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ワークショップ「医療安全と法―医療安全につながる法制度の探求―」

 2006年7月8日(土)、東京大学学術創成プロジェクト「生命工学・生命倫理と法政策」主催によるワークショップ「医療安全と法―医療安全につながる法制度の探求」が東京大学で開催された。
 その中から、医師の立場、弁護士の立場からコメントされた部分をご紹介する。 


【医師の立場から】

高本眞一(東京大学大学院医学系研究科教授・外科学)

 医療で医師は何ができるのか。医師は患者のガイド役にしか過ぎない。患者と医師がともに歩むところに医療の原点がある。
 現在の医師法21条の求めるものは、医療事故の責任者探しになっている。警察は医療事故の当事者を犯罪人として処遇している。医療事故の届出先として警察は不適当である。
 厚労省のモデル事業は中立的第三者機関として設立されたが、モデル事業後の制度設計、医師法21条の改定が大切である。
 
(現行の体制)
・医療体制の崩壊
リスクの高い科への新入医師の減少(産婦人科、外科、小児科)
・自己防御の医療
真の患者のための医療からの逸脱
・リスクへの報酬がない
医師は高給取りという幻想
・国民の理解不足
少ない負担で最高レベルの医療を期待
(現場の医師)
  • 低医療費政策下でのしわよせ
  • 医療の高度化による研修の長期化
  • マスコミの医療バッシング
  • 勤務医師の組織化なし
  • それでも健気に患者に対応している


深山正久(東京大学大学院医学系研究科教授・病理学)

 病理解剖はどのように役立っているだろうか。
 臨床診断と病理診断の不一致率は12%となっている。この数字は、1960年代の報告でも最近の報告でもほとんど変わらない。

 臨床医、病理医の立場からは、病死という事象は「法医学会のガイドラインに示されたようなふつうの死」のごとく、狭義に割り切れるものではない。

 東京大学附属病院の剖検数の変遷を見ると、病理解剖症例数は減少傾向にある。また、全国の入院死亡数、剖検数から見ても、剖検率は減少している。剖検率低下の原因としては、次のようなものが考えられる。
  • 臨床医学の進歩;画像診断の発展、低浸襲性病理検査法(細胞診、針生検)の普及、病理解剖を利用した研究の減少
  • 病理側の問題;病理医の絶対数不足、生検診断業務の負担増加、剖検業務対応時間の制約
  • 遺族側の問題;医師患者関係の変化(医療側への不信感)
  • 医師の剖検に対する理解不足
  • 病理解剖に対するコストの増大


山口徹(虎ノ門病院院長、内科学会事務局長)

 医師法21条による「異状死」届出の院内安全管理への影響として、以下のものが考えられる。
  • 捜査や司法解剖によって得られた情報が開示されず、安全管理活動に役立てることができない。
  • 捜査による資料押収等が病院による事故調査活動を阻害する可能性がある。
  • 警察の特定個人の刑事責任追及により、病院のシステムエラーを追及すべき事故調査活動が阻害される。
  • 病院事故調査委員会活動が警察の過失立証に資することになれば、病院職員の支持は得られない。
 医療安全を向上させるためには、システムエラーを減らすことである。システムの一員である特定個人の過失責任を追及しても医療安全は向上しない。医師法21条が安全管理に役立つのか、きわめて疑問である。
 
 特定個人の努力や病院システムの努力だけでは医療安全は確保できない。また、常に医療者側が被告、患者側が原告というスタンスで医療安全が確保できるか、考えてみなければいけないと思う。今や、医療者と患者の双方の努力がなければ医療安全は確保できないのだ。



【弁護士の立場から】

児玉安司(弁護士)

 医師法21条の3つの問題点
1 用件:何を届け出るのか
警察届出件数と立件件数の推移を見ると、1999年を境に急増している。
また、1997年〜2005年(9年間)の届出総数は1226件、立件総数は405件である。
ちなみに人口動態調査によると、年間101万人が死亡、うち80万人が医療機関で亡くなっているという。上記9年間にあてはめると約700万人が医療機関で死亡していることになる。仮に1%に医療ミスがあるとして、7万件の届出があるはず。しかし実際は1226件ということは、数字上、届出制度は機能していないことがわかる。

2 効果:届け出ると何が起こるか
届出後の問題点
  • 遺族にも、病院にも、解剖結果を知らされない
  • 病院は、解剖結果がない(ときにカルテ等関係書類もない)ため、臨床経過に関する評価を固められない
  • 医療機関から遺族へ説明ができない
  • 捜査機関は、
     事実を知らされていない遺族感情に直面する
     臨床を知らない解剖医の見解で初動の方針を立てることになる
  • 公正な専門医の意見や、遺族・医療機関への情報開示が必要なのに、実際には行われていない

3 何のための制度か
『最高裁判所第三小法廷平成16年4月13日判決
 ・・・そこで検討すると、本件届出義務は、警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、場合によっては、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にするという役割をも担った行政手続上の義務と解される。』

もともと何を目指した制度設計なのか、この文から読み取ることができない。
 医師法21条をめぐる現実的な課題
  • 刑事政策として→謙抑性
  • 事実解明と情報提供→透明性
  • 専門家の意見の信頼性のチェック→専門性
  • 事実解明と医学的評価を主目的にする→民事紛争の解決も十分に促進できる
  • 刑事処罰は反理論的な事案のみに限定する


畔柳達雄(弁護士)

(行政処分について)
 行政処分は、事故発生から時間をおくべきではない。特に再教育との関連では、若い医師は事故直後から始める必要がある。

(刑事処分の問題の解決策)
  1. 出口からのアプローチ。たとえば業務上過失致死傷罪中に、医療事故に関する特別規定を設ける。
  2. 医師法21条を引用して、死亡・傷害を問わず、警察への届出を積極的に推し進めた厚労省が、早急に合理的なガイドラインを示す。
  3. 第三者機関を設けて、届出後例えば3ヶ月以内に刑事処分に付することが相当か否かについて、評価・報告を求める制度を導入する法改正など。
 この中では1.の出口からのアプローチを提案したい。この検討により一定の解決方向が示されれば、現在起きている医療界の不安・動揺の根本的解消が期待できる。


加藤良夫(弁護士)

 医療被害者の救済の前には三つの壁(専門性の壁、密室性の壁、封建制の壁)がある。医療被害者を速やかに救済すると共に医療事故の事例から教訓を引き出し、再発防止・医療の質の向上に役立つようなシステムを構築する必要がある。
 そこで、1997年に構想をまとめはじめた「医療被害防止・救済センター」に検討を加えつつ、推進母体を作っていきたいと考えている。
 この構想では、「医師、医療機関、製薬会社、医療機器メーカー等に過失があるケースについて、以下の3条件を満たした場合は、その責任を免除、もしくは軽減することができるようにする」としている。 
  1. 日頃から誠実に活動
  2. 被害者からクレームが出される前に事故報告を行った
  3. 再発防止の改善策立案・実践
 これにより、社会の中で日頃よりまじめに仕事をすることの尊さが再認識され、医療の世界においても加害者が事故を隠蔽したりごまかしたりして責任回避的態度を示すという体質を変え、患者中心の医療、安全な医療、レベルの高い医療の実現に寄与できればと願っている。