判例速報

 今回は、原告が、くも膜下出血を発症後、被告の開設するA病
院(被告病院)に入院し、2度にわたり脳動脈瘤に対するクリッ
ピング手術を受けたが、意識障害、右上下肢麻痺及び左下肢麻痺
の後遺障害が残ったことから、2度の手術において過失があった
などとして損害賠償請求した事案です。

■年月日・裁判所
H20.2.13 名古屋地裁 平成17年(ワ)第1883号 損害賠償請求事件(医療過誤)

■診療経過

・平成13年11月4日、原告は、飲酒中に意識を消失して倒れ、
B病院を受診した。同病院における頭部CT検査の結果、くも膜
下出血が認められた。

・11月5日、原告は、救急車で被告病院に搬送され、以降、被
告病院に勤務するC医師が原告の治療を担当することとなった。
脳血管撮影検査の結果、前交通動脈に破裂脳動脈瘤が存在するこ
とが判明。

・同日、原告に対し、緊急開頭術及び脳動脈瘤頸部クリッピング
術が行われた(第1手術)。

・11月12日、CT検査の結果、右前頭葉に低吸収域(脳梗塞)
が認められた。

・11月19日、脳血管撮影検査の結果、脳動脈瘤の残存と、右
前大脳動脈の閉塞が認められた。

・11月20日、上記脳血管撮影検査の結果を受け、再手術を行
うこととなった(第2手術)。 第1手術で掛けたクリップを露出
すると、同クリップは、動脈瘤ではなく前交通動脈に掛かってい
た。 脳動脈瘤を剥離・露出する途中、同脳動脈瘤が破裂。 

・20時52分、破裂による出血を止めるために、左前大脳動脈
の動脈瘤より中枢側にテンポラリークリップを掛けて血流を遮断
した上、動脈瘤の頸部と思われるところに仮のクリッピングを行
い、20時54分、上記テンポラリークリップを外した。

・20時56分、再度左前大脳動脈中枢側にテンポラリークリッ
プを掛けるとともに、左前大脳動脈末梢側にもテンポラリークリッ
プを掛けて血流を遮断した。その上で、動脈瘤の剥離・露出を進
め、とりあえず止血ができるような形で動脈瘤頸部にクリップを
掛け、21時14分、上記テンポラリークリップを外し、血流遮
断措置を解除。

・21時20分、再度テンポラリークリップを掛けた上で、動脈
瘤頸部に対するクリッピングをやり直し、21時30分、最終的
に上記テンポラリークリップを外した。

・11月22日、CT検査の結果、左前大脳動脈領域に低吸収域
(脳梗塞)が認められた。

・12月14日、水頭症を併発したため、V−Pシャント術(脳
室腹腔短絡術)を実施。

・現在、原告は、遷延性意識障害、右上下肢麻痺及び左下肢麻痺
により、いわゆる寝たきりの状態。

■本件障害が発生した機序

「・・・原告の左下肢は,第1手術前及び第1手術直後に麻痺が
認められたが(11月5日の看護記録には,被告病院搬送時点で
ある午前10時30分の欄に『麻痺なし』とあり,午前11時1
5分の欄にも『四肢麻痺(−)』とあることから,第1手術前の
原告の左下肢麻痺の状態はさほど重篤なものではなかったと認め
られる。),11月10日には麻痺が消失し,11月16日ころ
に若干麻痺が再出現し(第2手術前日の11月19日は第1手術
直後と同程度),第2手術後に完全麻痺の状態になったと認めら
れる」

「以上を前提として,現在原告に生じている左下肢麻痺の原因を
検討する。11月5日撮影及び11月6日撮影の頭部CT画像
(以下頭部CT画像については,『11月5日画像』などと略称
する。)を比較すると,11月5日画像において右側脳室付近に
認められる高吸収域(血腫)が,11月6日画像では縮小してい
ることが認められる。また,これらの画像と11月12日画像を
比較すると,11月12日画像では,11月5日及び11月6日
画像で認められる右側脳室付近の高吸収域と一致する部位及び右
前頭葉運動野に低吸収域が認められる。11月12日画像の低吸
収域の範囲は,11月5日及び11月6日の高吸収域の範囲より
明らかに拡大しており,鑑定人E(以下『鑑定人』という。)が
指摘するように,血腫の影響よりも広い範囲に低吸収域が認めら
れるといえる」

「次に,被告は,11月12日画像と11月19日画像を比較し
た場合,右側脳室前角外側の低吸収域が拡大したと主張し,これ
に沿う証拠があるが,鑑定人はこれを否定する。確かに,被告が
指摘する11月19日画像スライスナンバー8の右側脳室前角外
側付近に低吸収域が認められるが,11月12日画像と11月1
9日画像を比較すると,後者は水頭症により脳室が拡大し,低吸
収域を圧排していることから,両者を単純に比較することが困難
であり,直ちに低吸収域の拡大があるとはいい難い。さらに,1
1月19日画像と11月22日画像を比較すると,右前頭葉の低
吸収域の拡大が認められる」

「これらCT画像の推移と,原告の左下肢麻痺の症状の推移を併
せ検討する。第1手術後に若干認められた原告の左下肢麻痺は,
第1手術後に一旦消失しているから,一次脳損傷が現在の麻痺の
原因であるとはいい難い。また,第1手術から第2手術の間に再
度出現した左下肢麻痺は第1手術前後程度のものであったのに,
第2手術後は完全麻痺となったのであるから,第1手術から第2
手術の間に生じた脳梗塞の拡大が現在の麻痺の原因であるとはい
い難く,第2手術後に拡大した脳梗塞が完全麻痺の主たる原因で
あると認められる」

「ところで,被告は,原告の左下肢麻痺の原因は脳血管攣縮によ
るものであると主張する。脳血管攣縮の存在が画像上確認できる
のは,11月19日撮影の脳血管画像における左A1と左A2の
結合部付近(以下『コーナー部』という。)の狭窄であるが,第
1手術によって前交通動脈そのものにクリップがかけられている
ため,左A1から右A2に対する血液の供給はそもそも途絶して
いるから,かかる狭窄が第1手術と第2手術の間に再出現した軽
度の左下肢麻痺の原因とはいえないし,当該画像の時点では,既
に脳血管攣縮が治まりつつあるから,この狭窄により,第2手術
後の左下肢完全麻痺が生じたともいえない」

「また被告は,コーナー部に脳血管攣縮が認められるということ
は,左下肢運動野の中枢部分に栄養を補給している血管に攣縮が
あった可能性があるという。確かに,証拠によれば,原告は,B
病院受診中に少なくとも2度意識低下を起こしていることから,
自宅での最初の破裂を含めて,動脈瘤が少なくとも3度破裂し,
血液が脳室内にも穿破しており,くも膜下出血の出血量が多く,
脳血管攣縮を起こしやすい状態であったと認められる」

「鑑定人も,第1手術と第2手術の間の右A2への血流は,主に
右後大脳動脈からの側副血行であるところ,左下肢麻痺が再出現
していることから,右A2より末梢の右前大脳動脈に脳血管攣縮
が起きていた可能性は否定できないとしている。脳血管攣縮によ
る脳梗塞・局所症状はくも膜下出血発症後4日から14日ころに
出現するから,鑑定人の指摘するように,第1手術と第2手術の
間に生じた軽度の左下肢麻痺が脳血管攣縮によるものであること
は否定はし得ない。しかし・・・,左下肢の完全麻痺は第1手術
前最後の出血(11月5日午前3時ころ)から少なくとも16日
以上経過した後に認められたのであるから,軽度麻痺から更に進
んで完全麻痺となった原因は第2手術後に拡大した脳梗塞である
との認定は妨げられない」

「以上により,原告に現に存在する左下肢麻痺は,第2手術直前
に認められた軽度の麻痺の限度で,第1手術と第2手術の間に生
じた可能性がある脳血管攣縮の影響を否定はできないが,完全麻
痺にまで至った原因は第2手術後に拡大した脳梗塞であると認め
られる」

「第2手術後に生じた原告の右下肢麻痺は,第2手術後に生じた
左前大脳動脈領域の脳梗塞が原因であると認められる」

「・・・鑑定人は,ホイブナー動脈(前大脳動脈の穿通枝)の閉
塞症状として上肢優位の上下肢麻痺等が報告されているところ,
第2手術後に認められる左尾状核頭部(ホイブナー動脈の灌流域)
の脳梗塞及び左内包後脚を含めた放線冠の淡い低吸収域に,くも
膜下出血による一次脳損傷が加わって,原告の右上肢麻痺が出現
した可能性が高いと結論付けている」

「・・・原告の右上肢麻痺は第2手術前には認められず,第2手
術後に発生したものであるから,第2手術後に認められる上記脳
梗塞(又は低吸収域)の影響が大きいと推認されるが,一部に一
次脳損傷の影響もある(ただし,その程度は不明)ということに
なる」

「・・・第1手術後に,原告の意識状態はかなり変動がみられた
ものの,くも膜下出血による一次脳損傷の影響がほぼ固定した時
期と考えられる第2手術直前の11月19日にはJCS2と判定
されたが,第2手術後はJCS3Aで固定したと認められる。第
2手術直前の『名前が言えない状態』はJCS3に匹敵する意識
状態ではあるが,JCS3Aは単なる3とはかなり違い,場合に
よっては,JCS3AはJCS100に近いと判断されたり,J
CS20よりJCS3Aの方が意識障害としては強いと判断する
場合もある。実際の所見としても,第2手術後は自発性が喪失し,
従命が不可となり,発語自体がほとんど見られなくなっているか
ら,やはり意識状態が悪化したものというべきであり,その原因
は,第2手術後の前大脳動脈の灌流域である両側前頭葉の脳梗塞
(第2手術後に拡大した右前大脳動脈領域の脳梗塞,第2手術後
に発生した左前大脳動脈領域の脳梗塞)であると認められる」

「また・・・,11月5日及び6日画像と11月12日画像を比
較すると低吸収域が拡大しているが,原告の意識レベルは,11
月11日がJCS3,11月12日がJCS2〜3であったもの
の,11月13日以降はJCS2であり,低吸収域の拡大とは関
係なく推移しているから,第1手術と第2手術の間に認められた
脳梗塞の拡大は原告の意識障害に影響があるとはいえない。よっ
て,前述のとおり,原告の意識レベルは,一次脳損傷の影響がほ
ぼ固定した時期においてJCS2であったのであるから,この限
度において一次脳損傷による後遺障害であると認められる」

■第2手術において,長時間血流を遮断した過失の存否

「・・・第2手術において,動脈瘤を剥離露出する途中,同動脈
瘤が破裂したため,C医師は,左前大脳動脈に対してテンポラリー
クリップを計3回(血流遮断時間及び解除時間は2分間遮断(左
A1),2分間解除,18分間遮断(左A1,A2),6分間解
除,10分間遮断(左A1,A2))使用したが,かかる行為が
注意義務に違反するものと評価できるかどうかについて検討する」

「この点につき,原告は,(1)1回の遮断時間は10分以内とし,
遮断時間と同じ長さの解除時間を取るべきであった,(2)止血が完
了していない場合であっても,動脈瘤体部へのクリップやオキシ
セル綿球を出血点に当てるといった方法により出血を抑えて遮断
を解除することができる,(3)出血により術野がわかりにくい場合
は吸引除去で対応できる,と主張する。確かに,テンポラリーク
リップによる10分以内の遮断であっても低吸収域が出現するこ
とが報告されているが20分以内が安全域であるとの報告もあり
・・・,直ちに1回の遮断時間を10分以内にすべきであるとは
いえない。また,遮断時間と同程度の解除時間を取るべき注意義
務があると認めるに足る証拠はない。クリッピング術撮影ビデオ
を検討しても,出血点が分からず,動脈瘤体部へのクリップとい
う方法により出血が抑制できるか不明であるし,出血が多いため,
出血点を確認後綿球を当てる方法も現実的とは認められない。さ
らに,吸引除去の方法では血液を灌流させることにならないこと
は,被告の指摘するとおりである。テンポラリークリップによる
遮断回数,遮断時間,解除時間につき医学上不適切な点はなく,
第2手術におけるテンポラリークリップの使用が注意義務に違反
するものとは認められない」

■第1手術においてクリップを掛け間違えた過失の存否

「まず,一般に,前交通動脈瘤の手術は,動脈瘤が正中線上にあ
り術野が深いこと,動脈瘤の付近に5本の血管が存在することか
ら,難易度が高い手術の一つとされる」

「また,本件の場合,急性期の手術であり,硬膜を開くと脳が膨
隆してくるなど脳腫脹も強いことから,正常な脳をなるべく傷つ
けないように圧排し,術野を確保するのが難しく,第1手術の難
易度は通常の前交通動脈瘤手術より高いと認められる。加えて,
原告の左右のA1が交差している上,右A1が低形成でほぼ瘢痕
化していたり,前交通動脈から比較的よく発達した穿通枝が分枝
するなど通常の前交通動脈瘤より複雑な解剖学的特徴を持ってい
たことから,動脈瘤頸部の正確な把握が困難な部類にも入ると認
められる」

「一方,被告も認めるとおり,くも膜下出血を発症した患者の予
後を悪化させる最大の因子は動脈瘤の再破裂による再出血である
といわれる。脳動脈瘤頸部クリッピング術の目的はかかる再出血
の予防にあるから,執刀医には,動脈瘤の頸部を確認の上クリッ
ピングを行い,かつ,クリッピングが正確に行われたかどうか確
認すべき注意義務があるというべき」

「これを本件についてみるに,クリッピング術撮影ビデオを検討
すると,鑑定人の指摘するように,動脈瘤の頸部の正確な確認が
されないままクリッピングが行われていることが認められる。ま
た,クリッピングが正確に行われたかどうかの確認作業も,動脈
瘤の頸部と思われる部分をクリップした後,動脈瘤と思った部分
を少し掘り起こしたところ,しぼんでいるように見えたという程
度である」

「・・・原告の後遺障害の原因は,第1手術から第2手術の間に
生じた脳梗塞の拡大ではなく,第2手術後に認められる脳梗塞の
発生又は拡大及び一次脳損傷であると認められる」

「鑑定の結果によれば,左前大脳動脈領域の脳梗塞の発生は,第
2手術の際のテンポラリークリップの使用による血流遮断が主な
原因であるとされる」

「・・・クリッピング術撮影ビデオによれば,剥離露出中に動脈
瘤が破裂したため,左A1にテンポラリークリップを掛けたもの
の,出血が止まらず,術野に血液が充満したため,左A2にもテ
ンポラリークリップを掛けたところ,出血が収まったことが認め
られる。かかる事実から,原告の左A2に対する側副血行路があっ
たことが推認される。したがって,第2手術におけるテンポラリー
クリップによる影響のみによって,第2手術後に認められる左前
大脳動脈皮質枝領域の広範囲な脳梗塞が発生したと断ずることは
できない(ただし,穿通枝であるホイブナー動脈の灌流域である
左尾状核頭部に発生した脳梗塞は,テンポラリークリップによる
血流遮断が原因であると認められる。)」

「なお,F意見書は,側副血行路の存在を根拠に左前大脳動脈領
域に完全な虚血が生じることはないとした上で,『回復不能な程
度の高度な麻痺を生じたのは,むしろCT所見で見られるように,
術後出血性梗塞を伴った結果である』と説明するが,F意見書の
いう『CT所見』とはいつ撮影のどの部分を指すのか,また出血
性梗塞の前提となる脳梗塞とはどの梗塞を指すのかが明らかでな
く,趣旨及び根拠が不明確であり,採用することができない」

「・・・11月19日画像と11月22日画像を比較すると,第
2手術後に右前大脳動脈領域の低吸収域が拡大したと認められる
が,少なくともテンポラリークリップによる2回目の血流遮断の
途中までは,第1手術でかけられたクリップにより前交通動脈が
閉塞していたこと,また,手術記録に『ACoA(前交通動脈)は
Clipをはずしても狭窄or閉塞したまま』とあることからすれば,
左A1及びA2にテンポラリークリップを掛けることにより,右
前大脳動脈領域の血流に劇的な変化が起こるとは到底考えられな
い。したがって,第2手術後に拡大した右前大脳動脈領域の脳梗
塞の原因は,テンポラリークリップによる血流遮断であるとは認
められない」

「もっとも,これら左右前大脳動脈領域の脳梗塞の発生又は拡大
は,第2手術の直後に認められているから,第2手術の影響によ
るものであると認められる」

「・・・第2手術後に認められる脳梗塞の原因と,前に認定した
原告の後遺障害と脳梗塞の関係を総合すると,次のようになる。
(ア) 左下肢麻痺は,第2手術後の右前大脳動脈領域の脳梗塞の拡
大が原因であるから,第2手術によるものである(第2手術直前
に認められた軽度の麻痺の限度で脳血管攣縮の影響を否定はでき
ない)。
(イ) 右下肢麻痺は,第2手術後の左前大脳動脈領域の脳梗塞が原
因であるから第2手術によるものである。
(ウ) 右上肢麻痺は,第2手術後に認められる左尾状核頭部の脳梗
塞及び左内包後脚を含めた放線冠の淡い低吸収域にくも膜下出血
による一次脳損傷が加わって生じたものであるから,第1手術に
よるものではないし,うち左尾状核頭部の脳梗塞の影響の範囲が
不明であるので,第2手術によるものとまでもいえない。
(エ) 遷延性意識障害のうち,JCS2から3Aに悪化した原因は,
第2手術後の前大脳動脈の灌流域である両側前頭葉の脳梗塞(第
2手術後に拡大した右前大脳動脈領域の脳梗塞,第2手術後に発
生した左前大脳動脈領域の脳梗塞)であるから第2手術によるも
のであるが,JCS2程度の意識障害は一次脳損傷の影響を否定
できない」

「そして,原告は,第1手術に成功していれば,第2手術は不要
であり,第2手術によって生じた脳梗塞も発症しなかったから,
第1手術の手技上の過失と第2手術によって生じた原告の後遺障
害との間には因果関係があり,第1手術における術中の動脈瘤破
裂の抽象的な危険があることをもって因果関係を否定するのは不
当である旨主張する」

「確かに,第1手術において,クリップを動脈瘤ではなく前交通
動脈に掛けることがなければ,第2手術を行うことはなかったと
はいえる」

「しかしながら,破裂動脈瘤の術中破裂頻度は7%ないし19%,
早期手術例では30ないし40%程度とされ,急性期での手術で
は,破裂したばかりの動脈瘤に接近し,処置するため,術中破裂
に見舞われる危険性は極めて高い。また,前交通動脈瘤の場合,
動脈瘤存在部位の血管構築が複雑であるため,血管の同定・動脈
瘤の剥離が困難であることから,他の部位の動脈瘤に比べて破裂
しやすい傾向にある。そして,第1手術前の最後の破裂(11月
5日午前3時ころ)から約16日後に行われた第2手術において,
動脈瘤が実際に破裂しているのであるから,第1手術において,
動脈瘤頸部を確認するために動脈瘤を更に露出しようとした場合,
術中に動脈瘤が破裂する危険性は到底抽象的なものとはいい得ず,
むしろその可能性が高かったと認められる。さらに,第1手術の
際は,硬膜を開くと脳が膨隆してくるほど脳腫脹も強いことから,
正常な脳を傷つけないように圧排し,術野を確保するのが難しかっ
たと認められるため,破裂した場合に,テンポラリークリップに
より血流を遮断する時間が,第2手術の際のものより短くてすむ
可能性はむしろ低いと推認される」

「そうすると,第1手術において確実に動脈瘤頸部にクリップを
掛けようとすれば,術中に動脈瘤が破裂してテンポラリークリッ
プにより血流を遮断せざるを得なかった可能性が高いといえるの
であるから,第2手術と同じ結果が生じた可能性が高いといえる。
したがって,第1手術の手技に過失がなければ,第2手術によっ
て生じた脳梗塞が発症しなかったという高度の蓋然性は認められ
ないことになり,第1手術における手技上の過失と原告の後遺障
害との間に相当因果関係を認めることはできない」

■第2手術における説明義務違反の存否

「医師が,患者に対し,患者の疾患の治療のために手術等患者の
生命・身体に軽微でない結果を発生させるおそれがある医療行為
を実施するに当たっては,特別の事情のない限り患者の同意が必
要である。この同意は,患者の自己決定権に由来するものである
から,患者が当該医療行為を受けるかどうか熟慮の上決定するこ
とができるようにするため,医師には,診療契約に基づき,又は
患者の人格権を尊重するため,患者に対し,当該疾患の診断(病
名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に
選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などに
ついて説明すべき義務があると解される。また,患者が自己決定
をできない状況にあるときは,近親者等従前からの患者の生き方
・考え方に精通し,患者の自己決定を代替しうる者にこれらを説
明する義務があると解される」

「本件において,原告は,第2手術の実施に際して,C医師から
Dに対し,(ア)第1手術において動脈瘤ではなく前交通動脈にク
リッピングをしたため第2手術が必要になったこと,(イ)第2手
術における術中破裂の危険性,の2点の説明がされなかったため,
自己決定権が侵害されたと主張する」

「まず,上記(イ)について検討するに・・・,Dは,JCS2程
度の意識障害下にある原告に代わり,第2手術中に動脈瘤から出
血することがあること,及び,手術により血管や神経が傷つき,
それにより後遺症が残ることがあることの説明を受けた上で,第
2手術に同意したと認められ,この点に関する原告の主張には理
由がない」

「次に,上記(ア)について・・・この点につき,被告は,第2手
術の術前に,C医師は,Dに対し,(1)第1手術において,クリッ
プがうまく動脈瘤に掛かっていなかったこと,そのために,(2)動
脈瘤が残存していること,(3)このまま放置すると近い将来再出血
を起こす可能性があり,再出血を防ぐには再手術をするしかない
こと,を説明したと主張し,これに沿う証拠がある」

「検査・治療・手術承諾書,11月19日の医師記録及び看護記
録によれば,C医師が,同日,Dらに対し,上記(2)(3)の説明を行っ
たことは認められる。しかし,これらには上記(1)に関する記述が
ない」

「一方,平成14年2月14日の看護記録には,C医師から原告
の家族らに対する説明内容として,『もう1つ動脈瘤が発見され
たので2回目のopeをしました。』とあり,また,同年5月15日
のI・C(『説明と同意』の意味)用紙には,C医師の説明内容
として『そして,ope(第1手術のこと)の方をしましたが,…コ
ブをクリップでとめて,破裂をしないようにした。』『…検査に
て,くわしく調べてみたら,完全にコブがとめきれていなかった。
1回目のopeの際には,隠れていた部分であると考えます。そこで,
2回目のopeを行いました。…コブの所を再度,破裂しないように
とめなおしてあります。1回目のopeで,とめたところははずして
あります。』との記述がある。これら後日の説明内容からすれば,
11月19日段階において,C医師がDらに,広い意味で,『ク
リップがうまく動脈瘤に掛かっておらず,そのために』動脈瘤が
残存したという趣旨を説明していないとは言い切れないが,むし
ろ,第1手術において動脈瘤の頸部にクリッピングを行ったもの
の,第1手術前又は術中に発見できなかった動脈瘤の一部又は別
の動脈瘤が残存しているため,第2手術が必要になった,という
原告の現状とは必ずしも一致しない説明をしたものと推認される。
また,クリップが動脈瘤頸部ではなく前交通動脈に掛かっている
点は説明していないと認められる」

「したがって,C医師は,Dに対し,11月19日段階で,第1
手術の結果,前交通動脈にクリップが掛かっており,動脈瘤頸部
にはクリップが全く掛かっていないという原告の正確な病状の説
明を尽くさず,このため,Dは,原告が再度第1手術と同じ脳動
脈瘤頸部クリッピング術である第2手術を受けるのか,受けると
しても被告病院で受けるかどうかについて判断するに十分な情報
を与えられていなかったといわざるを得ない」

「よって,被告に第2手術における説明義務違反が認められる」

「もっとも,くも膜下出血患者の最大の予後不良因子は再出血で
あり,破裂脳動脈瘤では再出血の予防が極めて重要であるところ,
かかる再出血を予防し,かつ,前交通動脈に掛けられたクリップ
を除去するためには,再度脳動脈瘤頸部クリッピング術を行うほ
かない。また,別の医療機関に搬送する途中に原告の動脈瘤が再
破裂する可能性も考えられ,その場合には,直ちに適切な措置を
採ることが困難になるものと予想される。しからば,仮にC医師
が,11月19日に,Dらに対し,上記(ア)の事項を全て説明し
たとしても,原告の経過から脳動脈瘤破裂の危険性を認識してい
たと推認されるDが,第2手術に同意せず,被告病院にて再度開
頭術を行う以外の方法を選択した蓋然性が高いはいえない。よっ
て,C医師が説明義務を尽くさなかったことと,第2手術後に発
生した原告の後遺障害との間には相当因果関係があるとはいえな
い」

■損害

「・・・原告は,第2手術を受けずに保存的治療を行ったり,第
2手術を被告病院で受けるかどうかについて自己決定する機会を
奪われたものであるところ,説明を受けられなかった内容が,第
1手術の結果,前交通動脈にクリップが掛かっており,動脈瘤頸
部にはクリップが全く掛かっていないという正に原告の病状その
ものであったことその他本件に現れた一切の事情を斟酌すれば,
原告の受けた精神的損害は200万円と認められる」

「また,弁論の全趣旨によれば,原告は,本件遂行のため弁護士
に委任したことが認められ,本件事案にかんがみれば,原告が要
した弁護士費用のうち被告の過失と相当因果関係のある損害は5
0万円とみるのが相当」

■判決主文

1 被告は,原告に対し,250万円及びこれに対する平成13年
11月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

<以下略>