判例速報

※この記事は、2007-02-15にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,被告の設置管理する市民病院に肺炎のため入院中の原
告(本人)が,抗生剤ブロアクトの投与を受けたところ,その直後
にショック状態に陥って一時心肺停止状態となり,虚血性脳症を
発症して後遺障害が残ったため,原告及びその両親が被告に対し,
ブロアクトを投与したことに過失がある上,投与方法も不適切で,
かつ,ショック状態に陥った後の救急措置にも過失があったと主
張して,損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H18.8.3 名古屋地裁 平成16年(ワ)第990号 損害賠償請求事件(医療過誤)


■当事者

・原告B は原告A の父, 原告C は原告A の母である。

・被告は, 被告病院を設置及び管理し, 医療業務を行っている。

■診療経過

・平成11年11月13日20時ころから,原告A(昭和62年
生まれ)は39度の発熱があり,また,翌14日昼にも,39度
の発熱があったため,休日診療所を外来受診し,座薬等処方。

・11月15日朝も高熱が続き,咳も患うようになったため,近
所の医院を外来受診し,胸部レントゲン検査を受けた結果,左下
肺野の所見から,肺炎と診断された。原告Aは,上記医院の担当
医師から被告病院を紹介され,被告病院(小児科)を外来受診し,
12時30分,入院。

・原告Aの入院時における血液検査の所見は,白血球4000,
CRP4.27であり,臨床症状は,体温39.2度で,頭痛が
ひどく,全身倦怠感が強かった。原告Aは,入院後,EL−3号
(500ml)の持続点滴投与(60ml/h)等の治療を受け始め
た。

・11月16日,原告Aは,未明から,咳(主として乾性の咳)
が増強し,また,39度台の発熱も続き,座薬による解熱及び発
熱を繰り返し,頭痛・ぐったり感が強かった。抗生剤として,ペ
ントシリン及びダラシンの投与を受けた(なお,その投与に先立
ち,原告Aに対して実施されたペントシリン皮内反応検査の結果
は陰性)。

・11月17日,原告Aは,依然として高熱が続き(12時00
分に40.2度),座薬による解熱及び発熱を繰り返したほか,
全身倦怠感が強く,主として乾性の咳も多かった。また,胸部レ
ントゲン検査の所見上,肺炎の増悪傾向を認め,血液検査の所見
は,白血球3500,CRP3.96。被告病院の医師は,投与
する抗生剤につき,ペントシリンをブロアクトに,ダラシンをミ
ノマイシンにそれぞれ変更することを決め,12時20分,来院
した原告Cに対し,診断名は肺炎であり,臨床経過からマイコプ
ラズマ肺炎が考えられること等を説明し,併せて,夜から投与す
る抗生剤を変更することを説明。

・12時30分,被告病院の医師から指示を受けた看護師により,
ブロアクト皮内反応検査(本件皮内反応検査)を受けた。被告病
院の看護師は,検査箇所の発赤及び膨疹の大きさが陽性の判定基
準に満たなかったことから,陰性と判定。

・18時58分,被告病院の看護師が,ブロアクト1gの静脈投
与したたところ,ショック症状を発現。

・19時00分,心肺停止状態となったため,被告病院の医師及
び看護師が,人工呼吸,心臓マッサージ,ボスミン(エピネフリ
ン)投与等,心肺蘇生措置実施。

・原告Aは,本件ショック後,急性循環不全による虚血性脳症等
を発症し,平成12年4月20日まで被告病院に入院し,以後も
被告病院に通院した。

・この虚血性脳症等により,両視力障害,視覚失認,四肢運動麻
痺,全身不随意運動の後遺障害が生じた。

■ブロアクト投与自体の適否

「(ア)抗生剤の選択に当たっては,原因微生物の特定が必要であ
るが,肺炎のような呼吸器感染症における原因微生物(特に原因
菌)の特定は,感染症の中で最も困難であること,(イ)肺炎の原
因微生物の特定のために実施される細菌培養検査においては,洗
浄喀痰,血液,胸水等が臨床材料とされているが,喀痰について
は,小児では,一般に喀出痰の量が少なくその採取が困難である
上,特にマイコプラズマ肺炎の場合,病初期は,痰の乏しい乾性
の咳が多いため,より一層採取が困難であること,また,血液に
ついては,検査の感度が悪い上に,検出率が低く,原因微生物の
特定に必ずしも有効ではないこと,(ウ)これらの事情により,肺
炎と診断された段階で,原因微生物が特定されているとは限られ
ないところ,その特定されていない段階では,一般に,臨床症状
や(原因微生物の)統計学的知見に基づいて抗生剤を選択してこ
れを投与した上,臨床症状及び検査所見の改善状況等から,その
効果(感受性)の有無を判定し(効果判定の期間は,通常,2〜
3日程度である。),効果が認められれば(原因微生物の判明す
るまでは)同じ抗生剤を継続し,効果が認められなければ抗生剤
を変更するという治療方法が採られること,以上の事実が認めら
れる。」

「ところで・・・,原告Aに対しては,抗生剤として,16日に
ペントシリン及びダラシンが投与されたが,17日夜にブロアク
ト及びミノマイシンに変更されている」

「この点について・・・,証拠によれば,(ア)被告病院の医師は,
原告Aの肺炎について,原因菌として(統計上学童期に最も多い)
マイコプラズマを疑っていたが,喀痰及び胸水を採取できなかっ
たため,これらの臨床材料による細菌培養検査等を実施できず,
また,被告病院では,肺炎患者について,感度の悪い血液培養検
査を実施していなかったこと,もっとも,被告病院の医師は,原
告Aに対する咽頭培養検査を実施したが,検査結果の判明するま
でには通常5日程度を要し,本件投与の時点では,その検査結果
が判明していなかったこと,そのため,本件投与の時点では,マ
イコプラズマ肺炎の確定診断ないし原因微生物の特定ができてい
なかったこと(マイコプラズマ肺炎自体の確定診断方法もあるが,
当時は,相当の日数を要するなどの難点があった。),(イ)一方
で,被告病院の医師は,原告Aの全身倦怠感が強く,血液検査に
よるCRP,胸部レントゲン検査所見の悪化から,マイコプラズ
マ肺炎にしては重症感があり,その一般的な臨床症状から少しは
ずれる点もうかがわれると判断し,マイコプラズマ及び別の細菌
による混合感染の可能性も疑っていたこと,そのため,被告病院
の医師は,抗生剤として,11月16日,マイコプラズマに対し
て適応のあるダラシンを,また,感染の可能性が疑われる他の細
菌に対して(適応のある原因菌が広い)ペントシリンをそれぞれ
選択し,これらを併用投与したこと,(ウ)しかし,原告Aは,1
1月17日になっても,発熱が治まらず,咳も続き,血液検査の
所見上も,CRPが15日の数値(4.27)よりは改善された
とはいえ,なお3.96という高い数値であって(なお・・・,
血液検査の所見上,CRP3以上の肺炎は中等症,15以上の肺
炎は重症にそれぞれ分類されることが認められる。),胸部レン
トゲン検査の所見上も増悪傾向があるなど,臨床所見及び検査所
見上,症状の改善が必ずしも見られなかったため,被告病院の医
師は,上記(イ)の抗生剤が無効であると判断して,投与する抗生
剤を変更することとし,ダラシンの代わりにミノマイシンを,ペ
ントシリンの代わりに(抗菌作用のより強い)ブロアクトをそれ
ぞれ選択し,これらを併用投与することにしたこと,以上の事実
が認められ・・・,上記認定に係る被告病院の医師の処置(抗生
剤の選択ないし変更)は,医学的にみて相応の合理性を有すると
判断することができる」

「この点につき,原告らは,原因微生物を特定する措置を採るこ
となくブロアクトを投与した過失がある旨主張する」

「しかし・・・,被告病院の医師が原告らの主張する細菌培養検
査等の措置を採ることなく,ブロアクトを投与したことをもって,
医師としての注意義務に違反する過失があるということはできな
い」

「また,原告らは,本件皮内反応検査の結果は陽性と判定される
べきであったにもかかわらず,陰性と判定してブロアクトを投与
した過失がある旨主張するが・・・,本件皮内反応検査の結果は,
ブロアクト皮内反応検査薬の添付文書の示す判定基準上,陰性で
あったことが認められる」

「この点,原告らは,仮に,原告Aの検査箇所の変化が陽性の判
定基準(発赤直径20mm以上又は膨疹直径9mm以上)に達してい
なかったとしても,本件皮内反応検査において,試験液注入部の
み10mm以上膨隆し,その周りが発赤していたこと,原告Aが本
件皮内反応検査の直後に『指がピリピリする』としびれ感を訴え
ていたことからすれば,陽性と判定されるべきであった旨主張す
るところ・・・,本件ショックによる事故後,原告Cが被告病院
の関係者に対して上記主張に沿った言動を示したこと,本件皮内
反応検査を担当した看護師も,アルコール綿でふくと検査箇所が
赤くなり,2つの膨疹ができていたと述べたことは認められるが,
これを超えて,上記判定基準上,陽性と判定されるべき臨床所見
が生じていたことを認めるに足りる証拠はない」

「以上によれば,被告病院の医師が原告Aに対してブロアクトを
投与したこと自体は合理的なものであり,医師としての注意義務
に違反する過失があると認めることはできない」

■ブロアクト投与方法上の過失の有無

「原告らは,ブロアクトの投与量及びその方法について,原告A
が添付文書上慎重投与の対象とされる患者であることを前提に,
1日1gを2回に分け,3ないし5分の時間をかけて投与すべき
であるにもかかわらず,被告病院の医師は,1日2gを2回に分
けて投与することとし,かつ,被告病院の看護師がこれを5秒程
度の短時間で投与した過失がある旨主張する」

「ブロアクトについては,添付文書上,本人又は両親,兄弟に気
管支喘息,発疹,蕁麻疹等のアレルギー症状を起こしやすい体質
を有する患者は,慎重投与の対象とされており,また,皮内反応
検査の結果が陰性の場合でも,初回投与時は,本人又は両親,兄
弟のアレルギー反応既往歴の有無を十分問診し,注意して投与す
ることが求められている。そして・・・,上記にいう慎重投与と
は,他の患者よりも副作用の発現や重篤化の危険性が高いため,
投与の可否の判断,用法・用量の決定等に特に注意が必要である
場合,又は臨床検査の実施や患者に対する細かい観察が必要とさ
れる場合であることが認められる」

「証拠によれば,(1)原告Aについては,11月15日の外来診察
時に主治医以外の医師が,また入院時に看護師及び看護学生がそ
れぞれ食物や薬剤に対するアレルギーの有無や,喘息・花粉症等
のアレルギー性疾患の有無に関して問診したこと,(2)これらの問
診を通じて,原告Aに喘息の既往があること,原告Aの両親が花
粉症であること,一方で原告Aには薬物に対するアレルギー反応
の既往はないことが確認されたこと,(3)なお,原告Aの主治医は,
診療記録により,遅くとも本件投与時までには,上記問診結果を
確認していたこと,以上の事実が認められる」

「また・・・,ブロアクトの添付文書には,用法・用量として,
通常,成人には1日1ないし2gを2回に分けて静脈内に注射し,
小児には1日60ないし80mg/kgを3,4回に分けて静脈内に
注射する旨記載されているところ,証拠によれば,原告Aの当時
の体重は約64kgであることが認められるから,小児投与量の基
準に従えば,原告Aに対する投与量は,1日約3.8ないし5.
1gになる。これらの事実に鑑みれば,上記問診の結果及び本件
皮内反応検査の判定結果(陰性)も加味した上で・・・,1日2
gを2回に分けて(1回1g)ブロアクトを投与することにした
被告病院の医師の措置は,原告らの主張するように原告Aが慎重
投与を求められる患者であること及び本件投与が初回投与である
ことを考慮に入れても,その投与の可否の判断及び投与量の判断
の点で,不適切であるとは断定できない(もっとも,上記添付文
書の指示する投与量・回数を記載どおりに受け取るならば,原告
Aのように,年齢に比べて体格(体重)の優れた児童については,
1日当たりの投与量,1回当たりの投与量が成人のそれを上回る
ことになり,奇異な印象を受けざるを得ない。したがって,少な
くとも,かかる児童については成人の投与量が上限となると解釈
すべきもののようにも考えられるところ,そうだとすると,原告
Aについては,成人に対する通常の投与量の最大値が投与された
こととなって,その措置の相当性について疑問がないわけではな
い。しかしながら・・・,上記の点について触れた部分は見当た
らず,かえって,年齢や症状に応じて,通常の投与量を増減でき,
重症感染症等に対しては160mg(力価)/kgを1日3ないし4
回に分けて投与することができる旨記載されていることなどを考
慮すると,上記の投与量をもって,被告病院の医師に過失がある
と判断することはできない。)」

「さらに・・・,ブロアクトの静脈内注射の際は緩徐に投与する
とされており・・・,『緩徐に』という場合は,ワンショットで
は5ないし15mlを3ないし5分で,点滴静注では1ml/分でと
いうのが一般的であるとされていることが認められるところ,被
告病院の看護師がブロアクトを5秒程度の時間で投与した旨の原
告らの主張については・・・,原告Cが被告病院の関係者に対し
て上記主張に沿う言動を示したことは認められるものの,投与速
度が上記主張のとおりであったことを認めるに足りる証拠はない。
かえって,証拠によれば,被告病院の看護師は,本件投与時,ブ
ロアクト1gを蒸留水10mlで溶解した液を注射器に注入し,そ
の注射器を点滴ルートの途中の三方活栓に直接つなぎ,既に三方
活栓につながれていた輸液(EL−3号)の点滴投与をいったん
停止させた上で,上記ブロアクト溶解液を約1分間かけて静脈投
与したこと(投与終了後は,上記輸液の点滴投与を再開している。)
が認められる。これらの事実によれば,本件投与については,そ
の投与速度の点でも,特に不適切であるというべき点はうかがわ
れない」

「さらに,原告らは,本件投与中及び投与後の経過観察が不適切
であった旨主張する。しかし,証拠によれば,(1)被告病院の看護
師は,本件投与中,原告Aの症状及び点滴ルートを観察して異常
の見られないことを確認し,本件投与後も同様の確認を行った上
で,カーテンで仕切られた原告Aの病床をいったん離れてカーテ
ンの外に出たこと,(2)その瞬間,上記看護師は,原告Aの『えら
い。えらい。』などと身体の異常を訴える声を聞き,直ちにカー
テン内の病床に戻り,原告Aが嘔吐していることを確認したため,
ナースコールにより医師を呼び寄せた(もっとも,その直前に,
原告Cがナースコールを行っている。)が,その直後原告Aに尿
失禁や痙攣等の症状が発現したため,再度ナースコールにより心
電図モニター及び救急カートの取寄せを依頼したこと,(3)これら
を受けて,他の看護師数名及び医師2名が直ちに原告Aの病床に
駆け付け,救命措置の体制がとられ,救命措置が開始されたこと,
以上の事実が認められる」

「これらの事実によれば,被告病院の医師ないし看護師に,本件
投与中及び投与後の経過観察において,注意義務に違反する点が
あると認めることはできない」

「以上によれば,ブロアクトの投与方法について,被告病院の医
師ないし看護師に注意義務に違反する過失があると認めることは
できない」

■気管内挿管の実施が遅れた過失について

「・・・原告Aは,本件ショックの発現直後に心肺停止状態に陥っ
ているところ,証拠によれば,ショック発現時に心肺停止状態に
陥った場合は,末梢血管の拡張や血管透過性亢進による血漿漏出
等によって急激な循環虚脱・血圧低下を生じており,心肺蘇生の
ため,迅速かつ適切な呼吸管理及び循環管理が求められ,特にショッ
ク発現直後の短時間内における救命措置の適否がその予後を大き
く左右することが認められる」

「まず,原告らは,呼吸管理の点について,気管内挿管の実施が
遅れた旨主張するので,この点について判断する」

「・・・心肺蘇生措置としての呼吸管理に関する医学的知見とし
て,(1)一般に,心肺蘇生措置は,一次救命措置と二次救命措置に
分類され,一次救命措置は,気道確保,マウスツーマウスやアン
ビューバッグによる人工呼吸,心臓マッサージ等を指し,二次救
命措置は,気管内挿管による人工呼吸,薬剤(エピネフリン等)
の投与等を指すこと,(2)心肺停止状態に陥った患者の気道を確保
しても自発呼吸が見られない場合,まずは一次救命措置としての
人工呼吸を試みるべきであり,その時点で直ちに気管内挿管を実
施する必要性は必ずしもない(一時的とはいえ,呼吸の停止とい
う危険性を伴う。)こと,(3)一次救命措置により心肺蘇生が完了
しなければ,二次救命措置を実施するが,気管内挿管による人工
呼吸を実施する際には,一次救命措置により十分換気し,全身の
酸素状態(血中酸素濃度)をある程度改善させておくべきである
こと,以上の事実が認められる」

「そして・・・,本件ショック発現後の原告Aに対しては,気道
確保の上,速やかにアンビューバッグによる人工呼吸及び心臓マッ
サージ等が実施され,これらの救命措置により,本件ショックの
発現から約3分後の19時03分には,自発呼吸及び自己心拍が
いったん再開したことが認められ,この事実によれば,上記の救
命措置が所期の効果を奏したということができ,その後,19時
22分に自己心拍が再度低下したため,直ちに気管内挿管を実施
した被告病院の医師の措置は,全体として・・・医学的知見に準
拠したものであるということができ,呼吸管理について,医師と
しての注意義務に違反する過失があると認めることはできない」

「この点について,原告らは,経皮酸素飽和度(19時05分5
7パーセント,19時10分20パーセント)や,看護記録上の
臨床所見(19時03分『自発呼吸あり』『呼吸弱い』『全身チ
アノーゼあり』,19時05分『自発呼吸弱い』等)を根拠に,
本件ショックの発現後気管内挿管が実施されるまでの間,一次救
命措置による呼吸管理が奏功していなかった旨主張する」

「しかし・・・,(1)経皮酸素飽和度は,末梢の血流で測定される
ため,ショックの発現により末梢血管の血液循環が芳しくない状
態下では,正確に測定できない場合があること,(2)特に,原告A
には,19時03分にボスミン(エピネフリン)が静注されてい
るところ,ボスミンは,末梢血管を収縮させ,冠動脈や脳血管へ
の血流を増加させる薬効を有しているため,末梢血管の循環が悪
くなる傾向があること,(3)そのような事情もあり,医師は,ショッ
ク発現時には,基本的に,心拍(脈拍),血圧,全身状態等の臨
床症状によって呼吸状態を管理していること,以上の事実が認め
られる」

「これらの事実に,上記測定値の正確性について疑問を呈する旨
の証人G及び同Fの各証言を併せ考慮すれば,上記経皮酸素飽和
度の測定値は,当時の原告Aの動脈血酸素飽和度を正確に表すも
のではない疑いが強く,一次救命措置の奏功に関する上記認定を
覆すに足りるものではないというべきである。したがって,原告
らの上記主張は採用できない」

■輸液が不適切であった過失について

「次に,原告らは,循環管理の点について,本件ショックの発現
後の原告Aに対する輸液が不適切であった旨主張するので,この
点について判断する」

「・・・ショック発現直後は,心肺蘇生措置として,呼吸管理と
並行して,迅速かつ適切な循環管理を行うことが必要とされてい
る。そして・・・,によれば,上記循環管理のためには,適切な
輸液の実施が必要かつ重要であるところ,医学文献上,輸液の量
及び方法に関する医学的知見として,(1)収縮期血圧が80mmHg以
下のショック状態では,生理食塩水か乳酸又は酢酸リンゲルを成
人なら1000ml,小児では20ml/kgを最初の15分間で急速
に点滴静注し,反応をみて輸液の速度を調節する,(2)乳酸リンゲ
ル液等の血漿増量剤1000ないし2000mlの点滴静注を全開
で行う,(3)収縮期血圧100mmHgを目標に乳酸化リンゲル液50
0ないし1000mlを全開で急速補液する,(4)初期輸液剤を10
ないし20ml/kg/hで注入するなどとされていることが認めら
れる」

「したがって,被告病院の医師は,本件ショックの発現時,原告
Aに対して医学上要求される相当量の輸液を急速実施すべき注意
義務を負っていたというべきである」

「これを本件についてみるに,被告は,原告Aに対する輸液につ
いて,(1)本件ショックの発現時,13時50分に交換されたEL
−3号(500ml)が滴下速度60ml/hで点滴投与されていた
こと(本件ショック発現時の残量約200ml),(2)本件ショック
の発現時にこれを全開投与し,以後も,輸液が滴下し終わる度に
新たな輸液を交換投与していたこと,(3)その間,19時29分,
EL−3号(500ml)に換えて,ソルメドロール(粉末)及び
その溶解目的の生理食塩水(100ml)を同じ点滴ルートから全
開投与し,19時48分,再びEL−3号を全開投与したことを
主張し,証人Eの証言中にも上記主張に沿う部分がある」

「しかし・・・,診療記録上,本件ショックの発現後の原告Aに
対する輸液について,上記(1)の点以外には,19時29分に『生
食100ml』『全開にてスタート』,19時48分に『EL35
00ml全開へ末梢より』,20時02分に『末梢もれにて抜去4
00ハキ』と,上記(3)の主張に沿う趣旨の記載がある一方で,上
記(2)の主張に沿う趣旨の記載は全く存在しない。診療記録上,上
記(2)の点のみ記載の失念により欠けているというのは,不自然と
の観を否めないのみならず,かえって,上記『全開にてスタート』
という記載は,19時29分の生理食塩水の投与開始時に初めて
全開投与されたことをうかがわせるものであり,上記(2)の主張と
は整合しないといわざるを得ない。加えて,19時48分投与開
始のEL−3号は,上記のとおり,診療記録上,20時02分に
『末梢もれにて抜去400ハキ』と記載されており,その間の約
14分間に100ml投与されたのみであることが認められるので
あって,そうであるにもかかわらず,19時03分以降,同じ点
滴ルートにより投与されたEL−3号が速やかに投与されたとい
うのも,不自然さを否めない」

「そして,証人Eの証言中,上記(2)の主張に沿う部分も,医学的
知見上又は経験上,エピネフリン及び硫酸アトロピンを投与する
際,その速やかな投与のためにも,EL−3号の点滴投与を全開
にしているはずであるという趣旨にとどまり,本件において全開
投与したという体験ないし記憶を直接的・具体的に供述するもの
ではなく,また,心肺蘇生措置に携わった他の病院関係者の証言
ないし陳述書中の陳述からも,本件ショックの発現時からEL−
3号が全開投与されていたことをうかがうことはできない。証人
Eは,エピネフリン及び硫酸アトロピンの効果がすぐに現れたこ
とはEL−3号の点滴投与を全開にしたことを裏付けている旨証
言するが,本件証拠上,これらの薬剤が全開投与でなければ速や
かに奏功しないというべき医学的根拠を認め難い」

「これらの事情を総合考慮すれば,本件ショックの発現後,原告
Aに対して循環確保のための輸液が最初に行われたのは,本件ショッ
ク発現から約30分が経過した19時29分の生理食塩水100
mlであり,これも含め,本件ショックの発現時から20時02分
までの約1時間で循環確保のために確実に投与された輸液の量は,
合計約200mlにとどまると認めるのが相当であり,この認定に
反する被告の上記主張は採用できない」

「そして,上記認定の輸液量は・・・,医学的知見に照らし,本
件ショックの発現時の原告Aに対して医学上要求される輸液量と
して,明らかに不足するというべきである」

「もっとも,証拠によれば,急速輸液は,血管拡張と血管透過性
亢進による血液の漏出に対処し,血圧を上げて脳内血流を確保す
ることに主たる目的がある(収縮期血圧80mmHg以下では,急速
かつ大量の輸液を行うことによって,同100mmHgを維持するこ
とが目標となる。)と認められるところ・・・,本件ショックの
発現時から約10分経過した19時10分における原告Aの血圧
は,収縮期211mmHg,拡張期120mmHgであり,19時27分
のそれは,収縮期149mmHg,拡張期129mmHgであったことが
認められる」

「しかしながら,これらの血圧測定値は,その数分前に投与され
た薬剤(ボスミン及び硫酸アトロピン)の影響による一時的なも
のにすぎなかったと推認されることは,その直後である19時3
3分の血圧が収縮期67mmHg,拡張期23mmHgと低下し,目標値
である収縮期100mmHgを超えたのは,19時48分に至ってか
らであったことからも裏付けられる(ただし,20時台には,再
び不安定な様相を呈している。)。そうすると,本件ショック発
現時の原告Aの血圧が一時的に高かったからといって,同人に対
する輸液量が不足していたとの上記認定を覆すことはできない」

「したがって,原告Aの救命措置を担当した被告病院の医師らに
は,個々人について見れば,原告Aを救命すべく努力を重ねたこ
とは否定できないものの,全体として見れば,なお・・・過失が
あると判断せざるを得ないところである(以下,この過失を『本
件過失』という)」

■因果関係

「そこで進んで,本件過失と原告Aの本件後遺障害との間の因果
関係の有無について判断する」

「原告Aの本件後遺障害は,脳の神経細胞の中でも特に虚血(酸
素不足)に弱いとされる大脳基底核及び後頭葉が虚血による損傷
を受けたことにより生じたものであると認められる」

「・・・一般に,ショック発現直後は,迅速かつ適切な呼吸管理
及び循環管理が求められ,その心肺蘇生措置の適切さが患者の予
後を大きく左右する。そして,被告病院には,循環管理の点で,
本件ショックの発現後約1時間の間で合計約200mlの輸液しか
行わなかったという本件過失があると判断されるところ,循環管
理としての輸液量が大きく不足すれば,脳灌流の低下ないし停止
によって脳虚血状態が発生することは医学的に十分予想される転
帰であるということができる一方で,仮に適切な輸液がなされて
いれば,呼吸管理等のその余の救命措置の効果とあいまって,大
脳基底核及び後頭葉が酸素不足に陥ることもなく,本件後遺障害
の発生を回避できた蓋然性が高いというべきであり,したがって,
本件過失と本件後遺障害の発生との間に相当因果関係の存在を肯
認するのが相当である」

■原告Aの損害額

・逸失利益
労働能力を100パーセント喪失。18歳から67歳までの49
年間(ライプニッツ係数13.558)に全労働者全年齢平均賃
金の年収497万7700円を下らない年収を得ることができた
と推認。
(計算式)4,977,700円×13.558=67,487,656円

・付添介護費
平均余命の73年間(ライプニッツ係数19.432)に要する
付添介護費は1日当たり5000円が相当
(計算式)5,000円×365日×19.432=35,463,400円

・入通院及び後遺障害慰謝料
2300万円が相当

・原告Aの損益相殺(医療品基金給付金)243万5100円

・弁護士費用
600万円が相当

■原告B・Cの損害額

・慰謝料
原告B及び同Cの固有の慰謝料は,各々200万が相当

・弁護士費用
各々20万円が相当

■判決主文

1被告は,原告Aに対し,1億2951万5956円及びこれに
対する平成11年11月17日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。

2被告は,原告Bに対し,220万円及びこれに対する平成11
年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。

3被告は,原告Cに対し,220万円及びこれに対する平成11
年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。

4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

<以下略>