判例速報

※この記事は、2007-12-10にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位

 今回は,被告病院に入院中の喘息患者に対し,同病院の医師が,
喘息治療薬として適応承認を受けていない薬剤ソル・メドロール
(ステロイド薬)を不相当に大量投与し,その後同患者が死亡し
たことにつき,同薬剤の投与にあたって十分な説明・同意を欠い
ており,同薬剤の投与自体が違法であるとした上,死亡との因果
関係も肯定した事案です。

■年月日・裁判所
H19.10.23 京都地裁 平成17年(ワ)第1247号 損害賠償請求事件(医療過誤)

■当事者

原告側:A(昭和14年生)と原告B(大正9年生)は,昭和5
0年に婚姻した夫婦であり,その間に,原告Cをもうけた。Aは,
平成12年4月23日に死亡し,原告らは,Aが生前有していた
権利義務を法定相続分(各2分の1)に従い相続した。 原告Bは,
被告大学を卒業した医師であり,内科,小児科及び呼吸器科の診
療を行い,勤務医として勤務する傍ら,昭和55年5月から平成
8年8月までの間,夜間のみ診療を行う診療所を開設し,診療を
行っていた。原告Bは,長年,喘息患者の治療にあたってきた。

被告側:京都府立医科大学附属病院(被告病院)を設置・運営す
る地方公共団体。
 D医師は,平成7年3月に京都府立医科大学を卒業し,被告病
院で研修医を2年,朝日大学附属村上記念病院の勤務医を2年経
験した後,平成11年4月被告大学大学院医学研究科の博士課程
に入った。D医師は,平成12年当時,被告大学大学院の博士課
程に在籍するとともに,被告病院第二内科に勤務していた医師。


■診療経過

・Aは,平成11年10月12日から同月21日まで,被告病院
に入院し,気管支喘息,狭心症に対する治療を受けた。主治医は,
D医師,F7医師,F8医師であった。

・平成12年当時のAのADL(日常生活動作)は,多発性関節
リウマチ及びその治療薬の副作用による右大腿骨壊死,腰椎椎間
板ヘルニア等の疾病により,概ね次のとおり制限されていた。す
なわち,食事は自分でとることができ,トイレへの移動は,伝い
歩きにより自力で移動できていたが,排泄,入浴,洗髪,及び洗
面には介助を要する状態であって,家事は,1週間に3回家政婦
を依頼していたほかは,原告Cが行っていた。

・Aは,被告との間で診療契約を締結した上で,平成12年3月
15日から被告病院に入院(本件入院)。本件入院時,Aの身長
は約160cm,体重は約78kg。

・被告病院において,心不全,気管支喘息に対する治療を受けた
(具体的には,ステロイド薬の投与などの治療を受けた)が,汎
血球減少症による敗血症のため,4月23日午前零時,死亡。


■原告らから意見を求められたT医師の意見

「原告らから意見を求められたT医師は,その意見書及び証人尋
問において,本件についての意見を述べている。その概要は,次
のとおり」

「Aは,3月15日当時,通常の(典型的な)喘息重積状態のよ
うに,気道全体が狭窄する汎発性気道閉塞ではなく,主に右中葉
気管支が狭窄する限局性の気道閉塞であった。その原因は,おそ
らく,粘稠な痰(粘液栓)が中葉気管支の分岐部付近に付着ある
いは塞栓していたものと考えられる」

「Aの気管支喘息の3月15日時点の重症度判定は,軽度である」

「3月15日の血液ガス検査の結果は,酸素分圧が83.0,二
酸化炭素分圧が36.7,pHが7.454,重炭酸イオン濃度
(HCO3 )が25.4,ベースエクセスは1.8,酸素飽和度
(SpO2)は96.5%であった。やや低酸素状態であったが,
診断指針表に基づけば,喘息発作の重症度判定では,『軽度』で
ある。それにもかかわらず,呼吸困難感が強かったのは,右中葉
の無気肺が関係していたのであろう。肺の一部に無気肺があれば,
わずかであっても循環血液が低酸素状態となるために呼吸困難感
が生じる。右肺中葉全体が無気肺に陥れば,相当な換気不全のた
めに低酸素血症となり,呼吸困難感を覚え,代償性の過換気が生
じ,低炭酸ガス状態となる。気管支喘息でも軽症ないし中等症程
度の場合には,しばしば呼吸性アルカローシスになるが,換気不
全が高度となり重積状態になれば炭酸ガスが蓄積し,高炭酸血症
(二酸化炭素分圧が45超)となるとともに,著しい低酸素血症
(酸素分圧が60未満,酸素飽和度が90%未満)となる」

「3月16日に実施されたレントゲン検査の結果によれば,ソル
・メドロールを実施せずとも,3月18日に近い程度に改善して
いたから,痰が一部にせよ喀出できていた」

「3月23日の胸部CT検査の結果によると,右中葉のB4気管
支のB5気管支から分岐した直後の部分に明らかな閉塞所見が認
められ,粘稠な痰による同気管支の閉塞が疑われる。閉塞部分の
先には気管支透亮像が認められるが,気管支透亮像はむしろ,無
気肺に特徴的な所見であり,気管支透亮像が認められることは,
気管支の閉塞を否定するものではない」

「Aの3月19日朝の発作の重症度判定は,軽度ないし中等度の
発作である(ただし,閉塞性障害は汎発性ではなく,限局性と考
えられるので,喘息としては非典型的である。3月19日朝の発
作は,酸素分圧が) 60.3,二酸化炭素分圧が34.2,pH
が7.516,重炭酸イオンは27.5,ベースエクセスは4.
4,酸素飽和度(SaO2)は92.9%と,著しい低炭酸ガス
血症の状態にあり,診断指針表に基づけば,喘息としては,軽度
ないし中等度の発作である」

「Aの喘息は,『重症喘息』あるいは『喘息重積状態』と呼べる
ような状態ではなかったから,3月15日の時点,又は遅くとも
3月19日の時点では,無気肺の確定診断をCTにより行い,ま
た,無気肺の原因精査を集中的に行うべきであった。そして,治
療方法は,浮腫(胸水も多少はあったかもしれない。)の軽減を
図ることと,おそらく無気肺の原因となっていたと考えられる中
葉気管支内に貯留した粘稠な痰の排出(具体的には,物理的な手
段による排痰,すなわち十分な量の酸素吸入を実施しつつ,サル
ブタモールのネブライザー吸入を頻回に行うこと,ネブライザー
を休止している間は,タッピング法〔もし保存的除去が不能であ
るならば,気管支ファイバースコープを用いて直視下で痰を特定
し,吸引除去すること〕を行うこと)である」

「Aは,それまでは入院するほどの喘息発作は起こしていなかっ
たにもかかわらず,アムロジンが開始された後には入院するほど
の発作が出現するようになってきた」

「Aの喘息は『重症喘息』あるいは『喘息重積状態』と呼べるよ
うな状態ではなかったから,ソル・メドロールの適応はなかった。
仮に,そうでないとしても,ソル・メドロールの大量投与は必要
なく,最大でも,1日あたり80mgの投与で十分であった(1日
80mg以上を投与しても,飽和状態となるため,効果はなく,副
作用のみが増強することとなる。)。Aは,本件入院前にも,1
日30mgのプレドニゾロン(又はリンデロン3mg)を常用してい
たので,ステロイド薬による治療は,プレドニゾロンとして1日
30mg程度を継続する必要があった」

「免疫抑制剤(メソトレキセート・エンドキサン)の適応はなかっ
た」

「メソトレキセートは,喘息重積状態で適切な治療がなされたに
もかかわらず,ステロイド薬にも反応しなくなった重症気管支喘
息に対して,試験的に用いられているが,世界的にも未確立な方
法であって,平成8年を最後に,ランダム化比較試験も実施され
ていないことから,その治療的価値は未確立であり,探求的研究
のまま終えたといえるのではないかと思われ,平成12年当時に
は,世界的にも,わが国においても,有用性は否定されていたと
みることができる」

「エンドキサンは,特殊なごく一部の喘息(チャーグ・ストラウ
ス症候群)を除いては,試験的にも用いられたことはなく,ガイ
ドラインなどにも紹介されていない」


■Aの喘息の重症度について

「・・・平成11年10月以降のAの喘息発作及びこれに対する
治療内容等((1)平成11年10月12日喘息発作を起こして被告
病院に同日から同月21日まで入院し〔前回入院〕,ソル・メド
ロール,ネオフィリンの点滴投与,フルタイドの吸入等の治療を
受けて喘息症状が軽快したものの,(2)同年11月28日午前零時
から午前7時まで激しい発作を起こして,リンデロン5錠を追加
して服用し,翌29日民医連病院を受診し,(3)同年12月3日午
後5時ころ,喘息重症発作を起こし,リンデロン注,ネオフィリ
ンの点滴を受けても症状が改善しなかったため,同月4日午前零
時5分ころから同月6日まで,気管支喘息重積発作で民医連病院
に緊急入院し,リンデロン注の点滴投与,ネオフィリンの持続点
滴等の治療を受け,(4)同月19日にも喘息発作を起こし,リンデ
ロン錠を服用しても発作が治まるまでに7時間程度を要している。)
によれば,Aは,ステップ4(重症持続型)の喘息に対する治療
を受けていたにもかかわらず,繰り返し喘息発作を起こし,経口
投与用のステロイド薬であるリンデロン錠及び注射用のステロイ
ド薬であるリンデロン注から離脱できない状態であったことが認
められるのであるから,Aの気管支喘息は,前判示の喘息重症度
のステップ1(軽症間欠型)からステップ4(重症持続型)の4
段階の中では,ステップ4(重症持続型)にあたるのみならず,
『コントロールの乏しい,ステロイド依存性の気管支喘息』であ
り(あすかい診療所のO医師の平成11年12月8日の診断), 
『ステロイド抵抗性の気管支喘息であり,かなり難治性』であって
(J医師の平成12年3月15日の診断),ステロイド抵抗性の
重症喘息であったものというべき」

「これに対し,原告らは,血液ガス検査の結果,二酸化炭素分圧
が高くなく酸素分圧及び酸素飽和度が低くないことを根拠に,A
の気管支喘息は軽症であるか,又は少なくとも中等症であると主
張し,これに沿う証拠(T医師の意見書)がある。しかしながら,
前判示の気管支喘息に関する医学的知見によれば,血液ガス分析
の結果だけで気管支喘息の重症度を判断することは相当ではない
上,血液ガス分析の結果についてみても,喘息の二酸化炭素分圧
は喘息発作の初期には低下し,極めて重度の発作の場合にはじめ
て上昇するものと認められるから,二酸化炭素分圧の上昇がなく
とも,重度の発作と評価すべき場合は十分にあり得るものと考え
られ,また,酸素分圧及び酸素飽和度については,治療の一環と
して実施されていた酸素投与を考慮に入れると,酸素分圧及び酸
素飽和度の数値から直ちにAの発作の程度が軽度であったものと
いうことはできないから,原告らの上記主張を採用することはで
きない」

「また,原告らは,Aの呼吸困難の主な原因は,右中葉の気管支
における粘液栓による閉塞によって生じた右中葉の無気肺である
と主張し,これに沿う証拠(T医師の意見書)がある。確かに,
前判示のとおり,Aには3月15日の時点で無気肺が認められる
けれども,これが閉塞性のものであることを認めるに足りる証拠
はない。3月23日に実施された胸部CT検査の結果について,
T医師は,明らかな閉塞所見が認められる(右中葉の気管支に気
管支透亮像の途絶像と狭窄像が認められる)と証言するのに対し,
D医師は,明らかな閉塞所見は認められないと証言しているとこ
ろ,T医師は,3月16日には無気肺が顕著に改善していると説
明するにもかかわらず,これに沿う痰の喀出を裏付ける証拠がな
く,肺の周囲からの圧排性の無気肺である可能性を否定すること
ができないからである」

「そして,仮に,3月15日の時点でAに認められた無気肺が閉
塞性のものであるとしても,証拠によれば,(1)中葉全体の完全な
る閉塞による無気〕肺ではなく,中葉の一部の部分的な無気肺が
あったと考えられる,(2)閉塞気管支の部位は主にB4aと思われ
るというのであり(なお,中葉気管支全体に著しい狭窄ないしは
完全な閉塞が存在したことについては,可能性が考えられるだけ
である。),閉塞気管支の部位が葉気管支より中枢側ではなく,
区域気管支より末梢側である上,前判示のとおり,Aは,T医師
が明らかな閉塞所見が認められるとする3月23日には大きな発
作を起こしていないこと,Aには,喘鳴が右中葉に限局すること
なく両肺に認められたことからすると,無気肺がAの呼吸困難に
寄与した程度は軽度であったものと推認することができる」

「以上によれば,Aの喘息は,ステロイド抵抗性の重症喘息であっ
たものというべきであり,Aの呼吸困難の主な原因が無気肺であっ
たとは言えないから,原告らが主張するように,Aの右中葉気管
支に限局して貯留している喀痰をタッピング法等で排出すること
が最も適切な治療法であったとは言えず,仮に,無気肺が閉塞性
であったとしても,その原因が重症喘息にある以上,重症喘息に
対する治療を行うことがすなわち無気肺に対する治療にもなると
いう関係に立つものというべき」


■Aに対しソル・メドロールを投与すべきではなかったか及びソ
ル・メドロールの投与量・方法は相当性を欠くものであったかに
ついて

「まず,原告らは,ソル・メドロールが平成12年当時喘息治療
薬として適応承認を受けていなかったことを根拠に,被告病院医
師がAに対してソル・メドロールを投与したことが添付文書遵守
義務違反にあたると主張する。しかしながら,前判示のとおり,
ソル・メドロールは,平成12年当時は喘息薬として適用承認を
受けていなかったけれども,平成13年3月には喘息治療薬とし
て適応承認を受けており,Aが被告病院医師からソル・メドロー
ルの投与を受けたことは,Aがより進んだより効果的な治療を受
けたことを意味するのであるから,原告らの上記主張を採用する
ことはできない(なお,前判示のとおり,平成13年3月に適用
承認を受けたのは,ソル・メドロール40及び同125のみであ
るが,前判示のとおり,ソル・メドロールは,有効成分コハク酸
メチルプレドニゾロンの含有量によって4種類あるだけで,ソル
・メドロール500の成分がソル・メドロール40及び同125
と異なるものではない〔ただし,ソル・メドロール40には,乳
糖が添加されている。〕。)」

「次に,原告らは,Aの喘息が軽症であったことを根拠に,ソル
・メドロールの適応がなかったと主張するが,Aの喘息がステロ
イド抵抗性の重症喘息であったことは前判示のとおりであるから,
原告らの上記主張は,その前提を欠き採用することができない。
また,原告らは,事前に気管支拡張剤を投与してその効果をみる
べきであったと主張するが,Aの喘息がステロイド抵抗性の重症
喘息であったことをふまえると,被告病院医師の治療方法が直ち
に違法であるということはできない。さらに,原告らは,ソル・
メドロールがAにとって禁忌薬であったと主張するが,前判示の
とおり,Aは,平成11年10月12日から同月21日までの前
回入院の際,ソル・メドロールの投与を受けて喘息症状が軽快し
ているのであるから,原告らの上記主張は,その前提を欠き採用
することができない」

「さらに,原告らは,被告病院医師が添付文書の記載に反しソル
・メドロールを大量に投与したと主張する。確かに,前判示のと
おり,被告病院医師は,3月16日から同月18日まで3日連続
でソル・メドロールを1日1回500mg点滴投与し,同月19日
には喘息発作の症状が改善しなかったため,ソル・メドロールを
合計1125mg投与しているけれども,前判示のとおり,Aの喘
息がステロイド抵抗性の重症喘息であったこと,ステロイドパル
ス療法としてソル・メドロールを投与する場合は,500mgない
し1000mgを1日1回,短期間(3日間程度)連続投与するも
のであり,被告病院医師の投与の方法及び量がおおむねこれに沿っ
たものであることからすると,被告病院医師の上記点滴投与が直
ちに違法であるということはできないものというべきである(な
お,T医師は,(1)ソル・メドロールは,1日80mgで飽和状態と
なり,それ以上の投与を行っても効果は上がらない,(2)添付文書
及びガイドラインの定める1日最大投与量が365mgである旨の
意見を述べているが,(1)については,具体的な裏付
けを欠く上,前判示のとおり,ステロイドパルス療法は,膠原病,
急性循環不全等の疾病に対し一般的に用いられており,喘息患者
に対しても,同療法を実施し効果があったとの報告が存在するの
であるから,上記T医師の意見を採用することはできないし,(2)
については,添付文書及びガイドラインの定める1日あたりの最
大投与量は525mgであって,T医師の上記意見は,独自の見解
であって,採用することができない。)」


■ Aに対し免疫抑制剤(メソトレキセート,エンドキサン)を投
与すべきではなかったかについて

「原告らは,Aに対し免疫抑制剤を投与したことが,医師が負う
べき危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務に違反す
るとともに,添付文書遵守義務に違反すると主張する」

「確かに,前判示のとおり,免疫抑制剤は喘息治療薬として適用
承認を受けたことはなく,免疫抑制剤の使用は喘息に対する標準
的・一般的な治療法として確立したものではない。しかしながら,
前判示のとおり,Aの喘息は,3月15日の時点で,ステロイド
抵抗性の重症喘息であった上,Aは,本件入院中,重度の喘息発
作を繰り返し,しかも,徐々に喘息の症状が悪化し,大量のステ
ロイド薬を投与しても制御が困難な状態であったところ,(1)ガイ
ドラインでは,難治性喘息に対する治療法として,免疫抑制剤の
併用を考慮する場合があるとされていること,(2)平成12年当時,
メソトレキセートを喘息治療に用いることの有効性を示す研究結
果が複数報告され,これをふまえて『免疫抑制療法に対する結論
的な, 評価を行うためには,なお,『臨床経験』を重ねる必要が
あり,現時点でのメソトレキセートの適用は,(1)ステロイド薬の
効果が不十分な場合(ステロイド抵抗性喘息例),(2)ステロイド
薬の減量・離脱が困難な症例,(3)副作用のためステロイド薬の十
分な投与ができない場合(ステロイド薬投与禁忌例)などに限定
されよう』などと,限定された条件の下,臨床で試みることを提
唱する論文も発表されていたことからすると,被告病院医師が,
Aの喘息が上記(1)の場合にあたることを前提に,免疫抑制剤のう
ち,上記研究結果で用いられているメソトレキセートを使用した
ことが直ちに違法であると言うことはできない。そして,エンド
キサンについても,前判示のとおり,アレルギー性肉芽腫性血管
炎,ウェゲナー肉芽腫症等保険適用外の疾患を含む様々な疾患の
治療に用いられていたのであるから,そこで確認されている効果
と同一の効果を期待して使用を試みることや,メソトレキセート
との併用を試みることもまた,直ちに違法であると言うことはで
きない」

「もっとも,免疫抑制剤が喘息治療薬として適用承認を受けたこ
とはなく,免疫抑制剤の使用が喘息に対する標準的・一般的な治
療法として確立したものではないことに加え,免疫抑制剤には重
大な副作用が認められることからすれば,免疫抑制剤を使用した
治療方法を選択するにあたっては,医師は,患者(患者が説明を
理解することができない場合は,患者に代わるべき親族)に対し,
(1)当該治療方法の具体的内容,(2)当該治療方法がその時点でどの
程度の有効性を有するとされているか,(3)想定される副作用の内
容・程度及びその可能性,(4)当該治療方法を選択した場合と選択
しなかった場合とにおける予後の見込み等について,説明を受け
る者の理解力に応じ,具体的に説明し,その同意を得た上で実施
しなければならず,このような説明と同意を欠いた場合には,た
とえ,当該治療方法がその時点における選択肢として最善のもの
であったとしても,当該治療方法を実施したこと自体が違法であ
るとの評価を受けるものと解するのが相当」

「これを本件についてみるに,前判示のとおり,D医師は,4月
6日,Aに対するメソトレキセートの投与を開始するのに先立ち,
原告Bに対し,同時点でのAに対する治療内容を説明した上で,
(1)Aの喘息は,ステロイド抵抗性でコントロール不良な重症喘息
であり,喘息による死亡の危険もあり,万が一の場合は人工呼吸
管理となること,(2)メソトレキセートを使用した免疫抑制療法を
実施すること,(3)同療法の有効率は50%であるなどと説明し,
メソトレキセートを使用することの同意を得たが,Aに対しては,
説明しなかったこと,D医師は,4月12日,原告Cとおばに対
し,症状説明を行った際,免疫抑制療法による治療を行ったが,
効果を認めなかったなどと説明したことがそれぞれ認められると
ころである。そして,本件全証拠によっても,Aが,4月6日の
時点で,D医師の説明を理解する能力を全く欠いていたとまでは
認められないから,D医師が,患者本人であるAに対する説明を
せず,同意を得なかった点において,免疫抑制剤を使用した治療
方法を選択する前提要件を満たしていないものというべきである。
加えて,仮に,Aが永年喘息患者の治療にあたってきた医師であ
る原告Bに,治療方針を一任していたとしても(前判示のとおり,
原告Bは,Aがリウマチの治療薬としてメトトレキサートの処方
を受けた際,Aに指図して服用させていないし,本件入院中も,
被告病院医師に対し,Aに対する治療内容について注文をつけて
いる。),D医師の原告Bに対する説明は,原告Bが医学の素養を
有することを考慮しても,年齢及び経歴から見て最先端の知見に
は通じていなかったものと推認することができることをふまえる
と,免疫抑制療法の有効性に関する説明が抽象的である上,50
%という数値にも合理的な裏付けが認められないこと,エンドキ
サンを併用することの説明をしたことを認めるに足りる証拠がな
いことからすれば,説明内容において不十分であった点において,
免疫抑制剤を使用した治療方法を選択する前提要件を満たしてい
ないものというべき」

「以上によれば,被告病院医師は,Aの救命のために本件免疫抑
制剤を使用したものではあるものの,前提要件を満たしていない
から,違法であるとの評価を免れない」


■Aに対しリンデロンを投与すべきではなかったかについて

「前判示のとおり,4月12日の時点で,Aは,それまでステロ
イド薬の投与等様々な治療を受けてきたにもかかわらず,重度の
喘息発作を繰り返していた上,免疫抑制剤の投与も,副作用が出
現したことから中止されていたのであるから,D医師が,Aの救
命のため,従前効果のあったリンデロン注を用いて,ステロイド
パルス療法を実施したことに,何らの違法性も見出すことができ
ないのであって・・・,原告らの主張を採用することはできない」


■因果関係

「前記認定の事実関係によれば,Aは,何らかの感染症(なお,
感染源は,本件全証拠によっても明らかではない。)に罹患して
いたところ,本件免疫抑制剤の投与により,感染症の症状が悪化
し,敗血症をきたして死亡するに至ったものと認めることができ
るから,本件免疫抑制剤の投与とAの死亡との間には因果関係が
あるものと言うべき」

「なお,被告は,因果関係を考える上では,Aがステロイド抵抗
性の重症喘息であったことも考慮すべきであると主張するけれど
も,前判示のとおり,本件免疫抑制剤の投与により感染症の症状
が悪化したものと認められる以上,被告の上記指摘を考慮しても,
上記認定判断を左右しないものと言うべき」


■損害

・逸失利益0円
(原告らは,平成12年当時,Aは主婦として家事労働に従事して
いたと主張するが,前判示の平成12年当時のAのADLや喘息
の症状に照らせば,家事に従事することは不可能であったものと
認めざるを得ず,原告らの主張は採用できない)

・死亡慰謝料1000万円

・葬儀費用120万円

・弁護士費用110万円

・相続
原告らはAが生前有していた権利義務を法定相続分(各2分の1)
に従い相続したから,原告らは,それぞれ,被告に対する各61
5万円(1230万円÷2)の損害賠償請求権を取得。


■判決主文

1 被告は,原告らに対し,それぞれ615万円及びこれに対する
平成12年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。

2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
<以下略>