判例速報
※この記事は、2007-01-19にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,被告大学の開設する病院において娩出された原告ら夫 婦の子(承継前原告)が,破水後に重症胎児仮死に陥ったことが 原因で,重症新生児仮死の状態で娩出されて重度脳性麻痺による 後遺障害を負い,そのために2年余り後に死亡したことに関し, 原告らが,上記の重症胎児仮死は,(1)担当助産師である被告Gに おいて,変動一過性徐脈が出現した時に体位変換等を行うべきで あったのに,これを怠ったこと,(2)担当医師である被告Fにおい て,高度変動一過性徐脈の出現後に内診を行うに当たり,胎胞を 破って破水させないよう静かに短時間で行うべきであったのに, これを怠ったこと,(3)担当医師である被告F及び被告Eにおいて, 破水後に高度徐脈が持続していたのであるから児頭の用手的挙上 を行うべきであったのに,これを怠ったこと,これらによる臍帯 圧迫によって生じたものであるなどと主張して,損害賠償請求し た事案です。 ■年月日・裁判所 H18.7.27 東京地裁 平成17年(ワ)第28号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 ・承継前原告亡A(平成15年12月29日生の男児)は,原告 B(昭和35年生)とその夫である原告Cとの間の子。平成18 年3月28日に死亡。 ・被告大学は,東京都狛江市内において「東京慈恵会医科大学附 属第三病院」(被告病院)を開設。平成15年12月当時,医師 である被告E・F,助産師兼看護師である被告Gは,いずれも被 告病院産婦人科に勤務。 ■診療経過 ・原告Bは,平成15年5月6日に第1子の妊娠が確認されたこ とから,5月21日,被告病院を受診して,以後,被告病院を受 診。 ・11月27日から12月15日までは切迫早産のため入院した が,その後,健康状態は良好で,胎児の発育経過も順調。9月1 1日以降の診療は被告Eが担当。 ・原告Bは,12月27日(土曜),陣痛が生じたことから午後 11時過ぎころ被告病院に入院した(陣痛室に入った。)。以後, 原告Bを担当した医師は,主として被告Fであった。 ・被告Fは,12月28日午後11時ころ,原告らに対し,「徐 々に分娩進行しているが,原発性微弱陣痛のためこのままでは分 娩に至らない可能性大きい。今夜はオスピタン(鎮痛剤)にて眠 り,明日から陣発促進する予定。」などと説明。 ・午後11時ころと29日午前3時15分ころに,それぞれオス ピタン1Aが筋肉注射されたが,午前0時ころ及び午前3時50 分ころのモニター上,リアクティブの所見(胎児良好所見)が見 られた。 ・12月29日午前8時30分ころからCTGを装着。 ・被告Eは,午前9時30分ころ,原告Cに対し,「痛みが強く 力が入ってしまうので,硬膜外麻酔をして,有効陣痛少ないので アトニンで陣痛促進する。午後まで様子を見て帝王切開もあり得 る」などと説明し,午前9時50分ころ,硬膜外麻酔を実施した。 L助産師は,午前10時10分ころから,20ml/時から始めて 15分ごとに5ml/時ずつ増量する予定で,アトニンの投与を開 始。午前10時20分ころ,アトニンを25ml/時に増量し,午 前10時35分ころには,30ml/時に増量。 ・午前10時25分以降,別紙変動一過性徐脈一覧表の「発生時 刻」「モニター上の時刻」「最減少心拍数」「持続時間」の各欄 記載のとおり,変動一過性徐脈が出現したが,午前11時05分 ころの破水までは,児心拍の基線は概ね120から140bpm の間にあり,バリアビリティも良好であって,午前10時57分 に高度変動一過性徐脈が出現するまでは,被告Gが深呼吸やリラッ クスを促したことにより回復した。なお,被告G及び被告Fは, 上記変動一過性徐脈について,午前10時57分ころまでは,変 動一過性徐脈ではなく,遅発一過性徐脈を疑っていた。被告Gは, 午前10時30分ころの内診で,胎胞がパンパン(++)である と判断。 ・被告Gは,午前10時36分の一過性徐脈を見て,3l/分で酸 素投与を開始した。被告Fは,遅くとも午前10時50分ころま でに来室し,ダブルセットアップ下で陣痛促進を続けることとし, 原告B及び家族に対し,「徐脈が出現しているが,回復速やかで 予備能は十分あると考える。今後,児の状態が悪化する様なら緊 急帝王切開の可能性あり。」などと説明して,手術承諾書を書い てもらい,手術室に連絡し,また,アトニンを30ml/時のまま 増量しないよう指示し,その後,陣痛室を離れた。 ・被告Gは,午前10時57分ころ,原告Bを仰臥位にさせて導 尿を開始したところ,高度変動一過性徐脈を認めたため,導尿を 中止して被告Fを呼び,体位を仰臥位から右側臥位へ変換した。 被告Fは,午前11時ころ来室して診察し,高度変動一過性徐脈 の回復後に子宮収縮があっても徐脈が出現しないことを認め,急 速遂娩も念頭においてしばらく注意深くフォローアップすること とした。被告Fは,午前11時05分ころ内診を開始し,その際, 胎胞(++)の所見を認め,臍帯脱出がないことを確認し,また, 児頭の回旋がはっきりわからなかったため内診に通常より長い時 間を要した。この内診の最中に破水が生じてベッドのシーツがび しょびしょに濡れた。その直後,60bpm台まで下降する徐脈 が出現したため,被告Fは午前11時06分ころアトニン投与を 中止し,被告Gは午前11時07分ころ左側臥位に体位変換した。 被告Fは,破水後も内診を続けて児頭下降度などを確認し,その 際の所見により,午前11時08分ころ緊急帝王切開を決定して 手術室に連絡した。原告Bは,午前11時15分ころストレッチャー に乗せられて手術室に向かい,午前11時20分ころ入室した。 児心拍は,午前11時20分ころ60〜70bpm台で,回復せ ず,その後更に50〜60bpm台まで低下し,午前11時40 分ころには50bpm台に低下して回復しなかった。被告Fは原 告Bに右側臥位を取らせ,その後手術室に到着した被告Eが麻酔 を施行し,被告Eが執刀医,被告Fが第1助手として午前11時 41分ころ下腹部縦切開で帝王切開術を開始した。なお,被告病 院小児科のM医師も,児の蘇生措置を行うため,手術室内で待機 していたが,直接術野を見てはいない。被告Eは,児頭が子宮頚 部の方へ進入していることを確認し,肩部を子宮体部方向へ持ち 上げ,児をできる限り体部方向へ上げた後,午前11時45分こ ろAを娩出し,手術は午後0時50分ころ終了した。被告Eは, 羊水は中等量で軽度の混濁(緑,茶)あり,臍帯は直径1cm長 さ74cmで胎盤の側方に付着して巻絡や真結節なし,胎盤早期 剥離の所見なしと認めた。 ・重症新生児仮死の状態で出生。アプガースコア,1分0点,5 分3点であった。Aの出生後,M医師は,原告C及びH(原告B の母)に対し,Aが脳死に近い状態であることなどを説明した。 ・被告Eは,被告Fから破水後の所見について報告を受けていた ところ,平成16年1月4日,原告ら及びHに対し,帝王切開に なった経緯などについて説明し,その際,下記のような発言をし た。 (1)破水の時に臍の緒が先に出ることもあるが,それもなかった。 予想に過ぎないが,破水した後に,グッと進み頭との間に臍帯が 挟まれていた可能性もある。 (2)実際に頭は下がってきており,子宮を開けたら,膣内に児頭が 入っていたが,分娩室で吸引分娩にするまで下がってはなかった。 ・Aは,破水後に重症胎児仮死に陥ったために,重症新生児仮死 の状態で出生して重度脳性麻痺による体幹機能障害及び両上肢機 能障害の後遺障害(身体障害等級1級)を負うこととなった。 ・そして,Aは,その重度脳性麻痺の影響により,平成18年3 月10日ころ肺炎を発症して,3月20日にはDICの状態に至 り,最終的には敗血症による多臓器不全により3月28日に死亡。 ■破水後の重症胎児仮死の原因について 「・・・Aが重度脳性麻痺(及びこれによる死亡)に至ったのは 破水後に重症胎児仮死に陥ったからであるところ・・・,とりわ け,変動一過性徐脈が認められたことや分娩時の所見によれば, その破水後の重症胎児仮死は,臍帯圧迫による臍帯血流障害によっ て低酸素状態に陥ったことによるものであると認められる」 「ここで,原告らは,その臍帯圧迫が生じた原因の一つとして, 午前10時25分ころから臍帯下垂が生じていたところ,午前1 1時05分ころの破水によって臍帯脱出又はそれに準じた状態が 生じたことが考えられる旨主張し,その根拠として,破水と同時 に急激に児心拍が低下し,その後も体位変換等によっても回復し ないという状態は,児頭以外での臍帯の圧迫や捻転では通常生じ 得るものではなく,臍帯脱出又はそれに準じた状態が生じたと考 えなければ説明がつきにくい旨指摘する」 「確かに,午前11時05分ころの破水時以降に高度の徐脈が出 現しており,この時に強い臍帯圧迫が生じたと考えられるところ ・・・,一般的には,このような強い臍帯圧迫を生じるのは臍帯 脱出の場合が多いことが認められるが,他方,本件全証拠を検討 しても,臍帯脱出ないしそれに準じた状態でなければ生じないと の知見は見当たらず,上記事実から直ちに臍帯脱出ないしそれに 準じた状態が生じていたと認めることはできない」 「かえって,認定事実によれば,原告Bにつき,12月27日か ら同月29日午前11時05分ころの破水に至るまで,少なくと も5名の助産師,1名の看護師,2名の医師による内診が行われ たが,臍帯下垂を認めた者は全くいないし,被告Fは破水後の内 診によって臍帯脱出を認めていない。また・・・,臍帯下垂及び 臍帯脱出は,児頭による子宮下部の閉鎖が不完全な場合に生じる ところ,認定事実によれば,本件では,臍帯の長さが74cmと 過長臍帯であったものの,頭位で,羊水も中等量であり,午前8 時30分ころにCTGが装着されてから変動一過性徐脈が最初に 出現したのは午前10時25分であったところ,そのころには, 児頭は±0cmか,せいぜい±0ないし−1cmであって,児頭 と産道壁の間には後羊水が流出する程度の間隙はあったものの, 児頭はほぼ嵌入した状態にあったことからすれば,臍帯下垂や臍 帯脱出が生じにくい状況にあったというべきである。なお,原告 らの協力医であるN医師も,その意見書において,本件の破水時 に臍帯脱出ないしそれに準じた状態が生じたとは特段指摘してい ない」 「以上からすると,本件の臍帯圧迫の原因が,破水前に臍帯下垂 があったところ破水により臍帯脱出ないしそれに準じた状態が生 じたことによるものであるとは認めるに足りない」 ■被告Gの義務違反(体位変換等)について 「原告らは,被告Gにおいて,最初に変動一過性徐脈が発生した 午前10時25分以降,遅くとも午前10時36分の3度目の変 動一過性徐脈発生の時点で,速やかに被告Fら(医師)に連絡し て診療・処置を求め,かつ,医師が到着するまでの間の手当とし て,酸素投与のみならず,体位変換及び陣痛抑制(陣痛促進剤投 与の中止)の処置を行うべき義務を負っていた旨主張する」 「上記主張の義務のうち,速やかに被告Fらに連絡して診療・処 置を求めるべき義務についてみるに,その義務が尽くされて速や かに被告Fらが到着すればどのような診療・処置が行われたとい うのか,主張が必ずしも明確でないが,原告らの主張の全体の趣 旨及びL医師の意見書に照らしてみると,結局のところ,上記の 酸素投与,体位変換及び陣痛抑制の処置をいうものと解される」 「そうすると,上記の義務違反の主張については,被告Gないし 被告Fら(以下『被告Gら』という。)において上記の酸素投与, 体位変換及び陣痛抑制の処置を行うべき義務の違反があったとい えるか否かについて検討すれば足りることになる」 「認定事実によれば,酸素投与が開始されたのは3度目に変動一 過性徐脈が出現した午前10時36分ころである」 「したがって,午前10時25分から午前10時36分ころまで の間に酸素投与を開始すべきであったといえるかが問題であると ころ,L医師は,その意見書において,2度目に変動一過性徐脈 が出現した時(午前10時34分)には酸素投与を開始すべきで あったと指摘する」 「しかし,上記の原告らの主張や意見書の見解を裏付ける文献は なく・・・,酸素投与は胎児の低酸素症に対する処置であるとこ ろ,・・・軽度の変動一過性徐脈は必ずしも胎児仮死を意味しな いものであることも考えると,それが1度ないし2度出現した時 点において,胎児仮死を疑い,母体に対し酸素投与を開始すべき と解することも困難である」 「そうすると,被告Gらにおいて午前10時36分ころよりも前 に酸素投与を開始すべきであったとはいえない」 「認定事実によれば,陣痛促進剤は,午前10時35分ころに予 定どおり25ml/時から30ml/時に増量され,午前10時5 0分ころには予定の増加はされずに30ml/時のまま維持され, そのまま午前11時06分ころの破水直後まで投与が続けられた」 「この点について,L医師は,その意見書において,2度目に変 動一過性徐脈が出現した時(午前10時34分)には陣痛促進剤 の投与を中止すべきであったと指摘する」 「しかし,本件においては,原発性微弱陣痛による分娩の遷延に 対し分娩を進行させるために陣痛促進剤が投与されているから, 陣痛促進剤の投与を中止して陣痛を抑制すべき場合というのは, 子宮収縮に伴う臍帯の圧迫,血流遮断を緩和し,胎児仮死の危険 を避ける必要がある場合と考えられるところ・・・,高度と判断 される変動一過性徐脈が繰り返し出現する場合には胎児仮死の疑 いがあると判断されるから,そのような場合にはじめて陣痛を抑 制すべきと考えられるのであり,『陣痛を促進している時に,高 度の変動一過性徐脈が頻発すれば,その投与量を減少させるか, 投与を中止して,CTGの改善の有無を見る。』との太田教授の 指摘も,この趣旨から出たものと考えられる」 「そうすると・・・,午前10時25分ころから午前11時05 分ころまでの間,午前10時57分の変動一過性徐脈を除いて, 日母基準において高度と評価される変動一過性徐脈は出現してい ないから,被告Gらにおいて陣痛を抑制すべき義務があったとは いえない」 「認定事実のとおり,午前10時57分に高度変動一過性徐脈が 出現した時に体位変換がされたところ,それ以前に体位変換を実 施すべきであったか否かについて検討する」 「この点について,L医師は,その意見書において,2度目に変 動一過性徐脈が出現した時(午前10時34分)には体位変換を 実施すべきであったと指摘している」 「確かに・・・,臍帯の圧迫は妊婦の体位を変換させることによっ て解除・緩和されることがあるし,本件において,体位変換は, 陣痛抑制とは異なり,それ自体によって具体的な弊害があると認 めるに足りる証拠はないところ,認定事実によれば,日母基準に おいても要注意とされる軽度変動一過性徐脈が数回出現したので あるから,体位変換をすることが望ましかったと考えられる」 「しかし,L医師は,その意見書において,最初の変動一過性徐 脈(なお,太田基準によれば高度の徐脈である。)の出現で直ち に体位変換を行う必要があるとは必ずしもいえないが,2度目の 変動一過性徐脈が出現した場合には体位変換を行うべきであった と指摘しているところ,そのような基準を裏付ける文献はなく, 本件全証拠を検討してみても,どのような徐脈が何回出現すれば 必ず体位変換をしなければならないというような基準が確立して いると認めるに足りる証拠はない。そうすると,変動一過性徐脈 自体は迷走神経反射によるものであり,それ自体は胎児状態の悪 化を意味しないところ,本件において,午前10時57分に高度 変動一過性徐脈が出現するまでの変動一過性徐脈は,いずれも, 日母基準において軽度であって,深呼吸やリラックスを促すこと によって短時間で回復し,バリアビリティも良好であったこと (認定事実)をも考慮すると,本件で午前10時57分よりも前 に体位変換を実施すべき法的義務があったということはできない」 「したがって,仮に本件において午前10時57分ころまでは体 位変換が実施されなかったとしても,義務違反があるということ はできない」 「なお,午前10時57分ころよりも前に体位変換が実施されて いたとしても,重症胎児仮死に陥らなかったとは認め難い」 「なぜなら,午前10時57分の高度変動一過性徐脈の出現後に 仰臥位から右側臥位への体位変換が実施され,その後の陣痛発作 時には変動一過性徐脈は出現しなかったにもかかわらず,午前1 1時05分ころの破水時に急激に児心拍が低下しているところ, これは破水時に強い臍帯圧迫が生じたことによるものと考えられ るのであり,仮に午前10時57分ころよりも前に体位変換が実 施されたとしても,その後の破水時にやはり強い臍帯圧迫が生じ たであろう可能性を否定することができないからである」 「したがって,被告らの損害賠償責任をいう原告らの主張のうち, 被告Gの義務違反に係る部分は,その余の点を判断するまでもな く理由がない」 ■被告Fの義務違反(1)(内診による破水について) 「原告らは,臍帯下垂又は他の何らかの原因による臍帯圧迫が頻 発し,これによる臍帯血流の障害が起きていることを認識し得, 児頭が高い位置にあったから,仮に破水した場合には,臍帯脱出 又はそれに準じた状態が生じ,あるいは,羊水流出と児の位置の 変化が生じて,それまでに頻発していた臍帯圧迫が更に増悪して 高度の臍帯血流障害が生じる可能性を予見し得たとして,被告F において,内診を実施するに当たり,胎胞を破らないように静か に短時間に実施するなどの適切な手技により行うか,視診(膣鏡) によって胎胞を通して臍帯下垂の有無を確かめるなど内診以外の 方法を採るべき義務があった旨主張する」 「まず・・・,客観的に臍帯脱出ないしそれに準じる状態が生じ たとは認められないから,原告らの主張のうち,これらが生じた ことを前提とする点には理由がない」 「また,証拠によれば,変動一過性徐脈が生じた場合,内診を実 施して臍帯下垂などがないことを確認すべきとされ,さらに,本 件では・・・,児頭の下降度や回旋を確認する必要があったから, 原告らの主張のうち,視診(膣鏡)によって臍帯下垂の有無を確 かめるなど内診以外の方法を採るべき義務があったとの点は理由 がない」 「そこで,その余の主張について検討する」 「認定事実によれば,午前10時25分から午前10時57分ま でに変動一過性徐脈が7回(うち日母基準による高度変動一過性 徐脈が1回)出現し,臍帯圧迫が疑われる状況にあり,破水すれ ば,後羊水も含めて羊水が流出して子宮内の容積が狭くなる可能 性があったから,抽象的には,臍帯圧迫が増悪する可能性を認識 し得たと解される。したがって,被告Fは,慎重に内診を実施す べき義務を負っていた」 「しかし,認定事実によれば,胎胞について,午前10時30分 ころにはパンパン(++),破水直前には(++)と判断されて おり,相当緊張していたことが認められるから,内診時に破水し たからといって,それだけで直ちに被告Fの内診手技が医療水準 を下回るほど愛護性に欠けていたと認めることはできない」 「また,認定事実によれば,被告Fは,午前10時57分に高度 変動一過性徐脈の出現を受けて,急速遂娩も視野に入れて通常よ り長い時間をかけて内診を実施したと認められるところ,証拠に よれば,胎児仮死と診断された時点で,子宮口が全開大で,児頭 が十分下降し,固定しているならば,経膣の急速遂娩術を実施す べきとされ,経膣の急速遂娩が可能であれば帝王切開よりも児の 娩出までの時間が短い(被告F)ところ,本件では,高度変動一 過性徐脈が発生する前の時点で既に子宮口が全開大で,経膣の急 速遂娩が可能か否かを判断するに当たり,児頭の降下度や回旋な ど分娩の進行度を確認する必要があった(L医師も,この点につ いて,特段否定していない。)。そして,証拠によれば,破水前 に児の回旋状況を確認するのは必ずしも容易ではないともされて おり,被告Fが,通常より長い時間をかけて内診を実施したとし ても,それだけで義務に違反したということはできない」 「他に,被告Fの内診手技が愛護性を欠いていたと認めるに足り る証拠はない」 「したがって,被告らの損害賠償責任をいう原告らの主張のうち, 被告Fの義務違反(1)(内診による破水について)に係る部分は, その余の点を判断するまでもなく理由がない」 ■被告Fの義務違反(2)(用手的児頭挙上等)及び被告Eの義務違 反 「原告らは,被告Fにおいて,破水後,仮に臍帯脱出が生じてい た場合は臍帯の還納を試み,また,臍帯脱出の有無にかかわらず, 児頭を用手的に挙上して臍帯の圧迫を防ぐべき義務があったと主 張する」 「しかし・・・,客観的に臍帯脱出ないしそれに準じる状態が生 じたとは認められないから,原告らの主張のうち,これらが生じ たことを前提とする点には理由がない。以下,その余の点(用手 的児頭挙上の義務)について検討する」 「証拠によれば,臍帯脱出が認められる場合に児頭を用手的に挙 上すべきとされているのは,児頭と産道壁の間隙からの臍帯圧迫 を緩和するためであることが認められる。したがって,臍帯脱出 が認められなくとも,児頭と産道壁の間に挟まれる形で臍帯が圧 迫されている場合には,児頭を挙上することによって臍帯圧迫を 緩和することができると考えられる。しかし,他方,児頭の挙上 によって臍帯脱出を誘発するおそれがあり,これを防ぐには骨盤 高位にする必要があるところ,それらの処置をするためには時間 と手間を要し,その分だけ帝王切開により児を娩出する時間がず れこむと考えられることからすれば,臍帯脱出又はそれに準ずる ような状態であることが確認できず(なお,証拠によれば,平成 3年の時点で潜在性臍帯脱出が出生前に診断されたとする報告は なく,この診断をすべき義務は認めがたい。)・・・,臍帯脱出 又はこれに準ずるような状態にあることが具体的に想定されたと はいえない本件の臨床経過において,徐脈が出現した経緯だけを もって児頭を挙上すべき義務があったと認めることはできない」 「この点,L医師は,破水と同時に児頭が下降し,その結果,臍 帯圧迫が増悪して持続性徐脈が出現したのであるから,児頭下降 と臍帯の圧迫とは直接の関係があると考えて児頭を挙上すべきで あったと指摘している」 「ここで,認定事実のとおり,被告Eは,被告Fからの破水後の 所見についての報告に基づいて,原告らに対し,『予想に過ぎな いが,破水した後に,グッと進み頭との間に臍帯が挟まれていた 可能性もある』旨説明したところ,この説明について,原告らは, 被告Fの報告が破水後に児頭が下降したという内容であったから こそ,そのような説明がされたものであるかのように主張し,L 医師も,お産が進むという表現は,子宮口の開大が進む,又は児 頭が産道内を下降するという意味で用いられるとして,原告らの 主張に沿う指摘をする。しかし,被告E本人は,上記説明につき, お産がグッと進んだ,子宮の収縮がグッと進んで子宮の容積が減っ たという意味であると供述しており,また,被告Eが,仮に被告 Fから破水後の内診所見を聞いて児頭の下降を知ったとすれば, 『予想に過ぎないが』という前置きをするのは不自然である(な お,被告F本人は,破水後の内診において児頭の下降は認められ なかった旨供述している。)。したがって,上記の被告Eの説明 をもって,破水により児頭が下降したと認めることはできない。 また,仮に破水により多少児頭が下降していたとしても,例えば, 羊水が流出したことによって,子宮の容積が小さくなり,児頭以 外の部位において臍帯が強く圧迫された可能性なども考えられ, 臍帯脱出又はそれに準じた状態が認められない本件において,破 水後に高度徐脈が出現したというだけで臍帯圧迫の増悪が児頭の 下降によるものであったと認めることはできない」 「そして・・・,臍帯脱出が生じたとは認められないところ,臍 帯脱出がない場合に児頭を挙上すべきと指摘する文献は,高度変 動一過性徐脈を改善するために児頭挙上が4症例中3例で有効で あったとする症例報告のみであり,しかも,その症例はいずれも 経産婦で子宮口が3ないし6cm開大の事例であって,初産婦で 子宮口全開大であった本件に応用できるかは疑問があるし,これ だけをもって,わが国の当時の医療水準として,高度変動一過性 徐脈が出現した場合に児頭を挙上すべきであるという考えが定着 していたとは認めがたく,臍帯脱出が生じていない場合にも児頭 を挙上すべき義務があるとはいえない」 「したがって,仮に破水により児頭が下降したとしても,被告F において児頭を挙上すべき義務があったとはいえない」 「したがって,被告らの損害賠償責任をいう原告らの主張のうち, 被告Fの義務違反(2)(用手的児頭挙上等)及び被告Eの義務違反 に係る部分は,その余の点を判断するまでもなく理由がない」 ■判決主文 (請求棄却)