判例速報

※この記事は、2007-03-02にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,脳動静脈奇形(AVM)塞栓術を実施した際,カテーテル
が過失により病巣以外の部位に挿入されたことにより,患者に頭
蓋内出血が生じ,同患者が死亡したことが認められた事案です。

■年月日・裁判所
H18.8.31 京都地裁 平成16年(ワ)第1738号 損害賠償請求事件(医療過誤)

■当事者

・原告らはAの両親。

・Aは,昭和62年生で,平成15年10月18日当時,16歳
であり,高校2年生。

・被告は,独立行政法人国立病院機構法附則5条1項により,国
立病院等に関する国の権利義務を承継。

■診療経過

・Aは,平成15年8月12日12時30分ごろ,クラブ活動の
練習としてウェイトトレーニングをしていたところ,頭痛を訴え
た。

・Aは,同日,被告病院において,左大脳半球の腫脹,左前頭部
に硬膜下血腫,左後頭葉内側脳内血腫等の所見が認められたこと
から,左前頭側頭開頭外減圧術を受けた。

・Aは,9月11日,被告病院において,脳血管造影を受けたと
ころ,左後頭葉に脳動静脈奇形が認められた。

・本件脳動静脈奇形は,左後大脳動脈の分枝の1本を栄養血管
(フィーダー)とし,脳表の静脈に流れ出るもので,左後大脳動
脈の末端部に位置する異常血管部(ナイダス)の直径は,約2cm
であった。

・B医師は,9月29日,A及び原告Dに対し,本件手術の合併
症として,脳血栓,穿刺部皮下血腫,術中出血(脳動静脈奇形破
裂)等が考えられること,特に,術中出血については,塞栓物質
であるコイルなどで脳動静脈奇形の薄い血管が破れて起こること
を説明。

・13時30分,手術開始(主治医であるB医師及びC医長が担
当)。

・14時12分,Aに,抗凝固剤(ヘパリン)及びステロイドホ
ルモン(デカドロン)注射。

・14時18分,B医師が,Aの右椎骨動脈にガイディングカテー
テルを留置した上で,B医師及びC医長は,左後大脳動脈に対し
て,マイクロカテーテル挿入開始。X線透視によりカテーテルの
動きを確認しながら,C医長がガイドワイヤーを,B医師がマイ
クロカテーテルを操作して挿入を進めていった。

・14時25分,Aが頭痛を訴えたことから,Aに,鎮痛剤(ソ
セゴン)注射。

・14時30分,血栓を塞栓することにより脳の機能低下(視野
欠損)が生じるか否かを確認するため,Aに,麻酔薬(デュプリ
バン)を注入し,誘発テストを行ったが,脳の機能低下は確認さ
れなかった。

・14時37分,本件脳動静脈奇形の栄養血管と本件脳動静脈奇
形を,リキッドコイルを使用して塞栓する作業が開始され,その
後,その栄養血管(栄養血管(1))塞栓。

・15時06分,造影を行ったところ,Aに,栄養血管(1)とは別
の栄養血管(栄養血管(2))が描き出された。

・15時15分以降,被告病院の医師は,栄養血管(2)を塞栓する
ために,マイクロカテーテルを栄養血管(2)に挿入することを試み
た。その後,ガイディングカテーテルが,留置されていた右椎骨
動脈から右鎖骨下動脈にまで下がったため,被告病院の医師は,
いったん,マイクロカテーテルを完全に抜去し,ガイディングカ
テーテルを右椎骨動脈に留置し直し,再度,マイクロカテーテル
を挿入したが,栄養血管(2)に同カテーテルを挿入することはでき
なかった。

・Aが,頭痛を訴えたことから,鎮痛剤(ソセゴン)が投与され
た。Aに多量の発汗が認められ,また,Aは,耳の痛みや右眼が
見えにくいとの訴えをした。Aに強度の嘔吐が認められた。マイ
クロカテーテルは,抜去された。

・15時53分,椎骨動脈撮影が行われ,本件出血が確認された。

・16時30分ころ,頭部CT撮影を行い,本件出血が確認され
た。

・9月30日17時50分ころから,Aに,ペルジピンが投与さ
れたが,その際,被告病院の医師は,血管撮影画像により,Aの
頭蓋内出血が止血されていることを確認しなかった。

・C医長は,9月30日,原告らに対し,「カテーテルを引いて
くるときに,Aに,出血が発生した。」旨説明。

・10月18日,本件出血に起因するクモ膜下出血を原因とする
脳動脈れん縮により死亡。

■本件出血の部位(左上小脳動脈か又は左後大脳動脈か)につい
て

「証拠によると,本件出血を造影した血管造影画像には,左後大
脳動脈ではなく,左上小脳動脈からの出血が映し出されているこ
とが認められ,また,証拠によると,本件手術後である9月30
日撮影のCT画像に,Aの小脳上面にクモ膜下出血が生じている
ことが映し出されていることが認められ,これらの事実に照らす
と,本件出血の部位は,左後大脳動脈ではなく,左上小脳動脈で
あると認められる」

■本件出血の部位が左上小脳動脈の場合の過失又は不完全履行に
ついて

「 まず,本件出血の原因がカテーテルによる血管穿孔によるもの
であるか否かについて検討するに,訴訟上の立証は,一点の疑義
も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠
を総合検討し,特定の事実の存在を是認し得る高度の蓋然性を証
明することであり,その判定は,通常人が疑を差し挟まない程度
に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,そ
れで足りるものであるところ・・・,本件出血は本件手術に起因
していると認められるのであり,被告病院の医師は,本件手術中
にマイクロカテーテルをいったん抜去した上で,再度,マイクロ
カテーテルを左後大脳動脈に向け挿入しており,椎骨動脈から左
後大脳動脈に対しカテーテルを挿入する際には,マイクロカテー
テルが左上小脳動脈と椎骨動脈から左後大脳動脈に繋がる動脈と
の分岐点を通ることになることや,結局,栄養血管(2)への挿入は
成功しなかったこと,その直後に左上小脳動脈から出血している
こと,マイクロカテーテルによる塞栓術においては,マイクロカ
テーテルによる血管穿孔が生じる可能性があること,Aの左上小
脳動脈にもともと何らかの疾患が存在したことを認める証拠がな
いことが認められ,これに,C医長は,原告らに対し,「カテー
テルを引いてくるときに,出血が起こった。」などと,被告病院
の医師に何らかの過誤が存在したことをもうかがわせる説明をし
ていることを総合すると,マイクロカテーテルが何らかの理由で
左上小脳動脈に迷入し,それが原因となって本件出血が発生した
と認めるのが相当である」

「これに対し,被告は,被告病院の医師は本件手術中に異常血管
部の手前約4cmの範囲でしかカテーテル操作を行っておらず,左
上小脳動脈にガイドワイヤーやマイクロカテーテルが入ることは
あり得ないし,左上小脳動脈と左後大脳動脈の鑑別はつき,カテー
テル操作時に上小脳動脈と後大脳動脈を誤認することはあり得な
い上,Aが右眼が見えにくいと訴えたことからすると,本件出血
が生じた際,マイクロカテーテルは,左後大脳動脈に挿入されて
いたといえることや,本件手術により左後大脳動脈の一部が塞栓
されていることなどを理由として,被告病院の医師がマイクロカ
テーテル等を左上小脳動脈に挿入した結果として本件出血が生じ
たことはあり得ないと主張し,証人Bは,その旨証言し,陳述す
る」

「しかし,証拠によると,本件においては,本件手術の状況を撮
影したビデオが存在しないほか,8月12日に実施された手術で
は作成されていた術前・術中記録や,本件手術中の15時15分
から15時53分までの間の写真等の映像も存在せず,本件手術
に関する脳血管撮影指示録にはマイクロカテーテル等の位置に関
する記載がないのであって,この間のマイクロカテーテル等の位
置を証明する客観証拠が存在しないから,被告病院の医師が異常
血管部の手前約4cmの範囲でしかカテーテル操作を行わなかった
ことを前提とすることはできない。また,証拠及び弁論の全趣旨
によれば,神経症状は色々な原因で起こり得るものである上,血
管の閉塞は事後に生じることもあり,B医師が自ら記載した・・
・診療録等の記載内容に照らすと,Aの上記症状はカテーテル抜
去後に発生した可能性があるから,上記・・・記載のみを根拠と
して,Aの右眼の症状がカテーテル操作時に発生したことを当然
の前提とすることも相当ではない。さらに,本件手術により,A
の左後大脳動脈が塞栓されたのは,栄養血管(1)が塞栓されたこと
や,マイクロカテーテルが本件出血時以外の時点で左後大脳動脈
に挿入されたことに起因する可能性もある。したがって,被告が
指摘する理由は,いずれも,上記認定の妨げとはならない」

「また,被告は,本件出血の原因について,(1)静脈圧上昇による
出血,(2)解離性動脈瘤,(3)合併動脈瘤よりの出血,(4)造影剤注
入による出血,(5)正常還流圧突破(NPPB),(6)塞栓術に伴
う周辺動脈の圧の上昇が考えられると主張するが,証拠によると,
証人B自身がこれらの可能性が低いことを自認する証言又は陳述
をしており,鑑定の結果によっても,同様の結論が導かれるから,
被告の上記主張は採用しない」

「次に,被告病院の医師がマイクロカテーテル等をAの左上小脳
動脈に挿入して本件出血を生じさせたことをもって,被告病院の
医師の過失又は被告の不完全履行があったといえるかについて,
検討する。証拠によると,カテーテルによる血管穿孔は,本件手
術において通常想定される合併症であり,慎重なカテーテル操作
を行ったとしても術中出血が生じる可能性があることが認められ,
また・・・,被告病院の医師は,A及び原告らに対し,本件手術
において術中出血の可能性があることを説明した上で,本件手術
につき同意を得ていることに照らすと,本件手術中に頭蓋骨内に
出血が生じたことだけを捉えて,その発生箇所や発生した状況を
吟味することなく,直ちに,被告病院の医師に手技の誤りがあっ
たと評価することは相当ではない」

「しかし・・・,本件出血は,本件脳動静脈奇形が存した左後大
脳動脈ではなく,左上小脳動脈において発生しており,本件手術
においては,左小脳動脈にマイクロカテーテルを挿入することは
予定されておらず,マイクロカテーテルを用いた塞栓術において
は,マイクロカテーテルによる血管穿孔が生じる可能性があるか
ら,必要のない箇所にマイクロカテーテルを挿入することは避け
るべきであって,被告病院の医師は,X線透視によりカテーテル
の動きを見ながら本件手術をしているから,左上小脳動脈と左後
大脳動脈を鑑別することができ,本件出血部位にまでカテーテル
を挿入することはあり得ないと主張していることに照らすと,被
告病院の医師は,本件手術の際,カテーテルの本件出血が生じた
箇所への挿入を避けることが可能であったというほかないから,
被告病院の医師が,誤ってマイクロカテーテルを左上小脳動脈に,
さらには本件出血が生じた箇所にまで挿入して,その結果,本件
出血が生じさせたことには,過失があり,被告には債務不履行が
あると認められる」

「以上によれば,被告病院の医師には過失及び不完全履行がある
と認められるところ,Aの死亡原因は,本件出血に起因するクモ
膜下出血による脳動脈れん縮であるから,被告は不法行為責任又
は債務不履行責任を免れない」

■薬剤の投与による過失又は不完全履行等について

「原告らは,被告病院の医師には,本件手術後,Aに対し,ペル
ジピンを投与した過失があり,その結果,Aが死亡した旨主張す
るので,まず,被告病院の医師がAに対し,ペルジピンを投与し
たことにつき過失があるか否かを検討するに・・・,ペルジピン
を頭蓋内出血で止血が完成していないと推定される者に対し投与
することは禁忌とされているから,頭蓋内出血が確認された者に
対するペルジピンの投与は,血管撮影画像で止血を確認した後に
又は時間を置いて自然止血が完成した時点で開始されるべきであ
り,血管撮影画像で止血を確認しないで,また,時間を置かない
で,ペルジピンを投与することは,本件当時の医学的知見に照ら
し,相当ではないと解される」

「そして・・・,被告病院の医師は,16時30分ころ撮影され
たCT画像においてAに頭蓋内出血があることが確認された後わ
ずか1時間20分を経過したにすぎない17時50分ころ,Aに
対し,血管撮影画像により止血を確認することなく,ペルジピン
を投与しているのであるから,その行為は,医学的知見に照らし,
相当ではないというべきであり,上記の態様でのペルジピンの投
与には,過失があると認められる」

「これに対し,被告は,17時50分の時点では止血が完成して
いると推定されるなどとして,被告病院の医師には,ペルジピン
の投与につき過失がないと主張する」

「しかし,上記説示に加え,血管撮影画像による確認を経ること
なく17時50分の時点でAの止血が完成していたと推定するこ
とが本件当時の医学的知見に照らし相当であると認めるに足る医
学的立証等がなされていないことに照らすと,被告の上記主張は
理由がない」

「次に,被告病院のAに対するペルジピンの投与とAの死亡との
間に因果関係があるか否かについて検討するに,確かに,ペルジ
ピンが出血を促進する可能性を有している薬剤である以上,ペル
ジピンの投与がAに発生したクモ膜下出血に悪影響を与えた可能
性はあるということができる」

「しかしながら,証拠によると,ペルジピンを頭蓋内出血で止血
が完成していないと推定される者に対し投与することが禁忌とさ
れているのは,ペルジピンの投与により投与された者が急性期再
出血が発症することが考えられるからであり,証拠によると,ペ
ルジピンが投与される前である9月30日撮影のCT画像と,1
0月1日撮影のCT画像(検証)及び同月2日撮影のCT画像と
を比較すると,前者に比べ後者では,出血を思わせる高吸収域は,
明らかに減少していることが認められるから,ペルジピンの投与
によってAに急性期再出血が生じたものではないと推認すべきで
ある。また,ペルジピンを投与しなかった場合に,Aがなお生存
していたことをうかがわせるに足りる証拠もない。したがって,
証拠上,被告病院のAに対するペルジピンの投与とAの死亡との
間に因果関係はあるということはできない」

「以上によれば,結局,原告らの上記主張は理由がない」

■損害額

・葬儀費用150万円

・逸失利益4513万8174円
 基礎収入を年547万8100円(生活費控除50%)
 就労可能年数を49年と認めるのが相当
 547万8100円×(1−0.50)×16.4795≒4
513万8174円

・ 慰謝料
 原告A2300万円
 原告らがそれぞれ100万円
 合計2500万円

・弁護士費用700万円

・合計7863万8174円
 (各3931万9087円)

■判決主文

1 被告は,原告ら各自に対し,3931万9087円宛及びこれ
に対する平成15年9月30日から支払済みまで年5分の割合に
よる各金員を支払え。

2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
<以下略>