安全風土の形成


会員よりレポートが寄せられましたので掲載いたします。ありがとうございます。

「お茶の水女子大学公開講座・リスク学特論4・人間工学と安全管理」において聴講した、産業医科大学・産業保健学部・第二環境管理学講座・庄司卓郎先生の「安全風土の形成」を報告する。事故の少ない安全レベルの高い組織作りの参考と考える。


今、安全文化、安全風土が重視される背景

今後の事故の発生を予測する指標としての「安全文化度」に注目が集まっている
・ 労働災害の発生状況の変化
労働災害は減少してきたが、減少傾向は鈍化している
ヒューマンファクター関連の事故が増え、新しい対策が必要となっている
・ 労働者のリスク認知能力の低下
事故が減少し、労働者が体験することが少なくなった
製造設備の自動化、巨大化に伴い、危険な場所が見えない(危険の潜在化)
→ リスク認知力、危機意識の低下が見られる
・ 労働環境の変化
現場にいる請負労働者は、頻繁に入れ替わっており、人が変わっても安全が保たれる仕組みが必要となっている
・ 事故の形態変化
個人事故から組織事故へ変化している
→ 組織全体として、安全対策に取り組む必要がある
従来、職場の安全レベルの評価として、事故率が用いられてきたが、
  • ・ 事故件数が減ってきて、「年間1−2件」を比較することに意味がない
  • ・ 事故率は、過去に起きたことであり、将来の予測とならない

安全文化、安全風土の考え方

安全風土:安全行動を誘発する組織の雰囲気
安全文化の一側面で、「かたち」として現れている場合もある
安全文化:グループで共有されている安全に関する信念や価値
同業他社と比べて極端に安全レベルが高い企業に存在する文化
安全を最優先に考える意識・態度の集合体
個人としては、安全の意義を理解し、最優先に取り組む
組織としては、安全行動を推奨し、多重防御システムを設置
Zohar(1980年代) 参考1
  • ・ マネジメントの安全行動への積極的な参加、安全への傾倒
  • ・ 個人的にも安全行動を行う
  • ・ 会議でも安全の話題が優先
  • ・ 安全責任者の地位と名声が高い
  • ・ 優れた安全訓練が新人教育にも取り入れられ、定期的に反復される
  • ・ 管理職と作業員間のオープンで頻繁なコミュニケーションがある
  • ・ 適切な人員による頻繁な安全診断が行われる
  • ・ 風土が作業員のパフォーマンスの信頼性を向上させる
  • ・ 風土が管理・環境のデザイン、メンテナンスを向上させる
  • ・ 極端な生産中心主義でなく、人中心主義
  • ・ 安全推進のための独特の手法がある、など
Reason(1990年代) 参考2、3
企業のトップから現場作業員までが同じ情報を共有していることを前提として
・報告できる文化
自分自身のミスやエラーなど自分に不利な事柄も報告する
ニアミスやヒヤリハットも報告する
しかし、罰しない文化を意味する訳ではない
・ 正義の文化
意図的で悪意の感じられる不安全行動に関しては厳しく罰する
・ 柔軟な文化
予想し得ない事態に直面した時、マニュアルに頼らず臨機応変に対応できる
・ 学習する文化
過去の事故やニアミス事例に対応して組織を変化させている
優れた組織では、昨日発生した事故事例がメモ書きとしても教材として準備されている(形だけの組織では、象徴的には、教材はきちんと製本されているが、作成が古く、改訂されていない)

安全レベルの高い組織の特徴

・ コミュニケーション
トップが組織内の問題を把握している
組織構成員が組織や組織内の問題点に関する正しい情報を得ている
組織構成員は、組織の目標を把握している
・ 失敗が報告され、分析される
失敗は常に起こるものと考えられている
失敗が起きたときの対処が準備されている
事故、ニアミス事例が分析され、安全教育プログラムに反映されている
・ 自分と他人に厳しい
違反や不安全行動を黙認しない
お互い注意しあう
・ 自主管理
目標はあるが、プロセスは自由選択で、やり方を強制されない
・ 全員参加
全ての部門、階層が安全管理に参加
・ 現場重視
マニュアルはあるが緊急事態ではマニュアルに縛られない柔軟な対応
現場の担当者に相応の権限がある
・ 継続的なチェック
継続的な見直しが行われ、PDCA(PLAN DO CHECK ACT)サイクルが回っている

高信頼性組織 参考4

  • ・ 過酷な条件化で活動しながらも事故発生件数を標準以下に抑えている組織
  • ・ マインドを高めて行動することで信頼性を確保する
    マインドフル:わずかな兆しにもよく気が付き、危機につながりそうな失敗を発見し、修正する高い能力を持つ状態
マインドフル度診断(○が多いほど良くない)
  1. 普段作業に例外が発生することはまず無い
  2. 直面する状況や問題点・課題は毎日同じようなものだ
  3. 業務に必要な情報の全てがスタッフの手に入りにくい
  4. スタッフは業務遂行に当たって特定の方法を遵守するよう求められる
  5. 時間、コスト、成長率、利益などについてスタッフにノルマが課せられる
  6. スタッフはノルマ達成に追われ、しばしば近道となる案を取ろうとする
  7. 職場にミスの報告を躊躇させる雰囲気がある
  8. 不測の事態が起きたとき対策を講じる権限がスタッフにほとんど無い
  9. スタッフの多くは不測の事態に対処する必要なスキルや専門知識に欠ける
  10. 討議中、議論の前提に疑問を投げかけるような発言をすることはない
  11. ミスをするとよく責められる
  12. 他の者に助けを求めにくい雰囲気がある
・ 不測の事態をまだ芽のうちで察知し、拡大を防ぐ
失敗から学ぶ
単純化を許さない
現場でのオペレーションを重視する
復旧能力を高める
専門知識を尊重する
失敗からの学習能力

安全文化の醸成

・ 経営トップの安全へのコミットメント
安全に関する方針の表明
現場の問題を把握する
自社の安全レベルの正しい認識
安全管理担当者の権限、地位、予算
・ 情報
事故情報の入手と公表
現場スタッフとのコミュニケーション
  • ・ 現場重視
  • ・ 全員参加
  • ・ オペレーション重視
・ 人間尊重
人間工学的立場に立った、人間特性にあった対策・マニュアルの作成
モチベーションの管理
・ 源流管理
ミスは必ず起きると考える
トラブル発生時に犯人探しではなく、原因究明を行う
結果ではなく、源流を管理する
カンタス航空の安全文化・・・最も事故が少ない航空会社として知られている 参考5
  • 安全はスケジュールに優先する
  • 臆病者と言わない社風
    ←「臆病者と言われる勇気を持て(JAL)」より一歩進んだ安全文化
  • 責任ある個性の確立
    ←パイロットは自ら安全セクションへ安全情報を聞きに行く
  • 機長の寛容で謙虚な態度
  • 常に初心に戻る謙虚な飛行
  • エンジン整備の基本は5S
・ 割れ窓理論 参考6(ニューヨークの地下鉄の安全管理で実証済み)応用による安全活動
  • 一見安全と関係ない軽微な規則違反でも厳しく取り締まる
  • 安全管理担当者による職場巡視の強化
  • 全員参加による安全確保活動の実施
・ 安全文化の評価
  1. 管理方針の明確化
  2. 管理者、監督者の安全への傾倒
  3. 安全制度の設置
  4. 作業員のリスク認知
  5. 作業プレッシャー(生産性VS安全性)
  6. 能力・適性に自信を持っているか
  7. 作業手順と規則の明確化
  8. 教育・訓練が実施されているか
スコアより、全員が同様に組織の長所、短所を認識しているほうが重要との考えもある
・ 建築作業現場の調査から 参考7〜9
  • 作業現場の組織風土・・・上下関係が厳しいと協調・協力の論議も難しい
  • 現場の風土と職員・職長の安全意識の関連
  • 安全意識は正の安全意識と負の安全意識に分けられるが、正と負には関連はなく、正の意識の強い人が負の意識が弱いわけではない
  • 風土は安全に関する負の意識との相関が強い
  • 安全を軽視する風潮があるとそちらに引っ張られる
  • 活発に論議する風土では、不安全意識が低減する

まとめ 〜安全風土をいかに醸成するか〜

安全風土の醸成方法は確立されていないが、多くの事例から以下が重要と思われる
  • ・ 現場では作業に関するコミュニケーションが十分に取られている
  • ・ 所長が作業員一人ひとりの名前を呼んで話をしている
  • ・ 作業や安全に関して上下の関係なく意見を述べることができる
  • ・ 現場職員は生産性や安全性だけでなく、作業員一人ひとりの問題にも注意を
  • ・ 現場独自の安全制度や安全活動が行われている
  • ・ 整理・整頓が徹底している
  • ・ KYT(危険予測トレーニング)や教育は、様々な事故パターンを想定して行われている
  • ・ マニュアル準拠だけではない積極的な安全対策が行われている
  • ・ 作業員の能力の尊重
  • ・ 人間特性を理解した手順
  • ・ 協力会社のトップによる職長会が機能し、交流が持たれている

参考文献
  1. ZoharD(1980):SafetyClimateinindustrialorganizations:Theoreticaland appliedimplications.JournalofAppliedPsychology65:96−102.
  2. J.リーズン他著(2005):保守事故−ヒューマンエラーの未然防止のマネジメント.日科技連出版社
  3. J.リーズン他著(1999):組織事故−起こるべくして起こる事故からの脱出.日科技連出版社
  4. K.ワイク著(2002):不確実性のマネジメント―危機を事前に防ぐマインドとシステムを構築する.ダイヤモンド社
  5. 鈴木和幸(2004):未然防止の原理とそのシステム−品質危機・組織事故撲滅への7つのステップ.日科技連出版社
  6. G.L.ケリング他著(2004):割れ窓理論による犯罪防止―コミュニティの安全をどう確保するか.文化書房博文社
  7. ShojiTandEgawaY(2006):TheStructureofSafetyClimateanditsEffects onWorkers'AttitudesandWorkSafetyatJapaneseConstructionWorkSites. JournalofUOEH,28No.1.29-43.
  8. 庄司卓郎,江川義之,高木元也(2005):建設作業における不安全行動の発現とその防止対策に関する職位による意識の相違.産業安全研究所研究報告,NIIS-SRR,NO.32,1-14.
  9. 庄司卓郎,江川義之(2003):建設作業現場における不安全行動とその対策に関する実態調査.産業安全研究所特別研究報告,NIIS-SRR-NO.28(2003):7-20.