ指示したが,いずれも効果がなかった(浣腸は すぐ流出した。)。H医師は,午前4時30分ころ,Eを診察し て,再度ソセゴンを投与。 ・14日午前4時30分ころから午前9時13分ころまでEは, 午前4時30分ころ以降も,疼痛が続き,病室とトイレを行き来 したり,身の置き所がなく動き回るなどしていた。午前7時30 分ころに尿意を訴えたが,排尿は無かった。 ・午前8時ころ,ベッドサイドに座り込み,そのまま倒れ込みそ うになった。 ・午前8時10分ころ,血圧は80/52で,冷汗をかいており, 腹痛のためかずっとうなっていたが,意識レベルの変化はなかっ た。 ・午前8時15分ころ,I医師がEを診察して動脈血ガス分析を 行ったところ,その主な結果は,PHが7.239,PCO2が2 1.4,PO2が119.5,HCO3が8.9,BEが−16.3, O2SATが97.3であり,過換気ではないかとの診断をした。 そして,午前8時30分ころ,IVHが挿入され,プレドパの点 滴が開始された。その後,血圧は,92/60(午前8時30分), 90/54(午前9時),209/160(午前9時30分)と 推移し,午前9時30分ころプレドパの投与が中止された。Eは, 午前9時ころ,腹痛が変わらずあると訴え,身の置き所落ち着か ず,体動が激しくあった。 ・午前9時13分ころ,腹部X線検査を受けた。 ・午前9時30分ころ「ウ〜,ウ〜痛いの。ここここここの3か 所,痛いよ。」と心窩部,左右側腹部の3か所の圧痛を訴えた。 そのころ,被告病院医師は,再度Eを診察し,体温37度台後半, 腹部やや膨満しやや硬い,心窩部痛あり,腸音弱め,筋性防御はっ きりせず,ブルンベルグ徴候なしと判断した。Eは,午前10時 ころ,落ち着かず,体動著しく,不明言動が時折あった。午前1 0時30分ころ血圧が92/触知まで低下したが,H医師は様子 観察と判断した。 ・H医師及びI医師は,午前10時55分ころ,残胃病変の可能 性を考え,胃内視鏡検査を施行した。その際の所見は,食道内か ら胃内に水溶性内容物多量,吻合腸管狭窄等著変なし,残胃内に 赤褐色調粘液付着などというものであり,被告病院医師は,残胃 炎の症状と診断した。その際の血圧は89/41であった。 ・Eは,午前11時ころ,血圧が105/50で,体動著しく落 ち着かなかった。午前11時20分ころ,ベッドから立ち上がり, 中心静脈ラインより逆流があり,また,尿管接続が外れてしまい, 再固定された。14日起床時の血液検査結果は,午前11時ころ 病棟に報告。 ・午後1時30分ころ,H医師が胃管を挿入していたところ,1 00mlの暗赤血性排液が吸入され,午後1時45分ころ,急激 に意識レベルの低下があり,心肺停止状態に陥った。これに対し て蘇生措置が行われ,いったんは心拍及び呼吸を再開したが,意 識は回復せず,午後8時45分ころに再度心停止となり,午後9 時50分ころ死亡確認。 ・Eの遺体は,5月15日に検案され,同月16日に東京都監察 医務院において解剖(行政解剖)が行われ,その結果,「1)絞 扼性イレウスa.回腸の一部が索状物の間に入り絞扼。循環障害。 40cmにわたり出血性壊死。一部穿孔。b.腹腔液700ml血 性」ということが確認された。 ■裁判所の下した結論 「・・・Eは,死亡時までに絞扼性イレウスを発症していて,こ れが原因で死亡したこと,その絞扼性イレウスの発症時期は,被 告病院来院時(13日午後7時35分ころ)以前,あるいは,そ の後死亡するまでの間のいずれかであること,そして,被告病院 来院時には,既に単純性であるか複雑性(絞扼性)であるかはと もかくとして機械的イレウス(亜イレウスを含む。)を発症して いたことが認められる」 「ところで,絞扼性イレウスについては,腸管壊死,腹膜炎,敗 血症,ショック等を起こし,急速に全身状態が悪化して死に至る 危険があることから,直ちに開腹手術を行うことが必要である・ ・・のであって,絞扼性イレウスと診断されたときはもとより, その確定診断はつかなくても,その疑いが強いものと判断される ときには,直ちに開腹手術を行うべき」 「しかして,原告らの主張は,被告病院医師において,第1に1 3日午後10時30分ころまでに,第2に14日午前4時30分 ころまでに,第3に14日午前8時10分ころまでに,絞扼性イ レウスと診断し,又はその疑いが強いものと判断して,直ちに開 腹手術を行うべきであったというものであり,絞扼性イレウスの 発症時期については,第1次的には,被告病院来院時以前(腹痛 が生じた13日午後4時ころ)と主張しているが,仮にそうでな いとしても遅くとも上記第1ないし第3の各時点までと主張する ものと解される。これに対し,被告は,被告病院来院時には亜イ レウスであったとした上,その後どの時点で絞扼性イレウスを発 症したかは不明であると主張している」 「そこで,本件においては,原告ら主張の各時点において,(1) (事後的客観的に見て)その時点までに絞扼性イレウスを発症し ていたといえるかどうか,(2)これが肯定されるとき,被告病院医 師において,絞扼性イレウスと診断し,又はその疑いが強いもの と判断すべきであった(直ちに開腹手術を行うべきであった。) といえるかどうか,ということを検討すべきことになる。なお, 単純性イレウスが絞扼性イレウスに移行することもあるので,こ のことも念頭に置いて検討する」 「上記・・・(1),(2)の点について,当裁判所は,(1)腹痛発生当初 (13日午後4時ころ)から絞扼性イレウスを発症していた可能 性が高く,仮にそうでないとしても,遅くとも14日午前8時1 0分ころには既に絞扼性イレウスを発症していた,(2)被告病院医 師において,14日午前8時10分ころには,絞扼性イレウスの 疑いが強いものと判断すべきであった(直ちに開腹手術を行うべ きであった)との結論に達した」 「その認定判断の理由は,以下のとおりである」 ■発症及び症状悪化の態様について 「下記のとおり発症及び症状悪化が急速である点は,絞扼性イレ ウスの症状に合致する」 「胃亜全摘術等の手術後,容態は安定していたにもかかわらず, 13日午後4時ころ腹痛が出現し,その後,自制が効かなくなっ て同日午後7時35分ころ救急車で被告病院に搬送され,そのま ま入院したが,その後も腹痛が持続し,さらに,14日午前8時 10分ころには・・・ショック症状が認められるなど,発症及び 症状の悪化が急速であった」 「その後,血圧は14日午前9時30分ころまでに一時回復した ものの,午後1時45分ころには,意識レベルの低下があり,心 肺停止に陥るショックが生じて,午後9時50分には死亡確認に 至っており,症状の悪化が急速であった」 ■腹痛について 「腹痛は,13日午後4時ころ発現し,被告病院に救急車で搬送 された午後7時35分ころまでには,自制が効かないというほど の強い痛みになった。そして,少なくとも13日午後11時ころ 及び14日午前4時30分ころにも自制不可能の腹痛を訴え,そ の後も,持続的に腹痛を訴えて,身の置き所がなく動き回るなど し,14日午前7時ころには看護師に背中をさすってもらい落ち 着いたものの,午前8時ころにはベッドサイドで倒れ込むにまで 至ったのであって,強度の腹痛が持続していたものと認められる」 「・・・Eの腹痛については,13日のソセゴン投与後も自制不 可能な程度のものが続き,特に14日午前4時30分ころのソセ ゴン投与後は単純性イレウスとしては説明できない程度に強いも のが持続していた」 「14日午前9時ころ以降も,腹痛が変わらずあると訴え,身の 置き所落ち着かず激しく体動しており・・・,激しい腹痛が持続 していた」 「この点について,被告は,絞扼性イレウスの場合,腹部全体に 1人で歩行することができないほど激烈な痛みが突発するところ, Eの腹痛は1人でトイレに行けるほど軽度の圧痛で,その部位も 心窩部に限局されていたのであり,この程度の疼痛は亜イレウス に伴う腸管拡張による膨満痛と評価される旨主張する」 「しかし,イレウスに伴う腹痛のうち絞扼性イレウスに伴う絞扼 痛については,腹部全体に激痛を訴えるとする文献もあるが,こ の文献においては,膨満痛も腹部全体に持続的な痛みを訴えると され,絞扼性イレウスと単純性イレウスの鑑別方法として腹痛の 部位を指摘している訳ではなく,むしろ,上記鑑別に関して,絞 扼性イレウスの腹痛は限局性圧痛を示す旨を指摘する文献もある のであって,絞扼性イレウスに関する上記以外の文献にはイレウ スの種類と腹痛の部位について特段言及されていないことなどに 鑑みると,腹痛の部位は,絞扼性イレウスの診断に際して少なく ともあまり重要な意義を有しないものと考えられ,Eの腹痛が限 局性のものであったからといって絞扼性イレウスが否定されるも のではない。また,絞扼性イレウスの腹痛については,激痛であ るとされているが,特に1人で歩行することができなくなるほど のものであるとする文献は見当たらず,上記のとおり『自制不可 能』と表現されるような痛みであれば,通常『激痛』と呼ばれる 痛みに当たると見るのが相当であり,かえって,上記のとおり 『自制不可能』と表現されるような腹痛を被告主張の亜イレウス によるものと説明することのほうが難しいと考えられる」 ■血圧,ショックについて 「本件では,下記のとおり,腹痛発症からわずか約16時間後及 び約22時間後という短時間のうちに2度のショックが起きてお り,このことは,単純性イレウスでは説明が困難であり,絞扼性 イレウスの症状と合致する」 「Eの血圧は,13日入院時は170/88であったところ,1 4日午前8時10分ころには80/52にまで急低下しており, この血圧低下は・・・ショックであったと判断される」 「14日午後1時45分ころの意識レベル低下,心肺停止は,ショッ クと判断される(争いがない)」 「14日午前8時10分ころの血圧低下の評価につき,被告は, (1)血液分布異常性ショックの場合,プレドパでは昇圧できないこ とが多いとされていること,(2)プレドパは5γ以上投与しなけれ ば血圧上昇作用が加わってこないところ,本件ではプレドパを約 3γ投与しただけで血圧が回復したのであり,この血圧低下の原 因を絞扼性イレウスによるショックと考えることはできず,むし ろ,鎮痛剤(ソセゴン)使用ないし亜イレウスに伴う血管内脱水 のいずれか又は双方が原因と考えられた旨主張する」 「しかし,(1)の点についてみると,絞扼性イレウスを原因とする ショックには敗血症性ショックのみならず循環血流量減少性ショッ クもあることから,絞扼性イレウスを否定する根拠とはならない」 「(2)の点についてみても,確かに,プレドパについては5γ以上 投与しなければ血圧上昇作用等のα刺激作用はないとされている が,循環血流量減少性ショックの場合,その治療は輸液による循 環血流量の補充が基本であって,プレドパのα刺激作用がなけれ ば血圧の回復が期待できないわけではなく,現に本件ではプレド パの投与と併せてIVHにより循環血流量の補充がされているの であるから,この点も絞扼性イレウスによるショックを否定する ものではない」 「一方,ソセゴンの副作用にはショックがあるものの,13日に ソセゴンを投与した後には何らのショック症状を呈していないし (午後10時30分ころの血圧は170/88であった。),1 4日午前4時30分ころのソセゴン投与からショックまで約3時 間30分も経過していることからすれば,ソセゴンの投与による ショックであるとは考えにくい。また,単純性イレウスに伴う血 管内脱水によってもショックは起こり得るが,絞扼性イレウスを 単純性イレウスと鑑別するポイントの1つにショックが挙げられ ていること,単純性イレウスにしては発症からショック発生まで 症状の進展があまりに急激であることに鑑みると,亜イレウスに 伴う血管内脱水によるショックであるとは考えにくい」 ■腹部X線検査について 「13日の腹部X線検査で,単純性イレウスの場合に認められる とされている鏡面像(立位)が認められず,小腸ガス像が少なかっ たことは,単純性イレウスよりも絞扼性イレウスを疑わせるもの である」 「なお,絞扼性イレウスの場合,常に直ちに腸管穿孔が生じて遊 離ガスが認められるわけではないから,腹部X線検査で遊離ガス が認められなかったことは絞扼性イレウスと矛盾しない」 ■胃内視鏡検査について 「14日午前10時55分ころの胃内視鏡検査において残胃内に 赤褐色粘液の付着等が認められたところ,本件解剖の結果,絞扼 性イレウスによる腸管の穿孔・出血が認められたこと,胃内視鏡 検査時に食道内から胃内まで水溶性内容物が多量に認められたこ と及び14日午後1時30分ころの胃管挿入時に暗赤血性排液が 吸入されたことからすると,絞扼性イレウスによる腸管からの出 血があって,その出血が絞扼部位から胃内に逆流したものと思わ れ,胃内視鏡検査時(14日午前10時55分ころ)よりも相当 程度前に絞扼性イレウスを発症していた可能性が高いといえる」 「なお,被告は,上記の胃内視鏡検査の結果について,それが残 胃炎を示すものであるかのように主張するが,本件解剖の結果, 特に残胃炎の所見は認められていない」 ■CK値について 「CK値(基準値32〜187)は13日に51であったものが 14日起床時には356と大幅に上昇しているところ,このCK 値の上昇については,筋肉注射後にもCK値は上昇する・・・こ とからして,14日午前4時30分ころのソセゴンの筋肉注射の 影響を受けている可能性はあるが,腸管壊死が進行するとCK値 が上昇するのであって,その後の症状の経過も併せ考えると,絞 扼性イレウスによる腸管壊死の進行を示すものである可能性もあ る」 「・・・腹痛発生当初(13日午後4時ころ)から絞扼性イレウ スであった可能性が高く,仮にそうでないとしても,遅くとも, 血圧が80/52に低下してショック状態に陥ったと認められる 14日午前8時10分ころには,既に絞扼性イレウスを発症して いたものと認めるのが相当である」 「また・・・,被告病院医師は,Eについて,2度のソセゴンの 投与によっても自制不可能な程度の激しい腹痛が持続し,しかも, 症状が急速に悪化して,14日午前8時10分ころにはショック に陥ったこと等を認めたのであるから,同時刻ころの時点で,絞 扼性イレウスの疑いが強いものと判断することができたし,また, そう判断すべきであったと認めるのが相当である」 ■白血球数等の炎症所見について 「被告は,14日起床時の血液検査の結果で白血球の核の左方移 動が認められたこと以外には,絞扼性イレウスを疑うべき重度の 炎症所見は認められず,また,14日起床時には白血球数が76 00と減少して炎症反応が改善したと主張する」 「確かに,13日には,白血球数(基準値4000〜9000) が10000,CRP(基準値0.0〜0.3)が1.0であって, 軽度炎症と評価されるが,絞扼性イレウスの場合には早期の段階 であっても常に高度の炎症所見を示すと認めるに足りる証拠はな いし,14日起床時の検査の結果についてみると,絞扼性イレウ スの場合に認められることが多いとされている白血球の核の左方 移動が認められたのであるし,白血球数が7600と減少したこ とについても,H医師も証言するとおり,白血球の過剰消費によっ ていったんは正常値になった可能性もないとはいえず,他方,午 前9時30分ころに37度台後半の発熱があったことは炎症所見 と評価される」 「いずれにせよ,Eの白血球数等の炎症所見は,絞扼性イレウス と矛盾するものとはいえず,上記・・・認定判断を左右しない」 ■腹膜刺激症状について 「腹膜刺激症状は,絞扼性イレウスの鑑別ポイントないし手術適 応の目安の1つとされているところ,被告病院医師は,(ア)1 4日午前8時10分ころまで,腹膜刺激症状はないとの判断をし ており,(イ)14日午前9時30分ころには,筋性防御がはっ きりせず,ブルンベルク徴候なしとの判断をしていた」 「ところで,腹膜刺激症状は,腹膜炎の所見であって,絞扼性イ レウスの場合に腹膜炎が起きやすいことから単純性イレウスとの 鑑別のポイントとされ,また,イレウスにより腹膜炎が発生して いる場合には通常手術適応が認められるから手術適応の目安とさ れているのであって,絞扼性イレウスを発症すると常に直ちに腹 膜炎を生じるわけではない」 「そして,本件解剖の結果によれば,回腸が約40cmにわたり 出血性壊死を起こし,循環障害が強く,一部穿孔(小孔)があり, 腸間膜も出血していて,血清腹腔液700mlが認められたので あり,少なくとも事後的にみれば,急激に意識レベルの低下等の 症状悪化が認められた14日午後1時45分ころ以前に腹膜炎を 発症していた可能性が高く,14日午前9時30分には筋性防御 が否定されなかったことや,その後被告病院医師は腹膜刺激症状 を確認していないことなどからすれば,上記(ア)の所見だけで, 午前8時10分ころまでに絞扼性イレウスが発症していたことを 否定することはできない」 「また,絞扼性イレウスは急速に全身状態が悪化して死に至る危 険があるので直ちに手術適応があるとされている以上,腹膜刺激 症状が認められない場合でも,腹痛その他の症状から絞扼性イレ ウスと診断されるか,その疑いが強いと判断される場合には手術 適応が認められる場合もある」 「よって,Eに14日午前8時10分までに腹膜刺激症状が認め られなかったとしてもそれだけで手術適応が否定されることはな く・・・,上記・・・の認定判断を覆すに足りるものではない」 ■腹部CT検査について 「13日の腹部CT検査で,上腸間膜動脈に異常が認められず, 腸管血流は保たれている,腹水無しなどと判断されているところ, 絞扼性イレウスは血行障害を伴う機械的イレウスをいい,小腸の 血管は,上腸間膜動脈から細かく枝分かれし,小腸の一部が巾着 状に締め付けられると血行障害が生じるとされていること,また, 腹水の所見は絞扼性イレウスの所見であり,それはCTで描出可 能であるとされていることから,上記のCT所見は絞扼性イレウ スを否定するかのような所見である」 「しかし,腹部CT検査で血行障害が認められるのは,腸管壁や 腸間膜動脈の造影効果の低下や欠如によってであり,腹部CT検 査で血行障害が確認できなかった場合に絞扼性イレウスが否定さ れる旨指摘する文献も特に見当たらないことなどからすれば,絞 扼性イレウスが発症して血行障害が生じていても,それが造影効 果の低下として捉えられない場合も考えられ,腹部CT検査上, 血行障害が認められた場合に絞扼性イレウスを疑うのは当然とし ても,血行障害が確認できないからといって絞扼性イレウスでな いとはいえず,Eの腹部CT検査の所見は絞扼性イレウスと矛盾 するとはいえない」 「そして,腹部CT検査で血行障害が認められなかったことを最 大限考慮するとしても,これが実施されたのは13日午後9時4 3分ころであって・・・,この時点の腹部CT検査の所見だけで, その後約10時間を経過した14日午前8時10分ころの時点に おける絞扼性イレウスの発症を否定できるものではないし,また, 14日午前8時10分ころに絞扼性イレウスの疑いが強いものと 判断して開腹手術を行うべきという・・・認定判断も左右されな い」 「また,絞扼性イレウスの場合,腸管が粘膜側から順次壊死に陥 り,壊死が漿膜下層まで達すると非可逆性になり,絞扼分節の漿 膜側から血清浸出液が腹腔内に逸脱し,血性腹水を呈することと されていることからすれば,腹痛発症後約6時間しか経過してい ない腹部CT検査時に腹水貯留が認められなかったとしても,絞 扼性イレウスと矛盾するとはいえず,上記・・・認定判断は否定 されない」 「以上によれば,被告病院医師は,14日午前8時10分ころの 時点で,絞扼性イレウスの疑いが強いものと判断して,直ちに開 腹手術を行うべき義務があったということができる」 「被告病院医師がこの義務に違反したことは明らかである」 ■因果関係 「Eは,絞扼性イレウスによって,5月14日午後1時45分こ ろ2度目のショックを起こし,そのまま全身状態が悪化して死亡 したものである」 「絞扼性イレウスからショックを起こす機序は・・・,(1)腸間膜 の血行障害により,腸間壁の透過性が亢進し,腹腔内漏出,細菌, エンドトキシン漏出が起きて,循環血流量減少性ショック又は敗 血症性ショックを起こすか,(2)腸間内及び腹腔内出血から循環血 流量減少性ショックを起こすか,(3)腸間壊死により穿孔を起こし, 又は細菌漏出により腹膜炎を起こして敗血症性ショックを起こす というものである」 「そして,絞扼性イレウスにおいては,積極的なイレウス解除状 態を早期に成立させることが肝要であり,開腹手術は,腸管の絞 扼部位を解除して血行を改善し,壊死に陥った腸管を切除するな どの処置であるところ,一般的には,患者がショックを起こすま でにこれらの処置を施せば,上記(1)ないし(3)の機序によって患者 がショックを起こすことを防げる蓋然性が高いといえる」 「しかして,本件では,5月14日午前8時10分ころの1度目 のショックの時点以降も,意識レベルの低下は認められず,血圧 もしばしば低下しながらも一定程度維持はされており,呼吸も一 応管理はされていたものであるのに,同日午後1時45分ころの 意識レベルの低下,心肺停止にまで至る2度目のショック以降, 症状が急激に悪化して死亡したものであるから,被告病院医師が 同日午前8時10分ころに絞扼性イレウスを念頭に開腹手術を開 始したならば,Eがその約5時間後である同日午後1時45分こ ろに再度の重篤なショックを起こすことを防げた蓋然性が高いと 認めるのが相当であり,他に,本件全証拠を検討しても,上記認 定判断を覆すに足りる証拠はない」 「したがって・・・,被告病院医師の義務違反とEの死亡との間 には因果関係があるといえる」 ■被告の責任 「被告病院医師・・・の義務違反(過失)は民法709条の不法 行為を構成するものであるところ,それが被告の事業の執行につ いて行われたものであることは明らかであるから,被告は,民法 715条(使用者責任)に基づき,Eの死亡によって生じた損害 を賠償すべき責任を負う」 ■損害 ・逸失利益 賃金収入315万1000円及び年金収入60万0600円。 76歳までの7年間(ライプニッツ係数5.7863)は就労して 同程度の収入(賃金収入と年金収入)を得ることができ,また, その後83歳までの7年間は年額60万0600円の年金を受給。 また,生活費控除率は,76歳までは40%,それ以降は100 %として,(315万1000円+60万0600円)×(1− 0.4)×5.7863=1302万4729円 ・ 慰謝料 2800万円が相当。 ・葬儀関係費用 150万円が相当。 ・原告Aが2分の1を,原告B・Cはが各4分の1をそれぞれ相 続。 ・ 弁護士費用 原告Aにつき200万円,原告B・Cにつき各100万円と認め るのが相当。 ■判決主文 1 被告は,原告Aに対し金2326万2364円,原告B及び原 告Cに対し各金1163万1182円並びにこれらに対する平成 16年4月2日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支 払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 <以下略>