判例速報
※この記事は、2006-12-11にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 本件は,原告Aが,被告が開設する病院において,女児Bを分 娩する際,肩甲難産が発生し,Bが重度仮死の状態で娩出され, まもなく死亡したのは,被告病院医師に胎児仮死の徴候を見落と し,適切な治療を行わなかった過失,肩甲難産が発生する可能性 があったのに帝王切開を選択しなかった過失,肩甲難産が発生し た際,適切な手技を行わなかった過失によるものであるなどとし て,損害賠償を請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H18.6.30 名古屋地裁 平成13(ワ)3895号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 ・原告側 Bは,平成11年10月27日,原告Cと原告Aの間 の子として出生したが,同日死亡。 ・被告側 被告は,岐阜県中津川市内において被告病院を開設。 E医師は,平成11年当時,被告病院に勤務していた医師。同人 は,平成元年5月医師国家試験に合格後,F医科大学大学院医学 研究科において医学博士号を取得し,同大学付属病院産婦人科助 手を経て,平成7年7月から被告病院産婦人科へ勤務し,平成1 0年4月,同病院産婦人科部長となった。 ■診療経過 ・平成11年3月4日,原告Aは,被告病院においてE医師から 妊娠と診断された。分娩予定日は11月5日。 ・胎児の推定体重は,10月6日(妊娠35週5日)に3183 グラム,10月13日(妊娠36週5日)に3354グラム,1 0月19日(妊娠37週4日)に3526グラム。E医師は,経 膣分娩が可能であると診断。 ・10月26日午後4時ころ,原告Aは,破水(前期破水)し, 午後5時ころ,被告病院に入院。胎児の推定体重4348グラム, 原告Aの体重94.8キログラム,子宮底長43センチメートル。 子宮収縮は弱く不規則で陣痛発来はなかった。子宮口3センチメー トル開大,児頭先進部ステーションマイナス2,展退度70パー セント,子宮頸部の硬さ軟,子宮口の位置前方であった。胎児心 音は良好,羊水は黄色で漿液性できれい,BTB陽性。E医師は, 翌27日までに胎児が娩出されなければ,分娩誘発を行うこと, 経膣分娩を基本としながらも状況によっては帝王切開を行うこと とし,その準備として原告Aに絶食するよう指示。 ・平成11年10月27日,自然陣痛の発来がないため,E医師 は,原告Aに対し,分娩誘発が必要であることと,帝王切開を行 う可能性があることを説明したところ,原告Aは,経膣分娩を希 望するも,状況によっては帝王切開もやむを得ない旨回答。 ・午前6時ころから午前9時ころまでの間,1時間ごとに,分娩 誘発剤プロスタルモンE2の内服投与(1回1錠・合計4錠)が されたが,有効な陣痛発来はなく,子宮口3センチメートル開大, 児頭先進部ステーションマイナス2,展退度50パーセント,子 宮頸部の硬さやや軟,子宮口の位置中央。 ・午前9時ころから,毎時60ミリリットルの速度でプロスタル モンの点滴投与開始。 ・午前9時30分ころ,陣痛が開始した(分娩第1期)。プロス タルモンの点滴投与を毎時70ミリリットルに増量され,その後, 概ね30分毎に毎時10ミリリットルずつ増量され,午後5時こ ろには,毎時220ミリリットルの速度で投与。 ・午後0時ころ,子宮口3センチメートル開大,展退度60パー セント,児頭先進部ステーションマイナス2,子宮頸部の硬さや や軟,子宮口の位置中央,陣痛間歇は3分から4分(陣痛発作4 0秒)。 ・午後3時30分ころ,子宮口4センチメートル開大,児頭先進 部ステーションマイナス1からマイナス2,子宮頸部の硬さやや 軟,子宮口の位置中央,陣痛間歇は2分から3分(陣痛発作40 秒)であったほか,産瘤形成。 ・午後5時20分ころ,子宮口4センチメートルから5センチメー トル開大,展退度80パーセント,児頭先進部ステーションマイ ナス1からマイナス2,子宮頸部の硬さ軟,子宮口の位置前方で あった。回診した被告病院医師は,児頭下降が少しずつあること を確認し,もうしばらく点滴管理を行うこととした。 ・午後5時50分ころ,ブスコバン1管筋肉注射。 ・午後6時ころ,子宮口8センチメートル開大,展退度80パー セント,児頭先進部ステーションマイナス1,子宮頸部の硬さ軟, 子宮口の位置前方,陣痛間歇は50秒(陣痛発作60秒)であっ た。回診した被告病院医師は,子宮収縮が続けてあることを確認 し,プロスタルモンの点滴投与を毎時220ミリリットルから1 80ミリリットルに減量。 ・午後7時10分ころ,子宮口9センチメートル開大,展退度9 0パーセントから100パーセント,陣痛間歇は1分30秒(陣 痛発作50秒)であった。プロスタルモンの点滴投与が毎時20 0ミリリットルに増量。 ・午後8時5分ころ,プロスタルモンに換えて,毎時50ミリリッ トルの速度でアトニンOの点滴投与開始。 ・午後2時12分ころから午後8時40分ころまで,分娩監視装 置によって胎児心拍数記録。胎児心拍数図上,午後2時15分こ ろ以降,胎児の心拍基線の記録に,時折,数秒間から1分間程度 の途切れが見られ,午後2時40分ころから午後2時55分ころ まで及び午後6時10分ころから午後6時20分ころまでは,胎 児の心拍基線がほとんど記録されていないが,その前後の胎児の 心拍基線は120bpmから160bpm程度。 ・午後3時42分ころからは5分間程度連続して,70bpmか ら80bpm程度の心拍基線が,午後6時4分ころから午後6時 20分ころまでは時折,70bpmから90bpm程度の心拍基 線が記録されているが,入院診療録中の助産録における午後6時 5分の胎児心音の欄には「140〜120」と記載。その後,午 後7時ころまでの胎児の心拍基線は140bpmから170bp m程度であったが,それ以降から午後7時50分ころまでは,1 50bpm程度と80bpm程度の心拍基線が,所々途切れつつ 交互に記録され(150bpm程度と80bpm程度の心拍基線 は連続していない。),午後7時50分ころから胎児心拍数モニ タリングが一旦終了した午後8時40分ころまで,80bpm程 度の心拍基線が途切れ途切れに記録されているが,入院診療録中 の助産録における午後7時10分の胎児心音の欄には「良」,午 後8時の欄には「155」,午後8時25分の欄には「140〜 150」と記載。 ・午後8時50分ころ,原告Aは,分娩の準備のため分娩室へ移 動した。分娩介助には,E医師及び被告病院助産婦Gのほか,被 告病院医師H立ち会い。同時ころ,子宮口全開大となり(分娩第 2期),自己努責(腹圧)が開始され,アトニンOが毎時70ミ リリットルに増量された。入院診療録のカルテ午後8時50分の 欄には「自己のいきみで児頭下降(+)」との記載あり。 ・午後9時50分ころ,E医師は,母体の疲労から自己努責のみ では不十分と判断し,陣痛を助けるため,クリステレル圧出法を 数回行った後,会陰切開の上,同手技と併せて吸引分娩を行った。 吸引の際,児頭に装着する吸引カップが数回滑脱。 ・午後10時13分ころ,児頭が娩出されたが,両側肩甲が娩出 せず肩甲難産となり,分娩が停止した。 ・E医師らは,自己努責の促し,クリステレル圧出法に加え,母 体の恥骨に引っかかっている胎児の肩部に手を添えて旋回を助け るという手技を繰り返し行った。その際,カテーテルによる胎児 の気道確保は行われなかった。その後も両側肩甲が娩出しなかっ たことから,原告Aは,午後10時26分ころ,帝王切開の準備 のため手術室へ向けて搬送され,午後10時30分ころ,手術室 へ入室。 ・E医師らが,帝王切開の準備を待つ間,再度,上記の手技によ り経膣分娩を促したところ,午後10時59分ころ,4852グ ラムの女児であるBを経膣分娩した。Bは重度仮死の状態であっ た。 ・被告病院医師により,蘇生措置がなされたが,午後11時30 分,Bの死亡を確認。 ■胎児仮死に対する処置を怠った過失について 「 本件の胎児心拍数図には,平成11年10月27日午後7時こ ろから午後7時50分ころまで,150bpm程度と80bpm 程度の心拍基線が所々途切れつつ交互に記録され,原告らが遅発 一過性徐脈が生じたと指摘する3つの箇所で陣痛波形のピークに 遅れて80bpm程度の心拍基線が記録されている。また,同日 午後7時50分ころから午後8時40分ころまで,80bpm程 度の心拍基線が途切れ途切れに記録されている」 「その他,同日午後2時15分ころ以降,時折,数秒間から1分 間程度の途切れが見られたり,同日午後2時40分ころから午後 2時55分ころまで及び同日午後6時10分ころから午後6時2 0分ころまで,心拍基線がほとんど記録されていない部分がある ほか,同日午後3時42分ころからは5分間程度連続して70b pmから80bpm程度の心拍基線が記録され,午後6時4分こ ろから7時ころまでも時折70bpmから90bpm程度の心拍 基線が記録されている」 「ところで,分娩監視装置による胎児心拍数の計測においては, 妊婦の体動による心拍計のずれや胎動による胎児の位置の変化に より,胎児心拍数が記録されなかったり,母体心拍を記録する場 合がある」 「本件の胎児心拍数図のうち,上記で認定された部分の前後の心 拍基線を見ると,概ね120bpmから160bpm程度の正常 脈の領域にあり,特段の異常所見は認められない。そして,一過 性徐脈の場合でも心拍基線は連続して記録されること,成人の標 準心拍数は80bpmから90bpm程度であり,原告Aの入院 時の脈拍は84であることからすれば・・・,心拍基線が途切れ ている部分は,心拍計のずれや胎動による胎児の位置の変化によ り胎児心拍数が記録されなかった部分であり,70bpmないし 90bpm程度の心拍基線が記録されている部分は,母体心拍が 記録された部分であると推認される」 「そうとすると,同日午後7時ころから遅発一過性徐脈が生じた とも,同日午後7時50分ころから継続した徐脈が生じたとも認 められない」 「したがって,原告らの主張・・・は採用できない」 ■分娩方法選択の過失について 「まず,被告病院医師に平成11年10月27日午後0時の段階 で帝王切開を行う注意義務があったか否かにつき検討する」 「平成11年10月26日における胎児の推定体重は4348グ ラムの巨大児と予測され,本件分娩前の原告Aの体重は95キロ グラム,子宮底長は43センチメートルであったこと,原告Aは, 同日,前期破水し,同日午後5時の入院時の子宮口開大3センチ メートルであったが,翌27日午後0時でも子宮口開大度に変化 はなく,分娩は停止していたことなどの事情は存するものの,肩 甲難産が発生する絶対的な確率は高いものではなく,その後の分 娩経過に応じて帝王切開に移行することも可能」 「担当医師において原告Aに肩甲難産の危険性を説き,同人が帝 王切開を希望するなどの事情があれば別段,原告Aも強固ではな いにせよ経膣分娩を希望していた本件においては,同日午後0時 の段階で直ちに帝王切開を選択すべき注意義務があったとは認め られない」 ■吸引分娩を差し控え帝王切開を選択すべき過失 「次に,被告病院医師に平成11年10月27日午後9時50分 の時点において,吸引分娩は差し控え,帝王切開を選択すべき注 意義務があったか否かにつき検討する」 「まず,平成11年10月27日午後9時50分までに存在した 肩甲難産の危険因子につき検討する」 (ア) 巨大児及び母体肥満 「本件は,原告Aが被告病院に入院した平成11年10月26日, 胎児の推定体重は4348グラム,原告Aの体重は94.8キロ グラム,子宮底長は43センチメートルであり,巨大児出産が, ほぼ確実視された」 (イ) 陣痛促進剤の使用 「平成11年10月27日午前6時ころから午前9時ころまでの 間,1時間ごとに,陣痛促進剤であるプロスタルモンE2の内服 投与(1回1錠,合計4錠)が行われ,同日午前9時ころから, プロスタルモンの点滴投与が,同日午後8時5分ころ,同じく陣 痛促進剤であるアトニンOの点滴投与がそれぞれ開始」 (ウ) 分娩第2期遷延の可能性 「分娩第2期とは,子宮口全開大から娩出までの期間をいい,分 娩第2期遷延及び停止に明確な定義はなく,諸説あるが,一般的 には,分娩第2期遷延は,初産婦で2時間以上の遷延をいい,分 娩第2期停止とは,1時間以上の児頭の下降停止をいう」 「本件では,平成11年10月27日午後8時50分ころ,子宮 口全開大となって分娩第2期に入ったが,その1時間後の同日午 後9時50分にクリステレル圧出法と吸引分娩が行われているた め,同時点において分娩第2期遷延に該当するとは断定できない し,胎児の下降停止の有無についても,定かではない」 「とはいえ,分娩第2期に入ってから既に1時間が経過した時点 で,自己努責が不十分であるとして,午後9時50分以降,クリ ステレル圧出法が単独で数回行われた上で同手技と併せて吸引分 娩が行われたところ,その23分後に児頭を娩出したなどの吸引 分娩の開始に至るまでの分娩経過に照らせば,児頭の下降は思わ しくなく,同時点において吸引分娩を行わなければ,分娩第2期 遷延ないし停止となっていた可能性が相当程度あったものと推認 される」 「次に,同日午後9時50分の時点における児頭降下度につき検 討する」 「入院診療録中の助産録の平成11年10月27日午後6時5分 の欄に『SP−1』,カルテの同日午後8時50分の欄に『自己 のいきみで児頭下降(+)』との記載があるのみで,吸引分娩が 行われた同日午後9時50分ころの具体的な児頭下降度に関する 記載はなく,証人Eも証人Gも,吸引分娩施行時の児頭下降度に ついて明確な供述をしていないことから,吸引分娩を開始した際 の児頭先進部の位置は確定できない。すなわち,児頭先進部がス テーションプラス2に達していたとも,いなかったとも,断定で きない」 「もっとも,同日午後9時50分以降に,クリステレル圧出法を 数回行った上,同手技と併せて吸引分娩を行ったこと,その23 分後に児頭を娩出したこと,通常,児頭先進部がステーションプ ラスマイナス0以下であれば吸引カップの装着が可能であること (鑑定)に照らせば,児頭先進部は少なくともステーションプラ スマイナス0程度に達していたとは認められる」 「ところで,児頭下降度の表現法としては,ステーションの表現 法のほか,高在・中在・低在・出口部と表現する方式があり・・ ・,通常の場合,ステーションプラス2は,後者の表現方法によ れば中在と低在の境界域に相当するということができる。しかし, 骨盤の深さ,形に個人差があり,同じステーションでも嵌入の度 合いが異なって,ステーションによる高さの表現のみでは産道内 での児頭下降の程度が正確に看取できず,特に,胎児が大きい場 合,通常の胎児に比べて児頭の先進部と最大周囲径の距離が長い 上,大きな児頭は強く横経する傾向にあり,横経変化に応じて児 頭の最大周囲径は先進部から離れてくるため,ステーションプラ ス2でも中在にあると推定される」 「児頭先進部がステーションプラスマイナス0程度であったとす れば,児頭の最大周囲径が中在に位置していたことは明らかであ るが,仮に,児頭先進部がステーションプラス2にあったとして も,Bが巨大児であったことからすると,児頭の最大周囲径は, 未だ中在に位置していたと認められる」 ■被告病院医師の注意義務の内容について 「一旦,肩甲難産に陥った場合,児の死亡や重篤な後遺症の発生 等,その予後は極めて不良であるところ,産科臨床において,そ の発生を予測すべく肩甲難産の危険因子が指摘されているものの, 肩甲難産の発生を胎児娩出前に正確に診断する基準は確定されて いない」 「そうとすると,分娩管理に当たる医師としては,肩甲難産発生 の可能性を予測させる因子を常に念頭におき,診療当時の臨床医 学の実践における医療水準に即し,可能な診断方法を総合して, 母児に対する分娩前及び分娩中における臨床上の危険因子及びそ の徴候を発見し,それを総合することを通じて,肩甲難産発生の 可能性を予測し,これを前提とした分娩管理に努めなければなら ない」 「本件においては・・・,平成11年10月27日午後9時50 分の時点において肩甲難産の危険因子及びその徴候が存在し,肩 甲難産の発生が十分に懸念されるべき症例であったということが できる」 「そうとすると,被告病院医師としては,急速遂娩術として吸引 分娩を選択するにしても,中在からの吸引分娩,クリステレル圧 出法は差し控えて十分な児頭下降を待って行い,その結果,十分 な児頭下降が見られず,分娩第2期遷延ないし停止や著しい母体 疲労等経膣分娩に不利になる事情が生じた場合には,帝王切開に 移行するという注意義務があり,平成11年10月27日午後9 時50分の時点では直ちに帝王切開をすべき義務があったとまで は認めがたいものの,吸引分娩,クリステレル圧出法を差し控え 経過を観察すべき義務があったということができる」 ■被告病院医師の注意義務違反について 「E医師は,児頭が中在にあった同日午後9時50分ころ,漫然 と単独でクリステレル圧出法を数回行った上で,同手技と併せて 吸引分娩を行ったというのであるから,上記注意義務に違反する」 「この点,被告は,肩甲難産は予測不可能で避けられない,巨大 児,母体肥満のほか,陣痛促進剤の使用や分娩第2期の分娩停止 ないし分娩遷延をもって,帝王切開の絶対的適応とする医学的根 拠はない,児体重の推定には誤差があるし,肩甲難産の危険因子 があったとしてもその発生頻度は低く,そのすべてについて帝王 切開を選択すれば膨大な不必要な帝王切開を行うことになる,本 件症例における吸引分娩開始の判断は,産道の状態,陣痛の状態, 胎児の状態を総合的に判断して決めるものであり,臨床の現場に おける医師の裁量事項であると主張し,鑑定人Iも,肩甲難産の 可能性からの吸引分娩の適否の判断は微妙である,児頭の最大周 囲部分は内診などにより骨盤形態,児頭の変形・回旋を判断して 推定するもので,一律に規定できない,分娩管理をしていた医師 が適と判断したものを否といえるような医学的根拠を挙げるのは 困難であるとし,本件のクリステレル圧出法,吸引分娩の実施を 適切であったとする」 「確かに,危険因子があったとしても肩甲難産の発生頻度は低く, 不必要な帝王切開を避けるべきであるとの指摘は一般論としては 首肯し得る。しかし,一旦,肩甲難産に陥ったならば,児の死亡 ないし重篤な後遺症を完全に回避する術がないことに照らせば, 本件のように肩甲難産の危険因子が幾重にも重なった場合,更な る危険因子の発生に繋がる事態を回避するよう努め,その後の分 娩経過の如何によっては帝王切開に移行するという担当医師の注 意義務を否定するまでの根拠とはならない」 「また,分娩機序の複雑さとその個別性に照らせば,分娩方法の 選択及び実施は,医師の高度の知識,経験に基づく専門的裁量に 属するとはいい得る。しかし,その裁量は全くの自由裁量ではな く,診療当時の臨床医学の実践における医療水準に即し,十分な 資料の収集とそれに対する高度の知識と経験に基づく適切な評価 に裏打ちされたものでなければならない」 「本件では,午後9時50分の時点において,巨大児出産がほぼ 確実視され,陣痛促進剤が使用されたほか,分娩第2期遷延ない し停止となるおそれがあったのであるから,担当医師は肩甲難産 発生の可能性について常に念頭におき,これを前提とした分娩管 理に努めなければならなかった。しかし,担当であるE医師は, 同時点において早急に急速娩出術を実施しなければならない事情 も窺われないのに,肩甲難産の危険性を高める中在における吸引 分娩,クリステレル圧出法を併用したというのであるから,その 分娩管理において肩甲難産発生の可能性を全く念頭に置いていな かったというべきであり,結局,同医師は,その裁量を逸脱した ものといわざるを得ない」 「したがって,被告の同主張は採用できない」 ■肩甲娩出術施行上の過失について 「・・・肩甲難産に陥った場合は,気道の確保及び十分な会陰切 開を行った上,恥骨結合上縁部の圧迫,McRoberts法, Woodsのスクリュー法,Shuwartz法,Zavane lli法の施行により娩出を図るとされる」 「中でも,恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法は, 比較的安全かつ容易に行える手技であり,肩甲難産に対する処置 について記載がある『産婦人科最新診断治療指針新訂第5版』, 『周産期の母児管理4版』,『研修ノート(No.55)巨大児 と肩甲難産』のいずれもが他の手技に先立ち施行すべきとしてい る。McRoberts法については,その成功率は20パーセ ントから50パーセントとする報告があるほか,『研修ノート (No.55)巨大児と肩甲難産』によれば,『この方法により, 胎児の肩にかかる牽引力は減少し,腕神経叢の伸展,鎖骨骨折の 頻度は減少することを母体骨盤と胎児のモデルを用いた実験によ り,証明されている。』とされている」 「そうとすると,肩甲難産となった際,被告病院医師としては, 胎児を速やかに娩出すべく,状況に応じて各種手技を施行すべき であり,少なくとも,胎児の気道確保及び十分な会陰切開をした 上,恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法を施行すべ き注意義務があったというべき」 ■被告病院医師の注意義務違反について 「E医師及びH医師は,カテーテルによる気道確保を行うことな く,自己努責の促し,クリステレル圧出法に加え,母体の恥骨に 引っかかっている胎児の肩部に手を添えて旋回を助けるというW oodsのスクリュー法に相当する手技を繰り返し行ったのみで, 恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法を施行しなかっ たのであるから,上記注意義務に違反する」 「この点,被告は,E医師及びH医師は,恥骨結合上縁部の圧迫, McRoberts法,Woodsのスクリュー法,Shuwa rtz法を施行したが,これらが成功しなかったため,最後の手 段として,児頭を膣内に還納して帝王切開術へ切り換えること (Zavanelli法)も考え,手術室への移送の準備をした 旨主張し,これに沿う証人E(第2回)及び同人の陳述書がある」 「しかし,証人Eは,1回目の尋問において,カテーテルによる 気道確保については,呼吸運動ができないため,理論上ではあっ ても,実際の現場では見たことがなく,今回のケースでも行って いない旨明確に述べるとともに,肩甲娩出術についても,自己努 責の促し,クリステレル圧出法に加え,母体の恥骨に引っかかっ ている胎児の肩部に手を添えて旋回を助けるという手技を繰り返 し行った旨明確に述べている」 「同証人は,2回目の尋問において,上記のように多種多様な施 術を駆使したかの如く供述しているが,前の供述内容に照らし, その変遷は著しく,いかにも不自然であり,1回目の尋問の段階 で原告らが肩甲娩出術に関する過失の主張をしていなかったこと を考慮しても,その変遷に合理性は見いだせない」 「また,肩甲娩出が極めて困難な事例としては,大学病院におけ るチーム医療の際,その一員としてWoodsのスクリュー法や Shuwartz法が施行されたのを見た程度である旨の同証人 の供述内容,肩甲難産に陥ってから分娩に至るまで都合46分間 を要した本件の分娩経過に照らせば,多種多様な肩甲娩出術を駆 使したとする上記供述それ自体も不合理である」 「したがって,証人Eの2回目の供述は信用できず,被告の同主 張は採用できない」 ■被告病院医師の過失行為とBの死亡との因果関係について 「Bの死亡の原因は肩甲難産に陥り肩甲娩出が遅延したことにあ るところ,肩甲難産の周産期死亡率に照らせば,上記・・・の注 意義務違反がなければ,早期に肩甲を娩出し,Bの死亡が回避さ れた高度の蓋然性が認められる」 ■損害 ・逸失利益 Bは,18歳から67歳まで稼働可能。生活費は, 収入の3割。 3,417,900×(1−0.3)×(19.2390−11.6895)=18,062,405 ・慰謝料 原告らそれぞれにつき500万円と認めるのが相当。 ・葬儀費用 原告らそれぞれにつき75万円と認めるのが相当。 ・弁護士費用 原告らそれぞれにつき150万円と認めるのが相 当。 ■判決主文 1 被告は,原告らそれぞれに対し,1628万1202円及びこ れに対する平成11年10月27日から支払済みまで年5分の割 合の金員を支払え。 2 原告らのその余の請求を棄却する。 <以下略>