判例速報

※この記事は、2007-06-22にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は、原告がヘルペス脳炎による重度の後遺症を残すことになっ
たのは、A市民病院において、(1)被告病院B医師が適切に問診
・鑑別診断をせず、(2)被告病院入院後の抗ウイルス剤の投与期
間及び量が不適切であったためであると主張して、損害賠償請求
した事案です。

■年月日・裁判所
H19.4.26 名古屋地裁 平成17年(ワ)第2136号 損害賠償請求事件(医療過誤)

■当事者

原告:昭和37年生まれの男性。平成11年4月当時37歳。

被告:被告病院を設置・運営する者。B医師は被告病院神経内科
の医師。


■診療経過

・原告は、平成11年4月23日ころから、38度程度の発熱。
4月25日ころから、重度の頭痛。

・4月27日朝から異常な言動が見られたことから、4月28日、
A市内にあるC医院を受診。同医院医師は、原告に対し精神安定
剤であるデパス及びハルシオンを処方。

・4月30日、被告病院神経内科を受診した。原告に付き添って
いた原告の妻のDは、B医師に対して、原告の症状について、
(1)眠れない様子である、(2)仕事が忙しくストレスがたまっ
ている、(3)4月27日ころから異常行動が見られること等を説
明。

・B医師は、原告が精神科の疾患に罹患している可能性が高いと
判断し、その旨Dに説明した上で、紹介状を書いてDに渡した。

・4月30日午後、D及び原告の父に付き添われ、E病院精神科
を受診。同病院医師は、D及び原告の父から、原告の異常行動等
の事情を聴取し、原告に対し頭部CT検査などを行った。そして、
同医師は、CT検査の結果から、正常範囲内ではあるが脳にやや
浮腫があると判断した。また、同医師は、原告に的はずれな言動
が目立ち、失見当識が顕著であり、記憶障害の存在があり、昏迷
・途絶といった意識状態が見られると判断した。その上で、同医
師は、原告が認知機能の低下や急性幻覚、パラノイド状態にある
可能性も考えた。そして、同医師は、原告には統合失調症、ヒス
テリー、うつ、急性器質性疾患(腫瘍あるいは脳炎)といった疾
患の可能性があると判断。同医師は、5月1日も原告の状態を見
たいとして、同日の受診を指示し、精神安定剤であるインプロメ
ン等の薬剤を処方。

・5月1日、E病院を受診した。同病院医師は、原告に対し、前
日同病院を受診したことを覚えているかと尋ねると、原告は何も
答えず、覚えていないかと尋ねると、来たかなと答えるにとどまっ
た。同医師は、インプロメン等の薬剤を処方。

・5月2日から食欲がなくなり、食事を摂取しなくなり、5月4
日、A市内にあるF病院を受診した。その際、原告に39.2度
の発熱が認められた。さらに、原告には、胸部レントゲン検査の
結果、右下肺野に肺炎を疑う像が見られたため、同病院医師は、
肺炎疑いと診断し、被告病院を紹介。

・同日、原告は、被告病院神経内科外来において、被告病院G医
師が診察。その際の原告の体温は39.2度であった。原告に付
き添っていたDは、G医師に対し、原告が3日前から食事を摂取
できておらず、5月3日から水分も少量しか摂取できていない、
昨夜もハアハアと呼吸していた旨述べた。原告は、診察時、傾眠
状態であり、意識障害が認められた

・G医師は、上記所見と異常行動の存在から、脳炎の可能性を疑
い、胸部レントゲン、末梢血検査、生化学検査、血糖値検査、髄
液検査及び頭部CTの各検査を実施する必要があると判断し、こ
れらの検査を実施。

・同日、被告病院に入院。

・5月4日午後1時ころ(入院直後)、傾眠状態であり、呼びか
けに対しては開眼して答えるがすぐに眠ってしまう状態であった。
原告に対し、輸液と酸素投与開始。また、原告は、医師又は看護
師による指示には応答できず、握手はできるもののしっかりと握
手することはできず、握手した手を離すのもあやふやな状態であっ
た。意識レベルはJapan Coma Scale(以下「JCS」という。)
でI−1又は2であった(なお、I−1というのは、大体清明だが
今ひとつはっきりしない状態、I−2とは見当識障害(時、場所、
人について正しく答えられない状態)がある状態をいう。)。ま
た、原告の体温は、午後7時においては39.3度、午後9時で
は39.1度。被告病院医師は、1回の投与量を500mgとし、
1日3回点滴静注する方法でゾビラックス(抗ウイルス剤)の投
与を開始。また、同医師は、ブロアクト(抗生剤)の投与を開始。

・G医師は、原告の家族に対し、ヘルペス脳炎の可能性があるこ
とを説明。

・5月6日の体温は38度前後。5月7日の体温が、37.7か
ら37.9度。意識状態はJCSでI−1ないし2であり、開眼し
ているが指示に従うことは不能。

・5月8日の体温は38度から39度。そのため、被告病院看護
師は、原告に対しクーリングを実施したところ、午後4時には原
告の体温は36.7度まで下がった。しかし、午後8時には再び
39度となった。また、項部硬直は+であった。原告は、開眼し
て自発的にキョロキョロするが、会話は全く成り立たず、名前や
年齢も言えず、従命指示も全くできなかった。原告に明らかな四
肢麻痺はなく、上肢挙上保持及び膝立保持は可能であった。

・5月9日の体温は38度前後。原告は、質問に対する返答がな
い又は緩慢であり(問いに対して黙ってしまう、面会者が誰か言
えない状態)、自分で体を動かそうとする様子が見られず、開眼
しているのみで従命指示には応じられなかった。酸素飽和度は1
00パーセントで、胸部はほとんど清という状態。

・5月10日の体温は、36.6度から40.2度。項部硬直は
+であった。原告は、開眼しているのみで発語は少なく、会話が
成立せず質問に対してもボーっとしているのみであった。

・5月12日から同月15日における原告の容態に変化はなく、
発熱が続き、会話が成り立たない状態であった。

・5月14日における白血球数は143、CRPは3.05であっ
た。CT画像では、両側頭部及び前頭部に不明瞭に低吸収領域が
広がっていた。5月16日、体温が午後2時に39.5度まで上
昇し脈拍も毎分130回台となったためボルタレン(解熱剤)を
使用した。その後原告の体温は、午後8時に36.4度まで低下。
B医師は、Dに対して、原告がヘルペス脳炎であり、記憶障害及
び理解の程度に問題のあることを説明した。また、肺炎は改善傾
向にあるが、発熱は改善されておらず、再燃を含め、脳の病変の
影響もあるのではと説明した。また、尿道に管が入っていること
による感染症の影響もあるのではと説明。

・5月17日から19日の原告の容態も同様で、ときには体温が
39度以上に上昇し、傾眠状態であり、反応に乏しく指示動作も
できなかった。被告病院医師は、5月19日、ゾビラックスの投
与を再開。

・5月20日に体温が36度台になったこともあったが、21日
には38度台となり、CT画像でも、低吸収領域は不明瞭になっ
てきており、造影CT検査では両側側頭部に増強される病変があっ
た。

・7月2日、E病院へ転院。

・7月27日、I温泉病院へ転院。

・8月4日、同病院を退院。

・その後、原告は、J大学病院及び土岐市K病院への入退院を経
て、平成13年12月11日に、L大学Mリハビリテーションセ
ンターに入院した。

・原告は、平成14年3月25日、ヘルペス脳炎による高次脳機
能障害の症状が固定したと診断され、後遺障害別等級表1級1号
に該当するとされた。

・N家庭裁判所A出張所は、平成17年5月13日、原告に対し
後見開始の審判をし、Dが原告の成年後見人に選任された。

■B医師の問診・検査義務違反について(過失(1))

「4月30日までに,実際に原告に現れていた症状として認めら
れるのは,(1)同月23日から見られた38度程度の発熱,(2)
同月25日から見られた頭痛,(3)同月27日以降の異常行動・
不眠,(4)同月30日の被告病院における行動(質問に答えない,
そわそわして立ち上がろうとする等),(5)E病院において,昏
迷,途絶,見当識障害,記憶障害及び脳浮腫の疑いがあるとされ
たということであり,そのうちB医師が把握していたのは,上記
(3)及び(4)である」

「この点,上記(1)ないし(5)からすれば,原告は,遅くとも
4月27日にはヘルペス脳炎に罹患していたと考えるのが相当で
ある。そして,B医師は,4月30日に原告を診察した際,ヘル
ペス脳炎の鑑別に必要な検査を行っていたことは認められない」

「そこで,B医師に鑑別義務違反があるかどうかを判断するにお
いては,同医師が4月30日の時点での原告の症状から,ヘルペ
ス脳炎を疑うべきであったかどうかという点が問題となることか
ら,以下,その点について検討する」

「なお,上記事実認定によれば,B医師が何ら診察をしなかった
という意味での過失は認められない」

「・・・ヘルペス脳炎の臨床症状は,異常行動等の精神症状と,
発熱や頭痛の双方が現れるものであり,ヘルペス脳炎は,早期治
療が重要であるとされ,しかも死に至る危険も十分に存在する重
大な疾患であるから,ヘルペス脳炎の鑑別診断すべき必要性は非
常に高いといえる」

「異常行動等の精神症状が見られた場合,ヘルペス脳炎を含めた
鑑別診断を行うには,その他の臨床症状の有無,程度等を総合し
て診断していく必要があるが・・・,異常行動等の精神症状が認
められる患者においては,ヘルペス脳炎の可能性も考えて,まず,
発熱や頭痛などの髄膜刺激症状の有無を,問診及び患者を観察す
ることにより確認すべき注意義務があると考えるのが相当である。
その場合,受診時における症状を確認することは当然であるが,
異常行動等の精神症状に先立ち,発熱や頭痛が見られることも多
いこと,ヘルペス脳炎における経過の中で発熱の見られない時期
もあり得ることから,診察時の状態のみならず,異常行動の現れ
た前後も含めて,発熱や頭痛の有無を確認すべき」

「そして,発熱や頭痛などの症状が見られた場合,ヘルペス脳炎
の可能性が高まることから,確実な鑑別のために,CT,MRI,
脳波検査,髄液検査などの検査を実施すべき」

「しかし,本件において,B医師は,受診当日及び異常行動の現
れた前後の時期における原告の発熱や頭痛などの症状の有無を十
分問診することなく,受診時のDからの聴取内容及び原告の診察
時の行動だけから,ヘルペス脳炎の可能性を非常に低いものと判
断し,精神科疾患であると判断している」

「とすれば,B医師は,ヘルペス脳炎について,十分な問診等を
せず,その上で鑑別に必要な検査を行わなかったといえ,法的な
注意義務に違反したといわざるを得ない」

「この点,被告は,B医師が,原告の診察時において,発熱がな
いこと,食事を摂れていることを確認しており,頭痛については
原告及びDが告げていないことから,ヘルペス脳炎よりも精神科
疾患の可能性が高いと判断したことは問題ないと主張」

「しかし,発熱についてはこれを正確に測定したと認めるに足り
る証拠はなく(むしろ,B医師は,神経内科においては,通常体
温を測定せず,本件においても測定する必要まではなかったと証
言する。),かつ,異常行動の見られた前後に原告が発熱してい
たことを確認したとの事情も認められない。食事を摂れているこ
とについては,それだけでヘルペス脳炎を否定する理由にはなら
ず,頭痛についても,確かに,Dが問診票に頭痛の欄があるにも
かかわらず丸を付けていないという事情はあるものの,専門家で
はない患者及びその家族が必要な情報をすべて積極的に医師に伝
えなければならないとするのは酷であり,問診により確認できる
事項であれば医師の負担は大きいものではないことから,医師の
側で改めて確認する必要がないとはいえない」

「したがって,この点についての被告の主張は採用することがで
きない」

「また,被告は,脳の器質的疾患の症状として挙げられる意識障
害については,主に意識の明るさ,すなわち清明度の異常を意味
するのが通常であり,覚醒していないなど,意識の清明度に問題
がある場合に初めて意識障害が問題となるのであって,刺激しな
くても覚醒している状態(自発的開眼がある,自分で歩行等でき
る,食事も摂取できる)であれば,通常は意識障害があるとは判
断せず,意識清明の状態である場合に,見当識障害のみを取り上
げて意識障害とは評価しないのが通常であって,原告には,4月
30日の被告病院受診時において,意識の清明度としての意識障
害が見られなかったのであるから,B医師が,ヘルペス脳炎の可
能性は非常に低いと考えて精神科を紹介したことに問題はないと
も主張」

「しかし,本件において,原告がB医師の質問に対し,何も答え
ず,視線をそらしたり,そわそわして立ち上がろうとするなどし
たため,見当識を確認できる状態ではなかったのであり,そのよ
うな状況では,B医師は見当識障害の有無を確認できていたとは
認められない」

「そして,意識の清明度の低下を示す尺度として日本で使用され
ているJCSにおいては,見当識障害があれば,軽度の意識障害
(I−2)に当たるとされており,見当識障害の有無は,意識障害
の有無を判断する際の要素といえる」

「また,見当識の障害された状態を失見当識というが,失見当識
が起こる原因として臨床的に重要なのは,(1)意識障害,(2)
記憶障害(健忘),(3)知能障害などであり,軽度の意識障害の
存在が疑われる場合,見当識障害の有無がまず確かめられる必要
がある」

「これらのことからすると,見当識障害は,意識障害の有無を判
断するための1つの要素に含まれているといえる」

「そして,B医師は,少なくとも原告に見当識障害がないと判断
できる状態ではなく,意識障害について十分判断できる状態にな
いままに,異常行動は精神疾患によるものと判断したということ
になる」

「そうだとすると,意識障害の点からも,B医師は原告がヘルペ
ス脳炎である可能性を否定できるほどの情報を得ることなく精神
科を紹介したということになる」

「したがって,B医師には,原告についてヘルペス脳炎の鑑別を
十分に行わなかった過失が認められる」

■入院後の治療に対する過失について(過失(2))

「・・・証拠によれば,平成11年当時の医学的知見として,以
下の事実が認められるヘルペス脳炎は,早期に抗ウイルス薬療法
を行えば,生命予後は著しく改善し,後遺症の頻度も程度も低下
する。また,ウイルス性脳炎で単純ヘルペス脳炎が最も頻度が高
く,治療開始が遅れると死亡率,後遺症の頻度が高くなる一方,
治療薬の副作用が少ない。したがって確定診断前でも本症を疑っ
た時点で,直ちに抗ウイルス薬投与に踏み切ることが重要である。
治療の要点は,(1)早期の抗ウイルス薬投与,(2)脳浮腫の対
策,(3)抗けいれん薬投与であり,また(4)意識障害に対する
一般的処置も必要となる。抗ウイルス薬については,第一選択薬
としてはゾビラックスを用い,ゾビラックスの効果が不十分な場
合にはアラセナAの投与又は併用を考える。ゾビラックスについ
ては,体重1kgあたり5mgから10mg(文献により量が異
なる。)の分量で,1日3回点滴静注し,7日間から14日間
(文献により期間が異なる。)連続投与する」

「上記認定の医学的知見からすれば,被告病院医師がゾビラック
スについて,投与期間を1クール7日間としたこと自体が不適切
であると評価することはできない」

「しかし,ゾビラックスの添付文書には7日間を1クールとする
との記載とともに,状況により適宜増減するとされているところ,
本件においては,5月10日ころには確かにCRP値などは低下
してきていたが,・・・髄液検査の結果は,5月4日の同結果と
比べて,少なくとも改善しているわけではなく(むしろ数値とし
ては若干悪化している。),発熱,髄膜刺激症状は治まっていな
い状態であったことからすれば,その時点で十分投与の効果が認
められたという状態ではないと判断すべきであり,たとえ7日間
を1クールとして投与を開始したとしても,更に投与期間を延長
すべきであったと考えるのが相当であり,投与を延長せず,7日
間でいったん中止したことは不適切であったといわざるを得ない」

「この点被告は,5月10日の髄液検査の結果は,5月4日の同
結果と有意差があるほど悪化しておらず,ウイルスは抑えられて
いたといえるからいったん中止したことに問題はないと主張する。
しかし,髄液検査の数値が減少しているならまだしも,むしろ悪
化していたのであって,また,発熱等の臨床症状の改善が認めら
れているとはいえない状態であり,投薬を中止すれば,そのまま
ウイルスが更に増殖することが予見できたといえることから,被
告の主張を採用することはできない。また,被告は,発熱等の臨
床症状について,ヘルペス脳炎以外の原因を探索すべき状況であ
り,被告病院医師はその点について適切に検査等を行っていたの
であるから過失はないと主張する」

「確かに・・・,細菌及び真菌感染の可能性が疑われる事情も認
められたものの,一方でヘルペス脳炎の症状が治まったという事
情は認められないのであるから,ヘルペス脳炎に対する対応を採
る必要がなくなったわけではなく,また,・・・ゾビラックス等
の抗ウイルス剤は副作用が少なく,感染当初においてもヘルペス
脳炎が疑われる場合には直ちに投与を開始するとされており,他
の原因を探求する間投与を中止しなければならない事情もない
(他の原因探索のための検査,治療と抗ウイルス剤の併用が禁忌
とされているといった事情はない。)のであるから,抗ウイルス
剤を投与できないという事情は認められない」

「したがって,ヘルペス脳炎以外の疾患の可能性を考えること自
体に問題があるとまではいえないが,ヘルペス脳炎に対する治療
・検査を行わなくてよいということにはならず,被告の主張は採
用できない」

■過失(1)との因果関係

「原告がヘルペス脳炎に罹患した時期については,現在の原告の
症状と原告に精神疾患の既往症がなくその後も精神疾患に罹患し
たことが認められないこと,異常行動が現れたのが4月27日で
あることからすると,前述のとおり,遅くとも4月27日である
と考える」

「また,4月30日以前の症状及び同日のE病院における診察・
検査結果からすれば,神経内科専門医であるB医師が,同日の時
点で,適切な問診及びその他鑑別検査を行っていれば,原告が単
純ヘルペス脳炎に罹患していることが判明し,少なくとも投薬を
開始すべきと判断できる程度の症状・検査結果を得られたと考え
られる」

「一般論として,ゾビラックスの使用については意識障害の進行
する前に,早期に取りかからねばならないとされている」

「また,証拠によれば,ヘルペス脳炎の予後に関する臨床例の調
査報告として,報告によってかなりの差異があるものの,全治又
は社会生活に復帰できた割合が30から56パーセントの範囲内
であり,死亡又は重度な後遺症が残った割合が30ないし50パー
セント程度の範囲内で,中程度の後遺症が残った割合も20ない
し30パーセントである旨の報告があることが認められる」

「・・・ヘルペス脳炎について,難治例となる場合の要因として,
(1)意識障害の深さ,(2)けいれん重積,(3)脳浮腫,(4)
抗ウイルス薬開始の遅れ,量,期間,(5)宿主側の条件(年齢ほ
か)があるとされていることが認められる」

「これらの要因について,本件における事情を見るに,(1)につ
いては,4月30日に異常行動及び見当識障害が見られ,5月4
日以降では,原告は傾眠状態であり,見当識障害が見られたこと
が認められるが,昏睡等にはなっておらず,必ずしも意識障害が
深かったとまではいえない。(2)については,本件では認められ
ない。(3)については,E病院でのCT検査の結果から,脳浮腫
の疑いがあることが認められ,5月4日には,抗脳浮腫薬の投与
が開始されているものの,脳浮腫の疑いがあったというにとどま
り,明らかな脳浮腫があったとまではいえない。(4)については,
B医師が4月30日に適切に問診・検査をしていれば同日には抗
ウイルス薬の投与を開始できたと考えられるが,少なくとも発症
から3日遅れているものの,本件では他の要因について難治例を
示すようなものではないこと,3日という日数からすると,難治
例に該当するとまではいえない。(5)については,原告は本件当
時37歳であり,文献上,30歳以上を予後不良因子とするもの
と,40歳以上とするものが見られるものの,30代と40代と
の比較をした資料はなく,30歳以上であることが直ちに予後不
良因子であるとまでは認められず,原告の年齢が必ずしも難治例
の要因となるとはいえない。なお,その他の宿主側の条件につい
ては本件では問題とならない」

「以上の諸要因の検討と,・・・ヘルペス脳炎における死亡ない
し重度の後遺症となる割合を併せ考えると,本件において,重度
の後遺症を残さなかった蓋然性が高いといえる」

「この点被告は,4月30日において,既に原告の脳には両側性
の病変が見られたとして,同日に抗ウイルス薬の投与を開始でき
ていたとしても,重度の後遺症は免れられなかったと主張し,そ
れに沿う証拠もある(B証人)。しかし,・・・被告病院入院当
初,被告病院医師は,原告の脳病変は片側性であると判断してい
ることが認められるところ,そうだとすれば,4月30日におい
て両側性病変であったとまでは認められない。また,仮に,レト
ロスペクティブに画像を見ることで両側性病変が見られるという
ことがいえたとしても,診療当時には誰も気づくことができなかっ
た程度の病変であったということであって,そうであれば,直ち
に因果関係が否定されるほどの事情とはいえない」

「したがって,過失(1)と原告の後遺症との間の因果関係は認め
られると考えるのが相当」

■過失(2)との因果関係

「・・・抗ウイルス薬の投薬開始が発症から少なくとも1週間経
過していること,5月10日における投薬中止の時点で,記憶障
害が著明で少なくとも傾眠といった意識障害も見られていたのみ
ならず,CT検査の画像上,脳の病変がかなり進行していたこと,
投薬を続けていたとしても,重度の後遺症の発生が認められなかっ
たといえるまでの高度の蓋然性は認められるとまではいえない」

「したがって,過失(2)と原告の後遺症の間の因果関係について
は認められないと考える」

■損害

(1) 逸失利益
・平成10年における年収が699万0280円。
・症状固定日=平成14年3月25日(症状固定当時40歳)。
・後遺障害別等級表1級1号に当たる後遺症により労働能力を1
00パーセント喪失。
・逸失利益に対する被告の過失の寄与度は8割。
699万0280円×14.643(就労可能年数27年のライ
プニッツ係数)×100パーセント×0.8=8188万693
6円

(2) 慰謝料
1800万円が相当。

(3) 介護費用
原告が入所しているグループホームにおいて要する費用は、月額
約10万5000円。
10万5000円(月額)×12(か月)×16.868(平均
余命38年のライプニッツ係数)=2125万3680円

(4) 弁護士費用
950万円が相当。

(5) 合計
1億3064万0616円


■判決主文
1 被告は,原告に対し,1億3064万0616円及びこれに対
する平成11年4月30日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。
<以下略>