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周術期における医療事故のリスクマネージメント 周術期事故の現状と対応策

木内淳子教授

木内淳子教授

1999年の2つの医療事故(横浜市大の患者取り違え事故、都立広尾病院の消毒薬誤注射事故)を契機として、医療に対する社会の目が厳しくなってきた。しかし、最近起きた3つの医療事故に対しては無罪判決が下されている。2011年7月に日本医師会で行われた3つの事故を検証するシンポジウムでは、いずれも、刑事事件で起訴することは無理であるという結論が導かれた。そうした事故まで起訴されたことは、通常の刑事訴追以上に、医療の質に関わる刑事訴追が時代背景に左右されることを示している。この分野に明るい麻酔科医で、滋慶医療科学大学院大学教授の木内淳子さんが2012年末に行った講演「周術期における医療事故のリスクマネージメント」の要旨を採録する。

過誤、過失の有無問わぬ人身事故

厚生労働省「リスクマネージメントマニュアル作成指針」によると、医療事故は「医療に関わる場所で、医療の全過程において発生するすべての人身事故で、以下の場合を含む。なお、医療従事者の過誤、過失の有無を問わない」と定義される。

この定義で示された「以下の場合」とは、

  1. 死亡、生命の危険、病状の悪化等の身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた場合
  2. 患者が廊下で転倒し、負傷した事例のように、医療行為とは直接関係しない場合
  3. 患者についてだけでなく、注射針の誤刺のように、医療従事者に被害が生じた場合

――である。

また、厚労省令(H16.9改正の医療法施行規則)では、事故として報告を求める事例として、

  1. 誤った医療又は管理を行ったことが明らかであり、その行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案
  2. 誤った医療又は管理を行ったことは明らかでないが、行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案

――を挙げている。

医療事故の25%は手術室で発生

起訴されたものの、無罪となった最近の3つの事故は1.人工心肺中の脱血不良による事故(東京女子医大、控訴審2009年3月無罪確定)2.割り箸事故(杏林大学、控訴審2008年11月無罪確定)3.帝王切開中の大量出血による事故(福島県立大野病院、第一審2008年8月無罪確定)――である。前2件の無罪が控訴審で確定したのに対し、大野病院の無罪が一審で確定したことの意味は重い。

3つの事故のうち2つは手術室で起き、1つは救急医療が関わっている。私ども麻酔科医にとっては日常的な業務範囲である。一方、医療事故の約25%は手術室で起きているとする報告もある。こうしたことから、麻酔科にとって手術室における医療事故の態様の検討は再発防止策を整える上でも重要であり、意義深い。

私どもが2012年にまとめた論文では、1999年以降2009年までの医療事故に対する刑事裁判83例のうち、手術室で起きた医療事故25例を検討した。手術室の25例については1.起訴された裁判所 2.起訴された職種とその人数 3.被告人分類 4.科された刑事罰 5.事故の原因別分類――などを分類した。検討対象としたのは法律雑誌や公刊物、インターネットを介して集めた情報などである。

公判請求の割合が多い手術室の事故

1999年に2つの医療事故が起き、社会的な関心が高まるまで、医療事故が刑事訴訟となる例は少なく、戦後から1999年1月までの54年間では137例だった。年平均2.5例の割合である。

ちなみに、2011年に警察に届け出られた医療事故関係の総数は146件。内訳は医療関係者などからが107件、被害関係者などからが32件、その他が7件であった。1999年以前は医療関係者からの届け出件数が年間20件以下であった。それが2002年以降は150〜200件近くで推移している。また、検察庁への立件送致件数も以前は年間10件程度であったのが、90件前後に増えている。

医療事故関係届け出件数と立件送致数の推移(警察庁発表による)

医療事故関係届け出件数と立件送致数の推移(警察庁発表による)

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今回集めた83例のうち、手術室で発生した医療事故に対する刑事裁判は、事故数が25例、被告人が36人だった。裁判例の年代別の動きでは2004年が7裁判例で最多だった。

起訴された裁判所は、簡易裁判所59例(71%、略式起訴)、地方裁判所24例(29%、公判請求)。手術室で起きた25例は、簡易裁判所14例(56%)、地方裁判所11例(44%)であった。このことから、手術室で起きた医療事故は公判請求の割合が多かったことが分かる。

提訴された裁判所

提訴された裁判所

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職種別では、医師(歯科医師含む)のみ23例(単独19例、複数4例)、医師と他の職種1例、他の職種のみ1例であった。比率で見ると、全体の92%が医師のみ起訴されていた。

刑事裁判例における被告人の様態

刑事裁判例における被告人の様態

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手術室の事例における被告人数は、医師32人、看護師2人、臨床工学技士2人だった。一目瞭然だが、医師(歯科医師)が最多で89%を占めた。

科された刑罰をみると、罰金刑が22人(医師・看護師・臨床工学技士など)、禁錮刑9人(医師)、他の罪との併合罪で懲役刑2人(医師)、無罪3人(医師)であった。禁錮刑と懲役刑にはいずれも執行猶予が付いていた。

手術室における医療事故に対する裁判例の刑罰

手術室における医療事故に対する裁判例の刑罰

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単純ミス4例、それ以外21例

医療事故の原因をみると、単純ミスによるものが4例、それ以外のものは21例あった。

手術室における医療事故に対する裁判例の原因別分類

手術室における医療事故に対する裁判例の原因別分類

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それ以外のものは、過失の拠りどころとして医療技術が標準的医療水準に達していないと判断されたものである。

単純ミスの4例は次のような事例である。

  1. 医師複数と看護師複数で責任追及された手術患者取り違え事故

    僧帽弁形成術予定の患者と肺上葉切除術予定の患者を取り違えて手術を行った。手術看護師1人、病棟看護師1人、それぞれの執刀医2人、麻酔科医2人が起訴された。

    医師4人と看護師2人が地方裁判所に起訴された。麻酔科医1人のみ一審無罪となったが、二審では罰金25万円となり、最高裁判所まで争ったが上告棄却となり有罪が確定した。他の医師3人、看護師2人はいずれも罰金50万円であった。

  2. 臨床工学技士(ME)2人による人工心肺中の蘇生液の作成ミスによる事故

    心室中隔欠損孔の手術時に使用される心筋保護液の調合時に、はじめのMEが回路に蒸留水のみを充填した。引き継いだMEはすでにメイロンなどの保護液が注入されていると思い込み、そのまま使用した。その結果、患者は心筋収縮障害で死亡した。

    簡易裁判所での略式命令でそれぞれ罰金30万円であった。

  3. 手術におけるガーゼの遺残が2事例で、それぞれ医師単数が責任追及されていた。

    いずれも、帝王切開手術における事故で、簡易裁判所での略式命令でそれぞれ罰金20万円であった。

単純ミス以外の21例は、麻酔や処置の後の患者観察に関するものと、手術手技に関するものであった。このうち、約3分の1が麻酔管理に関するもので、単数の医師が被告人となっていたのは17例、複数が4例であった。

医療事故は個人の不注意ではない

単純ミスによる事故は、刑事裁判では個人の明らかな過失と判断される。しかし、医療事故の原因を個人の不注意としては再発防止にはならない。個人のエラーもヒューマンファクターや、安全心理学に基づいて分析し、考える必要がある。

エラーは「表在的失敗」の下に「潜在的失敗」が潜んでいるといわれる。潜在的失敗には1.不十分なトレーニング 2.実用的でない手順 3.低い品質水準 4.不十分な技術 5.非現実的な時間圧力 6.人手不足――などが挙げられている。

また、潜在的失敗を招く組織的要因には1.不十分な人員配置 2.欠陥のある設備 3.情報不足 4.ストレスのある環境 5.低いモチベーション 6.低級なトレーニング――などが考えられる。これらの失敗を、外国の漫画などでおなじみのスイスチーズの穴とみなし、いくつかの穴をすり抜けて最後の穴をくぐった人を事故の犯人とするのが刑事裁判と考えられる。

従って、最後の穴に至るまでに口を開けている多くの穴を一つひとつ修復していくことが事故防止につながるといえる。

グレーゾーン事例には早急な検証を

単純ミス以外の原因による医療事故は21例で、無罪となった医師は3人。無罪率は14%であった。この場合には、医療技術が標準的水準に達しているかどうかが過失の判断とされた。

単純ミス以外が原因の医療事故は、個人の過失かどうかが明らかではない。いわゆる「グレーゾーンの事例」といえる。グレーゾーンの事例では、事故後早急に院内で検証会を開き、事実関係を示す資料を保存することだ。必要に応じて、調査委員会を立ち上げ、事実関係を示す資料とともに関係者に聞き取り調査を行う。聞き取り調査に際しては、責任追及を行うべきではない。

調査報告書は患者・家族への説明のためだけではなく、公表され、民事訴訟、刑事訴訟の証拠資料として採用されている事実があることから、基本的には個人への責任については言及しない配慮が必要である。

医療の専門家による自律的な調査を

グレーゾーンの事例は、専門家が判断しても、すぐには過失と言えない事例がほとんどである。例えば、患者を間違えて手術した医療事故と、手術中に大量出血で死亡したような事例を同列に論じることは再発予防策の観点から考えても不毛である。

こうした事故では、医療の専門家による検証が最も必要であり、責任追及を目的とする司法介入による刑事手続きでは事故原因の究明と再発防止に役立つことはない。グレーゾーンの事故では専門的・客観的評価が必要であることから、客観的な事実評価ができる外部の専門家が参加することが必須である。

有害事象の予防可能性の検証

有害事象の予防可能性の検証

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医療の質の向上をめざすには院内で事故調査を行うことが第一である。警察・検察などの司法が必ずしも適切に判断できないことは3つの無罪事故の検証から学べるはずだ。

無論、その前提として、院内で隠蔽が行われることなく、社会的透明性と公正性が担保されていなければならない。それぞれの医療機関が行っている医療の質の評価が行われている必要もある。米国医療の質委員会/医学研究所がまとめた『人は誰でも間違える』で報告されているように、医療事故に対する基本的な考えは懲罰型から学習型へと変わってきている。

医療の質の問題は、司法の場よりも医療の専門家による自律的な調査を行うべきだろう。医療事故を恐れて、萎縮医療が蔓延することは断じて避けなければならない。

(参考文献:『手術室の医療事故に対する医療刑事裁判の状況』木内淳子ほか)

滋慶医療科学大学院大学

2011年4月に開校。学校法人大阪滋慶学園が運営する。医療安全領域では国内初の修士課程(医療安全管理学)を設けている。医療管理学研究科に医療安全管理学専攻を置き、医療の現場や医薬品・医療機器の開発・製造企業で医療安全を実践する専門家や人材育成に携わる教育・研究者を養成する。

授業は火曜日から金曜日の夜間と土曜日の昼間で、それぞれの分野の専任教員が講義や演習、研究指導などを行う。医療安全管理と医療経営管理の最前線に照準を合わせたセミナーの開催にも力を入れている。今回の木内教授のセミナーは医師向けに企画された特別プログラムのひとつ。

プロフィール

木内淳子(きうち・あつこ)氏略歴

1972年徳島大学医学部卒業。89年日本生命済生会附属日生病院麻酔科部長、2001年大阪船員保険病院麻酔科部長、02年大阪大学医学部非常勤講師、07年滋賀医科大学医学部非常勤講師などを経て、11年から滋慶医療科学大学院大学教授。08年日本麻酔科学会「医療行為に関連した死亡に係る死因究明のあり方に関する検討会」ワーキングメンバー、09年日本臨床麻酔学会誌編集刊行委員会査読委員。

連絡先:滋慶医療科学大学院大学
大阪市淀川区宮原1-2-8
TEL:06-6150-1336
URL:www.ghsj.ac.jp


2013年1月31日(取材:伊藤公一)