判例速報
※この記事は、2007-08-06にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,被告昌医会の開設する病院の医師(院長)であった承継 前被告亡Eにおいて原告Aの脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を 見落として適切な治療を行わなかった診療上の注意義務違反(過 失)があったために,原告Aに脳動脈瘤の再破裂によるくも膜下 出血(本件再出血)が生じて高次脳機能障害等の後遺障害が残っ たと主張して損害賠償請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H19.6.11 東京地裁 平成17年(ワ)第20498号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 ・原告A(昭和22年生の女性)は,平成15年8月20日に被 告病院においてE医師による診療を受けた者。原告Bは原告Aの 夫,原告C及び原告Dは,原告Bと原告Aとの間の子である。 ・被告昌医会は,肩書地において「葛西循環器脳神経外科病院」 という名称の病院(被告病院)を開設している。脳神経外科医師 であった承継前被告亡Eは,平成15年8月当時,被告昌医会の 理事長であり,被告病院の院長も務めていたが,平成18年4月 21日に死亡した。被告FはE医師の妻,被告G及び被告HはE 医師と被告Fとの間の子,被告IはE医師の非嫡出子である。他 にE医師の相続人はいない。 ■診療経過 ・原告Aは,平成15年8月18日深夜,就寝中に激しい頭痛で 目が覚めた。原因は,脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血を生じた ため(事後に判明)。 ・8月20日,原告Aが被告病院を受診した際,その診療を担当 したE医師は,脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血と診断してク リッピング術又はコイル塞栓術等の適切な治療を行うべき診療上 の注意義務を負っていたが,くも膜下出血を見落として,上記治 療を行わず,上記注意義務に違反した(本件過失)。 ・本件過失があったために,原告Aは,同年9月2日,脳動脈瘤 の再破裂によるくも膜下出血を生じた(本件再出血)。なお,本 件再出血(くも膜下出血)は,gradeV(深昏睡,除脳硬直, 瀕死の状態)の重篤なものであり,当初,JCSが300の意識 障害(痛み・刺激に反応しない状態)であった。 ・平成15年9月2日から同年12月30日まで,原告は入院。 ・原告Aは,本件再出血があったために,平成15年9月2日か ら同年12月30日までは入院した。 ・その後平成16年9月8日までは通院して(ただし,4月19 日から24日までは入院)被告病院で診療を受けた。 ・上記入院中,平成15年9月2日,脳動脈瘤に対するコイル塞 栓術を,10月9日,くも膜下出血に続発して生じた正常圧水頭 症に対するV−Pシャント術を,平成16年4月20日,再度の コイル塞栓術を受けた。 ・原告Aは,本件再出血があったために,高次脳機能障害が生じ, 平成17年1月14日,症状固定。 ・後遺障害について,平成16年2月9日付けの主治医意見書に よると,日常生活自立度は,J2,Iである(なお,Jとは,何ら かの障害等を有するが,日常生活はほぼ自立しており,独力で外 出する程度をいい,このうちJ2とは,隣近所へなら外出する程 度を指す。Iとは,何らかの痴呆を有するが,日常生活は家庭内 及び社会的にほぼ自立している程度をいう)。 ・平成16年6月22日付けの主治医意見書によれば,日常生活 自立度は,J2,Iで,理解及び記憶については,短期記憶には 問題があるが,日常の意思決定を行うための認知能力,自分の意 思の伝達能力及び食事には問題がない,とされた。 ・平成16年6月28日調査・同年7月21日審査の介護認定審 査会の判定結果によると,日中は起きて生活し2,3日に一度介 助により自宅近くに散歩に出かけること,薬を分けられず少し前 のことも忘れること,1人での留守番が困難になりつつあること, 日にちやお金の計算等の数的なものを忘れやすいこと,これらを 考慮し,日常生活自立度はA1,IIaとされた(なお,IIとは, 上記のとおり,日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎 通の困難さが多少見られても,誰かが注意していれば自立できる 程度をいい,このうちIIaとは,家庭外でこの状態が見られるも のを指す)。 ・平成17年7月1日付けの主治医意見書によると,日常生活自 立度は,J2,IIbとされた。 ・平成17年6月27日調査・7月27日審査の介護認定審査会 の判定結果によると,室内移動は自立しているが外出は付添いが なければできないこと,短期記憶障害があり電話対応や1人での 留守番ができないこと,これらを考慮し,日常生活自立度はA2, IIbとされた(なお,Aとは・・・,屋内での生活は概ね自立し ているが,介助なしには外出しない程度をいい,このうちA2と は,外出の頻度が少なく日中も寝たり起きたりの生活をしている ものを指す)。 ■原告Aの現在の日常生活 ・食事:自力で食べることが可能。ただし,自分からは空腹感を 訴えないということがあった。 ・更衣:独力で行うことが可能であるが,指示がないと,例えば, 一日中寝間着のまま過ごしたり,寒いのにコートをはおらないな どということがあった。 ・入浴:背中や足元を洗ったり洗髪をする際には,ふらつきがあ ることから,原告Dが介助をしている。 ・排尿:常時おむつを着用しており,おむつに漏らすこともある が,自らトイレで行うこともあり,おむつが濡れた場合には自ら 交換することもある。他方,排便は,自ら判断して独力で行うこ とができる。なお,歯磨きは自ら必要と判断して行うが,他人の 歯ブラシとの区別はつかない。 ・炊事や洗濯,掃除等のいわゆる家事労働については,自発的に は行わないが,依頼ないし指示があれば独力で行う。ただし,炊 事については,細かい手順を1つずつ指示することが必要である。 また,テレビ等の他の対象に興味を示すと作業を途中で投げ出す ことがあるなど,持久力の顕著な低下が認められる。ビーズアク セサリーを行わせた際,原告Dが横について説明しながらでも2 時間行うのがやっとであった。なお,字を読むことは可能である が,新聞は読まない。また,毎日の昼寝を日課としている。最近 は,勝手に火を使用することはなく,火の不始末はない。 ・ほとんど自宅内で過ごしており,勝手に外出したことはない。 なお,原告Aを1人で外出させたことはなく,外出の際には必ず 誰かが付き添っている。 ・歩行中に右に右にずれる傾向があり,立ち上がるときによくふ らつく。階段の昇降は,一人で行うことができるが,踏み外した ときのことを心配して必ず後ろに誰かが付いている。 ・普通の会話はできる。隣人とも挨拶は交わす。 ・幻覚・妄想はない。 ・短期記憶障害が認められ,本件再出血以前の記憶は保たれてい るが,新しいことが覚えられない。例えば,当日の日付が言えな かったり,電話がかかってきたことを忘れたりする。かかってき た電話の内容を伝えることは困難。 ・自発性の低下が顕著に認められ,自分から何かを訴えることは ほとんどない。声をかけなければ,一日中寝ていることもある。 隣人とも会話をしなくなった。 ・原告Cは,月に1,2回,原告Aの居宅に行き,泊まりがけで 世話をしている。また,原告Bは昼間は自宅敷地の作業場で作業 をしており,原告Dも平日は午前7時から午後7時ころまで仕事 のために自宅を留守にしているのであって,常時原告Aの介護を しているわけではない。 ■高次脳機能障害について 「少なくとも『神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特 に軽易な労務以外の労務に服することができないもの』(後遺障 害等級5級)に該当するといえる(この点については被告らも争っ ていない。)。問題は,後遺障害等級の5級を超えて3級(『神 経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服するこ とができないもの』)又は2級・・・(「神経系統の機能又は精 神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの」)に該当するか である」 「原告Aは,自発性の著しい低下により何事においても自ら主体 的,積極的に行動するということがない」 「しかし,食事,排泄,更衣等の日常生活の維持に必要な身の回 り処理の動作については介護なくして独力で行うことができるし, 炊事,洗濯,掃除等の家事についても家族からの一定ないし随時 の指示があれば独力で行うことができること,家族からの監視が ない間に危険な行動をしたことがあったとは認められないこと, これらの諸点及び諸検査の結果を総合考慮すると,介護を要する 2級に当たると認められないことはもとより,少なくともいわゆ る家事労働はできるのであって,全く労務に服することができな いとまではいえないから,3級に当たるとも認め難い」 「もっとも,上記のとおり家事について家族からの一定ないし随 時の指示が必要であるほか,自発性の低下のために身の回り処理 の動作についても家族からの指示が必要な場合があること,持続 力・持久力が低下していることが認められるのであって,これら の点については,後記の将来の介護費や後遺症慰謝料を検討する 際に斟酌することとする」 ■眼の障害について 「一般に,・・・『半盲症,視野狭窄又は視野変状を残すもの』 (後遺障害等級9級,13級)とは,ゴールドマン型視野計によ り視野を測定して,V/4視標による8方向の視野の角度の合計 が正常視野の角度の60%以下になった場合をいうものとされ, かつ,暗点については絶対暗点を採用し比較暗点は採用しないと されているところ,当裁判所も,基本的にはこれに従う。そうす ると・・・,上記『半盲症,視野狭窄又は視野変状を残すもの』 に該当するとはいえないし,他に,本件全証拠を検討してみても, 上記『半盲症,視野狭窄又は視野変状を残すもの』に該当すると いえるだけの事実を認めるに足りる証拠はない」 ■損害(特記しない部分は原告Aの損害) (1) 入院費(含投薬代) 17万7000円 (2) 診療費(投薬代を含む。) 5万9990円 (3) 入院付添費50万4000円 (4) 通院付添費5万4000円 (5) 将来の介護費2175万1266円 いわゆる介護までは必要としないものの,家族からの指示を必 要とする場合があることが認められるから,将来の介護費として, 症状固定時(57歳)からの平均余命28年間(ライプニッツ係 数14.8981) につき1日当たり4000円として計217 5万1266円が相当。 (6) 症状固定までの自宅介護費144万6000円 被告病院退院日の翌日である平成15年12月31日から本件 後遺障害の症状固定時である平成17年1月14日まで(ただし, 平成16年4月19日から同月24日までの入院期間は除く)の 375日間についての,自宅における生活に係る介護費として, 1日当たり4000円,計150万円を損害と認めるのが相当。 ただし,上記(4)の通院付添費5万4000円は重複するので, これを控除すると,144万6000円となる。 (7) 入通院慰謝料250万円 (8) 入院雑費18万9000円 (9) 交通費 近親者の付添交通費は,上記(3)の入院付添費及び(4)の通院付 添費に含まれる。 原告Aの通院のための交通費は,その主張自体に照らして,付 添人である家族の運転する自家用車の燃料費であると認められる ところ,これは通院付添費に含まれる。 (10) 後遺症慰謝料計1800万円 (11) 逸失利益1976万4342円 原告Aの本件後遺障害による労働能力喪失率を79パーセント 原告Aは,中学卒の女性で症状固定時は57歳であったところ, 本件後遺障害がなければ,原告ら主張の12年間(ライプニッツ 係数8.8632),通常どおり稼働して282万2700円 (平成15年賃金センサス女子中卒・55歳ないし59歳の年収 額)の年収を得ることが可能。 282万2700円×0.79×8.8632=1976万4 342円 (12) 住宅改造費用 本件後遺障害があるために住宅改造をする必要があるとまでは 認め難い (13) 文書代 41万4370円 (14) 弁護士費用 原告Aにつき620万円,原告B・C・Dにつき各10万円。 ■被告側相続 ・E医師の債務を,被告Fが10分の5,被告G及び被告Hが各 10分の2,被告Iが10分の1の各割合で相続。 ■判決主文 1 別紙1(1)の「被告」欄記載の被告らは,原告Aに対し,連帯 して「認容額」欄記載の金員及び「内金」欄記載の内金に対する 平成15年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を 支払え。 2 別紙1(2)の「被告」欄記載の被告らは,原告Bに対し,連帯 して「認容額」欄記載の金員及び「内金」欄記載の内金に対する 平成15年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を 支払え。 3 別紙1(3)の「被告」欄記載の被告らは,原告Cに対し,連帯 して「認容額」欄記載の金員及び「内金」欄記載の内金に対する 平成15年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を 支払え。 4 別紙1(4)の「被告」欄記載の被告らは,原告Dに対し,連帯 して「認容額」欄記載の金員及び「内金」欄記載の内金に対する 平成15年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を 支払え。 5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 <以下略> 引用注:別紙1の内容 (1)原告A分 被告 認容額 内金 昌医会及びF 3402万9984円 3092万9984円 昌医会及びG 1361万1994円 1237万1994円 昌医会及びH 1361万1994円 1237万1994円 昌医会及びI 680万5996円 618万5996円 (2)原告B分 被告 認容額 内金 昌医会及びF 55万円 50万円 昌医会及びG 22万円 20万円 昌医会及びH 22万円 20万円 昌医会及びI 11万円 10万円 (3)原告C分 被告 認容額 内金 昌医会及びF 55万円 50万円 昌医会及びG 22万円 20万円 昌医会及びH 22万円 20万円 昌医会及びI 11万円 10万円 (4)原告D分 被告 認容額 内金 昌医会及びF 55万円 50万円 昌医会及びG 22万円 20万円 昌医会及びH 22万円 20万円 昌医会及びI 11万円 10万円