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医療の質・安全学会第2回学術集会 鼎談「医療の不確実性と患者安全」

2007年11月23日(金)〜25日(日)にかけて、標記学術集会が開催された。その中で23日に行われた、福井次矢氏(聖路加国際病院院長)、土屋了介氏(国立がんセンター中央病院院長)、柳田邦男氏(ノンフィクション作家)による講演と鼎談「医療の不確実性と患者安全」についてレポートする。

まず三名が講演し、その後、柳田氏の司会で鼎談に移った。

最初に柳田氏が講演を行った。氏は、ベテランであってもエラーを起こすものであり、エラーの責任を個人に帰すべきではないことを強調。現状の問題点として、医療者の広報活動不足ゆえに患者と距離が生じており、このままでは萎縮医療につながり、国民の不利益になると述べた。

次に土屋氏が、医師・患者間の乖離の相互理解の難しさを述べ、事故防止策を講じていても、いざ事故が起こったときに無策では患者・家族に不安・不信を引き起こすとし、クライシスマネジメントについて問題提起した。

その後福井氏が、医療行為は患者の個別性を重視するものであることを強調した。また、これまでの医療者の啓蒙活動不足を指摘。齟齬の埋め方を提言した。

鼎談では米国の医療者の広報活動について言及し、日本のコ・メディカルの多様性の無さが問題として挙げられた。

講演

柳田邦男氏(ノンフィクション作家)

ミスした個人への責任追及は明治以来の体質・文化である。一罰百戒で、処罰をもって安全が守られるだろうという考えがあった。しかし、システムの肥大化した現代社会ではそれが適合するだろうか。国際的にも個人に責任を負わせていない。

エラーは絶対と言って良いほどゼロにはならず、ベテランも事故を起こすことがある。したがって、それをバックアップする組織的取り組みが必要である。最近重要視されているのは小さなヒヤリハットを分析し、対策を立てるということで、アメリカの航空界では効果を挙げた。医療施設は原発や航空会社に比べ一つひとつの規模が小さいので、医療界ではリスク情報の水平展開が遅れている。

また、医療界では事故が起きたときに、患者側が感情的になる、知識が無いなどの理由から、システムの面からではなく一対一の小さな面で捉えられる傾向にある。

医療界では100年程度のパターナリズムを経て、個人の権利を重要視するという世界の潮流が日本にも広がり、インフォームド・コンセントが義務付けられた。しかし、医療者が広報活動を行ってこなかったので、ツケが回り、息切れしている。説明すべきことは「生命の危うさ」、「絶対は無い」というそもそもの話。不確実であるということの説明を積極的に取り組んでいかないと、医療界が患者の権利意識についていけず、訴訟ばかり増えることになる。萎縮医療につながり、国民の不利益にもなる。

土屋了介氏(国立がんセンター中央病院院長)

医療者は医療が不確実であると当然思っている。一方、患者は病気が治らないのは医療者の努力が足りないと思っている。この乖離を完全に無くすことは難しい。相互理解できないことを前提とした策、例えばメディエータは重要である。

患者は個別であって、疾病もそれぞれ顔つきが違う。医療行為も選択枝がある。肺がんの際、手術することもあれば手術不能のこともある。手術が成功すれば治癒するが、死亡することもある。「死亡することもある」と患者には説明するが、しかし悪い部分は聞こえていない。

医療者の認識が一般に受け入れ難い以上、事故が起こったらどうするかを考えておく必要がある。事故予防策を講じていることは患者からすれば当たり前で、医療側も結構きちんとしている。しかし事故が起こったとき、患者は「当然次の策がある」と思っているが、意外に準備されておらず、医療者がパニックを起こし、患者・家族の不安と不信を引き起こす。起こったときにどうするかが問題提起である。

福井次矢氏(聖路加国際病院院長)

患者は医療行為の善し悪しとは別に、良くなることも悪くなることもある。したがって我々医療者が医療の質を考えたとき、結果ではなくプロセスでのみ評価できる。しかし患者は治ると思っている。患者は一人ひとり状態が異なる。個人で異なり、病気で異なり、治療法でも異なる。医療者はEBMを行うので確率や数字でしか分からない。齟齬は患者の期待と異なるところから生じる。確かに医療界は対応が遅かった。現状では医療の「不完全性」と「無理解」でミスマッチがある。

アメリカでの統計だが、アメリカのドラマなどで心肺停止の75%が助かっているらしい。また、小児や若者が多いなど、実際の現場と異なる。こうした点も患者が期待することに影響を与える。普及方法は、小学校からの健康教育や、マスメディアによって成熟した意識を作ること。齟齬を互いに埋めることが重要である。

鼎談

柳田氏が米国で取材をしたときに、医師の脇にパブリックコミュニケーションズの専門家がついており、医師の言ったことをメモして渡してくれたという。米国ではそうした専門家が国民・議会・マスコミに説明する。それが日本に欠けているものだと柳田氏は指摘した。それに対し土屋氏は、個別の対応を一般化する人間がいないと述べ、医療チームの多様性の不足について指摘。また、福井氏は医療コンシェルジュ、メディエータについて言及し、既にいくつかの施設で始まっているので広まると思うと予想した。ただし広げるためには、組織のバックアップが必要であり、行政が資格を作ったり、保険適用すべきだと意見を述べた。

また、柳田氏は現在の日本の医療状況を、補給部隊の無かった日本軍と多くの補給部隊を後ろに控えた米軍が戦った、太平洋戦争時の硫黄島になぞらえた。日米では医師の数は同じだが、コ・メディカルを含めると10倍ぐらいの差があると述べ、医師を取り巻くマンパワーの重要性と、現状の保険点数ではそれを捻出できないことを主張した。

土屋氏は

  • (1)厚労省が現場の状況を知るべき
  • (2)現状では勤務医が組織化されておらず、統一意見を表明しない
と問題点を挙げ、専門家が提案し、国民が動いて、政府が作らなければならないと語った。

そのほかの医療安全対策として、福井氏は日本航空で事故の残骸を展示し、それが安全意識を高めていることから、同様のことを病院でもできないかと考えているが難しいと語ると、それに対し柳田氏は、オープンではなくクローズに、実際の事例で、腹に染みるような勉強会をするのが重要であると述べた。

最後に柳田氏が、医師が素人にも伝わる言葉を学ぶべきであると締め括った。