判例速報

※この記事は、2006-12-26にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,原告A1が,平成3年6月3日,当時通園していた幼
稚園のトイレで同じ年中組であった訴外B1と衝突して頭部を強
打する事故に遭い,救急車で搬送されたC赤十字病院(被告病院)
における医師の治療に過誤があったために脳の外傷が悪化したこ
とが原因で外傷性てんかんなどを発症したとして,B1の両親で
あるB夫妻に対しては責任無能力者の監督義務者の責任に基づき,
被告病院を設置運営する被告日本赤十字社に対しては使用者責任
に基づき,損害賠償請求した事案です。


■年月日・裁判所
H18.7.19 東京地裁 平成15年(ワ)第29336号 

■当事者

・原告A1は,原告A2と原告A3の子(昭和61年生まれ)。
訴外B1は,被告B夫妻の子。平成3年6月3日当時,原告A1
は4歳,訴外B1は5歳,ともに本件幼稚園年中組に通園。

・被告日本赤十字社は,被告病院を設置運営しており,E医師は,
本件当時から被告病院に勤務している小児科医。

■診療経過

・平成3年5月26日,A1は,体温37.5度の発熱,咳,喘
鳴があり。近医を受診して喘息様気管支炎といわれ,内服薬を服
用して2,3日で軽快。

・6月1日,体温37.5度の発熱,喘鳴ごくわずかあり,家で
様子を見ていたが,6月2日午後から体温が下がり元気だった。

・平成3年6月3日午後1時20分頃A1は,,本件幼稚園で,
トイレから出ようとしたところ,トイレに入ろうとした園児と衝
突しあお向きに転倒し後頭部をぶつけた。A1が転倒したとき,
訴外B1は衝突現場のトイレにいた。A1の担任のF教諭は,A
1から頭を打ったことを聞いたが,A3にも幼稚園の園長にもそ
のことを伝えなかった。本人は何も訴えなかったので,その後も
普通に幼稚園で過ごしていた。

・13時50分に母親が幼稚園に迎えに行った。朝と比べて顔色
不良で疲れた様子だった。自転車に乗せるとしくしく泣き出した。
「つらいの」と問うと「うん」と答えていた。

・家に帰ってからぐったりしていたのですぐに寝かせたが,14
時過ぎより「痛い痛い」と泣き叫んだ。両上肢を突っ張り閉眼し
たまま泣くことを3分間ずつ3回繰り返した。1回嘔吐あり。い
くら呼んでも返事をせず,泣き叫ぶので救急車を呼んだ。

・救急車の中で歯を強く食いしばり,眼球上転あり。嘔吐(−)。
救外でEEG(脳波)の最中,嘔吐1回あり,CTをとり入院。

・原告A1は,被告病院小児科に搬送された時点で,意識障害が
あり,その程度は3・3・9度方式で3−100であった。E医
師は,診察の初めに原告A3が痛みを訴えているのが腹部かもし
れないとして「まさか腸重積ではないでしょうね」と尋ねたため,
意識障害との関係は薄いと思ったが念のため浣腸して便の性状を
確認し,腸重積を否定した。この時点では,4歳の原告A1が本
件幼稚園で頭をゴッツンしたと言っただけであるから原告A3も
原告A1が真実頭を打ったかどうか確認ができておらず,E医師
も頭を打ったかも知れないと原告A3から聞いただけであり,頭
部を診察したが外傷や打撲痕はなかった。

・E医師は,輸液を行うとともに20パーセントブドウ糖液40
CCを静脈注射し,さらに意識障害の原因を探るため,採血・検
尿等ルーティンの検査,血液ガス,頭部レントゲン写真,頭部CT 
と検査を実施。静脈注射後の検尿で尿糖++++,ケトン体+++という
異常が見られたほかは,頭部の骨折や頭蓋内出血,脳挫傷等の異
常は何も認められなかった。原告A1は,脳波検査(EEG)中に嘔
吐し,原告A3は,午後4時頃までには原告A2に電話して原告
A1が本件幼稚園で頭を打ったことを確認できたので,脳波検査
後にE医師に対して,原告A1が頭を打ったことを伝えたが,受
傷状況については何も説明できなかった。E医師は,さらに意識
障害の鑑別診断を進めるため午後5時50分頃髄液検査を実施し
たが,異常所見無し。

・E医師は,原告A1が意識障害で被告病院に搬送された時点で,
意識障害の原因として,I頭蓋内病変として,(1)頭部外傷,(2)脳
血管障害,(3)感染症,(4)脳症,(5)脳腫瘍,(6)てんかん,(7)脱
髄性疾患,(8)血管炎,II頭蓋外病変として,循環障害,呼吸障害,
代謝障害,感染症,及びIII心因性を鑑別診断する必要があると考
えていた。ただ,E医師は,病歴等を聞いて,上記のうち,Iの(2)
脳血管障害及び(5)脳腫瘍,IIの循環障害及び呼吸障害,並びにIII
については,可能性が低いと考えていた。E医師は,髄液検査を
行う前の血液検査,頭部Xp,CT,脳波検査が終了した段階で,上記
鑑別を要する疾患のうち,Iの(1)頭部外傷のうちの硬膜下血腫及び
硬膜外血腫,(2)脳血管障害のうちの脳内出血,急性小児片麻痺,
IIの循環障害,呼吸障害,代謝障害のうち糖代謝異常,肝障害の
うちの肝性昏睡,高アンモニア血症,水・電解質異常のうちの低
ナトリウム血症,高ナトリウム血症,低カルシウム血症,低マグ
ネシウム血症及び水中毒,低体温並びに熱射病が否定されたほか,
敗血症も否定されたと判断した。したがって,この時点で残され
ていた鑑別を要する疾患は,Iの(2)脳血管障害のうち少量のくも膜
下出血があるか否か,(3)脳炎などの感染症,(4)脳症,IIのうちの
代謝障害という程度となった。

・脳炎や脳症は,早期に診断して治療を開始しなければ,病状が
急変したり後遺症が残ったりする結果を招くおそれがあることか
ら,E医師は,髄液検査によって脳炎,脳症あるいはCT で検出で
きない程度の少量のくも膜下出血といったものを否定したいと考
えて髄液検査を実施した。原告A1には,髄液検査の禁忌とされ
ている脳圧亢進症状は見られなかった。原告A1の髄液検査の結
果として,血性の髄液は見られなかった。

・午後8時頃意識回復。トイレで衝突して転倒し後頭部を打撲し
たことを話した。

・午後11時40分頃頭痛を訴え,原告A2は,ようやくそのこ
ろになって長男を寝かしつけて被告病院に駆けつけて,脳外科医
の診察を求め,被告病院小児科当直医のH医師は,その希望を容
れ,当日の当直がたまたま脳外科のI医師であったので診察を依
頼した。I医師は,翌4日午前0時30分原告A1を診察して,
頭部XpやCTを検討したが,頭部に外傷もなく頭骨の骨折も脳の損
傷も認められず,神経学的にも異常所見がなかったので経過観察
でよいと判断し,その旨小児科に返答。

・原告A1は,6月4日は,機嫌良く吐き気もなく神経学的にも
異常が認められなかったので,原告A2らが退院を希望したとこ
ろ,E医師は,翌5日の退院を許可し,原告A1は,同月5日朝
血液検査を受けた後で被告病院を退院。

・退院翌日の平成3年6月6日,突然腰痛,下肢痛が出現して救
急車で被告病院を受診。原告A1は,被告病院救急外来で診察を
受けたが神経学的所見には異常がなく,巣症状もなく,診察中に
徐々に痛みが軽くなった。原告A1の家族が脳外科の診察を希望
したので救急外来からの依頼で脳外科でも診察を受けたが,発熱,
嘔吐,頭痛といった訴えはなく,起立,歩行も可能であったので,
脳外科の医師は脳外科が対応する問題ではないとして救急外来に
経過観察でよいと返事し,救急外来の医師は外来で経過観察とし
た。

・原告A1は,6月6日以降毎日のように突然下肢痛が出現し,
痛みがおさまるまでしゃがみ込んで足を動かすことができないこ
とを繰り返した。原告A1は,小学校入学後は次第にこのような
下肢痛が出現する頻度が減少した。

・しかし,6月6日以降,原告A1は下肢痛の診断,治療のため
に一度も医療機関を受診したことはなく,原因を調べるための検
査を受けたことも全くなかった。原告A2から原告A1の下肢痛
について打ち明けられ,見守ることを依頼された小学校のJ教諭
は,一度も原告A1が下肢痛に襲われたところを見たことはない。

・平成12年6月28日,中学2年生であった原告A1は,中学
校で昼休みに階段を上りきったところで急に意識を失って転倒。
けいれんの有無は不明。原告A1は,救急車でG病院に搬送され
たが,G病院到着時には意識は回復して清明。呼吸,脈拍,血圧
などバイタルサインにも異常はなく,CT も異常無し。G病院の医
師は,K病院を紹介。

・7月12日,原告A1は,K病院を受診した。K病院の外来カ
ルテには,訴え,状況等欄に,立っている時倒れて気を失った,
検査をしたい,G病院では,血液,CT,心電図,Xp 調べたが異常
なし,脳波のとれる病院に行くように言われた,原因,症状,経
過等欄に,6/28立っているとき急に意識消失発作+,全身け
いれん(5分間)今回初めて,神経学的所見異常なし,と記載さ
れている。原告A1は,同年7月14日K病院で脳波検査を受け,
外来カルテには,左右差があるθ波が出現している(θ波は,脳
の機能低下時に出現することもあるが,幼児では異常所見とはい
えない),MRIの所見は異常がないと記載されている。

・8月25日,原告A1は,クラブ活動の合宿で訪れた中学校の
箱根寮で,入浴中に洗い場で意識を失って倒れた。このとき原告
A1の手がけいれんしていた。原告A1は,救急車でL医院に搬
送されたが,到着前から意識が回復し始め,L医院に到着後完全
に意識回復。原告A1は,入院せずに箱根寮に戻ったがその後は
異常は生じなかった。

・10月1日,原告A1は,同年中学校の学園祭で演劇部の公演
で舞台上で演技をしている際に,突然身体をゆっくり回転させな
がら崩れるように倒れた。原告A2が舞台に駆け上がると,原告
A1は横向きに倒れて手足を少しけいれんさせており,口から泡
を吹いていた。原告A1は,救急車で被告病院に搬送され,12
時45分に被告病院に到着し,15時30分に帰宅した。被告病
院小児科の外来カルテには,現病歴欄に,「演劇会で意識を消失
し,体をひねりながら背中から転倒,後頭部を打った。約5分間
けいれん+,救急車内で気がついた。頭痛+,5分間のけいれん
後は閉眼しているが受け答えは可能であった。15分位して意識
が戻った。5月にも同様の既往があり,2階から3階に上がって
部屋に入って転倒。CT,脳波上異常なし。ストレスがたまってい
る。不登校の子のことをみんなに聞かれる。精神科で軽〜中度抑
うつ状態と診断され内服中」との記載があり,外来カルテの診断
欄には,平成12年5月学校でも失神したこと+,このときも体
を回転させるように倒れ最初の5分間は全身性強直けいれん様の
手足の動きあり,流涎+,その後呼名に反応,手を握り返すなど
の動きが出て15分くらいで意識レベル清明に,との記載があり,
鑑別診断としててんかんとヒステリーが記載されている。

・平成13年10月8日,ファーストフード店内で突然意識を失っ
て手足がけいれんを起こし,約5分間経過後呼びかけに反応する
ようになった。救急車でK病院に搬送されたが,到着時には意識
清明で,頭部Xp,CT 検査をしたが異常なく,医師は,駆けつけた
原告A3と原告A1に対し,今回で3回目であり,てんかん発作
が疑われるのでMRIや脳波等を外来で精査するよう説明。

・10月11日,脳波を専門とするMクリニックで脳波検査を受
け,基礎波形はα波にθ波が頭頂葉,後頭葉で混入する年齢相応
の基礎波形で,左頭頂葉優位の陰性棘波様波形が出現し,びまん
性の3〜4ヘルツの棘波様波形を伴う高振幅徐波が散発という所
見が得られ,軽度の異常が見られるという判定であった。K病院
では,同月23日,Mクリニックでの脳波検査の結果を意味がはっ
きりしない棘波が出ていると判断し,MRI検査では異常がない
が,てんかんの治療として抗てんかん剤の投与を開始。

・11月6日,原告A3は,K病院の医師に対し,本件事故が原
因でてんかんという後遺症が生じたという内容の診断書を書くよ
う依頼。K病院のN医師は,平成12年6月に初回発作,同年1
0月に2回目の発作があり,その9年前の1991年(平成3年)
に頭部外傷を受けたが,当時のCT では異常なし,頭蓋骨骨折はな
かった,意識障害があり被告病院の治療を受けたという事実関係
を前提として,MRI上異常所見がなく外傷当時の所見を持って
いない当院としては必ずしも因果関係を証明できるものではない
ことを説明して,外傷との因果関係を証明するよう要望があるが
不可能であると返答。

・平成14年3月19日から,原告A1はO病院小児神経科のP
医師の診療を受けるようになり,P医師は,平成15年9月30
日,診断書で原告A1の病名をてんかんと診断し,「てんかんの
原因は不明です。現時点では,遺伝的,器質的原因は証明できま
せん。1991年に意識消失を伴う頭部外傷の既往がありますの
で,これが本症の原因である可能性もあります」と記載した。P
医師は,原告A1の脳波の焦点を,左頭頂より中心部であると診
断。

■本件事故の状況と加害者について

「原告A1が,平成3年6月3日午後1時20分ころ,本件幼稚
園のトイレにおいて,他の園児に衝突されて倒れ,頭部を打った
ことは容易に認定できる。このとき原告A1に衝突した園児が誰
かについては,原告らは訴外B1であると主張し,被告B夫妻は
これを否認している」

「・・・原告ら主張の事実があったものと認定するのが常識にか
なうところではあるが,元々この点についての事実認定は,幼稚
園児の記憶に基づかざるを得ない点で不確実なものとならざるを
得ないこと,被告日本赤十字社の損害賠償義務の有無を判断する
ためには不必要なものであり,被告B夫妻の損害賠償義務を判断
する場合にも,他の争点の判断如何によっては不必要となる可能
性もあること,及び本件口頭弁論終結時から約15年も前に起き
た幼稚園児同士の事故について現時点において加害者を特定する
ことの当否には疑問が生じないでもないことからすると,この争
点について判断を留保し,他の争点についての判断に進むのが相
当」

■原告A1について早期の脳外科受診の必要性の有無及び髄液検
査の適応の有無について

「脳外科は,頭蓋内の手術を専門とする科であり,頭蓋内の手術
が必要でない疾患については専門外であるところ,原告A1には,
神経学的異常所見がなく,頭部Xp やCT によって頭骨の骨折や検
出可能な頭蓋内出血が存在しないことが明らかになっているから,
頭蓋内の手術の必要性はなく,脳外科の専門とする診療行為は想
定できなかったと認められるし,上記のとおり,頭蓋内出血が認
められない以上,脳外科医に連絡を取って相談する必要性も認め
られないことは・・・,明らかである。むしろ,原告A1の被告
病院到着後の主な問題点は意識障害の原因探索であり,意識障害
の原因は頭部外傷に限られないから,その原因探索は小児科が専
門とする領域であり,小児科で診療を受けたことは適切であった
と認められる」

「したがって,原告A1について早期に脳外科を受診させる必要
性があったとは認められない」

「原告A1には入院前に頭痛及び嘔吐という髄膜刺激症状がみら
れた一方,髄液検査を実施した時点で同検査の禁忌とされる状態
はなかったのであるから,一般的に神経疾患全般,特に感染症の
診断と鑑別のために髄液検査が適応とされる状態にあったと認め
られる。他方,その時点までには,原告A1が頭部を打撲したこ
とは確認できたものの,E医師はもとより原告A3にもどのよう
な状況でどの程度頭部を打撲したかについては何も情報がなかっ
たこと(原告A3から幼稚園への問い合わせ結果を聴取している
ことからすると,同医師には自ら打撲状況について調査をすべき
義務はなかったというべきである。),頭部打撲後相当時間を経
てから意識障害が生じるという珍しい経過をたどり意識障害が髄
液検査の時点でも持続していること,意識障害の程度が3・3・
9度方式で3−100と重い方から3番目のランクに入り重篤な
こと,頭部には打撲痕がなく頭骨の骨折やCT上頭蓋内出血も見ら
れないので頭部外傷の積極的根拠が存在しないこと,当日は発熱
がなかったとはいえ1週間前から風邪気味で発熱があり感染症の
可能性を完全に否定できる状況ではなかったこと等に照らすと,
その時点における原告A1の意識障害が頭部打撲によって生じた
と断定することはできず,髄液検査の必要性を減ずる事情は見当
たらなかったと認められる。そして,仮に脳炎や脳症であれば早
期に診断して治療を開始しなければ,病状が急変して重大な結果
を生じたり後遺症が残ったりするおそれがあり,脳炎や脳症の疑
いを早期に否定しておく必要があったこと等に照らすと,原告A
1については髄液検査の適応があったと認めることができる」

■原告A1に対する髄液検査の手技に問題があったか

「原告らは,無理な腰椎穿刺によって周囲の神経を傷つけたと主
張しているが,神経損傷の事実を直接的に認めるに足りる証拠は
なく,原告らの主張も検査の翌日から原告A1に下肢の痛みが生
じたことを根拠に神経損傷の事実が推認できるとの趣旨であると
考えられる」

「しかし・・・,髄液検査の結果血腫が生じて神経を圧迫したの
であれば,持続的な下肢の運動麻痺や感覚障害を引き起こすはず
であり,原告A1のように下肢の痛みが被告病院まで搬送されて
診察を受けている最中に軽減し歩行等が可能になるという一時的
な痛みについては,その原因が血腫による神経の圧迫では説明が
つかないこと,髄液検査によって出血を来したのであれば採取し
た髄液に血液が混入するのが通常であるが,採取した髄液には血
液の混入は認められなかったこと,CT 等の画像診断を受けておら
ず腰椎穿刺部位の血腫の存在が画像上明らかになっていないこと,
髄液穿刺の針が直接神経を傷つけたのであれば,やはりその傷つ
いた神経が支配する下肢の領域の持続的な運動麻痺,感覚障害を
きたすはずであること等に照らすと,原告A1に下肢の痛みが生
じたことから髄液検査の手技が不適切であったと推認することは
できず,他にE医師の髄液検査の手技が不適切であったと認める
に足りる証拠はない。なお,原告らは,母親を同席させないで検
査を実施したことや原告A1が痛がっているのに押さえつけて検
査を実施したと指摘しているが,検査に当たって母親を同席させ
るか否かは医師の判断に委せられるべき事項であるし,髄液検査
に相当の痛みが伴い4歳児にこの痛みを我慢させるのは通常困難
であることから,小児にこれを実施する際にはその身体を押さえ
つけて身動きのできない体勢にしなければ,安全に髄液検査を行
うことはできない。また,原告らは検査について母親の同意を得
ていないと指摘しているが,検査手技の適否と同意の有無とは無
関係の事柄といわざるを得ない」

「以上によると,原告A1に対する髄液検査の手技に問題があっ
たとは認められない」

■足の激痛について

「・・・原告らは,第1回の痛みの発生の際には被告病院を受診
したものの,その痛みに対しては痛みの持続中に鎮痛剤を投与す
るといった対症療法を行うほかないとの被告病院の説明に納得し,
それ以後は痛みが発生しても医療機関を全く受診せず,痛みの原
因を探るため腰椎穿刺部のCT 検査等もしていないことが認められ
る。これらのことからすると,原告A1の下肢の痛みについては,
その存在は否定できないものの,その程度はもとより発生の機序
も不明といわざるを得ない」

「このように発生の機序が不明である以上,原告A1に下肢の痛
みが本件事故時の頭部打撲によって発生したとは認められないし,
本件事故に端を発した被告病院での何らかの治療行為によって発
生したものとも認め難いから,原告ら主張の足の激痛と本件事故
との間には因果関係が認められない」

■原告A1に発生したてんかんについて

「・・・原告A1は現在てんかんに罹患しており,その発作は原
告A1が中学2年生であった平成12年6月28日に初めて生じ
たものと認められる。しかし・・・,てんかんの病因は多岐にわ
たるのであるから,原告A1が現にてんかんに罹患していること
から,直ちにそれが外傷性てんかんであると認め又は推認するこ
とは困難であり,この点については,まず,原告A1の症状が外
傷性てんかんの診断基準に合致するものか否かを慎重に検討する
必要がある」

「そこで,検討するに・・・,外傷性てんかんの診断のためには
客観的な脳損傷の存在を発見することが重要であるところ,種々
の検査を重ねても原告A1には脳に客観的な損傷が見当たらず,
しかもその日のうちに意識が回復していることからすると,原告
A1の頭部外傷は軽度であると判断され,頭部外傷が軽度の場合
に外傷性てんかんを発症する率は0.6パーセントと非常に低く
一般人がてんかんを発症する確率と大差がないことが認められる。
また,原告A1の頭部外傷はその所見からして閉鎖性頭部外傷に
該当するが,Walkerの基準では,最初のてんかん発作が外
傷以来あまり経過していない時期,閉鎖性頭部外傷の場合は外傷
後2年以内に起きることが外傷性てんかんの診断基準のひとつと
されているところ,原告A1の最初のてんかん発作は上記のとお
り外傷後9年を経過して生じているのであるから,この点におい
て原告A1の症状は外傷性てんかんの診断基準に合致しないこと
となる」

「これに対し,原告らは,原告A1が本件事故当日に自宅におい
て『痛い痛い』と泣き叫び,両上肢を突っ張り閉眼したまま泣
くことを3分間ずつ3回繰り返したこと,及び救急車の中で歯を
強く食いしばり,眼球を上転させていたことについて,これらが
てんかんのけいれん発作であったと主張する。しかし・・・,こ
れらの症状はせん妄状態なのかけいれんなのかはっきりせず,て
んかんの全般性の強直発作の部分症状として考えられないでもな
いが,初めの段階で『痛い痛い』という明確な言葉を発している
点において,これら一連の症状をてんかんとみることには違和感
が残らざるを得ない。その上,原告A1は,上記症状が出現して
からまもなく被告病院において脳波検査を受けたが,てんかんを
示す脳波は検出されていないこと,上記症状をてんかん発作と考
えると,その後9年間も発作が全くなかったことになること,原
告A1が平成12年6月28日以降におこした4回にわたるてん
かん発作には,両上肢を突っ張るといった症状がなく,発作の形
態を異にすることなどを考え合わせると,少なくとも上記症状が
上記診断基準にいう最初のてんかん発作に該当するとは認められ
ない。また,仮に,上記症状がてんかん発作であるとしても・・
・,外傷後1週間以内に発症する早期てんかんには,その後発作
を繰り返さないものもあり,若年者頭部外傷症候群に伴う早期て
んかんは外傷性てんかんに移行することはないとされているとこ
ろ,本件事故当日の原告A1の症状は若年者頭部外傷症候群のう
ちの早期てんかんを伴う症例群の特徴を備えていると認めること
ができるから,これが外傷性てんかんに移行したものとは認め難
い」

「また,原告らは,この点について,原告A3の実弟であるW医
師の意見書及びX医師の意見書を提出しているが,W医師は,一
般内科を専門とする内科医であって小児科医ではなく,てんかん
を専門とする神経内科医でもないこと,原告A1を病院で診察し
たわけではなくカルテの記載のみに基づく意見であることからし
て,同医師の意見書は採用できない。また,X医師も,原告A1
を診察したことがなくカルテの記載のみに基づくもので,救急車
内の症状を強直性のてんかん発作である可能性が高いと判断する
根拠が単に総合的判断とするのみで具体的に示されていないこと
からして,その意見書も採用できない」

「以上によると,原告A1に現に生じているてんかんの症状を外
傷性てんかんによるものであると認めることはできず,そうであ
る以上,この症状が外傷によって発症したものとも認められない
から,本件事故との因果関係もまた認められないこととなる」

■被告病院の髄液検査と損害との間の因果関係

「原告らは,被告病院での髄液検査の際に原告A1の神経損傷が
生じたとの前提の下に,同検査と原告A1のその後の足の激痛及
び外傷性てんかんとの間に因果関係があると主張する」

「しかし・・・,被告病院での髄液検査によって原告A1の神経
を損傷したとは認められないのであるから,原告らの上記主張は
前提を欠くものである」

「また・・・,原告A1に生じた足の痛みについては,第一回目
のもの以外は医療機関での診察を受けておらず,その原因を調査
するための検査もされていないため,いかなる機序で発生したの
か不明といわざるを得ず,この点からも,原告A1の足の痛みと
髄液検査との間には因果関係があるとは認められない。そして,
原告らは,足の痛みが治まった時期とてんかん発作の始まった時
期が近接していることを根拠として,両者には関係があり,てん
かん発作の出現と髄液検査との間にも因果関係があると主張して
いるが,上記のとおり,足の痛みの発生と髄液検査との間に因果
関係が認められない以上,原告らの主張を前提としても,髄液検
査とてんかん発作の出現との間には因果関係があるとは認められ
ない」

■結論

「前記・・・のとおり,原告A1に対する被告病院での診療行為
に問題があるとは認められないから,被告日本赤十字社が原告ら
に損害賠償義務を負担すべき根拠は見当たらないし・・・,原告
A1のてんかんは外傷性てんかんとは認められないから頭部を打
撲したこととてんかんとの間には相当因果関係が認められないし,
原告A1の足の痛みの原因は不明であり髄液検査ひいては頭部を
打撲したこととの間に相当因果関係が認められないから,仮に,
訴外B1が本件事故に関与していたとしても,被告B夫妻には原
告らに対する損害賠償義務は生じないこととなる」

■判決主文
(請求棄却)