判例速報
※この記事は、2007-10-09にメール配信されたものと同じ記事です。---------------------------------------------------------- Medsafe会員各位 今回は,テグレトール等の服用後に全身に発疹が生じるなどし たため,被告が設置・運営する被告病院を受診したFが,約20 日後に転院先の病院で死亡したことにつき,亡Fの相続人である 原告らが損害賠償を請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H19.8.31 東京地裁 平成15年(ワ)第18664号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 原告側:亡Fは,昭和13年生まれの男性で,平成13年2月2 7日死亡。原告Aは亡Fの妻,原告Bは亡Fの二男,原告Cは亡 Fの三男であり,原告らの他に亡Fの相続人はいない 被告側:被告は,東京都練馬区において,D大学医学部付属E病 院(被告病院)を設置・運営する学校法人。 ■診療経過 ・平成12年9月16日,亡Fは,左手指脱力を主訴として被告 病院神経内科を受診し,一過性脳虚血発作及び脳梗塞の疑いで被 告病院に入院し,症状が安定したため,同月30日に退院して同 科外来に通院するようになった。 ・平成12年11月9日,両足の裏に軽い痺れ等があるとして, 被告病院神経内科を受診。同科G医師は,ビタミンB12製剤で あるメチコバール及び抗血栓剤であるパナルジンを処方。 ・その後,11月21日及び12月19日にも,被告病院神経内 科を受診。痺れが続いていたため,G医師は,同様の薬剤を処方。 ・平成13年1月16日,足の痺れが増悪したとして,被告病院 神経内科を受診したところ,G医師は,パナルジン及びメチコバー ルに加え,抗てんかん薬であるテグレトール100mgを14日分 処方した。その際に,G医師は,発疹等の異常が見られた場合に は,すぐに同薬を中止し,被告病院を受診するようにと説明。 ・平成13年1月30日,被告病院神経内科を受診し,痺れの症 状が少し改善したと伝えたことから,G医師は,パナルジン,メ チコバールに加え,テグレトール100mgを28日分処方。 ・2月7日,亡Fは,左頸部のリンパ腺に塊があることに気づい たが,歯肉の異常と考え,通院していた歯科医院を受診。診察に 当たった歯科医師は,亡Fの口腔内の異常に気づき,内科を受診 するように勧めた。 ・同日夜,39度近い発熱があり,発疹も見られたため,亡Fは, 原告Cが運転する自動車で,被告病院救急外来を受診。救急外来 のH医師が診察したところ,全身に赤い小丘疹が見られ,顔面が 赤く,唇は浮腫状。受診時の体温は,38.1度,血圧は,15 4/89,脈拍は89/分であった。H医師は,薬疹を疑い,肝 庇護剤である強力ミノファーゲンCの静脈注射,電解質製剤であ るポタコール及び副腎皮質ホルモン製剤であるサクシゾンの点滴 静注を行い,抗ヒスタミン薬であるベナ錠を処方し,薬物アレル ギーにより呼吸停止等に陥ることもある旨を説明し,翌日に再度 受診することを指示。 ・2月8日午前9時ころ,自ら自動車を運転して被告病院内科を 受診し,問診票に,2月7日12時ころから発熱,口と身体に発 疹,目がうるむ等の症状が見られたこと,神経内科を受診してお り,歯科の薬を飲んでいること,以前に薬の副作用によって発疹 が生じたことがある旨を記入した上,内科のO医師に対し,神経 内科の薬を服用してから皮疹が生じたと述べた。O医師が診察し たところ,口唇及び顔面に浮腫が見られたため,同医師は,亡F が食事も摂れないとのことであることなどから,被告病院皮膚科 宛の診断依頼書に「(入院加療?)」と記載して,同科に診察を 依頼。 ・亡Fは,内科受診後,皮膚科を受診した。同科受診時の体温は, 38.8度であり,同科のI医師が診察したところ,顔面全体に びまん性の紅斑及び浮腫状腫脹,口唇に浮腫状の発赤腫脹が見ら れ,眼瞼,眼球及び結膜には発赤が著明であった。体幹及び四肢 には米粒大までの紅色の丘疹ないし小水疱が見られ,紅斑を伴っ て,播種状に散在・多発しているのが認められた。また,顎下リ ンパ節及び頸部リンパ節には,豌豆大のリンパ節腫大が見られ, 扁桃腺にも発赤腫大が見られた。口腔内の所々には,紅斑が見ら れた。I医師は,亡Fの皮膚症状から,水痘を疑い,中毒疹の可 能性も否定できないと考えた。そこで,I医師は,胸部レントゲ ン検査及び水痘の抗体検査を行うとともに(なお,同抗体検査の 結果は,同月13日に報告された。),抗ヒスタミン薬であるタ ベジール及びLシステイン製剤であるハイチオールを処方し,生 理食塩水及び強力ミノファーゲンCの点滴静注を行い,更に外用 抗生物質製剤であるゲンタシン軟膏を処方した。その後の治療方 針としては,水痘との確定診断ができれば,抗ウイルス剤の点滴 又は内服をすることとし,中毒疹であれば,ステロイド剤の全身 投与をすることとした。I医師は,亡Fの病状から,入院の上で の経過観察が望ましいものと判断し,入院が可能かどうかの確認 をしたが,満床であったため,被告病院の入院用ベッド(病室) に空きが出た時点で他の皮膚科入院予定の患者に優先して入院さ せるという意味の至急の入院予約を行った上で,亡Fを帰宅させ た。 ・帰宅後も,亡Fの症状が悪化したため,2月8日午後8時30 分ころ,亡Fは,原告B及び原告Cとともに,原告Bが運転する 自動車で,被告病院救急外来を受診し,J医師が診察に当たった。 受診時の体温は,39.7度であった。全身に皮疹が見られ,顔 面には浮腫が見られ,眼部及び口唇の腫脹が著明であった。原告 Bは,J医師に被告病院への入院を依頼したものの,J医師が入 院ベッドが満床であり,点滴治療しかできないと返答したため, さらにD大学P病院等の関連病院への紹介をするように依頼をし たが,J医師は,入院は不可能であるとの返答をした。そこで, 原告Bは,原告Aに連絡をとったり,自ら119番に電話をかけ るなどして,亡Fの受け入れ先の病院を探し,K病院から受入れ が可能であるとの返答を得た。そこで,原告Bは,J医師に,同 院宛の紹介状を書くように強く依頼して,同医師から紹介状を受 け取った ・亡Fは,原告B及び原告Cとともに,原告Bの運転する車で, K病院を受診し,2月8日,同病院に入院。診察に当たったM医 師は,亡Fの症状等から,薬疹疑いと診断し,翌日に皮膚科の診 察を受けさせることとするとともに,ステロイド剤であるソルコー テフ及びハイドロコートン,強力ミノファーゲンC,並びに電解 質製剤であるソリタT3を投与。 ・2月9日,皮膚科医師のL医師が亡Fを診察したところ,眼球 結膜充血,口唇のびらん,口腔内の粘膜疹,口臭,顔面に膿疱を 伴う浮腫性紅斑,体幹・四肢の中心部に小膿疱を伴う爪甲大の紅 斑が散在する等の皮膚所見が認められた。同医師は,多形紅斑の 皮疹が見られ,発熱,リンパ節腫脹と全身症状があり,高度の粘 膜症状を示していたことから,スティーブンス・ジョンソン症候 群と診断。ソルメドロール1000mgを3日間投与するというス テロイドパルス療法を開始。 ・2月16日,びらん面の割合が体表面積の55%から60%程 度となり,SJS(スティーブンス・ジョンソン症候群)からT EN(中毒性表皮壊死融解)に移行したと診断。 ・2月19日からは,ソルメドロール500mgを3日間投与する というミニパルス療法が施行されたが,皮膚症状の改善が見られ たほかは,明らかな効果は見られなかった。 ・2月21日には,膿汁及び尿の培養検査の結果,MRSAが検 出され,バンコマイシンが投与された。翌22日には,喀痰培養 検査の結果,MRSA,コセリ,ストレプトコッカス,ナイセリ アが検出され,一部にニコルスキー現象(一見健常な皮膚面に指 先などで機械的刺激を加えると,表皮剥離あるいは水疱を生じる 現象)が見られた。 ・2月23日から,新鮮凍結血漿(FFP)を開始。 ・2月24日,DIC,ショック状態にあると診断。 ・その後も,呼吸状態の悪化,血圧低下等のショック状態が継続 し,2月27日死亡。 ■SJSの発症の予見可能性について 「原告らは,被告病院担当医師には,2月8日の皮膚科外来受診 時において,亡Fの症状につき,SJSと診断し,あるいはSJ Sと疑った上で,SJSに対する治療として,同人を緊急入院さ せた上で,できるだけ早期にステロイドパルス療法を実施すると ともに,補液及び外用療法を行うべき義務があったと主張する」 「そこで,まず,2月8日の皮膚科外来受診時において,亡Fの 症状につき,SJSと診断すること,あるいはSJSの疑いがあ ると診断することが可能であったかについて検討する」 「2月9日のK病院における診療時の亡Fの症状のほか,同月8 日の被告病院皮膚科外来受診時には,亡Fには発熱,リンパ節の 腫脹,眼球結膜の充血,口腔内のびらんと紅斑,口唇の腫脹とい うSJSに特徴的な粘膜疹が生じ,躯幹を中心とした丘疹及び小 水疱という皮疹が認められていたこと,SJSを始めとする薬疹 の発症が多く報告されている薬剤の一つであるテグレトールの処 方服用から約20日後に上記症状を発症している・・・亡Fの症 状等の経過をレトロスペクティブ(後方視的)にみると,亡Fは, 2月8日にはSJSを発症していたものと認めるのが相当」 「そして,2月8日に亡Fにみられた上記症状のほか,被告病院 皮膚科担当医師であるI医師は,亡FがSJSの原因薬剤として の報告が多いテグレトールを服用していたことを被告病院内科か らの紹介状及び神経内科カルテ等で確認していたことを併せて考 えると,2月8日の皮膚科外来受診時において,亡Fは,その症 状等から,SJSの発症が疑われる状況にあったといえる」 「もっとも,皮膚科疾患の診断においては,皮膚所見が重要な要 素となるところ・・・,SJSの典型的な皮膚所見は多形滲出性 紅斑様皮疹であるのに対し,2月8日の皮膚科外来受診時におい て,亡Fの皮膚所見として多形滲出性紅斑様皮疹は認められず, 丘疹ないし小水疱が認められていた。これらはSJSに典型的な ものではなく,むしろ水疱に典型的な皮膚病変である上,発熱, リンパ節腫脹,眼球結膜の充血,口腔内びらんは水痘でも認めら れる症状であることからすれば,2月8日の亡Fの症状からは, SJSのみならず,水痘をも疑うべき状況にあったと認められる。 この点について,鑑定人らは,SJS及び水痘を鑑別診断の1つ として疑うほか,遅延型の薬疹である薬剤性過敏症症候群(DI HS)等の薬疹,中毒疹を疑い,これらを鑑別診断に挙げる必要 があるとの意見を述べている」 「これに対し,I医師は,SJSを疑うためには,多形滲出性紅 斑を認めることが必須であり,多形滲出性紅斑様の皮疹を認めな い場合には,SJSを否定することができるという趣旨の証言を する。しかしながら・・・,多形滲出性紅斑あるいは多形滲出性 紅斑様皮疹は,SJSの典型的な皮膚所見ではあるものの,非典 型的な皮膚所見として,水疱,膿疱等を呈する場合もあるから, SJSの診断に必須のものではなく,多形滲出性紅斑様皮疹が認 められないことのみをもってSJSを発症していないものと診断 することができないことは,各種文献から窺われ,鑑定人らも述 べるところであるからこの点についてのI医師の証言は採用する ことができない」 「I医師は,亡Fの診断に当たり,同人に多形滲出性紅斑様皮疹 を認めることができないことのみをもって,SJSの発症はない ものと判断したのであって,同医師の亡Fに対する上記判断は不 適切であったといわざるを得ない」 ■ステロイドパルス療法を施行すべき義務の有無について 「次に,2月8日の被告病院皮膚科外来の担当医師が,亡Fに鑑 別診断の一つとしてSJSの発症を疑うべきことを前提に,SJ Sに対する治療としてステロイドパルス療法を施行すべき義務が あったかについて検討する」 「・・・ステロイド全身投与・ステロイドパルス療法は,日本国 内ではSJSの患者に対して実施する医療機関が多く,発症早期 には積極的に使うべきとの観念が確立されてきているとの報告も あるものの,その有効性に関する医学的根拠が不十分であり,ス テロイドパルス療法が感染症のリスクを増大させることなどから, その実施については賛否両説があって,いまだ議論の途上にある 治療法である。鑑定人の間でも,鑑定人R及び同Sは,二次感染 の危険性に留意した上でのステロイドパルス療法の有効性を認め る意見を述べるのに対し,鑑定人Qは,同療法は,欧米ではSJ Sに対する教科書的な治療法としてはあまり記載されておらず, 世界的には標準的な治療法ではない(早期のステロイドパルス療 法が有効とする見解には医学的根拠がないとされている。)三鑑 定人の間においても意見が分かれる状況にあるから,SJSに対 してステロイドパルス療法を実施することが,平成13年当時に おける医療水準となっていたとまではいうことができず,2月8 日の被告病院皮膚科外来受診時において,同科担当医師にステロ イドパルス療法を実施すべき義務があったとまではいうことがで きない」 「また,この点は措くとしても,ステロイドパルス療法には,S JSの治療に効果があるとの報告がある一方で,感染症等のリス クを増大させる危険性があり,いわば両刃の剣になり得ることか ら,その実施には慎重を期す必要があるため,その実施に当たっ ては,患者がSJSであることについて確定診断をした上で,そ のSJSの原因がウイルス等の感染症に起因するものであること を否定することが必要とされ,SJSとともに,水痘等の感染症 の発症が疑われ,SJSと確定診断することができず,あるいは, SJSと確定診断されていても,感染症に罹患していないことが 確認できていない段階においては,原則としてステロイドパルス 療法を行うべきではないとされている」 「そして,SJSとともに,感染症が疑われる場合,平成13年 当時の一般的な医療水準では,SJSとの確定診断に至るために は,感染症を排除するために炎症症状に関する血液検査,血清学 的検査,胸部レントゲン検査等を実施するとともに,患者の臨床 症状等の経過観察を行ってSJSに特徴的な症状が発現するまで 待つ必要があるとされている。そうすると,亡Fの場合,SJS に典型的,特徴的な症状であるとされているような皮疹ではなく, その症状等から感染症である水痘等の疑いもあった2月8日の被 告病院皮膚科外来受診時においては,亡Fの症状がSJSによる ものと確定診断することはできない(しかも,もとより,その原 因がテグレトール等の薬剤によるものであるか,感染症によるも のであるか,また亡Fが感染症に罹患していないかについては, 確定診断されていない)のであるから,仮に,被告病院皮膚科外 来の担当医師が亡FにSJSの発症を疑うべきであるとしても, 平成13年当時の医療水準では,2月8日の時点において,亡F に対しステロイドパルス療法を実施すべきであったということは できない」 「したがって,仮にSJSの発症早期におけるステロイドパルス 療法の有用性,有効性を肯定するとしても,2月8日の皮膚科外 来受診時において,同科担当医師に亡FのSJSに対する治療と してステロイドパルス療法を実施すべき義務があったとは認めら れない」 ■ステロイドパルス療法以外の治療について 「さらに,ステロイドパルス療法以外の治療についてみると,薬 剤を原因とするSJSに対して行うべきことは,まずは原因薬剤 と考えられる薬剤の投与を中止すべきことであるところ,被告病 院では,亡Fが2月8日に神経内科を受診した際に,同科担当医 師であるG医師が亡Fに対しテグレトールの服用中止を指示して いること・・・また,発症早期の段階におけるSJSに対する治 療と水痘に対する治療では,その治療方法に大きな違いはなく, その主たる治療方法は,皮疹に対する対症療法等のほかは,安静 と輸液等の全身管理とされている。本件において,I医師が,亡 Fの症状について水痘を疑い,診断のために,胸部レントゲン検 査及び水痘の抗体検査を行い,抗ヒスタミン薬であるタベジール 及びLシステイン製剤であるハイチオールを処方し,生理食塩水 及び肝庇護剤である強力ミノファーゲンCの点滴静注を行い,更 に外用抗生物質製剤であるゲンタシン軟膏を処方している・・・ 亡Fの症状等に照らしその輸液の量に不足があったとはいえない し,その他の診療内容にも特に不適切であったとすべき点は認め られないから,I医師が亡FにSJSの疑いはないと診断したこ とには問題があり得るとしても,同医師が亡Fに対し実施した診 療行為自体には不適切とすべき点は見当たらない」 「以上のとおりであり,2月8日の皮膚科外来受診時に,被告病 院担当医師に,亡Fの症状につき,SJSと診断しあるいはSJ Sと疑った上でのSJSに対する適切な措置を怠った過失がある とは認められない」 ■皮膚科外来受診時における過失の有無について 「原告らは,2月8日の被告病院皮膚科外来受診時における亡F の症状からして,同科担当医師には,SJSをも念頭におき,治 療時期を逸することのないように亡Fを緊急入院させて経過観察 すべき義務があり,また,仮に亡Fが水痘であったとしても,水 痘が成人に発症すると重症化しやすいものであることから,やは り亡Fを入院させて経過観察すべき義務があったにもかかわらず, 同医師は,これを怠ったと主張する」 「確かに,本件のように複数の疾患が疑われるような場合には, 入院をすれば,外来で通院するときに比較して,より慎重かつ容 易に患者の症状の経過等を観察することができ,鑑別診断のため に必要とされるレントゲン,CT検査,血液検査等の各種検査も より迅速かつ容易に行うことができるという利点があるというべ き」 「また,本件においては・・・,2月8日の被告病院皮膚科外来 受診時における亡Fの症状等からすると,SJSに加えて,水痘 その他の疾患も疑われ,未だ確定診断ができない状況であり,確 定診断をするためには,病理組織の検査等のほか,経時的に経過 観察を行い,顕著な症状の発現があるかどうかを確認することが 必要であったのであるから,亡Fの症状等のより慎重な経過観察 が重要であったということができる」 「さらに,入院の要否を決するのは,最終的には患者の状態が重 篤か否かの医師の判断であるところ,2月8日の皮膚科外来受診 時における亡Fの症状は,皮膚・粘膜等の症状が顕著で,38. 8度の高熱があり,全身状態が良い状態でなかった・・・。これ らのことからすると,亡Fは,2月8日の時点で,その症状等か らして入院をした上で経過観察等を行うことが望ましい状況にあっ たというべき」 「しかしながら,亡Fを入院させる目的は,前記のとおり,専ら 安静状態を保ちながら,所要の検査を行い,その症状の経過等を 観察するためであり,これらはいずれも外来で通院することによっ ても実施可能な診療行為であって,2月8日の時点で,それ以上 に入院しなければ行うことができない必須の検査・治療などがあっ たわけではない。また・・・,亡Fは,自ら自動車を運転して被 告病院を受診しているのであって,担当医師が亡Fの症状等から 受ける重症感という点からしても,亡Fが即時に入院しなければ ならない程の状態ではないと判断したことにもやむを得ない面が ないとはいえない」 「また,2月8日の皮膚科外来受診時において,被告病院の入院 用ベッド(病室)は満床で,即日の入院はできない状態であった こと,そのため,I医師は,ベッドに空きが出た時点で他の皮膚 科入院予定の患者に優先して入院させるという意味の至急の入院 予約を行ったこと,亡Fについては・・・,水痘も疑われる状況 であり,感染防止のために個室への入院が必要となるため,空き ベッド(病室)を探すのがより困難な状況にあったことも認めら れるところであり,これらの事情をも併せ考えると,2月8日の 皮膚科外来受診時において,I医師に,亡Fを入院させるべき (あるいは被告病院への入院ができない場合には他の病院に入院 させるための措置を講ずるべき)法的な義務があったとまでは認 めることができず,したがって,I医師が亡Fについて即日入院 の措置を講じないで,同人を帰宅させたことをもって,医師とし ての注意義務違反(過失)があるということはできない」 ■救急外来受診時における過失の有無について 「次に,2月8日の被告病院救急外来受診時において,担当医師 に亡Fを入院させるべき義務があったか否かについて検討する。 被告病院救急外来受診時の診療録には,亡Fの症状について極め て簡潔な記載しかないため,救急外来受診時における亡Fの症状 の詳細は明らかではないものの,亡Fの体温は39.7度で,全 身に皮疹が見られ,顔面には浮腫が見られ,眼部及び口唇の腫脹 が著明であったことのほか,担当のJ医師からK病院に宛てた紹 介状には,被告病院皮膚科外来を受診したが帰宅後も皮疹の悪化 が認められる旨の記載があり,原告Bも,朝に見た時点に比べて 夜の時点では亡Fの症状が著しく悪化していた旨供述しているこ とからすれば,亡Fの症状は,同日の皮膚科外来受診時よりも更 に悪化していたものと認めるのが相当であり,これに,後医であ るK病院の診療録から認められる亡Fの症状の経過等をも考慮す ると,救急外来受診時の亡Fの症状は入院治療を要する状態となっ ていた可能性が高いというべき」 「しかしながら,仮に亡Fの症状が入院治療を要する状態となっ ていたとしても,救急外来受診時においても,被告病院の入院用 ベッドは満床であり,被告病院への入院は不可能であったこと, 救急外来の担当医師であるJ医師は,原告Bが強く依頼したこと を受けてK病院の担当医師宛の紹介状を作成し,これを原告Bに 交付することによって,後医であるK病院の担当医師に対し亡F に関する情報を提供し,亡Fはその日のうちにK病院を受診して 同病院に入院することができた・・・このことからすると,J医 師の亡Fらに対する対応について問題なしとしないことは後記の とおりであるとしても,J医師は,最終的には後医であるK病院 の担当医師宛ての紹介状を作成して亡Fに関する情報を提供して いるから,救急外来の担当医師として,入院治療が必要な患者が 他の病院を受診し入院するに当たってなすべき最低限の注意義務 は果たしたものというべき」 「なお,上記紹介状作成の経緯について,被告は,J医師が主体 的に紹介状を作成した上で他の病院の受診を指示したと主張する が,原告Bは,『J医師に対し,被告病院の入院用ベッドが満床 で入院できないのであれば,被告の系列病院であるD大学医学部 附属P病院等を紹介してくれるよう依頼したが,それもできない ということであった。そこで,原告ら家族が自ら転医先である他 の病院を探し,K病院から受入れが可能であるとの返答を受けた ことから,同病院に対する紹介状を書いてくれと依頼したが,紹 介状も書けないといわれたため,強い口調でメモ程度でもいいか ら紹介状を書いてくれるようお願いして,作成交付されたもので ある。』という趣旨の供述をしているところであり,被告病院救 急外来診療録には『患者希望によりK病院皮膚科へ』との記載が ありK病院のL医師も,亡Fの入院の経緯について,亡Fは被告 病院を救急で受診したが,診察で帰されたため,家族が心配して K病院の救急を受診したと回答していること(L回答書),K病 院作成の『F殿の治療に関しての質問事項に対する回答』におい ても『通院中のD大E病院が満床のため,本人及び家族より当院 救急外科に入院要請があり,それを直ちに受け入れ』たとされて いることに照らすと,原告Bの供述は全体として信用することが できるというべきであり,これによれば,原告ら家族が自ら転医 先病院としてK病院を探し出し,J医師に対し同病院宛の紹介状 を作成するよう強く要望したことから,上記紹介状が作成された ものと認められる。したがって,これと異なる被告の上記主張は 採用することができない」 「以上のとおりであり,2月8日の被告病院皮膚科外来受診時及 び救急外来受診時における担当医師らの亡Fに対する対応は,亡 Fの病状及びその後の経過等に照らすと,亡F及びその家族であ る原告らにとって決して納得のいくものではなく,医師として患 者である亡Fのために最善を尽くしていない,極めて不十分なも のと受け止められたとしてもやむを得ない面があり,このような 被告病院における診療行為等に対する不満と無念の思いが,本件 訴訟の提起に至る一つの原因・動機になったとも認められるとこ ろである」 「しかしながら,前記のとおり,2月8日の被告病院皮膚科外来 受診時及び救急外来受診時のいずれにおいても,被告病院の担当 医師らは,平成13年当時の医療水準に照らして必要とされる医 療行為・医療措置はこれを行っており,医師としての法的意味で の注意義務は尽くしたものと評価するのが相当であるから,担当 医師らに患者を入院させた上での経過観察を怠った過失があった とまでは認めることができない」 ■因果関係 「前記・・・のとおり,被告病院担当医師らに過失があったもの とは認められないから,この争点について判断する要はないが, 念のため判断を示しておくこととする」 「原告らは,2月8日の皮膚科外来受診時ないし救急外来受診時 において,亡Fを入院させて経過観察をしていれば,SJSとの 診断をより迅速に行うことができ,ステロイドパルス療法の開始 時期を逸することなく,適切な治療をすることができ,死亡結果 の回避は可能であったと主張する」 「しかしながら・・・,ステロイドパルス療法は,感染症を増悪 させる危険性を有することから,その実施に当たっては,感染症 がないことが確認されていることが極めて重要である。そこで, その実施に先立って,レントゲン検査,血液培養,血液検査等の 感染症の有無を確認するための検査を行うことが必要であり,同 検査を実施するために,1日程度の時間を要することになる。特 に,本件では,2月8日の被告病院神経内科受診時における血液 検査においては,白血球10800,CRP3.05,K病院入 院時の血液検査においては,白血球12700,CRP5.4と 高度の炎症所見を示しており,より慎重な感染症の検査が必要で あったと考えられる」 「そうすると,仮に2月8日の午前中である被告病院皮膚科外来 受診時に,亡FがSJSと診断され,あるいはSJSの疑いがあ ると診断されて,入院したとしても,ステロイドパルス療法の実 施は,亡Fに対し実際に同療法が開始された日と同じ日である2 月9日になったと考えられ,同日のうちで数時間の遅れが生じた としても,その遅れによって亡Fの予後に有意な差異が生じたと は考え難いところである」 「また・・・,入院中の亡Fに対して行うべきであった治療とし ては,ステロイドパルス療法のほかに,輸液等の全身管理が挙げ られるが,仮に2月8日の被告病院皮膚科外来受診時に,入院が 決定され,実際に行われたよりも,半日ないし1日早く輸液等の 全身管理が行われたとしても,これらの手段はSJSに対しては 対症療法にすぎず,患者の予後・転帰に有意な影響を与えたもの とは認められないから,これによって亡Fの予後・転帰に影響が あったと認めることはできない」 「さらに,原告らは,2月8日の被告病院皮膚科外来受診時にス テロイドパルス療法が開始されていれば,亡Fの死亡という結果 は回避可能であったと主張する」 「しかしながら,本件では,亡Fが被告病院皮膚科外来を受診し た日の翌日である2月9日にはK病院においてステロイドパルス 療法が開始されているところであり,SJSの症状の進展に対し てステロイドパルス療法が作用する機序等は明らかではなく,ま た,同療法によってどの程度の効果が生じるかについては個人差 ・個体差が大きいとされていることからすると,SJSに対して ステロイドパルス療法が有効であるとしても,この1日の遅れが, 亡Fの予後・転帰に有意な影響を与えたかどうかは明らかでない というべきである」 「したがって,2月8日の被告病院皮膚科外来受診時に,ステロ イドパルス療法が開始されていたとしても,亡Fの死亡という結 果が回避可能であったとは認めることができない」 「そうすると,被告病院担当医師らに原告ら主張の過失が認めら れないことは・・・説示したとおりであるが,仮にこれらの過失 があったとしても,それらと亡Fの死亡との間に因果関係がある とは認められないし,また,これらの過失がなければ亡Fがその 死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があった とも認めることができない」 ■判決主文 (請求棄却)