判例速報
※この記事は、2007-08-17にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は,原告が,頭痛及び左背部の張り等を主訴として被告病 院を受診し,造影CT検査を受けたところ,喘息様症状が出現し たことについて,被告病院の担当医師である被告C及び被告Dに は,喘息の既往がある原告に対し造影剤を使用した過失並びに造 影CT検査によって喘息発作が生じる危険性及び同CT検査の必 要性についての説明義務違反があった等として損害賠償請求した 事案です。 ■年月日・裁判所 H19.7.20 東京地裁 平成18(ワ)12949号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 ・原告は,昭和a年b月c日生まれの女性。 ・被告法人は,東京都千代田区において,被告病院を設置・運営 する学校法人。被告Cは,原告の診療を担当した被告病院循環器 科の医師であり,被告Dは,原告に対する造影CT検査を実施し た被告病院放射線科の医師である。 ■診療経過 ・原告は,平成15年2月5日,頭痛(頭重感)がある,2,3 年前から左背部の張りや左腕が重い感じが続いているとの主訴で, 被告病院循環器科を受診し,被告Cの診察を受けた。 ・被告Cは,左背部痛,左肩の痺れ等の症状が継続していること 及び血圧測定において左右差が認められたことから,大動脈炎症 候群を含む血管性病変の可能性を疑い,次回の診察時に,脈波伝 播速度検査及び胸部造影CT検査を行うこととした。 ・2月13日,被告病院を受診し,放射線科医師である被告Dの 施行により,造影CT検査を受けた。原告は,問診の際に,被告 Dに対し,喘息の既往があることを告げ,造影剤により喘息発作 が生じる可能性があるかについて質問。これに対し,被告Dが, 過去に2,3人の患者が喘息発作を起こしたことがあると告げた ことから,原告は,不安に感じて,なおも被告Dに対して同様の 質問をしたため,被告Dは,被告Cに電話で問い合わせ,造影検 査の実施についての意見を求めたところ,被告Cは,原告の症状 等から大動脈炎症候群を含む血管性病変が疑われることを説明し, 確実な診断をする必要性が高いことから,造影CT検査が必要で あるとして,造影CT検査を行うことを依頼した。そこで,被告 Dは,原告の承諾を得た上で,造影CT検査を行うこととした。 ・被告Dの立会いのもとで検査が開始され,原告に造影剤である オムニパーク300が全量投与されたところ,原告に喘鳴が生じ, 血圧が108/68mmHgから130/80mmHgへと上昇し,心拍 数は110に上昇する等の喘息様症状が出現。そこで,被告Dは, 直ちに,電解質製剤であるポタコール及び気管支拡張薬であるア ミノフィリンを点滴静注した上,副腎皮質ホルモン剤であるソル コーテフを静注し,酸素投与を実施した。その後,原告の症状が 軽快したため,循環器科外来へ移動。 ・循環器科外来移動後にE医師が診断したところ,原告は,会話 が可能であり,チアノーゼはなく,喘鳴も見られなかった。同医 師は,原告に,気管支拡張薬であるネオフィリンを点滴静注し, 経過を観察。点滴後,原告の症状が治まっていたため,原告は, 同日のうちに帰宅。 ・造影CT検査の結果,原告の背部痛の症状の原因となるような 明らかな異常は発見されず,大動脈炎症候群を含む器質的疾患で はないと診断。 ・平成15年2月19日に,検査結果を確認するため被告病院を 受診したが,その際には,検査時に喘息発作が生じたことに対す る異議などは述べなかった。 ・平成16年6月30日,被告病院における上記診療行為に関し て,財団法人法律扶助協会(後の日本司法支援センター東京地方 事務所)に,法律相談・援助申込みをし,7月14日,担当弁護 士に対し,損害賠償請求をしたい気持ちもあり,医師や医療機関 に責任を問えるものかなどについて相談をしたところ,担当弁護 士から,原告は喘息等のアレルギー体質であり,造影剤「オムニ パーク」の添付文書には,気管支喘息のある患者に対する投与は, 原則禁忌と記載されていることなどから,担当医師に説明義務違 反,注意義務違反があるが,呼吸困難は一度きり発生し,その後 身体に対し影響を及ぼしている訳ではない状況であるので,慰謝 料としては,10万円とかの請求はできないと思われ,お見舞金 とか数万円程度の請求になると思われるとの回答を得た。原告は, これによって,オムニパークは喘息患者には原則禁忌とされてい ることを知った。 ・平成16年9月1日,被告病院に対し,喘息発作が生じたこと についての説明を求め架電。 ・原告は,被告病院から話し合いには応ずる旨の回答を得たが, その進め方について相談したいとして,平成18年1月25日, 再度法律扶助協会の法律相談を受け,被告病院における診療行為 により死ぬような思いをしたので,稼働可能期間(36歳〜68 歳)の逸失利益の半分程度の請求をしたいなどと述べた。これに 対し,担当弁護士は,原告が希望する損害の請求はできないこと, 原告の性格等を考えると調停の申立をするのが相当であり,請求 額は10万円から20万円とするのがよいことなどを説明し,原 告もその場では,その説明に納得した。 ・原告は,被告らを相手方として,本訴と同様の原因で慰謝料の 支払を求める調停を申し立てたが,平成18年5月8日,調停不 成立。 ■被告医師らが,喘息の既往がある原告に対し造影CT検査を行っ たことは過失といえるか 「原告は,喘息患者に対しては,造影剤を使用してはならず,被 告医師らには,喘息の既往がある原告に対し,原則禁忌とされて いる造影CT検査を行った過失があると主張する」 「そこで検討するに,医薬品の添付文書は,当該医薬品の危険性 につき最も高度な情報を有している医薬品製造業者・輸入業者が, 投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師 等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであって, 当該医薬品を使用する医師には,添付文書に記載された使用上の 注意事項に従うべき注意義務があるところ・・・,本件で使用さ れた造影剤であるオムニパークの添付文書では,喘息の既往があ る患者に対しては投与しないことを原則とするが,特に必要とす る場合には慎重に投与するという意味の原則禁忌とされているの であるから,喘息の既往を有する患者に対して原則的には使用が 禁止されているものの,例外的に,予想される危険性や代替検査 を考慮してもなお造影検査の必要性が認められるなどの特段の事 情がある場合においては,副作用発生への対策を十分に講じた上 で,同剤を使用した検査を実施することも許されるというべき」 「なお・・・,日本医学放射線学会の『放射線診療事故防止のた めの指針』によれば,喘息患者に対する造影剤の使用上の注意事 項として,上記の特段の事情がある場合においても,更に検査依 頼科及び施行科の各最高責任者両者の承諾と主治医の立会いを要 求しているが,同指針は,医療事故や医療事故に至りかねない潜 在的危険を有する事例が医療への信頼を揺るがせ,ひいては放射 線医学への悪影響が生じるとの同学会の懸念から作成されたもの であること,会員に対し,同指針の意図する所を理解し,各施設 の実状に応じた安全対策を,同指針を参考に一層強固なものとす るよう希望するとされていることからすると(同指針『はじめに』), 同指針中の上記注意事項は,投与を受ける患者の安全を確保する という観点のみから作成されたものではなく,医師ないし医療機 関におけるトラブルのリスクを可及的に回避するという観点から, 会員医師に対し医療機関内部において履践するのが望ましい事項 として定められたという一面をも有するというべきであるから, 上記特段の事情が認められる限り,上記手続を踏まなかったから といって,直ちに,注意義務違反があるということはできない」 「これを前提に,本件についてみると・・・,診察に当たった被 告Cは,原告の左肩の痺れ等の左半身を中心として出現した症状 が長期間持続していること及び血圧測定において有意な左右差が 認められたことから,大動脈炎症候群を含む血管性病変の可能性 を疑ったとするところ・・・,原告が大動脈炎症候群が発症しや すいとされる若年の女性であること,頭痛及び左背部痛という大 動脈炎症候群の主要症状があること,血圧測定の結果は,左腕血 圧102/74mmHg,右腕血圧120/80mmHgと収縮期血圧で 18mmHgの差異があり,これは大動脈炎症候群を疑うべき診断上 重要な身体所見であることからすれば,被告Cが鑑別すべき疾患 として大動脈炎症候群を疑ったことには合理的な根拠があるとい うべきである。そして・・・,大動脈炎症候群は重篤な症状を引 き起こす可能性があり,医師としてそのまま放置することはでき ない疾患である上・・・,原告自身は複数の医療機関を受診して もなお原因が判明しなかったことから不安を感じて被告病院を受 診しており,原告自身も上記症状の原因等についての確実な診断 を望んでいたとうかがわれることからすれば,最も疑われる疾患 である大動脈炎症候群についての鑑別が必要であったといえる。 その上で・・・,大動脈炎症候群の確定診断は血管造影によるも のとされ,中でも造影CT検査は精度が高いものとされているの であるから,本件において,大動脈炎症候群の診断のために,造 影CT検査を実施する必要性は高かったものと認められる」 「他方,オムニパークの副作用の発生率は,アレルギーの既往の ない患者の場合には,1.01%,アレルギーの既往のある患者 の場合には4.84%であり,そのうち,喘息の既往がある患者 の場合は3.16%とされているところ,原告に対する検査の実 施に当たっては,副作用に対処するための薬剤等を準備した上で, 放射線科医師である被告Dが立会いの上で検査を実施しており, 予想される喘息発作等の発現に対して慎重な配慮と準備をした上 で,造影CT検査を実施したものと認められる。また,被告Dは, 原告の喘息の最終発作が約10年前であったこと及び原告が17 年間にわたり1日に20本の喫煙をしていることを初診の問診時 に聴取していたことから,原告の喘息の程度はそれ程重篤なもの ではないと考えており,このことからも喘息発作が生じる可能性 が低いものと判断したものである」 「もっとも,大動脈炎症候群の診断には,一般的には造影CT検 査と並んでMRIを用いた血管撮影(MRアンギオグラフィ)が 有用であり,しかも,MRアンギオグラフィでは,造影剤を使わ ない検査を行うことも可能とされている。しかしながら,造影剤 オムニパークの副作用の発現率は,上記のとおり,喘息の既往の ある患者の場合であっても,3.16%程度であるとされている ことのほか,被告Cは,胸部については,MRIに比べて造影C T検査の方が鮮明な画像が得られるため診断価値が高く,また, 被告病院においては,予約の都合から,MRI検査の場合には3 週間以上後に実施することになることから,より早期に確実な診 断をするために造影CT検査を選択したものであると供述すると ころ,文献上も,造影CT検査は,大動脈炎症候群が疑われる患 者における胸部大動脈及びその主要血管の血管壁の変化を明瞭に 描写し,同症の診断に高精度の能力を有するとされていることを も併せ考えると,大動脈炎症候群を含む血管性病変が疑われ,よ り迅速かつ正確な診断が求められていた本件事情の下では,喘息 発作等の副作用が発現する危険性を考慮しても,上記の判断のも と,造影剤を使用しないMRアンギオグラフィではなく,造影C T検査を行ったことには合理性があるというべき」 「以上のように,本件においては,原告に大動脈炎症候群が合理 的に疑われ,造影検査の危険性や代替措置を考慮してもなお造影 CT検査を行う必要性が高かったこと,予想される副作用に対し ての対策を十分に講じた上で造影CT検査を行っていることから すると,喘息の既往を有する原告に対して造影CT検査を行うこ とが許される特段の事情があったと認められるから,被告医師ら に,原告に対し行ってはならない造影CT検査を実施した過失が あるとはいえない」 ■造影CT検査によって喘息発作が生じる危険性及び同検査の必 要性についての説明義務違反があったか 「・・・原告は,喘息の既往があることについて被告医師らに伝 えていたところ・・・,喘息の既往がある患者については,造影 剤による副作用の発生確率が高くなるのであるから,原告に対し て造影CT検査を行おうとする被告医師らには,患者である原告 が検査を受けるか否かを自己の意思において選択する機会を与え るために,造影CT検査を実施する必要性があること及び副作用 として喘息発作などが生じる危険性があることについて説明する 義務があるというべき」 「そこで,被告医師らが行った説明内容について検討するに,ま ず,被告Cは,その本人尋問において初診時に原告に対し,血管 の病気が疑われるため造影CT検査を行うことを告げたと供述す るところ・・・,被告Cは大動脈炎症候群を含む血管性病変を疑っ ていたと認められることに加え,原告自身が本訴提起前に本件に ついて弁護士に相談した際には,血圧の左右差があるために循環 器の検査をすると担当医師から言われ,検査の実施を承諾したと 告げており,被告Cの供述はこれに概ね合致することからすれば, 上記Cの供述は信用でき,被告Cは,原告に対し,大動脈炎症候 群という具体的病名に言及したかについてはともかく,何らかの 血管の病気が疑われるため,その鑑別のために造影CT検査を行 う必要があることを説明したと認められる」 「これに対し,原告は,被告Cからは造影CT検査の必要性につ いて何らの説明がされなかったと供述するが,これは,原告自身 が,弁護士に,血圧の左右差があることから循環器の検査を行う 旨の説明を受けたと申告していた点と矛盾する上,原告は喘息発 作の発生について強い不安を感じていたと供述しているところ, そのような原告が造影CT検査の必要性について何も説明を受け ないままに検査の実施を承諾したとは認め難いから,原告の上記 供述は採用することができない」 「さらに,原告は,原告が被告Cに対し,造影CT検査によって 喘息発作が生じる可能性について何度も確認したにもかかわらず, 被告Cは,ただ『大丈夫です。』と述べただけであるとも供述す るが,被告Cは,造影剤の副作用のリスクは常に内在しており, 喘息の患者の場合には,そのリスクが高まるし,副作用が発生す るか否かは造影剤を投与してみなければ分からないので,同被告 が患者に『大丈夫です』などと発言することはないと供述してい ることに照らし,原告の上記供述は採用することができない」 「次に,被告Dの説明内容について検討するに,被告Dは,造影 剤の使用に懸念を示す原告に対し,副作用の出現も考えられるが, 副作用の出現にも対応できるように万全の態勢で検査を実施する, 『気分が悪い』,『息苦しい』などの症状が現れた場合は,造影 剤の副作用の可能性があるので,すぐに伝えてくださいなどと説 明をしたと供述するところ・・・,原告は,被告Dから過去に造 影剤によって喘息発作を起こした患者が2,3人いたと聞いてお り,その言葉から造影CT検査によって喘息発作が生じる可能性 があることを認識したと供述しているのであるから,原告と被告 Dのどちらが先に喘息発作が生じる可能性について言及したかは ともかく,被告Dは,原告に対し,造影CT検査の実施によって 喘息発作などの副作用が生じる可能性があることを原告に認識さ せるに足りるだけの説明をしたと認められる」 「これに対し,原告は,被告Dから,喘息患者用の造影剤なるも のを用意したとの説明を受け,検査を受けることを決意したと供 述する。しかしながら,被告Dは,原告の供述するような説明を したことはないと供述していることのほか,喘息患者用の造影剤 なるものは存在しないところ,医師である被告Dが,存在しない 喘息患者用の造影剤を用意したとの虚偽の説明をしなければなら ないような事情は何らうかがわれない上・・・,被告Dは,原告 から喘息発作に対する不安を聞いて,被告Cに造影剤使用の必要 性について問い合わせるなどしていることや,検査室内には副作 用の発生に対処するための薬剤・器具が備え置かれており,被告 Dもそのことを認識していたと考えられることからすると,被告 Dは,造影剤の副作用発生の危険性について十分に認識した上で, 慎重な対応をとったものと認められ,そのような被告Dが,あえ て原告の供述するような虚偽の説明をするとは考え難い。また, 原告は,診療録上実施したと明らかに認められる造影剤使用経験 の有無等についての問診が行われたか否かについては覚えていな いと供述するなど,検査実施前の被告Dとのやり取りに関する原 告の供述にはあいまいな点が多く,これらの点に照らすと,原告 の上記供述は採用することができない」 「なお,原告は,被告Dから造影剤の投与により過去に喘息発作 を起こした患者が2,3人いたとの説明を受けた事実を認めつつ, 副作用の危険性について説明を受けていないとも主張するが,被 告Dは,上記のとおり,過去の副作用発生事例についての説明す るとともに,造影剤の投与により『気分が悪い』,『息苦しい』 などの症状が現れた場合には,造影剤の副作用の可能性があるの で,すぐに伝えて下さいと述べることによって,副作用としての 喘息発作発生の可能性についての説明を尽くしたものというべき であるから,原告の主張は採用できない(造影剤オムニパークを 喘息の既往を有する患者に投与するについては,担当医師におい て,副作用として喘息発作などがあることについて説明すべき義 務があることは上記のとおりであるが,そのような説明以上に, 造影剤オムニパークの喘息患者への投与が原則禁忌とされている ことについてまで説明すべき義務があったとは認められない。)」 「以上の被告医師らによる説明内容からすれば,検査の必要性に ついては,被告Cにより原告が造影CT検査を受けるべきか否か を自己決定するために必要な内容の説明が行われ,同検査により 喘息発作などの副作用が生じる可能性については,被告Dにより, 原告が喘息発作が生じる可能性について認識するに足りる説明が 行われ,実際に原告もそのことを認識していたと認められるから, 被告医師らに説明義務違反があるとする原告の主張は採用するこ とができない」 ■判決主文 (請求棄却)