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ミニマム創内視鏡下手術

〜患者に優しく医師に易しい手術〜

*東京医科歯科大学 泌尿器科

木原和徳教授

 東京医科歯科大学泌尿器科では、1998年に「ミニマム創内視鏡下手術(PLES:Portless Endoscopic Surgery)」を開発。2006年7月31日、厚生労働省より先進医療として承認された。医療事故の多い腹腔鏡手術に替わる「低侵襲で安全な手術」として、注目を集めている。開発者の東京医科歯科大学(東京都文京区)泌尿器科の木原和徳教授に話を聞いた。

■腹腔鏡は安全面で課題が多い手術

 前立腺がん、腎がん、膀胱がん、副腎腫瘍など泌尿器科分野の疾患の治療において、外科治療の役割は大きい。これらの大多数は今でも腹部を20センチ以上も切開する開放手術で行なわれている。
 大きく切ることでより広い術野を確保できるものの、患部を十分に見ることができるのは執刀医だけ。助手や麻酔医、看護師が一緒に確認することはむずかしい。しかも泌尿器の各臓器は体の奥深くにあるため、手探りで行う作業も多かった。
「臓器は触れば触るだけ癒着を起こしやすくなる。また手袋の着用や厳重な消毒で注意をしていても、時間の経過とともに感染のリスクは高くなってしまいます」
 また巨大な切開創のために患者のからだへかかる負担は大きく、長期の入院が必要だった。
 しかし1990年代には腹腔鏡手術が登場。従来の開放手術の負担を軽減する画期的な方法として普及しつつある。腹部に4〜5ヶ所の穴を開けて内視鏡カメラやメスなどを挿入、腹腔にガスを注入して膨らませてから行う方法で、開放手術に比べて格段に傷が小さい。からだの負担が少ないので、入院も数日間で済む。モニターを通して手術スタッフ全員が患部を確認することも可能になった。
 しかし二次元映像だけを見て器具を操作する執刀医には、開放手術とは異なる非常に高度な技術が必要とされる。大量出血など緊急時の対応も難しい。木原教授は言う。
「腹腔鏡手術の場合はガスで腹腔を膨らませているので、肺梗塞を生じる可能性は無視できません。出血を起こして開放手術に変更する場合には血圧低下のリスクもあります。指で止血することもできません」
 2002年には慈恵医大青戸病院で経験の少ない医師らが前立腺がんの患者に腹腔鏡手術を行い失敗。さらに開放手術への切り替えもうまくいかず、患者を死亡させる医療事故も起きた。

■腹腔をいじらない 新しい手術法を開発

 1998年、「開放手術と腹腔鏡手術の長所を取り入れ、短所の克服を目指した安全性の高い手術」として木原教授は「ミニマム創内視鏡下手術(以下PLES)」を開発した。同手術の基本のコンセプトは、対象臓器をかろうじて取り出せる小さな創だけで手術を完了すること。
 手術はまず5センチ前後(指2〜3本の幅)の創(骨盤上部の臓器の場合は第12肋骨先端部、骨盤内の臓器には下腹部正中)をひとつ作り、その創から広い剥離腔(ワーキングスペース)を確保。 *イラスト* 内視鏡や手術器具を挿入して対象臓器を切除し摘出する。
 腹腔鏡手術の場合は臓器を取り出す創」と「トロッカーポートの創」を必要とするが、この手術では「臓器を取り出す創」ひとつだけで済む。ワーキングスペースは腹腔外に鈎を使って作るので、ガスで腹腔を膨らませる必要もない。
 また、木原教授が独自に開発した手術器具(現在は市販されている)を使用することも、PLESの特徴のひとつ。初めてPLESを行った8年前から現在に至るまで、使いやすいように改良を重ねてきた。木原教授は言う。
「小さな切開から体の中に広いワーキングスペースを作る器具や、体内で遊離された臓器を小さな切開から取り出す器具を工夫する必要がありました。試行錯誤しながら、ちょうどいい形、大きさ、柔らかすぎず硬すぎずという器具を数種類作り上げました」
 このオリジナルの器具のおかげで腹腔鏡手術のような高額のディスポーザブル製品は必要なくなり、コストは非常に安く抑えられるという。

安全面で患者にも医療者にも多くのメリット

 PLESを腹腔鏡手術と比較してみると、数多くのメリットがある。木原教授に、患者サイドと医療者サイドそれぞれのメリットを挙げてもらった。

【患者側のメリット】

  • ▽ガスの注入による合併症(静脈血栓や肺梗塞など)を回避できる
  • ▽腸を包んでいる腹腔内は無傷のままなので、術後の腸閉塞などのリスクが回避できる
  • ▽過去に腹部の開放手術を受けた患者にも施術できる

【医療者側のメリット】

  • ▽内視鏡のモニター画像を手術参加者全員で確認しながら手術を進めることができる
  • ▽立体視(肉眼)と拡大視(内視鏡のモニター画像)の両方を用いることができる
  • ▽大量出血などが起きた場合、腹腔鏡では直接手による作業はできないが、PLESは指を入れて止血ができる
  • ▽がんの進み具合や癒着によって創のサイズを調整することで、個々の状況に対応することが可能
  • ▽創のサイズは執刀医の習熟度によっても調整することができる
  • ▽即時に創を延長して開放手術へ移行できる
「創の大きさを調整できる点は、最大のメリット。経験数が少ない医師でも、創を少し延長しワーキングスペースを広げれば、無理なく安全に手術ができます。オリジナルの器具を使うので、特別な操作も必要ありません。腹腔鏡のような専門的なトレーニングを積まなくても、標準的な医師なら十分PLESを習得できると思います」
と、木原教授は話している。
 なおPLESは「低侵襲」という腹腔鏡の利点は十分に継承している。手術時間は2〜3時間。出血量が少ないので、輸血はまず行わない(1%以下)。創が小さいので回復がはやく、ほとんどの患者は手術翌日から100m 以上歩くことができる。 翌日から食事を開始。痛み止めは手術後 2〜3日間使用するのみで、 3日前後で退院できる状態になる。
*PLESのクリティカルパスの表*
「開放手術が中心だったころは、安全のためなるべく大きく切れ、と教えられたもの。腹腔鏡手術の登場で、傷の大きさや回復の早さはクリアできたが、今度は安全性に問題が残った。PLESは両者を解決する方法」と、木原教授は話している。

■技術が習得しやすい手術、地方への普及も期待

 同病院の場合、腹腔鏡で行なわれる手術はすべてPLESで対応し、開放手術が必須の症例にもPLESに準じた低侵襲手術を行なっている。実績はすでに600例以上。患者は全員、無事退院した。2000年からは腎温存手術にもPLESを適用。腎癌200例中30例以上に実施し、良好な成績を挙げている。
 平成18年7月31日に厚生労働省の先進医療に認定されたのは、 副腎腫瘍、腎腫瘍、前立腺がんに対するミニマム創内視鏡下手術のみ。これら手術においては、通常の保険診療に加えて、手術代一部負担分として、64,300円が自己負担となる。入院中のその他の費用は保険適応となる。東京医科歯科大学では他の泌尿器の疾患(水腎症など)にもこの手術を行っているが大学が費用持ち出し(自腹)で実施している。
 今年先進医療として承認されたのは、前立腺全摘除、根治的腎摘除(含腎部分切除、腎尿管全摘除)、副腎摘除だが、泌尿器科のほぼ全手術に対応できる。現在は前立腺がん、腎がん、副腎腫瘍、膀胱がん、腎盂尿管がんのほか、水腎症などの良性疾患にも実施している。
「PLESは安全を第一に考えた手術。技術の習得も比較的容易なので、多くの医師ができるようになれば地方の病院で果たす役割も大きいはず」
と木原教授。
 現在のところ先進医療として承認を受けているのは同大学病院のみだが、今後全国の病院に広がっていくことが期待されている。