判例速報
今回は,大動脈弁閉鎖不全のためA大学医学部附属病院に入院 して大動脈弁置換術を受けたBが本件手術の翌日に死亡したこと について,Bの相続人である被上告人らが,本件手術についての チーム医療の総責任者であり,かつ,本件手術を執刀した医師で ある上告人に対し,本件手術についての説明義務違反があったこ と等を理由として,不法行為に基づく損害賠償を請求した事案の 最高裁判決です。 ■年月日・裁判所 H20.4.24 最高裁第一小法廷判決 平成18年(受)第1632号 損害賠償請求事件 (医師の説明義務違反) ■当事者 ・ 被上告人X はB(昭和7年生まれ)の妻であり,被上告人X 2及び被上告人X3はいずれもBの子。 ・上告人は,平成11年9月当時,A大学医学部心臓外科教室の 教授の地位にあり,本件病院において心臓外科を担当していた医 師である。Cは,その当時,A大学医学部心臓外科助手(病院講 師)として,本件病院において心臓外科を担当していた医師。 ■診療経過 ・Bは,平成11年1月,近隣の病院で受けた心臓カテーテル検 査の結果,大動脈弁狭さく及び大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁 置換術が必要であると診断された。 ・9月ころ,手術を受ける決心をし,9月20日,紹介された本 件病院の心臓外科に入院。 ・C医師がBの主治医となった。 ・9月25日まで術前の諸検査を実施。本件病院の心臓外科は, 上記諸検査を踏まえたカンファレンスにおいて,大動脈弁置換術 の手術適応を確認するとともに,D医師を執刀者とすることを決 定。 ・9月27日,C医師は,B及び被上告人らに対し,翌28日に 予定された本件手術の必要性,内容,危険性等について説明。 ・9月27日午後5時ころ,上告人は,C医師に対し,本件手術 においては上告人自らが執刀者となる旨を伝えた。上告人自身は, B又は被上告人らに対し,本件手術について説明をしたことはな かった。 ・9月28日午前10時10分ころ,本件手術が開始され,当初 はC医師が執刀。 ・午前10時45分に体外循環が始められた後,上告人が術者, C医師及びD医師らが助手となって本件手術が進められた。 ・切開後の所見によれば,Bの大動脈壁は,通常の大動脈壁と比 較して,薄く,ぜい弱であった。上告人は,人工弁を縫着して大 動脈壁の縫合閉鎖をし,午後1時3分に大動脈遮断を解除し,体 外循環からの離脱を図ろうとして徐々に血圧を上げたところ,大 動脈壁の縫合部から出血があり,縫合を追加しても次から次へと 出血があった。追加縫合を反復してようやく出血が止まった。 ・午後3時ころ,上告人は手術室を退室。 ・その後,D医師,E医師が術者となって本件手術が続けられた。 ・午後5時ころ,C医師は,待機している被上告人らへの説明の ため一時手術室を退室し,被上告人らに対し,「予想以上にBの 血管がもろくて,縫合部から出血が続いている。」と説明して再 び手術に加わった。 ・午後5時に大動脈遮断がされた後,人工血管パッチが大動脈へ 縫着され,午後6時50分に大動脈遮断解除。 ・午後9時20分ころ,上告人は,体外循環からの離脱が難かし い旨の連絡を受け,手術室に戻った。Bは補助循環を止めると右 室機能の低下が起きる状態にあり,右冠状動脈の閉そくによる心 筋こうそくが疑われた。 ・午後10時36分ころからE医師らにより大動脈冠状動脈バイ パス術が開始された。この時点で,上告人は,手術室を退室した。 Bは,バイパス術の終了後,体外循環から離脱することができた が,循環不全を克服することができなかった。 ・9月29日午後2時34分ころ死亡。 ■原審の判断 「本件においては,(1)臨床的には,大動脈の拡大があれば大動脈 壁がぜい弱であるとの推測が可能であるとされていること,(2)大 動脈壁ぜい弱化の原因となる大動脈中膜の退行性変性を来す要因 として,加齢,大動脈弁閉鎖不全,高血圧,粘液状弁等があるこ と,(3)大動脈が薄く,ぜい弱な症例は,高齢者の大動脈弁閉鎖不 全,特に上行大動脈が拡大している場合に,かなりの頻度で見ら れること,(4)大動脈弁置換術の縫合部からの中等度又は重度の出 血は,大動脈壁が薄く,中膜の退行性変性があると推測される症 例で起こりやすいとされていること,(5)本件手術当時,Bは,高 血圧症,脳こうそく,高脂血症の既往症のある67歳の男性であ り,大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁置換術が必要であると診断 されていたこと,(6)Bに対する術前の胸部レントゲン撮影の結果 及びCT像は,Bの胸部大動脈が全体に拡張及び延長しているこ とを示していたこと,(7)平成11年1月29日にF病院で実施さ れた心臓カテーテル検査の結果からみて,Bの左室は相当弱って おり,同時点で既に心不全の状態であったことなどの事実が認め られ,これらの事実からすれば,上告人自身,本件手術前のBの 大動脈弁閉鎖不全の状態が重症であることを認識していたことが 認められる」 「上記各事実に照らせば,本件病院におけるチーム医療の総責任 者であり,かつ,実際に本件手術を執刀することとなった上告人 には,B又はその家族である被上告人らに対し,Bの症状が重症 であり,かつ,Bの大動脈壁がぜい弱である可能性も相当程度あ るため,場合によっては重度の出血が起こり,バイパス術の選択 を含めた深刻な事態が起こる可能性もあり得ることを説明すべき 義務があったというべきである。にもかかわらず,上告人は,大 動脈壁のぜい弱性について説明したことはなかったことを自認し ているものであり,上記説明をしなかった上告人には,信義則上 の説明義務違反があったというべき」 ■最高裁の判断 「一般に,チーム医療として手術が行われる場合,チーム医療の 総責任者は,条理上,患者やその家族に対し,手術の必要性,内 容,危険性等についての説明が十分に行われるように配慮すべき 義務を有するものというべきである。しかし,チーム医療の総責 任者は,上記説明を常に自ら行わなければならないものではなく, 手術に至るまで患者の診療に当たってきた主治医が上記説明をす るのに十分な知識,経験を有している場合には,主治医に上記説 明をゆだね,自らは必要に応じて主治医を指導,監督するにとど めることも許されるものと解される。そうすると,チーム医療の 総責任者は,主治医の説明が十分なものであれば,自ら説明しな かったことを理由に説明義務違反の不法行為責任を負うことはな いというべきである。また,主治医の上記説明が不十分なもので あったとしても,当該主治医が上記説明をするのに十分な知識, 経験を有し,チーム医療の総責任者が必要に応じて当該主治医を 指導,監督していた場合には,同総責任者は説明義務違反の不法 行為責任を負わないというべきである。このことは,チーム医療 の総責任者が手術の執刀者であったとしても,変わるところはな い」 「これを本件についてみると,前記事実関係によれば,上告人は 自らB又はその家族に対し,本件手術の必要性,内容,危険性等 についての説明をしたことはなかったが,主治医であるC医師が 上記説明をしたというのであるから,C医師の説明が十分なもの であれば,上告人が説明義務違反の不法行為責任を負うことはな いし,C医師の説明が不十分なものであったとしても,C医師が 上記説明をするのに十分な知識,経験を有し,上告人が必要に応 じてC医師を指導,監督していた場合には,上告人は説明義務違 反の不法行為責任を負わないというべきである。ところが,原審 は,C医師の具体的な説明内容,知識,経験,C医師に対する上 告人の指導,監督の内容等について審理,判断することなく,上 告人が自らBの大動脈壁のぜい弱性について説明したことがなかっ たというだけで上告人の説明義務違反を理由とする不法行為責任 を認めたものであるから,原審の判断には法令の解釈を誤った違 法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らか」 「 以上によれば,論旨は理由があり,原判決のうち上告人の敗訴 部分は破棄を免れない。そして,C医師の説明内容,C医師が本 件手術の必要性,内容,危険性等について説明をするのに十分な 知識,経験を有していたか等について更に審理を尽くさせるため, 同部分につき本件を原審に差し戻すこととする」 ■判決主文 原判決のうち上告人の敗訴部分を破棄する。 前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。