判例速報

※この記事は、2006-12-15にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 本件は,自宅の外階段で転倒したため救急車で被告病院に搬送
されて左大腿骨頚部骨折及び骨盤骨折の疑いとの診断で入院した
患者が,数時間後に,意識レベルが低下して声かけに反応しない
という状態に陥り,頭部のレントゲン検査及びCT検査を受けた
結果,頭蓋骨骨折,硬膜下血腫,脳室内出血が確認されたことか
ら,脳神経外科のある病院に転送されて開頭血腫除去術を受けた
ものの,意識が戻らないまま19日後に頭部外傷による急性硬膜
下血腫が原因で死亡したことにつき,その妻子である原告らが,
被告病院の担当医師において,当初診察時に頭部外傷を疑って頭
部のレントゲン検査ないしCT検査を実施するなどの注意義務に
違反した過失があると主張して,損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H18.07.13 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第26969号損害賠償請求事件


■当事者

原告側:Eは,昭和3年生まれの男性。平成14年12月9日に
74歳で死亡。原告AはEの妻,原告B・CはEと原告Aとの間
の子であり,原告ら以外にEの相続人はいない。

被告側:被告は,東京都大田区内に「F病院」という名称の病院
(被告病院)を開設。被告病院に脳神経外科はない。医師である
G医師及びH医師は,平成14年9月当時,被告病院(G医師は
整形外科,H医師は外科)で勤務。


■診療経過

・平成14年9月20日,Eは,午前11時前後ころ,自宅の勝
手口から下方の道路に降りるためのコンクリート製の外階段で転
倒し,本件階段の踊り場に座り込んでいたところを,間もなく帰
宅した原告Aに発見され,午後0時23分に原告Aが救急車を呼
んだことにより到着した救急車で午後0時51分に被告病院に搬
送。その際,Eは,救急隊員に対し,外階段で転倒した旨を告げ,
主として左大腿部痛を訴えた。

・救急車で午後0時51分に被告病院に搬送され,直ちにG医師
が診察。

・その際,Eは,自宅の外階段で転倒した旨を告げるとともに,
左手痛及び左股関節痛(左大腿部痛)を訴え,また,左肘及び右
手に擦過傷,左手に挫創(出血)が認められるなどしたことから,
股関節・手指・胸部のレントゲン検査及び骨盤のCT検査等が行
われ,その結果,左大腿骨頚部骨折及び骨盤骨折の疑いと診断
(頭部については,レントゲン検査やCT検査は行われなかった)。

・午後2時30分ころ,安静及び経過観察を目的として入院。

・午後5時ころ,意識レベルが低下して声かけに反応がないとい
う状態に陥ったため,直ちに頭部のレントゲン検査及びCT検査
を受け,その結果,頭蓋骨骨折,硬膜下血腫,脳室内出血が確認
されたことから,午後6時ころ,脳神経外科のあるI病院に転送
された

・I病院では,頭部のレントゲン検査及びCT検査等が行われて,
頭蓋骨骨折,脳挫傷,硬膜下血腫が確認され,午後8時過ぎころ
から緊急手術として開頭血腫除去術が行われた(なお,同病院に
おいてもEの頭部外傷について検索がされたが,骨折部位の頭部
表皮に針で突いた程度のピンホール様の傷から血が滲んでいると
いった微小な痕跡しか発見されなかった。)。

・12月9日に死亡した。Eの死因は頭部外傷による急性硬膜下
血腫であり,その頭部外傷は本件転倒事故の際に頭部を打ったこ
とによるもの。

■被告病院医師の過失について

「・・・高齢(74歳)のEは,自宅の外階段で転倒し,そのた
めに少なくとも大腿骨頚部及び骨盤の各骨折を生じた疑いが強かっ
たといえるところ,このような事実関係(以下『本件事実関係』
という。),すなわち,高齢者が大腿骨頚部及び骨盤の各骨折を
生ずるような強さないし態様で自宅の外階段で転倒したという事
実関係の下では,一般的には,その転倒の際に頭部をも打った可
能性があるといえる」

「・・・高齢者が頭部に衝撃を受けた(頭部外傷が生じた)場合,
頭蓋内血腫(硬膜下血腫等)等を生じやすく,頭蓋内血腫が生じ
てこれが増大すると死をもたらす危険があることから,これをで
きる限り早期に発見して,速やかに緊急開頭術により血腫を除去
する必要があるといえる。そして・・・,その発見のためには,
頭部CT検査が有用であるが,まず頭部レントゲン検査を行い,
その結果,頭蓋骨骨折が認められる場合に,頭部外傷が生じてい
るものとして頭部CT検査を行うという方法もあることが認めら
れる」

「また,・・・医学的知見によれば,外傷性頭蓋内血腫について
は,受傷当時意識が明瞭でありながら(意識清明期),30分な
いし数時間経ってから次第に意識障害が現れ,進行性に増悪する
ことがあり,特に高齢者の場合,脳の萎縮のために血腫や脳浮腫
が高度になるまで意識障害等の症状が現れないことがあるといえ
るし,頭部外傷の場合,一見すると意識障害がなさそうに見えて
も,外傷性健忘を来していて受傷時の記憶がないことがあり,外
傷性健忘の存在は頭部打撲がそれなりに強かったことを示すもの
であることから,一見すると意識障害がないと思われる場合であっ
ても,頭部打撲がないということには必ずしもならず,それゆえ
一定の頭部外傷の可能性を示唆する受傷状況が想定できる限りは,
受傷の瞬間の様子を尋ねてみることも重要であるといえる」

「しかして,前記前提事実によれば,G医師は,本件でEが被告
病院に入院した午後2時30分までの時点(以下『本件当初診察
時』という。)において,本件事実関係を把握していたといえる」

「以上の事実関係及び医学的知見を前提とすれば,G医師は,E
につき,本件当初診察時において,外傷性健忘のことも念頭に置
いて,本件転倒事故の経過,態様等(本件階段の形状,転倒ない
し転落の経過及びその原因等)を具体的に質問するなどした上,
外傷性健忘が疑われるなどして頭部外傷の疑いが残る場合には,
その有無を確認するために頭部のレントゲン検査ないしCT検査
を行うべき診療上の注意義務を負っていたといえる」

「Eは,救急隊員との間で,ごく通常に会話をすることができ,
救急隊員に対し,自宅の外階段で転倒したことや左大腿部痛があ
ることを告げたのであり,救急隊員としては,Eの意識は清明で
あると判断」

「G医師は,救急車でEが搬送されてきた際,救急隊員から上記
のような点について報告を受けるとともに,Eに対して問診をし
た。その問診に対し,Eは,ごく通常に会話をすることができ,
自宅の外階段で転倒した(落ちた)ことや左股関節が痛いことを
告げるとともに,頭や首などを打っていないかとの質問に対して
は,頭や首などは打っていないし痛くもないと明確に答えた。な
お,その後のレントゲン検査及びCT検査の際にも,Eは,G医
師から頭や首などは痛くないかと質問されたのに対し,痛くない
と答えた」

「そこで,G医師は,Eにつき,意識障害はなく,意識清明であっ
て,本件転倒事故によって頭部を打った可能性はないと判断し,
それ以上に,本件転倒事故の経過,態様等(本件階段の形状,階
段からの転落の経過,原因等)を具体的に質問することはせず,
専ら股関節付近,手指及び胸部の異常の検索を主眼に同部位のみ
についてレントゲン検査及び骨盤CT検査等を実施するに留め,
頭部についてはレントゲン検査やCT検査は実施しなかった」

「・・・G医師は,救急隊からの報告や問診時におけるEの受け
答えの状況あるいはバイタルサインに特段の異常がなかったこと,
Eが頭は打っていないし痛くもない旨述べたことなどから,その
問診結果が外傷性健忘に起因する可能性があるか否かについて特
段留意しないまま,頭部外傷の可能性はないものと判断し,検索
の対象を骨盤あるいは股関節部と特定して同部位に対するレント
ゲン検査等を実施するに留め,事故態様についての具体的な事情
聴取はせず,また,頭部についてレントゲン検査やCT検査を行
わなかったことが認められる」

「ところで,前提事実等によれば,事後的客観的にみる限り,E
は,本件転倒事故により頭部を頭蓋骨骨折が生じたほどの強さで
打っていたことが明らかであるにもかかわらず,G医師による問
診時に頭は打っていないなどと明確に答えたというのであるから,
その時点で外傷性健忘を来していたことが優に認められるのであ
り,同医師が上記の事故態様等についての詳細な問診を実施して
いれば,Eが本件転倒事故の具体的な経過,態様等を明確には覚
えていないことが判明した蓋然性が高く,したがってまた,Eが
外傷性健忘に陥っており,頭部外傷の疑いが残ることを容易に認
識することができ(この点・・・,Eは,原告Aに発見された時,
どこからどのように落ちたのか分からないと答えていたことが認
められる。),頭部のレントゲン検査ないしCT検査が実施され
ることになったであろうことが認められる」

「そうすると,G医師には・・・診療上の注意義務の違反がある
といわなければならない」

「これに対し,被告は,本件当初診察時において,Eは,特に意
識障害はなく,しかも,G医師による問診に対し,頭や首は打っ
ていないし痛くもないと明確に答えたとの事実関係を前提にすれ
ば,それ以上に問診を行う必要はないかのように主張し,他にE
に頭部外傷があることを疑わせる事情はなかったから,同医師は
注意義務を尽くしたといえる旨主張する」

「しかしながら,前記のとおり,頭部外傷の場合には,一見する
と意識障害がなさそうに見えても,外傷性健忘(逆行性健忘ない
し外傷後健忘)を来している可能性があるというのであるし,E
についても,少なくとも本件事実関係の下で負傷し,救急搬送さ
れて来てもいるのであるから,頭を打っていないとか痛くないと
いう問診結果等から頭部を打っていないと判断することは必ずし
も相当でない場合があるといえるのであって,そうであれば,担
当のG医師としては,外傷性健忘の状態にないことを問診により
確認する必要があり,所要の問診を実施していれば,外傷性健忘
の所見を得ることができ,頭部外傷の疑いを抱いてレントゲン検
査等は行われていたといえるから,被告主張の診療内容をもって
担当医師の注意義務が尽くされていたとは解されない。よって,
被告の上記主張は採用できない」

「また,被告は,頭部のレントゲン検査ないしCT検査につき,
放射線被曝を招くので,頭部外傷を疑わせる事情がない限り,こ
れを安易に行うべきではない旨主張するが,そもそも,本件では,
本来なすべき問診を尽くしていれば頭部外傷を疑わせる事情(外
傷性健忘)を把握することができたのであるし,前記のとおり,
本件事実関係の下では一般的に頭部外傷の可能性があるというべ
きところ,頭部外傷という疾患には死をもたらす重大な危険性が
あることを考えると,ここで放射線被曝のことを考慮して検査を
控えるというのは相当でない」

■死亡との因果関係

「・・・本件当初診察時において,頭部CT検査が行われていれ
ば,頭蓋骨骨折,硬膜下血腫,脳室内出血が確認されたといえる
し,頭部レントゲン検査が行われただけでも,頭蓋骨骨折が確認
されて,頭部CT検査の必要性が判明したということができ,そ
うであれば,直ちに脳神経外科のある他の病院に転送されたとい
える」

「そして・・・,Eは,上記のとおり転送されていれば,特に意
識障害が生じていないうちに開頭血腫除去術が行われることによ
り救命された蓋然性が高いと認められ,この認定を覆すに足りる
証拠はない」

「したがって,G医師の使用者である被告は,不法行為(使用者
責任)に基づいて,Eの死亡によって生じた損害を賠償すべき責
任を負う」

■損害

(1) Eに生じた損害(慰謝料)

 1000万円

(2) 原告ら固有の損害(慰謝料)

 原告Aにつき300万円,原告B及び原告Cにつき各100万
円


■判決主文

1 被告は,原告Aに対し金800万円,原告B及び原告Cに対し
各金350万円並びにこれらに対する平成17年1月6日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

<以下略>