判例速報
※この記事は、2007-07-17にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,亡Aが,被告国が設置運営するB病院(被告病院)に おいて,被告C医師の執刀により肝切除手術を受けたものの,そ の後退院できないまま死亡したことに関し,手術適応がないのに 手術した過失,手術による合併症や死亡率などを伝えずに手術を した説明義務違反等を主張して,損害賠償した事案です。 ■年月日・裁判所 H19.6.27 東京地方裁判所平成16年(ワ)第8109号 損害賠償請求事件 ■当事者 原告側: 亡Aは,大正13年生まれの女性であり,平成15年5 月6日死亡。原告は,亡Aの娘であり,他に相続人はいない。原 告は,亡父が設立したD工業株式会社の代表取締役を務めており, 亡Aは,同社の取締役として同社の業務全般を把握していた。同 社は,長く板金プレス業を営んできたが,社会情勢の変化に伴い 事業転換をし,その後は不動産賃貸業を営んでいた。 被告側:被告国は,被告病院を設置運営。被告C医師は,亡Aが 被告病院で手術を受けた当時,同病院に外科医として勤務。 ■診療経過 ・亡Aは,元来健康で,嫁いでから寝込んだことはなく,年を取っ てからもしばしば旅行に出かけ,趣味として水泳,スキー,クラッ シックバレエ鑑賞などを楽しんでいた。 ・平成9年5月24日夜,亡Aは,2泊3日の奈良旅行から帰宅 した後,激しい腹痛,嘔吐を訴えて,翌25日休日当番医のE病 院を受診し,緊急入院した結果,胃けいれん,胆石症の診断を受 け同年6月2日E病院を退院。 ・亡Aは,その後6月4日,両側胸部の締めつけ感を訴えてF病 院を受診し,超音波検査で肝腫瘍が発見されたため,6月14日 F病院に入院した。亡Aは,入院して検査した結果,肝内胆管癌, 肝血管腫,胃癌,十二指腸乳頭状腺腫,総胆管結石という診断を 受け,G医師は,7月29日,手術を検討してもらう目的で亡A を被告病院の被告C医師に紹介した。G医師は,亡Aに対し,胆 管悪性腫瘍,胃悪性腫瘍,十二指腸乳頭腺腫と病名を説明。 ・平成9年7月30日,被告病院外来を受診して被告C医師の診 察を受け,腹部CT 検査と腹部MRI 検査を受けた結果被告病院に入 院することになり,8月11日から9月17日まで被告病院に入 院。 ・平成9年8月21日,被告病院で肝内胆管細胞癌及び胃癌との 診断を受け,被告C医師の執刀で肝拡大左葉切除,胆管空腸吻合 術及び幽門側胃切除術(第1手術)を受けた。 ・退院後も被告病院に通院を続け3か月ごとにCT 検査を受けてい たが,平成14年9月4日に受けたCT 検査の結果,腫瘍の再発が 疑われ,平成15年1月16日被告病院に入院。 ・平成15年5月17日腹部超音波検査を受けたところ,超音波 検査を実施した内科でPTCD を専門的に担当していたI医師は,胆 管内の腫瘍が肝門部付近まで存在して胆管癌と診断でき,8区胆 管の末梢が拡張しているが,胆管の完全閉塞には至っていないの で胆管拡張の程度が小さく胆管穿刺が困難であることから,PTCD は困難であると判断した。また,I医師は,腔内照射もPTCD のチュー ブを利用して放射線の小線源を腫瘍が存在する部位まで入れるこ とによって腫瘍に放射線を照射するので,PTCD が困難であれば腔 内照射も難しいとも判断した。そこで,被告C医師は,亡Aに対 する腔内照射は難しそうなので,治療法としては,手術か外部照 射かの選択になるものと判断。 ・1月30日,被告C医師は,PTC 検査(穿刺胆管造影)を実施 して胆管の後区域枝を造影したところ,明らかな腫瘍陰影が認め られなかったので,後区域枝まではまだ腫瘍は進展しておらず後 区域枝の温存は可能なので肝切除手術が可能であると判断。 ・1月31日,亡A及び原告に対して,現在の第1手術後の肝臓 の図を描いて説明したうえで面談票を交付し,今回は前回と同じ 腫瘍(肝内胆管癌)が再発しており,前区域枝内を充満するよう に進展していて近いうちに完全に充満して前区域枝の流域の肝臓 を機能不全にしてしまうが,肝臓の後区域が生きていれば十分な 大きさの肝臓が残っており生活には支障が生じないこと,しかし, このまま放置するといつかは後区域枝にも腫瘍が波及して後区域 枝内にも腫瘍が充満し,黄疸が生じて死亡することになること, 治療方法としては,(1)手術と(2)放射線治療があり,(3)放射線治 療には,(i)体外から放射線を照射する外部照射と(ii)胆管の前区 域枝の中に放射線を出す棒を入れて照射する腔内照射があること, 第1手術で腫瘍の近くで肝臓と小腸をつないであるので,(i)又は (ii)のいずれの方法をとっても放射線を当てると小腸にも放射線 が当たり危険があること,そうなると治療法としては手術しか残 らないが,亡Aは高齢でもあり手術をすると体の負担も大きく危 険性も伴うことを説明。 ・亡Aは,被告C医師に対して,もう手術は受けたくないこと及 び腫瘍を放置しておいても寿命まで生きられるのではないかとい う希望的観測を述べた。原告は,手術後亡Aが従前どおりの生活 が送れるようになるまで回復するには第1手術の時以上の長期間 を要するであろうからかわいそうだし,手術に危険が伴うことは 認識しているけれども,亡Aが自分から手術を希望して受けるだ けの強い意志がないと手術に耐えられないとの思いから,原告と しては治療法の選択については何も口を差しはさまずに亡Aの選 択に任せたいと述べた。 ・亡Aは,手術を受けるかどうか迷い,外泊中に考えてくること になり,同日から平成15年2月2日まで外泊した。 ・亡Aは,平成15年2月2日,外泊から戻り,発熱しても大し たことはなく自覚症状がほとんどないこともあって,被告C医師 に対して,手術を受けないことに決めたことを伝えた。 ・2月3日,被告C医師は,亡Aの決断を聞いて,同月3日,手 術の準備のための検査として同日予定されていた血管造影検査を キャンセルし,手術予定もキャンセルして放射線治療を検討する ことにした。 ・2月5日,被告C医師は,亡Aに対して,現在の肝臓と吻合し た空腸の図を描いて放射線の照射方向を記載し,治療に用いる放 射線の種類としてX線,β線,陽子線の3つがあり,陽子線は拡 散せずに照射野に限局して照射できるという特徴があること,陽 子線治療は保険がきかないことなど放射線治療の一般的な内容を 説明。 ・2月6日,H医師は,同月6日,亡Aを診察し,肝内胆管癌の 治療には手術と放射線治療があるが,放射線治療では根治は期待 できず,肝内胆管癌治療の第1選択は手術であるので自分として は手術の方を勧めること,放射線治療には(1)X線を(i)体外から照 射する外部照射と(ii)胆管にチューブを入れて内側から放射能を 持った球を入れて照射する腔内照射,(2)陽子線照射の3つの方法 があるが効果としてはどれも同じであること,腸は放射線に弱い ので放射線治療をすると腸に潰瘍ができて出血したり腸に穴が開 くという危険性があること,亡Aの場合は第1手術の結果小腸が 腫瘍と非常に接近しているので,放射線照射によって小腸に潰瘍 を作ったり,穿孔したりして腹膜炎を起こして死亡することもあ ることを説明し,手術に○をつけて面談票に記載して亡Aに交付 した。亡Aは,H医師から手術が第1選択であると説明を聞いた が,やはり手術はしたくないという気持ちは変わらず,陽子線治 療にしようかと考えていた。 ・2月7日H医師は,亡Aの場合,小腸が線量制限因子となり, 放射線治療を実施するとすれば,(1)X線外照射40 Gy に腔内照 射8 Gy を3回加える方法,(2)陽子線照射60 Gy の2つがある が,効果はどちらも同じでいずれも根治は望めず,自分は亡Aに 対して手術を勧めたこと,肝機能に及ぼす影響としては(2)陽子線 照射の方がよいことなどを診療録に記載して,被告C医師に報告 した。被告C医師は,H医師の報告を受けて亡Aに対して手術を 受ける意思がないかもう一度確認したが,亡Aは,もう二度と手 術は受けたくないので,最初に決めたとおり陽子線治療でやりた いとのことであった。 ・亡Aは,2月7日から2月11日まで外泊した。 ・亡Aは,H医師から,放射線治療では根治が望めないことと危 険な合併症が生じるかもしれないこと,肝内胆管癌の治療は手術 が第1選択であるといわれたことで,手術を受けるか放射線治療 を受けるか再び迷った。 ・2月12日,亡Aと原告は,わざわざ被告C医師と面談を求め て,被告C医師に対し,H医師から放射線治療の危険性を聞かさ れ手術が第1選択といわれたけれども手術はいやなことを訴えた。 被告C医師は,放射線治療をして腸が穿孔することのほうが怖い かもしれないし,その危険を冒して放射線治療をしても亡Aの肝 内胆管癌にはあまり効果がないかもしれないことを伝え,もしも 亡Aが手術はいやで放射線治療も危険な合併症があることが心配 なのであれば,合併症が出る心配のない方法として黄疸が出るま での間今のまま何も治療しないという選択肢もあることを伝えた。 しかし,亡Aは,即座に,何も治療しないと悪くなってしまい死 亡することになるので,自分はもっと長く生きたい旨返答した。 原告は,放射線治療をまずして効果がないようなら他の治療(手 術)をするようなことができないかと尋ねたが,放射線治療を先 にすると組織が癒着,繊維化して挫滅するので手術が困難となる ことから,被告C医師は,手術をするのであれば放射線治療はし ないほうがよいと答えた。亡Aは,被告C医師と面談後,放射線 治療があまり効果がないようなので,手術をするかどうか迷って いたが踏ん切りがつかず,翌日も決められなかったので,一旦退 院して頭を冷やして治療方針を決めて再入院することとした。 ・2月14日,被告病院を退院。被告C医師は,腫瘍があとわず かに進展して肝門部の胆管の後区域枝に達すると根治手術は不可 能となるので,放射線治療あるいは何もしないという選択をする のであれば決断を急ぐことはないが,手術をするのであれば早急 に決断する必要があることから,再入院時期を3月中旬と決めた。 ・亡Aは,退院後,以前と変わりなく日常生活をすごし,趣味の バレエ鑑賞をしたりデパートにショッピングに行ったりしていた が,一時的には気が紛れて癌のことを忘れても,時が経つと自分 の腹の中に癌が存在することがどうしても気にかかり,何となく 気分がすっきりしなかった。亡Aは,手術をする決断がつかなかっ たので一旦退院したわけであるが,自分の体内に癌を抱えたまま 日常生活を続けることには耐えられず,放射線治療には危険な合 併症が伴い治療効果も根治が望めないので,手術はいやだけれど も仕方がないとして,手術を受けることを決断した。亡Aは,手 術を受けることを決めたうえで,平成15年3月18日再入院し た。 ・3月25日,被告C医師の執刀で右肝前区域切除及び空腸吻合 部切除の手術(本件手術)を受けた。被告C医師は,亡Aに対し, 本件手術を行うに当たり,開腹後術中超音波検査を行って腫瘍の 進展状況を確認し,胆管の前区域枝のうちの1本は頭側枝の根部 から空腸吻合部まで腫瘍が胆管内に充満し,もう1本の前区域枝 の根部も腫瘍に巻き込まれている状態で,前区域枝は2本とも腫 瘍に侵されていて切除せざるを得ず後区域枝にも腫瘍が及んでい れば根治手術は不可能となるので肝切除を断念せざるを得ないが, 幸い肝門部で前区域枝と接している後区域枝は,2本ともいまだ 腫瘍の進展が及んでいなかったので温存が可能であり,根治手術 が可能であることが確認できたことから,肝切除の範囲を決めて 肝切除術を施行した。 ・亡Aは,本件手術後傾眠傾向が続き,3日後の3月28日には 意識障害が増悪し,3月29日には昏睡状態となり,3月30日, 腹腔内から大量の出血をして出血性ショックとなった。そこで, 被告C医師が,同月31日,保存的治療では止血不可能と判断し て緊急開腹手術を行ったところ,胆管空腸吻合部背面の固有肝動 脈のピンホールから動脈性の出血をしていたことから,止血術, 総胆管空腸吻合再建術(再手術)が実施された。 ・ 亡Aは,再手術後,黄疸が強くなり血小板も減少して,4月2 日には進行性の肝不全と診断され,血漿交換等の治療が繰り返し 行われたが意識が回復することもなく,5月6日死亡した。 ■亡Aには手術適応がないのに,被告C医師は本件手術を実施し たか 「・・・亡Aには高齢という予測困難なリスク要因が存在するも のの,術前検査や肝臓の切除体積の計算結果等術前に実施可能な 検査結果で評価する限り,本件手術が一般的に実施されている肝 切除術と比べて特別に危険な手術であるとは認められないこと, 現実になされた本件手術も,平均的な肝切除術の所要時間や出血 量と比べて大幅に平均値を超える長時間を要したあるいは大量出 血があった手術であるとはいえないこと・・・,亡Aの腫瘍は悪 性腫瘍と同じ扱いをすることに合理性があることに照らすと,亡 Aは,本件手術について手術適応があったと認められる」 「亡Aの腫瘍は,再発までに5年間を要しており,本件手術後将 来再発するとしてもやはり約5年間程度要することが推測され, 本件手術に耐えられれば長期生存が期待できる」 「原告は,手術以外の治療法の存在を主張するが・・・,放射線 治療やステント留置は治療の効果や危険性の点で手術よりも劣り, 手術と同列において検討の対象となる代替的治療法ではない。そ もそも本件手術の段階で亡Aに黄疸は生じていないから,当該時 点ではステント留置の必要性,適応はないことに照らすと,亡A とすれば,(1)手術を受けるか,(2)放射線治療を受けるか,それと も(3)何もせず黄疸等の症状が生じた時点で当該症状に対する対症 療法的な治療を受けるかという選択肢があるだけであったといえ る」 「なお,原告が主張する各治療法の適否について検討する」 「放射線治療については・・・,亡Aは,第1手術を受けたため 肝門部に空腸が吻合されていて肝外胆管が存在せず,第1手術の ような手術を受けたことがない一般人と比べると,肝内胆管に存 在する腫瘍と吻合された空腸との距離が非常に近くなっている。 このことは,肝門部に吻合した空腸が通常の放射線治療よりも多 量の放射線を浴びることを意味し,空腸は小腸の一部で放射線に 弱いことを考慮すると,亡Aが放射線治療を受けた場合には,肝 門部で縫合した空腸からの出血,穿孔といった合併症をおこす危 険が,第1手術のような手術を受けていない人と比べると明らか に高いことになる」 「したがって,亡Aの場合は,第1手術を受けていることから, 放射線治療でも手術と比べて危険性が低いということはできず, 治療効果についても・・・,手術よりも大きく劣る治療法という べき」 「PTCD については・・・,亡Aの腫瘍は,胆管内充満型で不完全 閉塞をきたすタイプのため胆管拡張の程度が小さく,平成15年 1月17日の時点では胆管の穿刺が困難で,PTCD にも危険性が伴 うことを考慮すると,実施は難しいとする被告C医師の判断には 合理性があったといえる」 「そして,亡Aは,本件手術時までに黄疸が生じたことはなく, 胆管の拡張も顕著ではなかったから,PTCD はその必要性がなかっ たものであり,PTCD が必要となるのは,将来亡Aの腫瘍が進展し て胆管を全部閉塞し,胆管の拡張や黄疸が生じた段階になった後 のことである。しかし,亡Aの腫瘍は,胆管内充満型で不完全閉 塞をきたすタイプであることから,将来的にも果たして穿刺が可 能な程度まで胆管の拡張が見られるかどうかは不明であったこと から,亡Aの腫瘍が進展して黄疸を来すようになっても,亡Aに PTCD が可能であったかどうかは明らかではない。したがって,本 件でPTCD を選択するということは,亡Aは,腫瘍に対する治療は 何もせず,腫瘍による黄疸が生じた後になってPTCD が可能かどう かを再度検討するということを意味することになる」 「そしてその場合には,結局PTCD が実施できず,有効な黄疸の治 療法がないまま胆管炎で早期に死亡する可能性も高い」 「なお,PTCD に関しては・・・,被告C医師は,平成14年12 月11日に亡Aに対して,胆管が4本とも詰まった場合にはPTCD を行って胆汁を体外へ出すことについて説明していたものと認め られる」 「ステント留置については・・・,閉塞性黄疸をきたした患者の 胆道閉塞あるいは狭窄の姑息的治療法として用いられる手段であ る。亡Aは,本件手術時点で黄疸はきたしていないから,当該時 点ではステント留置をする必要性がなく,ステントの適応がない」 「そのうえ・・・,亡Aのような手術後の肝門部胆管空腸吻合部 に対するメタリックステントの挿入は,逸脱する可能性が高く, 腸管にステントが逸脱すると腸管穿孔や周囲の門脈,下大静脈と いった血管に穿通して出血や敗血症をおこすので禁忌とされてい る」 「また・・・,プラスチックステントは,挿入と抜去が容易であ るが,直径が細く開存期間が短い,固定性が悪く移動する,逆行 性感染が生じるなどの点で多くの問題点を抱えているほか,肝内 胆管に挿入した場合には挿入した1本の胆管しかドレナージ効果 がなく,途中の胆管の分枝を全て塞いでしまうという欠点がある。 そして,亡Aにプラスチックステントを挿入する場合,肝内胆管 に挿入することになるので上記欠点が当てはまることになる」 「ステント留置についても,第1手術を受けた亡Aに関しては, 上述したようにさまざまな合併症を起こす危険性が高いというこ とができ,胆管炎を発症してそのまま放置すれば死亡する危険性 が生じて初めて,上記ステント留置に伴うリスクを冒してもステ ントを留置することによるメリットの方が大きいということがで きる」 「レーザー照射とステント留置の併用療法について・・・,1つ の施設で4例の肝外胆管癌に対してレーザー照射を実施してステ ント留置と併用したという報告であり,被覆したメタリックステ ントを用いている。他に多数の施設でレーザー照射が実施されて いることを認めるに足りる証拠はなく,レーザー照射とステント 留置を併用した場合の治療成績についても,<引用注:証拠1件 >以外には全く提出されていない。わずか4例の報告で治療成績 を論ずること自体無理があり,レーザー照射とステント留置を併 用する治療法が,医療水準として確立された肝内胆管癌の治療法 であると認めることはできない」 「また,被覆したメタリックステント(covered stent)を用いてい ることから,第1手術後の亡Aの肝門部胆管空腸吻合部に対して 使用することは禁忌である可能性が高い。この報告は,肝外胆管 癌に対してレーザー照射を実施したもので,亡Aの肝内胆管癌に 対して同様にレーザー照射を実施できるか疑問もある」 「・・・胆管パピロマトーシスに対しては,腫瘍掻爬術+ドレナー ジ留置といった姑息的治療法が施行されることが多かった旨の記 載がある。しかし・・・,肝切除術が根治治療であるのに対し, 腫瘍掻爬術は開腹手術を前提とした昔の治療法であって,しかも 姑息的治療にすぎず,現在では患者のデメリットが多く実施され ていない治療法であり,亡Aにとって負担が重い開腹手術を前提 とした腫瘍掻爬術+ドレナージ留置という治療法を採用する余地 はない」 「さらに,原告は,ステント治療の有効性と合併症を問題とする 必要がないことを根拠づける証拠・・・を提出するが,いずれも 亡Aの場合のように既に肝門部胆管空腸吻合術を受けた症例につ いてのものではなく,ステント留置は肝門部胆管空腸吻合術を受 けた患者では禁忌とされていることに照らすと,これらの書証を もって,亡Aの場合にもステント治療が有効であるということは できない」 ■被告C医師は,亡Aに対して説明義務を尽くしたか 「ある疾患について複数の治療法が存在する場合において,患者 が第1選択(標準的治療法)とされている治療法(複数の場合も ある)とは異なる治療法を選択した場合,標準的治療法(第1選 択)とされた治療法は,他の治療法と比較した場合に患者のメリッ トとデメリットを対比して最も患者の受ける利益が大きいことか ら標準的治療法とされているのであって,患者は,通常の場合, 患者が選択した治療法が標準的治療法よりもメリットが少ないか あるいはデメリットが多く治療成績あるいは合併症という点で劣っ た治療法であることを理解していないことが少なくないことに照 らすと,医師は,患者に対して,標準的治療法と患者が選択した 治療法の利害得失を比較対照できるように,なぜ患者が選択した 治療法が標準的治療法となっていないかを患者が理解できるよう に具体的に説明すべき法律上の義務を負っているものというべき である。医師は,標準的治療法を拒否している患者を翻意させる 義務までを負うものではないが,少なくとも患者に誤解がないか どうか確認し再検討する機会を与える義務を負っているのである。 したがって,医師が上記説明を怠ったまま患者が選択した治療法 を実施した場合,医師は,少なくとも説明義務違反として損害賠 償責任を負うことを免れない」 「他方,患者が標準的治療法を選択している場合には,もとより 患者の自己決定権の実質的な確保との観点から,標準的治療法以 外の治療法の存在,そのメリット及びデメリットについても説明 すべきではあるが,いやしくも医師がそれよりも治療成績あるい は合併症といった点で劣った標準的治療法とは異なる治療法を説 明して患者を翻意させ,当該標準的治療法とは異なる治療法を受 けさせるようなことがあってはならないことはいうまでもないと ころである」 「本件においては,亡Aは,入院当初から,肝内胆管癌に対する 治療法の第1選択である手術を拒否して,それよりも効果が劣る 放射線治療を希望していた。したがって,被告C医師は,上記で 認定したような説明義務を負っており,手術と放射線治療の利害 得失を比較対照できるように説明し,放射線治療がなぜ第1選択 (標準的治療法)となっていないのかを亡Aが理解できるように 説明して手術を再検討するよう促す義務を負っていたことになる」 「被告C医師は・・・,平成15年1月30日PTC検査(穿刺胆管 造影)を実施してようやく亡Aの根治手術が可能であるとの見通 しが立ったので,同月31日,亡Aと原告に対して,手術と放射 線治療という2つの治療法について・・・説明をしたところ,亡 Aは第1選択の手術を拒否して第2選択の放射線治療を希望した。 被告C医師は,同年2月2日,外泊から戻ってきた後も亡Aの手 術を拒否するという方針が変わらなかったので,亡Aの決断を尊 重し,同月3日,手術の準備のための検査である血管造影検査も 手術の予定もキャンセルしたうえで,亡Aに対して・・・説明を して,放射線治療を実施する準備として,放射線治療を担当する 放射線科のH医師に対して,放射線治療が可能かどうかの検討を 依頼する目的で亡Aを紹介した。H医師は,亡Aに対して・・・, 説明をし,亡Aの腫瘍に対する第1選択の治療法は手術であり, 放射線治療は効果も手術に劣り合併症の危険性もあるとして手術 の方を勧めた。亡Aは,H医師の説明を聞いた直後は,被告C医 師がその意思を確認しても手術を拒否する姿勢を変えなかったが, 同月12日に外泊から戻ってきたときには,放射線治療の効果が 劣り,根治が期待できないことと合併症の危険があることが気に かかり,手術か放射線治療か迷い始めていた」 「以上の経過においてなされたH医師の説明内容も被告C医師の 説明内容も,いずれもその内容は医学的見地から見て誤ったもの ではなく,亡Aに対して誤った情報を与えたものでもない」 「そうすると,亡Aに対して,H医師が放射線治療の効果が劣り 根治が期待薄であることと放射線治療の合併症の危険性を説明し て第1選択である手術の方を勧めたこと,及びH医師の意見を受 けて被告C医師が再度亡Aに手術について再検討するよう促した ことは・・・,本件のように患者が第1選択の治療法を拒否して 第2選択の放射線治療を希望した場合に医師に要求される説明義 務を果たしたものと評価することができる」 「また・・・,被告C医師は,亡Aに対し,第1手術前に,肝切 除術に伴って出血,胆汁漏れ,肝不全といった一般的合併症が発 生することがあること,場合によっては入院が長引いて死亡する こともあること,手術で腫瘍を切除しても再発があり得ることを 説明していたところである」 「・・・第1手術後本件手術の前の面談票には肝切除術の一般的 合併症が記載されたものは存在しないものの,被告C医師は,本 件手術の前にも,肝切除術の一般的合併症の内容や場合によって 無事に退院できないことがあることをも説明している。本件手術 は,第1手術と同じく肝臓の切除手術であり,亡Aは既に一度肝 切除術を経験しているから手術がどのようなものかも理解してお り,患者が第1手術の際の説明で理解している部分については簡 単な説明で目的を達することができるから,一度も肝切除術を経 験したことがない患者と2度目に肝切除術を受ける患者とでは, 具体的に何を中心に説明するか説明義務の内容・程度も自ずから 異なってきてしかるべき」 「そして・・・,亡Aは,本件手術に関する説明を受けていた当 時,自宅を新築中であり,胆管腫瘍によって生活上の不便は生じ ておらず,悪性腫瘍という病気を抱えたままこれから生きていく つもりはなく,今後も寿命が尽きるまで新築した自宅でできるだ け長生きする治療法を希望していたと認められる」 「被告C医師は,外来で腹部CT 検査を受けた平成14年12月1 1日に,亡Aに対して,何もしないままにしていると黄疸が出現 しその場合にはPTCD を実施することを説明しており,入院後一時 退院する前の平成15年2月12日には,亡Aから放射線治療に ついては副作用があることや治療成績が手術よりも悪いことを聞 いて今までとは違って積極的になれず,かといって手術はいやな のでと相談された際に,何もしないという選択肢もあること(こ の場合には発症した症状等に応じ,対症療法的に,感染症などに 対する抗生剤等の投薬療法,胆管ドレナージなどを実施すること になる。)について言及したが,亡Aからそれでは延命効果がな いことを理由に即座に拒絶されていることに照らすと,何もしな いという選択肢は,できるだけ長生きできる治療法を希望してい た当時の亡Aにとって検討する余地のない治療方針であったと認 められる。患者本人が,何もしない(上記のような対症療法的な 治療のみを行う)という選択肢を明確に拒絶し,しかも何もしな いという選択肢は患者本人にとって最もメリットが多い選択肢で はないことが明白である以上,被告C医師に,より有効性の高い 放射線あるいは手術といった治療法のほかに,何もしないという 選択を前提とする治療法について,更に具体的に説明すべき法的 義務があったとまでは認めることができない。また・・・,被告 C医師が亡A及び原告に対し,本件手術を受けなかった場合の予 後,亡Aと同年齢の人が肝臓切除術を受けたときの死亡率につい て説明していないことをもって,同被告に説明義務違反があると もいえない」 「したがって,被告C医師は,上記説明内容で自らに課された説 明義務を尽くしたものと認めるのが相当であり,同被告に説明義 務違反は認められない」 ■判決主文 (請求棄却)