判例速報

※この記事は、2006-12-04にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,小児もやもや病の治療のため,被告Cの設置,運営する
病院において頭蓋内外血管間接吻合術を受けた患者が,手術後に
脳梗塞を生じ死亡したことから,患者の両親が,担当医師らには,
(1)適応がなかったにもかかわらず手術を実施した過失,(2)適切
な術後管理を怠った過失,(3)手術の危険性につき十分な説明を怠っ
た過失があったなどと主張して損害賠償を請求した事案です。


■年月日・裁判所
H18.6.26 千葉地裁 平成14(ワ)2168号 損害賠償請求事件(医療過誤)


■当事者

・被告Cは,F病院を設置,運営する学校法人。被告D及び被告
Eは,いずれも,脳神経外科医師としてF病院に勤務していた者。

・原告A及び原告Bは,F病院に入院手術後に死亡したG(平成
2年生,平成13年12月15日当時11歳)の両親。

■診療経過

・Gは,平成12年ころ及び平成13年8月9日に食事中に箸を
落とし,足元がふらつく症状が,8月13日に立ちくらみ発作が,
8月14日には電話中に状況を理解しにくくなる症状が見られた
ため,8月20日,上記各症状を訴えてF病院小児科を受診し,
被告Cとの間で診療契約を締結。

・F病院は,8月28日以降,Gに対し,心電図検査,脳波検査,
頭部CT検査及び頭部MRI検査を実施し,9月10日ころまで
に,もやもや病の疑いがある旨診断。

・Gは,9月18日から20日までの間F病院に入院し,入院中
の9月19日,両側内頚,外頚動脈,左椎骨動脈造影検査を受け
た。上記検査の結果,主治医であった被告Dは,もやもや血管の
増勢期にあると診断し,10月16日に本件手術を実施すること
を決定した。その後,10月8日に既往症である気管支喘息発作
が発症したため,本件手術は11月20日に延期。

・10月3日,被告Dは,原告らに対し,本件手術及び今後の予
定等につき説明。

・被告Dは,同年11月7日,原告らに対し,Gの状態につき,
「段階に分けると6段階中2ないし3段階目であり,すぐに手術
をしなくても良いが,いずれ脳血管が詰まる可能性がある,ただ
しその時期は予測できず,そのまま何も起きない可能性もある。」
との趣旨を説明。

・Gは,15日から本件手術のためF病院に入院した。被告Dは,
同日,「術中・術後合併症」欄に「血行動態変化による神経症状
発現の可能性」と記載した手術承諾書を示した上で,原告らに対
し,Gの状態及び本件手術等につき説明を行い,原告Aは本件手
術の実施に同意。

・H医師は,20日午前9時46分から午後3時03分にかけて,
左側頭部及び右側頭部を順次切開する方法により本件手術を実施
し,被告Dは助手として関与した。本件手術中のGの血中炭酸ガ
ス分圧等の測定結果に特段の異常は見られなかった。

・Gは,本件手術終了後の午後3時50分ころ小児病棟の病室に
帰室したが,運動麻痺は認められず,そのころから両側頭部痛及
び右上腕部痛を訴え始めた。被告DはGを診察し,酸素マスクを
装着させた上で,午後4時40分ころ,ボルタレン12.5mgを
投与したところ,両側頭部痛は軽減。

・20日午後7時ころ,被告DがGを診察したところ,頭痛があ
るものの,右上腕痛は軽減し,嘔吐はなく,意識清明で巣症状は
見られなかった。また,被告Dは,看護師に指示して,Gが装着
していた酸素マスクを取り外したが,呼吸状態に著しい変化はな
かった。

・21日午前0時ころ,被告Dは,入眠中のGを起こして診察し,
頭痛があるものの,意識清明で運動麻痺及び巣症状は見られない
こと等を確認。

・午前2時ころ,I看護師がGを観察。状態に変化なし。

・午前2時20分ころ,ナースコールにより自制不能な程度の頭
痛を訴え,I看護師がボルタレン12.5mgを投与したが,頭痛
は軽快しなかった。

・午前6時・午前8時30分・午前9時,I看護師がGを観察。
その間,Gは,15分ないし30分毎に頭痛を訴えていたものの,
特段の神経症状は認めなかった。

・午前10時ころ,F病院看護師がGの左上下肢の動きがいまひ
とつであることを発見。

・午前10時51分ころ,被告Dは,同日放射線科に依頼してG
の頭部CT検査を行った。その結果,Gの右半球に低吸収域及び
腫脹が認められ,午後2時30分ころ,ICUに転棟。

・被告Dは,Gにつき脳腫脹及び切迫脳ヘルニアと診断し,22
日午後5時10分から午後6時20分にかけて,内外減圧術を実
施した。

・Gは,以降も治療を継続したが,12月15日に死亡(死因は,
もやもや病による脳梗塞に起因する急性脳腫脹)。

■本件手術の適応の有無

「この点についての複数鑑定の結果は,以下のとおりである」

J鑑定

「小児もやもや病に対する治療適応は未だ確立されたものではな
いものの,文献上,(1)一過性脳虚血発作例,(2)脳梗塞慢性期だが,
ADL(日常生活動作)が確立している例,(3)他に原因が特定で
きないコントロール不良の不随意運動(舞踏病等),(4)難治性の
虚血側と一致する頭痛が挙げられており,Gには本件手術の絶対
適応があった」

K鑑定

「Gは,放置すれば一過性脳虚血発作(TIA)を繰り返したり,
脳梗塞を発症して永続的な神経脱落症状を生じ,知能予後に影響
を及ぼす危険性もある状態であり,内科的に有効とされる治療法
はなかったのであるから,何らかの血行再建術を実施すべきであっ
た」

L鑑定

「Gの疾患は,症候性のもやもや病であったところ,若年者の症
候性のもやもや病に対する内科的治療には限界があり,これに対
して手術の効果は期待できること,症状が軽微であったとしても,
経過観察のみで軽快する例はごく少数であること,症状安定期の
手術は比較的安全に行えるのに対し,発作が頻発してから治療に
かかるのは危険なことが多いことからすれば,手術適応及び時期
には問題がなかった」

「複数鑑定の結果によれば,K鑑定及びL鑑定は,経過観察を実
施しても自然軽快する可能性は低く,むしろ脳梗塞等を発症する
危険性があり,有効な内科的療法は存在しないこと等を理由に本
件手術の適応を肯定し,J鑑定も,Gに一過性脳虚血発作が見ら
れたこと等を理由に本件手術の適応を肯定しているところ,証拠
中の医学的知見を併せ考えれば,Gには本件手術の適応があった
ものと認めるのが相当である。なお,L鑑定は,本件で行われた
ように左右両側を同時に手術する方法の他,段階的に2回にわたっ
て左右別々に手術する方法も考えられ,同時に治療する必要があっ
たかについては疑問の余地がある旨を指摘しているものの,いず
れの方法がより安全かに関しては明確な結論は出ていないとして
いるのであるから,本件手術の適応を否定する趣旨でないことは
明らか」

「これに対し,原告らは,脳梗塞等の重篤な合併症を生じる危険
性があったことを理由の1つとして,本件手術の適応がなかった
旨を主張するところ,3名の鑑定人は,いずれも本件手術による
合併症の危険性につき直接言及してはいないが,本件手術により
得られる利益が,上記危険性のリスクを上回るとの前提に立って
いるものと解するのが相当」

「したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない」

■血中炭酸ガス分圧の測定について

「この点についての複数鑑定の結果は,以下のとおりである」

J鑑定

「血中炭酸ガス分圧の測定は,術後管理の1つの指標としては有
効であるが,F病院のプロトコールにおいては,術後に安定して
いる小児例では,動脈内にサンプリング用のカテーテルを留置す
る必要がある血中炭酸ガス分圧の測定は行っておらず,本件でこ
れを行わなかったことは不適切ではなかった」

K鑑定

「本件手術後,Gには啼泣や過呼吸は見られず呼吸状態は安定し
ていたこと,採血に伴う痛みやストレス,血液量の減少等のデメ
リットがあることからすれば,血中炭酸ガス分圧の測定を行わな
かったことは適切であった」

L鑑定

「もやもや病患者について血中炭酸ガス分圧の測定をすることは,
過呼吸による脳梗塞の予防の面では有用であるが,一方において,
採血又は持続的な動脈内エラスタ(点滴用の針)留置が必要であ
り,これらによる疼痛,不安から症状の悪化を誘発する場合もあ
るため,検査による利益と不利益を勘案して適応を決すべきとこ
ろ,本件診療記録を見る限りでは,これを実施しなかったことが
不適切とまではいえない。経過観察の過程において,症状の悪化
や継続する過呼吸状態が認められた場合には,直ちに血中炭酸ガ
ス分圧の測定を実施すべきであったが,21日午前2時20分か
ら午前10時までの時間帯のGの状態については診療録中に十分
な記載が存在しないため,上記期間に血中炭酸ガス分圧の測定を
実施しなかったことの是非については判定不能である」

「複数鑑定の結果によれば,3名の鑑定人はいずれも,本件診療
記録等に現れた事実のみを前提とする限りでは,動脈内にサンプ
リング用のカテーテルを留置する必要がある血中炭酸ガス分圧測
定を実施することによる症状悪化の危険性等を考慮すれば,同測
定を実施しなかったこと自体が不適切であったとはいえないとす
る点で一致している。しかしながら,L鑑定は,経過観察の過程
において症状の悪化や継続する過呼吸状態があった場合には,直
ちに同測定を実施すべきであったところ,21日午前2時20分
から同日午前10時までの時間帯のGの状態については診療録中
に十分な記載が存在しないため,上記期間に血中炭酸ガス分圧の
測定を実施しなかったことの是非については判定不能であるとし
ている」

「K鑑定は,血中炭酸ガス分圧測定を実施しなかったことが不適
切ではなかったとしているが,上記結論に至る理由中において,
Gの呼吸状態が安定していたことを挙げていることからすれば,
呼吸状態が不安定であった場合には,血中炭酸ガス分圧測定の必
要性が生じるとの趣旨と解される。J鑑定は,血中炭酸ガス分圧
測定を実施しなかったことが不適切ではなかったとするものの
(同鑑定は,明示してはいないものの,本件診療記録等に記載さ
れたもの以外にGに異常はなかったことを前提としているものと
解される。),一般論として,もやもや病患者に対するEDAS
の術後管理としての血中炭酸ガス分圧測定の有効性を肯定してい
る」

「そうすると,各鑑定の理由を総合すると,K鑑定及びL鑑定は,
本件診療記録に記載されたもの以外に呼吸状態等の異常が生じて
いた場合には血中炭酸ガス分圧測定を実施すべきであったとする
点においては一致しているというべきであり,J鑑定もこれを直
ちに否定するものではないから,本件診療記録に記載されたもの
以外に,Gに呼吸状態等の異常が生じていたか否か及び被告らに
これを看過した過失があったか否かにつき検討を要することにな
るが,後者は合併症の観察等を怠った過失があったか否かの問題
であり,前者は上記過失があった場合に,Gの死亡との因果関係
が認められるか否かの問題に帰することになるから,それぞれの
項目において後に検討する」

■頭痛に対する対応

「この点についての複数鑑定の結果は,以下のとおりである」

J鑑定

「Gが本件手術以前には頭痛を訴えていなかったこと及び痛みの
部位が切開部位と一致することからすれば,頭痛の原因は創部痛
であったと考えられる」

K鑑定

「20日午後3時50分ころ以降の頭痛は,ボルタレンの投与に
より午後5時50分時点で軽快していることからすれば,創部痛
であった可能性が高いが,21日午前2時20分以降の頭痛は,
ボルタレンの投与によっても軽快しなかったこと等からすれば,
脳梗塞の随伴症状としての頭痛又は頭蓋内圧亢進症状としての頭
痛であった可能性も否定できない。ただし,Gが頭痛を訴えた時
点で上記判断を行い,脳梗塞の発症を予想することは困難であっ
た」

L鑑定

「頭痛の訴えが始まった20日午後3時50分時点では脳梗塞は
発症していなかったこと,脳梗塞において警告頭痛が生じること
はまずないこと,もやもや病においては脳虚血発作に伴い頭痛が
生じる場合があるものの,この場合の頭痛は2時間ないし3時間
以内の一過性かつ軽度のものが多いことなどからすれば,頭痛の
原因は本件手術による創部痛であったと考えられる」

「複数鑑定の結果によれば,J鑑定及びL鑑定は,Gに生じた頭
痛は本件手術による創部痛であったとしているのに対し,K鑑定
は,20日午後3時50分以降の頭痛は創部痛であった可能性が
高いが,21日午前2時20分以降の頭痛は脳梗塞の随伴症状又
は頭蓋内亢進症状としての頭痛であった可能性も否定できないと
しているので,この点につき検討する。J鑑定は,Gが本件手術
以前には頭痛を訴えていなかったこと及び痛みの部位が切開部位
と一致することを理由に,L鑑定は,頭痛の訴えが始まった20
日午後3時50分時点では脳梗塞は発症していなかったこと,脳
梗塞において警告頭痛が生じることはまずないこと及びもやもや
病においては脳虚血発作に伴い頭痛が生じる場合があるものの,
この場合の頭痛は2時間ないし3時間以内の一過性かつ軽度のも
のが多いことを理由に,いずれもGに生じた頭痛の原因は本件手
術により生じた創部痛であったとしている」

「これに対しK鑑定は,20日午後3時50分ころ以降の頭痛が
ボルタレンの投与により午後5時50分には軽快したのに対し,
21日午前2時20分以降の頭痛はボルタレン投与によっても軽
快しなかったことを理由に,後者は脳梗塞の随伴症状又は頭蓋内
亢進症状としての頭痛であった可能性も否定できないとするが,
頭痛が軽快したといえるか否かは程度問題であるから(看護記録
には,午後5時50分に『頭の創痛軽減』との記載はあるものの,
この時点で完全に軽快したとまでは認められない。),両者の比
較のみをもって直ちに上記結論を導くに足りる根拠となり得るか
は疑問であること,K鑑定も脳梗塞の随伴症状又は頭蓋内亢進症
状としての頭痛であった可能性も否定できないとするにとどまり,
創部痛であった可能性を積極的に否定するものではないこと等の
事情を総合すれば,Gに生じた頭痛は本件手術による創部痛であっ
たと認めるのが相当」

「さらにK鑑定は,前記判断は脳梗塞を生じた結果からの推測で
あり,頭痛を訴えた時点でこれを予測することは困難であったと
していることからすれば,K鑑定によっても,Gの頭痛の原因が
脳梗塞の随伴症状又は頭蓋内亢進症状である可能性を考慮してC
T検査等を実施しなかったことが過失であったとはいえない。上
記結論においては,3名の鑑定人の意見は一致しているというべ
き」

「したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない」

■呼吸管理

「・・・Gは本件手術終了後から酸素マスクを装着して酸素投与
を受けていたが,20日午後7時ころに診察した被告Dの指示に
より酸素投与が中止されたことが認められる」

「この点につき原告らは,F病院麻酔記録において,『酸素吸入
可能ならば』,『翌朝時まで』と記載されていたにもかかわらず,
本件手術後約4時間で酸素投与を中止したことは不適切であった
旨を主張するが,上記記載は本件手術終了時における麻酔科医師
の判断を記載したものに過ぎず(このことは同頁の『可能ならば』
との記載からも裏付けられる。),最終的な酸素投与中止時期に
ついては,患者を直接診察した医師の判断に委ねられていたとい
うべきであるところ,被告Dは前記のとおりGを診察した上で酸
素投与の中止を決定していること,本件手術後のGの呼吸状態に
は特段問題がなく,SpO2は97ないし100の間で推移して
いたこと,証拠中の医学的知見によれば,一過性脳虚血発作の発
症時には適度の酸素投与を行うとされており,発作が生じていな
い場合も常に実施する必要があるとまでは認められないこと等を
考慮すれば,上記時期に酸素投与を中止したことが不適切であっ
たと認めることはできない」

「したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない」

■合併症の観察等・小児病棟に入院させた点

「この点についての複数鑑定の結果は,以下のとおりである」

J鑑定

「Gを小児病棟に入院させた点は,F病院脳神経外科がルーチン
に行っているものであって,適切であった」

K鑑定

「Gが当時11歳であったことからすれば,専門のスタッフが看
護を行うことによりリスクを最小にできる小児病棟において周術
期管理を行うのが一般的であり,適切であったといえるが,病院
によっては内規により脳神経外科病棟で管理する場合もあるので,
F病院においてどのような診療体制がとられていたかにつき確認
する必要がある」

L鑑定

「F病院小児病棟の看護能力,特に脳外科患者に対する経験,熟
練度が不明なため判定できないが,直ちに不適切であったとは言
い難い」

「複数鑑定の結果によれば,J鑑定は,Gを小児病棟に入院させ
た点につき無条件で適切であったとするのに対し,K鑑定人はF
病院においてどのような診療体制がとられていたかにつき確認す
る必要があるとの留保付きで適切であったとし,L鑑定は,小児
病棟の看護能力が不明なため判定できないが直ちに不適切であっ
たとは言い難いとしており,3名の鑑定人の意見は必ずしも一致
していない」

「そこで,各鑑定の理由を総合して検討すると,K鑑定は,Gを
小児病棟に入院させたことがF病院において通常とられていた診
療体制に合致するか否かを検討する必要性を指摘するところ,上
記指摘は,F病院の診療体制自体が医療水準に合致するか否かに
ついての検討を必要とするとの趣旨と解され,上記検討において
は小児病棟の看護能力についての検討を要することになるから,
結局,小児病棟の看護能力の検討を要するとする点において,L
鑑定と一致しているというべきである。これに対しJ鑑定は,無
条件で適切であったとする根拠としてF病院がルーチンで行って
いるものであることを挙げるものの,これはF病院における医療
慣行を示すものにとどまり,それ自体が合理的根拠となり得るか
は疑問があるといわざるを得ない」

「そこで検討するに,F病院小児病棟はF病院のすべての診療科
目から小児患者を受け入れており,深夜帯においては看護師3名
が常駐していたこと,I看護師は,もやもや病の病態及びこれに
より脳梗塞,脳出血等の合併症を生じる可能性があるなどの知識
を有しており,少なくとも20日午後3時50分ころから午後4
時40分ころまでの時間帯には,瞳孔所見,麻痺の有無等,脳神
経外科手術後に必要な各種観察を実施していたこと(なお,I看
護師が上記観察を21日午前2時以降においても実施したか否か
については,後に検討する。)に加え,20日深夜から21日早
朝にかけての時間帯においては,脳神経外科医である被告Dが当
直医であったことを併せ考えれば,少なくとも上記時間帯におけ
るGに対する看護に関しては,F病院小児病棟は十分な看護能力
を有していたものと認めるのが相当」

「したがって,Gを小児病棟に入院させたこと自体が不適切であっ
たとは認められないから,この点についての原告らの主張は採用
できない」

■看護師による観察内容

「この点についての複数鑑定の結果は,以下のとおりである」

J鑑定

「本件手術終了以降のF病院看護師らによる観察内容は,F病院
脳神経外科がルーチンに行っているものであって,適切であった」

K鑑定

「バイタルサイン,意識状態,呼吸状態,嘔気・嘔吐,創部痛,
尿量等の一般的な術後観察の内容は適切であった。麻痺の有無,
瞳孔所見等,脳神経外科手術の術後において特に必要とされる点
については診療録等に記載するのが一般的であり,これらの点に
つき記載がないことには疑問を感じるが,瞳孔所見及び握手をし
た時の左右差を確認したとのI証言が真実であれば,この点につ
いての観察内容も適切であった」

L鑑定

「F病院診療録等には,21日午前0時以降の麻痺を含む局所神
経症状や意識状態の記載につき欠ける点が多く,同日午前6時か
ら午前9時ころまでには麻痺が出現していた可能性が高いにもか
かわらず,その記載がなされていない。同日午前2時20分にボ
ルタレンを投与した5分ないし15分後及び30分ないし60分
後には血圧測定を実施すべきであり,これが行われていなかった
とすれば不適切であった」

「複数鑑定の結果によれば,J鑑定は,看護師による観察内容に
つき無条件で適切であったとしているのに対し,K鑑定は,瞳孔
所見及び握手をした時の左右差を確認したとするI証言が真実で
あればとの条件付きで適切であったとし,L鑑定は,F病院診療
録等には麻痺を含む局所神経症状や意識状態の記載につき欠ける
点が多いとしているものの,看護内容の適切性については明確な
結論を述べておらず,3名の鑑定人の意見は必ずしも一致してい
ない」

「そこで,各鑑定の理由を総合して検討すると,無条件で適切で
あったとするJ鑑定が示す根拠が,それ自体必ずしも合理的な根
拠となり得るか疑問があることについては,・・・と同様である。
そして,K鑑定及びL鑑定は,いずれも診療録等には麻痺の有無,
瞳孔の大きさの左右差及び血圧測定の結果等の記載に欠ける部分
があり,これらの点につき十分な観察が行われていなかったとす
れば不適切であったとの趣旨と解される」

「そこで検討すると,被告らは,I看護師は瞳孔所見,握手をし
てもらって左右差がないか等の神経的な面についても適切な観察
を行っていた旨主張し,証人Iも概ねこれに沿う証言をしている。
しかしながら,同証人はその余の観察経過については記憶がない
としている部分が多く,陳述書においても,本件手術後のGに関
する記憶として残っているのは,帰室直後から創部痛を訴えてい
たこと,深夜帯において創部痛を訴えることがあったこと,IC
Uに入室したこと等であり,それ以外に詳しい記憶はないとして
いることからすれば,上記証言部分は,本件における具体的観察
経過を述べたものというよりは,脳神経外科の患者に対し通常実
施すべき観察内容を述べたものに過ぎないというべきである。そ
して,診療録中,I看護師が20日午後3時50分以降にGの看
護を担当した際の記載部分には瞳孔所見及び麻痺の有無について
の記載がされているにもかかわらず,21日午前2時以降に担当
した際の記載部分には,これらの点についての記載が存在しない
こと等の事情を総合すれば,I看護師が,瞳孔所見,握手をして
もらって左右差がないか等の神経的な面を含め,適切な観察を行っ
ていたとは認め難い」

「また,被告らは,21日午前2時20分から午前6時までの時
間帯においても,15分ないし30分ごとに観察がなされていた
旨を主張し,証人Iも同旨の証言をするが,同証人は上記観察の
事実につき『(診療録の)この記載を見ると,おそらくそういう
ことがあったと思います。』とするにとどまるのであるから,直
ちに上記観察がなされたと認めることはできない。そして,診療
録中の20日午前6時の部分には,『上記(頭痛の)訴え,15〜
30分毎にあり』との記載があるものの,これに対応する各時間
ごとの観察内容等に関する具体的記載が一切存在しないことから
すれば,上記時間帯においてI看護師が,神経症状や血圧測定を
含む十分な観察を行っていたとは認められない」

「したがって,I看護師による神経症状や血圧測定を含む観察内
容及び21日午前2時20分から午前6時までの時間帯の観察頻
度は不十分なものであったと認めるのが相当」

■被告Dによる観察の頻度,内容について

「この点についての複数鑑定の結果は,以下のとおりである」

J鑑定

「被告Dによる観察の頻度,内容は,F病院がルーチンに行って
いるものであり,適切」

K鑑定

「被告Dは,本件手術終了後の帰室時,20日午後7時,午後9
時及び21日午前0時にGを観察しており,神経脱落兆候等の異
常所見は認められていないこと,その後も看護師からの報告,診
察の要請はなかったことからすれば,被告Dによる観察の頻度及
び内容は適切」

L鑑定

「被告Dは20日午後7時,午後9時及び21日午前0時に観察
を行っており,意識及び局所神経症状につき観察がなされている
ことからすれば,21日午前0時以前の観察頻度,内容は適切で
あった。上記時刻以降については診療録等に記載がないため不明
であるが,ボルタレンの投与を指示した時点で,血圧測定につき
十分な指示がなされていたか否かは重要な論点」

「複数鑑定の結果によれば,J鑑定は無条件で適切であったとし,
K鑑定は21日午前0時以前の観察の頻度,内容は適切であり,
上記時刻以降も看護師からの報告,診察の要請がなかったことか
らすれば,自ら観察を行わなかったことに問題はないとし,L鑑
定は,21日午前0時以前の被告D自身による観察の頻度,内容
は適切であったが,上記時刻以降については記録が残っていない
ため不明であるとしている。そこで,各鑑定の理由を総合して検
討すると,看護師からの報告がなかったことを理由に適切であっ
たとの結論を導いているK鑑定は,上記時刻以降看護師が適切な
観察を実施していたことを前提とするものと解される。また,L
鑑定も,ボルタレン投与を指示した時点で血圧測定につき十分な
指示があったかどうかは重要な論点と思われるとしており,直接
的には看護師らによる血圧測定を含む適切な観察の有無を問題と
する点で一致している。そうすると,この点については,看護師
らによる観察内容が適切であったか否かの問題に帰することにな
る」

■脳梗塞発症後の措置

「・・・被告Dは21日午前10時51分ころに実施した頭部C
T検査の結果,Gの右半球に低吸収域及び腫脹の存在を認め,同
日午後2時30分ころICUに転棟させたこと及び22日午後5
時10分から午後6時20分にかけて,内外減圧術を実施したこ
とが認められる。原告らは,上記頭部CT検査の結果を受けた時
点で直ちに内外減圧術を実施すべきであり,これを行っていれば
Gの救命が可能であった旨主張するが,同手術は頭蓋骨の一部を
除去して脳圧を下げるものであり,これを実施すること自体によ
る危険性は相当に高いと考えられることからすれば,脳梗塞の診
断がなされた場合に直ちに内外減圧術の適応といえるかについて
は疑問が残ること,被告らは21日午前10時50分ころ以降,
意識レベル,麻痺の程度,瞳孔所見等の観察を行い,左片麻痺の
回復は困難と判断した上で内外減圧術の実施を決定しており,上
記判断過程に特段不適切な点があったことはうかがわれないこと
からすれば,上記時点で直ちに内外減圧術を実施しなかったこと
が不適切であったとまでは認められないというべきである。また,
仮に上記時点で内外減圧術を実施していればGの救命が可能であっ
たと認めるに足りる的確な証拠もないから,この点についての原
告らの主張は,いずれにせよ採用できない」

■脳梗塞の発症時期

「この点についての複数鑑定の結果は,以下のとおりである」

J鑑定

「21日午前0時時点では脳梗塞の発症をうかがわせる神経学的
所見はなかったのに対し,同日午前10時時点では明らかな巣症
状による左片麻痺を呈し,この時点では既に脳梗塞を発症してい
たと考えられるから,脳梗塞の発症時期は同日午前0時から午前
10時までの時間帯である」

K鑑定

「脳梗塞を疑う症状が出現したのは,左片麻痺が認められた21
日午前10時ころである。また,同日午前10時51分に実施さ
れた頭部CT検査において右大脳半球に低吸収域が出現している
こと及び一旦軽快した頭痛が再び出現した時期を考慮すると,病
態としての脳虚血が始まったのは同日午前2時ころと考えられる」

L鑑定

「21日午前10時51分に実施された頭部CT検査の結果,右
中大脳動脈領域に広範な低吸収域が出現しており,これは脳梗塞
に合致する所見であること,脳梗塞発症から上記所見が生じるま
でには少なくとも3時間を要し,鮮明な低吸収域及び周囲構造物
に対する圧迫所見が生じるまでには12時間程度を要するとされ
ていること,一方において,同日午前0時時点の診療録には麻痺
がないとの記載があることからすれば,脳梗塞の発症時期は,同
日午前0時から午前7時50分までの時間帯と確定できる。さら
に,同日午前2時20分から午前6時までの時間帯の観察が一時
的に疎になっていたことを考慮すれば,上記時間帯に脳梗塞が発
症した可能性が高いと強く推測される」

「複数鑑定の結果によれば,脳梗塞の発症時期につき,J鑑定は
21日午前0時から午前10時までの時間帯とし,K鑑定は(脳
虚血の開始時期につき)同日午前2時ころとし,L鑑定は同日午
前0時から午前7時50分までの時間帯としているのであって,
3名の鑑定人の意見は必ずしも一致していない」

「そこで,各鑑定の理由を総合して検討すると,J鑑定及びL鑑
定は,21日午前0時時点で脳梗塞の発症をうかがわせる神経学
的所見がなかったこと等を理由に発症時期は上記時刻以降である
としており,K鑑定も上記判断自体を否定する趣旨とは解されな
いから,脳梗塞の発症時期は21日午前0時以降であったと認め
るのが相当」

「一方,その終期についてL鑑定は,脳梗塞発症からCT上の低
吸収域の所見が生じるまでには少なくとも3時間を要することを
理由に同日午前7時50分以前に確定できるとしているところ,
この点については証拠中の医学的知見と一致する。また,J鑑定
は,上記医学的知見には言及せずに,左片麻痺が認められた午前
10時以前に発症したとの結論に至っているものの,上記医学的
知見を直ちに否定する趣旨とは解されない」

「これに対し,K鑑定は,一旦軽快した頭痛が再び出現した時期
を考慮すると,脳虚血が始まった時期は同日午前2時ころに特定
できるとしているが,前記認定のとおり,21日午前2時20分
ころ以降にGが訴えていた頭痛は本件手術による創部痛であった
と認めるのが相当であるから,直ちに脳虚血の開始時期を特定す
るに足りる根拠となり得るかについては疑問があるといわざるを
得ない。以上を総合すれば,Gの脳梗塞の発症時期は,21日午
前0時から午前7時50分までの時間帯であったと認めるのが相
当である(なお,L鑑定は,さらに進んで,同日午前2時20分
から午前6時までの時間帯であった可能性が高いとしているが,
上記時間帯の観察が疎であったことから直ちに上記時間帯に脳梗
塞を発症したとの事実を推認することはできないというべきであ
る。)」

■脳梗塞の原因及び回避可能性

「この点についての複数鑑定の結果は,以下のとおりである」

J鑑定

「EDASの手術術式は容易であり,専門医が行えば極めて安全
に実施できる手術であること,手術時間も短く,麻酔中の各指標
も安定していたこと,覚醒直後に神経脱落症状は認められなかっ
たことからすれば,本件手術が脳梗塞の発症に直接影響したもの
とは考えられない。本件手術の創部痛により過呼吸を生じ,これ
により血中炭酸ガス分圧が低下してもやもや血管が収縮し,最終
的に脳梗塞に至ったとの仮説は考えられるが,実際には過呼吸症
状は観察されておらず,創部痛による呼吸回数の増加により血中
炭酸ガス分圧にどの程度の影響を生じるかについても明らかでは
ないから,脳梗塞の原因は不明」

「文献によれば,もやもや病患者に術後に生じる脳虚血症状は,
麻酔管理に影響されるというよりは,もやもや病自体の重症度及
び手術術式に関係しており,術後の神経学的脱落症状を生じやす
かったのは,術前頻回に一過性脳虚血発作(TIA)を認めた場
合及び手術術式として間接吻合法が実施された場合であるとされ
ることからすれば,Gの脳梗塞の発症を回避することは不可能」

K鑑定

「もやもや病に対する血行再建術による合併症として一過性脳虚
血発作や脳梗塞が生じ得ることが知られていること,11歳の女
児がもやもや病の自然経過として致死的な脳梗塞を発症する可能
性は極めて低いことからすれば,本件手術が脳梗塞の発症に影響
を与えているものと考えられる。その具体的機序については,本
件手術中の輸液が950mlと比較的少量であったこと(文献によ
れば,15歳未満のもやもや病患者の吸入麻酔群では体重1kg当
たり毎時間平均9.1mlの輸液がなされており,これを本件に当
てはめると,Gの体重は約35kgであり,麻酔時間が6時間1
4分であったから,1958mlの輸液がなされることになる。)
及び本件手術後にGが口渇を訴えていたことからすれば,潜在的
な脱水状態が存在し,手術侵襲によるストレスホルモンであるカ
テコラミンの分泌,サイトカインをはじめとする炎症性メディエー
ターを介する反応等が関与して脳梗塞を発症するに至ったとの推
測は可能であるが,その特定は困難(回避可能性については言及
せず)」

L鑑定

「 脳梗塞の発症時期が21日午前0時から午前7時50分までの
時間帯に確定できることからすれば,本件手術が脳梗塞の直接的
な原因でないことは明らかである。同日午前2時20分のボルタ
レン投与により血圧低下を生じ,これにより脳梗塞を発症した可
能性は捨てきれないが,同日午前2時20分から午前6時までの
血圧の推移が明らかではないため,血圧低下が生じていたか否か
は不明である。また,継続的な過呼吸が存在し,これにより脳梗
塞を発症した可能性も考えられるが,一時的(5分ないし10分
程度)な過呼吸により脳梗塞を発症することは極めて希である上,
本件手術後のGの状態からすれば過呼吸の症状を訴えることが可
能だったにもかかわらず訴えた形跡がないことからすれば,過呼
吸が生じていたか否かも不明」

「I看護師らが21日午前2時20分のボルタレン投与以降に定
期的に血圧測定を実施していれば,血圧低下を早期に発見し,昇
圧剤の投与及び輸液の追加を実施することにより血圧を回復させ,
脳梗塞の発症を予防できた可能性はあるが,ボルタレンによる血
圧低下が生じていたと仮定した場合の話であり,推論の域を出な
い」

「I看護師らが神経症状等についての観察を適切に実施し,過呼
吸に起因する麻痺を発見していれば,直ちに血中炭酸ガス分圧測
定を実施し,低炭酸ガス血症の診断がつけば,鎮静剤,鎮痛剤の
投与等により脳梗塞を予防できた可能性はあるが,これには継続
する過呼吸の存在とそれが脳梗塞の直接の原因になっていたこと
の2点の仮定が必要であり,現実を無視した仮定は議論を複雑に
するだけで無益」

「血圧低下や過呼吸等の明らかな原因がないにもかかわらず左片
麻痺等の神経症状が出現していた場合は,単純な原因排除により
脳血流の回復を図るのは困難であり,むしろ患者自身に内在する
脳血流不全が主因と考えられるから,脳梗塞を回避できた可能性
は低かった。もやもや病により脳血流が不安定なところに手術侵
襲が加わることにより術後一時的に脳血流が悪化することが考え
られ,完全な周術期管理を行ったとしても,周術期の脳梗塞は発
症し得る。その場合でも,CT検査により出血性病変を除外した
後,より早期に脳梗塞に対する治療を開始し,多少でも症状を軽
減できた可能性はあるが,その可能性の程度については明言は難
しい」

「複数鑑定の結果によれば,3名の鑑定人はいずれも脳梗塞の原
因は不明であることを前提としながら,J鑑定及びL鑑定は,本
件手術が脳梗塞の直接の原因とは考えられないとしているのに対
し,K鑑定は,本件手術が脳梗塞の発症に影響を与えているとし
ているのであって,3名の鑑定人の意見は必ずしも一致していな
い」

「そこで,各鑑定の理由を総合して検討すると,K鑑定は,もや
もや病に対する血行再建術による合併症として一過性脳虚血発作
や脳梗塞が生じ得ることが知られていること,11歳の女児がも
やもや病の自然経過として致死的な脳梗塞を発症する可能性は極
めて低いことからすれば,本件手術が脳梗塞の発症に影響を与え
ていると考えられるとしているのに対し,J鑑定及びL鑑定は,
本件手術が脳梗塞の直接の原因とは考えられないとしている。し
かしながら,J鑑定は本件手術による創部痛が脳梗塞の発症に影
響した可能性を示しており,L鑑定も,過呼吸又は創部痛の治療
のために投与されたボルタレンによる血圧低下が脳梗塞の発症に
影響した可能性を示しているのであるから,3名の鑑定人はいず
れも,脳梗塞がもやもや病自体の自然増悪として発症したもので
はなく,本件手術等が脳梗塞の発症に影響を及ぼしていた可能性
を完全に否定するものではない点において一致しているというべ
きである。さらに,証拠中の医学的知見によれば,小児もやもや
病自体の増悪により致死的な脳梗塞を発症することは比較的希で
あること,Gは本件手術時点では,手術適応はあるものの,いず
れの時点で脳梗塞を発症するかについては予測できない程度の状
態であったこと,脳梗塞の発症時期は本件手術終了の約9時間な
いし17時間後である21日午前0時ないし午前7時50分の時
間帯であること等の事情を併せ考えれば,Gに生じた脳梗塞は,
もやもや病の自然増悪のみにより発症したものではなく,本件手
術等が何らかの影響を与えていたものと認めるのが相当」

「上記発症の具体的機序について,3名の鑑定人はいずれも結論
は不明であるとしながら,J鑑定は本件手術の創部痛に起因する
過呼吸により血中炭酸ガス分圧が低下してもやもや血管が収縮し,
最終的に脳梗塞に至った可能性を,K鑑定は,本件手術後のGが
潜在的脱水状態にあり,手術侵襲によるストレスホルモンである
カテコラミンの分泌,サイトカインをはじめとする炎症性メディ
エーターを介する反応等が関与して脳梗塞を発症するに至った可
能性を,L鑑定は,J鑑定と同様に過呼吸が関与していた可能性
のほか,21日午前2時20分のボルタレン投与による血圧低下
が影響していた可能性及びもやもや病により脳血流が不安定なと
ころに手術侵襲が加わることにより術後一時的に脳血流が悪化し
て脳梗塞の発症に至った可能性を示している。F病院診療録上は,
上記各機序のいずれについても,これを認めるに足りる記載は存
在しないものの,前記認定によればF病院看護師らによる観察が
不十分であったことからすれば,上記各機序をうかがわせる兆候
があったにもかかわらずこれを看過していた可能性も否定できな
いので,以下に検討する」

・過呼吸

「J鑑定は創部痛により過呼吸を生じ,これにより血中炭酸ガス
分圧が低下してもやもや血管が収縮し,最終的に脳梗塞に至った
可能性を示しており,L鑑定も具体的機序は示していないものの,
同趣旨と解される。しかしながら,本件手術終了後の20日午後
に頭痛を訴えた際には呼吸状態に特段の変化は生じなかったこと,
もやもや病患者に過呼吸が生じた場合,まず手足の痺れや脱力,
言語障害等の症状を生じるところ(L鑑定),Gはこれらの症状
を訴えていないこと等,過呼吸の存在を否定する事情は存在する
のに対し,これを肯定するに足りる事情は存在しないのであるか
ら(なお,原告らは,Gが小児であったこと,頭痛による強い痛
みがあったこと,深夜に長時間放置されたこと,21日午後7時
ころまでに酸素投与が中止されたこと,被告らがGに深呼吸を促
していたこと及びGに発熱があったことを主張するが,これらは
いずれも実際に過呼吸が生じていたとの事実を具体的に推認させ
得るものとは認められない。),Gに過呼吸があったとの事実を
認めることはできない」

・血圧低下

「L鑑定は,21日午前2時20分のボルタレン投与により血圧
低下を生じ,これが脳梗塞の原因となった可能性を示している。
しかしながら,上記時刻に投与されたボルタレンの量は12.5
mgであったところ,ボルタレンの小児1回常用量が体重1kg当た
り0.5ないし1mgであり,当時のGの体重が約35kgであっ
たことからすれば,上記投与量は常用量の約4割ないし7割程度
であること,20日午後4時40分ころに同量のボルタレンを投
与した際には,特段の血圧低下は生じなかったこと等,血圧低下
を否定する事情は存在するのに対し,これを肯定するに足りる事
情は存在しないのであるから,Gに血圧低下が生じていたとの事
実を認めることはできない」

・潜在的脱水状態

「K鑑定は,本件手術中の輸液が950mlと比較的少量であっ
たこと及び本件手術後にGが口渇を訴えていたことからすればG
に潜在的な脱水状態が存在し,手術侵襲によるストレスホルモン
であるカテコラミンの分泌,サイトカインをはじめとする炎症性
メディエーターを介する反応等が関与して脳梗塞を発症するに至っ
た可能性を示している」

「しかしながら,血液検査上は脱水は否定されているのであり
(K鑑定),口渇を訴えていたことから直ちに脱水状態があった
ということはできないから,Gに脱水状態が存在したとの事実を
認めることはできない」

「以上のとおり,頭痛による過呼吸,ボルタレン投与による血圧
低下及び潜在的脱水状態の存在がそれぞれGの脳梗塞の発症に関
与していた可能性が考えられるものの,これらが存在したことを
積極的に認めるに足りる証拠はない。そして,上記各事実が存在
しなかったとしても,G自身に内在した脳血流不全を主因として
脳梗塞を発症したとの機序が合理的に想定し得ることからすれば
(証拠中にも,十分な循環,呼吸管理を実施したにもかかわらず,
片麻痺等の周術期悪化を生じた例が示されている。),Gに生じ
た脳梗塞は自身に内在した脳血流不全を主因とするものであった
と認めるのが相当である。なお,上記機序は,従前からの脳血流
不全を主因とするものの,これに手術,麻酔等による侵襲が関与
して生じるものと考えられるから,Gが本件手術以前には相当程
度健康な状態であったとしても,このことから直ちに上記機序を
否定することはできないというべき」

「上記発症原因を前提として,被告らが合併症等についての観察
義務を尽くした場合にGの救命が可能であったか否かにつき検討
を加えているのはL鑑定のみであるところ,同鑑定は,この場合
脳梗塞の発症を回避できた可能性は低く,CT検査による出血性
病変の除外後,より早期に脳梗塞に対する治療を開始でき,多少
でも症状を軽減できた可能性はあるが,可能性の程度の明言は難
しいとしている。左片麻痺がいずれの時点で生じていたかは明ら
かではなく,これを直ちに発見してCT検査を実施したとしても,
本件で実際にCT検査が実施された21日午前10時51分より
どの程度検査時期を早めることが可能であったかは不明であるこ
と,仮に脳梗塞を発見したとしても,上記原因を前提とした場合,
対処は困難であること(L鑑定)に加え,仮に多少症状を軽減す
ることが可能であったとしても,Gの救命が可能であったといえ
るかは疑問であること等を併せ考えれば,被告らが術後の合併症
についての観察等を尽くしたとしても,Gの救命が可能であった
高度の蓋然性があったと認めることはできず,上記事実関係の下
では,その相当程度の可能性を認めることもできないというべき」

「したがって,術後の合併症についての観察等が不適切であった
ことについては,被告D及び被告E並びに被告Cの責任について
判断するまでもなく,被告らに不法行為又は債務不履行に基づく
損害賠償義務が生ずるとは認められないから,この点についての
原告らの主張は採用できない」

■説明義務違反について

「前記認定事実によれば,被告Dが15日に原告らに対し,手術
承諾書を示した上で,口頭で本件手術に関する説明を行ったこと
及び上記手術承諾書の『術中・術後合併症』欄には,『血行動態
変化による神経症状発現の可能性』との記載があることが認めら
れる」

「この点につき被告らは,被告Dから原告らに対し,本件手術及
び麻酔の侵襲により脳虚血状態を生じ,脳機能が不可逆的に障害
されて脳梗塞に至る場合及び脆弱なもやもや血管から出血して脳
実質が障害され,永続的な神経症状を生じる場合があり得る等の
説明をした旨主張し,被告Dの供述ないし供述記載にも概ねこれ
に沿う部分がある。本件手術は側頭部を2箇所にわたり切開する
ものであり,これにより機序は別論として死亡又は重篤な障害が
生じ得ることは通常人であれば容易に認識し得るにもかかわらず,
被告Dが脳梗塞を含む死亡の危険性につき何ら言及しないことは
考え難く,また,言及がなされなかった場合,原告らにおいても
直ちにこれを受け入れることは通常考え難いこと,被告Dは本件
手術を実施しなかった場合には脳血管が詰まる可能性があるがそ
の発症時期は予測できず,発症しない可能性もあるなど,本件手
術の必要性を否定する事情についても原告らに説明を行っており,
本件手術に先立つ脳血管造影検査の際には,これにより脳梗塞を
発症する可能性がある旨の説明を行っていること,手術承諾書の
『血行動態変化による神経症状発現の可能性』との記載部分は,
本件手術による合併症発症の機序が複数考えられるため,その総
称として脳梗塞を含む概念として記載したものであるとの説明に
は十分な合理性が認められること等の事情を総合すれば,被告D
の供述は,少なくとも死亡を含む重篤な結果が発生する危険性が
あるとの趣旨の説明がなされたとの点については,信用し得ると
いうべきである」

「これに対し原告らは,被告Dから脳梗塞発症の危険性について
の説明はなされておらず,手術承諾書記載の『血行動態変化によ
る神経症状発現の可能性』の意義につき質問したところ,麻痺が
出る可能性があるとの趣旨であるがその可能性は低く,重篤なも
のにはならないとの回答がなされた旨を主張し,原告Bの供述に
も概ねこれに沿う供述部分がある。しかしながら,前記のとおり
被告Dがあえて本件手術の危険性につき説明を行わないことは考
え難いこと,原告Bの供述によっても15日の被告Dの説明は1
5分弱にわたって行われたのであり,これ以前にも2回(10月
3日及び11月7日)にわたり説明がなされていたことを考慮す
れば,原告Bの供述する内容のみにとどまったとは考え難いので
あって,同人の前記供述は,被告Dの前記供述と矛盾する限度に
おいては,直ちに採用することができないといわざるを得ない」

「したがって,被告Dは,詳細な機序までは別論としても,原告
らに対し本件手術により死亡を含む重篤な合併症が生じる危険性
があるとの趣旨の説明を行ったものと認めるのが相当」

「この他原告らは,被告EがGの治療につき,手術しかないとの
趣旨の説明をしたこと及び被告Dが本件手術につき,盲腸の手術
のようなものだとの趣旨の説明をしたことが不適切であった旨を
も主張するものと解される。しかしながら,前記認定事実によれ
ば,Gは本件手術の適応がある状態であったことが認められ,ま
た,本件手術の術式は血行再建術の中では比較的安全なものであ
ることからすれば,上記各説明は,表現としてやや適切さを欠い
ているものの,いずれも医師の裁量の範囲を逸脱するものとまで
はいえない」

「したがって,この点についての原告らの主張は採用できない」

■判決主文
(請求棄却)