判例速報
※この記事は、2007-09-19にメール配信されたものと同じ記事です。Medsafe会員各位 今回は、原告の子(患者)が、被告の開設する病院に入院して、 総胆管結石の検査・摘出のためにERCP(内視鏡的逆行性胆道 膵管造影法)及びEPBD(内視鏡的乳頭バルーン拡張術)によ る処置を受け、その処置後に急性膵炎を発症して死亡したことに つき、原告が、その死亡は、同病院の医師において、患者に対し、 (1)上記処置に先立ち急性膵炎発症の危険があることなどを説明す べき義務、(2)ERCPにおける手技上ないし実施上の義務、(3) 急性膵炎の治療上の義務を負っていたにもかかわらず、これらの 義務を怠ったことによるものであり、仮にその死亡は避けられな かったとしても、説明義務違反により患者の自己決定権が侵害さ れた等主張して、損害賠償請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H19.7.26 東京地裁 平成16年(ワ)第17033号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 原告:C(昭和23年生、平成14年1月9日死亡)の母。他に Cの相続人はいない。 被告:東京都大田区内において被告病院を開設。平成13年11 月ないし平成14年1月当時、医師であるD及び医師であるEは 被告病院外科に、医師であるFは被告病院内科に勤務。 ■診療経過 ・Cは、平成13年10月31日の被告病院の人間ドックにおい て、かねてから指摘されていた胆嚢結石に加え、総胆管結石も指 摘されたため、11月17日、被告病院の外科を受診した。担当 医師は、Cに対し、総胆管結石に対する治療の必要性、その確定 診断のためにERCPが必要であり、胆管及び膵管の造影をする こと、そのことにより急性膵炎発症のリスクがあることなどを説 明し、Cの同意を得た上、造影CT検査とERCPを予約した。 ・11月22日の造影CT上、胆嚢結石と小さな総胆管結石の所 見が認められた。 ・12月6日、D医師は、第1回ERCPを実施。胆管を造影す るとともに、主膵管をも造影したところ、5mm強の総胆管結石 2個及び胆嚢結石1個を認め、主膵管には特段病変を認めなかっ た。 ・12月8日、担当医師は、同月8日、Cに対し、(1)総胆管結石 に対する治療の必要性、(2)総胆管結石及び胆嚢結石に対する治療 方法としては、<ア>開腹手術によるもの、<イ>内視鏡的に総胆管 結石を切石して、その後腹腔鏡下胆嚢摘出術を実施するもの、<ウ >全て腹腔鏡下に行うものの3通りあること、(3)<ア>の方法は、 確実性はあるが、術後3週間の入院の必要があり、回復にも時間 がかかること、<ウ>の方法は、確実性に疑問があり、高度の技術 を要し、標準的治療とはいえないこと、<イ>の方法は、2回手術 をするという煩わしさはあるが、最も低侵襲で傷も小さく、回復 も早いため、最も多く行われていること、したがって<イ>の方法 が勧められることなどを説明し、Cは、<イ>の方法による処置を 受けることに同意。 ・Cは、12月12日、被告病院外科を受診し、E医師から、咽 頭麻酔下でEST又はEPBDを実施し、総胆管結石を切石する 処置を実施すること、出血、急性膵炎などの合併症があることの 説明を受けた。そして、できるだけ早く職場復帰したいという希 望を伝えたところ、通常1週間程度で退院できることが多いとい う説明を受け、上記処置を受けることを最終的に承諾し、入院。 ・12月13日午前9時50分、第2回ERCPを開始。午前9 時53分、内視鏡を乳頭の近傍まで挿入し、乳頭を観察した。午 前9時57分、造影用カテーテル(カニューレ)を乳頭に挿入し、 選択的に胆管造影を実施し、4mmないし5mmの総胆管結石を 2つ確認した。わずかに主膵管も造影。その後、総胆管に選択的 挿管を実施してガイドワイヤーを総胆管内に挿入した上、午前1 0時3分、胆管拡張バルーンを挿入し、午前10時5分、直径8 mmまで拡張した。この時までに、最初の胆管造影の際に主膵管 に入った造影剤のほとんどが流出した。午前10時9分、拡張バ ルーンを除去した上、採石バルーンを用いて結石を徐々に引き出 し、午前10時31分、バスケットカテーテルを用いて結石を1 つ切石した。しかし、もう1つの結石の排出は確認されなかった ので、胆管造影を繰り返して遺残結石がないかを確認したが、発 見されず、既に総胆管から排出されたものと判断し、午前10時 40分、第2回ERCPを終了した。なお、以後に実施された腹 部エコー等の検査においても、総胆管の結石遺残や狭窄等の異常 は認められなかった。 ・第2回ERCPにおいて、D医師は、ブスコパンを2A又は3 A使用しており、少なくとも、カニューレ等の操作に支障を来す ほど腸が蠕動するということはなく、術中に大量の出血はなかっ た。また、膵管は、最初の胆管造影の際以外は造影されていない。 ・12月13日午後0時ころから、急性膵炎の発症を予防するた めに担当医師があらかじめ指示していた抗菌薬と蛋白質分解酵素 阻害薬の投与が開始された。しかし、その後、腹痛が生ずるとと もに血中アミラーゼが上昇し、午後4時ころ、担当医師は、急性 膵炎の発症を診断した。 ・担当医師は、12月20日、CTの所見から、本件の急性膵炎 は増悪傾向にあり、治療抵抗性があると判断した。そして、膵仮 性嚢胞の形成等も危惧し、今後、保存的治療のみならず、持続動 注療法等も含めた内科的な管理が必要であると考え、Cを内科に 転科させることとした。 ・12月22日ころ、担当医師は、腹痛、腹部所見、発熱の改善 などから、本件の急性膵炎は、持続動注療法により軽快傾向にあ ると判断。 ・12月26日、エコー所見などから、急性胆嚢炎と診断し、P TGBA(経皮経肝胆嚢穿刺吸引術)を実施。 ・12月27日ころ、担当医師は、腹部所見の悪化に加え、血液 検査上、脱水、重度感染、腎障害が疑われたことから、Cの状態 は悪化したと判断した。そして、CHDFないしエンドトキシン 吸着療法を考慮し、Cに対してもその説明を簡単にした。 ・担当医師は、12月30日ころには、血液検査結果から、感染 コントロールは良好で、腎障害も軽快傾向にあると判断し腹部所 見も改善したことなどから、全体的にCの状態は改善傾向にある と考えた。 ・12月31日、左側腹部痛の訴えがあったため、担当医師が診 察し、腹部に圧痛及び筋性防御を認め、イレウスと診断し、経鼻 胃管を挿入した。担当医師は、平成14年1月1日、腹水や亜イ レウスが生じている原因は本件の急性膵炎自体の増悪ではなく脾 梗塞によるものであると考えた。そして、白血球数が減少傾向に あること、絶飲食管理をしており嘔吐もないことから、Cが希望 しなかったイレウス管と経鼻胃管は挿入せず、HBO(高気圧酸 素療法)を実施することとし、Cの承諾を得て開始した。1月3 日までに排ガス、排便も見られたことなどから、担当医師は、亜 イレウスは軽快したと判断し、HBOを終了した。 ・担当医師は、血糖コントロール不良に対しては、インスリンの 投与にスライディング・スケールを導入して対応していたが、1 月3日ころまでに、不良の状態が続き、低カリウム血症も進行し てきた。そして、肺にむくみもあり、血中に化学遊離物質 (chemical mediator)があることを想定し、HDFを実施するこ ととし、同月3日、Cの了解を得て、1月4日、5日、7日に実 施。 ・1月4日以降、意識状態に影響が出るほど呼吸状態が悪化して きたため、担当医師は、酸素吸入開始。担当医師は、胸水、腹水 のCT所見があったことなどから、膿胸や左下腹部膿瘍を念頭に 経皮的ドレナージを実施すべきであると考え、遅くとも1月5日 以降、Cに対し、経皮的ドレナージを受けるよう強く勧めたが、 痛みの伴う治療はどうしても嫌であるとして断られ続け、1月8 日、Cの友人からも説得してもらった結果、ようやく承諾が得ら れ、1月9日以降経皮的ドレナージの実施が予定された。 ・1月9日12時ころ、CT検査を終え、仰臥位の状態でストレッ チャーに乗せられて帰室する際、胃液を誤嚥し、チアノーゼ状態、 心肺停止状態。担当医師及び担当看護師は、あらかじめ胃液を吸 引してはいなかった。 ・心肺蘇生等により呼吸は回復したものの、ショック状態に陥っ ており、人工呼吸器管理、昇圧剤投与などの処置が実施されたが 血行動態は安定せず、多臓器不全となり、午後10時40分、死 亡確認。 ■本件各ERCP実施に際しての説明義務違反について 「原告は,担当医師において,本件各ERCPを実施するに際し, Cに対し,合併症として急性膵炎発症の可能性があること,胆嚢 結石及び総胆管結石に対しては他の代替的手段(開腹手術や腹腔 鏡手術等)があること及びその利害得失,施術時期の選択につい て説明すべき義務があり,とりわけ,膵管造影は急性膵炎発症の 危険が高いから,その利害得失についても説明すべき義務があっ たにもかかわらず,担当医師はこの義務を怠ったと主張する」 「しかしながら,この主張は採用できない。その理由は以下のと おり」 「担当医師は,第1回ERCPに先立ち,Cに対し,胆管及び膵 管の造影をすることと,そのことにより急性膵炎発症のリスクが あることを説明したところ,この説明により胆管造影及び膵管造 影を含む第1回ERCP全体のリスクを一応説明したといえるの であるから,それ以上に,担当医師において,Cに対し,膵管造 影を受けるか否かを選択させるべく,膵管造影の利害得失を別途 説明すべき義務があったとまではいえない」 「なお,本件の急性膵炎の発症は第2回ERCP実施後のことで あり,第1回ERCPを実施したことで急性膵炎が発症したとい う関係にはないから,そもそも,仮に担当医師において第1回E RCPの実施に関して何らかの説明義務違反があったとしても, そのことと本件の急性膵炎の発症や死亡結果との間に因果関係は 認められない」 「本件の急性膵炎は第2回ERCPに起因して発症したものであ るところ,第2回ERCPの実施に関して説明義務違反があった といえないことは,以下のとおり」 「・・・担当医師は,第2回ERCPを実施することにつき,1 2月12日にCから最終的な承諾を得るに先立って,急性膵炎を 合併する危険があること,胆嚢結石や総胆管結石に対しては開腹 手術や全て腹腔鏡下で処置する方法があること及びその利害得失 についても必要な説明をしたものといえる」 「また,以下のとおりであり,担当医師において,施術時期の選 択や膵管造影の利害得失について説明すべき義務があったとはい えない」 「総胆管結石は,一度胆石発作が起こると繰り返し,胆管炎や膵 炎を合併するから,特に事情がない限り,早期に切石することが 望ましいものと考えられる。そして,本件全証拠を検討してみて も,Cが施術の時期を遅らせることを希望していたという事情は うかがわれないから,そのような場合に,担当医師において,施 術時期の選択について何らかの説明をすべき義務があったとはい えない」 「ERCPは膵管及び胆管を造影する検査法であること,急性膵 炎の危険性についての説明はされていること,第2回ERCPに おいては,膵管を選択的造影したわけではなく,胆管を選択的造 影した際に膵管が不可避的にわずかに造影されたにとどまること に照らすと,担当医師において,第2回ERCPに先立ち,実施 予定のERCPに関する説明とは別に,膵管造影の利害得失につ いてまで説明すべき義務があったとはいえない」 ■本件各ERCPにおける手技上ないし実施上の義務違反につい て 「原告は,担当医師において,本件各ERCPの際,手技上ない し実施上の義務に違反した旨主張する。しかしながら,この主張 は採用できない。その理由は以下のとおり」 「原告は,担当医師において、胆管造影のみのERCPを1回だ け実施すべきであって,ERCPを複数回実施したり,急性膵炎 を発症する危険の高い膵管造影を実施してはならない義務があっ たと主張する」 「担当医師は,第1回ERCPにおいて,総胆管結石の有無,位 置,大きさ等を正確に確認し,膵管や胆管について,造影した範 囲において他に治療を要する疾患がないことを確認した。その結 果として,Cの総胆管結石に対する治療方法としてEST又はE PBDが最も適切であるという確定的な判断ができ,また,Cに 対し,そのような治療方針について検査結果を踏まえた具体的な 説明をすることが可能となった。したがって,担当医師が検査の ためのERCPを外来で先行して実施したことには,十分合理性 があったというべき」 「そして,EPBD又はESTにより総胆管結石を内視鏡的に切 石する場合,検査のためのERCPに続いて同一機会にEPBD 又はESTを実施しなければならないとする文献等の証拠は存し ない。したがって,担当医師において,検査のためのERCPと 切石のためのEPBD又はESTを連続して(1回で)実施しな ければならない義務があったとはいえない」 「確かに,ERCPの際,急性膵炎発症の危険を極力少なくする 見地から,必要のない膵管造影はなるべく行わないようにするべ きである。しかしながら,下記のとおり,本件各ERCPにおい て実施された膵管造影について担当医師に義務違反があったとは いえない」 「第1回ERCPにおいては,主膵管が1回造影されている。し かして,ERCPの意義として膵管と胆管の造影が一度に実施で きることが挙げられていること,ERCPは,非観血的に膵管を 造影する唯一の方法であり,精密検査法としての役割のみならず, 膵癌等の膵疾患の早期診断を目的として,スクリーニング検査と しても広く用いられていることに照らすと,胆管造影のためにE RCPを実施する必要がある場合に,膵疾患のスクリーニング検 査としての膵管造影を実施してはならないとはいえない」 「したがって,上記の主膵管の造影を実施してはならない義務が あったとはいえない」 「なお,原告は,膵疾患のスクリーニングが目的であれば膵管分 枝まで十分に造影されていてしかるべきであると主張するが,主 膵管のみ造影した場合であっても,膵管分枝まで造影した場合に 比べて情報量は少ないにせよ,膵疾患のスクリーニングとして必 要な情報を得ることはできるのであるから,膵管分枝まで十分に 造影されていないからといってスクリーニングが目的であったこ とが否定されるものではない」 「第2回ERCPにおいては,最初のカニュレーションの際,選 択的に胆管造影を実施した時にわずかに膵管も造影された。そし て,他には膵管は造影されていない」 「しかして,本件においては総胆管結石の有無,大きさ,個数, 位置等を確認するため,胆管造影を実施することは不可欠であっ たのであるし,膵管と胆管を完全に選択的造影することは不可能 であって,目的部以外も造影されてしまうことが多いとされてい ることからすれば,上記のようにわずかに膵管が造影されたとし てもやむを得なかったというべきである」 「したがって,上記のとおり膵管が造影されたことについて,担 当医師に義務違反があったとはいえない」 「原告は,担当医師において,乳頭等を傷害したり,膵管に過大 な圧をかけることのないよう,(1)マノメーターや自動注入器を使 用すべきであり,(2)カニューレの挿入や造影剤の注入を必要以上 に繰り返してはならず,(3)腸を蠕動させないよう鎮痙剤の効果を 術中に切らしてはならない義務があったにもかかわらず,本件各 ERCPにおいて(1)の義務を,第2回ERCPにおいて(2)及び(3) の義務を怠った旨主張する」 「・・・マノメーターは造影剤注入圧を一定にすることができ, 自動注入器をマノメーターに接続して使用することにより助手の 被曝量を軽減することができることが認められる。しかしながら, 前掲証拠及びI鑑定人の意見によれば,ERCP時の造影剤の注 入方法は,用手注入が一般的であり,マノメーターや自動注入器 を使用することは一般的ではないことが認められるから,担当医 師において,本件各ERCPの際,マノメーターや自動注入器を 使用すべき義務があったとはいえない」 「原告は,第2回ERCPの際,胆管結石を1個見失ったことに ついて,不注意であった旨主張しているので,まずこの点につい て検討する」 「第2回ERCPの際の胆管造影及びその後に実施された腹部エ コー等の検査並びに本件解剖において,総胆管結石の遺残は認め られないことからすると,第2回ERCPの際,見失った総胆管 結石1個も排出されていたものと推認される」 「ところで,EPBDにおいては,視界が限られることから,結 石の排出を直接確認することが困難であることも容易に想定され るのであり,総胆管結石を見失ったとしても,これをもって直ち に手技に不適切な点があったと推認することはできない。このこ とは,遺残結石が疑われる場合,胆管造影を実施することにより その有無を確認することが予定されていることからもいえる」 「そうすると,本件において,総胆管結石1個を見失ったことに つき,手技に不適切な点があったとはいえない」 「カニューレの挿入及びEPBDの治療時間についての原告の主 張に関連して,<ア>乳頭への頻回の刺激や損傷による乳頭浮腫や 括約筋の攣縮は急性膵炎の原因となり得るので,乳頭を良く確認 した上で,確実にかつ愛護的に挿管を行うべきである,<イ>胆管, 膵管への選択的挿管が困難な場合には頻回の挿管は避けるべきで ある,<ウ>カニュレーションにかける時間はできるだけ短くし, 総胆管結石に対するEPBDにおいては浮腫などによる膵炎のリ スクの上昇が考えられるため長時間(約40分以上)の治療は行 うべきではないという見解がある」 「上記<ア>の点について,担当医師は,乳頭観察の約4分後には, カニューレを挿管した上で胆管造影を実施しており,術中に大量 の出血もなかったことに照らすと,乳頭への挿管が不確実であっ たとか,挿管が愛護的にされなかったことは窺われず,他に,そ のような事実を認めるに足りる証拠はない」 「上記<イ>の点について,本件では結石1つを見失った後に胆管 造影が繰り返されたところ,この胆管造影は遺残結石を確認する 目的のために必要があったのであるし,証拠(I鑑定人)によれ ば,カニューレの挿入回数について通常あるべきと設定される回 数の基準まではないことが認められるから,カニューレを挿入し て胆管造影を繰り返したことが担当医師の義務違反に当たるとい うことはできない」 「上記<ウ>の点について,第2回ERCPには50分を要したと ころ,実施するべき処置の内容によってそれに要する時間が異な るのはやむを得ないところであり,本件においては,遺残結石を 確認するために胆管造影を繰り返す必要があったことなどの事情 を考慮すれば,50分という時間を要したことが医療水準に照ら して特別に長いものとは考えられず,第2回ERCPに50分を 要したことが担当医師の義務違反に当たるということはできない」 「造影剤の注入に関する原告の主張に関連して,造影剤の注入に よる膵管壁の刺激が急性膵炎の原因となり得るので,膵管への造 影剤の注入時には無理に圧を加えないよう注意するべきであると 指摘されている」 「しかしながら,第2回ERCPにおいては,最初のカニュレー ションの際,選択的に胆管造影を実施した時にわずかに膵管も造 影されたにとどまり,他に膵管は造影されていないのであるから, 担当医師において膵管壁に無理に圧を加えたとは考え難い」 「なお,第1回ERCPの際の膵管造影においても,主膵管が1 回造影されたのみであるから,担当医師において膵管壁に無理に 圧を加えたとはいえない」 「ブスコパンは,内視鏡操作の妨げとなる消化管運動を抑制する ために投与されるものであるところ,本件においては,ブスコパ ンは2Aないし3A投与されており,内視鏡操作の妨げになるよ うな消化管運動が生じたことを認めるに足りる内視鏡写真等の証 拠はなく,結局,鎮痙剤の効果が術中に切れたとはいえない」 「したがって,担当医師に原告主張のような義務違反があったと はいえない」 「なお,ERCPやEPBDの後に不可避的に急性膵炎が生ずる ことは稀ではないのであり,急性膵炎が生じたこと自体をもって 第2回ERCPに手技上ないし実施上の義務違反があったものと 推認することはできない」 ■持続動注療法の早期実施義務違反について 「原告は,12月17日ころには,本件の急性膵炎の重症化が疑 われたのであるから,担当医師において,そのころ,造影CT検 査を実施して,壊死性の重症急性膵炎を診断した上で,持続動注 療法を実施すべき義務があったと主張する」 「しかしながら,下記・・・に照らすと,担当医師において,1 2月17日ころ造影CT検査を実施すべきであったとはいえない (G鑑定人及びH鑑定人の意見は,結論において同旨である。I 鑑定人の意見は,同日ころ造影CTを実施した方がよかったとい うものである。)」 「CT検査の実施時期,とりわけ初回検査後のフォローアップC T検査の実施時期については,統一した基準等は存しない(G鑑 定人も同旨の指摘をしている。)」 「12月14日の造影CT上,膵壊死が否定はできない所見はあ るものの,そのCTグレードはII又はIIIにとどまっていた」 「12月17日の時点では,発熱が継続し,CRPも上昇はして いたものの,他方,腹痛,腹部所見は軽快傾向を示しており, (CTグレードを除く)重症度スコアの増悪もなかったのである から,急性膵炎の重症化を予見すべきであったとまではいえない (G鑑定人及びH鑑定人も同旨の指摘をしている。)」 「そして,・・・下記・・・に照らせば,担当医師において,1 2月17日ころ持続動注療法を実施すべき義務があったとはいえ ない」 「持続動注療法は,その有効性を指摘する文献も少なからずある ものの,急性膵炎ガイドラインにおいては,なお,オプション治 療と位置づけられ,推奨度もC(その推奨の効果を支持する(あ るいは否定する)根拠が不十分であるか,その効果が有害作用・ 不都合(毒性や薬剤の相互作用,コスト)を上回らない可能性が ある。)とされているにとどまる」 「持続動注療法の本来的な適応は壊死性膵炎であるところ・・・, 本件の急性膵炎は,事後的客観的に見て,壊死性膵炎であったと は認められないのであるから,12月17日の時点で造影CT検 査が実施されたとしても,担当医師において,壊死性膵炎である と診断することができた,あるいはするべきであったとはいえな い」 「そして,壊死性膵炎以外の急性膵炎に関し,どのような場合に 持続動注療法の適応を認めるかについては,統一した基準等は存 しない」 ■CHDF,SDDの実施義務違反について 「原告は,12月26日に持続動注療法を終了した後,これに引 き続いてCHDF,SDDを実施すべき義務があったと主張する」 「しかしながら,下記・・・の点に照らして,上記・・・の原告 の主張は採用できない」 「CHDF,SDD,これらの併用,あるいはこれらと持続動注 療法との併用について,その有効性を指摘する文献も少なからず あるものの,急性膵炎ガイドラインにおいては,なお,オプショ ン治療と位置づけられ,推奨度もC(その推奨の効果を支持する (あるいは否定する)根拠が不十分であるか,その効果が有害作 用・不都合(毒性や薬剤の相互作用,コスト)を上回らない可能 性がある。)とされているにとどまる」 「CHDFは腎機能の代行,humoral mediatorの除去,体の水分 の除去といった効果を期待することができ,SDDは感染症対策 としての効果を期待することができるとされている」 「ところで,本件においては,12月26日の持続動注療法を終 了した時点において,臨床症状(腹痛,腹部所見,発熱など)や 血液検査所見(白血球数,CRPなど)は改善し,胸水もわずか にあるというに止まる(I鑑定人も同旨の指摘をしている。)」 「そうすると,同日時点では,上記のCHDF及びSDDの効果 を期待する必要性が高かったとはいえない」 ■外科手術の実施義務違反について 「原告は,12月28日ころには,感染性膵壊死が疑われたので あるから,FNAを実施し,感染性膵壊死を診断した上,そのこ ろ,外科手術を実施すべき義務があったと主張する」 「しかしながら,下記・・・の点に照らして,12月28日ころ にFNAを実施すべきであったとはいえない」 「FNAとは,感染性膵壊死か否かを確定診断するための検査で あり,感染性膵壊死とは,壊死に陥った膵に細菌の感染を合併し たものをいう。しかしながら・・・,本件の急性膵炎は,事後的 客観的に見て,壊死性膵炎であったとは認められないのであるか ら,担当医師において,感染性膵壊死を疑うことができた,ある いは疑うべきであったとはいえない」 「鑑定の結果によれば,FNAには血管穿刺の合併症があること から,その適応については慎重に判断すべきことが認められる」 「上記・・・の点は措くとしても,下記・・・の点に照らすと, 担当医師において,12月28日ころ外科手術を実施すべき義務 があったとはいえない」 「原告は,感染性膵壊死に対する外科手術を実施すべき義務を主 張するものと解されるところ・・・,本件の急性膵炎は,事後的 客観的に見て,感染性膵壊死に進展したとは認められない。そう すると,担当医師において,仮に12月28日ころFNAを実施 したとしても,感染性膵壊死を診断することができたとはいえな い」 「鑑定の結果によれば,限局化した嚢胞,膿瘍,出血等があり, 手術の対象が明確になった場合には,外科手術の適応が生じてく る可能性があるが,本件ではそのような状況になく,感染性膵壊 死以外の仮性嚢胞等に対するものも含め,手術の適応はなかった ものと認められる」 「手術を実施する場合であっても,その実施時期についての確立 した基準はなく,早期に手術を行っても生存率の向上は得られな いとする見解もある」 ■絶飲食管理義務違反について 「原告は,担当医師において,Cが経口摂取をしないよう管理す べき義務があったにもかかわらず,Cに対し12月25日に一般 米食を与えたと主張する」 「確かに,証拠によれば、12月25日の朝食のみ遅食とする旨 の食事箋が発行されたという事実は認められるが,下記・・・に よれば,同月13日の朝食以降,Cの食事については,一貫して 絶食の指示がなされていたものと認められ,上記食事箋によって 同月25日の朝食(遅食)が出されたと認めることはできない」 「上記食事箋は,12月21日にあらかじめ発行されていること, 同月25日朝食のみの指示であること,同日にCTが実施されて いることからすれば,同日にCT検査を実施するために出された ものであると推認できる」 「証拠によれば,同月13日の朝食から第2回ERCPのために 検査止めとしたことと,その後急性膵炎が発症したことから,指 示があるまで絶食としたことがいずれも認められるところ,同月 20日の看護記録にも,当分絶食である旨の指示がされているこ とを前提とする記載があり,その後も,絶食を解除する旨の指示 をしたことを窺わせるカルテ記載等はなく,絶食の解除を前提と する輸液の変更等がなされたということも特段窺われない」 「12月25日ころの排便状況からしても,Cが同日の朝食を食 べたことが窺えるとはいえない」 「そうすると、この点に関する原告の義務違反の主張は,その前 提を欠くことになり,採用できない」 ■胃液吸引義務違反について 「原告は,担当医師において,1月9日,Cに仰臥の姿勢を取ら せた際,胃液を誤嚥しないよう,事前に胃液を吸引すべき義務が あったと主張する」 「ここで,証拠によれば,誤嚥を防ぐための方法として,イレウ ス管や十二指腸ゾンデを留置しておく方法があることは認められ る。しかしながら,仰臥位というのは臥床している患者が通常取 る姿勢であるから,その姿勢を取るからといって,あるいは,そ の姿勢のまま検査のために病院内をストレッチャー移動するから といって,直ちに誤嚥の危険が高まるとは考えられないこと,ど の程度の誤嚥の危険があれば事前に胃液を吸引しなければならな いか,また,本件において胃液を誤嚥する危険が高いことを基礎 づける事情としてどのような事情があるかについての特段の主張 立証はないことに照らすと,上記原告の主張は採用できない」 ■急性膵炎の治療に関する説明義務違反について 「原告は,急性膵炎の治療に関し,担当医師に以下のような説明 義務があった旨主張する」 「12月17日ころ,Cに対し,造影CT検査を受けることの利 害得失等について説明し,造影CT検査を受けるか否かを決める 機会を与える義務があった」 「12月17日ころ,Cに対し,持続動注療法を受けることの利 害得失等について説明し,持続動注療法を受けるか否かを決める 機会を与えるべき義務があった」 「12月26日ころ,CHDF,SDDを受けることの利害得失 等について説明し,CHDF,SDDを受けるか否かを決める機 会を与えるべき義務があった」 「F医師はFNAの経験がなかったのであるから,あらかじめ, Cに対し,FNAを受ける必要が生ずる可能性があるが,F医師 にはFNAの経験がないことを説明すべき義務があった」 「しかして,医師において,ある治療行為等を実施することが医 療水準に照らして要求されているとはいえない場合において,現 にその治療行為等を実施しないときは,原則として,その治療行 為等を実施するという選択肢について説明すべき義務を負うもの ではない。このことは,そのような治療行為等について,医師の 研鑽義務の対象とはならない(最判平成7年6月9日・民集49 巻6号1499頁参照)ことからも明らかというべきである。もっ とも,例えば,患者がその治療行為等を受けることについて特段 の関心を有していることを医師が知っており,そのような選択を することが医学的知見に照らし相応の理由があったということが できる場合など特段の事情が認められる場合には,その治療行為 等を実施するという選択肢について説明すべき義務が生ずる場合 も想定し得る(最判平成17年9月8日・裁判所時報1395号 1頁参照)」 「本件においては・・・,担当医師において,原告主張の時点に おいて,Cに対し,持続動注療法,CHDF,SDD,FNAを 実施すべきことが,医療水準に照らして要求されているとはいえ ず,上記のような特段の事情も認められないから・・・,説明義 務があったとはいえない」 ■判決主文 (請求棄却)