判例速報

※この記事は、2007-05-22にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は,被告D市が設置するD病院において出生した原告A並び
にその両親である原告B及びCが,原告Aが脳性麻痺に罹患した
のは,診療契約上の善管注意義務違反又は診療における過失が原
因であると主張して,損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H19.3.30 青森地裁弘前支部 平成16年(ワ)第18号 損害賠償請求事件(医療過誤)

■当事者

・原告Aは,原告Bと原告Cの間の第1子として出生。

・ 被告市は,青森県D市内において被告病院を設置する地方公共
団体。被告Eは,原告A出生時,被告病院産婦人科に勤務し,原
告Cが原告Aを分娩するに当たって担当した産婦人科医であり,
被告市の事業の執行として,又は,下記診療契約に基づく被告市
の診療債務の履行補助者として,原告C及び同Aに対し,各種診
療行為を行ったもの。なお,被告Eは,原告Aの出生当時,被告
市との間で,被告病院において毎週土曜日午前中の診療並びに土
曜日及び日曜日における分娩の立会い及び管理を内容とする非常
勤の契約を締結していた,いわゆる非常勤医であった。

■診療経過

・原告Cは,平成14年12月17日,被告病院で初診を受け,
平成15年8月23日(妊娠40週5日目)午後9時ころに初発
陣痛が生じたため,同日午後11時15分,分娩のために被告病
院に入院し,もって,胎児のために,被告市との間で本件胎児を
出産することについての診療契約を締結。

・原告Cは,入院直後の12月23日午後11時20分ころから
午後11時40分ころにかけて,分娩監視装置(CTG)による
胎児心拍数(FHR)及び子宮収縮(陣痛)のモニタリング(計
測)を受けた後,陣痛室に入室し,分娩に備えることとなった。
上記モニタリングの際の本件胎児のFHR基線は140台であり,
特段の異常所見は見られなかった。

・分娩当日の12月24日,原告Cは,午前7時52分から午前
8時11分にかけて,再びCTGによるモニタリングを受け,午
前11時ころに被告Eの診察を受け,午後1時35分に自然破水。

・被告病院の助産師Fは,午後2時21分から午後2時49分に
かけて,原告Cについて,3度目のモニタリングを施行するとと
もに,内診を行い,子宮口全開大を認め,午後3時,原告Cを陣
痛室から分娩室へ移動。

・F助産師は,分娩室に入室した原告Cに対し,分娩台の上に上
がらずに,床に敷かれたマットレスの上に横臥するよう指示し,
原告Cは,その指示に従った。そして,その後間もなく,夫であ
る原告Bが,分娩立会いのため,分娩室に入室した。

・午後5時,マットレスに横臥したままの状態でA(40週6日
で出生,体重3488gの成熟児)を分娩したが,分娩室入室か
ら分娩に至るまでの間(約2時間)のモニタリングの計測結果を
記録した記録用紙は,残されていない。

・原告Aは,上記分娩の際,新生児仮死の状態で生まれ(なお,
その程度については,当事者間に争いあり),蘇生措置後も鼻翼
呼吸及び呻吟が見られ,午後5時40分に未熟児室の保育器に収
容されたが,その後も上肢,下顎にけいれん様の動きが見られた
ため,午後7時20分,被告病院の小児科医の診察を受けたとこ
ろ,同医師は,原告Aの左上肢にけいれんを認め,原告Aを国立
弘前病院へ転送する旨決定し,原告Aは,午後7時55分,救急
車で被告病院を出発し,午後8時30分ころ,国立弘前病院に搬
入され,そのまま同病院に入院。

・国立弘前病院の担当医師らは,その後,原告Aの症状につき,
硬膜下血腫及び低酸素性虚血性脳症後の脳性麻痺等と診断した。
そして,青森県は,平成16年1月21日,原告Aにつき,低酸
素性虚血性脳症による両上下肢機能の著しい障害(上肢2級,下
肢2級)により,身体障害者等級1級に該当すると認定。

■原告Aが脳性麻痺に至った原因について

「・・・各CT検査による画像では,明らかな脳浮腫は確認され
なかったが,9月4日に実施された頭部MRI検査の画像では,
両側視床及び基底核に低酸素性虚血性脳症によるものと考えられ
る異常信号強度域が認められたことから,画像診断を担当した上
記病院のG医師は,改めて上記の各CT検査の画像を精査し,そ
の結果,それらのCT画像において基底核及び視床の構造がはっ
きりと撮影されていないのは,低酸素性虚血性脳症急性期の浮腫
が原因である可能性があると考えるに至った」

「そして,9月18日に実施された頭部MRI検査によるT1強
調画像及びT2強調画像でも,両側視床,基底核,扁桃体,海馬
傍回及び海馬に低酸素性虚血性脳症によるものと考えられる異常
信号強度域が認められた」

「また,最近,G医師が保存されていた上記MRI検査における
拡散強調画像(diffusionMRI)のデータに基づいて
計算画像を作成したところ,内包後脚(甲A5の4の画像でいう
と,上から3段目,左から3行目の写真の,筋状に白く写ってい
る部分)に高信号が左右対称に認められた」

「さらに,11月14日に実施された頭部MRI検査では,低酸
素性虚血性脳症によるものと考えられる高信号は,信号強度が低
下し,不明瞭化していたが,両側の側脳室下角が拡大しているこ
とが認められ,扁桃体,海馬傍回及び海馬の領域において脳の萎
縮が生じていることが確認された」

「・・・上記認定によれば,原告 Aは,出生当日の8月24日に
おいて,低酸素性虚血性脳症に陥っていたものと認めるのが相当」

「加えて,・・・原告Aは,出生直後,自発呼吸が見られず,皮
膚の色も蒼白であるなど,新生児仮死の状態であったことが認め
られ,本件胎児は分娩中に低酸素状態に陥っていたものと推認さ
れるから,特段の事情がない限り,原告Aの低酸素性虚血性脳症
は,出生前の原因により発症したものというべき」

「そこで,以下,原告Aの低酸素性虚血性脳症が,出生後の原因
により発症したことを窺わせるに足りる特段の事情があるか否か
を検討する」

「まず・・・,低酸素性虚血性脳症が発症する出生後の原因とし
ては,重篤な出血,ショック状態,脳障害,麻酔,外傷,先天性
心疾患,肺機能不全などの低酸素症などが挙げられているが,原
告Aの被告病院におけるカルテ等及び国立弘前病院におけるカル
テ等を子細に検討しても,原告Aの低酸素性虚血性脳症が出生後
の原因により発症したことを窺わせるに足りる特段の事情を見出
すことができない」

「なお,原告らは,原告Aは,胎便吸引症候群を発症した結果,
低酸素性虚血性脳症に陥った旨主張する(もし,原告Aが胎便吸
引症候群を発症したのであれば,その程度次第により,出生後の
原因により低酸素性虚血性脳症に陥った可能性が否定できない。)
ので,この点について検討すると・・・,胎便吸引症候群の場合
には,感染羊水の吸引時に新生児肺炎(胎児肺炎)になることが
あるとされているところ,証拠によると,原告Aは,国立弘前病
院へ搬送された直後に行われた胸部X線検査の結果,肺炎に罹患
していることが判明したものと認められるが,他方,上記胸部X
線検査により得られた画像は,肺に浸潤が認められるというもの
であって,胎便吸引症候群の場合に典型的に見られるようなもの
ではない」

「また,証拠によると,国立弘前病院の担当医師も,原告Aの症
状を胎便吸引症候群によるものではないかと一時疑ったものの,
結局,確定診断に至らなかったようである(カルテ上,原告Aに
つき,胎便吸引症候群であると確定診断したことを窺わせるに足
りる記載は見当たらない。)」

「さらに,証拠によると,分娩時の原告Cの羊水に混濁が見られ
なかったこと,被告Eが,出生直後の原告Aに対し,直ちに吸引
及び酸素投与の蘇生処置をとったことが認められるのであって,
これらの事情を考え併せると,原告Aが出生後に胎便吸引症候群
に陥り,その結果,低酸素性虚血性脳症に罹患したものと認める
ことはできないというべき」

「そうであるとすれば,原告Aの低酸素性虚血性脳症は,出生前
の原因により生じたものとみるほかない」

「そこで,進んで,上記低酸素性虚血性脳症が原告Aに発症した
脳性麻痺の原因であるかの点につき,検討する」

「・・・出生時の低酸素症は脳性麻痺の原因となり得るところ・
・・,原告Aについては,分娩中の低酸素状態により低酸素性虚
血性脳症が生じ,しかも,MRI画像上,低酸素性虚血性脳症に
よる異常信号強度域が認められた扁桃体,海馬傍回及び海馬の領
域において脳の萎縮が認められたことにかんがみれば,他の原因
のみによって脳性麻痺が生じた相当程度の可能性がない限り,上
記低酸素性虚血性脳症が原告Aに発症した脳性麻痺の原因である
と推認するのが相当」

「この点,鑑定人は・・・,米国産婦人科医会及び米国小児科学
会が提唱し,日本産科婦人科学会も支持を表明している診断基準
によれば,低酸素性虚血性脳症の原因となり得る分娩中の急性低
酸素症が脳性麻痺の原因であると診断されるためには,まず,基
本的診断基準として,(1)臍帯動脈血中に代謝性アシドーシスの所
見が認められること(pH<7かつ不足塩基量≧12 mmol/l),
(2)34週以降の出生早期にみられる中等ないし重症の新生児脳症,
(3)痙性四肢麻痺型及びジスキネジア型麻痺,(4)外傷,凝固系異
常,感染,遺伝的疾患などの病因が除外されることの4項目の全
てが認められなければならないとされているところ,原告Aに生
じた脳性麻痺については,(2)及び(3)の各項目は認められるもの
の,(1)及び(4)の各項目は認められないとの見解を示している」

「・・・,(4)の項目についてみると,鑑定人は,同項目が認めら
れないとした理由につき,凝固系異常,感染,遺伝的疾患などの
病因は除外されるとした上で,原告Aについては産道通過中に硬
膜下出血が起こった可能性が強い旨指摘しているところ,証拠に
よると,原告Aにおいては,8月24日及び同月26日に撮影さ
れたCT画像により,左小脳テント下及び大脳鎌に沿った小脳テ
ント上に硬膜下血腫が認められたものである。しかしながら,他
方,証拠によると,上記の各硬膜下血腫は,9月4日の時点では
既に消失していたことが認められる(この点,鑑定人も・・・,
要旨,硬膜下血腫は数日で消失しており,提出された画像からは,
原告Aの脳性麻痺が硬膜下出血によるものと断定することはでき
ないとの見解を示している。)」

「しかも,証拠によると,国立弘前病院の担当医師が,9月30
日の時点で,原告B及び同Cに対し,要旨,『こちらに転送され
て,原告Aに対し,抗けいれん薬を相当多量に投与した。硬膜下
出血がけいれんの原因ではないかとも考えたが,出血が止まった
にもかかわらず,けいれんは止まらないし,あまり元気にならな
かった。9月4日に頭部MRI検査を実施したところ,視床の領
域に高信号域があることが分かった。その原因として,低酸素性
虚血性脳症が考えられる。視床とは,大脳,小脳と連絡をとる大
事なところであり,口を変に曲げたり,反り返ったりするのは,
そのせいである。おそらく脳性麻痺になるだろう。』と,原告A
の症状を説明したことが認められ,この説明に照らしても,原告
Aの診療に直接に当たった医師が,原告Aの脳性麻痺の原因は硬
膜下出血ではないであろうと考えていたことは,明らかである。
また,G医師も,原告Aに認められた硬膜下血腫の部位に照らし,
硬膜下血腫のみで視床及び基底核に認められた高信号域を全て説
明することはできない旨証言している」

「さらに,鑑定人は,多くの硬膜下血腫はCT画像上数日ないし
4週間以内に消失し,後遺症を残さない例も報告されているが,
他方,出血が小さくても,けいれんなどの症状が起こり,CT画
像上判読できない脳障害が生じることがあると言われているから,
原告Aは,産道通過時の硬膜下出血により出生後に新生児脳症に
陥って,脳性麻痺になった可能性が考えられるとも指摘している
が,上記の脳障害が生じた症例において,その後脳性麻痺に至っ
たか否かは明らかでない上,原告Aについて,硬膜下血腫により
上記のような脳障害が生じて,低酸素性虚血性脳症とは無関係に
脳性麻痺に至ったことを窺わせるに足りる具体的事情は何ら見当
たらない。そして,以上の検討を総合すれば,出生直後の原告A
に認められた硬膜下出血は,脳性麻痺の原因としては除外して考
察するのが相当というべき」

「さらに,鑑定書によると,前記の米国産婦人科医会及び米国小
児科学会が提唱している診断基準によると,分娩中に脳性麻痺が
発生したことを総合的に窺わせる診断基準(ただし,絶対的必要
条件ではない。)として,ア 分娩直前又は分娩中に急性低酸素
状態を示す事象が起こっていること,イ 胎児心拍モニター上,
特に異常のなかった症例で,通常,前兆となるような低酸素状況
に引き続き,突発性で持続性の胎児徐脈又は心拍細変動の消失が
頻発する遅発性又は変動性徐脈を伴っている場合,ウ 5分以降
のアプガースコアが0〜3点,エ 複数の臓器機能障害の徴候が
出生後72時間以内に観察されること,オ 出生後早期の画像診
断にて,急性で非限局性の脳の異常を認めることが挙げられてい
る」

「しかるところ・・・,9月4日に実施された頭部MRI検査の
画像により,両側視床及び基底核に低酸素性虚血性脳症によるも
のと考えられる異常信号強度域が認められたことから,G医師が,
改めて8月24日及び同月26日の各CT検査の画像を精査し,
その結果,それらのCT画像で基底核及び視床の構造がはっきり
と撮影されていないのは,低酸素性虚血性脳症急性期の浮腫が原
因である可能性があると考えるに至ったというのであり,加えて,
鑑定人も,鑑定書において,8月24日に撮影された頭部CT画
像につき,側脳室が明瞭に描出されていないことから,脳浮腫の
ような非限局性の脳の異常があったことも否定できない旨見解を
示していることからすると,原告Aに生じた脳性麻痺については,
少なくとも上記診断基準のオが認められるということになる」

「そして,以上の検討を踏まえると,原告Aに生じた脳性麻痺に
ついては,出生前の原因により発症した低酸素性虚血性脳症が原
因であったものと認めるのが相当というべき」

■被告Eの善管注意義務違反又は過失の有無・因果関係について

「原告らは,当日午前のモニタリングの際,本件胎児に遅発一過
性徐脈を疑うべき所見(午前8時5分から始まった一過性徐脈)
が見られたほか,徐脈の基線への戻りも遅かったとして,被告E
は,この段階で,モニタリングを継続実施して注意深く経過を観
察し,場合によっては帝王切開の準備をしなければならない注意
義務を負っていたと主張する」

「しかしながら,証拠によると,当日午前のモニタリングの計測
結果上,午前7時55分から57分にかけて,午前7時59分か
ら8時1分にかけて,及び,午前8時5分から7分にかけての各
時点において徐脈が認められたものの,1回目の徐脈は早発一過
性徐脈であり,また,その他の2回の徐脈も,陣痛図上はっきり
していないものの(鑑定人によると,陣痛計のトランスデューサ
がうまく装着されていなかったことによるものと考えられるとの
ことである。),子宮収縮と思われるわずかな上昇があり,これ
を子宮収縮ととらえると,早発一過性徐脈と考えられること,さ
らに,FHR基線は140台で,基線細変動も減少,消失してお
らず,上記モニタリングの時点において,本件胎児の状態は良好
であったことが認められる。したがって,原告らの上記主張は,
採用しない」

「本件胎児には,午後2時21分から22分にかけて,25分か
ら26分にかけて,27分から28分にかけて,41分,44分
及び46分から47分にかけての各時点において,一過性徐脈が
出現した。それらの徐脈は,子宮収縮曲線が明確に描出されてい
ないものの,心拍数下降から最下点に達するまで30秒以内であ
ることから,変動一過性徐脈であると考えられる」

「ただし,基線からの下降幅は約30であった上,持続期間も6
0秒以内であるので,高度変動一過性徐脈ではなく,中等度変動
一過性徐脈と考えられる」

「また,FHR基線が160を超えており(なお,午後2時41
分以降には,170を超えていたとみる余地もある。),本件胎
児は,頻脈(軽度頻脈)を呈していた。頻脈を呈する場合として
は,胎児の低酸素症,母体の発熱,アトロピン等副交感神経遮断
剤の投与,絨毛膜羊膜炎,胎児心奇形,子宮収縮抑制剤であるβ
−刺激剤の投与などの要因が考えられるところ,本件では母体の
発熱は考えづらく,胎児心奇形も認められず,薬剤の投与もない。
さらに,母体の発熱,子宮の圧痛,羊水の混濁・異臭が見受けら
れないことからすると,絨毛膜羊膜炎も否定的と考えられる。そ
して,正期産児の場合には,母体が不安,不穏状態などで頻脈を
呈すると,胎児も頻脈を呈することがあるが,本件胎児が低酸素
状態に陥っていたという可能性も否定できない」

「ただし,心拍数図上,基線細変動が減少,消失していない上・
・・,変動一過性徐脈の程度が中等度であり,かつ,必ずしも頻
発していたとまではいえないことからすると,本件胎児は,本件
モニタリングの時点においては,低酸素症・代謝性アシドーシス
には陥っていなかったものと考えられる」

「上記認定によると,本件胎児は,本件モニタリングの際には,
低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていなかったというので
あるから,その後直ちに急速遂娩術により本件胎児を娩出させる
必要性があったとは認められないが,他方,FHR基線が160
を超え,本件胎児が軽度頻脈を呈していたことから,本件胎児が
低酸素状態に陥っていたという可能性が否定できないというので
あるから,被告Eとしては,原告Cが午後3時に分娩室に入室し
た後,直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く
観察し,その結果,本件胎児がその後も頻脈を呈し,かつ,基線
細変動が消失しているおそれがあると認めたときは,児頭の下降
の程度いかんによって,吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開術といっ
た急速遂娩をすべき注意義務を負っていたというべき」

「しかるところ・・・,被告Eは,結果的に,原告Cが午後3時
に分娩室に入室してから午後5時に原告Aを分娩するまでの間,
本件胎児について継続的なモニタリングをしなかったというので
あるから,特段の事情がない限り,被告Eには,上記認定の注意
義務の違反があったものというべき」

「これに対し,被告らは,上記の特段の事情として,要旨,(1)原
告Cは,分娩室に入室した後も陣痛からくる痛みと不安から体動
が激しく,F助産師は,本件胎児に対するモニタリングを試みた
ものの,トランスデューサが原告Cの腹壁からずれを生じたため,
モニタリングを継続することは事実上不可能であった,(2)F助産
師らは,モニタリングの代替手段として,ハンドドップラーを使
用して本件胎児のFHRを頻回に聴取したところ,午後3時の時
点では160と高かったものの,午後4時の時点では140〜1
50,午後4時30分の時点では140台まで下がったのであり,
本件胎児について胎児仮死を疑うような所見はなく,速やかに本
件胎児を娩出させなければならないという状況になかった,(3)平
成15年8月当時,被告病院には内測法によるCTGがなかった
ため,本件胎児について内測法によるモニタリングを実施するこ
ともできなかった,と主張するので,以下,その主張の当否を検
討する」

「証拠を総合すると,本件モニタリングの施行から分娩に至るま
での経過については,次のとおり認めるのが相当」

「原告Cが原告Aを分娩した8月24日は日曜日であったことか
ら,被告病院産婦人科病棟には,平日あるいは土曜日と異なり,
担当医である被告Eが待機していたほかは,助産師3名と看護師
1名が勤務するにとどまっていた。そして,その当日,被告病院
産婦人科病棟には,分娩進行者が原告Cを含めて2名いたところ,
原告Cの担当助産師は,同日朝の段階ではI助産師であったが,
上記2名の分娩が重なったため,本件モニタリングを開始した時
から,急遽,F助産師が原告Cを担当することになった。ところ
が,その際,F助産師は,原告Cの分娩介助のほか,他の患者の
処置にも当たっていたことから,本件モニタリングを施行してい
る間に20分間程度,その処置をしに行くために陣痛室を離れた」

「F助産師は,本件モニタリングの終了後,原告Cを内診して子
宮口全開大を認めたため,午後3時,原告Cに対して陣痛室から
分娩室へ移動するよう指示し,原告Cは,F助産師とともに歩い
て分娩室に移動した」

「F助産師は,分娩室入室後,マットレスを床に敷き,原告Cに
対し,その上に横臥するよう指示した。原告Cは,分娩は分娩台
の上でするものだと考えていたので,その指示に驚き,不思議に
思って,『分娩台に上がれます。』と申し出たが,F助産師が,
それに取り合わず,再度マットレスの上に寝るよう指示したこと
から,原告Cは,こういう出産の仕方もあるんだな,助産師の指
示なのだから大丈夫なんだなと思い,その理由を尋ねることなく,
F助産師の指示に従って,上記のマットレスの上に横臥(側臥)
した」

「その後,F助産師は,分娩室内に置かれているCTGのトラン
スデューサを原告Cの腹壁の外に装着したが,本件胎児に対する
モニタリングを開始しなかった。そして,分娩室を出て原告Bを
探しに行き,約5分後に原告Bを連れて再び分娩室に入室したが,
その際,F助産師は,できるだけ早く他の患者の処置をしに行こ
うと考えて気が急く余り,原告Bに対して予防衣を着用するよう
指示することを失念し,そのため,原告Bは普段着のままで分娩
室に入室することになった」

「そして,F助産師は,原告Bに対し,側臥位の原告Cの臀部の
そばの床に座るよう指示し,原告Cが力んだ時に胎児を奥に押し
戻すような感じで臀部を押さえるように,と指示し,自らそのや
り方をやって見せた。そして,原告Bがそのやり方を飲み込むや,
F助産師が他の患者の処置をしに行くために分娩室を離れてしまっ
たことから,原告Bと原告Cは,分娩室に二人きりで取り残され
ることとなった。なお,F助産師は,原告Bに対し,手袋を着用
することすら指示しなかった」

「原告Bは,なぜ,まさに生まれ出ようとしている子供をわざわ
ざおなかの中に戻すようなことをするのか,自分がしていること
の意味を理解できないまま,F助産師に指示されたとおり,原告
Cが力むたびに,その臀部を押し続けた。そして,F助産師は,
二,三十分ほどした後,分娩室に来て,原告C及び同Bに対して
声を掛けたが,すぐにまた分娩室を離れた」

「F助産師は,午後4時ころ,ようやく他の患者の処置を終えて
分娩室に戻り,マットレスの上に側臥位で横臥していた原告Cに
対し,仰臥位になるよう指示して内診をしたところ,即座に本件
胎児の児頭が排臨の状態にあることを認め,直ちに分娩介助の準
備を始めた。そして,原告Bに対し,今後は,原告Cの頭の側に
座って分娩を援助するよう指示した。その後,I助産師や看護師
も分娩室に入室して原告Cの分娩介助に関与するようになった」

「ところで,F助産師は,分娩室入室直後,原告Cの腹壁に装着
しておいたトランスデューサを使用して本件胎児に対するモニタ
リングを開始しようと考えて,CTGのスイッチを入れ,トラン
スデューサの位置を変えたものの,その装着状態が適切でなかっ
たため,本件胎児の心音をとらえることができなかったが,トラ
ンスデューサを装着し直そうと試みることなく,本件胎児に対す
るモニタリングを実施しないままの状態で,分娩を進行させた」

「被告Eは,午後4時30分ころに分娩室に入室したが,その際,
CTGから本件胎児の心音が発せられておらず,モニタリングが
行われていないことを認識したが,分娩の進行がまもなく児頭の
発露を迎えるという状況であったことから,F助産師らに対し,
あえてその理由を問い質すことをせず,また,直ちにモニタリン
グを開始するように指示することもしなかった」

「 午後5時近くになってJ助産師も分娩室に入室し,その後間も
なく,原告Cは原告Aを分娩した」

「・・・上記・・・の検討を踏まえると・・・,特段の事情に関
する被告らの主張は,いずれも失当であるというべき」

「すなわち,被告Eの管理の下で原告Cの分娩介助を担当してい
たF助産師は,分娩室に入室した原告Cにトランスデューサを装
着したものの,直ちにモニタリングを開始しようとしなかったば
かりか,午後4時までの間,分娩室で原告Cに付き添っているこ
とがほとんどなく,原告Cの様子を観察することすら怠ったので
あり,しかも,午後4時になってモニタリングを開始した際,ト
ランスデューサが適切に装着されていなかっために本件胎児の心
音をとらえることができなかったのに,それを装着し直そうとせ
ず,本件胎児に対するモニタリングをしないままの状態で,分娩
を進行させたものである。したがって,原告Cの体動が激しかっ
たために本件胎児に対するモニタリングが実施できなかったとい
う被告らの主張は,到底採用できるものではない」

「したがって,被告Eには,本件モニタリングにより,本件胎児
のFHR基線が160を超え,本件胎児が軽度頻脈を呈している
ことが判明したのであるから,本件胎児が低酸素状態に陥ってい
たという可能性を考慮し,原告Cが分娩室に入室した午後3時以
降,直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観
察し,その結果,本件胎児がその後も頻脈を呈し,かつ,基線細
変動も減少,消失しているおそれがあると認めたときは,急速遂
娩をすべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,
原告Cが午後3時に分娩室に入室してから午後5時に原告Aを分
娩するまでの間,本件胎児に対する継続的なモニタリングをしな
かったという過失があったものと認められる」

■因果関係について

「・・・要するに,本件胎児(すなわち原告A)は,出生前には,
当日午前のモニタリングの段階での状態は良好であり,また,本
件モニタリングの段階でも,軽度頻脈を呈し,低酸素状態に至っ
ていた可能性が否定できないとはいえ,基線細変動は減少,消失
しておらず,また,変動一過性徐脈の程度が中等度で,必ずしも
頻発しておらず,低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていな
かったというのに,出生後には,低酸素性虚血性脳症に陥って脳
性麻痺に至ったというのである」

「以上の経過にかんがみれば,原告Cが分娩室に入室した午後3
時から分娩に至った午後5時までの間に,本件胎児が低酸素症・
代謝性アシドーシスに陥ったことは明らかである。したがって,
被告Eは,午後3時以降直ちに本件胎児に対するモニタリングを
再開して本件胎児の状態を注意深く観察していたならば,その間
に本件胎児の状態が悪化していることを認識することができたも
のと推認される」

「そして,原告Aが低酸素症・代謝性アシドーシスに陥った原因
については,午後3時から午後5時までの間においてCTGによ
るモニタリングが施行されなかったことも相まって,いくつかの
想定が可能であるとしても,特定は甚だ困難であるといわざるを
得ないが,その原因がいずれであったにせよ・・・,原告Aは4
0週6日で出生した体重3488gの成熟児で,分娩時間も20
時間4分にとどまっており,分娩前の母体及び胎児のリスク因子
は全く認められず,さらには,分娩直前又は分娩中に子宮破裂,
常位胎盤早期はく離,臍帯脱出,母体心肺停止,大量出血を伴う
前置血管又は胎児母体間輸血など急性低酸素状態を来すような事
象も起こらなかったことに加え,本件モニタリングの計測結果に
よれば,本件胎児の中枢に障害が生じるまでには至っていなかっ
たものの,午後3時前から本件胎児が低酸素状態に陥っていたと
いう可能性が否定できず,その後,その状態が更に悪化するおそ
れがあったこと,及び,原告Cの子宮口全開大から分娩までに約
2時間を要したことに照らすと,原告Aの脳性麻痺の原因となっ
た低酸素状態が相当な長時間にわたって継続した可能性が高いと
いうべきであるから,被告Eが,モニタリングにより本件胎児の
状態が悪化していることを認識した時点で,速やかに吸引・鉗子
分娩あるいは帝王切開術等の急速遂娩術を施行して,本件胎児を
早急に娩出させていたならば,原告Aが脳性麻痺を発症しなかっ
たという高度の蓋然性があったものと推認するのが相当」

■寄与度減額あるいは過失相殺の当否について

「被告らは,午後3時以降に本件胎児についてモニタリングを実
施できなかったのは,原告Cの体動が激しかったからであるとし
て,その点を考慮した寄与度減額あるいは過失相殺がなされるべ
きであると主張するが・・・,午後3時以降に本件胎児に対する
モニタリングが実施されなかったのは,そもそも,F助産師が午
後4時までモニタリングをしようとしなかったことが根本的な原
因であり,また,午後4時以降にモニタリングができなかったの
も,同助産師に手技上の問題があったと評すべきであるから,被
告らの上記主張は,採用しない」

■損害額
・逸失利益
「原告Aは,現在も反り返りが強いため,ベビーカーに乗ること
ができず,車のチャイルドシートも使用できないこと,栄養補給
は,経口摂取が困難であるため,チューブを使用していること,
いまだ首が据わっておらず,手足は動かすものの,寝たきりの状
態が続いていること,そのため,現在も,週1回のリハビリテー
ションのほか,脳波検査(てんかん発作の履歴がある。)等を受
けるためにも通院して治療を受けていることが認められ,これら
の事情を考慮すれば,原告Aが将来において軽作業を含めた何ら
かの労務に就くことができるとは,たやすく考え難い。したがっ
て,原告Aは,脳性麻痺により,その労働能力の全てを喪失した
ものと認めるのが相当である」

 賃金センサス平成15年男性全労働者の平均年収547万81
00円。

 就労可能年数,18歳から67歳までの49年間(ライプニッ
ツ係数は,67年係数19.2390−18年係数11.689
5=7.549)

 原告Aの逸失利益の金額は 547万8100円×7.549
=4135万4176円

・介護費用
「原告Aについては,将来にわたり,その生命維持に必要な身の
回りの処理の動作について,常にあるいは随時,他人の介護を要
する蓋然性があるものと認めるのが相当」

 介護費用の日額6000円(年額219万円)

 平成15年簡易生命表に基づき,その要介護期間を同年男子0
歳の平均余命に相当する78年(ライプニッツ係数19.555)

 原告Aに係る将来の介護費用は219万円×19.555=4
282万5450円

・慰謝料
 2500万円

・原告Aに係る弁護士費用
 1000万円

・原告B・C固有の慰謝料
 各250万円

・原告B・C分の弁護士費用
 各25万円


■判決主文

1 被告らは,原告Aに対し,各自1億1917万9626円及び
これに対する平成16年2月19日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。

2 被告らは,原告Bに対し,各自275万円及びこれに対する平
成16年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。

3 被告らは,原告Cに対し,各自275万円及びこれに対する平
成16年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。

4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
<以下略>