判例速報

 今回は、原告が、被告が開設・運営する甲病院において、子宮
筋腫に対する腹式子宮全摘出術を受けた際、被告病院担当医師が、
硬膜外麻酔を施行するため注射針を刺入したところ、第三腰椎神
経根を損傷し、その結果、反射性交感神経性ジストロフィー(RS
D)を発症し、注射針刺入の際の手技上の過失及び硬膜外麻酔に関
する説明義務違反があったとして、損害賠償請求をした事案です。

■年月日・裁判所
H20.5.9 東京地裁平成17年(ワ)第3号 損害賠償請求事件(医療過誤)

■当事者

・原告は、昭和28年生まれの女性。被告病院入院前には、世田
谷区立幼稚園において教育嘱託員として勤務するほか、体育指導
のボランティア活動等を行っていた。

・被告は、東京都世田谷区において、被告病院を開設・運営する
社団法人。A医師は、本件手術の際に、硬膜外麻酔を施行した被
告病院麻酔科医師であり、B医師は、本件手術に際しての原告の
主治医であった産婦人科医師。

■診療経過

・原告は、平成10年7月ころ、世田谷区が行った健康診断にお
いて貧血を指摘され、子宮筋腫であるとの診断を受けた。その後、
貧血に対する内服治療等を続けていたが、改善は見られず、月経
や出血も多くなったため、10月9日にG小児科(G医師)を受
診するほか、数件の病院を受診した。原告は、いずれの病院にお
いても、貧血は子宮筋腫による出血が原因と考えられるため、子
宮摘出術が必要であるとの説明を受けた。原告は、知人の紹介に
よりH医院を受診し、被告病院医師でもあるC医師の診察を受け、
その勧めにより、被告病院を受診することとした。

・平成10年11月12日、被告病院産婦人科を受診。診察に当
たったC医師は、原告について、子宮筋腫、貧血、子宮腺筋症及
び頸管ポリープと診断した。原告は、C医師に対し、以前に筋弛
緩剤を摂取したことによって2、3日間立てない状態になったこ
とがあるため、手術の際に使用する麻酔薬に対して不安を持って
いることを伝えたところ、同医師は、被告病院麻酔科のA医師に
電話で確認した上、特に検査の必要はないとして、詳しいことは
後日麻酔科医師から説明がされると説明した。同日、原告は、被
告病院で手術を受けることとし、11月22日に入院して24日
に手術をするとの予約をし、11月19日、被告病院において検
査を受けた。

・11月22日、被告病院に入院した。原告は、看護師に対し、
筋弛緩剤を摂取したことによって2、3日間立てない状態になっ
たことや、セデス(鎮痛剤)を摂取したことによって筋肉がつっ
た状態となったことを伝え、手術の際に使用する麻酔薬に対して
不安を持っていることを伝えた。原告は、麻酔問診票に、喘息、
そば、たばこ、豚肉に対するアレルギーがあること、じんましん
の既往があること、筋弛緩剤を服用して3日間起きあがれなかっ
たことがあるなどと記載した。また、原告及び夫であるIは、
「このたび、私が貴院において、手術、麻酔、処置、検査等を受
けるにあたり、担当医からその内容について十分な説明を受け、
診療上必要であることを理解しましたので、その実施を承諾しま
す。」との記載がある承諾書に署名・押印をしたものの、実際に
は同日までに、被告病院の担当医師及び麻酔科医師からの説明は
されていなかった。原告は、入院時に、被告病院から「手術を受
けられる方へ」と題する書面の交付を受けた。同書面には、「あ
なたの手術は11月24日3番目に予定されています。」、「家
族‐11頃」、「麻酔は手術前日の麻酔医診察後に決定します。
*全身麻酔…眠っている状態で痛みは感じません。*腰椎麻酔…
下半身は麻痺しますが意識はあります。」等の記載があった。

・11月23日、C医師の診察を受け、術前の検査を受けた。そ
の際に、原告は、麻酔薬に対する不安を訴えたが、同医師は、麻
酔薬については、麻酔科医師から説明がされるなどと述べた。原
告は、同日、看護師に対しても、担当医師からの説明がないため、
麻酔薬に対して不安があるなどと述べたが、同日に、原告に対し
て、主治医による手術についての説明及び麻酔科医師による麻酔
に関する説明はされなかった。

・平成10年11月24日、B医師が被告病院に出勤しナースス
テーションに立ち寄ったところ、看護師から、原告が、担当医師
からの説明がないことから不安な様子を見せているとの報告を受
けた。B医師は、原告の病室を訪れ、原告に対し、入院診療計画
書に沿って、病名は子宮腺筋症、子宮頸管ポリープ、貧血及び喘
息であること、投薬によって貧血の治療を行い、開腹して子宮を
摘出する予定であること、腹式子宮全摘出術を行うが開腹時に卵
巣膿腫などの病変を認めた場合には切除する予定であること、推
定される入院期間は2週間であること、術後に月経はなくなり、
妊娠は不可能になるが、夫婦生活は可能であること、卵巣を残す
ため術後すぐには更年期障害にはならないこと等について説明を
した。

・原告は、B医師の説明が一通り終わった後に、顎をけがした際
に整形外科で筋弛緩剤を処方され1錠摂取したところ、3日間立
てない状態になったこと、セデスを摂取したことによって全身の
筋肉がつったこと、手術の際に使用する麻酔薬に対して不安を持っ
ていることを泣きながら伝え、麻酔科医師による説明があるかに
ついて尋ねた。これに対し、同医師は、麻酔科医師は既に手術に
入っているため、説明のために来室はできないことを説明すると
ともに、筋弛緩剤のエピソードに関しては、薬剤の効果の持続時
間を考えると1錠で3日間も効果が持続することは考え難く、原
告が問題とするエピソードは筋弛緩剤の効果だとは考えられない
し、本件手術の術後にはセデスを使用しないためセデスに関する
エピソードも問題とならないと考え、原告にその旨を説明した。
原告は、これらの説明を聞いても、なお不安を訴えた。

・午前10時20分、病室において、麻酔前投薬として、アトロ
ピンが投与された。

・午前10時45分、ストレッチャーに乗せられ、手術室に入室
した。A医師は、手術台に横たわった状態の原告に対し、「麻酔
担当医師のAです。」と自己紹介をした上、被告病院では子宮摘
出術に対しては、全身麻酔と硬膜外麻酔を併用して麻酔を行って
いること、硬膜外麻酔とは、背骨の中に細いカテーテルを留置し、
そこから麻酔薬を注入して、部分的に麻酔効果を得る方法である
こと、具体的方法としては、背中から針を刺して、その針を通し
てカテーテルを留置し、留置後は針を抜去する方法であること、
全身麻酔と硬膜外麻酔を併用すると、手術後の痛みが少なく、全
身麻酔に用いる薬剤の量が抑えられるという利点があることなど
を説明し、原告に対しても、全身麻酔と硬膜外麻酔を併用して麻
酔を行うことを告げた。原告は、A医師に対し、麻酔に関して心
配なことがあるので聞いてもらえるかと尋ねたところ、A医師は、
心配要りませんと返答。

・午前10時48分、A医師は原告に対し、硬膜外麻酔を施行す
るため、身体の右側を下にして横向きの体位をとり、背中を突き
出すように指示したところ、原告は、その指示に従い、横向きの
体位で背中を突き出すような姿勢をとった。A医師は、原告に横
向きの体位をとらせた後、感染防止のため、背部をイソジンで消
毒し、硬膜外針を刺す際の痛みを和らげるため、硬膜外針を穿刺
する部位である第2腰椎と第3腰椎の間に、細い針を皮膚表面及
び少し奥まで刺入し、1%キシロカインを浸潤させた。

・次に、A医師は、第2腰椎と第3腰椎の間に、硬膜外針を2な
いし3cm刺入し、針が棘上靱帯に到達した後は、ゆっくりとミリ
単位で針を進めた。その際、原告は、声をあげ、体をビクンと少
し動かしたたため、A医師がどうしたのかを尋ねたところ、原告
は、足に痺れが走ったと返答した。そのため、A医師は、すぐに
硬膜外針を抜去し、原告の状態を尋ねたところ、原告は、今は大
丈夫であると返答した。そこで、A医師は、再度、硬膜外針を穿
刺し、前回と同様にして針を進め、針を5cm程度刺入し、硬膜外
腔に針先を到達させ、硬膜外針を通してカテーテルを上向きに5
cm留置し、硬膜外針を抜去し、硬膜外麻酔の手技を終了し、10
時58分、ラリンゲルマスクを用いて、全身麻酔を導入。

・午前11時7分、C医師は、B医師を助手として、腹式子宮全
摘出術を開始し、午後0時3分、同手術は終了し、午後0時9分、
ラリンゲルマスクは抜去された。午前11時55分からは、留置
した硬膜外カテーテルからマーカイン等の硬膜外持続注入開始。
A医師は、原告に対し、2%カルボカイン(メピバカイン)を術
中に10ml(200mg)、0.25%マーカイン(ブピバカイン)
を術中から術後に合計52ml(130mg)投与したが、原告に、
アナフィラキシーショックあるいはこれに類する高度の血圧低下、
頻脈、不整脈、心電図変化、気管支痙攣等は生じなかった。

・午後0時20分に病室に帰室。その際、目を開けるとめまいが
すること、足に痺れ感があることを訴えた。

・平成10年11月25日、看護師に対し、右足の痺れは少し良
くなったと述べた。両大腿部に蕁麻疹様の発疹が認められたが、
B医師は術前からあったものと判断し、軟膏を処方。

・11月26日午前8時30分ころ、原告は、右大腿部に痺れ感
があり、立位だと右下肢に力が入らないと訴え、自力ではトイレ
まで歩行できないため、車椅子を使用することとされた。原告は、
同日午前9時に硬膜外カテーテルが抜去され、午後になって痺れ
感が軽減したと申告したが、歩行はできなかった。

・午後3時40分、原告がB医師に対し、右足(膝)に力が入ら
ないと訴え、朝は右足全体が痺れていたが、今は膝の辺りが痺れ
ていると述べたことから、B医師が診察したところ、原告の左膝
及び左右アキレス腱の反射は正常であったが、右膝の反射は減弱
していた。B医師は、A医師に対し、原告が下肢の痺れを訴えて
いることを伝えて相談をしたところ、A医師は、神経根にチュー
ブ(管)が当たっていたためと思われ、術後鎮痛のための硬膜外
持続注入を行っている患者では足の痺れを訴えることがあること
から、もう少し経過を観察するよう指示した。

・午後4時、原告は、右大腿部の感覚が無く、触っても分からな
い状態であると訴えた。担当の看護師は、脱力が著明であり、ト
イレの際にもつかまり立ちがやっとの状態であると判断した。

・11月27日午前7時ころ、原告は、右下肢の痺れが強く、夜
も眠れない状態であり、膝周囲の知覚鈍麻があると訴え、午前8
時30分ころには右腰部から足先まで痺れがあって膝が曲がらな
いと訴え、足関節の屈曲は可能であったが、右膝の屈伸はできな
い状態であった。しかし、同日午後4時ころには、原告は、歩行
器を利用して歩行することが可能となり、右腰部から足先まで痺
れがあって右膝が曲がらない状態であり、右下肢に知覚鈍麻があ
るものの、痺れ感が減少してきたと述べた。診察に当たった産婦
人科J医師は、麻酔科に対し、硬膜外チューブ抜去後、痛みが増
悪し、右下肢がほとんど動かないという原告の主訴を診察依頼票
により伝え、原告の診療を依頼した。A医師が原告を診察したと
ころ、原告は右下肢の知覚・運動低下を訴え、右膝蓋腱反射の減
弱が見られたため、同医師は、麻酔科診療録に、「診察時右下肢
知覚、運動低下、PTR(膝蓋腱反射)低下あり、硬膜外施行時
に神経根に触れたために起こったものと考えられる」などと記載
し、産婦人科に対しては、「右下肢の知覚・運動低下、PTR低
下が認められます。神経根の障害が疑われますが、硬膜外血腫、
膿瘍等を鑑別するため、整形外科受診をお願いします。神経根の
障害であるならば、リハビリ、メチコバール内服で回復すると思
います。」との回答をした。これを受けて、J医師は、整形外科
に対し、診察依頼票により、硬膜外チューブ挿入時に右下肢に電
撃痛があったこと、手術後に右下肢の痺れ及び運動力の低下があ
ることを伝え、硬膜外血腫の有無等を調べるために、原告の診察
の依頼をした。整形外科K医師が診察をしたところ、右膝の膝蓋
腱反射の減弱が見られ、右下肢の感覚減退が見られた。同医師は、
MRI検査及びレントゲン検査を行い、11月30日に再度診察
をするとの方針を立て、産婦人科に対し、「第3腰椎神経根の障
害と考えます。MRI等至急精査を要します。11/30再診さ
せてください。」との回答をした。

・11月28日午前7時ころ、原告は、痺れ感も持続しているが
減少していると訴え、スムーズではないものの介助なしで歩行で
きる状態であった。原告は、MRI検査を受けたくないとの意向
を示し、右下肢の症状は改善したとして、B医師の面前で、片足
立ちの姿勢をとってみせるなどした。また、原告は、被告病院の
医師らに対し、同検査の延期あるいは中止を求める手紙を書いた。
この手紙には、「昨日の夕方ころより序々にしびれが緩くなり右
膝にも少しずつ感覚が戻りはじめ立てるようになりました。今朝
(28日)8:00の様子は・右足を少し上挙できるようになっ
た(15cm)・ゆっくり平らな廊下を歩けるようになった・右足
を軸足として片足立ち3秒できるようになった以上のように著し
く回復いたしました。」、「今はまだ完全な回復には遠く、中腰
姿勢では全く力が入りませんし、流動的な動作には対応できませ
んが、昨日の昼からの短時間にずいぶん回復の兆しが見えてとて
も安心しました。」、「現在の右足の感覚はゆるいしびれ感と感
覚が5割程度戻ったような鈍感なだるさが少し残っているような
気がします。」などと記載されていた。

・午前10時30分ころ、原告は、車椅子でMRI室に行き、M
RI検査が開始されたが、間もなく原告は、MRI検査装置の中
で大声で検査の中止を求めた。B医師は、検査室からの呼出によ
り産婦人科外来からMRI検査室に駆けつけ、鎮静剤の投与を指
示したが、原告が強く拒否したため、鎮静剤の投与を断念し、整
形外科のL医師は検査の中止を指示した。原告は、車椅子で帰室
し、検査後から傷の奥が痛いと訴えた。また、原告がC医師に対
し、B医師を原告の主治医から外して欲しいと訴えたことから、
同日以降、B医師は原告を担当しなくなった。また、原告は、同
日夜、看護師から痛み止めを勧められたが、それを拒否して使用
しなかった。

・11月29日、副腎皮質ホルモン剤であるプレドニンを飲んだ
ら下肢がかゆくなり、発赤が生じたとして、薬を飲むことを拒否
したが、看護師が下肢を確認したところ、赤みは認められたが、
湿疹等は認められなかった。原告は、下肢の症状につき、膝が曲
がるようになり、感覚が戻ってきた、触られるとビリビリとした
感覚が一瞬だけあると訴えた。また、右足の屈伸が自力で可能と
なった。

・11月30日、右大腿部内側から外陰部にかけて感覚が鈍く、
右足に痺れ感がある、動くとお腹が痛い、残便感があると訴えた。
歩行器を使用すれば歩行は可能であったが、右足を引きずる状態
であった。

・J医師は、整形外科に対し、診療依頼票にて、MRIの結果及
び今後の方針について相談をした。整形外科K医師が原告を診察
したところ、右下肢に知覚異常及び感覚減退がみられたが、同医
師は、回復傾向にあると判断し、産婦人科に対しては、「MRI
(T1(第1腰椎)のみ)上は条件が悪いのですが血腫等明らか
な異常はない様です。神経学的にも回復傾向なので、このまま様
子をみてよいと考えます。ステロイドはoff(中止)、メチコバー
ル継続としてください。」との回答をした。

・12月1日、右大腿部の2分の1から脛の2分の1までベルト
で締め付けられているような感じがする、右臀部の2分の1から
右肛門周囲に麻痺している感じがある、温かいという感覚は感じ
たが、冷たいという感覚はない、残便感があるなどと訴えた。

・12月2日午前8時30分ころ。担当看護師に対し、右足が痛
い、右大腿部から下腿部にかけて痺れ感及び疼痛はないが、肛門
周辺に麻痺感があると訴えた。その後、同日午後4時ころには、
術後初めてシャワーを浴びたところ、右下肢前面にシャワーを掛
けても感覚が無く、裏側に掛けると痺れるなどと訴えた。K医師
は、婦人科に対し、原告の状態について、精神的な問題はあるも
のの、現在の回復力からみれば1か月くらいで相当の回復がみら
れると思われると報告。

・12月3日、手術後から背部から右下肢にかけて痺れが続いて
おり、外陰部にも痺れ感があると訴えたが、看護師が観察したと
ころ、右下肢に冷感及びチアノーゼはなく、歩行器を使用しての
歩行が可能であった。

・12月4日、関節、親指の付け根、背中など硬膜外チューブ挿
入時にビビッときたところが痛む、痺れの強いような痛みがある
と訴えた。原告は、同日、整形外科を受診し、K医師が診察した
ところ、右背部から右下肢にかけての痺れ感を訴え、右下肢に知
覚異常がみられ、腰痛もあるとされたが、同日から、リハビリテー
ションが開始された。K医師は、産婦人科からの診療依頼票に対
し、「リハビリテーションを開始します。本人には2〜3M(2、
3か月)といってあります。1M(1か月)時に再check(再診察)
を要します。」と回答。

・12月6日、原告の大腿部、背部及び腰部に膨隆疹、発赤が認
められ、原告は、掻痒感を訴えたため、軟膏が塗布されたところ、
症状の軽減が見られた。原告及び原告の夫は、C医師に対し、原
告の足の症状についての説明を求めた。C医師は、説明が遅くなっ
たことについて謝罪し、医療ミスであると思う、足に関して掛かっ
た費用は検討してみようと思う、また翌日の7日に話し合いの場
を設ける予定であるなどと述べた。

・12月7日午前2時30分ころ、左下眼瞼に発赤及び腫脹、胸
腹部、背部及び大腿部に発赤がみられた。婦人科医師であるM医
師が診察をし、強力ネオミノファーゲンCの点滴注射の必要性を
説明したところ、原告は、点滴注射をすることに同意をしたため、
強力ネオミノファーゲンCの点滴注射が行われ、その後、発赤疹
等の症状は軽減した。M医師は、皮膚科に対し、診療依頼票によ
り原告の診療を依頼したところ、皮膚科では、蕁麻疹と診断され、
ポララミン錠(2mg)が処方された。

・午後6時ころから、C医師、J医師、N医師、A医師及びK医
師が同席の上、被告病院側と原告及び原告の夫との間で話し合い
が行われた。その席上で、原告及び夫は、術前及び術後の被告病
院からの説明が不足していたことについて不満を述べた。また、
原告は、その当時の症状について、痛みと痺れがある、深部腱反
射は翌日から減弱していた、肛門が締められるかときかれて大丈
夫だと思い、そう答えたが、何日かたってウォシュレットの感覚
が無くなっているのに気付いた、トイレで排便するのも困難であっ
た、今は多少楽になってきているが、もと通りの状態にはなって
いない、その後、ビリビリ痺れて正座をし続けた後のような感覚
が出現し、膝を細いゴムで締め付けられる感覚がある、左右の足
の長さが異なり、骨盤がずれているのではないかと思っているが、
手術後に転倒した際にそうなったかどうかは分からないなどと説
明した。これに対し、N医師は、原告の症状について、神経根の
症状だけでは説明できないと述べた。また、同医師は、原告の症
状はCRPStypeII(RSD)である可能性が考えられること、
その原因としては硬膜外麻酔が考えられること、後遺症が残る可
能性があるためペインクリニック等に通院したほうがよいこと、
放置しておくと筋肉が萎縮してしまうこともあるため、早期治療
が必要であることなどを、「反射性交感神経性筋萎縮症」と書く
などしながら説明した。K医師は、原告の症状は神経根障害でも
当てはまるので様子をみてもよいと考えられること、回復力には
個人差があるため、回復に2ないし3か月かかるか半年かは何と
もいえないと説明した。C医師は、MRI検査、リハビリ、補助
具及び通院の際のタクシー代については被告が負担すること、退
院は可能であるが、日常生活が難しければ入院していてもよいこ
となどを説明した。原告は、毎週金曜日にリハビリ、整形外科、
婦人科、麻酔科受診のために、被告病院に通院すると述べた。

・12月8日、被告病院を退院。

・被告病院退院後、そのままO整骨院(O柔道整復師)を訪れ、
整体の治療を受けた。同整骨院においては、マッサージや木片を
使用して神経に刺激を与える等の治療を受け、同整骨院では、平
成14年3月ころまで原告に対する治療が継続して行われた。

・平成11年3月3日、世田谷区に対し、教育嘱託員再任辞退届
を提出。

・平成11年5月25日、身体障害者認定を受けるための診断書
を取得する目的で、乙センターを受診した。診察に当たった同セ
ンター神経内科D医師は、同年6月1日付「身体障害者診断書・
意見書(肢体不自由用)」において、右下肢に感覚障害(感覚脱
失、感覚鈍麻、異常感覚)がある、両下肢に運動障害(弛緩性麻
痺)がある、起因部位としては脊髄、末梢神経、排尿・排便機能
障害あり、形態異常なし、歩行能力は2m、歩行器を使用すれば
屋外の移動は可能、障害名として両下肢不自由、原因となった疾
病・外傷名として多発根神経炎、総合所見として、両下肢共に著
しい障害のため起立位を10分と保つことができないなどと記載
し、原告の障害の程度は、身体障害者福祉法別表の等級3級に該
当するとの意見を示した。

・平成11年6月15日、神経炎による両下肢機能障害として、
身体障害者3級の認定を受けた。

・平成12年8月9日、右下肢に痛みと痺れがある、右足の指間
から右耳にかけて蟻走感がある、第5胸椎から7胸椎の左側及び
第2から4腰椎の右側に焼け火箸で突き刺すような痛みがある、
足の内側を水が流れるような錯覚がある、肛門が開く感覚がない、
暑い感じがしないのに汗が多い、左手第1指及び第2指の関節が
痛い、被告病院医師にMRI室で追いかけられる夢を見て、不安
を感じるため、臨床心理士のカウンセリングを受けている、平成
10年11月24日に不安を抱えて手術に入り、硬膜外麻酔の際
に硬膜外針を刺してはじめに身体が仰け反ったなどの症状等を訴
えて、丙診療所を受診した。E医師が触診をした結果、右下肢は
左下肢に比べて冷たいと判断した。

・8月23日、障害者年金を受給するための診断書を取得する目
的で、丙診療所を受診し、E医師の診察を受けた。検査の結果、
右のアキレス腱反射がやや減弱しているものの、下肢腱反射は左
右とも概ね正常であると判断され、E医師は、その内容を診療録
に記載した。E医師は、同日付「国民年金厚生年金保険診断書
(肢体の障害用)」に、障害の原因となった傷病名として反射性
交感神経性ジストロフィー、右下肢神経根障害、傷病の原因又は
誘因として硬膜外針での神経根穿刺、初診時(平成12年8月9
日)の所見として、「右下肢全体の疼痛、しびれが強く又痛覚過
敏と動作時痛が同部に著しい。同時に右下肢の感覚鈍麻がある。
右L1〜L5領域の筋群はほとんど随意的に動かすことができず、
S1以下は動作時疼痛が強いため使えない。」、補助用具使用状
況として「屋内歩行はつかまり歩き(自宅屋内)、屋外歩行は歩
行車を用いる(常時)。タクシー待ち等立位の補助に松葉杖を用
いる。」などと記載した。また、E医師は、反射の検査所見とし
て、左上下肢及び右上肢は正常とした。また、右下肢についても
いったんは正常と判断してその旨を記載したが、同記載を二重線
で抹消し、疼痛のため検査困難と修正。

・12月6日及び平成13年8月1日、丙診療所を受診。原告は、
平成13年8月1日の受診時に、受診時の状態として、足の方は
少し動きやすくなった、背中の痛み・苦しさも少し楽になった、
2時間くらいまでは腰掛けられる、気温の差がよく分からない、
屋内はT字杖を使用して歩くことができる、屋外では歩行車を使
用すると述べた。また、同年1月に右手関節を捻挫し、同年3月
20日には左肩がずれたようになった、同年5月初旬には左橈骨
茎状突起部痛が生じたなどと述べた。

・平成14年8月21日、丙診療所を受診。波はあるが症状が固
定したため、3月末でO整骨院への通院を中止したと述べた。

・原告は、平成13年9月5日、健康管理についてのアドバイス
を受けるために、P病院(担当はQ医師)を受診し、平成16年
7月ころまで、同院に通院し、体重管理等についてのアドバイス
を受けた。原告は、初診時に、診察に当たったQ医師に対し、下
肢の状態について、歩行器を使用すれば歩行はできるようになっ
たが、痺れ及び痛みが続いていると述べた。

・9月19日、P病院において、麻酔薬についての皮内反応検査
(皮内テスト)を受け、キシロカイン(+)、マーカイン(+)、
カルボカイン(±)〜(−)、生食(−)との結果を得た。同院
のX医師は、平成17年4月18日、同日における原告の皮内反
応検査の結果を記載した診断書を発行。

・平成14年12月26日、駐車場で左第5指をぶつけたとして、
左第5指の痛みを主訴として、R整形外科を受診した。診察に当
たった医師は、左足のレントゲン検査を行った上、消炎剤の軟膏
であるアメルを処方した。同日の診療録には、レントゲン検査の
所見についての記載はされなかった。

・平成15年4月12日、歩行訓練をしていたところ、足をつく
と痛むとして、R整形外科を受診した。診察に当たった医師は、
両足のレントゲン検査を行った上、消炎剤の軟膏であるアメルを
処方した。同日の診療録には、レントゲン検査の所見についての
記載はされなかった。

・平成15年3月26日、P病院を受診し、Q医師の診察を受け
た。原告はQ医師に対し、平成14年12月23日に転倒して近
くの整形外科を受診したところ、レントゲンにおいて趾先部に骨
萎縮があると指摘されたと述べ、Q医師が診察したところ、左趾
先部に圧痛があるが、腫脹はないと判断された。Q医師は、両足
のレントゲン検査を行い、右中足骨近位指骨間骨幹部に骨萎縮が
みられる、左足には骨折なし、左第4指近位指骨間に骨膿胞状の
部分があるとの所見を示した。原告は、同年6月3日の受診時に、
両肢の右側に痺れが強いが、左側にも出現してきたなどと述べた。

・平成15年6月16日、身体障害者等級の変更申請のための診
断書を取得する目的で、乙センターを受診した。診察に当たった
同センター神経内科S医師は、同日付「身体障害者診断書・意見
書(肢体不自由用)」に、両下肢、右上肢及び右手掌に感覚障害
(感覚脱失、感覚鈍麻、異常感覚)及び運動障害(弛緩性麻痺)
がある、左手第1指から3指に感覚障害(感覚脱失、感覚鈍麻、
異常感覚)がある、起因部位としては脊髄、末梢神経、排尿・排
便機能障害あり、形態異常なし、補装具なしでの歩行及び起立位
保持は不能、障害名として両下肢機能障害、原因となった疾病・
外傷名として多発根神経炎、総合所見として、両下肢機能の著し
い障害、2級相当、その他参考となる合併症状として根性疼痛な
どと記載し、原告の障害の程度は、身体障害者福祉法別表の等級
2級に該当するとの意見を示した。

・平成15年7月3日、神経炎による両下肢機能障害として、身
体障害者2級の認定を受けた。

・平成15年8月11日、障害者年金を受給するための診断書を
取得する目的で、丙診療所を受診し、E医師の診察を受け、日常
生活の障害は増悪している、背部、頸部の痛み、手の痺れがある、
立位で右膝がカクンと力が抜けて左足小指が脱臼したなどと訴え
た。E医師は、同日付「国民年金厚生年金保険診断書(肢体の障
害用)」に、障害の原因となった傷病名として反射性交感神経性
ジストロフィー、右下肢神経根障害、傷病の原因又は誘因として
硬膜外針での神経根穿刺、現在までの治療の内容、期間、経過、
その他参考となる事項として、「当診療所は年1回の診察で、そ
の間は整骨院等で治療している。この1年に左膝、左足の疼痛過
敏が出現し、生活上の障害が増悪している。」、随伴する脊髄・
根症状などの臨床症状として、「allodyniaの領域は右下肢全体に
拡がっている。」、反射は、上肢は左右とも正常であるが、下肢
は左右とも疼痛過敏のため検査できない、補助用具使用状況とし
て「自宅内はいざり移動。その他の移動は車椅子、移乗時に杖も
使用」などと記載。

・平成16年4月21日、P病院を受診。背部痛と四肢の痛みが
合わさり、ほとんど歩行ができなくなったと述べた。

・平成16年10月20日、国民年金厚生年金保険申請のための
診断書を取得する目的で丙診療所を受診し、E医師の診察を受け
た。E医師は、同日付「国民年金厚生年金保険診断書(肢体の障
害用)」に、障害の原因となった傷病名として右下肢神経根障害、
反射性交感神経性ジストロフィー、傷病の原因又は誘因として硬
膜外針での神経根穿刺、現在までの治療の内容、期間、経過、そ
の他参考となる事項として「当診療所は年1回の診察で、その間
は整骨院等で診療を受けている。左下肢の疼痛過敏が強まり、左
足の骨萎縮が著明になった。このため、車椅子の移乗等、移動が
できない時がある。」、随伴する脊髄・根症状などの臨床症状と
して、「allodyniaは右下肢に強いが、左下肢にも出現している。」、
補助用具使用状況として「自宅内はいざり移動。その他の移動は
車椅子、移乗時に杖も使用」、その他の精神・身体の障害の状態
として「両下肢の疼痛が強いときは、移動ができずベッドに寝た
きりの状態になる。現在、このような状態が多くなっている。」
などと記載した。

・平成17年8月12日、丁病院循環器センターを受診し、内科
医であるT医師の診察を受けた。

・11月13日、T医師は、E医師に対し、原告についての診療
情報提供書を交付した。同診療情報提供書には、傷病名として(1)
反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)(2)高血圧症との記載
があるほか、「ご指摘の通り、上肢の血圧の左右差があり、最初
は左鎖骨下動脈狭窄症が最も疑われました。確定診断をつけるた
めにはMRAなど血管造影をする必要がありお勧めしましたが、
薬、MRIに対する恐怖が強く、たとえ狭窄が証明できても治療
適応にはならないので(症状がないため)、行わないことにしま
した。ところが、同時血圧を上肢、下肢で測定すると左右の血圧
差はありませんでした。更に、血圧が不安定であることから2次
性高血圧の可能性もあり(腎血管性高血圧など)、ホルモン検査
を行いましたが、いずれも正常範囲で2次性高血圧は否定的でし
た。以上から、発作性の右上肢の高血圧であり、原因はRSDと
考えます。ただ、少しずつ血圧は高めになっておられるようなの
で、本態性高血圧として身体全体の血圧管理は今後必要であると
思います。」などの記載がある。

・平成17年8月10日、原告は、丙診療所を受診し、本件の訴
訟経過を伝えるとともに、意見書の作成を依頼した。

・平成18年1月18日、同診療所を受診。E医師は診察の結果、
大腿部は右より左の方が温かく、下腿部は左より右の方が温かく、
体毛は右下腿及び右足指に多いことを認めた。

・平成19年4月27日、戊大学医学部付属病院を受診。診察に
当たったU医師は、同日付診断書を作成した。同診断書には、
「病名反射性交感神経性ジストロフィー、平成19年1月10日
初診の症状は主に背部(首〜足先まで)の神経因性疼痛(しびれ
を伴う痛み、安静時の突出痛+、allodynia+)です。当日、アモ
キサン(抗うつ薬)10mg内服してもらい観察したところ、内服
20分後に右足のふるえとしびれ増悪しました。血圧左右差あり
(右173/103、左147/107)、その後血圧変化なく、
ふるえ軽減し、帰宅しました。その後内服は中止しました。既往
に薬物アレルギー(キシロカイン、カルボカイン、マーカイン)
あるため、内服薬による治療も困難と考えました。」などとの記
載がある。

・原告は、被告病院退院後、平成19年4月までに、30を超え
る複数の医療機関を受診。

・平成19年4月5日、己クリニックQ医師の紹介により、庚病
院を受診した。原告は、診察に当たったV医師に対し、右膝裏、
踵裏、右背部のアロディニアが強い、脊柱の両側から焼け火箸を
当てられたような痛みがある、肩甲骨の部分をナイフで切られる
ような痛みがある、片手ずつは挙げられるが、両手を挙げようと
すると疼痛が生じるなどと訴え、頭部を挙上すると疼痛が生じる、
体の右側に知覚低下がある、寒暖の感覚が分からないなどと述べ
た。

・原告は、4月13日、庚病院を受診し、V医師は、採血及び両
下肢レントゲン検査を行った。このときのレントゲン検査の結果
では、骨萎縮、骨脱灰は認められなかった。同年5月16日の診
察時には、右下肢の体毛は第1指に濃いと判断された。また、同
年4月25日の受診時には、治療前に見られなかった足底の発汗
が、治療後には右足底にのみ見られるようになったとされている。

・原告は、およそ週1回程度の頻度で、同院に通院し、低出力レー
ザーによる光線療法(星状神経節照射)を受け、治療後には痛み
が改善するなどの効果がみられた。

■硬膜外麻酔の際の手技上の過失

「原告は,医師が患者に対し硬膜外針を刺入するに当たっては,
誤って針が神経根を傷つけないよう刺入する注意義務があるとこ
ろ,A医師には,硬膜外針を刺入する際に原告の第三腰椎神経根
を損傷した過失があると主張する。しかしながら,A医師が,硬
膜外針を刺入する際に,原告の第三腰椎神経根を損傷したと認め
るに足りる証拠はない」

「また・・・,A医師は,原告の第2腰椎と第3腰椎の間に,硬
膜外針を2,3cm刺入し,針が棘上靱帯に到達した後には,ゆっ
くりと針を進めていたところ,原告が電撃痛を感じ,その旨を同
医師に伝えたことから,すぐに硬膜外針を抜去し,再度硬膜外針
を穿刺したのであって,原告の反応も,最初の穿刺の際に身体が
ビクンと反射的に動いたのみであって,この過程において,A医
師に注意義務違反があったことを認めるに足りる事情はない」

「かえって,本件でA医師が行った硬膜外穿刺の手技は・・・,
硬膜外麻酔の一般的な手技を比較しても相違する点はなく,A医
師は,一般的な手順に従って,本件における硬膜外穿刺の手技を
行ったと認められるところである。また・・・,原告が電撃痛を
感じた後,A医師が硬膜外針を抜去すると,原告の神経症状が消
失したこと,手術直後に膝蓋腱反射の減弱がみられたこと(ただ
し,その後,膝蓋腱反射は正常に回復していること)からすれば,
硬膜外針の刺入の際に,硬膜外針は神経根に触れたものと認めら
れる。しかし,A医師は,硬膜外麻酔施行時に神経根に針先を絶
対に接触させないようにする方法は手技的に確立されていないと
しているところ,証人E医師の証言においても,硬膜外穿刺は盲
目的手技であり,硬膜外針の刺入の際に針を神経根に触れないよ
うにするのは困難であるとされていることからすると,硬膜外針
の刺入の際に,針先が神経根に触れることは不可避であるという
べきであり,針先が神経根に触れたことをもって,A医師に何ら
かの注意義務違反があったと認めることはできない」

「なお,原告は,被告病院の医師らが,術後に神経根障害が疑わ
れるとしたことを,A医師が神経根を損傷したことの根拠とする
ようであるが,神経根への刺激が引き金になって生じた機能障害
全般を含む概念である神経根の『障害』と神経根の『損傷』とは
概念として異なるものであり,これらは区別されるべきであるこ
とからすれば,被告病院の医師らの上記判断をもって,神経根の
損傷があったことの根拠とすることはできない。したがって,こ
の点についての原告の主張には理由がない」

■麻酔方法の選択・施行についての説明義務

「原告は,医師が侵襲のある行為をするときには,患者に対し,
患者の症状と行われる手技,その手技に伴う危険性,その手技に
よる回復の可能性,その手技に代わる代替手段を説明して,患者
の同意を得る必要があり,原告が被告病院外来受診時及び入院時
に,薬に対する自己の体質についての不安を訴えており,被告病
院では,麻酔科医師が手術前日に患者と会って麻酔方法を決定す
るとされていたとの事実があることも考え併せれば,原告の不安
内容について確認した上で,原告と術前に十分話し合いの場を設
け,その不安が単なる原告の杞憂であれば原告が得心する説明を
すべきであり,予定している麻酔薬・麻酔方法が原告に何らかの
副作用を及ぼす可能性が少しでも予想されるのであれば,その可
能性を否定し,予定されている麻酔薬・麻酔方法の変更の必要性
を確かめるために,使用する薬剤について皮内反応検査を行い,
その結果を踏まえて説明の上,原告から麻酔薬・麻酔方法につい
ての同意を得る義務があったと主張する」

「一般に,医師の説明は,患者が自らの身に行われようとする医
療措置について,その利害得失を理解した上で,当該措置を受け
るか否かについて熟慮し,決断することを助けるために行われる
ものであることからすれば,医師が,採用し得る複数の選択肢が
ある中で,患者の生命,身体に一定程度の危険性を有する措置を
行うに当たっては,特段の事情がない限り,患者に対し,当該措
置を受けることを決定するための資料とするために,患者の疾患
についての診断,実施予定の措置の内容,当該措置に付随する危
険性,他に選択可能な措置があれば,その内容と利害得失などに
ついて説明すべき義務があると解される。また,上記の内容に含
まれない情報であっても,患者が,特定の具体的な情報を欲して
いることを,医師が認識し又は認識し得べき状況にあった場合に
おいて,その情報が,患者が当該措置を受けるか否かを決定する
に当たっての重要な情報である場合には,患者の自己決定を可能
にするため,患者が欲している当該情報についても,説明義務の
対象となるものと解するのが相当である」

「これを本件で行われた麻酔方法に関してみると,麻酔は患者の
生命,身体に危険を及ぼすおそれのある措置であること,原告は
麻酔に使用される薬剤についての不安を繰り返し述べていたこと
に鑑みれば,手術自体についての説明とともに,麻酔方法につい
ても,説明義務の対象となるものというべきである。さらに,被
告病院においては,手術前日に麻酔科医師が患者を診察した上で
麻酔方法について決定するものとされ・・・,本件においては,
このことからも麻酔方法については説明義務の対象となることが
首肯されるところである」

「本件では,子宮筋腫に対する腹式子宮全摘出術の際に硬膜外麻
酔を併用した全身麻酔を施行するものとされたのであるから,担
当医師は,子宮筋腫に対して子宮摘出術が必要であることととも
に,その際には硬膜外麻酔を併用した全身麻酔を行う予定である
ことをも伝えた上で,その具体的内容について説明をすべきであ
る。また・・・,硬膜外麻酔を含む局所麻酔には,頻度の高い合
併症として,頭痛,感染,局所の出血,神経障害及び薬物反応,
全身麻酔の頻度の高い合併症として,咽頭痛,嗄声,悪心,嘔吐,
歯牙損傷,薬物アレルギー反応,心機能不全が指摘されており,
また,硬膜外針やカテーテルの挿入・抜去に伴う神経組織の機械
的損傷等による神経学的合併症の危険性があるとされていて,本
件当時においても硬膜外麻酔によるものと疑われる複数の症例が
報告されていたのであるから,患者である原告に対し,これらの
うち本件で発生する可能性がある合併症等の危険性について説明
すべき義務があるというべきである。さらに,本件手術に際して
の麻酔方法としては,硬膜外麻酔を併用した全身麻酔の外に,全
身麻酔のみによる方法等も存在したのであるから,代替手段とし
て全身麻酔のみの方法等も存在すること,硬膜外麻酔と全身麻酔
との併用による方法と全身麻酔のみの方法等との患者に対する具
体的な利害得失について説明すべきである。具体的には・・・,
硬膜外麻酔を併用した全身麻酔によれば,患者が手術中に意識が
ないため,不安や恐怖を感じないこと,術後痛に対して先取り的
に鎮痛効果を期待でき,残されたカテーテルを術後鎮痛にも利用
できること及び全身麻酔に使用する薬剤が少なくてすむことなど
の利点がある一方で,上記のような硬膜外麻酔に伴う危険性があ
ることなどについて説明をすべき」

「さらに,本件では・・・,麻酔に関する問診票に,筋弛緩剤を
服用した際に2,3日間立てない状態になったとの記載があり,
原告は,入院前及び入院中に,C医師及びB医師並びに看護師ら
に対し,筋弛緩剤に関するエピソード,セデスを服用したところ
全身の筋肉が痙攣したとのエピソードを伝えた上で,麻酔の際に
使用される薬剤についての不安を繰り返し述べており,その旨が
診療録にも記載されていたのであるから,麻酔科担当医師である
A医師においても,原告の不安及びその内容について知るべきで
あるし,知ることができたものと認められる。そして,このよう
な原告の態度からすれば,原告にとっては,麻酔薬を含む手術の
際に使用される薬剤についての情報は手術を受けるか否かを決定
するに当たっての重要な情報であったと認められる。そうであれ
ば,被告病院の担当医師には,原告に対し,上記原告の不安に対
応した説明をすべき義務がある」

「次に,被告病院の担当医師が,原告の上記不安に対応して,具
体的にいかなる説明をすべきかについて検討するに,原告が筋弛
緩剤及びセデスを服用した際のエピソードを繰り返し述べたのは
上記のとおりであるが,これらのエピソードがあることにより麻
酔薬についてのアレルギー等が疑われるということを認めるに足
りる証拠はない。A医師は,筋弛緩薬に関するエピソードについ
ては,事前に同薬に関するアレルギー等の有無を鋭敏に判断する
手段はないこと,拮抗薬や効果を確認する神経筋刺激装置を使用
することにより,筋弛緩薬の作用を調整しながら使用することは
可能であること,筋弛緩薬の作用が多少遷延したとしても問題は
ないことから,筋弛緩薬に関するエピソードについては問題とな
らないと判断したものであるところ,この判断が誤りであると認
める証拠はなく,セデスに関するエピソードについても,同様で
あると解されることからすれば,担当医師は,原告が述べるエピ
ソードからは麻酔に使用する薬剤について特段の心配をする必要
がないこと及びそのことについて一般人が納得できるに足りる程
度の合理的な理由について説明をすべき義務がある」

「そして,上記のとおり,原告は,麻酔に対する不安を訴え,麻
酔科医師による麻酔に関する説明を何度も求めていたところ,被
告病院が入院時に原告に対して交付した『手術を受けられる方へ』
と題する資料には,手術の前日に麻酔科医師による診察後に麻酔
方法について決定するとの記載があることからすれば,原告が,
麻酔の専門家である麻酔科医師の説明を待って,自己の麻酔に対
する不安を解消し,麻酔方法,ひいては手術を受けるか否かを決
定しようと考えることは無理からぬところであり,上記のような
本件の事情の下においては,上記内容の麻酔に関する説明は,麻
酔科医師によってされる必要があるというべき」

「他方で・・・,局所麻酔薬アレルギーに対する皮内反応検査の
有用性については議論があるところであり,V医師も,その書面
尋問事項回答書において,通例では,術前薬剤アレルギー検査を
しない施設がほとんどであると述べている。そして,原告が述べ
るエピソードからは麻酔に使用する薬剤について特別の心配をす
る必要がないとしたA医師の判断が誤りであると認めるに足りる
事情はないことは上記のとおりである。さらに,原告は,術前に
は,特定の麻酔薬ではなく,麻酔に使用される薬剤全般に対して
の不安を訴えていたのであるから,原告の不安を解消するために
は,全ての薬剤に対する検査が必要になるが,麻酔薬アレルギー
に対する確実な検査はないとされているところであり,医学的に
みて原告に麻酔薬に対する特別な危険性があることを窺わせる事
情がないにもかかわらず,使用する薬剤全てについて検査を行う
べきとすることは,医療の実態に即さないものといえる」

「これらの点からすると,被告病院の担当医師に,術前に,麻酔
薬アレルギーについての検査をすべき義務があるとは認められず,
この点についての原告の主張には理由がない」

「以上の説明義務の内容等を前提に,本件で行われた説明につい
て検討する」

「まず,本件手術で行われる麻酔方法及びその具体的内容につい
ては・・・,麻酔科担当医師であるA医師が,本件手術直前にで
はあるが,全身麻酔と硬膜外麻酔を併用して麻酔を行うことを説
明し,硬膜外麻酔の具体的内容について説明をしているところで
ある」

「しかしながら,その麻酔方法に伴う合併症及び予定する麻酔方
法以外の代替手段については,説明をしたと認めるに足りる証拠
はない。また,予定する麻酔方法以外の代替手段である全身麻酔
のみの方法等と硬膜外麻酔と全身麻酔との併用による方法との患
者に対する具体的な利害得失については・・・,A医師は,全身
麻酔と硬膜外麻酔を併用すると,手術後の痛みが少なく,全身麻
酔に用いる薬剤の量が抑えられるという利点があるなどとして,
実施予定の麻酔方法の利点については説明しているものの,その
合併症等の危険性があることのデメリットについては,説明をし
たと認めるに足りる証拠はない」

「そして,これらの説明は,まずは被告病院麻酔科担当医師であ
るA医師によってなされるべきものであるから,同医師は,実施
予定の硬膜外麻酔を併用した全身麻酔に伴う危険性,実施予定の
硬膜外麻酔を併用した全身麻酔以外の代替手段,それらの利害得
失についての説明義務を怠ったというべき」

「次に,原告の訴えた麻酔薬に関する不安に対応した説明につい
てみると,平成10年11月12日の被告病院の外来受診時に,
原告が筋弛緩剤に関する既往を伝えて,麻酔薬に関する不安を訴
えたところ,C医師は,A医師に確認の上,特に検査の必要はな
いと説明している」

「また,B医師は,手術当日である同月24日の朝,筋弛緩剤の
エピソードに関しては,筋弛緩剤の薬効等を考えると原告が問題
とするエピソードは筋弛緩剤の効果だとは考え難いこと,本件手
術の術後にはセデスを使用しないため同薬に関するエピソードは
問題とならないことなどから,原告が述べるエピソードからは麻
酔に使用する薬剤について特段の心配をする必要がないことを説
明している」

「しかしながら,被告病院においては術前に麻酔科医師の診察が
あるとされていたことから,原告は,一貫して麻酔の専門家たる
麻酔科医師の説明を求めており,その説明を待って自己が麻酔を
受けるか否か,受けるとしてどのような方法によるかを熟慮し,
決定しようとしていたと認められるのは上記のとおりであり,こ
のような原告の意思にもかかわらず,原告に対し麻酔科医師であ
るA医師による説明の機会が設けられ・・・,原告が手術室に運
び込まれた後の手術台の上においてであり,しかも,この場にお
いても,原告の麻酔薬に対する不安については,一般人が納得で
きる程度の理由をもって説明されなかったことから,解消されな
かったのである」

「このような経緯からすれば,原告の不安の内容が,いかに医学
的にみて合理性を有しないものであったとしても,麻酔科医師に
よる説明がされなかったことにより,原告が麻酔を受けるか否か,
受けるとしてどのような方法によるかを熟慮し,決定する場が奪
われたと認めるのが相当であるから,被告病院の麻酔科担当医師
であるA医師は,原告の麻酔に対する不安に関しての説明義務を
怠ったものというべき」

「以上のとおり,被告病院麻酔科医師であるA医師には,本件で
実施予定の硬膜外麻酔を併用した全身麻酔に伴う危険性,硬膜外
麻酔を併用した全身麻酔以外の代替手段の存在,実施予定の麻酔
方法と代替手段との利害得失及び原告の麻酔に対する不安に対応
しての説明を怠った点において,説明義務違反が認められる」

■原告はRSDを発症しているか

「原告は,原告には,疼痛,痺れ,起立・歩行困難などの症状が
あり,RSDを発症していると主張する」

「・・・原告は,平成19年中において,主に右下肢に疼痛,痺
れ及び感覚異常,背部に疼痛があり,立位保持はできるが,歩行
には困難を来す状態であることが認められる」

「そして,原告の症状については・・・,平成12年8月23日,
平成15年8月11日及び平成16年10月20日に丙診療所E
医師によって,平成17年8月12日に丁病院T医師によって,
平成19年4月27日に戊大学付属病院U医師によって,平成1
9年5月1日に庚病院V医師によって,それぞれ,反射性交感神
経性ジストロフィー(RSDないしCRPS)と診断されている。
このうち,E医師及びV医師においては・・・,世界疼痛学会の
CRPStype?(RSD)の4基準((1)痛みを感じるような出来
事のあとにひきおこされる。(2)自発痛又はアロディニアもしくは
痛覚過敏がおこる。これは,単一の末梢神経支配領域にとどまら
ず,先行する外傷の程度と比べても不釣り合いなほど強い。(3)痛
みが存在する部位に浮腫,皮膚血流異常,発汗機能異常がある。
または,損傷後に認められたことがある。(4)痛みの強さと機能異
常を説明できるような他の疾患が存在しない。)に依拠して,R
SDと診断されたものと認められる」

「しかしながら,この4基準については,診断の感受性(疾患の
ある者を疾患ありと判断する確率)は高いが,特異性(実際には
疾患のない者を疾患なしと判断する確率)が低いことが指摘され
ている。また・・・,RSDの診断に際しては,世界疼痛学会の
4基準に含まれない,X線検査,骨シンチグラフィー,サーモグ
ラフィーなどの検査結果や,詳細な理学所見の有用性が多くの文
献で指摘され,これらを項目に含む診断基準も存在しているとこ
ろである。そして,労働者災害補償保険の障害等級認定基準(平
成15年8月8日付厚生労働省労働基準局通達・基発08080
02号『神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基
準について』)によれば,RSDについては,(1)関節拘縮,(2)骨
の萎縮,(3)皮膚の変化(皮膚温の変化,皮膚の萎縮)という慢性
期の主要な3つのいずれの症状も健側と比較して明らかに認めら
れる場合に限り,後遺障害と認定するとされている。そして,本
件では・・・,平成19年4月13日の庚病院におけるレントゲ
ン検査の結果によれば,骨の萎縮は認められなかったのであるか
ら,上記基準を満たさないことは明らかである。また,本件にお
いては,骨シンチグラフィー,サーモグラフィーなどの検査所見
についても,明らかではない」

「以上の点からすれば,原告の症状について,RSDによる後遺
障害であるとまでは認定することはできない」

「なお,被告は,原告の症状が心因性のものである可能性を指摘
するが,原告を診察したY病院心療内科Z医師はこの点を否定し
ているところであり,原告の症状が心因性のものであるとは認め
られない」

「以上のとおりであり,原告の症状は,医師が医療機関において
原告を診療する際には,RSDあるいはその疑いがあるとして診
療に当たるのが相当であると認められるが,それを超えて,実際
に原告にRSDが発症しており,それによる後遺障害であるとま
では認定することができないというべき」

■説明義務違反と原告の症状との因果関係

「原告は,被告病院の担当医師らが,原告に対し,麻酔薬を使用
した際の副作用,危険性,硬膜外麻酔の具体的内容などについて,
事前に説明義務を尽くしていれば,原告は,被告病院が予定して
いる麻酔薬を用いての硬膜外麻酔方法についてはこれを断り,全
身麻酔を選択するか,皮内反応検査をした上で最も危険性が少な
い麻酔薬及び麻酔方法の選択を求め,あるいは,他の医療機関に
転院する可能性があったから,被告病院の担当医師らの説明義務
違反と原告に発生したRSDとの間には因果関係が認められると
主張する」

「そこで,被告病院において,必要とされる説明が尽くされてい
れば,原告が,硬膜外麻酔の施行に同意せず,他の方法を選択し
たといえるかについて検討する」

「・・・原告は,被告病院に入院する以前の外来受診時から継続
して,筋弛緩剤及びセデスにまつわるエピソードを述べて,麻酔
に対する不安を訴えており,麻酔薬に対して強い不安を抱いてい
たものであるが・・・,原告は,被告病院入院以前に,複数の医
療機関を受診し,そのいずれの医療機関においても,子宮筋腫に
対する子宮摘出術の必要性を説明されており,そのために,麻酔
に対する不安を抱きつつも,手術を受けることを決意したものと
考えられるのであるから,被告病院において,麻酔に関する必要
な説明がされていれば,入院時の予定どおり,麻酔を使用した手
術を受けることとしたものと認められる」

「そして,原告が,筋弛緩剤及びセデスにまつわるエピソードを
繰り返し述べて,麻酔に対する不安を度々訴えていたことは上記
のとおりであるが,原告は,手術前の時点において,特に硬膜外
麻酔に使用する薬剤に限定して,不安を有していたものではなく,
麻酔に使用される薬剤全般について漠然とした不安を感じていた
のであって,この原告の不安は,硬膜外麻酔に使用する麻酔薬だ
けでなく,全身麻酔に使用する薬剤についても同様に当てはまる
ものであると認められる。そうすると・・・,硬膜外麻酔を併用
した全身麻酔の方法によれば,全身麻酔の際に使用する薬剤が少
量ですむという利点が認められるのであるから,この点は,麻酔
薬全般に不安を感じていた原告にとっては,同方法を選択する大
きな要因の一つになったものと考えられる」

「また,硬膜外麻酔を併用した全身麻酔には,硬膜外針挿入時の
機械的損傷による神経障害などの危険を伴うものの,硬膜外麻酔
にともなう術中のストレス軽減,術後鎮痛など多くの利点がある
とされることから,手技的には習熟を要するものの,多くの施設
で行われている・・・」

「さらに,原告自身も,その本人尋問において,自分の体のこと
をきちんと納得できるように説明をしてくれる病院を選びたかっ
たとの供述をしているところ,この供述からすれば,原告は,医
師の意を尽くした説明がされれば,医師の薦める方法に従って,
手術及び麻酔を受ける意思を有していたことが窺われる・・・」

「上記の諸点からすれば,麻酔科担当医師であるA医師が原告に
対し,麻酔に関して必要とされる説明を行っていれば,原告は,
麻酔に対する当初の不安を多少なりとも解消し,同医師の薦めに
従って,本件で実施されたとおり,硬膜外麻酔を併用した全身麻
酔の方法で麻酔を受けることを承諾した可能性が高いというべき
であり,他に,A医師が必要とされる説明を行っていれば,原告
が全身麻酔のみの麻酔方法を選択し,あるいは,他の医療機関に
転院したと認めるに足りる証拠はない」

「したがって,本件において,原告が麻酔に関して適切な説明を
受けていれば,被告病院における硬膜外麻酔を併用した全身麻酔
の麻酔方法を選択しなかったとは認められず,被告病院の担当医
師の説明義務違反と,原告に発生した症状との間に因果関係は認
められない」

■損害額

・精神的苦痛に対する慰謝料は、200万円が相当。

・弁護士費用は、20万円が相当

■判決主文

1 被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成17年
1月15日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支
払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。
<以下略>