判例速報

※この記事は、2008-01-28にメール配信されたものと同じ記事です。
Medsafe会員各位


 今回は、精神科病院に入院していた患者が身体行動抑制下での
点滴中に肺血栓塞栓症により死亡した事案において、平成15年
5月1日当時、被告病院医師及び看護師に精神科に入院する患者
について、肺血栓塞栓症が発症するとの認識を持ち得る可能性が
あったとまで認められないとして、同認識予見すべき義務違反な
どを否定して死亡を前提とする損害賠償請求は棄却されたが、精
神科病院では、患者との意思疎通が困難な場合や身体行動抑制す
る場合があり、その治療にあたって患者の人格、家族との円滑な
関係に配慮が求められるところ、被告病院の看護師には、かかる
配慮を欠く行為が認められるとして損害賠償請求の一部が認めら
れた事案です。

■年月日・裁判所
H19.11.13 京都地裁 平成17年(ワ)第1285号 損害賠償請求事件(医療過誤)

■当事者

・C(昭和24年生まれ)は、原告Aの妻で、原告B及び訴外E
の母。Eは、平成16年8月死亡。

・被告病院は、精神科のみを有する単科病院で、被告が開設し運
営。

■診療経過

・Cは、平成15年3月初めころから突然不安感を訴えるように
なり、些細なことに気を病むなど精神的に不安定な状態となった。
その後、症状が改善することなく推移したため、4月10日、I
医院(心療内科)を受診したところ、そこでうつ病で入院治療が
必要との診断を受けた。その際、J病院の紹介を受けたが、空き
ベッドがなかったため入院することができなかった。

・その後、症状が悪化したこともあって4月13日、精神科救急
情報センターの紹介で同日午前8時35分ころ、被告病院に医療
保護入院することになり、同所で入院治療を受けることになった

・4月18日、主治医のD医師は、Cの尿に血尿が認められ、1
9日、頚部硬直があり、発熱が継続したことから髄膜炎を発症し
ているのではないかと疑い、20日、その確定診断のための検査、
血尿の原因追究のためK病院にCを転院させた。Cは、同病院で
検査などを受けたところ、髄膜炎ではないとの診断を受け、22
日、再び被告病院に医療保護入院することになった。

・4月22日からの入院後、D医師は、Cについて、別紙2病棟
建物平面図に観察室と記載された観察室で治療を行い、点滴のた
め身体的拘束の措置をとった。Cは、24日、観察室から同図面
に保護室5と記載された保護室に転室し、午後10時から翌25
日早朝にかけて両上肢と胴を抑制下でアナフラニールなどの薬剤
の点滴投与を受けた。

・本件入院時におけるCに対する身体拘束の状況は以下のとおり。

・4月22日午後1時40分本件入院開始。この間、特に拘束は
ない。

・午後6時10分胴と両下肢の拘束開始。午後11時30分胴の
みの拘束に変更。

・23日午前9時15分拘束を全て解除この間、特に拘束はない。

・24日午後10時00分胴と両下肢の拘束開始

・看護師は、4月25日午前6時48分、心肺停止状態のCを発
見した。その後、被告病院としては時間をおくことなくK病院に
Cを転院させた。Cは、同病院で一旦蘇生したが、脳死状態に陥
り、5月1日午後3時15分、同病院で肺血栓塞栓症に起因する
出血性肺梗塞により死亡。

・行政解剖の結果、死因は出血性肺梗塞と判断された。

■肺血栓塞栓症が発症し得ることの知見ないし予見を持つべき注
意義務について

「原告らは,Cに肺血栓塞栓症による心肺停止が発生した4月2
5日当時(本件当時),精神科医療の領域においても,長期臥床
と脱水などが原因となって肺血栓塞栓症が発症し得ることの知見
ないし予見を持つべき注意義務があった旨主張するので,まず,
この点について検討することとする」

「我が国では精神科入院患者の肺血栓塞栓症に焦点を当てた疫学
的調査・研究はこれまでほとんど行われていない」

「大学病院やある程度設備の整った総合病院に勤務する心臓血管
関係の内科医が中心となって平成6年に肺塞栓症研究会を発足さ
せているところ,同会の当初の目的の一つとしては肺塞栓症に対
する認識を高め,それに対する警鐘を鳴らすところにあったが,
その発足後10年を経て同疾患に対する啓蒙という目的は一応の
成果を上げたと評価され,同疾患の発症の一次予防という観点か
ら一つの指針として平成16年6月30日付けで肺血栓塞栓症/
深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会
(平成13年結成)による肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈
血栓塞栓症)予防ガイドラインが作成発行されている」

「臨床精神科医師は,広く公刊されている『精神科治療学』,
『精神医学誌』,『臨床精神医学誌』,『精神神経学』という雑
誌から主としてその当時における精神医学の知識や情報を得てい
る」

「・・・C死亡後である平成15年7月以降相次いで・・・臨床
精神科医が主としてその知識や情報を得ていた『精神医学』や
『臨床精神医学』などの雑誌に肺血栓塞栓症に関する論文が掲載
され,その結果,遅くとも同年末ころまでには,被告病院の医師
を含む臨床精神科領域の医師の間で精神科に入院する患者につい
て,社会通念上,その身体拘束なども踏まえた治療などにより肺
血栓塞栓症が発症するとの認識を持ち得る可能性があったことが
窺われる」

「そして,新聞記事であるが,確かに,エコノミークラス症候群
が本件以前においても新聞などの記事でかなり取り上げられるこ
とがあり,また・・・,精神科病院での身体拘束を受けた患者に
ついて,突然死した新聞記事も出ている。しかし,エコノミーク
ラス症候群の発症という事実(記事)があったとしても,そこで
想定される乗客の状況,具体的には,(1)じっと動かないこと,
(2)座位による下肢の圧迫,(3)飛行中の気圧の低下による酸
素不足,(4)飛行中の低湿度による脱水と精神科病院における身
体拘束などの治療を踏まえた患者の状況との間には相違する部分
も多く,以上のことを踏まえると,エコノミークラス症候群にか
かる記事から精神科病院で身体拘束などを含めた治療にあたって
いる医師や看護師が同治療上,同趣旨の疾患が発症する可能性が
あるとの認識を持つ,また,持ち得たとまで認めることはできな
い。また,上記・・・の新聞記事であるが,同記事が被告病院を
含む精神科病院などで勤務する精神科の医師や看護師の間で認識
されたのか,また,どのような認識の変化をもたらしたのか,本
件証拠によるも必ずしも明かでないうえ,その後の平成16年1
1月に掲載された・・・新聞記事記載の事実について,日本精神
神経学会理事長の山内俊雄埼玉医大教授が『今回のような事例が
起きていることは知らなかった。』,『学会として肺塞栓症の予
防対策はしていない。』旨述べていること,また,厚生労働省の
身体拘束に関する研究班の元班長の精神科医も『これまで身体拘
束中の突然死の報告がほとんどなく,今後,対策を講じる必要が
ある。』旨述べていることを踏まえると・・・,同記事が掲載さ
れた時点において,被告病院の医師ないし看護師が精神科に入院
する患者について,その身体拘束なども踏まえた治療により肺血
栓塞栓症が発症するとの認識を持っていたり,また,社会通念上,
それを持ち得る可能性があったとまで認めることはできない」

「また,都立松沢病院の肺塞栓症の取り組みは・・・,平成14
年7月以降始まっているが,そのきっかけは東京都からの精神科
病院である松沢病院に着目して発せられた通知ではなく,傘下の
都立病院に対する通知であったことからすると,松沢病院の同時
点以降の取り組みをもって,その時点当時において,被告病院の
医師ないし看護師が精神科に入院する患者について,その身体拘
束なども踏まえた治療により肺血栓塞栓症が発症するとの認識を
持っていたり,また,社会通念上,それを持ち得る可能性があっ
たとまで認めることはできない」

「そうすると,原告らの本件当時,被告病院の医師を含む精神科
医療の領域の医師ないし看護師においても,長期臥床と脱水など
が原因となって肺血栓症が発症し得ることの知見ないし予見を持
つべき注意義務があった旨の主張は理由がない。したがって,同
注意義務違反を前提とする原告らの主張はいずれも理由がない」

■初回入院時における点滴の必要性について

「Cは,初回入院の数日前から精神症状が悪化して食事も水分も
取らないようになり,また,全くの不眠となり,私が悪いと自己
を責め続け,焦燥,興奮が強くなったこともあって初回入院となっ
た」

「D医師は,初回入院時,Cに対する視診,問診,家族の話など
・・・を総合して重症うつ病と診断した」

「Cは,初回入院時,別紙薬剤表記載のとおりの投薬を受け,大
声で叫ぶようなことはなくなったが,食事や水分摂取はほとんど
できないような状況で,診察時の問診にも答えることがなく,意
思疎通も困難を極めた。また,内服薬の服用も自発的にすること
は難しく,看護師がその服用をさせる際にも難しいことが多かっ
た」

「ところで,D医師は,初回入院中の4月16日以降,Cの白血
球の数値は正常の範囲ではあったが,持続的に血尿が認められた
り,また,発熱や頚部硬直が認められたため,髄膜炎(内科的疾
患)を疑い,また,持続的に認められる血尿に対する診断・治療
の必要性を考え,K病院への転院を考え,C及びその夫(原告A)
らにその旨説明をし,同人らの承諾を得たうえで4月20日,C
を同病院に転院させた」

「Cは,K病院でルンバール検査(髄膜炎検査)を受けたところ,
脳骨髄液に異常がなかったため,髄膜炎が否定され,また,腹部
エコー検査の結果,水腎症もなかったため,持続的血尿もバルー
ンカテーテルの施行留置などに伴うものでないとの診断を受け,
すぐに泌尿器科で対応しなければならない疾患があるとは判断さ
れなかった。また,同入院中に取られた胸部X線写真でも特に異
常所見は認められず,心電図検査でも正常範囲内の心電図結果で
あった」

「ところで,K病院入院中,被告病院で投与されていた薬が中止
されていたこともあって,Cの体動は著明で,鎮静がはかれず,
睡眠障害や不穏状態の時も多くあり,4月22日にはCは,ソル
デム3AG(電解質輸液薬)に係る点滴を自己抜去したり,モニ
ターの装着を拒否したり,また,導尿のための留置バルーンカテー
テルも自己抜去したりしたことがあった。また,同日には幻覚,
被害妄想ともいうべき『ヘリコプターから見られてる。』『私の
考えている事,全部知られてる。』『テレビのリモコンが盗聴器
である。』旨の発言もあった」

「なお,K病院でも脱水防止のため,ソルデム3AGが4月20
日には1000ccが,同月21日には2000ccが投与され,
同月22日にも2000ccが予定されていたが,上記自己抜去
のため,全量は投与されなかった」

「K病院の医師は,上記のとおりCに対する内科的疾患の可能性
が否定などされたこともあって,原告Aらに対し,被告病院への
転院の話をしたりしたが,同原告らは,被告病院の看護師らのC
に対する内服薬の投与の仕方や血尿が認められた際の対応に不満
があったこともあって,被告病院ではなくJ病院への転院を望む
こともあったが,最終的には被告病院への転院を承諾したため,
Cは,同月22日,再び,被告病院に入院(本件入院)すること
となった」

「D医師は,本件入院後,Cが家族の勧めなどに応じて牛乳やジュー
スなどを自ら採ることができるようになってきていたが,Cの食
事及び水分の摂取量が別紙服薬状況等一覧表記載のとおり食事も
水分摂取(なお,水分補給は1日あたり2000cc以上を想定
していた。)も不足していたため,水分補給と栄養補給の趣旨で
(1)4月23日午前10時25分から同月24日午前11時まで,
(2)同日午後10時から同月25日のCの心肺停止状態が発見さ
れたときまでの2回,点滴を行うこととした。また,K病院入院
中に・・・Cに幻覚,被害妄想と思われる発言があったが,Cの
服薬状況も同一覧表記載のとおりであったところ,当初からの重
症うつ病が継続しているとの判断から,別紙薬剤表記載のとおり
抗うつ剤であるトリプタノールの経口服用量が不足していると思
われたため,それを補う趣旨で4月23日以降,同点滴の際に同
表記載のとおり抗うつ剤アナフラニールを投与した。なお,一般
的に脱水症状が進むと,腎機能などに問題を生じ,合併症を併発
する危険性が高くなる」

「Cは,本件入院後,初回入院時に認められた覚せい(反応)不
十分な状態,過睡眠とは相違して4月23日,同月24日,朝に
は覚せいしないことがあったり,看護師の呼びかけに反応がなかっ
たりしたことがあったが活動的になってきており,日中,家族,
特に,E,原告Aと自然な会話を交わしたり意思疎通が徐々にで
はあるができてきているような状況で,意識障害が疑われる様な
状態はなかった」

「D医師は,Cの4月22日,同月23日,うつ病が改善傾向に
あり,活動性が高まってきていることを踏まえ,日中に点滴をす
ると同点滴中,臥床することになるため,それを避け,また,意
思疎通もできてきた家族とできるだけ日中一緒に生活をしてもら
うことがうつ病の改善につながると判断して,より家族との面接
がしやすい部屋への転室とともに夜間に点滴を行うこととして,
同日には寝ている間の午後10時から行うこととした」

「ところで,D医師は,本件入院した当初,家族に入院は3か月
の見込みで,内服で治療開始し,なるべく点滴,抑制,バルーン
の留置を避ける旨,また,その当時,Cの興奮状態が認められた
こともあって,家族の介助ができない場合は抑制する旨説明した」

「うつ病に対しては抗うつ剤を投与することが不可欠で,その投
与量も有害作用がない限り,最も推奨される量まで増量し,その
薬物が無効と判断されるまで,少なくとも4〜5週間その量を維
持することが相当である」

「ところで,アナフラニール(注射液)は精神科領域におけるう
つ病,うつ状態に効能効果がある抗うつ剤で,1日1回1アンプ
ルを点滴静注し,その後漸増し,1回3アンプルまで投与するこ
とができるとされ,それによる副作用としては,ショックや悪性
症候群などが想定されているが,意識障害はその薬剤情報には記
載されていない。しかし,厚生労働省には平成17年度以降アナ
フラニールによる副作用情報として,同年度に意識レベルの低下
と傾眠が各1件,平成18年度に傾眠が各報告されている」

「我が国においては経口以外で投与できる抗うつ剤はアナフラニー
ル以外認められていない」

「なお,初回入院時にCに投与されたワイパックス錠(ロラゼパ
ム)についても厚生労働省に平成16年度以降副作用情報として,
同年度に意識レベルの低下,嚥下障害などが1件,平成17年度
に意識レベルの低下が1件報告されている」

「原告らは,本件入院時における点滴はCに不必要であった旨主
張する。確かに,Cは,本件入院時,家族との意思疎通も徐々に
ではあるができるようになり,家族の勧めなどに応じて牛乳やジュー
スなどを自ら採ることができるようになってきていた。しかし,
本件入院時における食事及び水分の摂取量は別紙服薬状況等一覧
表記載のとおり(ただし,4月22日は,同記載の他,被告病院
転院までにK病院でおにぎり2個,お茶を少し飲んでいる。)で
あるところ,同摂取水分量はCのような成人女子が取らなければ
ならない摂取量(1日当たり2000cc以上)からすると,非
常に少なく,そのままでは脱水状態に陥り,合併症を併発する危
険性があり,また,食事量も少なく,身体を維持すべき栄養摂取
量としても非常に懸念されるような状況であった。以上のような
状況を踏まえると,D医師が本件入院時にCに対して行った点滴
はそれが不必要であったということはできず,かえって,必要な
処置であったと推認される」

「そうすると,原告らの本件入院時における点滴がCに不必要で
あったとの主張は理由がないといわなければならない」

■アナフラニールの点滴の必要性について

「原告らは,本件入院時におけるアナフラニールの点滴はCに不
必要であった旨主張する」

「しかし,Cに上記被害妄想などが伴った場合,それによって当
然にうつ病が否定されるわけではないうえ,本件入院時における
Cの症状は初回入院時におけるうつ病の症状も呈しており,D医
師も現に,それらのことを踏まえて本件入院時におけるCの症状
について,精神病症状を伴ったうつ病との診断をして抗うつ剤と
抗精神病薬(リントン,PZC)の併用投与を行っている。とこ
ろで,初回入院時におけるCの覚せい(反応)不十分な状態とそ
の原因であるが,確かに・・・,アナフラニールの投与によって
意識レベルの低下が発生したとの厚生労働省による薬剤情報があ
るが,ワイパックスについても同趣旨の薬剤情報があり,それに
本件入院時における薬剤の投与状況(ワイパックスは大幅減量し,
その後中止。アナフラニールはそのまま継続投与)とCの本件入
院時の状況(初回入院時に認められた長時間にわたって覚せい
(反応)不十分な状態が本件入院時に認められず,意識障害も認
められない。)に証人Dのそれにかかる証言を踏まえると,アナ
フラニールではなく鎮静剤(ワイパックス)による過鎮静・過睡
眠の可能性が高く,意識障害があったとは考えがたい。・・・本
件入院時,Cにとってアナフラニールの点滴は不必要であったと
認めることはできず,かえって,必要であったことが推認される」

「そうすると,原告らの本件入院時におけるCに対するアナフラ
ニールの投与が不必要であったとの主張は理由がないといわなけ
ればならない」

■身体拘束の必要性にについて

「原告らは,本件入院時における身体拘束はCに不必要であった
旨主張する。確かに・・・法令などで規定されているとおり,精
神科病院で入院中の患者に対する身体拘束は患者に自殺企図や自
傷行為などの危険が認められる場合など,やむを得ない処置とし
て許容されているに過ぎないし,同身体拘束中は原則として常時
臨床的観察を行い,適切な医療及び保護を確保しなければならな
いとされている」

「ところで,Cに対する点滴治療のための身体拘束であるが,平
成12年7月,厚生省は『生命維持のために必要な医療行為のた
めに短時間の身体固定をすることは,指定医の診察を必要とする
身体拘束には当たりません。ただし,長時間にわたって継続して
行う場合は,身体拘束として精神保健指定医の診察及び診療録へ
の記載を要します。』と回答しているところ,同回答からすると
Cに対する同身体拘束が精神保健福祉法36条,37条1項に基
づいて厚生大臣が定めた処遇の基準でいう身体拘束に当たるのか
疑義の生じるところである」

「そこで,本件であるが,Cは,本件入院時,被告病院の医師や
看護師などのスタッフに対して拒絶的な態度を示すこともあった
が,上記認定したとおり家族との間では徐々に意思疎通ができる
ような状況となってきていたし,家族の勧めもあって薬を経口服
薬し,食事もとるようになってきていた。D医師は,Cの4月2
2日,同月23日のうつ病が改善傾向にあり,活動性が高まって
きたことを踏まえ,日中に点滴をすると同点滴中,臥床すること
になるため,それを避け,また,意思疎通もできてきた家族とで
きるだけ日中一緒に生活をしてもらうことがうつ病の改善につな
がると判断して,より家族との面接がしやすい部屋への転室とと
もに夜間に点滴を行うこととして,同月24日には寝ている間の
午後10時から行うこととしたが,その判断は医師の裁量の範囲
内のものであって,法的に問題となるものではない。そこで,C
に対する夜間の点滴の際の身体拘束であるが,Cは,本件入院直
前のK病院で入院していた際,点滴及びバルーンカテーテルを自
己抜去したことがあり,また,本件入院時の4月24日午前11
時ころにも点滴を自己抜去したことがあったところ,以上の事実
を踏まえると,Cに対して夜間点滴を行った場合,点滴の自己抜
去をする可能性が想定されたこと,点滴の自己抜去は太い血管に
貫通した針を無造作に引き抜くものであって,非常に危険な行為
であること,D医師は,点滴の自己抜去を防止する意図でCに対
する本件入院中の身体拘束を行ったことが推認される。以上の事
実にCに対する身体拘束の程度(胴と両上肢は拘束されていたが,
その拘束状態は緩やかな抑制状態であって,両下肢は自由であっ
たこと)を総合すると,D医師がCに対して行った上記身体拘束
は不必要であったと認めることはできず,かえって,必要であっ
たことが推認される」

「そうすると,原告らの本件入院時におけるCに対する身体拘束
が不必要であったとの主張は理由がないといわなければならない」

■バイタルチェックやCに対する頻回の観察を行うべき注意義務
について

「原告らは,本件入院時,CのバイタルチェックやCに対する頻
回の観察を行うべき注意義務を怠った旨主張するので,この点に
ついて検討する」

「確かに,被告病院では本件入院以後,Cに対してバイタルチェッ
クをしていないし,パルスオキシメーターによる経皮的酸素飽和
度の測定もしていないし,心臓モニターを装着していないし,ま
た,本件保護室に入室した後,医師は,同部屋に訪室して診察す
ることも含めて診察していなかった。しかし,Cは,本件入院の
直前に入院していたK病院で髄膜炎などの内科的疾患の存在につ
いて否定され,また,同入院中に取られた胸部X線写真でも特に
異常所見が認められず,心電図検査も正常範囲内の心電図であっ
たうえ,本件全証拠によるも,本件入院時,Cに心臓疾患や呼吸
器疾患を疑わせるような徴候も認められなかったし,本件保護室
へ入室した以降のCの状況・・・を踏まえると,被告病院で本件
入院以後,Cに対するバイタルチェックをしていないこと,パル
スオキシメーターによる経皮的酸素飽和度の測定をしていないこ
と,心臓モニターを装着してないこと,また,本件保護室に入室
した後,医師は,同部屋に訪室して診察することも含めて診察を
していないことをもって直ちに違法とまでいえるか,疑問」

「また,看護師のCに対する観察状況・・・についてもCの同身
体状況(K病院で髄膜炎などの内科的疾患について否定されてい
ること,本件入院の際,Cに心臓疾患や呼吸器疾患を疑わせるよ
うな徴候は認められなかったことなど)に同部屋を訪室した際の
Cの状況を踏まえると,Cに対する頻回の観察を行わなかったと
まで認めることができず,その他,それを認めるに足りる証拠は
なく,かえって,被告病院の看護師らは,常時の臨床的観察とし
て相当な範囲の経過観察を行っていたというべき」

「ところで,原告らは,その記載の体裁などから4月25日以降
の本件保護室への訪室部分に該当する看護記録について後日書き
加えられた可能性が高く,信用性がない旨主張するところ,確か
に,証拠によれば,同部分を含む4月25日以降の記録は訪室の
都度記載されたものではなく,Cの心臓停止が起こった後の同日
午前10時ころないしそれ以降に記載されたことが認められるが,
同事後に記載されたからといって直ちにその記載に信用性がない
とまでいえず,かえって,同各記載と証拠を踏まえると,同各記
載内容は信用できる。そうすると,原告らの同主張は理由がない」

■看護実践内容の不履行

「原告らは,看護師は・・・,精神科看護領域の看護業務基準を
踏まえ,本件看護実践内容を行うべきところ,Cを担当していた
看護師は,同内容を履行しなかったため,Cが無用な身体拘束を
受け,また,人格権を侵害され,その結果,精神的苦痛を被った
旨主張する」

「初回入院時,Cの家族は,急激に症状が進展して初回入院になっ
たこともあって,毎日,Cの面会に訪れ,Cの様子を心配して見
ていた。なお,D医師から『面会は週2・3回でいいですよ。』
と言われたこともあったが,その趣旨は週2・3回に面会を制限
する趣旨ではなかった。4月16日,Cに対して導尿のため,バ
ルーンカテーテルが留置されるようになったが,その日からCに
色の濃い血尿が認めらるようになり,それが継続するようになっ
た。家族は,同血尿に対して特にその原因を解明するための措置
や改善をはかる処置もなかったため,導尿,血尿に対する処置に
ついて疑問を抱いていた。さらに,上記入院したK病院でもバルー
ンカテーテルが留置されていたところ,そこでは洗浄,消毒がな
されていたのに,被告病院ではそれがなされなかったとの思いも
あって,被告病院での導尿,血尿に対する処置について不適切な
処置であったのではないかとの疑問を抱いていた」

「また,看護師は,Cに薬を飲ませる際,覚せいが不十分であっ
たのに経口投与し,その際,吸い口で水を飲ませたりしていたが,
Cが咳き込んだり,口の中で薬が層になって貯まっていたりした
こともあったため,家族は,看護師の薬の投与の仕方について不
満とともに疑問を抱いていた。そして,Cの口の周りが汚く,口
の中も汚かったため,家族は,Cの歯を磨いたりしてきれいにし
ていたが,看護師がCの身の回りの処置を適切にしないとして不
満を抱いていた。さらに,4月18日,Cの右ほほ,右手の指が
腫れていたが看護師らはそれに気づかないと家族は不満を抱いた
ことがあった」

「本件入院時,Cの症状は興奮が激しく,状態が悪かった。しか
し,同入院後,数日して家族とは普通の会話ができたりすること
もあり,徐々に意思疎通をとることもできるようになってきてい
た」

「しかし,Cは,本件入院当初から,家族と話をしていても,看
護師がその場に行くと,看護師に顔を背けたり,横を向いたり拒
否的な対応を取ることが多かった。D医師は,4月24日には,
それまでのCの看護師らに対する明示的な拒否的対応から,ナー
スステーションの話し声や職員の動きも被害妄想の対象になって
いる可能性が大きいとの判断から本件保護室への転室を実施して
いる。看護師とCとはCの上記対応もあって,意思疎通をするこ
とが難しいような状況であった」

「看護師は,4月25日午前6時48分,Cの呼吸が停止してい
ることを発見した際,直ちに当直医師の呼出をするとともに,被
告病院医師及び看護師は,その発見後5分以内にCにモニター装
着をし,また,心マッサージ及びアンビューバッグによる換気の
施行,点滴ルートの確保,昇圧剤投与がなされている。また,K
病院にも速やかに連絡がなされ,同日7時23分には被告病院を
出発してK病院への搬送措置がとられた」

「家族は,初回入院時にも看護師のCに対する対応に不満を持っ
ていたが,本件入院時以降,更にその不満とともに不信感を増長
させていた」

「ところで,被告病院の看護師を含む精神科領域の診療に関与す
る看護師は,原告らが指摘するように・・・精神科看護領域の看
護業務基準を踏まえ,本件看護実践内容を行うべきことが抽象的
には要請されているが,同内容は同看護の指針として述べられて
いるもので,それに違反したからといって法的に直ちに違法とな
るものではないが,同内容は個々具体的な看護師の行為の違法性
判断の要因になることはいうまでもない」

「そこで,被告病院の看護師の上記認定した行為などを踏まえて
その看護に違法な行為があったか検討することとする」

「Cの家族である原告A及びEは,被告病院でのCの治療に対し
て,Cを保護し,Cを受容する姿勢を持ち,その支援の姿勢を見
せていたところ,同病院の看護師との間では・・・初回入院時か
らCへの投薬の仕方,身の回りのことへの対応,バルーンカテー
テルによる導尿,血尿への対応などで行き違いを生じ,初回入院
の短期間の間に看護師らのCに対する対応への不満とともに看護
師らに対する不信感を募らせている。また,適切,的確な投薬は,
治療,看護の基本的事項であり,清潔な状況下で治療を受けるこ
と及び自己への治療行為の安全性についての疑問解消は患者の医
療機関に対する基本的な要求であるところ,同不満及び不信感は,
治療,看護の基本的な事項及び医療機関に対する基本的な要求に
関する不満,不信感であるといえる。そして,C自身も初回入院
時はその後半,覚せいが不十分であったことから顕在化すること
はなかったと推測されるが,本件入院時は看護師に対して明示的
に拒否的な行動を取るようになっている」

「Cの治療,看護に当たって,被告病院の医師や看護師は,必ず
しもその家族の気に入られるような治療や看護をしなければなら
ないことはなく,Cの症状などに照らして必要で,かつ,適切な
治療,看護をすべきことはいうまでもないが,精神科の治療,看
護の場合,それ以外の診療科の治療,看護とは相違して,患者と
の意思疎通が難しい場合も多く,また,患者に対して興奮状態や
自損行為などを押さえるため身体拘束などをしなければならない
場合もあるため,患者の人格(人権)や家族との円滑な関係に配
慮しなければならない場合も多い。特に,家族がその治療に対し
て積極的に関与する姿勢を示し,それが一定の効果をもたらすこ
と(例えば,患者に安心感などを与える。)が想定される場合に
は治療,看護に当たって家族への配慮も必要不可欠である。しか
し,被告病院の看護師は,初回入院の当初から原告AないしEら
の医療機関に対する基本的な要求に関する不満,不信感を契機と
して同人らとの良好な関係がとれていなかったうえ・・・,その
関係は入院が進むにしたがってより悪化の状況を呈し,それがC
の看護師に対する拒否的態度にも出てきたり,また,Cへの治療
ないしその効果にも悪影響をもたらしていたことが強く窺われる」

「また,Cは,食事や水分の摂取が極めて不十分で,そのことに
問題があったため,看護師としては,Cの生命の保持などから点
滴などを通した栄養状況の確保とともに脱水防止を第一義に考え
なければならなかったことはいうまでもないが,Cに対する経口
服薬の際,それが口の中に薬が残っていないか確認することは容
易であるのにそのようなこともなされず,そして,Cの口の周り
や体を清潔に保ったりすることも口の周りを拭いてやったり,体
を拭いてやったりすることも容易であるのにそのようなことも余
りなされていないし,バルーンカテーテルの導入により血尿が生
じたのに,それに対してその原因解明や改善のための処置がなさ
れていないなど病人である前に人間としてのCの人格への配慮に
問題を残している。以上のことを踏まえると,Cに対する看護の
側面において,上記認定したとおり一部不適切な違法ともいうべ
き行為が認められ,その結果,Cに対して精神的苦痛を与えたこ
とが推認される」

「上記Cが被った精神的苦痛を金銭的に評価すると100万円が
相当である」

■インフォームドコンセントについて

「原告らは,医療機関が治療のために患者の身体に侵襲を加えよ
うとする場合には,そのような侵襲が必要不可欠なものであるこ
とを患者が理解し,これに同意すること,いわゆるインフォーム
ドコンセントを得ることが必要であるところ,Cのような医療保
護入院患者の場合には,保護者である原告Aが,Cが受ける治療
の意味と危険性を理解し,これに同意することが必要であったの
に,被告病院においては医師が一方的に決定した方針に基づき治
療が進められており,Cや原告Aの理解と同意を得て治療・看護
が行われていたとはいえない旨主張する」

「原告AとEは,初回入院時,本件入院時,少なくともいずれか
1人が毎日Cの面会をしていたところ,D医師を含む被告病院の
医師や看護師は,初回入院時,本件入院時,原告AやEから質問
を受けた際にはそれに対して応答していた」

「D医師は,初回入院時の4月14日,原告AとEに対し,『現
時点では,言語による疎通とれず苦悶状態で叫声をあげる状態。
1週間後に面談して経過と今後の方針を説明する。』旨説明をし
た。また,D医師は,同月15日も原告AとEに面談し,同月1
7日にはG医師が原告AとEからCの状態説明を求められたため,
『動けない状態について,基本的には精神的な病気のせい,薬の
影響もあるかもしれない。入院したときのような焦燥ないのでゆっ
くり休めてきている印象があるが,重症なので,油断は禁物,身
体的にも要注意。身体拘束はずせないかについて,可能な限りは
ずすようにしてます。しかし,拘束していた方が安全と判断され
る場合は続けることにしております。薬は入っているのかについ
て,経口薬は入っているように思います。』との説明をしている。
また,同月18日もG医師,看護師が原告Aに対し,『病気(う
つ病)は重症で,今は薬の効果がでるまで身体的な面や薬での鎮
静具合など色々なことを考えあわせながら,しのいでいくことが
必要な時期。今のところ,ここで身体的な面も含めてここでみら
れると判断するが,場合によっては身体科の病院に搬送すること
もありえる。』旨説明をした」

「D医師は,本件入院時・・・4月24日にも原告AとEに対し,
『現在,点滴に抗うつ剤を入れて点滴→内服に切りかえていると
ころ。食事,内服が入らない状態が長びくようであれば,電気治
療を行って,回復を早めた方が良い。』と伝え,電気治療につい
て説明をした。また,同日,『保護室5号への転室。10時→1
6時開放。ゴールデンウィーク中は日中家族になるべく面会に来
てもらい,経口摂取,服薬促してもらう。22時→6時抑制下で
点滴1000ml。』についても説明をし,その了解を受けると
ともにCにも同転室などについて説明をしている。また,看護師
も4月23日,Eから経口投与に係る質問について主治医に聞く
よう,また,洗面・歯磨きなどに係る質問について,『朝タオル
で顔をふいている,歯磨きまではできてないと思うが,含嗽はし
ている。』旨説明をしている」

「原告Aは,Cの診療に関して,原告A本人尋問の際,上記・・
・内容全てについて説明を受けたという認識を持っていなかった」

「そこで,検討するに,確かに,原告Aは,Cの診療に関して,
本人尋問の際,上記・・・内容全てについて説明を受けたという
認識を持っていなかった。しかし,Cの3月以降の突然の症状の
発現,悪化,初回入院,K病院への転院,本件入院,そして4月
25日の心停止,K病院への再入院後の5月1日の死亡という経
過を踏まえると,原告AやEが被告病院での上記・・・説明を記
憶していなかったとしても,不自然なことではなく,それによっ
て説明がなかったとも言えず,また,同各説明に対して了解して
いなかったとも言えない。かえって,同各説明内容からすると,
被告病院のD医師らの説明には,説明義務違反とまで認めること
はできず,Cの診療に必要な説明がなされたことが推認される。
現に,原告Aも本人尋問の中でD医師の本件入院時の際の説明事
項について,上記認定したような説明がなされたとすると,十分
な説明がなされたものと受け止める旨の供述をしている」

「そうすると,原告らの説明義務違反の主張は理由がないといわ
なければならない」

■判決主文

1 被告は,原告Aに対し,82万5000円,原告Bに対し,2
7万5000円及びこれらに対する平成15年5月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を各支払え。

2 原告らのその余の請求を棄却する。

<以下略>