判例速報
※この記事は、2007-07-30にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,被告の開設しているA外科・整形外科において,原告 が左第1趾伸展筋腱の腱縫合手術を受けたところ,手術の方法並 びにギプスの固定方法等の過失,手術後の経過観察義務違反及び 手術前後の説明義務違反により,再縫合不能の状況に陥り,労働 者災害補償保険法施行規則別表障害等級表第12級の11に該当 する後遺障害を負ったと主張して損害賠償請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H19.6.6 岐阜地裁 平成16(ワ)439号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 原告側:原告は,昭和53年生まれの男性であり,平成10年に 大学に入学し,平成15年10月当時,大学に在学中。趣味は, ロッククライミング 被告側:被告は,被告医院を開業している医師 ■診療経過 ・原告は,平成15年10月19日,草刈りばさみを左足背に落 として左第1趾を負傷したが,血が止まったことから,大丈夫と 思い,テーピングを行っただけですませた。しかし,その後,原 告が,左第1趾に力が入らず,垂れ下がった状態であることに気 付き,近くの接骨院に行ったところ,腱が切れていると言われた。 ・10月22日,被告医院において被告の診察を受けた。被告は, 左第1趾伸展筋腱断裂と診断し,原告に対し,治すには腱縫合手 術をする必要がある旨述べた。さらに,被告は,腱は縦線維の集 まりなので普通に縫うと抜けてしまうため,特殊な縫合法が必要 であると原告に説明し,解剖学書を見せたり,特殊な縫合法の図 を描くなどした。また,被告は,断裂した腱は引き込まれてしま うので,腱を引き出すのに特殊な器具が必要であるが,被告医院 には腱を引っ張るためのアヒルの嘴のような形をした特殊器具が ある旨述べるとともに,実際にその器具を原告に見せた。さらに, 被告は,腱の修復には長い時間が必要であり,しっかりとした固 定が必要であるため,手術後は,足の指先から中足骨にキルシュ ナー鋼線というピンを入れて固定すると説明した。そして,切れ た腱を縫う大変な手術であるが,順当な手術をし,順当な経過を たどれば一般的にさほど問題はない旨を述べ,さらに,腱縫合が できる整形外科はそんなにはないが,被告医院では手術ができる 旨述べるとともに,手術が可能な他の医療機関を紹介するなどし た。そして,被告は,原告に,家族と相談するように述べ,左第 1趾をアルミ副子で固定した後,一旦帰宅させた。 ・10月25日,再度,被告医院で受診した。その際,被告は, 原告に対し,再度,腱縫合手術について詳しい説明をするととも に,手術で用いる麻酔について,局所浸潤麻酔であること,歯医 者が歯の治療に特によく使う薬(キシロカイン)であることを説 明した。さらに,被告は,手術後の処置について,キルシュナー 鋼線を入れる方法だけではなく,ギプス固定の方法があり,手術 の状況によって選択する旨述べ,キルシュナー鋼線の入った他の 患者のレントゲン写真を原告に見せた。また,被告は,腱は一般 に骨よりも修復するのが遅く,普通は完全に修復するのは何週間 もかかるため,ギプスの固定期間としては約6週間である旨説明 した。そうした説明を受け,原告は,被告医院で腱縫合手術を受 けることにした。 ・10月27日,被告は,被告医院において,本件手術を行った。 被告は,本件手術前,左第1趾を背屈位にした状態で,左足底部 より左第1趾先端までアルフェンス(厚さ約1.5ミリメートル のアルミ板に約5ミリメートル厚のウレタンフォームを貼り付け た指等の固定装具)で固定して本件手術を開始した。本件伸筋腱 は,刺創部で切断され,中枢端に深く引き込まれていたが,被告 は,いずれについても4−0のナイロン糸を用いて縫合手術を行っ た後,接合部に5−0ナイロン糸を用いて補正縫合を行った。ま た,被告は,本件手術において,他の医師に写真撮影をしてもらっ ていた。被告は,本件手術後,手術ベッド上で,アルフェンスを 装着したままで,左下腿膝下より左足全趾尖まで,ギブス下巻き 用褥材である巻軸帯状のギプスコットンを巻き,その上をキャス ティングテープで足関節背屈位,第1趾MP関節(第1趾付け根 の関節)背屈位にギプスを固定した。 ・10月28日,被告が原告のギプスの状態を確認したところ, 良好。 ・10月31日,被告は,術後創傷処置(手術をした後の創面を 清潔にするための観察及び消毒)をするため,ギプスの一部を開 けた。そして,被告が感染の有無を確認したところ,感染の傾向 なし。 ・11月5日及び8日,被告は,上記開けた部分から抜糸。 ・11月10日,被告が原告のギプスの外見上の状態を確認した ところ,良好。 ・11月25日,被告は,ギプスをギプスカッターで割除し,ア ルフェンスも除去した後,左第1趾を指で反張させたまま下腿か ら足先までを温湯とエタノールで清拭した後,下腿以遠を包帯で 包み,その上からギプスコットンとキャスティングテープで,足 関節背屈位,第1趾MP関節背屈位にギプスを固定した。 ・11月28日,被告は,原告のギプスの状態を確認し,ギプス の一部を修正した。 ・12月12日,被告は,原告の左足のギプスを外した。この日 の診療録の記載には,「第1趾屈伸OK」,「但しFullには しないように」と記載。 ・原告は,ギプスを外した後,被告医院において,外傷,手術侵 襲による炎症及び癒着の防止,軽減のための超音波下肢部分水中 浴及び近赤外線(スーパーライザー)照射のリハビリを受けた。 ・原告は,12月15日,被告医院でリハビリを受けた。その際, 被告が,ロビーで原告に「快調ですか」と声をかけたところ,原 告は,快調である旨の返事をした。 ・12月17日,被告医院でリハビリ。 ・12月24日,左第1趾の背屈不能を訴え,C医師の診察を受 けた。C医師は,原告の左第1趾が底屈は可能であったが,背屈 が不能であったため,縫合不全と診断。 ・12月25日,C整形外科において本件再手術を受けた。しか し,C医師は,原告の左長母趾伸筋腱の中枢側への引き込みが強 く,縫合不能の状態であるとして,縫合を断念。 ・現在,原告の左第1趾は背屈運動が可能となっているが,その 可動域は,左第1趾MP関節の屈曲は20度(右は30度),伸 展は35度(右は60度)であった。愛知県b市所在のD病院の 整形外科E医師は,原告の左第1趾の背屈運動が可能となった理 由について,左長母趾伸筋腱は,最初の創傷部より近位では腱の レリーフが消失しており,腱の連続性は認められないが,本件再 手術において,左長母趾伸筋腱の末梢側断端を周囲に縫着した際 に左短母趾伸筋腱等の腱に癒着した部分を力源として行われてい ると診断している。 ■本件手術の方法についての過失の有無 「原告は,本件手術では,キルヒマイヤー法による縫合手術をし なければならなかった旨主張するので,以下検討する」 「証拠によれば,比較的鋭利な刃物によって引き起こされた腱損 傷の場合,腱損傷部のおのおのの断端は整っているため,創部及 び断端の適切な処置の後,断端同士を接触させ縫合する方法(端 々縫合)を行うのが一般的であるとされており,端々縫合法とし ては,ランゲ法,キルヒマイヤー法,バネル法及び津下法などが あるが,(1)腱の連続性が成立するまでの期間,縫合糸に十分な抗 張力能をもたせること,(2)縦に配列している腱組織を極力損傷せ ず,かつ,両断端の接触部分が離開しないこと,(3)腱内外の血行 を極力温存し修復を妨げないことという要件を満たしていれば, いずれの方法を用いてもよいとされている」 「そして,本件は,草刈りばさみのように比較的鋭利な刃物によっ て引き起こされた腱損傷であり,端々縫合法を行うことが可能な 症例であったから,本件手術において上記端々縫合法の内いずれ の技法を用いてもよかったといえる。よって,本件手術において, キルヒマイヤー法による縫合手術をしなければならなかったとす る原告の上記主張は採用できない」 「また,原告は,被告が単に腱の断裂面と断裂面の縫合手術を行っ た旨主張するので,原告が本件手術において行った縫合法につい て検討する。診療録には,本件手術において,キルヒマイヤー法 に準じた方法(キルヒマイヤー変法)で腱縫合を施術した旨明確 に記載されていること,鑑定人は,本件手術の際に撮影された写 真から,キルヒマイヤー変法による手術が行われた旨の鑑定を行っ ていること,C医師は,本件手術の際に撮影された写真を見て, キルヒマイヤー変法の結紮の可能性がある旨証言していること, 以上の事実からすれば,本件手術においては,キルヒマイヤー法 に準じた方法で縫合が行われたものと認められる。よって,被告 が単に腱の断裂面と断裂面の縫合手術をしたとの原告の上記主張 は採用できない」 「なお,原告は,本人尋問において,被告から説明を受けた手術 方法として,キルヒマイヤー法と異なる図を再現しているが,他 方,原告は,被告から,『腱は縦繊維の集まりなので,縫うとき に普通に縫うにはひっつかない』,『普通に縫っても縦繊維だか ら,抜けてしまう』など言われて説明されていたとも供述してお り,上記原告が再現した図は,このような説明と符合しない内容 であり,必ずしも信用できず,上記認定を覆すものではない」 「さらに,原告は,本件手術の際,デブリードマンを行うべきで あったのに,被告がそれを行わなかった旨主張する。証拠によれ ば,挫創及び切創などにみられる足背における伸筋腱断裂の場合, 原則として十分なデブリードマンの後,断端縫合を行うこととさ れているが,他方,腱のデブリードマンは最小限にし,断端のみ に行うべきであり,清潔で鋭利に切断された新鮮な創の場合には, 腱の断端のデブリードマンは全く必要がないとされている。これ を本件についてみるに,上記前提となる事実のとおり,本件手術 は,負傷した平成15年10月19日から1週間以上も経過した 同月27日に行われており,新鮮な創とはいえないので,本件手 術において,デブリードマンが必要なかったとまでは認められな いにもかかわらず,被告は,本件手術においてデブリードマンを 行っていない(争いがない)」 「しかしながら,本件においては,同年12月12日において原 告の左第1趾は自動伸展していたのであるから,術後経過は良好 で手術手技や術後処置について不適切な点はなかったと認められ る上,他に,デブリードマンを行わなかったことによって原告が 主張する後遺障害が生じたと認めるに足りる証拠はないので,デ ブリードマンを行わなかったことと原告主張の後遺障害との間に 因果関係があるとは認められない」 ■ギプス固定の方法についての過失の有無 「原告は,被告が,足底部の巻き綿の厚みの調節を怠るなどして ギプス固定を十分にしなかった旨主張するので,以下検討する」 「証拠によれば,巻き綿の厚みに関しては,関節の固定角度が原 則どおりに保持されていれば極端な厚みがない限り,さほど問題 とはならないこと,関節の固定角度については,長母趾伸筋腱及 び短母趾伸筋腱のいずれも,足関節軽度背屈位,母趾MP関節軽 度伸展(背屈)位(通常,軽度背屈位あるいは軽度伸展位とは1 0度前後の角度をいう)で固定する必要があることが認められる」 「そして,上記認定事実のとおり,本件手術直後及びギプス巻き 直しの際のギプス固定は,いずれも足関節背屈位,第1MP関節 軽度背屈位で行われたのであるから,関節の固定角度は適切であっ たといえる。よって,巻き綿の厚みについては極端な厚みがない 限り,さほど問題とはならないといえるところ,本件について, 巻き綿の厚みについて極端な厚みがあったと認めるに足りる証拠 はないのであるから,被告に巻き綿の厚みの調節を怠った過失が あったとは認められない。また,他にギプスの固定方法について, 被告に過失があったと認めるに足りる証拠はない」 ■ギプス固定の期間についての過失の有無 「原告は,腱縫合手術後は2,3週間でギプスを外さなければな らないにもかかわらず,被告が本件手術後,1か月半もギプス固 定して腱の癒着を生じさせ,再縫合不能に陥らせた旨主張するの で,以下検討する」 「ギプスの固定期間については,通常,約4週間が適当とされて いるが(鑑定の結果),6週目で除去するとする文献やギプスの固 定期間は平均4週間(2週間から6週間)とする文献もあること, C医師は,足の伸筋腱の固定期間としては,長くて3週間である 旨証言していることからすれば,2週間ないし6週間程度を目安 に,腱断裂の原因並びに程度,患者の属性,手術の状況及び術後 の経過等を考慮した医師の合理的な裁量に委ねられているとする のが相当である」 「そこで,これを本件についてみるに,上記認定事実によれば, 被告は,本件手術が行われた平成15年10月27日から同年1 2月12日まで6週間強にわたりギプス固定を行っていることが 認められ,平均的な固定期間より多少長い期間ギプス固定が行わ れていたといえる。しかしながら,被告は,原告が若い男性であ ること,ロッククライミングを趣味としていたことから,無理な 荷重をかけて,手術後に物理的に断裂が生じるのを危惧し,当初 から原告に対し,ギプスの固定期間は6週間程度である旨説明し ていたこと,また,被告は,同年10月28日,同月31日,同 年11月10日,同月26日にギプスの状態等を確認,同月25 日にギプスを交換するなど,ギプスの状況について十分な経過観 察を行っていたといえることからすれば,6週間強にわたるギプ ス固定は,医師としての合理的な裁量の範囲内のものであったと 認められる。よって,原告の上記主張は採用できない」 ■本件手術後の経過観察義務違反の有無 「原告は,被告は,平成15年11月25日又は同年12月12 日に原告のギプスを外した際に,再断裂が生じている可能性を容 易に認識し得た旨主張する」 「しかしながら,上記認定事実及び証拠によれば,原告に再断裂 が発生したと判断できるのは,術後の機能訓練を行い,腱とその 周囲組織の癒着や瘢痕が柔軟化した関節の拘縮がある程度改善さ れた同年12月12日以降であること,同日の段階では原告の左 第1趾は自動伸展していたことが認められるので,同年11月2 5日又は同年12月12日に被告が再断裂が生じている可能性を 容易に認識し得たということはできない」 「さらに,原告は,被告は同日以降も診療を継続し再断裂の発生 の有無を判断すべきであるのにそれを怠った過失がある旨主張す る」 「しかしながら,上記認定事実によれば,同日には原告の左第1 趾は自動伸展していたこと,同月15日には原告が被告に対して 快調である旨述べたことが認められるのであるから,同日までに 被告が再断裂が生じている可能性に気付いて治療を継続すべきと いえる状況は生じておらず,被告に経過観察義務違反があるとは いえない」 「また,原告は,同月17日にリハビリのために被告医院に来院 した際,被告の診察を受けることを申し出たが拒否された旨主張 するが,それを認めるに足りる証拠はない上,仮に原告が上記申 出をしていたとしても,原告が,診察を求める理由として明示的 に左第1趾が動かない旨訴えていなかったことからすれば,被告 が,上記の同月15日までの経過を考え,診察まで必要ないと考 えたとしてもやむを得ないものであったと認められるので,同月 17日までに被告が再断裂が生じている可能性に気付かず治療を 継続しなかったとしても,経過観察義務違反があるとはいえない」 「よって,被告に経過観察義務違反があるとはいえず,原告の上 記主張は採用できない」 ■説明義務違反の有無 「原告は,被告が原告に対し,腱がつながらない可能性や手術後 の再断裂の可能性等のリスクについて説明すべきであったのにそ れを怠った旨主張するので,以下検討する」 「医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たって は,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当 該疾患の診断(病名と病状,実施予定の手術の内容) ,手術に付 随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利 害得失,予後などについて説明すべき義務があると解される(最 高裁第三小法廷平成13年11月27日判決・民集55巻6号1 154頁参照)。さらに,証拠によれば,腱縫合に関しては,縫 合方法,術後の固定方法や期間,縫合部と周囲組織との癒着及び 瘢痕形成やそれに伴う運動機能障害発生の可能性,再断裂発生の 可能性などについて説明し,また,その予防や対策に関しても説 明する必要があることが認められる」 「そこで,これを本件についてみるに,上記認定事実によれば, 被告は,原告に対し,病名ないし病状,縫合方法や術後の固定方 法,固定期間については説明していることが認められるが,周囲 組織との癒着及び瘢痕形成やそれに伴う運動機能障害発生の可能 性,再断裂発生の可能性といった,手術に付随する危険性につい ての説明は十分に行っていないことが認められる。よって,本件 においては,再断裂発生の可能性等の危険性についての被告の説 明は十分でなかったものと認められる」 「しかしながら,上記認定事実によれば,原告の左第1趾は伸展 筋腱断裂と診断されており,手術が必要な状況にあったこと,原 告は被告から手術の必要性及び手術内容を説明された後,家族に 相談するように言われて一度帰宅し,3日後に被告医院を受診し ており,被告において手術を受けるか否かについて十分検討する 時間があったこと,被告は手術可能な他の医療機関を紹介してお り,原告が他の医療機関を選択することも可能であったことが認 められるところ,これらの事実に照らすと,被告が原告に対し, 上記再断裂の可能性等のリスクについて説明をしていたとしても, 原告が被告医院での手術を選択しなかった相当程度の蓋然性があ るとはいえない。よって,上記の説明が十分でなかったことと原 告主張の後遺障害との間に因果関係があるとは認められない」 「さらに,原告は,被告が原告に対し,本件手術後に再断裂の可 能性があるのであれば原告に説明した上で,選択しうる治療方法, 転医の可能性について説明すべきであったのにそれを怠った旨主 張する」 「上記認定事実のとおり,被告は,原告に対し,平成15年12 月12日の診察の際,左第1趾が自動伸展することを確認した上, 限度いっぱいに動かさないようにと注意を行っているところ,そ の注意は,患指の動かし方いかんによっては再断裂が生じる可能 性があることを前提とした上での注意であることは明らかである から,再断裂の可能性に関する説明義務違反があったものとはい えない。よって,原告の上記主張は採用できない」 ■判決主文 (請求棄却)