判例速報

 今回は、不穏及び低カリウム血症等との疑いで、被告が開設し
ているCセンターに入院した患者が、退院から11日後に、状態
の悪化により再度被告病院に救急搬送され、その後、急性腎不全
を原因とする消化管出血により死亡したことにつき、患者の遺族
である原告らが、被告に対し、被告病院担当医師らには、第1回
目の退院時に、患者の腎機能悪化を疑って、腎臓内科医に相談す
べき義務を怠った過失があるなどとして損害賠償請求した事案で
す。

■年月日・裁判所
H20.2.22 東京地裁 平成16年(ワ)第27104号 損害賠償請求事件

■当事者

・原告側:Dは、大正10年生まれの男性。原告Aは、亡Dの妻、
原告Bは亡Dの長女。亡Dには、原告らの他に、長男E、二女F
及び三女Gがいたが、二女Fは、平成16年8月6日死亡したた
め、二女Fの財産は、母である原告Aが相続。

・被告側:被告は、東京都板橋区において、Cセンター(被告病
院)を開設。被告病院は、21の診療科を有し、100名以上の
常勤医が在籍する、高齢者を対象とする高度医療機関。

■診療経過

・亡Dは、平成9年ないし平成10年ころから、緑内障によりほ
ぼ全盲状態となり、家の中で生活をしていたところ、平成12年
8月下旬ころから、トイレに行く際に逆の方向へ向かう等の不穏
行動がみられたため、8月31日、近所のかかりつけ医であるJ
クリニック(K医師)を受診した。同クリニックでは、大きな病
院で精査をするよう勧められ、被告病院を紹介されたことから、
亡Dは、同日、原告Bに付き添われ、被告病院一般外来を受診し
た。被告病院一般外来では、歩行困難及び腹痛の主訴があり、担
当医師が診察したところ、左上腹部の圧痛及び低カリウム血症が
みられたことから、精査のため、被告病院循環器内科に入院(第
1回入院)。

・被告病院循環器内科では、歩行障害及び尿失禁の主訴があり、
心電図検査及び胸部レントゲン検査が施行されたが、特段の異常
所見は指摘されなかった。血液検査の結果は、カリウムが3.0
(被告病院における正常値3.5〜4.7mEq/l)、CRPが5.
6であったため、診察に当たったH医師は、尿路感染症の疑いと
診断。亡Dには、第1回入院中、頻繁に尿失禁がみられた。

・9月1日の尿検査の結果、尿蛋白(±)であり、尿潜血は3+
(強陽性)であり、亡Dは、陰嚢部の痛みを訴えたが、排尿時の
痛みは訴えなかった。同月2日に腫瘍マーカー検査を行ったが、
異常は発見されず、9月4日及び7日には尿細胞診が行われたが、
いずれもclassI(正常細胞)であった。

・9月4日には、38.8度の発熱がみられ、抗生物質であるペ
ントシリンが投与された。

・9月5日も発熱継続。亡Dが持続点滴用チューブを抜去するた
め、抗生物質が経口抗生物質であるセフゾンに変更。

・9月7日、担当の看護師は、尿の色が「やや茶褐色」であるこ
とを確認し、H医師に報告した。また、同月8日の尿検査の結果、
尿蛋白(1+)、尿潜血は3+(強陽性)であり、同日にも、担
当の看護師により、肉眼的血尿がみとめられた。H医師は、泌尿
器科に対し、「ご依頼」と題する書面により、「低カリウム血症
にて入院となった患者です。入院中肉眼的血尿を認めます。疼痛
+です。尿細胞診はオーダーしています。貴科的御高診よろしく
お願いします(尿培にてグラム(−)桿菌(+)でした)。」と
の情報を提供して、相談をした。診察に当たった泌尿器科のI医
師は、H医師に対し、「身体所見異常なしDIPでcheckしたいの
ですが、当科ワクは1ヶ月位先になりますので、可能なら貴科で
早めにDIPをとって頂き、結果を当科で検討したいと思います。
尿細胞診数回行ってください。」と返事。

・9月9日、H医師は、原告A、二女F及び三女Gに対し、今回
は、原告Bが入院を希望し、歩行障害といわゆる不穏(反対方向
に歩いてしまうこと)について適切に伝えられず、低カリウム血
症があったことから、歩行障害として入院となったが、不穏だけ
であれば入院している必要はないし、血尿は細胞診の結果2回と
もclassIで問題はなく、おそらく結石であることから、泌尿器科
外来若しくは近くの泌尿器科を受診すれば大丈夫であるとの説明
をした。これに対し、原告Aらは、週末に家族で相談をして返事
をする旨返答。

・9月10日、亡Dは、陰嚢部の痛みを訴えたが、排尿時の痛み
はないとのことであった。

・9月12日の尿検査の結果、尿蛋白(1+)、尿潜血は3+
(強陽性)であり、変形赤血球が認められた。

・9月12日、H医師は、泌尿器科I医師に対し、「尿細胞診2
度施行しましたが、classIです。採血にて、CRP11.0、W
BC8800と微熱あり、明らかな感染原発部位不明です。(当
初は尿路かと思いましたが、尿定性にて否定的です)CRP11.
0の原因として(抗生剤に反応せず)泌尿器科的にどうでしょう
か。」との情報を提供して、相談をした。診察に当たった泌尿器
科のI医師は、H医師に対し、「本日尿WBC(尿中白血球数)
5〜9/HPF(高拡大の視野)なので、尿路感染は考え難いで
す。RBC(尿中赤血球数)100以下なのでDIPよろしくお
願いします。」と返事。同日、腹部超音波検査が行われたが、正
常範囲内であり、悪性腫瘍(−)であった。H医師は、患者の家
族に対し、腹部エコー、胸部レントゲン、尿細胞診及び腫瘍マー
カーで悪性所見はなく、失禁についても、尿意があり、脳梗塞は
否定的であり、器質的なもの(年齢的なもの)であろうと考えら
れること、結石は痛みはそれほど強くないため、経過観察でよい
こと、泌尿器科を2回受診しているが、泌尿器科への入院適応は
ないこと、微熱の原因は、細菌検査で(−)であるため、結石の
影響が考えられること等の説明をした。家族らは、長男が帰宅後
に退院の日時を決定するとの返事をし、14日に退院することが
決定された。退院に当たっては、9月26日に泌尿器科を受診す
るとの予約がされた。

・9月14日、被告病院を退院。

・退院に伴い、H医師は、亡Dの長男であるEに対して、外来で
の通院治療となること、日常生活に特に制限はないこと、痔の痛
みがひどいようであれば外科に相談することなどを説明するとと
もに、JクリニックのK医師に対し、診断名を尿路結石とした上
で、亡Dについて、今後の経過観察を依頼する目的で、「歩行障
害にて、貴院より紹介となったpt(患者)です。入院時〜神経学
的異常なく、入院中も歩行障害(−)でした。入院中、CRP1
0、WBC6000ほどで経過しており、全身の精査行ないまし
た。タン、尿に明らかな細菌(−)、chestX−P n.p(胸部レン
トゲン特に異常なし)、腹エコーn.p、腫瘍マーカーCEA−CA
19−9正常血尿+++ですが、尿細胞診2回施行し、classIでした。
おそらくCRP高値なのは、結石もしくは痔によるものかと思わ
れます。痔に対しては、ope(手術)適(適応)ですが本人希望せ
ず、ope(−)の方向でみてきました。当院泌尿器科にて外来DI
P予定しております。泌尿器外来予約はこちらでやっておきます。」
などと記載した診療情報提供書を交付。

・亡Dは、被告病院退院後、自宅で生活をしていたところ、1週
間ほどは、状態に特段の変化はなかったが、9月23日ころから、
元気がなくなり、食事を摂取できない状態となった。

・9月25日、原告Bと原告Aは、上記の状況から亡Dの状態が
悪いのではないかと考えて、救急車を呼び、同人に被告病院救急
外来を受診させた。診察に当たった医師は、亡Dの状態が、23
日ころから、食思不振であり、水分を摂取するとむせる、トイレ
に行けなくなった(2人がかりでも腰が立たなくなった)、下着
を脱いでしまう、腹痛がある、尿に血が混じるとのこと(血圧は
142/89、脈拍74、意識は清明、心臓・肺異常なし、腹部
平坦、下腿浮腫なし)であったことなどから、誤えん性肺炎疑い、
脱水、老年痴呆と診断し、亡Dは、前回入院した被告病院循環器
内科に入院(第2回入院)。

・第2回入院時、亡Dは、BUN138、Scr8.5で乏尿で
あり、急性腎不全状態と診断された。また、肉眼的血尿が認めら
れ、CRP32.3と高度の炎症所見がみられた。

・診察に当たったO医師は、腎臓内科のM医師に相談し、腹部超
音波検査を行ったところ、水腎症はみられず、腎性若しくは腎前
性の腎不全と考えられた。同科では、急性腎不全に対し、血液透
析を導入し、全身状態の管理、利尿剤の投与が行われたが、状態
の改善はみられなかった。

・9月28日、腎臓内科へ転科となった。腎臓内科における担当
医師であるM医師は、急性腎不全及びCRP高値の原因として、
急速進行性糸球体腎炎(RPGN)が疑われると考えた上で、腹
部CT検査、腹部超音波検査及び腫瘍マーカー検査実施の予約を
した。同日の主な検査結果は、WBC10740、BUN61、
Scr5.7であった。

・M医師は、原告A、原告B及び長男Eに対し、亡Dは、食事摂
取量が低下し、全身衰弱状態となり、急性腎不全(尿毒症)となっ
たこと、今後も血液透析が必要な状況であること、急性腎不全の
原因としては、脱水がきっかけとなったと想像されること、RP
GNの可能性もあること、血尿があり、尿毒素が除去されても食
物を受けつけないので、悪性腫瘍などが存在する可能性もあるこ
と、ただし、詳細は不明であること等を説明。

・10月2日、亡Dには38度の発熱があり、主な検査結果は、
WBC9110、CRP19.3、BUN59、Scr7.8で
あった。また、腹部超音波検査の結果では、両腎とも軽度萎縮、
中心部エコーの不明瞭化を認め、腎不全の像と合致するとの所見
が得られた。また、亡Dの症状は、慢性腎不全から急性腎不全に
なったようであるものの、感染源は不明であり、病態の説明がで
きないとされた。

・腎臓内科においても、血液透析及び利尿剤の投与等が継続して
行われたが、病態の改善はみられず、10月3日午前4時ころ、
肛門からの出血がみられ、その出血量は、オムツごと計測して、
約1kgであった(同日の主な検査結果は、WBC10060、C
RP13.8、BUN48、Scr6.5であった。)。

・10月4日、大腸内視鏡を行ったところ、横行結腸中部から下
行結腸、S状結腸までにびらん性の大腸炎の所見及び凝血塊が認
められ、この部位が出血源であると判断。

・10月5日、M医師は、亡Dの病状はRPGNの可能性が大き
いと考えるようになり、翌6日、RPGNの診断のため、p-AN
CA(perinuclearANCA)及びc-ANCA(cytoplasmic AN
CA)の2種類のANCA抗体並びに抗基底膜抗体(抗GBM抗
体)等の検査を行った。同検査の結果は、同月13日に報告され、
抗GBM抗体のみが陽性であり、ANCA抗体はいずれも陰性で
あった。

・10月6日、M医師は、RPGNの確定診断に至らないまま、
RPGNを念頭に、3日間のステロイドパルス療法(ソルメドロー
ル500mg点滴)を開始した。また、同月10日及び12日には、
二重濾過血漿交換療法を行ったが、亡Dの病態の改善はみられな
かった。

・10月15日、腸炎からの再出血と思われる出血及び血圧の低
下が認められ、ショック状態となった。

・10月17日、亡Dは、消化管出血により死亡。病理解剖が行
われ、半月体形成性腎炎及び虚血性腸炎と病理診断され、直接死
因は、臨床経過を考慮して、消化管出血及び尿毒症であるとされ
た。

■循環器内科医師の過失の有無

「原告らは,第1回入院中の亡Dの血清クレアチニン値,CRP
値の上昇,肉眼的血尿,蛋白尿及び変形赤血球がみられたこと等
から,被告病院の循環器内科担当医師であるH医師は,腎疾患を
疑い,腎臓内科医に併診を依頼すべきであったと主張する」

「・・・被告病院が高齢者を対象とする高度医療機関であること
からすると,そこに勤務する医師は,老人の疾患,特性等につい
て,他の一般的な開業医よりも深い認識と知見を有していること
が求められているというべき」

「そして,血清クレアチニン値は,糸球体の濾過機能の指標とし
ての意味を有し,糸球体濾過機能が低下すると,血清クレアチニ
ン値が上昇することになるところ,本件では,別紙検査結果一覧
表のとおり,亡Dのクレアチニン値は,第1回入院中に,上昇を
続け,退院の前日である9月13日には1.4と,被告病院にお
ける正常値の上限を0.1上回るに至った。・・・高齢者のよう
に筋肉量が低下している場合,もともと血清クレアチニン値は低
めに出る傾向があり,血清クレアチニン値が正常であっても腎機
能が正常ではない場合があること,GFRが正常値の50%まで
は,糸球体の予備機能によって,クレアチニン濃度は上昇せず,
50%を切ると腎機能障害を反映して増加することになることも
考慮すると,第1回入院中の亡Dの血清クレアチニン値の経過は,
腎機能の悪化をうかがわせるものであったということができる。
また・・・,BUNの値も,糸球体の濾過機能を示すものである
ところ,第1回入院中には,いまだ被告病院における正常値の範
囲内にあったものの,その数値は上昇を続けており,この推移も,
亡Dについては,何らかの腎機能の悪化を疑うべき根拠となり得
るものといえる。さらに,クレアチニン・クリアランスについて
みると・・・,被告病院腎臓内科のL医師は,亡Dの死亡後に,
クレアチニン・クリアランス値を計算し,その値を42.6
ml/minと記載しているところ,この値は腎機能高度低下を示すも
のであることからすれば,尿量の測定の正確性に疑問を呈する余
地があるとしても,この値からも,担当医師としては,亡Dの腎
機能低下に留意すべきであったといえる」

「また,本件では,上記のとおり,第1回入院中に,亡Dには,
肉眼的血尿(第1回入院中には,やや茶褐色の血尿がみられてい
た。),蛋白尿及び変形赤血球の尿所見が認められているところ
・・・,血尿を呈する疾患としては,腎前性,腎性,腎後性のも
のがあり,そのうち腎性血尿は糸球体性と非糸球体性に分けられ,
その鑑別として,蛋白尿や変形赤血球がある場合には,糸球体疾
患を疑うとされていることからすれば,第1回入院中にみられた
上記の尿所見は,糸球体疾患(急性糸球体腎炎もこれに含まれて
いる。)を疑わせるものであったといえる。のみならず・・・,
平成14年に,平成13年度時点の指針として公表されたRPG
N早期発見のための診断指針によれば,(1)尿所見異常(主とし
て血尿や蛋白尿,円柱尿),(2)血清クレアチニンが正常値より
も上昇,(3)CRP高値や赤沈促進との所見がある場合には,R
PGNの疑いとして,腎臓専門医への受診を勧めるとされている
ところ,この診断指針は,平成12年度に原案の段階から公表さ
れていたものである。本件では,上記の所見に加え,別紙検査結
果一覧表のとおり,亡DのCRP値は,第1回入院中一貫して高
値を示しており,この診断指針に照らすと,亡Dには,RPGN
の疑いがあるとして,腎臓専門医への受診を勧めるものであった
ことになる。また,被告提出にかかる一般的な医学教科書にも,
RPGNの症状として,激しい急性腎炎症状(血尿・高血圧・浮
腫),尿蛋白等があり,早期に腎不全となるならRPGNを疑え
との記載があるところ,被告は,平成12年当時,H医師がこの
ような知見を有していたとしている」

「さらに,M医師は,亡D死亡後に記載した経過要約において,
第1回入院時に既に腎機能が悪化していたと評価しており,同じ
く亡D死亡後に行われた臨床病理検討会(CPC)においても,
第1回入院時に同医師が診察に当たっていれば,RPGNを疑っ
たとの発言をしており,さらに,書面尋問に対する回答書及び証
人尋問においても,第1回入院中の所見を前提とすると,RPG
Nを疑うべき疾患の一つとして念頭におくとの意見を述べている」

「以上の点からすれば,第1回入院時の担当医師であるH医師は,
亡Dの第1回入院中の検査値,所見から,腎機能の低下を考え,
その原因の一つとして,RPGNを含む腎疾患を疑うべきであっ
たと認められる」

「次に,上記のように,H医師が亡DについてRPGNを含む腎
疾患を疑うべきであったとしても,H医師に,第1回入院の退院
時までの時点において,腎臓内科医に併診を依頼すべき注意義務
違反があったか否かについて検討する」

「・・・H医師は,9月8日及び12日に血尿及びCRP高値等
の鑑別のため,泌尿器科に併診を依頼しているところ・・・,血
尿は腎疾患を疑わせる徴候ではあるが,それと同時に,尿路感染
症,尿路結石,尿路悪性腫瘍等の腎後性の疾患も鑑別診断を要す
べき疾患とされ,無症候性血尿の場合,50歳以上の男性,特に
60歳以上の男性では,尿路系悪性腫瘍との鑑別が重要であると
されている。そして・・・,亡Dについては,尿細胞診及び腫瘍
マーカーの結果,悪性腫瘍は否定されており,尿路感染症は否定
的と考えられたものの,他の腎後性の疾患については,いまだ否
定できていない状態であり,CRP高値の原因としては,痔核の
影響も否定することができない状況にあった。さらに,第1回入
院時において,亡Dのクレアチニン値は上昇を続けていたものの,
数値として異常を呈したのは,退院の前日である13日の1回の
みであり,しかも,被告病院における正常値の上限をわずか0.
1超えたにすぎず,その腎機能の異常の程度については,原告か
ら提出されたP医師作成の意見書においても,十分に着目しなけ
れば見逃す危険性が高い程度のものであるとされているところで
ある」

「これらの点からすれば,亡Dの症状・所見としては,RPGN
を含む腎疾患を疑うべきであったが,それと同時に,尿路結石等
の腎後性の疾患についても疑われ,これらの鑑別を要すべき状態
にあったというべきである。そうすると,亡Dの症状・所見につ
いて,泌尿器科の疾患を除外診断をすべく,泌尿器科に併診を依
頼したH医師の判断が不合理なものであったとはいえない」

「そして,泌尿器科医師も腎臓専門医であり,腎疾患についても,
一般内科医以上の知見を有していると考えられることからすれば,
腎臓疾患と泌尿器科疾患が並列的に疑われる第1回入院時におい
ては,一般内科医師たるH医師としては,泌尿器科に併診を依頼
し,その判断に委ねれば,ひとまず足りるのであって,それに加
えて,腎臓内科医に併診を依頼すべき義務があったとまでは認め
られない」

■泌尿器科医師の過失の有無

「原告らは,泌尿器科医師には,腎疾患についてのより高度な知
見が求められるところ,第1回入院中の亡Dの血清クレアチニン
値,CRP値の上昇,肉眼的血尿,蛋白尿,変形赤血球がみられ
たこと等から,泌尿器科担当医師たるI医師は,腎疾患を疑い,
腎臓内科医に併診を依頼すべきであったと主張する」

「泌尿器科医師も広い意味での腎臓専門医であり,腎機能の評価
についてもより高度な医学的知見を有するべきと考えられること,
そして,第1回入院中の亡Dには,腎疾患を疑わせる複数の徴候
が認められたことは上記のとおりである」

「もっとも・・・,I医師は,H医師に対し,尿細胞診とDIP
実施を指示しているところ,これは尿路結石ないし尿路腫瘍等の
泌尿器科疾患の鑑別を目的するものと考えられ,I医師としては,
まずは,泌尿器科疾患の鑑別が必要であると判断したものと認め
られる」

「そして,第1回入院時において,RPGNを含む腎疾患を疑う
べき状態にあったのは上記のとおりであり,亡Dの血清クレアチ
ニン値は上昇を続けているものの,数値として異常を呈したのは,
退院の前日である9月13日の1回のみであって,H医師が泌尿
器科担当医であるI医師に対し,亡Dについて併診を依頼したの
は,9月8日及び12日のことであり,その当時の検査値は,8
日の血清クレアチニン値が0.9,BUN値が19,CRP値が
7.9,11日の血清クレアチニン値が1.3,BUN値が24,
CRP値が11.1であり,BUN値及び血清クレアチニン値は
いずれも被告病院における正常値の範囲内であった」

「また,腎臓内科医師であるM医師は,RPGNであるとの疑い
を有することを前提にしても,亡Dの全身症状が安定していれば
一度退院させた上での経過観察も考えられると述べていること
(Mの書面尋問回答書,証人M),P医師作成の意見書において
も,RPGNについては除外すべき疾患の一つとして念頭に置く
とされるのみであって,RPGNの診断は,まず数週から数か月
にわたる急速な腎機能悪化と有意な尿所見(顕微鏡的血尿,尿沈
査で顆粒円柱,赤血球円柱の存在など腎炎を示唆する所見)があ
り,慢性腎不全を除外できる場合であるとされ,亡Dの入院中の
経過からして,在宅で経過観察する方法も選択の一つであるとさ
れていることは上記のとおりである」

「以上の点からすれば,第1回入院中において,亡Dに腎機能の
悪化があったとしても,早急に確定診断をした上で,治療を開始
しなければならないほどの緊急性があったとは認められず,他に,
これを認める的確な証拠はない」

「そうすると,I医師がH医師から併診の依頼を受けた9月8日
及び12日の段階において,まずは泌尿器科疾患を除外しようと
考え,尿細胞診とDIPの実施を指示したのみで,腎臓内科への
併診を指示しなかったI医師の判断が誤りであったとまではいえ
ず,被告病院が高齢者を対象とする高度医療機関であり,高齢者
の疾患について高度の医学的知見を要求されることを考慮しても,
被告病院の泌尿器科医師に,亡Dの第1回入院時において,腎臓
内科を併診させるべき義務があったとは認められない」

「なお,P医師は,泌尿器科において,臨床経過から最終的に尿
細胞診で悪性腫瘍が否定され,抗生剤治療にも反応しないCRP
値の悪化があることより,尿路感染が腎機能悪化の主たる原因と
は考え難いと判断した時点で,腎臓内科医に併診を依頼すべきで
あったとの意見を述べているが,泌尿器科医師が泌尿器科疾患の
鑑別のために必要と判断したDIPの実施前に,腎臓内科に併診
を依頼すべきとする根拠は必ずしも明らかではなく,これに泌尿
器科医師が亡Dについて相談を受けた当時の上記検査値等をも併
せ考えると,P医師の上記意見をもって,亡Dの当時の症状等に
ついて,泌尿器科疾患の鑑別に先立ち,腎臓内科医へ併診を行い
又は指示すべき義務があったとまでは認めることはできない」

「以上より,第1回入院時に,被告病院担当医師らが,腎臓内科
に併診を依頼すべきであったとする原告らの主張は採用できない」

■第1回入院の退院時に担当医師に療養指導を怠った過失の有無

「原告らは,被告病院担当医師には,第1回入院の退院時に,発
熱・血尿があるか,全身状態が不良なときには,重篤な腎疾患に
罹患している危険性があるために,早急に被告病院の腎臓内科を
受診するように療養指導すべきであり,担当医師であるH医師に
は,この療養指導義務を怠った過失があると主張するので,この
点について判断する」

「第1回入院中に,亡Dの症状,所見からは,腎疾患の可能性及
び泌尿器科疾患の可能性が疑われ,その鑑別診断がついていなかっ
たことは,上記のとおりである。そして,H医師は,DIPを予
約するとともに,約2週間後の9月26日に泌尿器科受診を指示
して,経過観察を前提に,亡Dを退院させ・・・このように,亡
Dは,第1回入院時に問題となった症状・疾患が治癒に至ったた
めに退院となったわけではなく,H医師は,継続的な経過観察を
行う必要があることを前提に,亡Dの全身状態を考慮して退院さ
せたものであるから,その退院に当たっては,亡D又はその家族
に対し,何らかの異常が認められた場合には,被告病院を受診す
ることとの一般的な指示をすべき義務があったものと認めるのが
相当である」

「もっとも・・・,第1回入院の退院時点においては,入院時に
みられた亡Dの症状,所見について診断がついておらず,腎疾患
と併せて,泌尿器科疾患も疑われる状態であり,CRP値は上昇
しているとはいえ,クレアチニン値は,数値としては,異常値を
示したのは1度のみであって,しかも,被告病院の正常値の上限
をわずか0.1上回ったにすぎず,他に,重篤な腎疾患を具体的
に予見することが可能であったと認めるに足りる事情はない。そ
うすると,H医師に,何らかの異常があった場合に被告病院を受
診すべきとする一般的な指示を超えて,発熱・血尿があるか,全
身状態が不良なときには,重篤な腎疾患に罹患している可能性が
あること,腎臓内科を受診すべきことまでを具体的に説明すべき
義務があったとまでは認めることができない」

「また,本件においては・・・,原告Bらは,亡Dが元気がなく,
食事を摂取できない状態となったが,受診予約をしていた9月2
6日の前日である25日に被告病院に電話をかけて亡Dの状態等
について相談し,同人に被告病院を受診させていること,H医師
は,第1回入院の退院時に,亡Dの長男Eに対し,痔の痛みがひ
どいようであれば外科に相談することなどを説明していること,
さらに,被告病院M医師も,退院時には何かあったら受診するよ
うにとの指示をするのが通常であるとの証言をしていること,H
医師は,JクリニックのK医師に対し,診療情報提供書により亡
Dの診療情報を提供して,同人について被告病院退院後の経過観
察を依頼していることなどからすれば,H医師は,退院時に,亡
Dないしその家族に対し,何らかの異常が認められた場合には,
被告病院を受診するよう指示したものと認めるのが相当である」

「以上のことからすれば,第1回入院の被告病院担当医師である
H医師は,亡Dを退院させるに当たって必要とされる療養指導義
務は尽くしたものと認められるから,H医師に,退院時における
療養指導義務違反があり,これによって損害が生じたとする原告
らの主張は採用できない」

■判決主文
(請求棄却)