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院内情報伝達ツールにPHS活用

東京慈恵会医科大学病院

東京慈恵会医科大学附属病院は、2004年から医療安全管理・危機管理体制整備のツールとしてPHSを活用している。院内の情報伝達のツールとしては、同院では長年ポケットベルを活用してきたが、年度末までには全てPHSに切り替わる予定だ。

医療安全管理・危機管理体制整備

(写真)慈恵会医科大学附属病院
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東京慈恵会医科大学附属病院。院内を歩くと天井と壁面の境目のところに小さな器具が取り付けられている。小型の監視カメラのようなサイズだが、これが同病院で医療安全や危機管理に威力を発揮しているPHSの超小型基地局である。

同病院が、院内スタッフコミュニケーションツールとしてPHSを採用したのは2004年4月。森山寛院長から「医療安全管理・危機管理体制の整備のためのツールとして迅速性と双方向性が可能であるPHSを導入するように」との指示があったことがきっかけだった。

携帯電話に関しては、ペースメーカなどの医療機器への悪影響が懸念されており、ほとんどの病院では院内での使用禁止、あるいは一定エリア内での限定的な使用にとどめているが、その一方で見た目はほとんど同じだが、PHSを「医療用」として使っている医療機関が増えているのも事実。なぜPHSが医療用として使われるようになったのだろうか―。

近年、携帯電話をはじめとする様々な無線システムが日常生活の中で重要な役割を果たすようになっている。このような電波を発する機器には携帯電話のほかに、PHS端末などが含まれ、これらと電気・電子機器が近接すると電波利用機器から発射される電波によって、電気・電子機器に誤作動等の影響が発生する場合がある。

特に電気・電子機器の中でも体内に埋め込んで使用する心臓ペースメーカ等の機器については、誤作動が発生した場合、生命にかかわる悪影響を与える可能性があることから、特に医療機関等では患者をはじめとする来院者、医療スタッフに携帯電話の利用を制限することが一般的になっている。

こうしたことから、総務省は2005年8月に、各種電波利用機器の電波が植え込み型医用機器へ及ぼす影響を防止するための指針を定め、「植え込み型医用機器の装着者は、形態電話端末の使用及び携行に当たっては、携帯電話端末を装着部位から22cm程度以上離すこと。また混雑した場所では付近で携帯電話端末が使用されている可能性があるため十分注意を払うこと」としている。

人体頭部に吸収される電波の平均エネルギー量を表す単位としてSAR(Specific Absorption Rate)値があるが、総務省は2.0を基準値として定めている。携帯電話のSAR値は、すべてこの基準値以内であることが条件だが、PHSのSAR値はこの10分の1程度と極めて微弱であることがわかっている。電波産業界が2002年に発表した報告書では「PHS端末は携帯電話端末に比較して医用機器に与える影響が少ない」と記されている。

PHSの安全性を独自に検証

東京慈恵会医科大学附属病院では、院内の緊急連絡用にポケベルを採用していたが、PHSに切り替えるチャンスは早い機会にもあった。1998年に院内ポケベルから市販のポケベルに変更する際に、「PHSを導入したらどうか」という声が上がったのである。しかし、当時は携帯電話、PHSの使用が院内で認知される状況にはなく、見送った経緯がある。

2004年4月になって、森山院長からの指示を受け、同年8月、NTTドコモのPHS22台を導入した。

その後、徐々に他の医療機関でもPHSの導入、院内での携帯電話使用可能エリアの設定などが進んだことから、PHS整備の環境が徐々に整備されてきたが、転機となったのは、NTTドコモからウィルコム社への切り替えだった。

切り替えたきっかけは、同時期にウィルコム社が開始した医療福祉施設向けの専用料金システム。ウィルコム定額プランを10回線以上契約した公的医療機関や医療法人、社会福祉事業者は、通常1回線あたりの月額料金2900円を2000円(税込み)で定額利用できるという仕組みである。

切り替えに当たり、まずは試験的に使ってみようと、関連病院の青戸病院で2005年5月から7台を導入した。青戸病院で使い勝手や安全性を検証する一方、2005年の10月には、東京慈恵会医科大学附属病院の臨床工学部に依頼して、ペースメーカや医療機器への影響を独自に調査してもらった。こうした経過を踏まえ、同年の12月から正式に採用され、92台を導入した。もちろん、この台数では緊急連絡網としては絶対数が不足しており、ポケベルとの併用の形となった。折りしも、NTTドコモが2006年末でポケベル事業から完全に撤退することもPHS導入を促す結果となった。

中継用の基地局は院内で数百か所

「ウィルコム社のPHSに切り替えたことで費用の点でもメリットが大きかった」と広報課の佐藤課長はいう。以前のポケベルの場合、中継用のアンテナの設置費用はすべて病院持ちだった。佐藤課長によると、「設置費用には数千万円かかった」という。その点、PHSの中継基地の設置費用はすべてウィルコム社が負担している。病院では月額の使用料だけで済む。

(写真左)広報課の佐藤正課長
(写真右)管理課の相馬陽一課長補佐
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同病院の敷地には、5つの病院施設と大学施設があり、地下も含めて死角がないように基地局を設置しようとすると「数百ヶ所になる」と佐藤広報課長はいう。

(写真)天井と壁面に付けられたナノセル
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この中継のための基地局。携帯電話の基地局は「マクロセル方式」といわれるもの。「セル」とは、アンテナの役割を担う基地局の電波の届く範囲のことで、携帯電話の場合は、端末と基地局の距離が長いために高出力での通信を必要とする。一方のPHSは「マイクロセル方式」である。これは小型の基地局をきめ細かく張り巡らし、基地局と端末との距離を短くすることで低出力での通信が可能になるという特徴がある。これがPHSの電波が微弱である理由である。さらにウィルコム社は、屋内でのエリア化を目的とした「ナノセル」という約500gの超小型基地局を用意した。病棟規模や利用状況に応じて増設できるため、人が集中するフロアでも十分な通信回線を確保し、低電波ながら快適な通信環境を作り出すことに成功した。

即時性、双方向性が大きな魅力

ポケベルからPHSに緊急連絡網が変わったことでどのような変化が起きたのだろうか。

(写真左)エレベーター内のPHS掲示/(写真右)ポケベルとPHS
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管理課の相馬課長補佐は、「ポケベルは一方通行になりがち。ポケベルで呼び出しても、応答がない場合、ポケベルを持っていなかったのか、出ないだけなのかがわからない。また、呼び出しを受けてから内線を探す手間もかかる。連絡を取ろうとしてもその電話が使用中だと使えないなど、いろんな意味で不便さがありました」という。大学病院ということもあり、医師は病棟、医局、外来、大学、研究室など、様々な場所に移動する。呼び出しに応答して、連絡をつけるまでには、5分以上かかることもある。緊急の場合にはこの5分が貴重な時間になる。その点、PHSは、1回の連絡でつながり、双方向で連絡がとれることが最大のメリットという。当初導入したPHSは22台、NTTドコモの機種を採用した。

導入した当時の状況について、相馬課長補佐は、「患者さんの目をずいぶん意識しました。当時は患者さんに院内での携帯電話やPHSの使用を禁止していましたから、医療従事者だけが使ってよいのかといった批判が寄せられるのではないかと思っていました」と振り返る。しかし、医療現場に緊急性は欠かせない。そこで安全性が確認されたことから、安全性を説明するポスターを掲示する一方、PHSのストラップにも「医療用」であることを強調する表示を行い、患者さんへの理解を求めた。このため、苦情やトラブルは1件もなく、スムーズにスタートすることができた。

今年4月時点でのPHSの導入台数は333台。院長、副院長をはじめとする病院の管理者、医師、看護師、各部署の責任者、当直者、病棟(2〜3台)などに配置されているが、同院の医師、看護師、コメディカルをすべてまかなうことは不可能だ。そのため、現在でもポケベルとの併用になっているが、来年からは「ポケベルが廃止になるため一気に増える」(佐藤広報課長)見通しだ。そのための予算措置もとっている。

ただ、現在でも若干の問題がないわけではない。内線に連絡する時、交換手を介するために着信記録が代表番号になってしまい、後刻連絡する際の連絡先が不明になっている。また今後、採用台数を増やしていくためには、死角をなくすため基地局をさらに増やす必要がある―などである。

PHS導入のメリットは、前述のように双方向性、迅速性などだが、相馬課長補佐は「将来的にはナースコール、病院システムとの連動の可能性があり、機能の拡張性という点でもメリットが見出せる」と語る。

院長のトップダウン方式で、一気に進んだPHS採用だが、同院の例は他の施設にも広がりを見せ始めているようだ。