判例速報
※この記事は、2006-11-07にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,未破裂脳動脈りゅうの存在が確認された患者がコイルそ く栓術を受けたところ,術中にコイルがりゅう外に逸脱するなど して脳こうそくが生じ,死亡した場合において,担当医師に説明 義務違反がないとした原審の判断に違法があるとされた最高裁判 決です。 また差し戻し後に義務違反の有無が改めて審理される。 ■年月日・裁判所 H18.10.27 最高裁判所第二小法廷 ■当事者 上告人側:大学教授A(上告人は妻ら相続人) 被上告人:防衛医科大学校病院を設置運営。 ■診療経過(原審の確定した事実関係) ・平成7年11月10日,A教授,講義中に意識障害。B病院に おいて一過性脳動脈虚血発作の可能性を指摘された。 ・11月下旬ころ,B病院において頭部の造影CT検査を受けた ところ,左内けい動脈分岐部付近に動脈りゅうが存在することが 疑われ,本件病院の脳神経外科を紹介された。 ・平成7年12月7日以降,本件病院の脳神経外科を受診し,1 2月18日,造影3次元CT検査を受けた。 ・12月22日,C医師は,A及びその妻である上告人X1に, 上記検査の画像の所見から,左内けい動脈分岐部に動脈りゅうが 存在することがほぼ確実になったと告げ,(1)動脈りゅうの治療を するためには脳血管撮影を行う必要があること,(2)現時点で治療 を全く希望しないのであれば,脳血管撮影を行う必要がないこと, (3)脳血管撮影ではカテーテルを動脈内にはわせるので,低い確率 ではあるが,脳血栓等の合併症があり得ることなどを説明した。 ・平成8年1月19日。Aが脳血管撮影を受けることを希望した ことから,脳血管撮影が行われたところ,Aの左内けい動脈分岐 部に上向きに動脈りゅう(最大径が約7.9mm)が存在すること が確認された。Aに確認された未破裂脳動脈りゅうは,無症状性 のものであったところ,このような動脈りゅうに対しては,保存 的に経過を見るという選択肢と治療をするという選択肢があり, また,治療をするという場合には,開頭手術(開頭して動脈りゅ うのけい部を永久的にクリップして閉じ,りゅうに血液が流入し ないようにする術式)という選択肢とコイルそく栓術という選択 肢があったが,いずれの選択肢も当時の医療水準にかなうもので あった。 ・平成8年1月26日,C医師は,A及び上告人X1に,脳血管 撮影の所見を説明した上で,(1)脳動脈りゅうは,放置しておいて も6割は破裂しないので,治療をしなくても生活を続けることは できるが,4割は今後20年の間に破裂するおそれがあること, (2)治療するとすれば,開頭手術とコイルそく栓術の2通りの方法 があること,(3)開頭手術では95%が完治するが,5%は後遺症 の残る可能性があること,(4)コイルそく栓術では,後になってコ イルが患部から出てきて脳こうそくを起こす可能性があることを 説明した。また,C医師は,同日,Aらに,治療を受けずに保存 的に経過を見ること,開頭手術による治療を受けること,コイル そく栓術による治療を受けることのいずれを選ぶかは,患者本人 次第であり,治療を受けるとしても今すぐでなくて何年か後でも よい旨を告げたところ,Aが2月23日C医師に開頭手術を希望 する旨を伝えたことから,29日に本件病院でAの動脈りゅうに ついて開頭手術が実施されることとなった。 ・本件病院に勤務していたD教授は,Aの動脈りゅうについては, 開頭手術が相当であると考え,C医師に同手術の実施を指示して いたが,平成8年2月27日の手術前のカンファレンスにおいて, 脳血管撮影の所見をよく検討した結果,内けい動脈そのものが立 ち上がっており,動脈りゅう体部が脳の中に埋没するように存在 しているため,恐らく動脈りゅう体部の背部は確認できないので, 貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉そくしてしまう可能 性があり,開頭手術はかなり困難であるとして,破裂例であれば 開頭手術が第1選択でもよいかもしれないが,未破裂例なのでま ずコイルそく栓術を試してみてもよいのではないか,コイルそく 栓術がうまくいかないときは再度本人及び家族と話をして,術後 の神経学的機能障害について十分納得を得られるのであれば開頭 手術を行ってもよいかもしれないと提案した。これを受けて,本 件病院の放射線科のE医師が,Aの動脈りゅうの口径はかなり広 いけれども,動脈りゅう体部にある程度丸い形があるので,挿入 するコイルが落ち込むことはないと思われる,28日に動脈りゅ う造影を行い,コイルの挿入が可能であると判断できればコイル そく栓術を実施する旨の発言をしたことから,手術前のカンファ レンスの結論として,Aの動脈りゅうについては,まずコイルそ く栓術を試し,うまくいかないときは開頭手術を実施するという 方針が決まった。 なお,上記のとおり開頭手術が困難である場合に,まずコイルそ く栓術を試すということは,当時の医療水準にかなうものであっ た。 ・C医師とE医師は,平成8年2月27日の上記カンファレンス の終了後,A及び上告人X1に,Aの動脈りゅうが開頭手術をす るのが困難な場所に位置しており開頭手術は危険なので,コイル そく栓術を試してみようとの話がカンファレンスであったことを 告げ,開頭しないで済むという大きな利点があるとして,コイル そく栓術を勧めた。E医師は,これまでコイルそく栓術を十数例 実施しているが,すべて成功していると説明した。Aが,「以前, 後になってコイルが出てきて脳こうそくを起こすおそれがあると 話しておられたが,いかがなのでしょうか。」と質問したところ, E医師は,うまくいかないときは無理をせず,直ちにコイルを回 収してまた新たに方法を考える旨を答えた。同日のC医師らの説 明は,30〜40分程度であった。C医師らは,この時までに, Aらに,コイルそく栓術には術中を含め脳こうそく等の合併症の 危険があり,合併症により死に至る頻度が2〜3%とされている ことについての説明も行った上で,夕方には,Aらから,2月2 8日にコイルそく栓術を実施することの承諾を得た。 ・平成8年2月28日,動脈りゅう造影が行われ,Aにはコイル そく栓術の実施が可能であると判断されたことから,E医師は, 午前11時50分ころ,カテーテルによりコイルの動脈りゅう内 への挿入を開始した。しかし,正午ころには,動脈りゅう内に挿 入したコイルの一部が,りゅう外に逸脱してりゅうをそく栓する ことができず,内けい動脈内に移動して中大脳動脈及び前大脳動 脈をそく栓する危険が生じたことから,E医師は,コイルそく栓 術を中止し,コイルの回収作業をすることとし,リトリーバー (コイルを回収するための器具)を用いるなどして,午後3時1 0分ころまで,コイルの回収を試みたものの,動脈りゅう内のコ イルに結び目が形成されたために,コイルの回収はできなかった。 そこで,脳神経外科のC医師らは,午後4時5分ころから,全身 麻酔を行った上で開頭手術を実施し,動脈りゅう内に在ったコイ ルについては,午後9時25分ころ除去することができたものの, 内けい動脈内に移動したコイルの一部については,内けい動脈を 切り裂くおそれがあったために,除去することができなかった。 ・Aは,上記開頭手術終了後も,意識が回復することはなく,動 脈りゅう内から逸脱したコイルによって生じた左中大脳動脈の血 流障害に起因する脳こうそくにより,平成8年3月1日には脳死 状態となり,3月13日死亡した。 ■原審の判断 原審は,「本件病院の担当医師らに,コイルそく栓術の手技等に ついての過失があったとはいえないとして,同過失を理由とする 損害賠償請求について棄却すべきものとした上で,上記医師らは, 動脈りゅうの危険性,Aが採り得る選択肢の内容,それぞれの選 択肢の利点と危険性,危険性については起こり得る主な合併症の 内容及び発生頻度並びに合併症による死亡の可能性をAに説明し たということができ,上記医師らに説明義務違反は認められない」 として棄却した。 ■最高裁の判断 「しかしながら,原審の上記判断のうち説明義務違反を理由とす る損害賠償請求に関する部分は是認することができない。その理 由は,次のとおり」 「医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たって は,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当 該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付 随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利 害得失,予後などについて説明すべき義務があり,また,医療水 準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,患者が そのいずれを選択するかにつき熟慮の上判断することができるよ うな仕方で,それぞれの療法(術式)の違いや利害得失を分かり やすく説明することが求められると解される(最高裁平成10年 (オ)第576号同13年11月27日第三小法廷判決・民集5 5巻6号1154頁参照)」 「そして,医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たっ て,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合に は,その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に,い ずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢 も存在し,そのいずれを選択するかは,患者自身の生き方や生活 の質にもかかわるものでもあるし,また,上記選択をするための 時間的な余裕もあることから,患者がいずれの選択肢を選択する かにつき熟慮の上判断することができるように,医師は各療法 (術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について 分かりやすく説明することが求められるものというべき」 「前記事実関係によれば,Aの動脈りゅうの治療は,予防的な療 法(術式)であったところ,医療水準として確立していた療法 (術式)としては,当時,開頭手術とコイルそく栓術という2通 りの療法(術式)が存在していたというのであり,コイルそく栓 術については,当時まだ新しい治療手段であったとの鑑定人Fの 指摘がある」 「記録によれば,本件病院の担当医師らは,開頭手術では,治療 中に神経等を損傷する可能性があるが,治療中に動脈りゅうが破 裂した場合にはコイルそく栓術の場合よりも対処がしやすいのに 対して,コイルそく栓術では,身体に加わる侵襲が少なく,開頭 手術のように治療中に神経等を損傷する可能性も少ないが,動脈 のそく栓が生じて脳こうそくを発生させる場合があるほか,動脈 りゅうが破裂した場合には救命が困難であるという問題もあり, このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になるという知 見を有していたことがうかがわれ,また,そのような知見は,開 頭手術やコイルそく栓術を実施していた本件病院の担当医師らが 当然に有すべき知見であったというべきであるから,同医師らは, Aに対して,少なくとも上記各知見について分かりやすく説明す る義務があったというべき」 「また,前記事実関係によれば,Aが平成8年2月23日に開頭 手術を選択した後の同月27日の手術前のカンファレンスにおい て,内けい動脈そのものが立ち上がっており,動脈りゅう体部が 脳の中に埋没するように存在しているため,恐らく動脈りゅう体 部の背部は確認できないので,貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリッ プにより閉そくしてしまう可能性があり,開頭手術はかなり困難 であることが新たに判明したというのであるから,本件病院の担 当医師らは,Aがこの点をも踏まえて開頭手術の危険性とコイル そく栓術の危険性を比較検討できるように,Aに対して,上記の とおりカンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について 具体的に説明する義務があったというべき」 「以上からすれば,本件病院の担当医師らは,Aに対し,上記・ ・・の説明をした上で,開頭手術とコイルそく栓術のいずれを選 択するのか,いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることと するのかを熟慮する機会を改めて与える必要があったというべき」 「そうすると,本件病院の担当医師らは,Aに対し,前記・・・ の説明内容のような説明をしたというだけでは説明義務を尽くし たということはできず,同医師らの説明義務違反の有無は,上記 ・・・の説明をしたか否か・・・,上記・・・の機会(引用注: いずれの術式を選択するのかあるいは経過観察するのかを熟慮す る機会)を与えたか否か,仮に機会を与えなかったとすれば,そ れを正当化する特段の事情が有るか否かによって判断されること になるというべき」 「しかるに,原審は,上記の各点について確定することなく,前 記・・・の説明内容のような説明をしただけで,開頭手術が予定 されていた日の前々日のカンファレンスの結果に基づき,カンファ レンスの翌日にコイルそく栓術を実施した本件病院の担当医師ら に説明義務違反がないと判断したものであり,この判断には,判 決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上 記の趣旨をいうものとして理由がある」 「以上によれば,原判決のうち説明義務違反を理由とする損害賠 償請求に関する部分は破棄を免れない。そこで,以上の説示に従っ て上記部分について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差 し戻すこととする」 ■判決主文 1 原判決のうち説明義務違反を理由とする損害賠償請求に関する 部分を破棄する。 2 前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。 <以下略>