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ポケット版―注射薬採用一覧で安全対

埼玉医科大学病院

 ヒヤリ・ハット事例の多くが医薬品に起因することが知られているが、中でも注射薬関連の事例が数多く報告されている。注射薬は、内服・外用薬に比べると効果が早く現われる半面、誤投薬による被害も重大になる可能性がある。注射薬に関連するエラーを“限りなくゼロにする”するため、埼玉医科大学病院医療安全対策室は、「注射薬採用医薬品一覧」を作成、病棟・外来での安全確保に役立てている。


■診療基本マニュアルがきっかけに

 「注射薬採用医薬品一覧」を作成することになった背景にはひとつの布石がある。同院では1998年からポケット版の「埼玉医科大学病院診療基本マニュアル」を作成し、安全で安心な医療を実現するために、医療スタッフ全員がマニュアルに沿った業務の遂行を心掛けている。医療の現場では多くの有資格者が業務に携わる“チーム医療”が基本になっている。このため医師だけではなく、医療スタッフ全員が情報を共有し、相互に連携して健全な診療業務を遂行する必要があるとの認識から作成されたものだ。同マニュアルは毎年改訂され、現在は第9版を重ねた。
 同マニュアルは、白衣のポケットに収まるB7サイズ。内容は、(1)診療の基本姿勢(2)正しい保険診療(3)医療安全の基本(4)医療安全対策・総論(5)医療安全対策・各論(6)問題発生時の対応―などから構成されており、全体で235ページ。医師、看護師、薬剤師などの医療スタッフ全員がいつでも参照できるよう携帯している。
 2005年5月に大阪で開かれた国公私立大学病院リスクマネジャー研修で、診療基本マニュアルを紹介したところ、非常に好評だったことから、これを補完するマニュアルが考えられないかと検討を開始した。また、昨年8月に開催した病院内の看護師向けの注射薬勉強会でも、「白衣のポケットに携帯可能な注射薬の一覧などがあれば便利」という声が寄せられていた。

■一覧配布後、ヒヤリ・ハットが減少

 このような内外の声に応えるために考案されたのが、注射薬採用医薬品一覧である。注射薬採用医薬品一覧は、あくまでも診療基本マニュアルを補完するものとして位置付け、サイズも診療基本マニュアルに合わせてB7サイズ。診療基本マニュアルに挟みこめるよう55ページに抑えた。

 同院で採用している注射薬をアイウエオ順に掲載し、医薬品名、規格、薬効、投与経路、副作用や注意点などで構成。注意点としては、急速静注禁止薬などの要注意(ハイリスク)医薬品、配合変化の多い医薬品、医薬品とPVC製(ポリ塩化ビニル)の医療器材との相互作用、隔壁を開通してから使用すべき薬剤(輸液)―などを盛り込んだ。また、特に注意を要する医薬品には網掛けをしてひと目でわかるようにした。
 作成には医療安全対策室小委員会を中心に薬剤部スタッフあわせて10人が担当、05年の9月に完成した。構想から完成まで4ヶ月という短時間で仕上がったのは、病院長をはじめ、医療安全対策室の全面的な取り組みの成果である。
 完成した注射薬一覧は、05年10月に3,000部を印刷、11月には医師、看護師、薬剤師など医薬品を取り扱う医療従事者全員に配布した。

 注射薬一覧の作成にかかわった薬剤部・医療安全対策担当の糸部浩之氏は「注射薬一覧を配布して以降、前年度に比べ注射薬に関するヒヤリ・ハット報告は減少した」と語る。これについては、現在検証中だが、かなり効果が出ているとの印象である。
 先の診療基本マニュアルはほぼ毎年改訂されているが、注射薬一覧は「2〜3年に一度を目途にしている」という。ただし、その間に採用中止や新規採用薬が出てくるため、必要に応じて追補版を作成することにしている。現在は昨年の薬事委員会、科長会議で承認された採用、削除品目の追補版が発行されている。これは注射薬一覧に挟み込んで活用されている。

(写真)薬剤部・医療安全対策担当の糸部浩之氏

 

■医師・看護師らの評価は上々

(図1)クリックで拡大

 糸部氏らは、注射薬一覧を配布後、実際に活用されているかどうかを探るために注射薬一覧を使用している医療従事者100人を対象にアンケート調査を実施した。回答者の内訳は、医師14人、看護師54人、薬剤師32人だった。
 それによると、まずポケット版の「サイズ」については、「とても良い」が37%、「普通」50%で、「もっと小さい方が良い」7%、「もっと大きいほうが良い」3%を大きく上回った。もちろん採用医薬品の一覧などは、各部署に医薬品集として備えられているが、とっさの場合にすぐに参照できる点でポケット版が優れていることの証だ。
 それでは、医療スタッフはどのような場面で注射薬一覧を活用しているのだろうか。最も多いのは「薬効の確認」で64%、次いで「採用可否の確認」24%、「スタッフの指導」10%、「規格の確認」2%―などとなっている。(図1)
 「注射薬一覧は業務に役立っていますか」との質問に対し、「少し役立つ」75%、「大変役立つ」24%で、「期待はずれだった」はわずか1%にすぎなかった。(図2)
 具体的にどのような点が役に立ったのか、「役に立つ」と答えたスタッフに聞いたところ(複数回答)、「投与経路」「注意点」「薬効」「医薬品名」「冷所保存」「規格」「副作用」などの順だった。ルーティンワークの中で気軽に活用されていることがわかる。(図3)
(図2)クリックで拡大 (図3)クリックで拡大


 また、アンケートに答えたスタッフに、記載項目以外で「追加したい項目」を尋ねたところ、「見出しがあると良い」「配合変化」「投与上の注意」「上限量」「造影剤」などの意見が寄せられた。

〔その他の安全対策〕
■フルカリックの安全使用の小冊子作成

(図4)クリックで拡大

 薬剤部が主導している安全対策のひとつに高カロリー輸液用のフルカリック(田辺製薬)の小冊子がある。同剤の使用には、ストッパーをはずして浮遊状況を確認し、両手で大室をプッシュして2ヶ所開通したらバッグ全体をよく混和するなどの手順が必要になる。こうした手順を踏みながら安全に医薬品を取り扱うために埼玉医大として製薬会社に伝え、医大の監修として作成したものだ。急速静注禁止などのハイリスク医薬品、配合変化に注意を要するものなど、極めて慎重な取り扱いを要求される薬剤が増えてきた。薬剤部では注射薬をはじめ医薬品に起因する事故の根絶を目指し、今後も医療安全対策に取り組んでいく考えだ。(図4)

■職員研修パスポートでモラル向上

 診療基本マニュアルの別冊として今年4月に作成されたのが「職員研修パスポート」。これも診療基本マニュアルや注射薬採用医薬品一覧と同様に、B7サイズのポケット版。パスポートの目的は、積極的に研修への参加を促すことにある。ページを開くと所有者の情報のほかには、本物のパスポートのような『査証』のページが続く。受講した研修会で受講証を貼付するためのページである。常に研修を意識させることによって専門知識や医療安全の知識を高める狙いである。これも全スタッフが所持している。

■薬剤部の評価と今後

 薬剤部の糸部氏は、「携帯版の注射薬一覧は医療スタッフに注意を喚起し、特に医師、看護師、薬剤師の与薬の3部門のコミュニケーションツールとして有益」と語る。特に「職場に置いてあるマニュアルだけでは十分に読まれないきらいがあり、情報の周知徹底という観点で医療事故防止対策に役立っていると思う」と話す。ただ、医療安全には日々様々な問題も発生する。このため、糸部氏は、「継続的に追補版を作成すると同時に、今後もアンケートなどを通じて医療スタッフの意向を聞きながら、速やかに医療安全につながる情報を提供していきたい」と語っている。また、今後は注射薬一覧の採用前と後のヒヤリ・ハット事例の比較できるデータを収集して、医療安全に対する意識を高めていく考えだ。