判例速報
今回は,被告が開設する被告病院において腹腔鏡下胆嚢摘出術 及びS状結腸部分切除術を受けた原告Aが,本件手術の際の縫合 における手技上の過失により縫合不全を起こした,本件手術の術 後管理を怠ったと主張して損害賠償請求した事案です。 ■年月日・裁判所 H20.2.21 名古屋地裁 平成17年(ワ)第600号 損害賠償請求事件(医療過誤) ■当事者 ・原告Aは,昭和28年生まれの男性。原告Bの代表取締役。 ・被告は,H市内において被告病院を開設し,経営管理している。 ■診療経過 ・平成14年11月,原告Aは,健康診断で大腸ポリープを指摘 され,G病院で検査を受けたところ,胆嚢結石症,大腸(S状結 腸)腫瘍に罹患していることが判明し,同病院で手術を受けるこ とになったが,その後,当該手術は中止となった。 ・平成15年4月15日,被告病院受診。 ・4月24日,被告病院で診察や検査を受け,同年5月9日から 入院し,5月12日に本件手術を受けることになった。被告病院 のE医師及びF医師は,同年5月9日,原告Aに対し,本件手術 について説明した。 ・5月12日,被告病院担当医師により,本件手術が行われた。 本件手術は,まず腹腔鏡下で胆嚢を摘出し,ペンローズドレーン を留置し,創縫合を行った後,左下腹部を切開し,S状結腸を摘 出して,Gambee縫合(縫合の手法の1つ)にて結腸の吻合を行い, ペンローズドレーンを留置するという内容であった。本件手術の 術者は,E医師,F医師及びC医師の3名であり,まず,執刀医 であるC医師(助手はE医師)が,腹腔鏡下で胆嚢を摘出し,ペ ンローズドレーンを留置した上,創縫合をし,その後,C医師か らF医師に執刀医を交代し(助手はE医師),F医師が,左下腹 部の切開して,S状結腸を摘出し,良性腫瘍であることを確認し た後,手縫いであるGambee縫合にて結腸の吻合を行い,ペンロー ズドレーンを留置した。そして,本件再手術の結果,結腸の吻合 分前壁に3mmと5mmの2か所の小穴が認められたので,縫合不全 による腹膜炎が生じたと診断された。本件手術に要した時間は, 3時間13分であった。 ・5月16日午前8時ころ,被告病院担当医師は,原告Aを診察 したが,ドレーンのガーゼ交換では漿液性の付着物が認められた。 被告病院担当医師は,上記診察の結果,原告Aに留置してあった 経尿道的バルーンカテーテルを抜去。原告Aは,この日から食事 の摂取を開始。 ・午後3時過ぎから下腹部から陰部にかけて疼痛を覚えるように なった。 ・午後3時45分ころ陰部の亀頭先端が痛いとして排尿困難を訴 えた。被告病院担当医師は,上記バルーンカテーテル抜去後に排 尿困難と下腹部から陰部にかけての疼痛の症状が出たこと,上記 バルーンカテーテルを本件手術前に挿入する際に困難を伴ったこ とから,原告Aの上記症状は上記バルーンカテーテル操作時に尿 道損傷,前立腺炎が生じた可能性があると考えた。そこで,まず 導尿を行い400mlの尿を流出させたところ,痛みが軽減した とのことであったので,被告病院担当医師は,尿道損傷,前立腺 炎の疑いがあるとして経過を観察することにした。 ・午後9時すぎに原告Aが悪寒を訴え,体温も午後10時に39. 1度に上昇した。被告病院担当医師は,原告Aの上記症状は,尿 道損傷,前立腺炎の炎症による症状と考えて,引き続き経過観察 を行うとともに,発熱があったことから抗菌剤であるクラビット を投与。 ・5月17日,原告Aは,陰部痛の他に腹部全体の腹痛を訴えて いたが,腹部について筋性防御は認められなかった。腹部レント ゲン検査の結果,横行結腸にガスが存在しているとの所見が認め られた。 被告病院担当医師は,血液検査の結果からは感染症が考 えられるが,腹部レントゲン検査で認められたガスはフリーエアー であり,腹部開腹手術後は1週間から2週間程度認められるのが 通常で,ドレーンも設置してドレーンを通して腹腔と外部との交 通があることから,ガス(フリーエアー)の存在が消化管穿孔を 示すものとはいえないこと,原告Aが訴える腹部痛は吻合した左 腹部ではなく右腹部であり,陰部痛も訴えていたことから,原告 Aの症状について縫合不全の可能性は否定できないが,原告Aの 上記症状からすると本件手術におけるバルーンカテーテル操作時 に困難を伴ったので,その時に尿道・前立腺にかけて尿道損傷, 前立腺炎を引き起こしたことが疑われると判断し,鎮痛剤の他に 抗菌剤のクラビットを引き続き投与した上,縫合不全の可能性も 否定できないことから絶食の措置をとって,しばらく原告Aの症 状を観察しながら必要な治療を行うことにした。 ・5月23日,原告Aの体温は,午前6時の体温は37.9度で あり,この日の血液検査の結果,白血球数は1万0600であっ た。被告病院担当医師は,原告Aに対し,「本件手術後,発熱, 腹痛が続いており,血液検査やCT検査の結果,腹腔内膿瘍と考 えられる。原因として結腸吻合部の縫合不全,虫垂炎などが疑わ れるが特定できない。本日まで抗生剤で治療してきたが,軽快す る見込みがないため手術が必要であると考える。」旨の説明を行 い,原告Aの同意を得た。同日,被告病院担当医師により,2度 目の手術(以下「本件再手術」という。)が行われ,開腹した結 果,結腸の吻合分前壁に2か所の小穴が認められたので,縫合不 全による腹膜炎が生じたと判断された。その後,生理食塩水によ る腹腔内洗浄が行われ,縫合不全部を人工肛門として設置。 ・平成15年10月7日,原告A,被告病院を退院。 ・11月20日,原告Aは,人工肛門閉鎖・再建術のために被告 病院に入院し,12月27日に退院。 ■縫合不全は吻合の手技に過失があったことに起因か否か 「・・・本件手術におけるS状結腸摘出後の吻合部位において縫 合不全が発生したことが認められる」 「もっとも・・・,吻合手技は縫合不全の発生原因となりうるが, それ以外にも縫合不全の発生原因となるものがあるから,縫合不 全が起こったことをもって,直ちに吻合手技に過失があったとい うことはできない。そして・・・,縫合不全を防ぐためには,縫 合に際し,適式な術式を選択し,縫合が細かすぎたり結紮が強す ぎたりして血行を悪くしないこと,吻合部に緊張をかけないこと が必要であるとされていることを考慮すると,債務不履行に該当 する吻合手技上の過誤があるというためには,選択した術式が誤 りであるとか,縫合が細かすぎた,あるいは結紮が強すぎた,も しくは縫合部に対し過度の緊張を与えたと認められる場合に限ら れると解するのが相当」 「原告らは,原告Aに生じた縫合不全の原因について,(1)原告A には縫合不全の発生因子とされる12項目の全身性因子は存在せ ず,(2)吻合の技術的な理由に起因する縫合不全は術後4日目に発 生することが多いところ,本件においても術後4日目に縫合不全 が発生していること,(3)本件手術では手縫いによるGambee縫合に よる吻合が行われたということを理由に,本件の縫合不全はF医 師が不適切な吻合操作をしたことが原因であると主張する。そし て,D医師作成の陳述書には,原告らの上記主張に沿う記載部分 がある」 「まず,原告らの主張(1)については・・・,栄養状態の低下,肝 疾患や糖尿病の合併,ステロイド療法等は縫合不全の原因となり うることが認められるところである。しかし・・・,原告ら主張 の全身性因子が原告Aに存在しなかったということから,直ちに F医師の吻合手技に過失があったと推認することはできない。ま た・・・,喫煙も縫合不全の原因となり得るものであることが認 められるところ,原告Aは1日40本位の煙草を吸うヘビースモー カーであり,入院中の一時外出中にも煙草を吸っていたことを考 慮すると,原告Aに縫合不全の危険因子がなかったとはいえない というべき」 「また,原告らの主張(2)については,証拠中には同主張に沿う記 載部分がある。しかし,証拠によれば,開腹手術をしてから4日 前後の時期は,手術後8時間ころから回復し始めた腸管運動によ る排ガスがみられる時期であり,このころに腸管内圧が高まるこ と,また,同時期は,吻合部の治癒機転からみても機械的な癒合 から生物的な癒合に移行する時期で,もっとも吻合部の組織が脆 弱であることから,吻合部に血行障害や物理的圧迫などなんらか の障害が生じている場合には,縫合不全が発生する可能性が高い ことが認められる。そうすると,開腹手術後4日目に縫合不全が 発生することが多いのは,その時期に腸管内圧が高まる反面,吻 合部の組織が最も脆弱な状態になっていることに起因するのであ るから,開腹手術後4日目に縫合不全が発生したことは,吻合手 技に問題があったことを直ちに裏付けるものとはいえない。また ・・・,大腸は,血管構築が終末動脈的で粘膜,粘膜下の血管吻 合が疎であり,腸内容は固形で細菌も多いことから,もともと縫 合不全が発生しやすい部位であることを考慮すると,開腹手術後 4日目に縫合不全が発生したということをもって,吻合手技に問 題があったと推認することも困難であるというべき」 「さらに,原告らの主張(3)については,証拠によれば,手縫いの 場合にはGambee縫合による吻合が合理的とされていることが認め られるから,Gambee縫合による吻合を選択したことが誤りであっ たとはいえない。また,原告らは,F医師は経験の浅い医師であっ たから縫合不全は縫合手技に起因すると考えられると主張する。 F医師のGambee縫合の経験数は不明であるが・・・,本件手術に はA医師が助手として立ち会っているところ,E医師はF医師の 先輩であり,被告病院において年間200例程度行われる大腸の 手術に関与しているのであるから,F医師の吻合手技に,縫合が 細かすぎた,あるいは結紮が強すぎた,もしくは縫合部に対し過 度の緊張を与えたといった問題があったにもかかわらず,E医師 がそのまま手術を終了させるとは考え難い(E医師も,本件手術 に際しF医師の縫合がちゃんとできていることを確認した旨供述 している。)。また・・・,手術後3日以内に発生した縫合不全 については縫合の不備が疑われて再手術が検討されるところ,上 記前提事実のとおり,本件手術後3日目である平成15年5月1 5日までの間に特に異常は窺えなかったところである。これらを 考慮すると,原告ら主張の事情をもって吻合技術に問題があった と推認することはできないというべき」 「以上のとおり,本件手術は,縫合不全が発生しやすい大腸(S 状結腸)を対象とするものであったこと,原告Aは喫煙者であり, 縫合不全の危険因子がないとはいえず,縫合手技以外の原因によ り縫合不全が発生した可能性が十分あること,F医師による吻合 の方法が不適切であったことを裏付ける具体的な事情や証拠はな いことを考慮すると,原告Aに生じた縫合不全がF医師の不適切 な吻合操作によるものであると認めることはできないというべき である」 ■平成15年5月17日の処置における過失の存否 「平成15年5月16日及び同月17日の段階で,原告Aには, 白血球の増多・CRP値の上昇の他に発熱及び腹痛の症状が認め られたものの,ドレーン排液は漿液性であり,腹痛も吻合部であ る左腹部ではなく右腹部であったこと,腹部レントゲン検査の結 果からは縫合不全を裏付ける所見は認められなかった反面,原告 Aが訴える陰部痛については,本件手術におけるバルーンカテー テル操作時に困難を伴ったことに起因する可能性があったことが 認められる」 「そうすると,原告Aの症状について,縫合不全であることの可 能性は否定できないとしつつも,尿道損傷・前立腺炎の疑いがあ るとの被告病院担当医師の判断が不合理であったということはで きない」 「そして,上記判断を前提に抗菌剤であるクラビットを投与しつ つ,絶食として経過をみることにしたという被告病院の医師の措 置が不合理であったともいえない」 「原告らは,平成15年5月17日に撮影の腹部単純X線写真に おいて横隔膜下に遊離ガスが存在しており,消化管穿孔が強く疑 われた上,高熱,白血球数及びCRP値の上昇という縫合不全を 疑わせる兆候を認めたのであるから,被告病院担当医としては, 縫合不全からの腹膜炎を疑い,排出液の細菌培養検査を行うなど して起炎菌に効果のある抗生剤を投与する内科的治療を行うとと もに,外科的処置としてドレナージを行うべき注意義務があった と主張する。そして,D医師作成の陳述書には,原告らの上記主 張に沿う記載部分がある」 「・・・平成15年5月17日に行われたレントゲン検査では横 行結腸にガスの存在が認められたが,これは開腹手術後には通常 存在するものであり,直ちに縫合不全を裏付けるものとはいえな い。また・・・,原告Aに発熱,白血球増多及びCRP値の上昇 が認められたものの,吻合部の左腹部ではなく右腹部の腹痛を訴 えていたこと・・・や,ドレーン排液は漿液性であった反面,尿 道損傷・前立腺炎を疑う理由もあったことが認められるのである から,縫合不全であることの可能性は否定できないとしつつも, 尿道損傷・前立腺炎の疑いがあるとの被告病院担当医師の判断が 不合理であったということはできない。そうすると,被告病院担 当医師において,排出液の細菌培養検査やドレナージを行うべき 注意義務があったとはいえない」 ■平成15年5月18日の処置における過失の存否 「平成15年5月18日午前1時50分ころ原告Aのドレーン抜 去部のガーゼに膿が付着していることが認められた。そこで,被 告病院担当医師は,点滴により抗生剤(カルベニン)を投与する ことにした。 「同日午前3時30分ころ,原告Aの体温は38.1度であり, 尿道の痛みを訴えたため,被告病院担当医師は,鎮痛剤(ロピオ ン)を投与することにした」 「同日午前7時20分ころドレーン抜去部のガーゼ交換をした際 にガーゼに膿が付着していた。原告Aは,尿道の痛みと右腹部痛 を訴えていた」 「同日午前9時45分ころから,原告Aに対し,腹部CT検査が 行われ,被告病院担当医師は,『直腸膀胱窩から右傍結腸溝にか けて被包化されたeffusion(滲出液)を認め,辺縁は淡く濃染し, 内部に一部air density(空胞陰影)を認めます。腹腔内abscess (膿瘍)が疑われます。周囲脂肪織の炎症性変化は目立ちません。 腹壁下にair densityと内部にeffusionが見られ,術後変化と思わ れます。腹水,有意なリンパ節腫大は指摘できません。』との所 見を認めた」 「同日午後3時ころに被告病院担当医師が原告Aを診察したが, 原告Aの体温は37.8度であり,相変わらず右腹部痛を訴えて いた。そこで,被告病院担当医師は,再度ドレーンを挿入したが, 十分な排液が得られないため,適切な位置まで到達していないと 考えたものの,それ以上無理に押し込むのはかえってよくないと 判断し,それ以上挿入することは控えた」 「被告病院担当医師は,原告Aに発熱の症状が継続し,白血球数 及びCRP値も高いことから縫合不全の可能性は否定できないが, 腹部CT検査で認められたeffusion(滲出液)は吻合部の左腹部 ではなく右腹部であったこと,原告Aが訴える腹部痛も左腹部で はなく右腹部であったことからすると,急性虫垂炎をはじめとす る炎症性腸疾患を疑って治療をするのが相当であると判断し,ク ラビットよりも強力な抗生剤であるカルベニンを投与して,しば らく原告Aの症状を観察しながら必要な治療を行うことにした」 「縫合不全の発生は,ドレナージの不良(ドレーン排液の汚染・ 悪臭),全身状態(腹痛・腹満・発熱等)の悪化,血液検査の結 果(白血球増多・CRPの上昇等),腹部CTによる検査(腹腔 内の液体貯留),ガストログラフィンによる消化管造影(造影剤 の漏出)などにより診断されるところ・・・,平成15年5月1 8日において,原告Aは,発熱が継続し,白血球数・CRP値が 依然高い状態であり,ドレーン抜去部のガーゼには膿が付着して いたことが認められる」 「しかし,一方,同日におこなわれた腹部CT検査では,腹腔内 にeffusion(滲出液)の存在は認められたものの,その部位は吻 合部である左腹部ではなく右腹部であり,原告Aが訴える腹部痛 の位置も同様であったものである。そうすると,縫合不全の可能 性も考えた上,急性虫垂炎をはじめとする炎症性腸疾患を疑って カルベニンを投与して,しばらく原告Aの症状を観察しながら必 要な治療を行うことにしたという被告病院担当医師の判断が不合 理なものであったということはできない」 「原告らは,原告Aにおいて,5月18日に,高熱,白血球数, CRP値の上昇に加えて,ドレーン排液の汚染が認められたので あるから,ドレーン排液の汚染が確認されれば,縫合不全はほぼ 確実であり,被告病院担当医師としては,縫合不全からの腹膜炎 を疑い,排出液の細菌培養検査を行うなどして,起炎菌に効果の ある抗生剤を投与する内科的治療を行うとともに,外科的処置と してドレナージを行うべき注意義務があったと主張する。そして, D医師作成の陳述書には,原告らの上記主張に沿う記載部分があ る」 「ところで,原告らは,ドレーン排液の汚染が確認されれば縫合 不全はほぼ確実であると主張するが,腹部CT検査ではeffusion (滲出液)は吻合部である左腹部ではなく右腹部に存在し,吻合 部位ではなく他部位で縫合不全からの漏出による炎症・感染・痛 みが生じるケースはかなり稀であることを考慮すると,縫合不全 がほぼ確実であるとは直ちにいえず,被告病院担当医師が縫合不 全であると直ちに判断しなかったことが不合理なものであったと いうことはできない」 「また,排出液の培養検査や消化管造影検査が行われなかったこ とは原告ら主張のとおりであるが,上記のとおり被告病院担当医 師は,腹部CT検査の結果等も考慮して,縫合不全の可能性も考 えた上,急性虫垂炎をはじめとする炎症性腸疾患を疑ってカルベ ニンを投与し,しばらく原告Aの症状を観察しながら必要な治療 を行うことにしたものであり,平成15年5月18日の時点にお ける原告Aの状態に照らすと,さらに原告ら主張の上記検査を行っ て原告Aの症状が縫合不全に起因するものであるか否かを確定す べき注意義務があったとまでは認められないというべき」 ■判決主文 (請求棄却)