判例速報
※この記事は、2006-11-14にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,被控訴人の設置・運営するa病院において控訴人が帝 王切開術(本件手術)による出産をした後,右卵巣内血腫を生じ, 開腹手術(本件再手術)により右卵巣を摘出するに至ったことに ついて,被控訴人の担当医に,本件手術時の卵巣の取扱いあるい は本件手術後の経過観察に関し注意義務違反があるなどとして損 害賠償請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H18.6.20 大阪高裁 平成18(ネ)30号 損害賠償請求(医療過誤),未払治療費等請求反訴控訴事件 ■当事者 控訴人 :a病院において帝王切開術により出産 被控訴人:a病院を設置・運営 ■原審の判断 (1)本訴部分 大阪地裁平成15(ワ)13022号 被控訴人に,本件手術後の経過観察に関しての注意義務違反が あるとして,控訴人の請求のうち50万円の限度で認容(その余 の部分の請求を棄却) (2)反訴部分 平成16(ワ)5736号(被控訴人=原審被告から 未払治療費を請求) 上記被控訴人の債務不履行と因果関係のある部分の未払治療費 等の額を控除した25万2134円の限度で認容したがその余の 部分の請求を棄却した。 ■控訴人の控訴審での主張に対する判断 「控訴人のこの点についての主張は,要するに,控訴人には,平 成13年10月22日以降,出産を経て平成15年2月8日の本 件再手術の時点に至るまで,同一の2ないし3cm程度のムチン性 のう胞腺腫(粘液性のう胞腺腫)が存在し,殊に,同年1月22 日の本件手術時において,2cm程度の卵巣のう種が存在し,b医 師は,これを現認していたにもかかわらず,除去することを怠っ た点に過失があるとするもの」 「しかし,訂正して引用した原判決も認定するとおり,平成14 年5月25日の時点で確認された控訴人の右卵巣のう腫2個は, 同年6月1日には明らかに縮小し,それ以降も,映像としては残 されていないものの,b医師において,超音波により上記卵巣の 状態を確認したが,格別異常な所見は認められなかったもの」 「そして,一般的な医学的な知見によれば,ムチン性のう胞腺腫 等の真の卵巣腫瘍は縮小,消失することがないところ,上記時点 で認められた卵巣のう腫は,縮小,消失しているから,黄体のう 胞等の類腫瘍病変であったと解するのが相当」 「本件手術は,上記のう腫の縮小が認められた時から約半年後の 平成15年1月22日に行われたものであるところ,同手術には, b医師のみならず,a院長も助手として立ち会い,この両名によっ て控訴人の卵巣には異常のないことが確認されていることからし ても,同手術時に,控訴人に2cm程度のムチン性のう胞腺腫等の 真の卵巣腫瘍が存在し,あるいはb医師において,この程度の大 きさののう腫を現認していたと認めることはできないもの」 「そうすると,平成14年6月1日以前に控訴人に存在した卵巣 のう腫がどのようなものであれ,少なくても,本件手術時にこの ようなのう腫の存在を認めることはできないし,上記時点で存在 したのう腫と本件再手術時に認められたムチン性のう胞腺腫とは 別個のものというべき」 「確かに,卵巣茎捻転の発生原因として最も可能性が高いのは卵 巣のう腫の存在であるということは,控訴人の主張のとおりであ る。しかし,正常あるいは正常と見える卵巣においても,卵巣茎 捻転が起こり得るものであることは,文献やd意見書及びe病理 学センターに対する調査嘱託の回答に示すとおりである。そして, これが決してまれではなく,しかも,短期間内にも発生し得るも のであり,このことからしても,上記の判断に不合理な点はない ものというべき」 「したがって,本件手術を担当したb医師らにその手術上の過失 はないから,控訴人の上記主張は理由がない」 「平成15年1月22日の本件手術当時,控訴人に2cm程度の卵 巣のう腫が存在していたと認めることができないことは,先に説 示のとおりであるが,仮に,この時点において,その程度までに は至らないものの,何らかの卵巣のう腫の存在が認められたとし ても,下記のとおり,b医師らに本件手術上の過失はない」 「すなわち,前記認定事実(原判決引用)によると,平成12年 3月にはf病院で5cm大の卵巣のう腫がある旨,平成13年8月 には卵巣のう腫の縮小が認められた旨,その後,のう腫の大きさ 等につき,縮小が認められた,27mmの皮様のう腫,30mm,3 2mm,そして,平成14年5月25日には34mmののう腫2個が 存在する,これが同年6月1日には明らかな縮小と変形が認めら れた,さらに,本件手術当時,卵巣は正常大にて特変認めない旨 各診断されており,特にその卵巣のう腫が明らかに縮小している ことに照らすと,上記の本件手術当時,卵巣のう腫が存在したと しても,それは,黄体のう胞等の類腫瘍病変であり,縮小するこ とのないムチン性のう胞腺腫と解することはできない。ところで, 本件再手術により剥離切除された成人頭大の卵巣血腫は,その病 理組織検査の結果により,ムチン性のう胞腺腫及び出血性壊死と 診断されているのであるから,本件手術当時,仮に卵巣のう腫が 存在していたとしても,これが増大したものであるとはいえず, 本件手術後に発生したか,本件手術当時は,b医師らの目にとま らない程度のものであったムチン性のう胞腺腫が急速に増大した ものと推認するのが相当である。したがって,本件手術当時,何 らかの卵巣のう腫が存在していたとしても,その卵巣のう腫を切 除しなかったことに過失はないものというべき」 「また,控訴人は,被控訴人は,ア 本訴の当初,本件帝王切開術 施行時には肉眼的に確認し得ない程度であった小さな腫瘍が,術 後たまたま腫大傾向を示し,ある程度大きくなったところで茎捻 転を起こした,ないし,イ 本件の卵巣内出血の発生経過は『卵巣 腫瘍→軽度の自然増大→茎捻転→卵巣内出血』と考えていたにも かかわらずこれを変更し,『正常大の卵巣が捻転を起こした』と 主張するに至ったが,これらは,本件帝王切開時に卵巣のう腫が 存在したとの事実に繋がりかねないことを懸念して変更するに至っ たにほかならない。また,ウ 原審の弁論準備手続期日において, 当事者双方が,『帝王切開の手術時に卵巣のう腫を発見した場合, 直ちにこれを摘出すべきであるという点については争わない。』 ことを確認し,その旨調書へも記載されているにもかかわらず, このような主張の変更をすることは,いずれも意図的な責任回避 の姿勢の表れであるとして非難する」 「確かに,被控訴人の主張の内容については,控訴人のいうよう な変遷が認められる。しかし,訴訟進行中の当事者の認識状況の 変化により,ア,イのような主張の変更が認められることはもと より,ウのような訴訟の円滑な進行を図る上での了解事項という べき合意が成立し,これが調書に記載されたからといって,当該 事項が自白に該当するような場合やことさら訴訟の遅延を図る目 的を持ってなされた等の不合理なものでない限り,その後の主張 について拘束力を持つというものではなく,許されるものである。」 「そして,被控訴人において,このような主張の変遷があったの は,控訴人の卵巣茎捻転の原因については,b医師においても, 『本当の理由は分からず』,『卵巣茎捻転は,一般論としまして は,やや増大したほうがねじれやすいということは事実でありま すが,d先生の意見書にあるごとく,あるいは文献にもあるごと く,正常大の卵巣でも茎捻転があり得るという報告はいくらでも ありますので,今回,控訴人の卵巣が全くの正常大で茎捻転を起 こしたのか,少し腫大して起こしたのか,そこまでははっきりと 断定しかねると思います。』とするように,結局のところ,不明 であり,このような事情を背景に,被控訴人の主張するように, 本件の場合,『正常大の卵巣が捻転を起こし』たものと推察する 旨のd意見書の提出を機に主張の変更をするに至ったとすること は,格別不合理なものと認めることはできない」 「加えて,被控訴人は,当初から本件手術時の控訴人の卵巣は視 診上正常であり,仮に,のう腫が存在したとしても,肉眼的には 確認できないものであったと主張し,b医師もこれに沿う証言を して,控訴人には2ないし3cm大の卵巣のう腫があり,b医師は その存在を確認していたとの控訴人の主張を否認していたもの」 「そして,これまで説示したとおり,本件手術当時,控訴人にそ の主張するようなのう腫が存在したこと及びb医師はこれを認識 しながら放置したとの事実を認めがたい本件においては,既にこ の点について,被控訴人の過失を認めることはできず,控訴人の この点についての主張は理由がないことに帰する。そうであれば, このような結論は,被控訴人の主張の変遷とはかかわりなく導か れるものであり,この点からしても,控訴人の被控訴人に対する 上記批判は当を得ていないものというべき」 ■判決主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は,控訴人の負担とする。