判例速報

※この記事は、2008-01-11にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は、内頚静脈からカテーテルを挿入する方法による血液透
析を受けた際、本来内頚静脈に挿入されるべきカテーテルが、誤っ
て、右総頚動脈に挿入された結果、その後の処置により、患者の
右頚部に醜状痕が残ったことに対して、カテーテルを挿入する部
位として、首と脚という複数の選択肢があったのに、医師が患者
に対して、カテーテル挿入部位として、首又は脚を選択した場合
に生じうる合併症の内容や危険性の違いについて説明せず、また、
どの部位からカテーテルを挿入するかについての結論も示さなかっ
た点について、患者に自己決定の機会を与えるべき義務を怠った
として、医師の説明義務違反を認めた事案です。

■年月日・裁判所
H19.11.22 京都地裁 平成19年(ワ)第548号 損害賠償請求事件(説明義務違反)

■当事者

被告:被告病院を設置運営する者。

原告:平成17年7月ころから、糖尿病の治療のため、被告病院
に通院。


■診療経過

・原告は、平成18年4月3日、被告病院の循環器内科のA医師
により、慢性腎不全増悪、肺水腫、虚血性心疾患との診断を受け、
被告病院に入院。

・4月3日午後7時ころ、原告、原告の夫及び原告の次女は、上
記A医師から、原告の心臓が肥大して水が溜まっており、クレア
チニンの数値も高いため、血液透析を実施する必要があるとの説
明を受けた。

・4月7日、被告病院循環器内科の医師から腎臓内科の医師に対
し、原告の腎機能の低下が顕著になってきたとして、対診の依頼
があり、被告病院腎臓内科医長であったB医師は、透析治療なし
では病状の改善は難しいと考え、同日、血液透析を施行すること
を決めた。

・4月7日午前、B医師と被告病院腎臓内科のC医師が原告の病
室を訪れ、原告に対し、血液透析を施行することを告げるととも
に、挨拶をした。その後、B医師は、原告の病歴の詳細を確認す
るためにナースステーションに赴き、C医師が原告に対し、原告
の次女D立会いの下、血液透析の説明をした(本件説明)。

・4月7日午後2時30分ころ、原告は透析室に入室した。B医
師は、原告の内頸静脈からカテーテルを挿入することとし、作業
開始。

・B医師は、挿入部の皮膚の消毒、局所麻酔をした後、試験穿刺
を経て本穿刺を行い、内筒を抜き、外筒を通して逆流する血液を
確認し、ガイドワイヤーを挿入し、外筒を抜き、ダイレーターに
よって穴を拡げ、カテーテルをガイドワイヤーに沿って血管内に
挿入し、ガイドワイヤーを抜き、続いてカテーテルの芯を抜いた
ところ、逆流血が噴出した。これによって、内頚静脈に挿入すべ
きカテーテルを、誤って右総頚動脈に挿入したことが判明。

・その後、誤挿入されたカテーテルの抜去及び右総頸動脈縫合手
術が実施された。その結果、原告の右頸部には長さ10センチメー
トル程度の醜状痕が残った。

・上記醜状痕を除き、原告に後遺障害は発症せず、原告は、5月
16日、被告病院を退院した。

■カテーテル誤挿入の過失の有無について

「一般に,血液透析のためのカテーテル挿入に当たり,動脈に誤
穿刺することは避けることのできない合併症と理解されている」

「名古屋大学医学部付属病院が作成した『中心静脈カテーテル挿
入マニュアルによると,中心静脈へカテーテルを留置す』るため
に,内頸静脈や大腿静脈から穿刺するが,その際に動脈誤穿刺が
発生する割合は,内頸静脈の場合は,6.3パーセントから9.
4パーセント,大腿静脈の場合は,9.0パーセントから15.
0パーセントとされている」

「外部から内頸静脈の位置を確認できないこと,内頸静脈の直近
に総頚動脈があること,血管の太さや位置は個体差があること等
の事実に鑑みると,内頸静脈への穿刺の際に,誤って総頚動脈に
穿刺することはあり得ることであって,それ自体は,医師が注意
を尽くしても避けることのできない合併症というべきである。そ
こで,医師としては,カテーテルの挿入手技に入る前に,動脈誤
穿刺を起こしていないことを確認する注意義務があるのであって,
本件においても,B医師は,本穿刺用針の逆流血を確認して,静
脈血であると判断したのである。結果的にはその判断が誤ってい
たのであるが,逆流血の勢いと色による判断は,それ自体主観的
で,勢いについては,針が刺入された位置や深さ,色については,
患者の体調等による影響もあり得るから,確実なものではあり得
ず,この判断の誤りもやむを得ないといわなければならない」

「ところで,原告は,B医師は,逆流血の確認だけではなく,(1)
逆流血のガス分析、(2)圧波形分析、(3)エコーガイド下でのカテー
テル留置の方法をとって,動脈誤穿刺を防ぎ,あるいはカテーテ
ル挿入前に動脈誤穿刺に気付くべきであったと主張するので検討
する」

「・・・(1)の方法によるとすると,本穿刺針の外筒だけが血管に
刺入されている状態で,外筒内の血液を採取して,ガス分析器ま
で持参し,検査する必要があり,本穿刺針の外筒だけが血管に刺
入されている状態で検査結果を待つこととなるが,その間に,外
筒が抜けて出血する危険があることが認められるから,(1)の方法
が実際の医療現場で有用な方法とはいえず,B医師がこの方法を
とらなかったことが過失とは評価できない」

「(2)の方法によるためには,圧波形分析器が,(3)の方法によるた
めには,血管穿刺専用のエコー装置が必要であるが・・・,本件
事故当時,被告病院においては,これらの機器が備え付けられて
いなかったこと,本件事故当時,これらの機器が備え付けられて
いたのは,一部の大病院に限られていたことが認められる。そう
すると,本件事故当時,B医師は,(2)(3)の方法を採り得なかった
ものであるし,圧波形分析器や血管穿刺専用のエコー装置を備え
付けていなかった被告病院において,血液透析のためのカテーテ
ル挿入を実施したこと自体が過失であるとも言い難い」

「以上の検討の結果によれば,B医師がカテーテルを被告の総頚
動脈に誤挿入したことについて,B医師に過失があったと認める
ことはできない」

■説明義務違反の有無について

「C医師は,本件説明の際,原告の頸部と大腿部を触診しつつ,
原告に対し,透析にはシャントが必要であるが,原告にはシャン
トがないので,透析用のカテーテルを挿入する必要があること,
挿入は首か足の血管から行うこと,普通は首から行うこと,挿入
の際に血管を傷つけて出血したり,挿入の際に感染症や血栓を起
こす可能性があること等を説明した」

「原告は,以前,心臓のバイパス手術を受けた際に首からのカテー
テル挿入術を受けた経験があり,首からの挿入につき恐怖感を抱
いていたため,C医師の上記説明を聞き,『首からは嫌や』と言っ
たが,当時原告の声がかすれていたこと,声の調子が弱かったこ
と等から,C医師はこれに気付かないまま,原告の病室から退室
した」

「B医師及びC医師は,血液透析用カテーテルの挿入は,特段の
事情のない限り,内頸静脈から行うこととしていた。C医師は,
原告に本件説明をした後,原告から特段の希望表明がなかったこ
と,触診の結果等から内頸静脈からの挿入を避けるべき特段の事
情はないと判断し,B医師に対しては,原告に対する説明結果の
報告をしなかった。B医師は,C医師から,特段の報告がなかっ
たため,内頸静脈からの挿入を避けるべき特段の事情がないもの
と考え,原告の内頸静脈からカテーテルを挿入することとした。

「原告は,自らの『首からは嫌や』との発言に対するC医師の反
応がなかったが,発言内容はC医師の耳に届いていると考えてい
たので,カテーテル挿入を足からして貰えるものと考えていた。
透析室に入室した原告は,B医師から首の位置について指示を受
けたことから,B医師が原告の頸部からカテーテルを挿入しよう
としていることを察し『えー,首からするんですか。』と尋ねた。
B医師は,これを首からの挿入を嫌がる趣旨の発言とは理解せず,
『首からするのが通常です。』と答えた。原告は,『何を言うて
もあかんわ。』と思い,それ以上の発言はしなかった」

「日本透析医学会雑誌(平成17年9月号)には,社団法人日本
透析医学会が策定した『慢性血液透析用バスキュラーアクセスの
作製および修復に関するガイドライン』が搭載されているが,短
期型バスキュラーカテーテル留置について,右内頸静脈アプロー
チがもっともよく,それが何らかの理由で不可能な場合,大腿静
脈アプローチとする旨,感染の観点からは,内頸静脈から留置し
たほうが大腿静脈からよりも危険性が少ない旨がそれぞれ記載さ
れている」

「名古屋大学医学部付属病院では,中心静脈へのカテーテル挿入
についてマニュアルを作成しているが,これによると,穿刺部位
としては,内頸静脈,鎖骨下静脈,大腿静脈,肘静脈があるが,
手術室やICUで行う場合は,アクセスの良さ,穿刺時の重篤な
合併症の少なさから内頸静脈が第1選択とされている。また,動
脈穿刺を含む機械的合併症の発生率は,内頸静脈が6.3ないし
11.8パーセントであるのに対し,大腿静脈は,12.8ない
し19.4パーセントであるとのデータが紹介されている。更に,
内頸静脈へのカテーテル挿入例1021例中,動脈穿刺を起こし
たのが43例,そのうち動脈誤穿刺の確認方法として逆流血の勢
いと色の確認の方法をとったときに,カテーテルの誤挿入まで至っ
たのは5例であったとのデータも紹介されている」

「国立大学医学部附属病院感染対策協議会病院感染対策ガイドラ
イン(平成14年2月策定)には,カテーテル挿入部は,手術場
やICUでは内頸静脈を第1選択とするべきこと,大腿静脈から
のカテーテル挿入は,内頸静脈穿刺等の上大静脈系への挿入より
も深部静脈血栓症の危険が高いこと,刺入部が陰部に近くなるの
で刺入部の清潔性を保つことが難しく,カテーテルのコロニー形
成の頻度が高いこと等から,他に方法がない場合に限定する旨の
記載がある」

「カテーテルを静脈から挿入するに当たって,挿入が可能な静脈
が複数ある場合,即ち,挿入する静脈に応じて複数の方法がある
場合において,いずれの方法をとるかによって,予想される合併
症の内容,危険性の程度等が異なるときは,医師としては,患者
に対し,その合併症の内容,危険性の程度等を説明した上,いず
れの方法を採用するかについて,患者に自己決定の機会を与える
義務があるというべき」

「・・・血液透析用カテーテルの内頸静脈からの挿入及び大腿静
脈からの挿入には,合併症の内容,危険性の程度等について違い
があるし,いずれの方法をとっても,動脈への誤挿入の危険があ
り,その場合,外科手術を余儀なくされる可能性があるところ,
とりわけ女性にとっては頸部に醜状痕が残ることは精神的な負担
となることであるから,原告に対する説明を担当したC医師とし
ては,内頸静脈から挿入するか,大腿静脈から挿入するかについ
て,各方法を採用したときに予想される合併症の内容,危険性の
程度等を具体的に説明した上,原告に自己決定の機会を与えて結
論を出すべきであったということができる。もとより・・・,臨
床医学の実践においては,内頸静脈からの挿入が第1選択とされ
ているというべきであるから,医師としては,特段の事情のない
限り,内頸静脈からの挿入を強く勧めるのが相当であるが,それ
でも何らかの理由で患者が大腿静脈からの挿入を希望する場合は,
臨床現場において,その方法も相当な治療方法として認められて
いる以上,医師としては,患者の希望を尊重するべきものである
と考えられる」

「しかるに,C医師は,原告に対し,カテーテルの挿入を首から
行う場合と脚から行う場合があること,普通は首から行うこと,
合併症の内容等を説明したが,首から行った場合と脚から行った
場合の合併症の内容や危険性の違いを説明せず,首から行うか脚
から行うかについて原告の希望を聴取せず,触診の結果も踏まえ,
B医師によって内頸静脈からカテーテル挿入が行われることを十
分予想しながら,その結論を示すこともなく,説明を終わったの
である。原告としては,希望を述べることを求められれば,改め
て自己の希望を表明したであろうし,首からカテーテル挿入をす
る旨の説明を受ければ,これに同意できない旨の意見を述べたと
考えられる。しかるに,原告は,これらの機会を与えられなかっ
たのであるから,C医師は,原告が自己決定をする機会を与える
義務を怠ったといわざるを得ない」

■損害

「原告は,被告医師が説明義務を尽くしていれば,原告は,内頸
静脈からのカテーテル挿入に同意することはなかった旨主張する。
しかしながら,原告が内頸静脈からのカテーテル挿入を嫌がった
理由が,単なる恐怖感であって,合理的な理由ではなかったこと
『首からは嫌や』,という発言に対してC医師の反応がなかった
のに,C医師に更なる確認をしなかったこと,B医師に対しても,
『首からするんですか』と聞いただけで,B医師が首からする意
思であることを理解しながら,結果的にこれを容認したこと等の
事実に照らすと,C医師が,内頸静脈からのカテーテル挿入と大
腿静脈からのカテーテル挿入について,予想される合併症の内容,
危険の程度等を具体的に説明して説得した場合,それでも,原告
が,最終的に内頸静脈からのカテーテル挿入に同意しなかったと
は考えがたい」

「また,仮に,原告がC医師から上記説明を受けても,内頸静脈
からのカテーテル挿入に同意しなかったと認めるべきであるとし
ても,B医師が採用した内頸静脈からのカテーテル挿入は,臨床
現場において第1選択とされていて,大腿静脈からの挿入よりも
合併症の危険性は低いとされている治療方法なのであるから,こ
れによった結果,結果的に,避けることができなかった合併症の
ため,原告に右頸部醜状痕が残ったとしても,医師の説明義務違
反と原告に上記醜状痕が残ったこととの間に相当因果関係を肯認
するのは困難」

「しかしながら,原告が身体に対する侵襲を受けながら,その方
法について自己決定の機会を与えられなかったことによる精神的
苦痛は,独立して法的保護の対象となるというべきであり,これ
を慰謝するための金額は,本件に現れた諸般の事情を考慮すると,
金20万円をもって相当と認められる」

「また,本件訴訟の性質,内容,経過,認容額等を考慮し,C医
師の説明義務違反行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,
金5万円が相当である」

■判決主文

1 被告は原告に対し,25万円及びこれに対する平成18年4月
7日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

<以下略>