判例速報

※この記事は、2007-06-29にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は、原告(眼科医)が、生命保険に加入する際の検査とし
て、被告会社の社医である被告Aから採血を受けたところ、採血
方法及び止血処理を誤った過失により、左腕の採血部位の動脈を
損傷し、あるいは静脈を必要以上に損傷し、血腫を生じたと主張
して損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H19.5.31 東京地裁 平成18年(ワ)第14387号 損害賠償請求事件(注意義務違反)

■当事者

原告:昭和33年生まれ。昭和58年東京大学医学部医学科を卒
業。昭和63年にB眼科医院を開設・平成2年から医療法人社団
Cの理事長。

被告A:本件当時、被告会社の社医として勤務。

■診療経過

・11月20日、C(医療法人社団)は、被告会社に対し、被保
険者を原告とする生命保険の加入申込をした。

・被告会社は、原告に対し、生命保険の加入条件として、被告会
社の社医による診察、採尿、心電図、採血を要求し、これに対し、
原告が直前に行った労働安全衛生法上に定める健康診断の採血デー
タを使用するよう求めたにもかかわらず、拒否したため、原告は、
やむなく、被告会社の社医による採血を受けることとした。

・11月27日午後5時頃、被告Aは、保険代理店のJとともに
原告医院を訪問。Jは待合室で待ち、被告Aが処置室で検査等を
行うことになった。被告Aは、原告に告知書を手渡し、原告がこ
れに記載した。次に、被告Aは、血液検査の承諾書及び心電図の
台紙を手渡し、原告がこれに署名。続いて、被告Aは、問診を行
い、血圧測定、尿検査を行った後、原告医院の心電計で心電図検
査を行った。

・午後5時20分ころ、採血を行うことになった。採血の際、原
告は椅子に座り、被告Aは原告と正対するような位置で、立った
まま採血を実施。被告Aがどちらの腕から採血をするか聞くと、
原告は左腕を差し出した。

・被告Aは、原告が差し出した左腕に直角になるように採血台を
置き、左腕を正中静脈が上になる形で伸展させたうえ、原告の左
腕肘部の身体に近い側(中枢側)にゴムの駆血帯を巻いて圧迫し
血管を浮き出させた。

・そして、被告Aは、右手の中指、薬指で原告の左肘の穿刺しよ
うとする部位を触って、動脈の拍動があるかを確認したが、拍動
を感じなかったことから、採血台にアルコール綿のパックと採血
用のプラスチックの筒を置き、穿刺しようとする部位をやや広め
にアルコール綿で拭いて消毒。 被告Aは、右手で22ゲージの注
射針のついたプラスチック製の注射器胴体の部分(ホルダー)を
吊り下げ式(右手の親指と人差し指、中指、薬指、小指でホルダー
を包み込むように持つ手法)で持ち、中指と薬指をホルダーと原
告の腕との間に入れてホルダーを固定しつつ、原告の左肘窩の尺
側皮静脈と正中皮静脈との交通静脈に針を穿刺。

・被告Aは、注射針を5mm程度穿刺したが、静脈血を的確に採
るため、針の先端をこころもち挙げた。その状態で、ホルダーに
プラスチックの筒をはめ込み、5cc程度の血液(静脈血)を採
取。

・採血ができたため、被告Aは、左手で、採血台に乗せていたア
ルコール綿を取り、これで採血部位を圧迫しながら、駆血帯を外
し、穿刺した注射針を抜いた。

・原告は、被告Aの採血を見ていたが、採血方法について、間違っ
ている等の指摘、指示等は全くしなかった。また、採血の最中に、
原告が痛みを訴えたこともなかった。

・被告Aは、針を片づける等のため、「ではお願いします」と言っ
て、アルコール綿での止血作業を原告に委ね、原告は、右手親指
で採血部位の上からアルコール綿で圧迫。この際、被告Aは、原
告に対し、圧迫止血の方法、時間等を説明したことはなかった。

・その後、被告Aは、採血道具や採取した血液を鞄に入れる準備
をし、数十秒の間、原告に背を向けるような体勢になった。被告
Aが採血器具等の片づけを終えて原告を見ると、原告は採血部位
をアルコール綿で十分圧迫しておらず、出血が止まったかどうか、
アルコール綿を穿刺部位から外して確認したり再びアルコール綿
を皮膚に付けるなどの行為をしていた。被告Aは、原告が十分な
圧迫止血を行っていないのを見て、止血が十分できているか不安
に思ったが、医師として先輩である原告に対し、圧迫止血を何度
も指示するのは失礼と考え、何も言わずに原告の行為を黙認。

・採血が終了してから2、3分後、被告Aが書類や血圧計を鞄に
片づけて帰ろうとした時、原告の左腕穿刺部のやや中枢側が腫れ
てきた。これに気付いた被告Aが、原告に対し、「腫れてきまし
たかね」と言い、人差し指、中指、薬指で、原告の指の上から腕
を掴むように圧迫した。しかし、すぐに、被告Aは、原告に対し、
「止血というのは最初が肝心ですからね。」と言い、再び圧迫を
原告に委ねた。原告は、その後、圧迫はしたものの、腫れを確か
めるように、両腕をそろえて見比べたり、ときには、肘関節を曲
げたり伸ばすなどした。被告Aは、このような原告に対し、止血
を指示すべきであるとは思ったが、原告が自分より年長の医師で
あったことからこれを躊躇し、何ら指示、注意をしなかった。

・午後6時30分ころ、原告は、原告医院の他の医療従事者を呼
び、採血部位を自らのデジタルカメラで撮影したのち、近所のD
病院に診察に行った。なお、被告Aは、原告の指示で、原告医院
で待機した。

・午後6時52分ころ、原告はD病院で診察を受け、採血による
血腫と診断され、圧迫包帯をされた。診療録には「本日生命保険
で係の人の採血がへたで血腫になった、a(動脈)にあたったか
も?との事」と記載され、「腫脹あり、知覚脱失はない」と診断
された。

・原告医院に帰ってきた原告は、被告Aに対し、改めて苦情を述
べるとともに、上司に連絡して、責任ある対応をするよう求めた。

・11月28日午後、被告Aは、被告会社での上司であるEとと
もに、原告医院を訪問した。被告AとEは、原告の左腕を見てか
ら、原告に対し、本件採血について謝罪した。原告は、Eに対し、
左腕を出して「これをどうしてくれるんだ」と激高し、「100
万、200万じゃすまない」と金銭を要求した。

・原告は、同日、既に包帯や絆創膏のない状態で、診療(診察6
6件、うち術後診34件。精密眼底検査66件、精密細隙灯検査
66件)を行った。

・午後4時30分ころ、原告は、被告Aとともに自ら自動車を運
転して春日部警察署に赴いて、警察の事情聴取を受けた。原告は、
同日も、自ら採血部位をデジタルカメラで撮影した写真2枚を持
参し、D病院で診療を受け、腕の痛みを訴えた。同日、D病院で
診断書を作成したが、病名は「左肘関節内側皮下出血」で「採血
針にて皮下出血あり」「業務に支障を生じている」「全治14日
間の見込みである」とされた。

・11月29日、原告は、「手洗い」すなわち、手術の術者又は
その助手をするために上腕部から先の部分を小さなたわしのよう
なものに洗剤をつけてごしごしと入念にブラッシングすることを
し、診察も34件(精密眼底検査34件、精密細隙灯検査34件)
行った。

・同日、原告は、F皮ふ科(H)を受診した。同医師は、診療録
に、「採血部の血腫」、「現在、軽度腫脹と硬結で縦18cm、
横8cmの溢血、点状出血」と記載し、「当初採血部より中枢側
が急速にはれたという」ことから「動脈損傷の可能性もあり」と
記載した。

・11月30日、原告は、左腕の写真を撮ったが、皮下出血が採
血部位から手首の方まで広範に見られた。

・12月1日、原告は、G整形外科医院を受診した。同医院の医
師は、原告から、左肘部圧痛、左肘を伸ばすときの疼痛、左手小
指側を握るときの疼痛、痺れ、脱力感があるとの訴えを聞き、写
真9枚を撮影したうえ、神経損傷を疑わせる所見であるティネル
徴候ありと診断。

・原告は、同日、自ら左腕の写真を撮り、皮下出血はなお認めら
れた。

・12月2日、原告は、D病院を受診し、左手の痺れを訴えた。
また、デジタルカメラで左腕の写真1枚撮影。

・12月6日、原告は、G整形外科医院の診療を受けた。原告は、
左肘痛を訴え、肘窩から3cmの場所にティネル徴候があるとの
診断。

・12月8日、原告は、東京都老人医療センター整形外科を受診
した。原告は、同センターの医師に対し、11月27日採血をさ
れた際に、急角度で刺入され、針先を動かされたこと、手指への
放散痛はなかったこと、圧迫していたが近位側と遠位側がすぐに
腫れ、医師から「圧迫が大事で押さえておいて下さい」と言われ
たこと、12月6日頃から腫れがだいぶ引いてきたが痛みが残っ
ているので受診したことを話した。同センターの医師は、現在屈
曲時痛はないこと、肘内側にティネル徴候はないこと、仮性動脈
瘤の可能性があるが、拍動触れないため、そうだとしても内側は
凝固しているのではないかと診断。

・原告は、D病院を、12月9日受診したほか、12日にも受診
したが、その際には、痛みはなく、出血斑もかすかになっていた
と診断された。また、12月16日にも受診したが、少々の違和
感ありとされ、12月26日に受診した際は、痛みはなく手の感
覚も良いが、肘窩に腫脹があるとされた。そして、同日の診療録
には「『動脈損傷があった可能性が十分高い事』を記入する」旨
の記載がなされ、同日付けで、原告に対し、病名「左肘関節皮下
出血、同部血腫」、「内出血、血腫の大きさから動脈損傷の可能
性も否定できない」と記載された診断書が出された。

・12月28日、原告は、G整形外科医院の診察を受けた。左肘
窩から末梢側へ5cmのところにティネル徴候があるとされたが、
そのまま経過観察となった。

・平成18年1月6日、原告は、D病院を受診。「やや腫脹のこ
るか?」との診断。

・4月7日、D病院を受診し、「治癒している」との診断。

・5月20日、原告は、G整形外科医院で、「左肘刺創、左内側
前腕皮神経損傷」、「左肘関節痛、左上腕下部より左前腕中部ま
でに至る皮下出血を訴え、平成17年12月28日まで通院加療」
と記載された診断書の交付を受けた。

・5月22日、原告は、D病院で、「左肘動脈穿刺の疑い」、
「通常静脈穿刺後の出血斑は約10日間程で消退するが、約1ヶ
月間にわたり出血斑が存在した事は動脈穿刺の可能性が強く考え
られる。」と記載された診断書の交付を受けた。

・6月15日、原告は、東京都老人医療センターで、「左上腕動
脈損傷及び左肘から前腕部血腫疑い」、「腫瘤には動脈性の拍動
は触診されなかったが、既に受傷後11日目であったことから、
器質化したものであると思われた。これらの受診時所見と、採血
時15分くらい圧迫止血したにもかかわらず肘内側の腫れが進行
している事実より上記を強く疑います。」と記載された診断書の
交付を受けた。

・6月20日、原告は、F皮ふ科で、「外傷性血腫(左上肢)」、
「採血後に急速に腫脹が出現、通常の圧迫で容易に抑止できなかっ
たとの問診及び紫斑の範囲が尋常ならざることより、動脈損傷を
伴っている疑いが持たれる。」と記載された診断書の交付を受け
た。

■本件皮下出血の原因

「原告は,被告Aが本件採血により動脈を損傷したか,静脈を必
要以上に損傷したことにより本件皮下出血になったと主張する」

「しかし,以下に説示のとおり,本件皮下出血の原因が,被告A
による本件採血により動脈を損傷したことよること,又は静脈を
必要以上に損傷したことによることを認めるに足りる的確な証拠
はない」

「たしかに,D病院のK医師が平成18年5月22日付け診断書
で『左肘動脈穿刺の疑い』と診断していること,F皮ふ科のH医
師が平成18年6月20日付け診断書中で『外傷性血腫』の根拠
として『動脈損傷を伴っている疑いがもたれる』と記載している
こと,東京都老人医療センター整形外科のI医師が,平成18年
6月15日付け診断書で『左上腕動脈損傷及び左肘から前腕部血
腫疑い』と診断していることが認められ,原告を診察した複数の
医師が,本件皮下出血の原因として動脈損傷の可能性を疑ってい
ることを指摘することができる」

「しかし,D病院での診断については,動脈穿刺の『疑い』とさ
れているにとどまること,診療録では,動脈穿刺への言及はほと
んどなく,11月28日の診療録では皮下出血のみ記載されてい
ること,動脈穿刺が疑われる根拠として,皮下出血斑の出ていた
期間が1か月間であることが指摘されているが,診療録によれば,
12月12日には出血斑がかすかとされているのであるから,皮
下出血の期間においても,静脈穿刺による出血斑と有意な差があ
るとまで認められないことに照らし,動脈損傷があったことを認
めるに足りる十分な証拠ということはできない」

「つぎに,F皮ふ科の診断においても,H医師は,11月29日
に診察しただけであって,診療録上も『動脈損傷の可能性もあり』
とされるにとどまること,また,半年後に作成した診断書でも
『疑いがもたれる』という限度であるし,しかも,同診断書は,
『通常の圧迫で容易に抑止できなかったとの問診及び紫斑の範囲
が尋常ならざること』を根拠としているが・・・,『通常の圧迫』
がなされたという前提に誤りがあるといえることに照らし,採用
することができない」

「また,東京都老人医療センター整形外科の診断においても,
『疑い』とされているにとどまること,動脈損傷の疑いについて
は,『採血時15分位止血にもかからわず肘屈側の腫れが進行し
ている』事実を根拠とするところ・・・,かかる事実は認めるこ
とができないことに照らし,採用することができない」

「以上,いずれの診断書も,本件皮下出血の原因を動脈損傷と断
定しているものではなく,原告の愁訴等を根拠に,動脈損傷の
『疑い』があるとしているのであって,これらの診断書から,動
脈損傷と認めることはできない」

「原告は,被告Aの採血方法に問題があり,その結果,動脈損傷,
あるいは必要以上の静脈損傷による皮下出血を招いたと主張する
ので,この点につき検討する」

「被告A医師が,採血台につき,腕と直角に置いたことは争いが
ない。そして,そのように置いて,肘部を真っ直ぐに伸展させた
場合には,肘部をやや曲げていた場合に比し,肘動脈が浮き出る
状態になりやすいことは確かである」

「しかしながら,採血によって動脈損傷を生じるかどうかは,腕
の角度,注射針の刺入部位,刺入角度等様々な要素によって決ま
るものであって,採血台の置き方と直接の関係があるわけではな
く,採血台を腕と直角に置いたからといって,動脈損傷を生じた
ものと推認することはできない」

「本件採血により注射針を穿刺した部位については・・・,左腕
の肘部やや尺側の部分であることは当事者間に争いがない。この
穿刺部位がどの静脈であるかは争いがあり,原告は,尺側皮静脈
であると主張する。しかし・・・,上腕の尺側皮静脈は,肘部付
近で末梢で小指側に走る尺側正中皮静脈(これは,末梢に行くと
再び尺側皮静脈となる。)と末梢で橈側に走る肘正中皮静脈に分
岐するところ,本件採血で穿刺した静脈の末梢は橈側に走ってい
ることからすると,尺側皮静脈又は尺側正中皮静脈ではなく,む
しろ尺側皮静脈と正中皮静脈の交通静脈と解される。そして,こ
の穿刺部位の下には動脈が走っていると考えられる」

「しかしながら,それは静脈から5mm又は1cm程度は離れて
いるものと認められること,被告Aは,本件採血時に,注射針を
穿刺後約5mm程度しか進めていないと述べていること,被告A
は,本件採血に先立ち,穿刺しようとする部位に触れて動脈の拍
動があるかを確認したが,拍動を感じなかったことに照らし,静
脈から約5mmから1cm離れた場所にある動脈を損傷したもの
と解することは困難」

「採血方法について,原告は,穿刺45度で深く針を刺し,かつ,
途中で血液が止まったので針を動かしたと主張し,これに沿う供
述をする」

「これに対し,被告Aは,10度から15度程度の角度で針を刺
入し,針が血管に入ってからは気持ち上向きに針を進めたが,血
が途中で止まったことはなかったこと,さらに深く刺したり引い
たりしたことはないこと,動脈を刺すときには針が震えるような
拍動を感じるが本件採血では全く感じていないことを供述してい
る」

「そして,被告Aが,本人尋問で,原告が主張する穿刺角度45
度で実施したところ中指は腕に接触したものの,薬指,小指,人
差し指は腕に接触しておらず,非常に不安定な状態であったこと,
被告Aが,敢えてそのような不安定な角度で採血を行わなければ
ならない理由は窺われないこと,原告が,本人尋問で,本件採血
の際の穿刺角度を再現し,その穿刺角度を測定したところ,約3
5度であったこと,原告自身,本件採血時,被告Aの指が注射筒
の下に入り,原告の左腕に付いていたことを認めていること,原
告自身,本人尋問で,穿刺角度45度は急な角度であることの比
喩であると述べていること,原告が,採血針がどの程度入ったか
は分からないと述べていることが認められる」

「そうすると,穿刺角度約45度の急な角度で針を刺したとの原
告の供述は採用できず,他に穿刺角度が急であったことを認める
に足りる証拠はないものといわざるを得ない。また,途中で被告
Aが針を動かしたことを認めるに足りる証拠もない。よって,刺
入角度が深かったこと,途中で針を動かしたことを前提に,動脈
損傷,あるいは必要以上の静脈損傷があったと推認することもで
きない」

「以上によれば,被告Aの採血方法から,動脈損傷等の事実を推
認することはできない」

「原告は,本件採血直後に十分な圧迫止血をしたにもかかわらず,
穿刺部位と離れた中枢側に多量の血腫が生じ,その後末梢側に血
腫が急速に広がったことから,動脈損傷,あるいは必要以上の静
脈損傷があったことを推認させると主張する」

「たしかに・・・,本件採血の2,3分後に原告の左肘部の中枢
側が腫れてきたこと,30分後に中枢側に皮下出血が生じたこと,
同日診察を受けたD病院では中枢側の腫脹が確認されたこと,本
件採血の2日後(11月29日),F皮ふ科では,採血部位の末
梢側に18cm×8cmの皮下出血が確認されたこと,11月3
0日には肘部分から手首まで広範に皮下出血が認められたこと,
12月1日も同様の状況であったこと,12月8日,東京都老人
医療センターで採血部位の皮下に直径7mmの腫瘤があり,上腕
に8cm×8cmの皮下出血が確認されたこと,12月12日D
病院で出血斑かすかとされていること,12月26日D病院で穿
刺部付近に腫脹が確認されたことが認められ,本件採血後に中枢
側に出血が生じ,その後皮下出血が末梢側に移っていることから
して,動脈損傷か,著しい静脈損傷の可能性がないではない」

「しかし,圧迫止血の不足を理由としても広範に皮下出血が生じ
る場合があること,本件皮下出血は,静脈採血の際の圧迫不足に
よって生じる青地の発生及び消失の典型的な推移をたどっている
ことが認められ,これによれば,皮下出血の発生経緯から,動脈
の損傷,あるいは必要以上の静脈損傷であると推認することはで
きない」

■被告会社の謝罪について

「このほか,原告は,被告会社のEが,本件採血の翌日(11月
28日)に原告医院を訪問し,原告の皮下血腫を確認して,動脈
損傷を認め,謝罪したと主張する。そして,同日,被告Aが,上
司であるEとともに原告医院を訪問し,原告の左腕を見て,原告
に対し,謝罪したことは前記認定のとおりである」

「しかしながら,Eは,原告の皮下の出血斑を認めたので,それ
について詫びたに過ぎないと述べており,被告Aらが,動脈損傷
を認めたうえで,その点について謝罪したとの原告の主張は,認
めることができない。したがって,上記謝罪の事実から,動脈損
傷の事実や,被告Aが,必要以上に静脈を損傷した事実を推認す
ることはできない」

■止血処置が不十分であったことに基づく皮下出血の可能性

「・・・本件皮下出血の原因が,止血処置が不十分であったこと
によるものであるかが問題となる」

「被告Aは,原告が,本件採血後,圧迫を十分に行わず,アルコー
ル綿を10回くらい,付けたり離したりし,また,左右の腕を見
比べて,腕を屈曲,伸展することを,時間をおいて10回以上繰
り返したと供述する。これに対し,原告は,本件採血後,被告A
の採血方法がへたであったことから,注射針が静脈を突き抜けた
か損傷していると思い,通常より長い時間,15分くらいの間,
強く左肘部を圧迫し続けた旨供述し,腕を屈伸したことは1回も
なく,アルコール綿を付けたり離したりして採血部を見たことも
ない旨供述する」

「そこで,検討するに,確かに原告が,採血後に左右の腕を見比
べて,腕の屈伸を10回以上も繰り返したという被告Aの供述部
分は,その必要性を窺わせる事情もなく,直ちに採用することは
できない。しかしながら,一方,原告は,被告Aが採血道具等を
片づけている間に,原告自身が本件採血部位が腫れてきたことを
指摘し,被告Aからしっかり押さえるように言われたことを認め
る供述をしており,また,原告が,G整形外科医院においても,
医師に対し,皮下出血が著明で,圧迫を指示された旨話している
ことからすれば,当時,原告が,アルコール綿を離して本件採血
部位を見るなど,止血に不十分な点があったことから,被告Aか
ら圧迫が不十分であるとの指摘を受けたことが認められる。そし
て,これに前記被告Aの供述を合わせ考えれば,当時,被告Aの
採血に不満を抱いていた原告が,採血部位を確認するため,何度
かアルコール綿を離すなどして,その圧迫が十分ではなかったも
のと推認するのが相当である。したがって,原告が15分間ずっ
と圧迫を行っていたとの前記原告供述は採用することができず,
原告において,止血が行われたかどうか,アルコール綿を付けた
り離したりして,左右の腕を比べて,腕を屈曲,伸展したことは
あったものと解するのが相当」

「しかも,本件採血により動脈損傷があったと認めるに足りない
ことは前記判示のとおりであるから,穿刺部位からの出血がこと
さらに多量であったものと思われないうえ,原告が主張するよう
に本件採血直後から15分間も圧迫して適切に止血をしていたの
であれば,仮に注射針が動脈を引っ掛けたとしても,本件皮下出
血が発生することはなかったものと考えられるのであるから,本
件皮下出血の原因は,止血が適切に行われなかった点にあると考
えるのが相当」

「以上の次第で,本件皮下出血の原因は,原告が,止血を十分に
行わなかったことにあるものと認めるのが相当である」

■本件採血方法の過失について

「・・・被告Aが,原告の左腕を採血台と直角に置くように指示
したことは当事者間に争いがない。しかし,標準採血法ガイドラ
インでも,採血台の使用方法に特に制限はないこと・・・,採血
台ではないものの,採血の際に腕の下に置く腕枕を腕と直角に設
置していることからすると,採血の際,採血台を腕と垂直に置い
てはならないという注意義務があるものとは認められない」
「よって,採血台の使用方法についての注意義務違反はない」

「原告は,肘正中皮静脈がよく出ているのでそこから採血すべき
であったのに,被告Aには,尺側皮静脈から採血した注意義務違
反があると主張する」

「たしかに,通常,前腕からの採血は,肘正中皮静脈(又は肘橈
側皮静脈)から行うとされており,尺側皮静脈は近くを動脈と神
経が走行しているので,避けることが好ましいと言われている。
しかし,各種文献によっても,尺側皮静脈や尺側正中皮静脈から
採血を行ってはならないとまでは記載されていない。むしろ,標
準採血法ガイドラインでは,好ましい採血箇所として,通常は肘
正中皮静脈から行うとされているものの,肘尺側皮静脈について
も,付近を動脈及び神経が走行しており,誤穿刺の可能性がある
と注意喚起をしているだけで,採血を避けるべき場所としては挙
げていないこと,『特に尺側皮静脈の穿刺時は,上腕動脈を触診
して位置を確認しておく』という文献もあることに照らせば,尺
側皮静脈に穿刺する場合があること自体は認められているものと
解するのが相当である。よって,被告Aにおいて,尺側皮静脈や
尺側正中皮静脈から採血をすべきでない注意義務があるとまでは
認められない」

「さらに,本件採血の穿刺部位は・・・,尺側皮静脈と正中皮静
脈の交通静脈であって,尺側皮静脈よりさらに正中皮静脈に近い
位置にあると解されること,証人Eによれば,本件採血をした穿
刺部位は,採血に適した部位であって,静脈が最も太く,分岐部
に近く皮下組織についていて血管がずれない部分であることが認
められることからすれば,本件採血の穿刺部位について,被告A
に注意義務違反があるものとは認められない」

■被告A自身による止血の不実施

「原告は,採血は医療行為であるから,採血実施者である被告A
自身が,自ら採血後に止血をする法的義務を負うと主張する」

「たしかに,採血は医療行為であり,止血を確認するまでが採血
の内容であると考えられる」

「しかしながら,血液採取後に,止血するためにアルコール綿で
穿刺部位を圧迫する行為自体は,通常人であれば,容易に行うこ
とができる行為であるから,圧迫自体を医療従事者が自ら行う必
要はないものと解するのが相当である」

「ただし,止血を確認するまでが採血の内容であるから,医師等
が,自ら止血行為を行わないにしても,適切な止血がされている
か否かは確認できるような状態にあることが必要であるものと解
される。このことは,採血についての文献で,『抜針後血腫を作
ることで神経損傷が起きることもあるため,止血確認は医療者が
行うべきです。』とあるが,止血自体を医療者が行うべきである
とはしておらず,『抜針後の圧迫を患者さんにしてもらう場合,
適切な期間正しい方法で圧迫する必要性を説明します』と記載さ
れていること,止血として『採血者もしくは医療スタッフは止血
が完全に行われたことを確認する必要がある』としているのみで,
自ら止血を行うべきであるとしていないこと,『抜針後の止血処
置にも配慮が必要である。アルコール綿で2〜3分しっかり圧迫
し,その後観察して止血を確認する。自分で圧迫していただく患
者には指導が必要である。』となっていることからも裏付けられ
る」

「したがって,被告Aが,血液採取をして採血針を抜いた後に,
アルコール綿での圧迫を被採血者である原告に任せたことが注意
義務違反とは認められない」

■止血確認の不実施

「原告は,被告Aが,採血後,止血がされたかどうか十分経過を
観察すべき注意義務があったのに,これを怠った義務違反があっ
たと主張する」

「・・・被告Aは,採血後,原告に止血を任せ,採血針の片づけ
等を行い,これが終わって採血の2,3分後に,器具をカバンに
入れて帰ろうとしたことが認められる。しかしながら,被告Aは,
その後現実には,原告から腕が腫れてきたことを指摘を受け,帰
らずに止血状況を確認していたことが認められるから,帰ろうと
したことをもって,直ちに注意義務違反があるものとは認められ
ない」

「しかしながら・・・,被告Aは,その後,原告が止血を十分に
行わず,アルコール綿を付けたり離したりしていることや,腕を
屈曲,伸展していることを現認していたにもかかわらず,これら
の行為に対して,何ら指示や注意等を行っていないことが認めら
れる。この点については,証人Eも,被採血者が止血しないで腕
を屈曲,伸展していたら,医師は,そのような行為を止めるよう
に言うべきであると証言しているところである」

「そして,このような場合には,止血を適切に行うよう注意し,
止血方法を指示すべきことも,採血を担当した医師としての止血
についての観察,確認義務の一つであると言える」

「たしかに,被告Aは,原告の腕の腫れに気付いた際,『腫れて
きましたかね』と言って,原告の指の上から腕を掴むように圧迫
したことが認められる。しかしながら,その後すぐに自ら圧迫す
ることを止め,その後原告が両腕を揃えて見比べたり,ときには
肘関節を曲げ伸ばししたりしたことに対しても,自分より年長者
の医師に対し注意することに躊躇を覚え,黙認していたというの
であるから,止血確認義務としては,不十分であったと言わざる
を得ない」

「したがって,被告Aには,止血確認を十分行わなかった注意義
務違反があるものと認められる。なお,このことは,たとえ,被
採血者が原告のような止血について認識しているベテラン医師で
あっても,同様であると考えられる」

■血腫防止措置の不実施

「原告は,被告Aが,皮下血腫が広がっているのを知りながら,
圧迫包帯をしたり,止血剤を投与する等の適切な処置を怠ったと
主張する」

「・・・被告Aは,本件採血が終了した2,3分後に,中枢側が
腫れてきたことに気付き,採血部位に当てられていた原告の指の
上から圧迫し,原告に圧迫止血が大切であることを話したものの,
圧迫包帯をせず,止血剤の投与も行わなかったことは認められる
(なお,被告Aは,サージカルテープや止血バンドを携帯してい
なかった。)。しかし,前記判示のとおり,被告Aの採血により,
動脈を損傷したとまでは認められないことからすれば,十分な止
血を行えば本件のような広範囲に及ぶ皮下出血になったものとは
考えにくく,直ちに圧迫包帯をしたり,止血剤を投与すべき注意
義務があるものとはいえない」

「ただし・・・,止血を十分確認し,支障のある行動に対しては,
それをやめさせるよう指示すべき注意義務があると解されるとこ
ろ,被告Aは,原告が十分に圧迫することなく,腕を屈伸させて
いるのを黙認していたというのであるから,被告Aには,皮下出
血を認識した後に,原告による止血が十分行なわれるよう注意す
べき義務怠り,皮下出血を生じさせた注意義務違反があるものと
認められる」

■損害額
(1) 休業損害
本件皮下出血の痛みや診察のため、原告自身の診療行為が一部で
きなかったことがあり、12月の1か月分について、月収120
0万円から100万円減額。よって、休業損害としては100万
円の範囲で相当因果関係が認められる。

(2) 慰謝料
20万円が相当。

(3) 弁護士費用
20万円が相当。

(4) 以上合計140万円

■ 過失相殺

「被告らは,原告が,医療の専門家である医師であり,被告Aの
動作に対し注意を与えることもできたし,圧迫止血をすれば容易
に止血できたのであるから,大幅な過失相殺が認められるべきで
あると主張する」

「この点,たしかに,止血を確認すべき最終的な義務を負うのは
採血を実施した被告Aであるが,どの程度,止血の意義や方法を
説明するかは,採血の相手方の理解能力,経験等によって,当然
差が生じるものというべき」

「本件では,原告は,止血の意義や方法等を理解している医師で
あることからすると,止血が不十分であれば,本件のような広範
な皮下出血が生じることを十分認識できたはずであり,それにも
関わらず・・・,原告自身アルコール綿による圧迫を十分にして
おらず,出血がとまったかを確認するため,アルコール綿を外し
たりするなどの行為していたこと,左右の腕を見比べたり,腕の
屈伸をしたりしたことからすると,本件の損害の発生について原
告にも相応の責任があるといわざるを得ず,その他本件に顕れた
諸般の事情を総合考慮すると,その過失割合は3割と認めるのが
相当」

「よって,前記の損害額140万円のうち被告らが原告に賠償す
べき金額は,その7割に当たる98万円となる」

■判決主文
1 被告らは,原告に対し,各自98万円及びこれに対する平成1
7年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。
<以下略>